女たらしが送り出した3チームが帰還。
アノール子爵領に誕生した迷宮の商業化は困難と結論付けられた。
不可能ではないものの、準備に時間が必要であり。
その時間と、準備のために領主にかかる負担が大きい。
商業化するより封印した方がいいのでは。
そんな意見も出る程度に難しい迷宮だ。
「結局、収穫と言えるものはサシャの『天球の指輪』とやらだけかぁ」
備忘録に記入をして、女たらしが大きく溜息を吐く。
自分が冒険にいけなかったのも残念だが。
迷宮からさしたる戦利品がなかったのも残念だ。
女たらしは自分が冒険をするのも大好きだが、冒険話も大好きだ。
そして、その冒険の中で得た戦利品を見たりするのも大好きだ。
その戦利品が『天球の指輪』ただひとつだなんて、寂しいではないか。
「でも、それ以上にいい収穫はたくさんあったね」
備忘録に記入する手を止め、ペンで顎を撫でる。
無限長の筆記を可能とする魔法のペンは愛用して久しい。
その愛用のペンでやる、いつもの考え事の仕草。
「サシャも、レインも、フィリアも、クロモリも、みんな強くなった」
EBTGの頼れる仲間たちの成長はよくよくわかった。
ドゥレムフィロアを超えるという凄まじい強敵。
そこにハウロと言う臨時の凄腕がいたとは言え、自分無しで切り抜けた実績。
実績は決して嘘をつかない。
EBTGはエルグランドでも上澄みの部類である凄腕になった。
この世界の大陸、そのすべてにおいて名を轟かせることもたやすい。
5年前のみんなはどうだったろうか。
やせっぽっちの女の子だったサシャ。
学はあるけれど、ただそれだけ。
腕っぷしもなければ魔法も使えない。
しかも冒険にしり込みして、恐怖に震える女の子でしかなかった。
頭でっかちのいけ好かない貴族だったレイン。
実力はそこそこ、でも冒険者としては駆け出し。
腕っぷしは丸きりなくて、魔法はそこそこ使える。
あからさまに見せはしなかったけれど、貴族らしい性格の悪さもあった。
堅物の信仰者であり、ただの修道女だったフィリア。
実力は間違いなく高かったが、融通の利かない堅物神官。
冒険者としては確かに腕利きだったけれど、特筆するほどじゃない。
クロモリはちょっとわかんない。
だって仲間になったの割と最近だし……。
みんながみんな、順当に成長をして。
いまは華々しいばかりの大輪の花を咲かせている。
神々と戦うことになっても、十分活躍してくれる頼れる仲間たちだ。
「まさかみんなここまで成長するとは思わなかったよ」
将来有望そうな仲間が脱落するなんてよくあった。
その中には凡才もいたし、天才もいた。才能の多寡は関係ない。
小さくまとまって、自分の成長を終えてしまう者は少なくない。
EBTGのメンバーたちは、今もなお成長を続けている希有な仲間だ。
全員が全員そうだなんて、滅多にあることではない。
みんながどこまで伸び続けてくれるかは未知数だが。
今時点で、すでに滅多にあることではないほどに伸びている。
思わず期待してしまう。
どこまでもついて来てくれるのではないかと。
永遠に咲き誇る大輪の花でい続けてくれるのではないかと。
「……みんな、どこまで一緒に来てくれるのかな」
冒険をはじめて、5年。
それは決して短いものではない。
冒険者として、5年と言うのは長い年月だ。
だが、女たらしからすれば、それは短い。
彼女が辿って来た足跡からすれば、10分の1にも満たない年月。
80年にも及ぶ冒険歴は、5年と言う冒険の期間を短いと感じる。
だが、それでも、その年月は短くはないのだ。
普通の冒険者が大成し、名声を手にし……。
そして、冒険者と名乗ることをやめ、町に根付く。
そんなことが、今まで無数に行われて来た。
「いなくなったら、寂しいなぁ」
永遠を誓った友、愛する人たちがいた。
だが、長い時の中で、その多くが消えて行った。
永遠なんてものは、人の巷には存在しない。
だから、超人級冒険者の多くが、神に縋る。
神は永遠だ。悠久の年月を経て、そこにあり続ける。
女たらしがウカノへの信仰を深めるのにも、長い歳月を必要とした。
人の巷を去る友たちへの思慕に代わるように、信仰を捧げた。
人の世を去っていった友、愛する人、知人たち。
それらへの想いを振り払うように信仰を捧げた。
そうでなければ悲し過ぎて立ち止まってしまうから。
サシャやレイン、フィリアにクロモリ。
そんな彼女たちが冒険者をやめ、一般人に戻る時が来たら。
そして、その果てに、人の世を去る時が来るとしたら。
それはとても悲しくて、耐えられないほどにつらいだろう。
「そのいつかが、来ないといいのに」
永遠を信じたい。
だから人は神を信じる。
神は永遠だからだ。
だがそれでも人は永遠ではない。
だれだってそんなことは分かっている。
けれど、わかるわけにはいかない。
それくらい別れとは悲しいのだから。
人との別離は、その人と共に育まれた自分自身との別れだ。
身を裂くほどに悲しいなんてのは比喩ではない。
その心を本当に裂かれてしまっているのだから。
「永遠、か」
女たらしはひとつ溜息をついて。
手にしていた備忘録を眺めた後、ひとつ新たに記入をした。
それは内部の紙面ではなく、表題に。
無題だった備忘録のノートの表題に刻まれた文字。
エルグランドの言葉で「私はエルグランドの冒険者だ」と。
自分を端的に表す言葉を書きこんで、女たらしは微笑む。
備忘録に記入できるページはほとんど残っていない。
この5年間で粗方を使い尽くしたのだ。
そろそろ、新しい備忘録を用立てなくては。
けれど、この備忘録を処分する、その前に。
「永遠はないけれど、たしかめにいこう。私の足跡を」
この備忘録を辿るように。
ひとつ、気軽な冒険にいくとしよう。
女たらしはそう決めた。
「そう言うわけなので、これからしばらく日中はいないかな?」
決めたら即実行。
女たらしはそういうフットワークが軽い。
夕食の席でそんな宣言をした。
「この大陸での足跡を辿る旅と言うと……スルラの町にいって、王都にいって……と言うことですか?」
「そうなるかな」
「どれくらい留守にする予定なの?」
「転移で毎日帰ってくるよ。冒険と言うよりは旅行だしね」
「つーことは、夜はいるのか?」
「うん、そうなるかな」
「自分の行いを振り返る旅……ある意味で巡礼のようですね」
「かもしれないね」
口々に投げかけられる質問に女たらしは1つ1つ丁寧に答えていく。
こういうところが女たらしは丁寧だ。
話し上手と言うよりも聞き上手なのだ。
もちろん、女をコマす上で役立つので覚えた技術だ。
「朝に出発して、夕方くらいには帰ってくる予定だから。用事があるならその時によろしくね」
女たらしはそのように宣言し、同席する者たちも頷く。
日中いないにせよ、毎日帰ってくるならとやかく言うこともない。
世の中の朝に出勤して、夜に帰ってくる勤め人と同じだ。
「まぁ、ひとつ言うことがあるとするとだ、我が鼓動よ」
「うん、なにかな?」
「女を引っかけて来るなよ」
「うん、分かった」
女たらしはもちろんだと言いたげな顔で頷いた。
あんまり信用できそうになかったが、イミテルはとやかくは言わなかった。
言ったところでどうしようもないのだからしょうがない。
それでも釘を刺しておきたいのが乙女心と言うやつなのだ。
イミテル134歳。まだ幼い恋心を抱く年頃だった。
「旅行が終わる頃には……と言うより、出産予定日の前には終わるようにするよ。少なくとも1週間くらいは余裕をもって。カイラ?」
「はいはい~。出産予定日ですが~、最終月経日から現在264日ですので~、あと16日です~」
「予定日ってそこまで厳密に決まってるものなんだ」
「そうですよ~。でも、あくまで予定ですので~。まず確実に16日後に生まれるってことはないですね~」
「そう言うものなの?」
「そう言うものですよ~。特に初産は予定日から遅れがちですね~。1週間くらい遅れることも普通にあります~」
「へー」
知らなかった知見に素直に驚く。
カイラはいったいどこでそんな知識を得たのだろう。
以前に日本で手に入れた文献からだろうか?
「ただ、41週過ぎても、つまりあと24日しても産まれなかったら、過期産予防のための措置を講じる必要がありますね~」
「よくわからないけど、その辺りはカイラに任せるよ。よろしくおねがいします」
「はい、おまかせくださいな~」
にこやかにカイラは頷く。助産に慣れているかのような振る舞いだ。
むしろ、当事者でない『
まぁ、なにかしらの手違いとかで母子に危険が及んだりすれば……。
その時に責任を取ることになるのはカイラであり。
ひいてはカイラの所属する『世界樹の王』なのだからそれもしょうがない。
「と言うことなので、まぁ、1週間ほど日中は留守にすることになるのかな」
そんな女たらしの言葉にそれぞれが頷いて。
女たらしの1週間の小旅行は認められた。
その日の夜のことだ。
女たらしは窓辺で自慢の金髪に丁寧に櫛を通していた。
『持続光』が多数施されて輝くシャンデリアに照らされる部屋は明るく。
夫婦の寝室であるがゆえに、イミテルはベッドの上でその姿を見つめていた。
「ん。よし」
やがて髪の毛にきれいに櫛を通し終え。
いつもはサイドテールにしている髪にゆるくリボンを結ぶ。
右側から胸元に垂らされたルーズサイドテールは就寝時の髪型だ。
「いつ見ても、我が鼓動の髪は美しいな」
「ふふ、こう見えて自慢だからね」
窓辺のスツールに座る最愛の人の姿。
イミテルにとって、それはまぶしいものだ。
まさか女同士で結婚することになるとは思わなかったが。
自分より遥かに強い超凄腕の戦士であり、王家の信任も篤い新興の子爵。
結婚相手としては申し分のない、すばらしい相手だろ。
なによりイミテルが純潔を捧げた相手だし。
救国の国難を共に駆け抜けた戦友でもある。
夫とするのに、さしたる異論もない相手だ。
まぁ、初めての時のことについてはいろいろと文句も言いたいが。
その辺りのうっぷんはぶん殴ったりして晴らしたので、まぁ。
「この子はイミテルと同じ髪かな、私と同じ髪かな?」
そう言って、イミテルの大きく膨らんだ腹を撫でる女たらし。
その慈しみに満ちた手付きは優しく、まなざしはイミテルを想う色に溢れている。
この一場面だけを切り取ると、限りなく理想的な夫、あるいは妻なのだが……。
「ふふ、何を言うか。私もあなたも髪は金ではないか」
「それでも違うところはあるよ。イミテル似だといいな、私の愛しい鼓動の髪とね」
そう言って、イミテルの胸元まで伸びた髪を掬う女たらし。
かつては短く切りそろえられていた髪は、嫁入りから伸ばし続けられている。
イミテルが武官ではなく、貴族の奥方となることを決めた証。
「私からすると、あなた似だといいのだがな。ああ、素行は私に似て欲しいがな」
「それは本当にそう」
「自覚があるなら少しは改めろ」
イミテルが発した苦言にしみじみと頷く女たらし。
分かった上であんな振る舞いなのかと呆れるイミテル。
そんな夫婦の暖かな会話。
それが、今ひと時のものであることをイミテルは知っている。
この女たらしは祖国でも偉大な冒険者であり。
そこにはただ1人の最愛の妻がいて、たくさんの愛人たちがいる。
すべてに明確な返答をもらったわけではないが。
この大陸における振る舞いを見て、愛人がいないと思う方がおかしい。
イミテルはこの大陸では妻と遇されているが。
女たらしから見れば、現地妻の1人でしかない。
そんなことは、イミテルもわかっている。
わかっていて、それでもいいと受け容れたのだ。
いまこのような時だけは、ただ2人きりの夫婦だから。
そして、もう少しすれば、2人と1人の家族になる。
その日が待ち遠しくてたまらない。
「ああ、待ち遠しいな、我が半身よ。健やかに、強く生まれて来るのだぞ」
自分の大きな腹を撫でてイミテルはささやく。
その母性に溢れた姿に女たらしも微笑む。
新たな命の誕生。それはまさに生命の奇跡そのものだ。
その奇跡を守るために戦う日が間もなく来る。
それを想うと、女たらしは我が子の幸福を祈らずにはいられない。
『アルメガ』亡きあとの世に生まれるはずの我が子。
その生涯が、光に満ちたものであるようにと。
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