あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 次層、雪原。

 まず、『ハンターズ』は盛大に悪態をつくところから始めた。

 

「バカヤロー! 寒いんだよクソがぁー!」

 

「寒い! 寒い寒いバカバカ寒い死ぬバカ寒い!」

 

「ぶえーっくし! いいぃっきし!」

 

 『ハンターズ』の装備に魔法の防護はない。

 つまり、環境による暑さ寒さは直球で彼らの身体を直撃するのだ。

 事前にこんな環境があるとわかっていれば対策もしたのだが。

 まさか迷宮の中に雪原があるなんて思わなかったので準備などしていない。

 

「暑さならともかくよぉぉお! 寒さは道具がなきゃ対策できねぇんだよなぁぁぁぁ!」

 

「ぶえーっくしょい!」

 

「寒い! さぶい! さぶいでござるぅぅぅう!」

 

「火! 火! 火を起こしましょう! ね、燃料とかありませんか!?」

 

「こんな平原に薪なんかあるわけないだろうが!」

 

「モモを燃やして暖を取りましょう!」

 

「カァー! テメェみてぇな骨皮筋子の方がよく燃えるわクソボケが~!」

 

 『ハンターズ』が全力で悪態を吐き散らす中、コリントは首を傾げる。

 初歩も初歩の呪文『環境耐性』で寒さなんか余裕なのに、なぜ使わないのだろう……。

 『ハンターズ』は2年間の冒険者学園での勉学でそれを使えるようになったはず。

 

 それでいながら使わない以上、なにか理由があるはず。

 そう考えてコリントは何も言わないでいるのだが。

 

 まさか『ハンターズ』が武具を修理するための呪文、『修理』にばかり執心していて。

 『環境耐性』や『魔法武器化』といった便利な補助魔法にはさっぱり意識を向けていないだなんて。

 そんなのはコリントの想像の外側にあったのだ。

 

 

 

 しばらく『ハンターズ』はぼやき続けていたが。

 ある段階で、魔法を使えばなんとかなるのではないかということに誰かが気付いた。

 そして『環境耐性』の存在を思い出せば、あとは速かった。

 

「ふぅ~。魔法最高」

 

「そうだね。まさか真冬でも薄着で平気だなんて最高だね。夏でも楽しく遊べるね」

 

「やだ! 俺やだ! 夏になると暑いから頻度下がるのに、下がらなくなるのやだ! やだー!」

 

「まぁまぁ」

 

 モモとトモの間でそんな悲しき、あるいは喜ばしき発見もあったりしたが。

 彼らはなんとか平常状態になって冒険を再開していた。

 

「こういう雪原だと、なにか危険なモンスターとかはいるの?」

 

「まぁ、いろいろと……ウア・テスカテリオスとか。破氷竜の異名を持つ飛竜だ。もちろんメチャクチャ強い」

 

「でも、あの手の飛竜は氷海側にいるよね。こういう、低地の雪原にはいないんじゃないかな」

 

「それもそうだな。単に冬季に一時的に発生した雪原って考えると……まぁ、ふつうの平原とそう変わらんから、逆に出る可能性の高いモンスターが多過ぎて絞れないな……」

 

「なるほどね。それじゃあ、特別に警戒すべきモンスターは?」

 

「うーん……? こういう環境は、平時は平穏なところだからそれほど危険なモンスターはいない……かな?」

 

「そう言う感じなのね……」

 

「あくまでもそう言う可能性が高いって話だから、油断はしないでくれよな」

 

 そう、モモがコリントに注意をしたところ。

 雪原に甲高く耳障りな声が響き渡った。

 底意地の悪い老人が、けたけたと笑っているような。

 それは吸音性の高い雪原に吸い込まれ、すぐに消え。

 だが、雪風に乗って、どこからともなくまた届く。

 

 その不愉快な笑い声に、コリントが不気味そうに身をすぼめ。

 『ハンターズ』はなんとも言えない顔でお互いを見ていた。

 

「……いまのは?」

 

 声が止んだところで、コリントが訪ねる。

 それにアトリがなんとも言えない顔で答えた。

 

「ゲルフルと言う四足獣だ。あんまり強くない。寒冷地だから、イサ・ゲルフルだろうな」

 

「強くはないの?」

 

「人面馬みたいなキッショイだけのモンスターだからな。驚異的なスタミナと走行能力が強みだが、それ以外は普通……?」

 

「なんとなくニュアンスはつかめたわ。一般人だと危険だけど、専門家だと取るに足らない相手なのね?」

 

「そんな感じだ」

 

 ゲルフルの強みは集団戦能力と、その知恵の高さだ。

 ゲムガルフのように、人の生活を脅かすと言う意味では脅威の存在だが。

 そうした、人の生活を脅かす存在を討伐する側からすれば。

 単なる害獣程度の存在でしかないと言う程度の存在だ。

 

「ただ、なんせ雪原だからな……うっかり雪原に足を取られたりとか、転んだりとかするとな」

 

「地形も相まって脅威と、そう言うことね」

 

「そう言うことだ」

 

 油断をしていい相手ではないが、苦戦することはない相手。

 だが、環境が環境なのでうっかりすると負けることもあり得る。

 そのあたりを踏まえると、逆に苦戦しそうな相手ではある。

 

「地形改変系の魔法で雪原を消してしまってもいいけれど……」

 

「お、いいねぇ。やってくれよ」

 

「発動に時間がかかるのよね。1時間とか」

 

「それやってる間に襲われるわ」

 

「そうよねぇ」

 

 大規模に地形を改変する類の魔法はそれなりに準備に時間が必要だ。

 なんせ自然というものに対する干渉だ。

 それをあっさりとやってのけることは神ならぬ存在には荷が重い。

 むしろ、1時間やそこらの準備時間で出来るのならお手軽ですらある。

 

「大人しく進むか……ゲルフルに襲われたら、気合で戦え」

 

「まぁ、せめてこれくらいはしましょうか『自由な移動/フリー・ムーブ』」

 

 コリントが4階梯の信仰呪文『自由な移動』を発動させる。

 この呪文の効果があるうちは移動阻害系の効果を受けない。

 これは水中や雪中でも自由な移動を約束してくれる魔法だ。

 雪原に足が嵌って動けなくなるような心配も無くなる。

 

「おお? この魔法すげ~。超便利じゃーん」

 

「わかる……この魔法の効果がある限り、雪中でも自由に動ける……移動するまでもない……移動するけど」

 

「やはり魔法……魔法でござるな……!」

 

 キヨは魔法の魅力に嵌っているところがあった。

 神秘の力に相性がいいと言うのもあるだろう。

 やはり上達が早い方が楽しいし。好きこそものの上手なれと言う言葉もあることだ。

 

 いずれ、エルグランドに渡った時は。

 彼女こそが一足先に魔法戦士としての道を歩むのかもしれなかった。

 

 

 雪中を移動する中、それに追随するようにへらへらとした人の笑い声が響く。

 それは時折、雪中の影からのっそりと姿を現すように。

 どこからともなく響いて来る笑い声が『ハンターズ』の神経を苛立たせる。

 

「こうやってよぉ~、獲物の前に何度も姿を現すことで、獲物のストレスを溜めるんだよなぁ~」

 

「そうすることで、前方にばかり集中させたりとか、警戒心を削いだりとかの姑息な戦略なのだよな」

 

「でもさぁ~、それって既にバレてたらさぁ~、神経を逆なでするだけに終わるよねぇ~」

 

「自分たちの死刑執行文書に『残酷に殺してね』って追記事項を設けるのは低脳の証でござるな~?」

 

 『ハンターズ』の苛立ちは既に頂点に達していた。

 彼らの沸点は低いからしょうがない。特に小型モンスター相手には。

 

 ゲルフルは中型の馬に相当するくらいの体格ではあるのだが。

 それは圧倒的な巨躯を持つモンスターだらけのボルボレスアスでは小型種に分類される。

 『ハンターズ』は小型のモンスターに対して爆裂にヘイトが高い。

 

「生きたクズ肉風情がよォ……」

 

 理由はまぁ、たいしたことはないのだが。

 単純に目の前でうろちょろされると目障りとかそのくらいで。

 だが、大型生物との戦いの中でそれをやられると。

 ただでさえ神経をすり減らす戦いをしているのだ。

 余計に神経がすり減って、その怒りを際限なく高める。

 ある種の職業病みたいなものだ。

 

 まぁ、ゲルフルのような家畜やらを狙うモンスターは村人からも嫌われるが。

 そう言う意味では、ボルボレスアス自体が小型モンスター全体のヘイトが高かったと言える。

 

 全員が神経を苛立たせながら雪原を進む中。

 ふとそれは姿を現した。

 

 それは白い毛並みに覆われた体躯を持つ大型の四足歩行獣。

 しかし、頭部は禿頭の老爺のような、異様な姿をしており。

 丸い目、長く伸びた鼻、そして四角く一通り揃った歯……。

 まさに、顔ばかりは人間によく似た異様な生物だった。

 

「へぇっへっへっへへへへへへへ……」

 

 そんな、老人のような耳障りな笑い声を発して。

 それは『ハンターズ』の周囲を旋回するようにうろうろと小走りで走る。

 人間が雪原の中で、どれほどの速度を発揮しても肉薄できない距離。

 

 それを適切に見極め、その周囲を走り回ると言う挑発をする知能。

 それは高い知能を持つゲルフルの中でも、特別に知恵に優れた個体。

 年齢を重ね、大型化したことで群れの長となったことで、特別に呼び分けられる存在……イサ・ゲルフルだった。

 

「ひゃぁぁぁあ――――! ブチ殺し確定ェェェェ――――!」

 

 そのイサ・ゲルフルにブチ切れたモモがすごい勢いで襲い掛かった。

 ここで、イサ・ゲルフルにとってひとつの誤算があった。

 モモたちには『自由な移動/フリー・ムーヴ』がかかっている。

 この効果がある限り、雪原であっても平地と変わらない速度で移動できる。

 

 つまり、雪原を想定した距離では足りない。

 

 イサ・ゲルフルに肉薄したモモの片手剣がイサ・ゲルフルの首を刎ね飛ばし。

 噴水のように勢いよく噴き上がった血が雪原を赤く染めた。

 

 雪原に転がったイサ・ゲルフルの頭部がはくはくと口を動かしていたが、やがて動かなくなり。

 残った胴体もまた、どさりと地面に崩れ落ちると動かなくなった。

 

 雪原に響いていた老爺のような鳴き声は消えていた。

 群れの長があっけなく殺されたことで、ゲルフルは撤退したのだろう。

 高い知性を持つが故に、ゲルフルはリスクを選ばない。

 それだけの高等知能を持つからこそ繁栄したのだ。

 

「いひひひひゃはははは! 俺はやったんだぁぁぁぁ――――!」

 

 モモがストレスを発散させた喜びを爆発させていた。

 

「ざまぁないねゲルフルー!」

 

「ざまぁー! 2度とそのツラ見せんなよ!」

 

「ござーざっざっざっざ! 今夜の飯はウンメェでござるな~! ござーざざざざ!」

 

「死んだゲルフルだけがいいゲルフルです!」

 

 『ハンターズ』も喜びを爆発させていた。

 殺した命への哀悼の意を持つだけの理性はあっても。

 神経を逆なでにするクズに対しては持たない。

 それくらいの心の狭さが『ハンターズ』にはあった。

 

 超人的に強いけど、なんのかんの言って人間臭い集団。

 それが『ハンターズ』と言うイロモノ集団だった。

 

 

 

 

 それからしばらく雪原を進み。

 『ハンターズ』は次の階層へと。

 

「次の階層は寒くないといいんだが……」

 

「でも、北方平原と来て、今度は雪原ですからね……この調子でいくと、次は雪山とかじゃないですか」

 

「嫌だなぁ、考えたくねぇ。防寒着くれよ」

 

「用意してるわけないでござるよ……」

 

「この温暖な大陸で防寒着に需要がな……」

 

「気温の低さは『環境耐性』でなんとかなっても、雪が触れて来るとふつうに冷たいってのは知らなかったよね……」

 

 そんなボヤキを交わしながら次の階層に入り。

 そこで彼らを出迎えたのは、平穏な平原だった。

 

 最終層、アルトスレアの平原だった。

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