あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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18-006

 翌朝のこと。

 私は家を出てサーン・ランドへと飛んだ。

 

 潮風の吹く町、サーン・ランド。海賊へのヘイトが爆裂に高い町。

 エルグランドでも港町ではそんなものだったので、べつに疑問にも思わないけど。

 

 海から吹く潮風が私の髪を撫でて流れていく。

 この潮気を含んだ風に吹かれると髪が痛む。

 この爽やかな風自体は心地よいものだけど。

 お肌とか髪の健康を思うと痛しかゆしだよね。

 

「ここはいつ来ても爽やかだなぁ」

 

 真夏には殺人的な暑さになるけど、潮風は爽やかで心地よい。

 その心地よさを超越するほどに暑いから人が死ぬけどね。

 北国産まれの私にとっては少々住みにくい町ではある……。

 

「この町には、知り合いはあんまりいないからね……寂しいな」

 

 この町には3年間いた。

 それはこの大陸で過ごした過半を超える年月だ。

 それを思えば思い出深い町ではあるのだけど。

 この町から旅立っていった者も数多い。

 冒険者学園とはそのような場所だ。

 

 私が長きを過ごした冒険者学園。

 そこはいまや、私にとって知らない人たちが過ごす場所になっている。

 そう思うと、すごく不思議な気持ちになるような気がする。

 

 あの3年間が、今はもうどこにも存在しないのだ。

 あそこにいたみんながここにはもういなくて。

 どこかでそれぞれの活動をしている……すごく不思議な気持ちだ。

 

「学園にも勝手に入るのはまずいよね」

 

 いまの3年生たちとは面識がある子もたくさんいるけど。

 重大な用事があるわけでもなしに訪ねるのは、さすがにね。

 

 そう思いながら、私は学園外周部をゆっくりと歩いて回った。

 私がさんざん好き勝手して、イタズラしまくった冒険者学園。

 私が入学した年、この学園外周部の外壁には落書きがいっぱいあったなぁ。

 

「ハンマーとノミで清書したら死ぬほど怒られたんだよね」

 

 その後にちゃんと業者に頼んで外壁を作り直させたので、いまはもう残ってないけど。

 その他にも学園外周部の土地の借用権を買い上げて学園を勝手に拡張したり。

 学園に存在した秘密の自壊機能を使って、学園の講堂を倒壊させてみたり。

 いやぁ、いろいろとイタズラをしたものだね。楽しかった。

 

「それで2年目の学園対抗演習……楽しかったけど、あれはやりすぎだったよね……」

 

 モモロウたちが連れて来た凄腕冒険者の人たち。

 コリントにエルマ、セリアン、そしてジル。

 彼女たちと面識を得られた特別な年だ。

 

「いま考えてもちょっとイラッとするな」

 

 いくら私に勝ってほしくないからって、あそこまでする?

 いや、理屈はわかる。わかるよ? 私も私が圧倒的に勝っちゃまずいってわかる。

 

 冒険者学園は冒険者を増やすための場所だけど。

 その冒険者に死んでほしくて冒険者にするわけじゃない。

 迷宮を探索し、国家に利益をもたらして欲しいがために冒険者にする。

 

 私みたいに年若い少女が圧倒的な強さを見せちゃったら。

 心が折れる人、冒険者の仕事を甘く見る人が出て来る。

 どっちにしたって、いろんな悪影響しかないのはたしか。

 そう言う意味で私に圧勝されるのが困るのは分かるんだけど……。

 

「言ってくれればいいのに。辛勝するくらいの演技はできるのに」

 

 私に対する配慮として言わなかったのかなぁ、とは思う。

 八百長して負けろって言うのは、まぁ、侮辱だよね。

 でも、他の冒険者の人に悪影響だから受け容れろと言われれば受け容れる。

 そのくらいの度量はあるつもりだし、他の冒険者に潰れて欲しくもない。

 だからこそ言って欲しかった。私がわがままを言うと思われたのが、ちょっと悲しい。

 

「はぁ」

 

 私はため息をひとつ。

 まぁ、いろいろとすれ違っちゃった結果なのかなとは思う。

 だから学園の教師たちにもちょっと嫌味を言うくらいで済ましたし。

 学園の教師たちも、私にことさら大袈裟に謝罪をしたりもしなかった。

 お互いに目を瞑ろうと、そう言う暗黙の了解で終わったのだ。

 

「まぁ、ロモニス学園の子たちは美味しかったしね。ふふふ」

 

 あの時にこっちの学園に来た子たちはよかった。

 初見の子たちなのでまったく新鮮で素晴らしかった。

 いや、本当によかった。すばらしい。最高だった。

 

「それで3年目。卒業試験。いやぁ、あれはいい『終末』だったなぁ」

 

 『終末』。

 エルグランドの武具に施された特殊なエンチャントで引き起こされる現象。

 過去の強大な実力者たちのほぼ完璧な幻影が召喚される現象だ。

 遥か上古の時代に発生した現象なのでドラゴンや巨人ばかりが出て来る。

 まぁ、分類で言うと、きわめて強力な幻術の一種と言うことになる。

 

 幻術とひとくちに言ってもいろいろとあるもので。

 特に強力な幻術となると、それこそ世界を騙すほどになる。

 世界を騙す幻術は戦利品すらも残すほどの力を持つのだ。

 『終末』とはそう言った幻影が発生する現象だ。

 

 かつて、エルグランドに存在した第3期文明ローナ。

 無謀な魔法作成の儀式の乱用で引き起こされた魔法災害ヴエルコ。

 時凍る果ての災厄と言われたそれは、停止した時間の中に多種の物が封じられた。

 この災厄のせいでエルグランドの巨人族がほぼ絶滅に追いやられたほどだ。

 その封じられた多種のもの、その幻影が召喚されるのが『終末』現象だ。

 

 もし現代でヴエルコが再度発生すると『終末』に新たな召喚物が増えることになる。

 私みたいな超人級冒険者が取り込まれたら、どれほどの惨事になることやら。

 ヴエルコを起こさないために魔法使いギルドが誕生したほど、人々はヴエルコの再発を恐れている。

 

「まあ、『終末』自体は便利に使うけどねー」

 

 だって召喚されたやつが戦利品を残すなら。

 肉や武具、薬品なんかも残してくれるということ。

 完璧な再現ではないのですべてを残してくれるわけじゃないけど。

 何回も何回も倒し続ければ、たくさんの戦利品を残す。

 

 あの『終末』で召喚される存在を処理れるようになれば。

 異次元から無限に物資を持って来てくれる便利な現象に早変わりだ。

 

「みんな強くなったし、万々歳だったね」

 

 あれのおかげでフィリアはだいぶ強くなったし。

 私はドラゴン肉の調達ができて最高によかった。

 ポーリンお気に入りの肉まんが量産できるようになった。

 

 まぁ、冒険者がたくさん死んだのは予想外だったけど。

 全部終わったあとに全員蘇生したからノーカンだろう、たぶん。

 

「って言うか、最後まで私がやったって気付かれなかったなぁ、あれ」

 

 なんでだろ。私、爆裂に怪しかったと思うんだけどな。

 まぁ、積極的に隠しもしなかったけど、教えもしなかったし。

 バレなかったことはそこまで不思議でもないけどさ。

 

「ヒャンかぁ。どうしようかな……」

 

 私が『終末』を起こした都市、ヒャン。

 ドワーフの町であり、その住人の大半がドワーフの高山都市。

 なかなか楽しく『終末』をやれた場所ではあるんだけど……。

 

「なにしろ1週間ずっと『終末』だったから、印象がね……」

 

 ドワーフの女の子たちは実によかった。

 厳つく分厚い体躯、豊かで柔らかなヒゲ、そして情熱的な交合……。

 でも、それ以外の都市の印象と言われると、うーん……。

 

 なにより、私ってあそこでは英雄にされちゃってるんだよね。

 行って見つかったら、絶対に歓迎されてしまう……それはやだ。

 女の子たちがちやほやしてくれるならいいけど、オッサンたちにちやほやされてもね。

 絶対に飲みに行こうって話になって、オッサンたちに酒注がれまくるでしょ。嫌だよそんなの。

 

「……よし、ヒャンはやめとこう」

 

 どうせ1週間程度しか滞在しなかった場所だし。

 なによりドワーフのオッサン、ジイサンに絡まれそうだし。

 そのオッサン、ジイサンの奥さんとヤらせてくれるなら行くけど。

 たぶんそんなこと言ったらぶん殴られるだろうし。

 

「ふぅ。次行こうかな」

 

 私は上空へと飛び上がり、潮風の吹く町を眺める。

 そして、空往く海鳥たちにあいさつをして、次の町へと向かった。

 

 

 

 私たちの冒険の主軸はソーラスに関連していた。

 最初にソーラスの迷宮に挑み、実力不足を痛感して冒険者学園へと入学。

 そして、3年の修学の後にソーラスへと再挑戦をした……。

 なので、私の冒険の次の足跡として向かうべきは、トイネだった。

 

 熱砂の大地にひとつ存在する、白亜の美麗都市。

 エルフ王国トイネが花、王都アラナマンオスト。

 人間よりもエルフの方が目立つという国だ。

 

「でも、ここでも救国の英雄なんだよね、私……」

 

 そのことを思うと、なんとも言えない気分になる。

 でも、ヒャンの都市とは違って、女の子も存分に絡んで来るし。

 男たちも気軽に飲みに行こうと誘ってきたりはしない。

 そしてなにより私は王家公認の女犯許可証(フリーセックスライセンス)を持っている。

 

 そう言う意味ではヒャンよりも楽しめると言えばそう。

 それに、私の顔ってべつに知れ渡ってるってほどではないんだよね。

 自分からバラすならともかく、黙って歩いてる分には意外とバレない。

 

 王宮でやった結婚式のおかげで貴族たちはわりと私の顔は知ってるんだけど。

 さすがに、そこらの市民にまでは知れ渡ってないんだよね。

 

「まぁ、気楽に見させてもらおうかな」

 

 クローナのやらかした反乱のせいで荒れたアラナマンオスト。

 ダイア女王ことクローナの手腕で、王都は今もめまぐるしい復興の日々を送っている。

 人々は口を揃えて、さすがはダイア女王陛下だクローナのやつとは違う、と賞賛している。

 

 真実を知る側としては片腹大激痛ってところなんだよね。

 君たちが賞賛してるダイア女王陛下はクローナだよって言いたくなる。

 

 内心で笑いながら歩いていると、なにやら声を張り上げてものを売っている人の姿が目に付いた。

 屋台を置くことが許されていない通りで、店頭前で声を上げている者。

 それはエルフの男性であり、手には本。どうやらそれを売り込んでいるようだ。

 

「さぁ、重版出来(じゅうはんしゅったい)幾度目かもわからぬアノール子爵の伝記だ! マフルージャでひとつの大迷宮を踏破した足跡の記録! 入荷した350冊、早い者勝ちだぞ!」

 

 私はズッコけそうになった。

 店頭では人々がワッと群がり、次々と本を買っていく。

 1冊銀貨8枚と高価な品なのに、誰も躊躇をしていない。

 

 そうしてやがて人が掃けると、店頭には本がほんの10冊ばかりしか残っていなかった。

 300冊以上が一気に売れるなんて、人気過ぎるでしょ……。

 

「お客さん、まだ残ってるよ。買うかい?」

 

 思わずそれを見ていたら、私に声をかけてくる青年。

 いらね……と断りそうになったが、少し気になって金貨を青年に渡す。

 

「おお、毎度あり! それはすごくいい本だよ! アノール子爵の冒険が知れるし、なによりふつうに読み物としても面白い! 英雄は夜もスゴイって分かるしな! あっはっはっは!」

 

 なんて笑うエルフ。

 涼し気な美貌の青年だけど、そう言うとこ人間と変わんないな。

 そう思いつつ、私はお釣りの銀貨を受け取りつつページを捲る。

 

 エルフ王国はトイネで出版されているものだからか。

 マフルージャで広く流通しているものと違い、エルフ語で記されている。

 サシャはエルフ語の読み書きが出来るので自分で書いたものだ。

 その本の奥付を見て、私は思わず唸る。

 

 そこには第27版ととんでもない数字が書いてあった。

 なんでこんな重版してるんだ……そんなにおもしろいか……?

 

「こういう英雄の足跡と言うの、男としては少し憧れるところがあるな。美女美少女を侍らせ、昼は大冒険、夜もベッドで大冒険。いやぁ、羨ましい……って、女にはわからんか」

 

 などとしみじみと言うエルフの青年。

 その当事者が私だよと言いたくなったが黙っておく。信じちゃくれないだろうし。

 このトイネでは私ことアノール子爵はいちおう男性ってことになってるからね……。

 

「しかし、このタイトル……」

 

 『貧困と不運によりやむなく奴隷に身をやつしその生涯に悲観するも、美しく聡明な冒険者である後のハーン・アノール子爵により購入され、その功績、行い、言行を傍らで見聞きし記録することを許されたマフルージャ王国は東部地方スルラの町出身のサシャ・ラジット・ダインクス・エリザベス・キリムが見た、マフルージャ王国はサーン・ランドの冒険者学園を卒業し、ソーラスの町に存在するソーラス古代迷宮を極めて強大なドラゴンを打倒することによって遂には踏破するという、人類史上において初の偉業を達成した神に抱擁されし大地エルグランドより来りし黄金の髪と深紅の瞳を持ったトイネ救国の英雄にして偉大な貴種たる冒険者の雄大にして華麗で、不思議かつ驚きに満ちた壮大な冒険についての記述』。

 

 何回みてもクソ長い。長すぎる。

 もうちょっとなんとかならなかったものか。

 

「長いよなぁ、それ」

 

「長いよねぇ」

 

「売り込む時にタイトル言えねぇもんなぁ」

 

「だろうねぇ」

 

 売り子の青年がぼやき、私も同調する。

 やっぱみんな長いと思ってるんだなぁ……。

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