あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

579 / 614
17-030

 女たらしが送り出した3チームが帰還。

 アノール子爵領に誕生した迷宮の商業化は困難と結論付けられた。

 不可能ではないものの、準備に時間が必要であり。

 その時間と、準備のために領主にかかる負担が大きい。

 

 商業化するより封印した方がいいのでは。

 そんな意見も出る程度に難しい迷宮だ。

 

「結局、収穫と言えるものはサシャの『天球の指輪』とやらだけかぁ」

 

 備忘録に記入をして、女たらしが大きく溜息を吐く。

 自分が冒険にいけなかったのも残念だが。

 迷宮からさしたる戦利品がなかったのも残念だ。

 

 女たらしは自分が冒険をするのも大好きだが、冒険話も大好きだ。

 そして、その冒険の中で得た戦利品を見たりするのも大好きだ。

 その戦利品が『天球の指輪』ただひとつだなんて、寂しいではないか。

 

「でも、それ以上にいい収穫はたくさんあったね」

 

 備忘録に記入する手を止め、ペンで顎を撫でる。

 無限長の筆記を可能とする魔法のペンは愛用して久しい。

 その愛用のペンでやる、いつもの考え事の仕草。

 

「サシャも、レインも、フィリアも、クロモリも、みんな強くなった」

 

 EBTGの頼れる仲間たちの成長はよくよくわかった。

 ドゥレムフィロアを超えるという凄まじい強敵。

 そこにハウロと言う臨時の凄腕がいたとは言え、自分無しで切り抜けた実績。

 

 実績は決して嘘をつかない。

 EBTGはエルグランドでも上澄みの部類である凄腕になった。

 この世界の大陸、そのすべてにおいて名を轟かせることもたやすい。

 

 5年前のみんなはどうだったろうか。

 

 やせっぽっちの女の子だったサシャ。

 学はあるけれど、ただそれだけ。

 腕っぷしもなければ魔法も使えない。

 しかも冒険にしり込みして、恐怖に震える女の子でしかなかった。

 

 頭でっかちのいけ好かない貴族だったレイン。

 実力はそこそこ、でも冒険者としては駆け出し。

 腕っぷしは丸きりなくて、魔法はそこそこ使える。

 あからさまに見せはしなかったけれど、貴族らしい性格の悪さもあった。

 

 堅物の信仰者であり、ただの修道女だったフィリア。

 実力は間違いなく高かったが、融通の利かない堅物神官。

 冒険者としては確かに腕利きだったけれど、特筆するほどじゃない。

 

 クロモリはちょっとわかんない。

 だって仲間になったの割と最近だし……。

 

 みんながみんな、順当に成長をして。

 いまは華々しいばかりの大輪の花を咲かせている。

 神々と戦うことになっても、十分活躍してくれる頼れる仲間たちだ。

 

「まさかみんなここまで成長するとは思わなかったよ」

 

 将来有望そうな仲間が脱落するなんてよくあった。

 その中には凡才もいたし、天才もいた。才能の多寡は関係ない。

 小さくまとまって、自分の成長を終えてしまう者は少なくない。

 EBTGのメンバーたちは、今もなお成長を続けている希有な仲間だ。

 

 全員が全員そうだなんて、滅多にあることではない。

 みんながどこまで伸び続けてくれるかは未知数だが。

 今時点で、すでに滅多にあることではないほどに伸びている。

 

 思わず期待してしまう。

 どこまでもついて来てくれるのではないかと。

 永遠に咲き誇る大輪の花でい続けてくれるのではないかと。

 

「……みんな、どこまで一緒に来てくれるのかな」

 

 冒険をはじめて、5年。

 それは決して短いものではない。

 冒険者として、5年と言うのは長い年月だ。

 

 だが、女たらしからすれば、それは短い。

 彼女が辿って来た足跡からすれば、10分の1にも満たない年月。

 80年にも及ぶ冒険歴は、5年と言う冒険の期間を短いと感じる。

 

 だが、それでも、その年月は短くはないのだ。

 

 普通の冒険者が大成し、名声を手にし……。

 そして、冒険者と名乗ることをやめ、町に根付く。

 そんなことが、今まで無数に行われて来た。

 

「いなくなったら、寂しいなぁ」

 

 永遠を誓った友、愛する人たちがいた。

 だが、長い時の中で、その多くが消えて行った。

 永遠なんてものは、人の巷には存在しない。

 

 だから、超人級冒険者の多くが、神に縋る。

 

 神は永遠だ。悠久の年月を経て、そこにあり続ける。

 女たらしがウカノへの信仰を深めるのにも、長い歳月を必要とした。

 人の巷を去る友たちへの思慕に代わるように、信仰を捧げた。

 

 人の世を去っていった友、愛する人、知人たち。

 それらへの想いを振り払うように信仰を捧げた。

 そうでなければ悲し過ぎて立ち止まってしまうから。

 

 サシャやレイン、フィリアにクロモリ。

 そんな彼女たちが冒険者をやめ、一般人に戻る時が来たら。

 そして、その果てに、人の世を去る時が来るとしたら。

 それはとても悲しくて、耐えられないほどにつらいだろう。

 

「そのいつかが、来ないといいのに」

 

 永遠を信じたい。

 だから人は神を信じる。

 神は永遠だからだ。

 

 だがそれでも人は永遠ではない。

 だれだってそんなことは分かっている。

 けれど、わかるわけにはいかない。

 それくらい別れとは悲しいのだから。

 

 人との別離は、その人と共に育まれた自分自身との別れだ。

 身を裂くほどに悲しいなんてのは比喩ではない。

 その心を本当に裂かれてしまっているのだから。

 

「永遠、か」

 

 女たらしはひとつ溜息をついて。

 手にしていた備忘録を眺めた後、ひとつ新たに記入をした。

 それは内部の紙面ではなく、表題に。

 

 無題だった備忘録のノートの表題に刻まれた文字。

 エルグランドの言葉で「私はエルグランドの冒険者だ」と。

 自分を端的に表す言葉を書きこんで、女たらしは微笑む。

 

 備忘録に記入できるページはほとんど残っていない。

 この5年間で粗方を使い尽くしたのだ。

 そろそろ、新しい備忘録を用立てなくては。

 けれど、この備忘録を処分する、その前に。

 

「永遠はないけれど、たしかめにいこう。私の足跡を」

 

 この備忘録を辿るように。

 ひとつ、気軽な冒険にいくとしよう。

 女たらしはそう決めた。

 

 

 

 

「そう言うわけなので、これからしばらく日中はいないかな?」

 

 決めたら即実行。

 女たらしはそういうフットワークが軽い。

 夕食の席でそんな宣言をした。

 

「この大陸での足跡を辿る旅と言うと……スルラの町にいって、王都にいって……と言うことですか?」

 

「そうなるかな」

 

「どれくらい留守にする予定なの?」

 

「転移で毎日帰ってくるよ。冒険と言うよりは旅行だしね」

 

「つーことは、夜はいるのか?」

 

「うん、そうなるかな」

 

「自分の行いを振り返る旅……ある意味で巡礼のようですね」

 

「かもしれないね」

 

 口々に投げかけられる質問に女たらしは1つ1つ丁寧に答えていく。

 こういうところが女たらしは丁寧だ。

 話し上手と言うよりも聞き上手なのだ。

 もちろん、女をコマす上で役立つので覚えた技術だ。

 

「朝に出発して、夕方くらいには帰ってくる予定だから。用事があるならその時によろしくね」

 

 女たらしはそのように宣言し、同席する者たちも頷く。

 日中いないにせよ、毎日帰ってくるならとやかく言うこともない。

 世の中の朝に出勤して、夜に帰ってくる勤め人と同じだ。

 

「まぁ、ひとつ言うことがあるとするとだ、我が鼓動よ」

 

「うん、なにかな?」

 

「女を引っかけて来るなよ」

 

「うん、分かった」

 

 女たらしはもちろんだと言いたげな顔で頷いた。

 あんまり信用できそうになかったが、イミテルはとやかくは言わなかった。

 言ったところでどうしようもないのだからしょうがない。

 それでも釘を刺しておきたいのが乙女心と言うやつなのだ。

 イミテル134歳。まだ幼い恋心を抱く年頃だった。

 

「旅行が終わる頃には……と言うより、出産予定日の前には終わるようにするよ。少なくとも1週間くらいは余裕をもって。カイラ?」

 

「はいはい~。出産予定日ですが~、最終月経日から現在264日ですので~、あと16日です~」

 

「予定日ってそこまで厳密に決まってるものなんだ」

 

「そうですよ~。でも、あくまで予定ですので~。まず確実に16日後に生まれるってことはないですね~」

 

「そう言うものなの?」

 

「そう言うものですよ~。特に初産は予定日から遅れがちですね~。1週間くらい遅れることも普通にあります~」

 

「へー」

 

 知らなかった知見に素直に驚く。

 カイラはいったいどこでそんな知識を得たのだろう。

 以前に日本で手に入れた文献からだろうか?

 

「ただ、41週過ぎても、つまりあと24日しても産まれなかったら、過期産予防のための措置を講じる必要がありますね~」

 

「よくわからないけど、その辺りはカイラに任せるよ。よろしくおねがいします」

 

「はい、おまかせくださいな~」

 

 にこやかにカイラは頷く。助産に慣れているかのような振る舞いだ。

 むしろ、当事者でない『世界樹の王(エトラガーモ・タルリス・マギ)』のメンバーの方が緊張しているくらいだ。

 まぁ、なにかしらの手違いとかで母子に危険が及んだりすれば……。

 

 その時に責任を取ることになるのはカイラであり。

 ひいてはカイラの所属する『世界樹の王』なのだからそれもしょうがない。

 

「と言うことなので、まぁ、1週間ほど日中は留守にすることになるのかな」

 

 そんな女たらしの言葉にそれぞれが頷いて。

 女たらしの1週間の小旅行は認められた。

 

 

 

 その日の夜のことだ。

 女たらしは窓辺で自慢の金髪に丁寧に櫛を通していた。

 『持続光』が多数施されて輝くシャンデリアに照らされる部屋は明るく。

 夫婦の寝室であるがゆえに、イミテルはベッドの上でその姿を見つめていた。

 

「ん。よし」

 

 やがて髪の毛にきれいに櫛を通し終え。

 いつもはサイドテールにしている髪にゆるくリボンを結ぶ。

 右側から胸元に垂らされたルーズサイドテールは就寝時の髪型だ。

 

「いつ見ても、我が鼓動の髪は美しいな」

 

「ふふ、こう見えて自慢だからね」

 

 窓辺のスツールに座る最愛の人の姿。

 イミテルにとって、それはまぶしいものだ。

 

 まさか女同士で結婚することになるとは思わなかったが。

 自分より遥かに強い超凄腕の戦士であり、王家の信任も篤い新興の子爵。

 結婚相手としては申し分のない、すばらしい相手だろ。

 

 なによりイミテルが純潔を捧げた相手だし。

 救国の国難を共に駆け抜けた戦友でもある。

 夫とするのに、さしたる異論もない相手だ。

 

 まぁ、初めての時のことについてはいろいろと文句も言いたいが。

 その辺りのうっぷんはぶん殴ったりして晴らしたので、まぁ。

 

「この子はイミテルと同じ髪かな、私と同じ髪かな?」

 

 そう言って、イミテルの大きく膨らんだ腹を撫でる女たらし。

 その慈しみに満ちた手付きは優しく、まなざしはイミテルを想う色に溢れている。

 この一場面だけを切り取ると、限りなく理想的な夫、あるいは妻なのだが……。

 

「ふふ、何を言うか。私もあなたも髪は金ではないか」

 

「それでも違うところはあるよ。イミテル似だといいな、私の愛しい鼓動の髪とね」

 

 そう言って、イミテルの胸元まで伸びた髪を掬う女たらし。

 かつては短く切りそろえられていた髪は、嫁入りから伸ばし続けられている。

 イミテルが武官ではなく、貴族の奥方となることを決めた証。

 

「私からすると、あなた似だといいのだがな。ああ、素行は私に似て欲しいがな」

 

「それは本当にそう」

 

「自覚があるなら少しは改めろ」

 

 イミテルが発した苦言にしみじみと頷く女たらし。

 分かった上であんな振る舞いなのかと呆れるイミテル。

 

 そんな夫婦の暖かな会話。

 それが、今ひと時のものであることをイミテルは知っている。

 

 この女たらしは祖国でも偉大な冒険者であり。

 そこにはただ1人の最愛の妻がいて、たくさんの愛人たちがいる。

 すべてに明確な返答をもらったわけではないが。

 この大陸における振る舞いを見て、愛人がいないと思う方がおかしい。

 

 イミテルはこの大陸では妻と遇されているが。

 女たらしから見れば、現地妻の1人でしかない。

 そんなことは、イミテルもわかっている。

 わかっていて、それでもいいと受け容れたのだ。

 

 いまこのような時だけは、ただ2人きりの夫婦だから。

 そして、もう少しすれば、2人と1人の家族になる。

 その日が待ち遠しくてたまらない。

 

「ああ、待ち遠しいな、我が半身よ。健やかに、強く生まれて来るのだぞ」

 

 自分の大きな腹を撫でてイミテルはささやく。

 その母性に溢れた姿に女たらしも微笑む。

 新たな命の誕生。それはまさに生命の奇跡そのものだ。

 

 その奇跡を守るために戦う日が間もなく来る。

 それを想うと、女たらしは我が子の幸福を祈らずにはいられない。

 『アルメガ』亡きあとの世に生まれるはずの我が子。

 その生涯が、光に満ちたものであるようにと。

文字数はどの程度が好ましいですか?

  • 2000文字前後
  • 3000文字前後
  • 4000文字前後
  • 5000文字前後
  • 6000文字前後
  • 7000文字前後
  • 8000文字前後
  • 9000文字前後
  • 1万字前後
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。