あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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エルグランドの冒険者
18-001


 目が覚めた。

 体をぐーっと伸ばして、ぽきぽきと骨が鳴る。

 私はひとつ息を吐いて、隣の愛する妻イミテルを見やる。

 

 すやすやと心地よさそうに眠る姿。

 この大陸のエルフらしいしっかりとした体躯。

 そして、大きくなったおなか。

 

 生まれるまで、あと半月ほどの我が子。

 この大陸における2人目の子。

 あれ、そう思うと胃がキリキリしてきたぞう……。

 エルグランドに帰ったら、お姉ちゃんに殴られるんだろうな……。

 

「……おっと、いけないいけない。ネガティブになってた」

 

 私は自分の頬を叩いて気を取り直す。

 私の最愛のペットであり、私のお姉ちゃん。

 まぁ、いわゆるところの本妻ってやつ。

 

 彼女は、なんと言うか、常識人だ。

 無暗に人を殺してはいけないとか。

 人の物を盗んではいけないとか。

 猫を殺して食べてはいけないとか。

 そう言う常識をちゃんと知っているし、守る。

 

 エルグランドの民なのに常識的過ぎるように見えるけど。

 エルグランドの法でも、一応は人を殺してはいけないようになっている。

 

 この国でも、町中で無暗に人を殴りつけてはいけないと定められている。

 それをちゃんと真面目に守る人がそんなにいなくても。

 一応それなりに法と言うのは敷かれているものなのだ。

 彼女はそのあたりをきちんと順守するタイプの人間だ。

 

 だから当然、不貞行為は咎められる。

 躾だからとか、罰だからとか、そう言う理由の下に。

 それはもう手酷く殴ってくる。すごく痛いのあれ。

 

 私が悪いのは確実なので、甘んじて殴られよう。

 べつに好き好んで殴られてるわけじゃないけども。

 私が悪いという自覚はちゃんとある……。

 

「……ふぅ。身支度しよう」

 

 ベッドから降りて、身支度を整える。

 寝間着にしていた衣服を脱いで、下着姿に。

 就寝用の下着から、普段用の下着に変えて。

 次にいつもの衣服、冒険用の装備に整える。

 

 さすがに戦闘は想定していないので。

 手袋はしないし、ブーツの紐も硬く締めない。

 赤いマントに、白いブラウス、黒い上衣といつもの服装。

 最後に髪の毛を赤い飾り紐で結び、右サイドで纏める。

 

「うん。バッチリ」

 

 そうして、いつも通りの私が完成した。

 ニコッと笑ってみれば、鏡には可憐な少女が映っている。

 自分で可憐って言うのもなんだけど、美醜は分かるつもりだ。

 まぁ、鏡に映る自分って2割増しくらいで美人に見えるような気がするけど……。

 写真よりも美人に見えるのってなんでなんだろう……。

 

「さて、と」

 

 振り返り、ベッドを見る。

 そこでは相変わらずよく眠っているイミテルの姿。

 私は足音を消して、部屋を出た。

 

 厨房へと向かい、そこで厨房担当のメイドたちにお湯をもらう。

 そのお湯でお茶を淹れて、ミルクを注いでミルクティーに。

 こんなの貴族の当主がやることじゃないんだろうけども。

 愛する妻に、モーニングティーをサービスするくらいは当然だろう。

 

 部屋に戻ると、イミテルはまだすやすやと眠っている。

 その肩を優しく揺り起こすと、イミテルがそっと目を開けた。

 私と彼女の瞳が交錯し、イミテルの瞳にやわらかな光が宿る。

 

「ああ、もう朝なのか、我が鼓動よ」

 

「うん、おはよう。よく寝ていたよ」

 

「あまり言うな。気恥ずかしい」

 

 なんて笑いながらイミテルが体を起こし、お茶を受け取る。

 私はベッドに腰掛け、イミテルの傍でいっしょにお茶を。

 

 妊婦にお茶はあんまりよくないらしいのだけど。

 1日に1杯くらいならべつにいい……らしい。

 カイラの言うことなので信頼してる。

 

 ゆっくりと2人でお茶を楽しんだ後、カップは部屋のテーブルに放置。

 気分的に使い終わった食器は置いておきたくはないんだけど。

 私が片付けてしまうと、使用人の仕事を奪ってしまうのでしょうがない。

 

「私はもう1度寝るとするが……我が鼓動はもう動くのか」

 

「うん。サロンでくつろいでるよ」

 

「そうか。まぁ、身支度を整えては寝るわけにもいかないからな」

 

 イミテルは頷いて、再度ベッドに体を横たえる。

 私はゆっくりおやすみよと声をかけ、部屋を出る。

 

 貴族になっていちばん慣れないのが、この朝の動き方だ。

 最初はいつも通りの感覚で……つまり、夜明けからそう間もなく動いていた。

 夜明けと共に働かなくてはいけない身ではないけれど。

 冒険者として、日中の時間は可能な限り多く取りたいもの。

 すると朝早くに動き出せるよう、朝が強くないと話にならない……。

 

 のだけど、貴族でそれをやるのはまずい。

 私の想像がまったく追い付いていなかった問題だった。

 

「おはようございます、領主様!」

 

「おはよう。いい朝だね」

 

 すれ違ったメイドが深々と頭を下げて来たので、返事を返しつつ通り過ぎる。

 いますれ違った彼女の名前はグライア。このアノール子爵領出身のメイドだ。

 身長154センチ、体重45キロ、バスト80、ウエスト55、ヒップ81。

 家族構成は両親、弟、妹2人、祖父1人。恋人は居たことなし。

 この屋敷に来るまで処女だったけど、もちろん私が大人の女にした。

 あとは趣味とか、特技とか、得意料理とか、性感帯とか、好きな体位とかも把握してるけど。

 まぁ、その辺りは私が知っていればいいので細かくは省くとして。

 

 彼女は私が起きるより前に仕事をはじめていた。

 使用人は主より先に目覚め、主の世話をすべく働かなくてはいけない。

 まぁ、つまり、私が夜明けと同時に動いてしまうと。

 使用人たちは夜明け前に働き出さないといけないわけで……。

 私1人なら気にするなと言えるけど、なにしろ生粋の貴種であるイミテルが女主人なのだ。

 

 冒険中ならともかく。

 普段の生活はイミテルに合わせるべきだろう。

 そう言う意図の下、私の普段の朝は遅くなっている。

 

 

 

 サロンに入り、ソファに腰掛ける。

 ここは貴人ではなく、学者や作家を招くための小規模なサロンだ。

 私の場合、貴族の知人なんて義務的に対応するものでしかない。

 その都合もあって、このサロンこそが最も使用頻度が高い。

 

 それに、私の知人たちは腕利きが多い。

 その関係もあって、ここに招かれる客人の方が色んな意味で重要人物な場合が多い。

 こちらのサロンこそが、私としては本命のサロンと言える。

 

「はぁ~あ、あいかわらず慣れないな~……」

 

 このトイネはアノール子爵領こそが私の本拠地になるのだけど。

 貴族の領主として、救国の英雄として扱われるのはどうにもこうにも。

 あんまり楽しくはないので、安らげないのが本音だったりする。

 

 やっぱり、マフルージャの王都にある屋敷の方がくつろげる。

 あそこでは貴族としては扱われず、スケベな屋敷の主くらいにしか思われない。

 なにより、私が丹精込めて集めた使用人たちで満ちているので、これがもう女臭くてたまらないというか……。

 

「むふふ……スルラ行って、王都行って、むふ、むふふ……」

 

 王都でちょっとくらい遊んでも……バレないかな!

 屋敷でこう、メイドたちに囲まれるだけでも幸せと言うか。

 これでみんなにべたべたくっつかれながらごはんでも食べると天国が見えるというか。

 もう口に運ばれたものなんでもかんでも食べちゃうよね。

 胃が張り裂けそうになっても気合で捻じ込めば入るしさ。

 

「むふふふ……楽しみだ……」

 

 私は旅立った後のことを想い、幸せな妄想に身を浸した……。

 

 

 しばらくサロンで時間を潰し。

 それから朝食の時間がやってくる。

 時刻で言うと朝の8時ころ。

 ものすごく遅い時間だが、これが貴族としては普通だ。

 仲間たちも、友人たちも、朝が遅すぎるとぼやくくらいに遅い。

 

 仲間たちと、そして友人たちと共に朝食を食べ。

 私はイミテルに見送られて、旅へと向かった。

 

 

 

 かつて私がこの大陸に来た時に現れた地点。

 スルラの町から2日ほどの距離にある森の中。

 さすがにそちらにまで向かおうとは思わないので。

 スルラの町に到着したという体で行こうと思う。

 

「あいかわらずだな~」

 

 あいもかわらず獣臭い町と言うか。

 なかなか異国情緒に満ちた町ではあるんだけど。

 いまとなってはすっかり見慣れた町でしかないなぁ。

 

 水が豊かで、動物たちも丸々と肥えている。

 そんな豊かさがありありと叩きつけられるけど。

 このマフルージャ王国ではべつに珍しい町ではなかった。

 

「知り合いの子がいるわけじゃないから、町中をぷらっと見て回って、そのまま次かな」

 

 そう独り言を言って、私は町中へと足を進める。

 まずは奴隷商のところにいってみるとしようか。

 いや、でも、最近は訪ねて行っても土下座されるばっかりなんだよね。

 投資したいだけなのに、なんでお金を拒否るのか……。

 くれるって言うならもらえばいいのに……。

 

「また切腹騒ぎとか起こされても困るし、やめとこ……」

 

 前に受け取りを強要したら、申し訳なさゆえの自裁とか言い出した。

 なにが楽しくてオッサンの自殺なんか見なきゃいけないのか。

 サシャはともかく、私に人死にを見て悦ぶような趣味はない。

 

 私はふらっとサシャの家の方へと向かった。

 ごみごみとした低階級の市民が住むあたりの街区。

 そこをふらりと歩いて、サシャの家へと。

 

 ずいぶんと寂れた感じがするというか。

 この国では、家の傷む速度がずいぶんと速い気がする。

 水が豊かなだけあって、湿気が強いお国柄だからだろうか。

 やっぱり湿気が多いほどに木材と言うのは痛むから……。

 

「あれ、あなたは。サーン・ランドの紅い聖女さんじゃないですか」

 

 サシャの家を眺めていたところ、そう声をかけられた。

 振り向いてみると、そこには冒険者らしい出で立ちの青年が立っていた。

 皮の軽装鎧に小盾と剣、そして背中に吊っているのはクロスボウ。

 ダガーやらが胸元に備え付けられている様子から見て、冒険者か。

 

「えーと……」

 

 顔見知りだったろうか。どうだったろう。

 女の子ならともかく、男の人は人並みにしか覚えてないので……。

 

「僕はライリーです。サシャの幼馴染の、ライリーですよ。ロモニスの冒険者学園に通っていた」

 

「ああ!」

 

 サシャの幼馴染で、私にサシャを横取りされた男の子だ。

 彼に言わせれば、僕の方が先にサシャのことを好きだったのにとか思っているのかも。

 でも私は全世界の女を愛しているので私の方が先に好きだったに決まっている。

 

「学園対抗演習以来かな? ずいぶん腕を上げた……けど……なにかあった?」

 

 彼から伺える戦闘能力の高さはなかなかのものだ。

 さすがにサシャほどの強さはないにせよ、英雄級の冒険者かな。

 けれど、彼から伺える生命力は奇妙なほどに少ない。

 

「ははは……ちょっと厄介なアンデッドと戦って生命力を奪われてしまいまして。療養がてら、里帰りです」

 

「そうだったんだ……大変だったね」

 

「いえいえ、冒険者なら度々あることですから。そちらはどうです? サシャは元気ですか?」

 

 おや? と私は内心で首を傾げる。

 以前はサシャに対し、どろどろとした恋慕とも、執着とも言える感情があったけど。

 いまはずいぶんとそれが薄れているように感じる。

 

 やっぱりこう、冒険者になって、腕を上げて、お金貯めて、娼館にいったのかな。

 この町の娼館はあんまり開拓していないので、おすすめのお店とか教えてもらえないかな。

 

「サシャは元気だよ。最近はトイネで新しく見つかった迷宮を踏破したばかりだし」

 

「さすがはサシャですね」

 

 ライリーは感慨深げに頷く。

 そんな彼に忍び寄ってくる影。

 

「あ・な・た~? いったいなにをやってるのかしら?」

 

「あいたたただだだだ! ち、違うよ、ナーシャ! 間違ってもナンパなんかじゃない!」

 

 彼の背中を抓くる女性の名はナーシャと言うらしい。

 あなたという呼び名、そして私に対して嫉妬するような目。

 

「しょ、紹介するよ! 彼女はサーン・ランド冒険者学園の卒業生で、ほら、サシャを購入した人だよ! 知ってるだろう!」

 

「えっ、サシャの!?」

 

 驚くナーシャ。サシャと知己のような反応だ。

 出で立ちも、町中でよく見かける一般市民の奥さんといった感じ。

 するとやはり、そう言うことなのかな?

 

「それで、こちらはナーシャと言って、ええと、つまり、はい、そう言うことなんです」

 

「そう言うこと? 私に女性を紹介するって言うのがどういう意味か分かって言ってるんだろうね?」

 

「女の子を紹介したわけじゃないです!!! 彼女は僕の妻です!!! 寝取らないでください!!!」

 

 ライリーが絶叫する。そんなこと大声で言わなくても。

 ナーシャもなに言ってるんだコイツ!? みたいな顔をしている。

 

「はぁ、はぁ……ナーシャとも幼馴染なんです。もちろん、サシャとも幼馴染なんですよ」

 

 そう言ってナーシャを紹介するライリー。

 これで後ほどナーシャを寝取ったらどうなるんだろう。

 発狂して殺しに来そうな気がするけど。

 まぁ、寝取られる方が悪いということで、ここはひとつ。

 夫よりすごい! とか言わせないだけのことをすればいいだけだ。

 

「なるほどね。今はちょっと、家のことがゴタゴタしてるから無理なんだけど……いずれ2人とも私の家に招待するよ。その時にサシャとも親交を深めるといい」

 

「いいんですか?」

 

「もちろん。サシャも幼馴染の子と会えたら喜ぶよ」

 

「そうだといいんですが……」

 

「出産が終わって、ひと段落ついたらだから……まぁ、2~3カ月はかかると思っておいてほしいかな」

 

「はぁ、出産。それはいったいだれの……?」

 

「私の奥さんだよ」

 

「は?」

 

「今月産まれる予定なんだ」

 

「は、はぁ」

 

「あ、そうそう。王都の方に、ブレウとギールがいるんだ。もし王都に来ることがあったら、屋敷を訪ねてよ」

 

「あ、ギールさん見つかったのですね。それはよかった」

 

「いまは女の子になって、ブレウが産んだ私の子の世話をよくしてくれてるよ」

 

「なんのなんでなんだって!?」

 

「言葉通りだよ?」

 

「わからない……! 聞くだけじゃなにもわからない……!」

 

「まぁ、今度会いにおいでよ」

 

「見たいような見たくないような……!」

 

 ライリーが頭を抱えている。

 私そんなに変なこと言ったかな……?

 

 この大陸にだって『ミラクルウィッシュ』に類似の魔法は存在する。

 アルトスレアにだってあったし、腕利きなら存在は知ってるだろうに。

 まぁ、ちょっと頭がお堅いのかも? そう言うこともあるよね。

 

 サシャの幼馴染にも出産を祝福してくれると嬉しい。

 やはり、この大陸ではじめて得たペットなので。

 サシャとの関係は思い入れ深いものだ。

 

 いろいろと終わったら、みんなを招待して、パーティーをしよう。

 私はそんなことを想い、心の備忘録にその予定を書き留めた。

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