あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 モモロウの剣とシェバオの剣が幾度目かの交錯をする。

 そして、シェバオの剣が弾き飛ばされ、モモロウの剣がシェバオの首筋に添えられた。

 

「終わりだ」

 

「……まいった」

 

「なかなかやるな」

 

 モモロウがそう評して。

 シェバオは透明な笑みを浮かべた。

 

 精も根も尽き果て。

 おのれのすべてを出し切った。

 その果てに出た、自然な笑み。

 

 清々しい疲労感に包まれ、シェバオはその場に倒れ込んだ。

 それを見て、モモロウも剣を仕舞うと座り込んだ。

 すると、仲間たちがモモロウの下に集う。

 

「ボケがー!」

 

「ほんまつっかえ!」

 

「やめたら狩人?」

 

 発せられた暴言にモモロウが面食らう。

 なんでそんなボロクソ言われなきゃいけないのか。

 

「どうして私たちが賭けた通りに勝たないんだよ!」

 

「おかげでボロ負けだクソッタレ!」

 

「それでも特級狩人ですか情けない!」

 

 自分の欲得が理由だった。

 賭けで負けた時、選手に野次を吐く観客だ。

 大変にノンマナーだが、『ハンターズ』はそう言う集団だった。

 

「うっせーバーカ! テメーらのギャンブルの成果なんざ知るかよ!」

 

 モモロウも余裕で怒鳴り返した。

 べつに彼は賭け事の選手ではないので当然だ。

 

 そんなモモロウにトモがジョッキに入った麦茶を差し出す。

 モモロウはそれを受け取って、勢いよく飲み干した。

 

「ぶはっ。サンキュー、トモちん」

 

「どういたしました。えっと、シェバオくんだっけ? 君もどうぞ」

 

「かたじけない」

 

 渡された麦茶をごくごく飲み干すシェバオ。

 神であろうと、よく冷えた麦茶はやはりうまいのだ。

 ボルボレスアスにおいて、麦茶とは伝統的な飲料だった。

 

 激しい戦いの熱に満ちた体がゆるやかに冷えていく。

 その心地よさに呻き声を上げ、シェバオが人心地つく。

 

「ああ……よいものだな。戦いの熱を癒す、この冷えたひとしずく……よいものだ」

 

 しみじみとした言葉に、モモもまた笑う。

 同じく剣を交え、共に汗を流した者が抱く共感。

 そこにあった熱への敬意があった。

 

「いいもんだろ。まぁ、いちばんいいのは、酒だけどな!」

 

「ハハハ! 然り然り! まったくいかにもその通り! よく冷えた甘露のごとき麦湯もよいが、よく冷えた一杯(ひとつき)の濁れる酒の方がよい!」

 

 モモもシェバオもそう笑い合って。

 やがて、シェバオが立ち上がり、モモに礼をした。

 

「礼を言う。特級狩人の高みを知り、己の身の程を知った」

 

「いや、悪くねぇよ。おまえ。特級狩人、なれると思うぜ」

 

「なれるのやもしれん。だが、おまえほどの高みに至ることは叶わん。そして、おまえをも超える高みもまた、あるのだろう?」

 

「ああ、そうだな」

 

 モモロウはハウロ・G・ヒータと言う自分のありえた未来を知っている。

 自分を超越する超絶の強者の存在を知るが故に、この大陸で研鑽を積んだわけだが。

 果ての見えない研鑽の頂に、打ちのめされそうにもなった。

 それでも自分にだけは負けるのが気に食わないと、さらなる強さを得たが。

 

「俺は身の程を知ってしまった。そして、それでよいと俺は思ってしまった。俺はここで終いなのだ」

 

 シェバオには、そうしたモチベーションが持てなかった。

 特級狩人の領域に至れた……その一点で、心のどこかが満足してしまった。

 

 女たらしがかつて言った。

 

 超人級冒険者になれるかどうかに、素質や才能は関係ないと。

 果てのない努力で、限界の壁に激突し続けられるか。

 そのある意味で狂ったような精神性がなければ、至れない。

 シェバオには、そう言うような精神性がないのだ。

 

「だがよ、がんばれば至れる高みがあるってのを知ったら、頑張れねぇか?」

 

 モモロウの疑問にシェバオは力なく首を振った。

 モモロウには努力を当然と考える、ある種の愚直さがある。

 がんばればいつか辿り着けるだろうと無邪気に考えている。

 そのいつかを手繰り寄せるのに、果てのない努力ができる。

 

 まして、既に辿り着いている者のいる領域だ。

 そこに至れるのはがんばればいつかいけるだろうと考える。

 そして、そのための努力を果てしなく積み上げられる。

 

 不真面目なようでいて、どこまでも愚直で真摯な狩人。

 ある種の芯、根っこのようなものがある。だからこそ彼らは特級狩人になれたのだ。

 

「俺は結局、その程度なのだ」

 

 シェバオにはそれがない。

 そして、その部分を強く自覚している。

 だからこそ彼は自身を小神と定める。

 

 至れる高みを目指し続けられなかった。

 その心の弱さを恥じて、彼は獣頭を晒したのかもしれない。

 臆病な自尊心と、尊大な羞恥心が彼を獣にしたのだろうか。

 人ならぬ身となったいま、それはもはやわからない。

 

「……まぁ、なんだ」

 

「うん、まぁ、そうだね」

 

「こういう時はやっぱり……アレでござるな」

 

「アレですね」

 

「アレだな」

 

 『ハンターズ』がそのように頷いて、シェバオとコリントが首を傾げる。

 アレとはいったいなんのことなのか、それがわからなかった。

 

「ねぇ、アトリちゃん、アレってなにかしら?」

 

「酒」

 

 あまりにも簡潔な返事にコリントがズッコケかける。

 それはおまえらが飲みたいだけじゃないのかと。

 

「いいか、狩人と言うのは、飯食って酒飲んで女を抱く。この合間に修行をガッツリやることで成り立つものなんだ。つまり、酒が必要だ!」

 

 アトリのあまりにも堂々とした宣言に『ハンターズ』が手を叩いてはやし立てる。

 元々が同一人物なので、そのあたりのどうしようもなさはよく似ている。

 

「真面目腐った話なんぞしたらな、性根が腐っちまわ。だから酒飲んで消毒だ消毒!」

 

「コリントさん、すみませんが、野営の時に使った魔法をどうぞよろしくおねがいします」

 

「しょうがねぇでござるなぁ~! 拙者の秘蔵の酒たる『森羅剣士』をここはひとつ……」

 

「ぐふふふ、私の秘蔵の酒器たる永遠氷晶の可杯(べくはい)で一杯やるか!」

 

「酒ー! 酒ー! ぎゃふふふふ!」

 

 もはや『ハンターズ』の中で酒宴は決定事項らしい。

 コリントは苦笑すると、もう今さらかと野営のための魔法の詠唱に入った。

 

 

 

 食堂に所狭しと料理が並び。

 不可視の従者たちが料理を配膳し、酒を酌する。

 

「よーし、いいか。おまえら、存分に飲んで、食って、騒げ! 乾杯だ!」

 

「カンパーイ!」

 

「酒ウメェ~! 酒~!」

 

「乾杯でござーる!」

 

「乾杯ですね」

 

 『ハンターズ』がテンション高く乾杯し。

 シェバオとコリントは申し訳程度に乾杯をする。

 

「ンだぁ~? テンション低いぞ~? オラ、飲めェ!」

 

 そしてモモロウがシェバオにアルハラをかました。

 ボルボレスアスにハラスメントの概念はまだ存在しない。

 

「ま、待て、まだ乾杯したばかりと言うに……」

 

「乾杯っつーてるんだから杯を乾かすんだよ! オラ! 飲めオラ!」

 

「わ、わかった、わかった!」

 

 力強いアルハラにシェバオが渋々酒を飲み干す。

 すると、すかさずトモが次に酒を注いで、乾杯を強要した。

 

「さぁ、どんどん飲んでね。このラガーは僕の奢りだから」

 

「む、むぅぅ……」

 

 シェバオはそれから続々と『ハンターズ』に酒を飲まされた。

 神の手によるアヴァターラとは言え、その実態は人間のそれとそう変わらない。

 そのため、ほどなくしてシェバオはしたたかに酔ってふらふらになった。

 

「む、んむぅぅぅ……こ、これ以上は飲めぬぞ……」

 

「ほーん。まぁ、そこそこにしといてやるか」

 

 と、『ハンターズ』はそこでアルハラを取りやめた。

 ボルボレスアスの狩人相手にやるにはほどよく弱い程度のアルハラだ。

 なんせ誰もかれもがバカみたいに頑丈なので、アルコール耐性もバカみたいなことになっている。

 

「だがまぁ……あれだ。特級狩人になれなかったとしてもよ」

 

「うむ……?」

 

「それが何か悪いってことじゃあねえんだぜ」

 

 モモロウがそんな風に、慰めるような声音で言う。

 それを聞いて、シェバオは酒に濁った眼でモモロウを見つめた。

 

「ボルボレスアスの500年前、600年前ってのを俺はよく知らねぇが……誉れある竜大戦の傷跡もまだ残っていた時代だろ」

 

「うむ……100年の時を経たとしても、そう易々と癒えるような傷ではなかったからな……」

 

 『誉れある竜大戦』。

 かつて、ボルボレスアスで引き起こされた未曽有の戦い。

 人間が生命科学の極限を極め、新たなる命の創造すらも可能とした時代。

 

 飛竜の素材を集め、人々は新たなる飛竜を創り出した。

 人が使役するための飛竜、そして、より強大な飛竜を。

 数多の属性を使いこなす飛竜が生まれたのもこの時代だ。

 そして、人間の傲慢が生命の冒涜をするようになったのも。

 

 生命科学の極致、究極の兵器の創造。

 それこそがボルボレスアスの過ちの結晶たる『イデムウェポン』。

 究極の飛竜の創造を目指して造られた飛竜こそがそれであり。

 その絶大な力が、大陸を引き裂かんとした悲劇を引き起こした。

 

 『イデムウェポン』とは真龍ル・ロの模造品であり。

 それを破壊するために、すべての飛竜と狩人が共に戦った。

 そこに言葉の形をした同盟はなかったかもしれないが……。

 

「それでも人は、大陸に版図を広げ、開拓の最前線を生きていた……それはいまも変わらない」

 

「そうか……今もまだ、竜大戦の傷跡は癒えてはいないのだな……」

 

「そうだな」

 

 かつて存在した超帝国は大陸全土を席巻したという。

 それが潰え、その傷跡はいまも癒えていない。

 だからこそ開拓村と言うものが存在しているのだ。

 かつて存在した版図を取り戻すために。

 

「どうして、人々が開拓の最前線に生きられるか、わかるか?」

 

「それが人の欲動だからだ……違うか?」

 

「少し、違うな」

 

「ならば、それはいったいなんだ?」

 

「信じているからだ」

 

「……なにをだ?」

 

「狩人を……」

 

 モモロウはどこか遠い目で語る。

 狩人として生きて、幾多の飛竜を狩り。

 その中で無数の開拓村を見て来た。

 

 だからこそ、モモロウは実感していた。

 狩人と言うものが、ボルボレスアスにおいてどのような存在なのか。

 そして、何を背負い、何を成すべきなのかを。

 彼はよく知っていたし、その期待に応えて来た。

 

「自分たちが一生懸命生きていれば、きっと狩人が助けてくれる……そう信じている……だから、俺たちはその期待に応えなくちゃならねぇ」

 

「期待……」

 

「俺たち狩人はすべてを守れるほど強いわけじゃねえ。当たり前だ。人間だからな」

 

 だが、それでも。

 そうだとしてもだ。

 モモロウはそう言って。

 力強い眼でシェバオを射抜いた。

 

「どんな理由があっても、諦めていい理由にはならねえ。俺たちは狩人だ。狩人は、人を守るものだ」

 

「それは、協会がそう定めたからか?」

 

「違う。そう信じてくれているからだ。信じてもらってるんだ。その期待に応えるのが狩人としてある第一歩なんだ」

 

 それがモモロウの信じる狩人の守らねばならない一線。

 彼が、人と戦うことが不可能になる催眠暗示を受けることを甘受し。

 その上でいまもなお、狩人の矜持を抱き続ける理由。

 

「みんなが信じてくれるんだ。死ぬ気でやらねぇとよ、カッコ悪ぃだろ」

 

 モモロウは少し恥ずかしそうに笑った。

 それが彼の抱く戦士としての矜持で。

 彼がクズでカスでロクでなしでも。

 なんだかんだ言っても周囲の人が信じる理由だ。

 

 彼には戦士の矜持があり、狩人の誉れがある。

 人品に褒められたところは少ないかもしれないが。

 そのひとつの要素が、彼を信じるに値する戦士にするから。

 

「おまえにもあるだろ。そんな狩人の、戦士の矜持が」

 

「……わからない。俺には、そんな矜持があったのだろうか。俺は、この大陸に渡って、人を殺した……俺は、狩人として失格なのだ」

 

「当ててやろうか。戦わなきゃ、誰かが殺されたんだろ。違うか?」

 

「なぜ、わかる?」

 

「狩人だからだ。俺が狩人で、おまえも狩人だから。だから、わかる」

 

 人を守る生業に就いている。

 そして、その矜持を胸に抱いている。

 だからこそ、モモロウはシェバオが狩人だと分かったし。

 シェバオはモモロウを狩人だと察知できた。

 

 そんな彼が、狩人の矜持を捨てているわけがない。

 ならば、彼が戦った理由は、やはり人を守るためなのだ。

 モモロウにはそんな確信があった。

 

「おまえはたしかにどこかで間違ったかもしれねぇな。狩人として失格の真似をしたかもしれねえ。だが、それでも、おまえは狩人だ」

 

「俺が、狩人」

 

「狩人であることからは、どうやっても逃げられねえ。どんなにクソッタレでも、俺たちは狩人だ。狩人としてしか生きられない生き物になっちまってるんだ」

 

「はは……それはまた、救いのない生き物だ」

 

「そうだ、救えねえ。だから、精一杯やるしかねえんだ」

 

「そうか……そうだな……」

 

 シェバオはひとしずくの涙を流して。

 また一杯の酒を乾かした。

 モモロウは静かに酒を注いだ。

 

「おまえにはまだ目指せる高みがあって、まだ登れる意思がある。神様とやらになろうがな、狩人だ、おまえは」

 

「ははは……そうか。ならば、もう少しだけがんばってみてもよいのかもしれんな……」

 

 シェバオはそう笑って、静かに酒を口に含んだ。

 かつて人であった頃に飲んでいた美酒とは違う、安酒だ。

 だが、狩人たちと共に飲む……仲間との酒だった。

 

 もう、人ならぬ身となった彼に研鑽は無意味かもしれないが。

 それでも……それでも、狩人としての矜持を抱きたくなった。

 それが、仲間たちとの酒だった。

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