冒険者広場の中に、この町で知り合った冒険者のひとり、セリナの姿はなかった。
そのため、私は以前に知ったセリナの家を訪ねて行った。
セリナが庭の長椅子の上でごろりとくつろいでいた。
飼っているのか、あるいは慣れたノラネコか。
胸元あたりにネコが同じようにごろりとくつろいでいる。
「や、セリナ。お昼寝かな?」
「ん……おまえか」
セリナがしなやかな動きで身体を起こす。
その動きに呼応するように、ネコが椅子から飛び降りてどこかへと走り去っていった。
「なにか用か」
「セリナの顔が見たくて」
「口説いているつもりか?」
なんてセリナは笑う。
「いま、この大陸に来てからの冒険を振り返る旅行をしてるんだ。この町で知り合った人を訪ねてるところ」
「ほほう。クズからの手紙で紹介されたのだったな」
「そうそう、そのクズね」
クズで伝わるのもどうかとは思うんだけど。
残念ながらモモロウは間違いなくクズなので。
私も人のこと言えた義理じゃないけど。
「セリナには色んな事を教えてもらったね。いろいろと技術を教えてもらった人は少なくないけど、セリナほどしっかりと教えてくれた人は片手の指で足りるくらいだよ」
「ほう? そうなのか?」
「うん。最低限のことを教えてもらったら、あとは自分で磨くのが基本だったからね」
「そう言う意味では、私もそのような教え方をしたはずだがな」
「でも、気功の最低限って他の分野と次元違うし……」
「それはたしかにな」
全体の1割を教えてもらうことで自分で磨けるようになるとしたら。
たしかに、気功の技術も1割しか教えてもらっていないのだろう。
けど、その1割がほかの分野の7割くらいに相当するレベルでむずかしい。
気功の技術の最低限を学ぶのに年単位必要なんだもの……。
「ふむ。なにかあったか?」
「え?」
「少し、雰囲気が昂っているな」
「そんなのわかるんだ……?」
さきほどのマロンちゃんとの会話で少し昂ったせいか。
しっかりと自分を落ち着かせて、もう平常通りと思ってたんだけど。
セリナにはその辺りを見抜ける眼力、あるいは技術があるらしい。
「マロンちゃんとえっちなことするために、冒険者広場で地面に転がって泣きわめいてきたんだ。そのせいかな」
「……??? なんて?」
「だからほら、子供がオモチャを欲しがるみたいに、地面に転がって騒いできたんだよ」
「…………おまえ、精神状態おかしいぞ」
「そうかなぁ」
「頼むから自覚しろ……」
「恥ずかしいことをした自覚はあるんだけど。でも、目的のために恥がどうこう言ってられないのも真実でしょ?」
「恥ずかしいとかそう言う問題じゃない……」
セリナが嘆くように言う。
まぁ、理解されないのもしかたないだろう。
セリナはそう言うことに奥手な子だから。
私みたいに積極的なタイプとは考え方が違う。
「まぁ、その話はおいておいてさ。いろいろと教えてくれたことに関して、あらためてお礼を言いたくてね」
「……そうか。まぁ、礼は受け取ろう」
「なにかお礼の品とかあげられたらいいんだけど……セリナって何が欲しいのかわからなくて」
セリナにはそう言うところがある。
奥ゆかしいというか、変なところで物欲がないというか。
ある種の求道者気質と言えばそうなのかな?
「欲しいものか……あまり思いつかんな……」
セリナ自身も思いつくことはないようだった。
「そっか。じゃあ……私にえっちなことしていい券をあげようね」
「……いらね」
セリナはとても形容し難い顔で拒否って来た。地味に傷付く。
自分で言うのもなんだけど、私ってかなりの美人だし。
スタイルもかなりいいと思うし、声もいいし、しかも教養も技術もある。
そんな私のお誘いを断るって、普通じゃないと思うんだよね。
まぁ、ちょっと、容姿と声と知性がいいにしても。
性格と性癖が救いようがないくらいに終わり散らかしてるのは。
おちゃめな難点というか、玉に瑕というか。
そう言う愛嬌として処理してくれてもいいんじゃないかな?
「私って魅力ないかな……」
「あっ……す、すまん。おまえがダメとかそう言うことではないんだ……ただ、そう言う色事に溺れてしまうのはよくないから……」
そしてセリナが申し訳なさそうに弁解をして来た。
なるほど、やっぱりセリナって人が良すぎるな……。
私に恥をかかせたと思ったんじゃなくて。
私が悲し気な顔をしたから慰めてくれたんだ、これは。
うん、やっぱりだ。
セリナは土下座すればイケるな。
私は確信を深めた。
「うん……セリナのそう言うところ、素敵だと思うな。カッコいいと思う」
「そ、そうか?」
「うん」
私がセリナに微笑んで頷くと、セリナは微かに頬を染めて顔を反らした。
こういう、奥ゆかしくて初々しいところが超かわいいよね。
私は内心で深く頷いて、セリナの独特の可愛らしさを堪能した。
「よし。お礼も言えたし、私は次に行くね。ありがとう」
「あ、ああ。すまんな、茶の一杯も出さず……」
「ううん。また今度来た時にゆっくりと話させてね。その時にでもいただくよ」
「ああ」
私は立ち上がり、セリナに手を振って歩き出す。
さて、次は……順序的にはもっと後なんだけど。
せっかくソーラスにいるわけだから、そっちに行こうかな。
私は町中をふらりと歩いて、目的地へと向かう。
その途中、今になっても未だに店名の分からない店の前を通りかかる。
うまい魚を食わせる、最強の海の男が経営する店。
このソーラスの町が内陸部に存在するのに、最強の海の男がいる。
うん、やっぱり今考えても意味分かんないな……。
「喰らえ! 待った! 異議あり! 待った! 待った! 喰らえ! 異議あり! 喰らえ!」
店の前では異様にテンションの高い男が変な掛け声を発しながらビラを配っている。
その男……この店のオーナーである、最強の海の男ケントが私に気付く。
「やぁ! 元気かい! 俺のことは覚えていてくれたかな!」
「うん。最強の海の男、ケントでしょ」
「そう、1人じゃ足りないし、2人でも少なすぎる。だからケントだ!」
「なんて?」
「さて、今日は寄ってくかい? 今日のおすすめはタコスだよ!」
「魚はどうしたの、魚は」
「ああ、魚。なんか、白身魚とか、赤身魚とか……なんかあるよ、たぶん」
「この店、魚がウリじゃなかったの?」
「魚は売ってるよ。それ以上になにか必要なの?」
「商売する気あるの……?」
イチオシ商品の宣伝が雑で、店の主軸に据えられてない料理がオススメってどういうこと……。
いや、たしかにメイン商品よりもサイドメニューが有名な店もあるにはあるけど。
それはそこそこな高級店でないと、まずないようなことだし。
って、そうか。この店はそう言えば結構な高級店だった……。
「ま、ま、1名様かな? いつもの皆さんはどうしたの? ベッドのプロレスが激し過ぎて逃げられた? トペ・スイシーダはやめた方いいと思うよ」
「いまはひとりで旅行中なんだ」
「へぇ……大丈夫? 1人旅って、道中の不埒者がみんな粉々になってたりしない?」
「その時の気分次第かな」
石投げたら爆散するのは頭だけだし。
でも、面倒だから魔法パナしたら全身木っ端微塵。
なので、その時々で違うんじゃないかな。
「まぁ、今日は先を急ぐから。またタイミングがあったらみんなを連れて食べにくるよ」
「その時はとっておきのコンソメスープを出すよ! ぜひ食べてね!」
「魚を売り込みなよ」
「ああ、じゃあ、寿司とかどうかな。カリフォルニアロールとか」
「スシねぇ」
以前にカイラが作っていたが。
たしか彩り豊かな米料理だったか。
でも、カル=ロスたちもスシについて言及してたかな。
「たしか、米の上に生の魚を乗せて食べる料理……だっけ?」
「ああ、そうそう。刺身定食を手づかみで食う感じのキッショい料理だよ」
「君、もしかして魚嫌いなの?」
「そんなことないギョよ」
「ギョ!?」
相変わらず彼のテンションと言うかノリがよくわからない。
というより、『ハンターズ』や『トラッパーズ』に『アルバトロス』もそうだ。
独特な文化風習があるというか、なんというか。
私にはわからないハイコンテクストな会話を自然とやっている雰囲気がある。
「じゃあ、私はティーのところに行くから。ばいばい」
「ああ、来週もまた見てくれよな!」
「なにを……?」
「なんかをだ!」
あいかわらずよくわかんない人だ。
そう思いながら、私は次の目的地へと足を進めた。
今日はもうそろそろ日も暮れることだし。
次のとこに行ったら、今日は帰ろうかな。
目的地のある一軒家の前に到着する。
外見は特になんのことはない普通の家だ。
その家の扉をノックすると、そうかからずに扉が開けられた。
「あれぇ? やほほ、ティーだよ。どしたの?」
「やっほー。こんにちは、ティー」
ティー・チャ・グリーン。
このソーラスの町に居を構える大工。
まぁ、木工細工師かつ美容師とのことなので。
本業が具体的になんなのかは不明なんだけど。
でも、以前に戦艦の厨房を預かっていたと聞いたし。
もしかして本業はそのどれでもない、料理人なのかも。
「今日は、この大陸を冒険した足跡を辿る旅行中でね。ソーラスに来たついでにね」
「そうだったんだ。まぁ、入って入って」
「ありがとう、おじゃまするね」
私はティーに誘われ、家の中へと入る。
あまり大きくない、こじんまりとした木造建築の家だ。
リビング兼サロンだろう部屋に通され、すぐにお茶が出された。
ひとくち飲んでみると、すばらしく香り豊かな紅茶だった。じつにうまい。
「おいし。これって何か特別な茶葉?」
「んにゃ? ふつうのお茶よ、ふつうの」
「なるほど、腕の違いってことかな」
「はははは、まぁね」
ティーが胸をそびやかして自慢気にする。
そうしてみると、小柄な体躯に見合わず主張する胸が目立つ。
じつに美味しそうだ。触って舐めて吸いたい。
しかし、ティーは外見は幼いエルフといった感じの見た目なのだけど。
具体的になんの種族なのかは不明だ。聞いたこともないし。
そもそも、彼女自身なんの種族か分かっているのだろうか?
「ところで、ティーって何の種族なの?」
「ん? さぁ? エルフとかじゃないの」
やっぱり本人もわかってないっぽい。
「君も知っての通り、私たちはケントから創造されたわけだから……ルーツがどうとかは不明なんだよね……」
「やっぱりそうなんだ」
「まぁ、あきらかに異種族の外見持ちのやつもいるから、別種族ってことはあるんだろうね。けど、それがなんなのかまでは……」
「だよね」
「それに、見た目は人間でも人間じゃないのもいるしね……」
なんてむずかしい顔をするティー。
私も見た目は人間でも人間じゃない種族なのでそこはわかる。
私はヒトだけど、ヒューマンではないのだ。
「ところでさ、ティー」
「んー?」
「『アルメガ』の復活、近いらしいよ」
「なんて?」
「『アルメガ』がそろそろ復活するって」
「デジマ!?」
「でじま?」
「それマジで言ってんの? 根拠あんならすぐ出せ。マジなら『トラッパーズ』総力を上げて『アルメガ』潰すが」
ティーが目に力を込めて私に尋ねて来る。
私はちょっと気おされつつも、ティーの言葉に頷く。
「私の娘……未来から来たって言ったら、笑う?」
ティーが目を見開いて、唖然とした顔をする。
そして、すぐに難しい顔をして唸った。
「タイムスリップなんてありえない……でも、『アルメガ』は実際にできてる……なら、不可能ではない……なら、あり得る……のか?」
「信じてもらわないと困るんだけどさ。『アルメガ』の復活は近いらしいんだよね」
「なるほど……わかった。全員招集する。タイトのサイキックを封止される前に、全員を一か所に集めておかないと」
「信じてくれるんだ?」
「君、意味もなく嘘つかないでしょ?」
ティーは真っ直ぐ私の眼を見て言った。
それには私の方が恥ずかしくなってしまう。
なんでこんなにあっさりと私のこと信じてくれるんだろ?
「具体的な復活の日付とかは分かる?」
「ごめんね、それはわからないんだ。未来って結構簡単に変わっちゃうらしくて、具体的な日時を教えても意味ないって」
「些細なことで変わってしまうなら、曖昧な暫定情報を伝えた方がまだマシってことね……分かった。戒厳令を出すことにする」
言って、ティーが立ち上がる。
「これから忙しくなるから、ごめんなさいだけど帰ってもらってもいいかな? 私も基地に戻らなくっちゃ」
「うん。よければ、前哨基地まで送ろうか?」
「ううん、大丈夫。タイトに連絡入れたら逆召喚してもらえるから」
「そう?」
「気にしなくていいよ。ただ、『アルメガ』との戦いに君も備えてくれればそれでいい……私たちの尊厳を懸けた戦い、負けるわけにはいかないからね」
「うん。全力を尽くすよ」
私は頷いて、ティーも頷いた。
互いの健闘を祈るように、私と彼女は拳を合わせた。
それから、ティーはなにやら妙な機械でタイトに連絡をつけると、逆召喚とやらで消えた。
私はそれを見送った後、『引き上げ』でトイネの自宅へと戻る。
今日はスルラとベランサ、そしてソーラスを見て回った。
明日は、サーン・ランドに行くことになるかな。
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