あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 その平穏な平原に到達した『ハンターズ』の面々はほっと一息を吐いた。

 『環境耐性』のおかげで体感的に気温が低いとは感じていなくとも。

 やはり、視界の中に雪がなければ、それだけで感覚的なものが違う。

 

「ふいー……なんとなくホッとするな」

 

「だね。僕たちみんな暖かいとこの出身だしね」

 

 モモたちの出身地が具体的にどこかは不明だが。

 トモは間違いなくボルボレスアスの比較的南部に位置するドルドーマの町出身だ。

 温暖な地域で生まれ育った彼には、ああした雪原はなかなかつらいのだ。

 

「しかし、ここはどこの平原だ?」

 

 周囲を見渡し、その平穏な平原にモモたちは首を傾げる。

 ボルボレスアスにこういう平原が存在しないとは言わないが。

 突然北方のような地点からこうなったら、突然なにがあった、とは思うだろう。

 

「まぁ、さっきの平原は冬時期っぽい感じだったから、季節が移り替わったって可能性もあるが……植生もだいぶ違うような」

 

「だね。具体的にどう違うって言われると困るんだけどさ……」

 

 狩人とは自然環境の専門家でもある。

 そのため、周辺の自然環境が激変していればすぐに気づく。

 

 脳ではなくて精液が頭に詰まっているような有様のトモでも。

 女を引っかけるか、酒を飲むか、ケンカをするかのモモロウたちでも。

 そんじょそこらの学者が裸足で逃げ出すほどの知識を持つ専門家でもあるのだ。

 こんな有様の連中に負ける学者が可哀想でならないと言えばそうだが。

 こんな有様の連中に負ける程度の学者は三流だからしょうがないだろう。

 

 そんな話をしていると、下生えを踏みしめる音。

 それにひょいとモモロウが目線を向ければ、そこにはライオンの姿。

 それを眺めて、ふいとモモロウは目線を外した。

 

 ボルボレスアスにおいて、ライオンは脅威と考えられる存在ではない。

 いや、決して侮っていいような敵ではないのもたしかなのだが。

 間違っても飛竜や剛獣種ほど強くはないので、狩人なら取るに足らない雑魚として扱う。

 

 いちおうライオンも剛獣種に分類される存在ではあるのだが。

 小型剛獣種扱いなので、下級の狩人でも楽々対処可能な程度の存在だ。

 特級狩人たるモモロウならば素手の1発で始末できる。

 ネズミを恐るべき強敵と考える人間がいないように、モモロウにとってライオンの脅威度はネズミと同等程度なのだ。

 

「……ああ、その、少しよいか。狩人よ」

 

 問いかけの声にモモロウが目を見開いて視線を戻す。

 すると、そこにはさきほどまで居たはずのライオンの姿はない。

 

 褐色の肌をした野性味あふれる男の姿がそこにあり。

 その壮年男性……リリコーシャの戦神シェバオにモモロウがいぶかし気な顔をした。

 その体躯を見て、次に全体的にその雰囲気を見て、モモロウが問う。

 

「おまえ……狩人、か?」

 

 その問いにシェバオは静かに頷いた。

 

「いかにも。わかるものだな、狩人同士というのは」

 

 そんな苦笑に、モモロウも思わず苦笑する。

 モモロウが狩人か? と問いかけたのに、確証などなかったのだ。

 なんとなくそんな気がしたから、そう問いかけただけのこと。

 そして、それはシェバオも同じことだった。

 彼はなんとなくそうではないかと思って、狩人と問いかけたのだ。

 

「俺はシェバオ。この地において、戦神シェバオと知られる神なるもの」

 

「へぇ、神」

 

「信じておらんな。いや、俺がそうであると言うことではなく。神と言うもの、それそのものを信じておらんな」

 

「んまぁ、まぁ、そうなぁ」

 

 元々が異世界人、日本人だったモモロウたちは神をまともに信じていない。

 なんせ、転生先だったボルボレスアス大陸でも神はまともに信じられていない。

 地球のそれと同じように、存在の確証なき神秘的存在として神の存在はあったが。

 その神がなにかしらの恩寵をもたらしたという事例などは一切なく。

 科学の隆興に伴い、神秘的な観点の物の見方は消え去り、物質的視点が世間には満ちている。

 そんな彼らが神々の存在そのものを信じないのは自然な話だろう。

 

 一応、アルトスレアの神々やリリコーシャの神々の存在。

 そして、対面しての実在の確認などは行っているので。

 一切信じていないと言うほどの頑迷さはないのだが……。

 

 それでもやはり、神だからなんだよ? という懐疑的な目線は未だあり。

 突然目の前に神とやらが出て来ても、だからなんだよ? という懐疑はあった。

 

「まぁ、俺たちが神様を信じてるとかそんなのぁどうでもいい……なんか用か?」

 

 こくりとシェバオは頷く。

 

「ボルボレスアスから来たりし狩人よ。ひとつ、手合わせを願いたい」

 

「はぁん? 手合わせだァ? なんで」

 

「同じ狩人として、知りたい。特級狩人、その高みを……」

 

 ここにきてシェバオは自分の趣味を優先させていた。仕事しろ。

 いや、EBTG相手に神としての威厳を示し、神として戦いの意思を示した。

 そして、人々に神の恩寵たるレリックを託してはいるのだ。

 そう言う意味では既に仕事をこなした後と言えるだろう。

 

 さきほど『世界樹の王』IN通行券に雑にブチ転がされたのだ。

 ここらで一発ストレス解消として戦神らしく戦ってみたいのはしょうがないだろう。

 

「俺はアルトスレアで生まれ、ボルボレスアスに渡り、リリコーシャに至った。俺はボルボレスアスでは、狩人であったのだ」

 

「だろうな」

 

 さきほどモモロウが一目見て狩人かと疑ったように。

 シェバオの立ち姿には狩人と言う存在の“らしさ”が漂っていた。

 それは言語化不能な、同業だからこそ分かる共感だったが。

 シェバオがその感覚、共感を未だ強く残していることは明白だった。

 

 だからこそわからない。

 狩人にとって、対人戦闘技術は優先すべき事項ではない。

 それを用いて狩人としての高みを知りたいとは?

 

「頼む。俺と手合わせを……」

 

「ああ……」

 

 モモロウが仲間たちを見回す。

 トモがこくりと頷いて、やってあげなよ、と意思を示し。

 メアリにアトリ、リンにキヨといったかつての自分は既に観戦モード。

 さすがに酒を出してはいないが、食い物片手に携帯用のイスに座っている。

 ここまで本腰入れて観戦されると「そうか戦わねば……」みたいな気持ちにすらなる。

 

「面白そうね、やってみたら?」

 

 そしてコリントはあんまり興味なさげな様子で促した。

 実際、コリントは神との戦いにさしたる興味はなかったのだ。

 ジルほど人間性捨ててないので、さすがに殺してまで装備奪おうとは思わないし。

 逆を言うと、ジルの人間性、倫理観はアンデッド以下のゴミと言うことだ。

 

 これで戦ったやつにはレリック1つ進呈とかだったら喜んで戦うのだが。

 もちろん、ジルのように圧倒的な力でシェバオを瞬殺してくれたことだろう。

 

「まぁ、求めるってんなら応えねぇ道理もねぇか……いいぜ、やってやる」

 

 ポーチから訓練用の木剣を抜き出し、モモロウが構える。

 それにシェバオも嬉しそうに頷いて、訓練用の木剣を手に取った。

 

「かかってこいや」

 

「胸を借りよう」

 

 そのようにシェバオは頷いて、猛然とモモロウに襲い掛かった!

 

 

 

 ファルシオンを象った木剣がうなりを上げて迫る。

 それをモモロウは気軽な調子でひょいと躱す。

 続けざまに襲い掛かるファルシオン型の木剣。

 モモロウはそれを気まぐれに躱し、受け止め、捌く。

 

 手にした木剣同士がぶつかり合う都度に甲高い音が響く。

 モモロウもシェバオも手にした剣を片手で用いていた。

 おたがいに左手に握った剣がぶつかり合うのはまさに狩人の典型と言える戦いだ。

 

 シェバオの果敢な攻めはまさに戦神の名にふさわしい勇猛なものだ。

 後先を考えない、我武者羅な猛攻とはまた違う。

 冷静に冷徹に、自信の退路をたしかに残した理性的な猛攻。

 

 それをモモロウは冷静に対処を繰り返す。

 躱し、受け止め、受け流し、そして弾き飛ばす。

 

 モモロウとシェバオの剣が激突し、シェバオの胴体ががら空きになる。

 そこに、モモロウの投げやりな前蹴りが入り、シェバオが数メートルほど吹き飛んだ。

 

「ぐふっ……やはり、強い。特級狩人の高みとは、これほどのものなのか……!」

 

 腹を蹴られたことで息の詰まったシェバオだが、それほどの致命打ではない。

 高揚したような声を漏らし、モモロウを羨望の瞳で見ている。

 モモロウはその瞳を受けて苦笑気味に笑っていた。

 

 ボルボレスアスでは度々そのような目で見られた。

 モモロウは数十年ぶりに誕生した待望の特級狩人だったのだ。

 そして、相棒であるトモも同時に特級狩人になった。

 

 なんせ2人とも美形だし、特級狩人なので超強いし。

 そしてもちろん特級狩人となると金回りも超絶によい。

 いろんな意味で2人は羨望の的だったのだ。

 それがここにきて再発生したら苦笑したくもなるだろう。

 

「世辞はいい。シェバオよお、おまえ、本気出せや」

 

「本気だが?」

 

「おう、言い方が悪かったな。ちゃんと右手にも持てや。俺も持つ」

 

「……ふふふ、では、そのように」

 

「おう」

 

 モモロウが背に負っている盾を手に取り。

 そして、シェバオも同様に背負っている愛剣とセットの盾を握る。

 

 モモロウもシェバオも、その本領は片手剣であり、片手盾にある。

 剣と盾のセットと言う古今東西で見られる戦士の典型たる装備。

 それは狩人でも例外ではなく、飛竜との戦いでも見られるもの。

 

 片手剣だけで戦うような狩人はいない。

 盾を持つことで、狩人の戦闘技術は真価を発揮する。

 

 モモロウもシェバオも片手剣を構え。

 そして、おたがいの姿を見て、笑う。

 それはまったくの同じ構えで。

 2人におなじ狩人の戦技が備わっている証。

 

 時を経ても変わらぬ知恵がそこにある。

 そして、それを受け継ぐ者たちもいる。

 そんな悠久の時を超える技を見た喜びだ。

 

「驚いたねェ、ボウヤ。奇しくも同じ構えだ」

 

「ふふふ、たしかに……」

 

 戦神を相手に子供扱いするモモロウ。

 それを受けて、不快に思うでもなく笑うシェバオ。

 

 お互いの間に横たわる実力の差はきわめて大きい。

 さきほどの打ち合いで、モモロウはそれをよく理解した。

 シェバオの実力は率直に言えば特級狩人になれる程度には高い。

 この大陸に来た当初のモモロウと同等か、少し上くらいか。

 

 だが、今のモモロウはその頃よりも格段に実力を高めている。

 シェバオは強い。だが、それを子ども扱いできるほどに、モモロウは強い。

 ただそれだけのシンプルな、そして残酷な現実がそこにあった。

 

 その上でモモロウは本気の装備をしろと言った。

 しかも、自分もそうすると言い、その上でシェバオを口で子ども扱いした。

 

 自分も本気でやる。

 だが、子供相手に大人げない真似はしない。

 モモロウはそんな宣言をしたのだ。

 

 それは傲岸不遜な、神を神とも思わぬそれだが。

 戦士の流儀を知る、誉れ高き者の振る舞いだ。

 シェバオは胸を借りると最初に言った。

 ならばその通り、胸を借りにいくだけのこと。

 

「参る!」

 

「来い」

 

 剣と盾が激突し、戦場音楽が奏でられる。

 それはトモの扱うバトル・ホルンのような音色ではないが。

 プリミティブな暴力がぶつかり合う原始の鼓動。

 人を熱狂させる荒々しき戦いの音色だった。

 

「いけー! メス男ー!」

 

「やったれやー!」

 

「モモが盾でぶん殴ってフィニッシュに2万ゼニー!」

 

「シェバオが一矢報いたとこで、モモがこかしてフィニッシュに3万ゼニーだ!」

 

「お酒飲めないのが痛いですね……私はシェバオが一矢報いたとこで、モモが全力で圧倒して剣を弾くに1万ゼニーで」

 

 観戦する『ハンターズ』の面々が口々に応援し、金まで賭けだしている。

 そんな荒々しい娯楽的な扱いにコリントが思わず笑う。

 人と神の手合わせを娯楽として楽しみ過ぎだろ……。

 

「でも、たしかに応援してしまいたくなるような必死さに満ちているわね……ふふ、こういう神様も、いるのね」

 

 シェバオは全力でモモに挑みかかっている。

 モモもまた、それに真摯に対応し、激突している。

 人と神が逆であれば、いろいろと様になったかもだが。

 こういうこともあるのが人生と思えば面白い。

 

 戦いはモモの勝ちに終わるだろうが。

 その戦いにどんなドラマが生まれるか……。

 そこに注目する『ハンターズ』の楽しみ方は正しいのかもしれない。

 

「私も賭けようかしら。シェバオ神が一矢報いたところで、モモロウがよくやったと褒めて降参するで」

 

 コリントがそんな賭けを口にし。

 『ハンターズ』はそれを聞いて盛り上がり。

 

 モモとシェバオの戦いはより熱を帯びて激化し。

 この平穏な平原に戦いの音色が遠く鳴り響いた……。

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