あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 ハウロの家は、特にこれと言って目立つことは何もない家だった。

 ボルボレスアスの建築様式にそう詳しいわけでもないけれど。

 なにか目立った構造があるとか、目を惹く特別なものがあるとかはない。

 ごくごく普通の、なにも珍しいことのない、本当に普通の家だった。

 

「なにも珍しいものなんかないぜ」

 

 私の視線に気づいてか、ハウロはからかい調子に言う。

 実際、ハウロが言うとおりになにも珍しいものはないのでその通りだ。

 ハウロの膝の上ではシチリンと言うらしいイヌが丸くなり。

 頭の上ではコタツと言うらしいネコがくっついている。

 よく懐かれているらしい。ちょっと……いや、かなり羨ましい……。

 

 おそらく、この2匹はただの愛玩動物と言うわけではないのだろう。

 この大陸特有の戦士たる狩人が戦場に引き連れる動物の相棒。

 パートニャー、そしてパートワンと言われる存在に違いない。

 苦楽を共にし、生死の境を共に歩く戦友だ。その絆の深さは計り知れない。

 

「ハウロのことだから、エッチな本のひとつやふたつくらい、どこかに隠してるのかと思って」

 

「おいおい、そんなもん隠すわけないだろ」

 

「そっか」

 

「ここに堂々と出してある」

 

「そっかー」

 

 リビングルームの傍らにある本棚から本を抜き出すハウロ。

 それはたしかにエロ本だった。女性が住んでる家で堂々とエロ本を置くのはどうなんだろう。

 私もそのあたりはちゃんと配慮して、エロ本は全部『四次元ポケット』に入れている。

 

「ハウロったら、その本を捨てたら本気で泣き喚くぞって脅かすのよ」

 

 お茶の支度をしていたマヤが笑いながら戻って来た。

 立ち上る香りからすると、この大陸で広く飲まれている薬草茶のようだ。

 この大陸では紅茶の類はあんまり主流ではないのだ。

 薬草茶は味こそ微妙だが、滋養強壮に効く。マフルージャの壺茶みたいなものだ。

 

「脅しじゃねえよ。ただの宣言だ。本気でやる」

 

 マヤの言葉を受けて、ハウロがそのように断言する。

 その顔は完全に本気であり、本当に泣き喚くだろうことが伺える。

 

「実際、前に俺のエロ本捨てたから泣き喚いただろうが」

 

「ええ、そうね……私のうちに来て本気で泣き喚いたものね……」

 

「ご両親ドン引きしてて竹生えたわ」

 

 しかも既にやった後だったらしい。

 どうしてそう変な方向にばかり思い切りがいいのだろうか。

 まぁ、それがハウロと言えばそうなのかもしれないが。

 

「それでハウロ。こちらのお嬢さんに妙な真似していないでしょうね?」

 

「妙な真似ってなんだよ。おっぱい揉んだり、ケツ触ったり、キスしたりか」

 

「そう言うことよ」

 

「それより先の事したぞ。超気持ちよかった」

 

「クソボケがー!」

 

 マヤの振るうトレイがハウロの額を直撃。

 頭を狙うと、上のコタツに当たるからだろう。

 いいところにクリーンヒットしたハウロが呻く。

 

「いでぇ……」

 

「よそのお嬢さんになにをしてるのよ! せめて、娼館に行きなさいって言ってるでしょう! 娼館に!」

 

「向こうから誘って来たんだよ! 俺よりずっとひどいぜ!」

 

「なにがどうひどいって言うのよ!」

 

「そうだな! 端的に言うと、そう、おまえの弟の女バージョンくらいひどい!」

 

「なんですって……死んだ方がいいわ……」

 

「弟への認識がひどすぎて竹が生える」

 

 でも実際、トモの言行はアレでアレ過ぎるので……。

 私もあんま人のこと言えた義理じゃないけど、トモはね……。

 まだ若くて性欲の制御が効かないのもあって、私よりひどい。

 まぁ、人の性格とか情に訴えかける私は悪質なのかもしれないけど。

 

「あまり……褒められたことじゃないわ……いくら同性とは言え、強姦は……」

 

「そんなことしないよ!?」

 

 マヤに気色悪いものを見るような眼で見られ、挙句に汚名まで着せられた。

 いや、まぁ、5年ほど前にちょっと、フィリアとそのようなアレがあったけど。

 でも、あれは、なんと言うか、そう……運命的なゆらぎとか何かそう言う……!

 

「いや、待って? トモって男の人を強姦してたの……?」

 

「身内の恥なのだけどね。あの子は昔から可愛らしかったけど、それに見合わないくらい体が強くて……」

 

「狩人体質なんだろーな。俺もだけどよ」

 

「狩人体質?」

 

「生まれつき、体が丈夫で力が強いやつのことを言うんだよ。狩人向きだからな。一定数いる」

 

「へぇ、そんなのあるんだ……」

 

 昔、この大陸を冒険した時には聞いた覚えがない。

 まぁ、生まれついて能力の高い人間と言うのは一定数いるし。

 特異な才能を持っているのも、そう不思議なことではない。

 そう言う狩人体質と呼ばれる天才がいることに疑問はない。

 

「トモはね……その狩人体質を使って……」

 

「使って?」

 

「……友達の男の子に、いやらしいことをね……」

 

「ええ……い、いつから?」

 

「さぁ……10歳くらいの時にはもう……年上の子にもやっていたみたいだし」

 

 あまりにもひどい経歴に私は顔が引きつる。

 つまりなにか。トモは10歳くらいで周辺の男を性的な意味で狩っていたと。

 

 でも、考えてみるとだが、以前にモモロウに聞いたトモの話。

 モモロウの最初の頃のループではほとんど強姦同然にヤられたらしい。

 訓練所に来てからやり始めたよりは、それ以前から常習的にやっていたと考える方が自然だ。

 強姦と言うのは倫理的にきわめて重いものだ。平然とやれるのは尋常ではない。

 訓練所以前からやっていて、既にタガが外れていたと考えるべきか。

 

「おまえもやっぱ、ガキの頃から周りの女狩ってたのか?」

 

「私のはじめてって12歳の時だよ」

 

「えっ、意外と遅い……いや、一般的には早い方だけど……」

 

 たしかに一般的に考えると、私の初体験はちょっと早い。

 でも、ありえないと言うほどに早いわけではない年齢だろう。

 

「つまり、トモの野郎は救いようのない……」

 

「それでも、それでも私にとっては可愛い弟なのよ……」

 

 マヤが悲しそうな顔で精一杯の擁護をする。

 お姉ちゃんを悲しませるなんて、なんてひどいやつだ……。

 人のことを言えた義理じゃないけど、それでもひどいやつだ。

 

「ご、ごほん……ま、まぁ、身内の恥は置いといてね……私の妹も常軌を逸した子供好きだったしさ……」

 

「ああ~……」

 

「ううん……」

 

 ハウロとマヤが「そう言うね……」みたいな顔をする。

 私の妹だから、ロリコンだと思われてるんだろうな。

 あの子は性的な意味じゃなくて食欲的な意味で好きだったんだけど。

 そのあたりを説明するのも趣味が悪いので言わないでおこう。

 

「それで、だから……私とハウロが、ベッドの上で仲良しするのは、べつに全然悪いことじゃないんだよ。うん。お互いに合意あるから」

 

「そうそう、そう言うことなんだよ」

 

「そう……」

 

 マヤがなんとも言えない顔をする。

 本当になんとも言えない顔だった。

 これ、どういう気持ちの顔?

 

「興味があるなら、俺たちとベッドの上で仲良ししてみるかい?」

 

「遠慮しておくわ。そう言う趣味はないの」

 

「ぶーぶー。だったらなんで結婚しねーんだよ。できないのか?」

 

「結婚できないんじゃないのよ。しないの」

 

「そりゃまたなんで」

 

「結婚したい人がいないからよ」

 

 そう言うマヤの顔には、淡い悲しみの色。

 想い人がいるのだろう……いや、いたのだろうと分かる顔。

 彼女の中で鮮烈な輝きを放つ愛しい人がいたのだ。

 

「あ~……狩人で、死んだりした?」

 

「トモといっしょにいるわ」

 

「ああああ~……」

 

 ハウロがなんとも言えない顔で頭を抱えて突っ伏す。

 私もなんとも言えない気持ちになってハウロを見やる。

 つまり、マヤの想い人と言うのは、モモロウなのだろう。

 まさか私の予想がドンピシャだったとは。

 

「その、トモといっしょにいるっつーのは、やっぱ、そう言う?」

 

「ええ……トモの運命の人なのでしょうね。とても仲がよさそうだった……ふふ、弟の恋人に恋慕するなんて、姉弟揃って困った恋愛しかできないのね」

 

 寂しげに笑うマヤの姿に胸が締め付けられる。

 許せねぇ……! モモロウのやつ、帰ったら1発殴ろう。

 

「とても可愛い子でね……いじめたらきっとかわいい声で泣くんでしょうね……」

 

「おっとぉ……?」

 

「あ、勘違いしないでちょうだいね。いじめると言っても、そんなにひどいことしないわ。ただ、なんと言うのかしらね……」

 

 マヤが両手を持ち上げ、陶芸で壺を作るような仕草をする。

 言語化し難い何かを説明しようとするとき、人はよく陶芸家になる。

 なんでだろうね。私も無意識のうちでやっちゃうんだよね、これ。

 

「こう、男の人って、夜のお店とかでエッチなことをするのが好きなんでしょう?」

 

「ああ、大好きだぜ」

 

「あなた女でしょう?」

 

「心にチンチン生えてるから問題ねぇ」

 

「どういうこと? いえ、いいわ。それで、夜のお店で、出すとスッキリするらしいじゃない」

 

「ああ、そうだな」

 

「逆に言うと、出せないと苦しいわよね」

 

「だな」

 

「じゃあ、出る直前くらいで止めたら、きっと苦しくて泣いちゃうんでしょうね。その時のモモくんって、どれくらい可愛らしく鳴くのかしら……」

 

 はぁ……と熱い吐息をこぼすマヤ。

 ハウロはなんとも言えない顔できょろきょろしている。

 

「こう、手でゴシゴシってやるとして、モモくんが気持ちよくなって、うっ出そうだ! って言うでしょう?」

 

「ああ」

 

「その時に私がピタッと手を止めたら、モモくんは「どうして止めちゃうの? 苦しいよお姉ちゃん!」って叫ぶに違いないわ」

 

「いや、「な、なんで止めるんだよ……も、もっとしてくれ……」じゃないかな」

 

「お姉ちゃんは言わない?」

 

「言わないと思うぞ」

 

「私は言ってほしいのだけど……」

 

「ああ、うん、じゃあ、「なんで止めるんだよ、もっとしてくれよお姉ちゃん……」って言うとしよう」

 

「うん、それならいいわ」

 

 シチュエーションに文句言ってどうするんだろう……。

 私は内心で疑問を抱いたが、言ってもしょうがなさそうなので何も言わずにおく。

 

「でも私は、もっと我慢しなきゃだめよって言って、続きをしてあげないの。モモくんは私に必死でおねだりするんでしょうね……可愛いわ……」

 

「なるほどな……」

 

 ハウロが難し気な顔で頷く。

 私も訳知り顔で頷いておく。

 

「つまりこうだ。マヤは、女の子と見まごうほどの美少年の射精管理をしたいと」

 

「射精管理……いい言葉ね。ええ、そう言うことだと思うわ」

 

「なるほど……うん……もう姉弟で仲良くモモロウのことワケワケしたらどうだ?」

 

「でも、トモもモモくんも帰って来ないじゃない!」

 

「たしかにそれはそうなんだがな」

 

 やっぱり、モモとトモをここに連れて来た方がいいのかな。

 こう、いろいろと惨事になりそうな気がしてならない。

 マヤの気質が完全に読み切れていないので、どうなるのか読めない。

 トモとマヤの姉弟同士での刃傷沙汰とか見たくないぞ……。

 

「よお、モモロウってよ、今どうなってんだ?」

 

「どうって言われてもね。一応、ボルボレスアスに帰る予定はあるみたいだよ」

 

「そうなの!?」

 

 マヤが勢いよく立ち上がって叫ぶ。

 私はそんなマヤの問いに頷く。

 

「向こうの大陸で魔法を覚えて、後は帰って狩人に復帰するみたいな話だったから……近々帰るんじゃないかな?」

 

「そう、帰ってくるのね……」

 

「帰ってきたら完璧に管理しちゃえよ。昼は貞操帯つけさせてさ。1日交代で弟とシェアしたら?」

 

「なかなか楽しそうね……」

 

「どうせ、失踪する前は理性的な姉として振る舞ってたんだろ? 弟の恋人にちょっかいかけたらダメだってよ」

 

「それはそうでしょう」

 

「モモは間違いなく女の方が好きだぞ。トモにいつもベッドで虐められてるお詫びっつってベッドに誘ったら喜んでくるぞ!」

 

「そ、そう? でも、弟の恋人なのよ?」

 

「異性との交遊はセーフって取り決めらしい。だから、異性としてモモロウと仲良くしてもセーフだ……! おまえの弟は同性としてモモロウと仲良くやってんだぞ!」

 

「なるほどね……!」

 

 ハウロがマヤを悪の道へと誘い込んでいる。

 うん、なんと言うか、予想外の方向に進んだけど。

 仲がこじれたりする様子はなさそうなので安心した。

 

 でも、ハウロはこれでいいんだろうか。

 結果的にマヤを焚きつけてべつの男のところに向かわせたことになるけど。

 まぁ、べつにマヤに執心してるわけでもない……のかな?

 

「なぜ諦める必要がある? なにを迷うことがある! 奪い取れ! いまは悪魔が微笑む時代なんだ!」

 

「……!!」

 

 ハウロの焚きつけはいよいよ最終局面に至った。

 マヤが覚悟を決めたような顔をする。

 

「少し……買い物に行ってくるわ」

 

「おお、何買いに行くんだ?」

 

「こう、男の人のモノにつける……ベルトみたいなものがあるでしょう? あれを」

 

「貞操帯か。なるほど、いいんじゃねえの」

 

「行って来るわ」

 

「いってら。晩飯の買い出しもよろしく」

 

「ええ」

 

 マヤが出て行くのを見送る。

 マヤが出て行き、ハウロがどでかい溜息を吐いてへなへなとテーブルに崩れ落ちた。

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