あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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18-004

 ソーラスに到着した私は、とりあえず家に入る。

 転移魔法『引き上げ』のマーキング先は家の庭だ。

 

「ふぅ。果樹のお世話だけしておこうかな」

 

 庭に植樹した果樹の様子を少し見て、根本に肥料を撒いておく。

 肥料とひとくちに言ってもいろいろあるけれど。

 錬金術で作成された特別性の肥料ならば間違いがない。

 代わりに相場がえらいことになってるので、普通は使わないんだけど……。

 私は錬金術も使えるので、この肥料は自作品だ、つまり実質タダ。

 

「大きくなるんだよ~」

 

 リンゴの木は特にレウナのお気に入りだ。

 よく木の上に昇ってお昼寝をしている姿を見かけるし。

 その時にリンゴをしゃりしゃりと齧っている姿も見かける。

 

「喜んでくれるといいな~」

 

 お昼寝して、起きたらすぐ食べられるリンゴが目の前にある。

 それってすっごく素敵なことじゃないかな?

 だから手間暇かけてリンゴの木の世話をしてもいいだろう。

 

 ちなみにこのリンゴの木はエルグランドで一般的な栽培品種。

 中型から大型の果実がつき、果肉は緻密でかなり硬め。酸味は結構強い。

 果肉が緻密で硬いので煮込んでも煮崩れしにくく、アップルパイにすると絶品だ。

 もちろん生食もできる。果汁が豊富なので、喉を潤しながら食べられる。

 

 レウナがよく食べているリンゴとは趣の違う品種だけど。

 レウナはリンゴなら何でも好物らしいので、問題ないだろう。

 

 

 

 庭木の世話をした後、私はふらりとソーラスの町中を歩く。

 以前に来た時もずいぶんと町が様変わりしたと思ったけれど。

 いまもまたずいぶんと町の様相が様変わりしているように感じる。

 

 この町の発展は止めどなく、永遠に続いていくかのようだ。

 けれど、こうした発展の栄枯盛衰は枚挙にいとまがないもの。

 このソーラスも、なにかひとつあれば衰退することもあるだろう。

 

「その時には『世界樹の王(エトラガーモ・タルリス・マギ)』のみんなを招待してもいいな~」

 

 あわよくばうちの領地に所属の冒険者になってもらえたりしないだろうか。

 残念ながらうちの領地には目立った迷宮は存在しないのだけれど……。

 うちを拠点としてくれるだけで、ずいぶんと大きな経済効果が見込める。

 

 腕利きの冒険者は単体で領地の年間予算に匹敵する資産を持つことすらある。

 たとえばだけど、アノール子爵領の年間歳入って金貨1万枚もないのだ。

 対して、『世界樹の王』のメンバーが身に着けている装備は、少なく見積もっても金貨5万枚以上するだろう。

 そんな冒険者の金回りは抜群にいい。よその領地から金を持ち込み、うちで散財してくれたら最高。

 

「まぁ、そこまでうまくいかないけどさ~」

 

 いまはこの町に『世界樹の王』たちはいないし。

 招いたところで、うちを拠点にする魅力もないし。

 まぁ、楽しい妄想でしかないかな~……。

 

 ため息をひとつこぼし、私は町中へと入る。

 冒険者広場の方へと出向いてみれば、いつも通りの賑わい。

 私はその人混みの中を抜けながら、お目当ての場所へ。

 

 そこには可憐なドレス姿の少女が立っていた。

 鋼色の瞳をした少女と、その少女を見守る血のように赤い瞳の少女。

 2人ともに、瞳以外の色はまったくの同一だった。

 

「やぁ、マロンちゃん。お久しぶり」

 

 私は知人である彼女、マロンちゃんへと声をかける。

 本名はマコトと言うらしいけど。いまもマロンちゃんと呼んでいる。

 って言うか彼女、ファミリネームがクリノと言うらしいのだけど。

 そのクリノと言うのが、チェスナッツのある野原と言う意味らしい。

 じゃあ、マロンちゃんって愛称もピッタリだから問題ないってことだ。

 

「挑戦料は銀貨1枚だ」

 

「私のこと、忘れちゃったの……? ひどい……あんなに一緒だったのに!」

 

「なんの話だ」

 

「いっしょに見たあの夕暮れも! いっしょに駆けたあの浜辺も! あなたは忘れてしまったの!?」

 

「俺の記憶を捏造しようとするな」

 

 あいかわらず私のことを忘れたような応対をするマロンちゃん。

 それに対し、マロンちゃんの脳に存在しない記憶を植え付けようとする私。

 いつも迫真の演技でがんばってるんだけど、マロンちゃんはいつも淡白だ。

 

「ひさしぶりだね、マロンちゃん。元気だった?」

 

「ああ。おまえも、壮健そうだな」

 

 あいかわらずどこ見てるんだかわからない目で私を見ている。

 それを見て、私はキャロラインに頭をドリドリされて得た視点に切り替えてみる。

 彼女の視点のズレは、おそらくその独特な視点に由来するものだろう。

 そっと視界を切り替えると……マロンちゃんはウネウネとした異形の化け物に見えた。

 

 なんと言うか、ウミウシとかナメクジみたいな……。

 それがドレスを無理やり着て立っているような、異様な姿だ。

 あんまり見てて気分のいいものではなかったので、視界を元に戻す。

 

「ほう……松果体の光……そうか、おまえ、パサファロンにいったのか」

 

「うん」

 

 マロンちゃんも私が視界を切り替えたことに気付いたらしい。

 なにに納得したのか、マロンちゃんは何度かコクコクと頷いた。

 

「なにをしにいった、あんなところに」

 

「悪夢を断ち切るために」

 

「そうか。それはいいことなのだろうな」

 

 まぁ、断ち切った悪夢は私のものじゃないんだけど。

 クロモリの悪夢解消のためになんやかやがんばった。

 いまは安眠できているらしいのでがんばった甲斐がある。

 

「マロンちゃんは、あそこで果てしなく戦い続けたんだよね?」

 

「あまり思い出したくはない記憶だ。だが、あそこで数え切れぬほどに戦い続けた」

 

「ベルのために?」

 

「ああ」

 

 傍らの少女、指導者ベル。

 マロンちゃんは、そのベルのために戦ったらしい。

 詳しい話や、具体的な戦いの内容は知らないけれど。

 そこには壮絶な戦いがあったらしいことは分かる。

 

「闘士のいずれもが、指導者を救おうとはしなかった」

 

「指導者がいないと、継血とか言う儀式ができないから、だったっけ?」

 

「そうだ。俺は求めた。彼女を救う方法を」

 

「そして、見つけた?」

 

「途方もない回り道をしたがな」

 

 マロンちゃんがにやりと笑った。

 いつも表情を崩さない彼女には珍しい。

 

「俺は俺の戦いに意味を見出してはいない。見返りも求めていない。だが、嘘を許せぬと思った」

 

「嘘?」

 

「指導者は囚われ、熱血の闘士どもの道具にされて来た。浪費される、命ですらなき命だった」

 

「命ですらなき命、か……」

 

 指導者とは、自然に再誕する人造生命に近いような存在なのだろう。

 そう言った存在を無暗に浪費する人間と言うのは、そこそこいる。

 キャロラインやマロンちゃんは、そう言うタイプの人間ではなかった。そう言うことだ。

 

「それが、報われぬこと。幸福にならぬこと。それを、俺は嘘だと思った」

 

「ああ、なるほど。そっか。マロンちゃん、カッコいいなぁー……」

 

「ふむ。あまり褒めてくれるな」

 

 マロンちゃんは眠たげに目を細め、かすかに首を傾げた。

 あまり照れくさそうな姿ではないが、こそばゆい気持ちがあるのだろう。

 そう言うところが、ますますカッコいいというか、イケメンと言うか。

 

 マロンちゃんは、ベルに正当な報酬がないことが気に入らなかったのだ。

 義侠心とも言えるもので、自分の身を擲ってベルを救おうとした。

 それってメチャクチャカッコいいし、もうプロポーズみたいなものだよね。もう結婚しちゃいなよ。

 

「でも、そっか。そうだよね。嘘になんかされたら、ムカつくよね~」

 

「ふむ?」

 

 マロンちゃんが片目を閉じて考え込むような仕草をする。

 最初、マロンちゃんは表情がかなり乏しいと思っていたんだけど。

 文化圏とか風習の違いなのだろう。彼女は表情を口ではなく目で表現する。

 目を細めたり、さまよわせたり、見開いたり、目を合わせたり。

 私は口元の動きにばかり注視していたのでさっぱり気付かなかった。

 そこにさえ気づいてしまうと、マロンちゃんはそんなに表情に乏しいというほどではなかった。

 

「私も、みんなの今までを嘘にされないために戦う時が来るんだ」

 

「ほう?」

 

「みんなこの星で生まれて来た。そして、だれかに寄り添って生きた。だから、今まで命は続いてきた」

 

「突然遠大な話になったな」

 

「愛だよ。人と人が愛を紡いできた。だから人は増えて、繁栄して来た。けどそれが、ある存在の目的のためだったら?」

 

「ある存在……?」

 

「私たちが養豚場の豚のように、食べられるために産まれ、育てられ、死んでいくとしたら。どう思う?」

 

「気に入らんな」

 

「そうだよね。私も気に入らない。それじゃあ、私たちが紡いできた愛は、その何者かに仕組まれたことだったのって」

 

 そうなのかもしれないと、私の理性は言っている。

 いや、むごいことに、それは真実なのだろう。

 エルグランドの民は『アルメガ』に由来していないらしいけれど。

 厳密に言えば、私はエルグランドとアルトスレアの民のハーフだ。

 ならば、私もまた『アルメガ』に仕組まれて生まれて来た生命と言える。

 

 でもそれが真実なのだとしても。

 それに素直に従ってやる理由なんてなにひとつない。

 

「私たちの愛は嘘なんかじゃない」

 

 この世界に存在する女の子のすべてが好きだ。

 まだ出会ったことのない人であっても。

 これから出会う人も、もう会えない人も。

 みんな大好きだ。愛している。

 

「だれかを愛したいから私たちは生きていくんだ」

 

 だから、人はだれかを求める。

 愛する人が欲しいと心がざわめくから。

 

「だれかに愛されたいから私たちは生きていく」

 

 だから、人はだれかを求める。

 この孤独な魂を包んでほしいと心が泣くから。

 

「仕組まれた命だとしても、私たちの愛は嘘なんかじゃない」

 

 誰かを操る何者かがいるとしても。

 それが、運命すらも操っているのだとしても。

 私たちの心すら操れる道理などないと、私は信じているのだ。

 

「私は戦うよ。この命を擲つことになるとしても」

 

「そうか。俺にできることはそう多くはないが。おまえの健闘を祈る」

 

 マロンちゃんはぶっきらぼうに言って、拳を突き出して来た。

 その華奢な拳に、私も拳を合わせ、こつんとぶつけ合う。

 なんてことのないこの仕草が、どこか愛おしい。

 

「勝って帰ってくるよ。期待しててね」

 

「ああ」

 

「その時はパーティーとかしようと思うんだ。ビンゴとかダンスとかやって、美味しいもの食べて、美味しいもの飲んで」

 

「ああ」

 

「それからみんなで、記念撮影とかもしたいね。いい思い出になると思うんだ」

 

「ああ」

 

「そして最後はマロンちゃんが私と仲良しえっちしてくれるんだよね」

 

「ああ……あ? なんと言った?」

 

「やったぁぁぁぁぁあ――――! マロンちゃんがイイコトしてくれるんだぁぁぁああああああ――――! 言質取ったぁぁぁぁぁ――――!」

 

「黙れ」

 

 マロンちゃんの鋭い拳が私のみぞおちにクリーンヒット。

 普通に痛かったが、私は気にせずはしゃぐ。

 

 マロンちゃんはメタクソにガードが堅い。未だにイイコトできてないのだ。

 たぶんそれは、彼女の肉体が本来は指導者ベルのものだからなのだろうが……。

 自分の肉体ならともかく、他人の肉体で好き勝手すべきでないというモラルだろう。

 

 そこで真面目な話の流れに乗せて、詐欺めいた方法で言質を取った。

 この流れならイケるかもと思ったが、私の予想は正解だったようだ。

 

「マロンちゃん仲良しえっちしてくれるんでしょ! ね、ね!」

 

「黙れ。話の流れで出た言葉の綾だ。揚げ足を取るな」

 

「でも! でも! してくれるって言った! 言ったもん! マロンちゃん、私と仲良しえっちしてくれるって言ったもん!」

 

「黙れ」

 

「ひどい! ひどいよマロンちゃん! 私はマロンちゃんがイイコトしてくれると思ってうれしかったのに! 私が悲しいと思った気持ちを無視するの!?」

 

「黙れ」

 

「私の言うことなんか聞く価値もないって言いたいの!? どうしてそんなひどいこと言うの!? 私はマロンちゃんとえっちできると思ってすごく嬉しくて、それが嘘だなんて悲し過ぎるよ!」

 

「黙れ」

 

 マロンちゃんはにべもなく私の発言をすべて拒否って来る。

 くそっ、感情面に訴えかけてもまるきり無駄か!

 マロンちゃんは感情面で行動を作るから感情面に訴えればいけると思ったんだけど……。

 

 ならば、理詰めで行くか、うんざりするまで懇願し倒すしかない!

 理詰めの場合は私の方が分が悪い。私の主張する正当性はただの難癖だからだ。

 であれば、手段はひとつか。徹底的に駄々をこねるしかない!

 私は勢いよくその場に転がり、バタバタと体を暴れさせた。

 

「おねがいおねがい! ねぇ、どうしても! どうしてもマロンちゃんとイイコトしたいよ! どうしてもおねがいなんだよ!」

 

「お、おまえ……」

 

「ねぇ、どうしても! どうしても! 私、勝って帰ってくるつもりだけど、無事に帰って来れる保障もないんだよ!」

 

「……恥ずかしく、ないのか……?」

 

「もしかしたらこれが最後かもしれないんだよ! だから、マロンちゃんと恋人同士ですること全部がしたいんだ!」

 

「…………」

 

「どうしても! どうしてもおねがいなんだよぉぉぉ――――!」

 

 私は大声を張り上げて喚く。

 正直を言えば、メチャクチャ恥ずかしい。

 頬が羞恥で赤く染まってしまう。

 

 冒険者広場のいろんな人が私たちを見ている。

 子供のかんしゃくみたいなことして注目されて……。

 これが恥ずかしくない人間なんかいないだろう。

 

「お、おい、やめろ……やめてくれ……」

 

「いやだぁぁぁ――――! マロンちゃんがイイコトしてくれるまで絶対に黙らない!」

 

「頼むからやめろ……! 恥ずかしい!」

 

「じゃあ、エッチなことさせてよ!」

 

 マロンちゃんはまるきり狂人を見る目で私を見ていた。

 私もこんなことしてるやついたら頭おかしいと思う。

 自覚はあるんだよ。自覚はあるけど。あるんだけども。

 

 そうだとしても、マロンちゃんとイイコトする方が優先順位が高い。

 ならば、狂人になるとしても、私は喚き続けよう。

 

「……あの、闘士様」

 

「な、なんだ」

 

「あまりにも可哀想です……その、イイコトと言うのをしてさしあげては……?」

 

「ぐっ……わ、わかった……指導者が、いいというのならば……」

 

 そこでなんとベルが援護射撃をしてくれた。

 

「わかった、おまえの好きにされてやる……だから、頼むからもうやめてくれ……」

 

「わかった!」

 

 私は勢いよく立ち上がる。

 やってくれるというなら喚く理由はもうない。

 

「いやぁ、やってみるものだね! あはは! サイコー!」

 

「……友達になるんじゃなかった」

 

「そうだね。なるなら……恋人同士、だったね」

 

「触るな」

 

 マロンちゃんの髪をひと房ほど手に取って甘い言葉を囁いた。

 しかし、マロンちゃんはにべもなく手を払って来た。

 

「はぁ……どうして、俺の周りには、異常者しかおらんのだ……?」

 

「ひどくない?」

 

「自覚しろ」

 

「あるよ。さっきまで物凄く恥ずかしかったもん」

 

「…………」

 

 理解できないものを見る目で見られた。

 女の子とエッチするためなら、なんでもするでしょ?

 少なくとも私はそうなんだよね。

 まぁ、理解されなくてもしょうがないとは思ってるけど。

 

「さて、マロンちゃんと約束も出来たし……私は次にいくね。ばいばい」

 

「もう2度と顔を見せなくていいぞ」

 

「また会いに来るね」

 

「来なくていい」

 

「逃げても追いかけるよ。別次元に逃げたとしてもね」

 

「友達になるんじゃなかった……!」

 

 吐き捨てるように言うマロンちゃん。

 私はそんな彼女の声を背に浴びつつ、雑踏の中に紛れるように足を進めた……。

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