全員がとりあえず部屋に入り、レインが適当に『完全修復』の呪文を使って扉を直す。
立派な扉とは言え、魔法がかかっているわけではないものだ。
魔法での修復に支障はなく、無事に元通りになる。
「えーと……まず、報告ですが」
「うん。どうだったのかな?」
「迷宮そのものの仔細は不要ですよね?」
「んー、不要とは言わないけど……とりあえず、何をして、何を得たのか、そして迷宮の危険度の報告が優先かな」
女たらしが出した依頼は、発見された遺跡の安全確保だ。
そう言う意味では迷宮の攻略そのものが無用な行為だったのだが。
領内に存在する迷宮は鉱山に並ぶ資源だ。
ほどほどに採取する限りは枯渇の恐れもない。
岩塩鉱山なんぞ閉山してもいいくらいの価値があるのだ。
その資源調査は必要なことだろう。
「まず迷宮の危険度ですが……極めて高く、とてもではありませんが一般に向けて開くことは不可能です」
迷宮の利潤はその迷宮の採掘・採取難易度に左右される。
そして、あの迷宮の危険度は桁外れに高いものだ。
ハウロが多少なり苦戦したように、特級狩人でもなければ打破は不可能。
以前、EBTGが攻略したソーラス迷宮は1人前と言える程度の冒険者……。
つまり、3階梯が使える程度の冒険者でも1層や2層はなんとかなる難易度だ。
翻って、この度発見された迷宮の難易度はまさに次元が違う。
9階梯呪文が使えても1層の攻略がおぼつかない凄まじい難易度の迷宮だ。
「肌感としては、どれくらいの難易度だったのかな?」
「1層で遭遇した、バビェーダ・スヴィエと言うドラゴンなのですが、おそらくソーラスのドゥレムフィロアよりも格上だと思います」
「そんなに」
女たらしが難しい顔をする。
そこでジルが補足するように言う。
「脅威度と言う意味では、その1層のドラゴンのヒットダイスは24でした。これは最大にまで成長したレッド・ドラゴン以上の脅威ですね」
「1層でそんな化け物が出て来るとなると、たしかに並みの冒険者の手には負えないね……」
とてもではないが一般に公開することは不可能。
そして、攻略できるほどの腕利き冒険者にとっては魅力的でない……。
ボルボレスアスの飛竜は、別大陸のドラゴンとは明白に別の生命体だ。
外見こそ似ていても、魔法と言う技術を持つわけではないし、ドラゴンのような知性や言語能力もない。
そのため、ボルボレスアスの飛竜はドラゴンと違って財宝を蓄えるような習性がない。
ドラゴンはその肉体も価値ある存在ではあるのだが。
それ以上に、長い年月をかけて収集した財宝こそが大きな価値を持つ。
それを思えば、財宝を集めないドラゴンがどれほど魅力的でないか……。
「いや、ボルボレスアスのモンスターは特殊なエネルギーを秘めてるよね。強力な武具の素材として有名になれば……」
「たしかにバビェーダ・スヴィエは光熱のエネルギーを使うがな……それを利用する加工技術があるのか?」
「ないねぇ」
このアノール子爵領でそれが開発されれば話は別だが。
それが開発できなければ、ボルボレスアスまでもっていかなければならない。
ボルボレスアスから職人を招聘してくると言う手もないではないが……。
そこまで苦労をして、いったいどれだけの利潤が得られるかは未知数だ。
「うーん」
女たらしが難しい顔をする。
彼女自身は金を稼ぐことに対するモチベーションはほとんどない。
手を伸ばせば取れるものに目標意識を持つ人間は少ない。
しかし、このアノール子爵領に新たな産業を興せば妻子が助かる。
イミテルに大きな事業を残してやれるし、我が子に継がせる領地を富ませることもできる。
アノール子爵領の名を冠す迷宮、アノール迷宮が成り立てば最良だったのだが。
「産業化できるような迷宮ではない……そう言うことだね」
「残念ながら、そうなります」
「残念……でも、しょうがないか」
よその迷宮のほぼすべてが『アルメガ』の意図の下に生まれたものだ。
人間の命を効率よく啜るために、迷宮と言うものは存在している。
そのため、人が入り込み、そこで富を得るように仕向けてある。
それによって産業が成立し、より一層人が集まってくるように……。
ほどよく危険で、ほどよく安全なように、意図的に難易度が調整してあるのだ。
そうすることによって内部に大量に人が入り、そこで命を落とす。
殺し過ぎては倦厭されるが、ほどよく殺す分には一獲千金の夢を煽れる。
転じて、アノール子爵領に生まれた迷宮は神の意志……。
シェバオ神が自らの体験を追体験させる試練の意図で作ったものだ。
難易度が高く、一握りの強者のみが踏破できるのは自然な話だ。
「ま、そこは切り替えていこう。得たものについては?」
「討伐したドラゴン、バビェーダ・スヴィエの素材は採取してきましたので、後ほど提出します」
「うん、よろしく。ちゃんと返却はするからね」
「武具や魔法の品の類などは回収できていません。唯一、シェバオ様より賜った『天球の指輪』がありますが……」
「使い捨てのイモータル・レリック……まぁ、領主としての私が買い上げていいものではないよね」
「そう言うことになるかと……」
2人揃ってむずかしい顔をして頷く。
こうしてみると、得たものがほとんどない……。
そのことにEBTGのメンバーは気付いたのだ。
あまりにも衝撃的な体験と話があり。
シェバオ神の神威に圧された心理的プレッシャー。
その2つが相まって、冒険者としての思考が抜け落ちていたのだ。
迷宮の攻略そのものは成功したわけだが。
冒険者として迷宮の制覇は失敗したと言ってもいいだろう。
「よし。次に、迷宮そのものについての報告をよろしくね」
「ジルさんが報告したのではないのですか?」
「情報源なんていくらあってもいいんだよ。話してごらん」
「はい」
サシャは知りうる限りの情報を話した。
密林から始まり、秘境林、北方平原、雪原、そしてアルトスレアの大地……。
そこで遭遇した生物のことも可能な限りは報告したが。
戦闘を叶う限り避けたこともあって、不明な点も多かった。
「なるほどね。1層の時点で攻略困難となると、2層や3層が攻略し易くても産業化は難しいけど、情報は無しか……」
「改めて、調査を主体として攻略に挑みましょうか?」
「とりあえずはいいかな。まだ、『ハンターズ』が戻ってきてないから、そこの報告を聞いてからかな」
「なるほど」
「ま、今は待ちかな。みんなにも調査報酬は支払うから、ゆっくり休んで」
「はい……それで、ご主人様。お話があります」
「うん? なにかな?」
「『アルメガ』と言う、彼方より来たという巨神について……」
「『アルメガ』……」
女たらしが難しい顔をする。
『アルメガ』について、女たらし自身はさしたる因縁を持たない。
なので、出来ることならば和解と言うか、融和したい存在だ。
それが難しいとも分かっているので、それを積極的に口に出しはしないが……。
「シェバオ様は、その『アルメガ』なる存在と戦うことを前提として話されていました」
「うん」
「人と神では時間の尺度が違います。ですが、ご主人様は運命の戦士として選ばれたと……そのように聞いています」
「らしいね」
「つまり……近々に『アルメガ』との戦いがある……そう言うことだと考えていいのでしょうか?」
その問いに、女たらしは首を傾げてすっとぼけた。
「うーん。なんとも言えないかな」
言葉でごまかし、明言を避けた。
以前、『アルメガ』が死んでいないと伝えた時のレウナの狂乱っぷりは凄かった。
それを思うと、あとひと月も猶予がないと知ったらどうなるやら。
早く伝えなくてはいけないが、今この場でサクッと言うのはさすがにまずい。
「正確な時期に関しては私にもわからないよ。神様でもわからないんじゃない?」
「それはそうではあるんですけど……」
「まぁ、常にそなえよ……そう言うことなんだと思うよ」
「はぁ」
教訓めいたことを言って、女たらしは話をまとめた。
そして、手をパチーンと叩いて注意を引いた。
「さっ、みんな冒険から帰って来たばっかりで疲れたでしょ。お風呂の支度をするから、みんなお風呂に入っておいで。食事の支度もさせるから」
そう言って、女たらしは話をまとめにかかった。
この場の上位者であることは疑いようもないし。
冒険から帰って来て入浴したい気持ちはやまやまだ。
全員が大人しくその指示に従った。
アノール子爵家の浴場は、まぁそこそこに広く立派だ。
屋敷の屋上に配置された温水タンクで温まった水のおかげで湯船の支度は速い。
トイネの日差しは強く、冬でも楽勝で温水ができる。夏なら余計にだ。
「はぁ~……『魔法使いの豪邸』にはお風呂がなかったから気持ちいいわね……」
レインがこぼすように、『魔法使いの豪邸』に風呂はなかった。
入浴文化華やかなりしマフルージャの民としては物足りない豪邸だが。
魔法の効果には限界があるのだからしょうがない。
「強行軍だったから、へとへとだ……お湯がしみる……」
リゼラは愚痴をこぼす。
ジル主導の冒険では休憩こそあったが野営はなかった。
魔法によるスピーディーな移動もあって肉体疲労はさほどでもないが。
やはり、長時間起きていればだれだって疲れるし眠くなる。
「でも、あれがいちばん早いと思います」
ジルは断言した。早けりゃそれでいい理論だ。
今回の冒険はスピード勝負だったので妥当な理屈ではあるが。
「考えてみると、食事もロクに取ってないぞ……」
「問題ありません。プレイヤーハンドブックに「食事や水の購入といったささやかな出費は無視してしまっても構わない」と書いてあるので、食事も水も不要と言うことです。つまり、私と冒険する限りお腹は空きません」
「どういうことだ……」
ジルの無茶苦茶な理屈にリゼラが目を白黒させる。
しかし、実際に飲まず食わずでつらかった覚えがない。
なにかしらの……『生命維持』の魔法をかけてくれたとか、そう言うことなのだろう。
リゼラは深く考えるのをやめた。
「まぁ、お風呂から上がれば、彼女が食事を用意しておいてくれるわよ」
「この屋敷で食べた料理はおいしかったな……楽しみだ」
「風呂上りの1杯も……最高なのよね……」
屋敷の主が酒飲みなため、この屋敷は飲酒に寛容だ。
そして同時に、飲酒に臨む意識も高く、美味い酒が飲める。
魔法で冷やしてまでキンキンにした酒があるくらいだ。
この屋敷はある意味、酒飲みにとって最高の楽園だった。
冒険中、控えていた酒が存分に飲める。
レインにとって重要なのはそれだ。
風呂から上がり、食堂へと向かうと、それはそれは豪勢な食卓が用意されていた。
屋敷の主たる女たらしの趣味もあり、豪勢ながらもそれは絢爛なものではない。
気取らない、庶民的な食卓であり、量だけが冒険者仕様のそれ。
そしてもちろん、大量の酒も用意されていた。
「おお、おお……? なんか、変な配置だな?」
リゼラが疑問を呈したのは、テーブルの配置だろう。
普段は長テーブルに対し、両側にイスが配置されている。
対面して食事を取る相手がいるような配置になる。
一方、今回の食卓ではテーブルの片側にのみイスが配置されている。
「あら、オールドスタイルね」
「冒険の打ち上げでしょ? スピーディーにやりやすいようにしたよ」
レインの言葉に頷くのは女たらし。
片側にのみイスが配置されれば、もう片側にはもちろん人が座っていない。
そうなると使用人がそちら側から料理や酒を給仕しやすくなる。
マフルージャでは古式のスタイルだが、使用人たちにはその方が楽だった。
「みんな好きな席に座って。席次とか気にしなくていいからね。無礼講だよ、無礼講」
色絡みのことでもない限り、女たらしの言葉に虚飾は少ない。
女たらしが無礼講と言う以上は本当に無礼講なのだ。
たとえば突然女たらしの胸を揉んでも怒られないだろう。
怒られないだけでどうなるかはわかったものではないけど。
「みんな存分に飲んで食べて、冒険の疲れを癒してね。酔い潰れたら、部屋まで連れていくから羽目を外してもいいよ」
そんな女たらしの音頭で晩餐がはじまる。
存分に食べ、飲み、そして謳う。
貴族の屋敷でも、ここは冒険貴族の家だ。
冒険者らしい、飲めや歌えやの騒ぎ。
今宵のアノール子爵家の晩餐は賑やかに行われた。
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