「『アルメガ』……とは?」
今の今まで散々に女たらしが敵と捉えていた『アルメガ』だが。
EBTGにおいて、その存在を把握しているのはレウナだけだ。
これは女たらしが、教えても意味がない存在を教える必要はないと考えたからだ。
『アルメガ』の復活時期がそれなりの精度で判明したのはごく最近なのでしかたない。
「彼方より来りし巨神……この星に住まう命、そのすべての天敵にして……われらの、原初の母たる存在」
この星にはかつて、ただ1つの大陸が存在した。
そこに『アルメガ』がやって来て、その肉体が新たな大陸となった。
人間の肉体で言うならばだが。
人間が身を横たえた時、尻にあたる部分がアルトスレア大陸となる。
そして、胴体にあたる部分がボルボレスアス、肩から頭部、右腕がリリコーシャ。
その肩と頭部からいくらか離れ、海面に飛び出した手がファートゥムになる。
ファートゥムはエルグランドを上から……北側から包むような形で配されている。
エルグランド以外すべての大陸が『アルメガ』に由来する。
それゆえに、4大大陸の生命のほとんどが『アルメガ』に由来する。
「『アルメガ』は最大の敵だ。あれがある限り、われらに未来はありえぬ」
「未来がない……それほどの、強大な敵なのですか」
「そうだ。それが、いかに強大であるか。そして、いかなる存在であるか……それを語り尽くすことはむずかしい……それほどまでに強大な存在なのだ」
サシャがごくりと生唾を飲む。
神が言葉を尽くしてなおも語り尽くせないほどの存在。
戦神が怖れを抱くほどの強大な存在とは、どれほどのものか。
それはおそらく人間の理解、その限界を超えたものだ。
理解を試みることですらも傲慢と言えるほどの……。
「だが、敵が強大だからというだけで戦わぬでは戦士ではない。そして、たとえ死ぬのだとしても戦わねばならぬ時がある」
「はい」
ただ死ぬだけの無為な戦いであれば、それに挑むのは愚かなことだろう。
だが、『アルメガ』との戦いに、逃げ場などどこにもありはしないのだ。
戦うことでしか活路が開けないのならば、戦う以外に道はない。
「そして、それはおまえたち人だけの問題ではない。われら神々の問題でもあり、この星に生けるもの全てが戦わねばならぬ問題なのだ」
「だが……シェバオ神よ。私の知る限りにおいて、この星に生まれた生粋の
「《神の鞭》の神使、おまえの言う通りだ。たしかに、『アルメガ』の持つ服従因子はすべての命に根付いている。抗う術はない」
『アルメガ』が全生命に施している服従因子。
それは遺伝子に刻み込まれた原初の欲動。
思考を強制的に停止させ、服従させる恐るべき力。
通常の生命すべてを思うがままに操る強制力があり。
そのおぞましい精神支配の力は記憶ですらも消去する。
挙句、特別に作られた『アルメガ』の端末は操られた自覚すらも無しに『アルメガ』のために行動する。
通常の人間であれば、操られた瞬間の記憶、意識はある。
『アルメガ』は記憶を消去できるだけで、違和感くらいは残るのだ。
それすらも無しに動き、暗躍する端末がどれほど厄介か。
懐に入り込まれたことすらもわからない。
本当にそれが『アルメガ』の端末なのかすらもわからない。
自分が密偵と言う自覚すら持たない密偵にどう気付けばいいのか……。
『アルメガ』と戦うには、服従する体をどうにかして。
その上で、『アルメガ』の端末の暗躍を防がなくてはならない。
「ごく少数程度ならば、その服従命令を弾くことはできる。元より、心理的な服従命令だ。精神防御の魔法でもある程度は防げる……」
「だが、全人類にそれを施すことはできない」
「いかにも。腕利きの魔法使い、そのすべての労力を費やしたとして、ひとつの町ですらも救えぬだろう」
「ならば、どうする?」
「ごく少数の運命の戦士に託す。われら神々の持てる力、そのすべてを託してだ」
「神々の持てる力……?」
神々の力は強大だ。
だが、それだけにその制約はきわめて大きい。
神々は人々の信仰によって成り立つ存在だ。
その信仰の源たる人間を殺されれば、神の力はいともたやすく喪われる。
それゆえに、人間に自殺を強制できる『アルメガ』に神の力を満足に振るうことは叶わない。
「神の力を振るい続けることはできまい。だが、われらが動き出す前に『アルメガ』が全人類に自殺の強制はしまい」
「根拠は?」
「『アルメガ』が播種した生命を取り込むとすれば、生きたまま取り込むのが最も効率的に生命力を奪える。自殺させては生命力が発散する」
「なるほど。生命力の減少がどの程度かはわからんが、なんせ数が数だからな……」
この世界のほとんどすべての生命が知る情報ではないが。
この惑星に住んでいる人間の総数は、全人類総計で約15億人である。
失われる生命力がごく僅かであっても、15億人分となれば損失は莫大。
『アルメガ』をしても、生きたまま取り込みたいところだろう。
「つまり、『アルメガ』が動き出し、人類の命が失われる前に、われらが力を振るう機会が1度か2度はある……その、ただ1度だけで十分な力を発揮する方策を講じた」
「それはいったい……?」
そこでシェバオがレインへと視線をやり、指をくいっと自らへと向けて曲げた。
すると、どこからともなく指輪が現れ、それがシェバオの手へと収まった。
レインが『ポケット』に入れていた、シェバオの副葬品たる指輪だった。
信じ難いことだが、レインの『ポケット』から無理やり取り出したらしい。
神格だからこそできる、無法な力の行使、その一端だった。
「この『天球の指輪』に託そうぞ。ただ1度限りのトリガー。獣人の娘よ、われら神々が運命を託した戦士の従者よ……」
「サシャと申します」
「サシャ。この指輪にすべてが託されている。おそらく、おまえの主たる戦士では使う機会が読めぬ。ゆえ、おまえに託す」
「私に、ですか?」
「この指輪の力、そのもっとも効果的な発揮には、至近からでは叶わぬのだ」
「よくわかりませんが……託していただける以上、かならずや全う致します」
「その意気だ」
サシャがシェバオから指輪を受け取る。
そして、それをそっと指に通し、その力を理解する。
理解して、サシャは真顔になった。あたまおかしい。
「あの、シェバオ様。この指輪、これは、この、なんと言うか、本気ですか?」
「本気だ」
「あの、仮に『アルメガ』と言うのに勝ったとしても、これをやらかしては全人類が滅ぶのでは?」
「ああ、たしかに滅ぶやもしれんな。だが、生き延びる目がゼロとは言えぬ」
「いえ、しかし、それは限りなく小さい目のような……」
「だがな、『アルメガ』に負けると確実に全人類が滅ぶのだぞ」
「それは、そうなのですが、しかし、しかしですね……!」
サシャが血相を変える尋常ならざる力。
それはまさに神々がゆえに許されるほどの凄まじい力であり。
まさに乾坤一擲のただ1度限りの必殺必死の策だった。
この場合、必殺必死の言葉がかかっているはこの星に生ける生命の方だ。
残念ながら、この策でも『アルメガ』にはたぶん致命打にはならない。
だが、凄まじい威力はある。『アルメガ』にも十分な痛打になるはずだ。
と言うより、これが痛打にならなかったらこの星の生命にできることは他にない。
「勝利すれば、その先に未来は開けるやもしれん。だからこその策、だからこその指輪だ」
「ですが……!」
「喜べよ、サシャ。おまえはこの星に生ける命すべての
「滾りませんが!?」
こんなスケールのでかい状況を寄越されても。
1人や2人の生殺与奪の権を手に取るのは楽しい。
だが、億人単位の生殺与奪の権を握らされるのは苦しい。
1人や2人なら、責め殺しても愉しめるかもしれない。
5人や10人なら、戦いの末に殺して達成感を得られるかもしれない。
だが、100人や1000人を指先ひとつで殺めて達成感があるだろうか。
それが万や億まで行けば、失われたものの大きさに胸が潰れかねない。
「まぁ、なに。少し脅かしたがな……仮に全人類が滅んだとしても、1柱と1振りだけ、かならずや生き残る目のある神がいる」
そこで、シェバオが笑いながらそんなことを話した。
その口ぶりにサシャとレウナが同時に首を傾げた。
「神は人類の信仰で支えられているのでは……」
「待て、神を1振りと表現するということは……それはアルトスレアの神だな?」
シェバオが大きく頷く。
まさにその通りだと言わんばかりの態度だ。
「たしかに神は人の信仰によって成り立つ。だが、例外とてある。エルグランドの虚空神は特別な神だ。原初にして原始の神であるがゆえ、あれは信仰すらも必要とせぬ造物主なのだ」
「エルグランドの虚空神……謎多き神と聞いていますが……」
「われら神をしてもわからぬことの方が多い。だが、あれは『アルメガ』より以前から存在する神だ。『アルメガ』の創り出した命ごときに左右はされぬ」
「言われてみるとたしかにその通りだが……アルトスレアの神はいったい?」
「空白にして無貌の神ブランク。あれはアルトスレアの神だが、『アルメガ』に由来するものではない」
「なに? 無貌神ブランクは、始祖神アルトスレアと混沌神ラズガルに並ぶ、創世の3振りではないのか?」
アルトスレアの神々は剣に例えられることがある。
創世神話において、創世剣が世界の卵を3つに切り分けたことに由来する教えだ。
世界の卵は始祖神アルトスレア、混沌神ラズガル、空白神ブランクの3つの基となった。
剣によって生まれたが故に、神々もまた剣である。そのような考えだ。
「うむ……まず、その創世神話は嘘八百だ」
「……まぁ、そうなのだろうな。『アルメガ』がいる以上は」
「始祖神アルトスレアなど存在せぬ。そして、混沌神ラズガルも……」
「蛮族の神ですらもか……」
「だが、空白神ブランクはいる」
「…………なんでだ?」
「あれは『神々の永遠の盟約』によりて、別次元より渡来した神だからだ」
「そうなのか……」
「空白神……またの名を無貌神ブランク。名ですらも空白の神。あれなる混沌は人の信仰によらぬ。ゆえにかならず残るだろう」
「……その神々が残って、なにがあると?」
「その神がいれば、アルトスレアとエルグランドはなんとかなる……と思う……! そうなれば、最終的に全世界もなんとかなるのでは……!?」
「肝心なところで人任せだな」
「やむをえまい。それほど乾坤一擲の策なのだ。われらは命を賭して戦うしかできぬ」
「そうか……私がとやかく言えることでもないのだろうな……」
レウナがあきらめと共に溜息を吐き出す。
そうせざるを得ないほどに敵は強大であり。
そこに、後のことを考えていられないほどの困難があるのだ。
他に高位の神の力でも借りられればまた話は別なのだが……。
かつてレウナが振るった《神の鞭》の降臨もまたそれだ。
あの神は世界のシステム側の神のため、人の存在によらない。
『アルメガ』が全人類を殺戮したとしても力を喪いはしない。
『アルメガ』と言う生物が存在する以上、死もまた存在するからだ。
だが、もうレウナは生者ではない。
《神の鞭》たるラズル神が下した神使である。
死者が命を擲ったとしても、神の降臨は乞えないのだ。
ラズル神の降臨が可能な信徒は過去から現在に至るまでレウナ以外に存在しない。
今現在、ラズル神の降臨は不可能なことだった。
「任せたぞ、運命の戦士たちよ」
「あまり納得はいかないところがありますが……それほどの戦いなのですね」
「俺が生ける者、人間であったのならば。俺がその重責を担いたい。だが……」
シェバオは神だ。
人から神へと昇り、自らの命を自らの自由にできなくなった。
『アルメガ』との戦いにおいて、先鋒に立つことはできない。
現世に生きる者に託すしかない神のジレンマだ。
「おまえたちに託す。この世界はすばらしい。戦う価値がある。俺ですらそう思う。おまえたちもそうあって欲しい」
シェバオはそのように笑って。
忽然とその姿を消した。
サシャたちはしばらく立ち尽くす。
それから気を取り直し、帰路についた。
どこか、浮ついた気持ちだった。
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