あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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18-003

 屋敷の中に入り、マーサの部屋を訪ねる。

 マーサは上級使用人なので個室を持っている。

 メイド長はメイドではないので当然と言えば当然だ。

 

「マーサ、いる?」

 

 コンコンコンとノックをして尋ねると、すぐにマーサが姿を現した。

 

「おや。おかえりなさいませ、ご主人様。無事のお帰りで幸いです」

 

「うん、ただいま」

 

 私の帰参に顔をほころばせてくれるマーサ。

 以前に比べると、やはりグッと表情が柔らかくなった。

 

 メイド長と言うのはうるさ型にならざるを得ないもの。

 メイドたちのまとめ役であり、怖い上司でないといけない。

 そうなるとやはり、厳めしい顔をしていないといけない。

 なにより単純に侍従長と言うのはなかなか仕事が忙しい……。

 やっぱり日々の生活が忙しいと、余裕ってなくなるからね。

 

 私がガッツリとメイドを増やし、メイド長補佐もたくさんつけた。

 そのおかげもあって仕事量がずいぶんと減って今は余裕がある。

 それでも恐れられるメイド長でないといけない分、引き締めてはいるけれど。

 

「なにか、至急の用事がございましたか?」

 

「ううん。マーサの顔が見たかっただけ」

 

「まぁ」

 

 少し驚いたように、それでいて頬を染めてほほえむマーサ。

 こういう、初心と言うか、奥ゆかしいところがあってマーサは可愛らしい。

 貴種の出ではないのだろうけれど、いいところの出ではあるのだろう。

 蝶よ花よと大切に育てられた娘特有の愛らしさのようなものがマーサにはある。

 

「少し、表情が柔らかくなったかな? やっぱり、女の子は笑っているのがいちばんだよ」

 

「そんな、女の子だなんて……」

 

「私にとっては、みんな年下の可愛らしい女の子だよ。もちろん、マーサだってね」

 

 ささやきながら、私はそっとマーサを壁へと追い詰める。

 マーサはこれが好きだ。私に詰め寄られて、顔を寄せられるのが。

 マーサは身長150センチ少しくらい。私は161センチくらい。

 この目線の高さの差が、グッと来る……みたいだ。

 

「可愛いね、マーサ」

 

「ああ、ご主人、さま……」

 

 きゅっと胸元に手を寄せるマーサ。

 その愛らしい仕草に私はニッコリとほほえむ。

 

 はじめてこの屋敷を訪れた時、そのままマーサとは仲良くなったわけだけど。

 やっぱりこう、お堅くて厳しいメイド長をいただくのって最高に美味しいよね。

 

「本当なら、今夜はマーサと寝る前にハチミツ入りのお茶でも飲みたいんだけど……今日は少し忙しくてね」

 

「そう、なのですか……」

 

「いま抱えてる用事がひと段落して……こっちの屋敷に腰を落ち着けられるようになったら……お茶をご馳走してもらえるかな?」

 

「はい……」

 

 恋する乙女のように無垢な微笑みで。

 マーサは私の求めた約束にすなおに頷く。

 そんな愛らしさに私は微笑み、マーサにキスをした。

 ベッドインはダメにせよ、キスくらいはセーフでしょ。

 

「ごしゅじん、さま……」

 

 マーサが甘えた声でキスに応じ、私は彼女と深く愛を交わし合った。

 

 

 

 マーサと愛を確かめ合ったあと、私は屋敷内を軽く散策していた。

 この屋敷に始めた時と比べて、内装はいろいろと変わっている。

 調度品類を私好みのものに変えたり、メイドたちの待遇をよくしたり。

 そう言った影響で屋敷の中はずいぶんと華やかになった気がする。

 

 私は赤が好きだ。見るのも、着るのも好き。

 もはや赤色は私のトレードマークと言ってもいい。

 だから屋敷の調度品にも赤いものがなかなか多い。

 あまり赤ばかりにすると毒々しくて下品だから、あくまで多目なだけに留めてるけども。

 

 そして、いちばん変わったものといえばやっぱり……。

 

「あ、旦那様。お帰りになられていたんですか」

 

「オーナー。おかえりでしたか」

 

 お針子のブレウと、大工のギール。

 年若いケモ耳の夫婦。夫婦だ!

 2人とも女だけど、実は夫婦なのだ。

 

 ギールは私が女にしたけど。

 そしてブレウは私が孕ませたけど。

 私が孕ませ、産ませた子供を、ギールとブレウに育てさせる。

 なんてことだ。すべてのモラルが崩壊している。

 私が言っていいことじゃないけど。

 

「ただいま。イロイはどう?」

 

 そんな私の問いに、ブレウが傍らのベビーベッドを示す。

 血を分けた我が子、イロイ。まだ生後半年も経っていないだけにふにゃふにゃの赤子だ。

 私の金髪を受け継いだ、やわらかな金髪と、ブレウのケモ耳を継いだ耳。

 私とブレウの子だと一目でわかってしまうような愛らしい赤子。

 

 私は思わず頬が緩んでしまい、指の背でイロイの頬を撫でる。

 赤子らしいふくふくとした頬がやわらかく私の指を跳ね返す。

 この心地よい柔らかさ、肌の滑らかさは赤子特有だ。

 

 イロイが私の指を捕まえ、きゅうと握る。

 その小さな小さな指と、暖かな命の鼓動が私の魂を揺らす。

 あったかいね、かわいいね、ちいさいね。たいせつにしようね。

 

「毎日あっぷあっぷになるまでミルクを飲んで、すくすく育っていますよ」

 

「ええ、本当にイロイは元気で……夜泣きもすごいです」

 

 なんて少し隈のあるギールが笑う。

 夜泣きに対応できるように、こちらの託児所施設の人員は余裕を持たせてるんだけど……。

 この様子だと、常駐させてる担当のメイド使ってなさそうだ。

 まぁ、メイドを使うのに慣れてないと、なかなか厳しいよねぇ……。

 

 昼はブレウが見てるのだから、夜は自分が見ればいい。

 どうせ昼間の仕事もそう忙しくないし、若いから体力は有り余っている……。

 ギールの考えはそんなところだろうか。たぶんあってると思う。

 まぁ、そう言う姿勢が大事なこともあるし、とやかくは言うまい……。

 

「手の力も強くなったね。ふふ、将来が楽しみだ」

 

 私は微笑んでイロイの未来を想う。

 この子はどんな大人になるのだろう?

 いまからとても楽しみで仕方がない。

 

 私は一般的な人間にくらべて、かなり子供が多い。

 血を分けていない子……養子や連れ子もかなりいる。

 そんな子供たちが成長し、未来に羽ばたいていく姿は何度見ても嬉しい。

 そして、いま、そんな未来が脅かされそうになっている。

 

 イロイのためにも、私は戦わなくてはいけない。

 この暖かくて小さな小さな命を……未来を繋げるために。

 私は、自分を大人だと思っているからこそ。

 

 大人は、子供が大人になれるようにしてあげられる者だ。

 遠い過去と、遠い未来を繋いでいくのが、大人なのだ。

 私がイロイに繋ぎ、イロイが誰かに繋ぎ、その誰かがまた誰かに。

 人の歴史はそうして紡がれてきて、過去と未来は繋がっている。

 

 その円環を終わらせないために。

 私たちは今日も必死で生きている。

 

「イロイ。私は頑張るからね。応援しててくれるかな?」

 

 そんな私の問いに、イロイはわかったようなわからないような顔をし。

 それから、私の匂いを感じてか、頬をあげて笑った。

 まだけらけらと笑うような頃でもないけれど、もう笑うようになった。

 赤ちゃんの成長って、早いものだなぁ……。

 

「ふふ……」

 

 私は最後にイロイの頬をまたひと撫でした。

 絹のようにやわらかな撫で心地だった。

 

 

 

「ちょっと用事があって来て、立ち寄っただけなんだ。いろいろとひと段落したらまた来るよ」

 

 イロイと少し触れ合い、屋敷を出る。

 猶予はほんの1週間ほどしかないので、あんまりモタモタしては居られないのだ。

 もうすでにお昼を回っている頃なのでしょうがない。

 

 次に私が目指す先は、冒険者向けの宿たる『明けの黄金亭』だ。

 1階部分が酒場、2階部分が宿になっている、荒っぽい感じの店。

 店の外からも、大いににぎわっているのが伝わってくる。

 

 店の扉を開ければ、音圧がワッと押し寄せて来る。

 ごみごみとした店内では、たくさんの冒険者らしき連中が酒食を楽しんでいる。

 猥談に興じたり、賭け事をしたり、バカ話をしたり。

 そんな冒険者たちの注目を浴びながら、私はカウンターへと向かう。

 

 じろじろと好色な眼で見られるのは、あまり気分がいいものじゃない。

 女冒険者の身だから、そう言う眼で見られるのは慣れてはいる。

 だからと言って愉快なわけではないし、見られたいとも思わない。

 

 でも、見ちゃうのはしょうがないかな、なんて理解もまた、ある。

 人間だものね。性欲くらいあるよ。女の子がいたら、胸とかお尻見ちゃうよね。

 だって私なら見るもん。ガン見するよ。なんなら揉むし。

 そう言う意味で、彼らを批難する資格って私にはないんだよねぇ……。

 

「ウイスキー。ビンでちょうだい」

 

 カウンターに金貨を3枚ほど転がしつつ言う。

 エルグランドだと「けちな貧乏人め、でていけ」と怒鳴られるだろうけど。

 この大陸では金貨3枚の支払いは大変なお大尽だ。

 カウンターのバーテンは驚いた顔をして、うやうやしくウイスキーのボトルをサービスしてくれる。

 

 同時に出されたグラスに、私はトクトクとウイスキーを注ぐ。

 カウンターに寄りかかりながら、ウイスキーを軽く口に含む。

 うん、まぁ、こんなもんかな。場末ってほどじゃないけど、高級酒場でもないものね。

 でも、店にある中ではいい酒を出してくれたのかなって感じはする。

 

「お客様、見たところ、なかなか腕利きの冒険者のようで」

 

 ウイスキーを飲っていると、バーテンが声をかけて来た。

 周囲にサッと視線を向ける様子から、牽制をしているのが伺える。

 たぶんこのバーテン、ちょっと魔法が使えるんだろうね。

 私の身に着けてる装備見て、ちょっと眩しそうな顔してたから。

 

 私は装備の持つ魔法のオーラとかを隠蔽していない。

 この大陸ではその手のオーラを隠蔽するのは一般的なんだけど。

 私はべつに隠蔽する必要性を感じていないのでやっていない。

 

 装備の質と、私の振る舞いで、私がかなりの腕利き冒険者だと分かっていて。

 周囲のあんま腕利きではないゴロツキまがいの連中に牽制をしている。

 私を守るためと言うより、私から周りの人を守るためだ。

 

「うん、まぁ、なかなかやる方だと思うよ」

 

「さようでございましたか。当店は初めてですか?」

 

「ううん、何回か泊まったこともあるよ」

 

「これは失礼をしました」

 

 言いながらバーテンは頭を下げる。

 

「ほら、3~4年くらい前にさ。この宿に、『ハンターズ』って連中が長期で泊ってたでしょ」

 

「はい」

 

「あの子たちがいた時期くらいに、何回かね」

 

「それはそれは」

 

 『ハンターズ』の名を聞いて、周囲の話し声が一瞬小さくなる。

 ここでは『ハンターズ』の名は忌み名なのかもしれない。

 まぁ、あんだけ暴れまくってたらそうもなるだろうね……。

 

「彼らもすばらしい腕利きでしたが、今はどこでなにをしているのでしょうね」

 

「少し前まで、冒険者学園に通ってたよ。みんな生粋の戦士だったけど、魔法が使いたかったらしくて」

 

「それは、また」

 

 あれだけの腕がある戦士が魔法を覚えたがる。

 まぁ、なかなか聞かないような話ではある。バーテンの驚きようも納得か。

 

「それで、いまは私の家に遊びに来てくれててね。しばらく泊まっていく予定みたいなんだ。それで懐かしくなっちゃってさ」

 

「なるほど、そうだったのですか」

 

 バーテンは実に見事に合いの手と相槌を打ってくれる。

 話し上手に聞き上手のバーテンと言うのは得難い存在だ。

 そう言うバーテンがいるだけで、近隣住民の幸福度が上がると言っても過言ではない。

 

「みんなここで屯してて、大体いつも酒飲んでるかギャンブルしてるか……まぁー、クズだったよねぇ……」

 

「ははははは」

 

 バーテンはカラカラと笑う。

 否定はしないけど肯定もしない感じだ。

 そう言う、バランスのいい立ち周りができるのは実にいい。

 

「ああ、懐かしいなぁ。みんなも連れてくればよかったかな?」

 

「それはちょっと」

 

「あははははは」

 

 バーテンが困ったような顔で止めて来た。

 出禁ってわけではないんだろうけども。

 できればもう来て欲しくはない感じなんだろうね。

 まぁ、営業妨害のレベルに達してたしね……。

 

「ここでみんなと仲良くなって、上の部屋で仲良し同士ですること全部やってさ。最後にメアリとは1週間くらいねっとりと遊んでさ……いやぁ、よかったなぁ」

 

 この『明けの黄金亭』で『ハンターズ』のみんなと落ち合って。

 そのまま上の部屋になだれ込んで、イイコトしまくった。

 まさにここは、明けに臨む黄金の日々だった。

 励んだ朝の太陽は黄色いものね。

 

 

 

 ウイスキーを1本開けて、店を出る。

 酔ってはいないけれど、お酒を引っかけた後は気分がいい。

 

「ここで『ハンターズ』のみんなと仲良しをして、それからレインの初めてをもらって、訓練して、ヤリ納めして……」

 

 そして、私たちはソーラスへと旅立った。

 この大陸において、最も冒険に励んだ場所と言ってもいいだろう。

 自分の実力を強く制限しての冒険はなかなか新鮮でよかった。

 私はそんな懐かしい日を想いながら、ソーラスへと転移で跳んだ。

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