あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 やや様子のおかしいカリーナから離れ、次にサツキを訪ねてみる。

 サツキは相変わらず公衆浴場前でヒマをしているのだろうか。

 いつもの詰め所にサツキの姿は見えない。どこだろう。

 そう思ったところで私の耳に届く、かすかなささやき声……。

 

諸余(しょよ)怨敵(おんてき)皆悉(かいしつ)摧滅(ざいめつ)……諸余怨敵皆悉摧滅……」

 

 ショリ……ショリ……ショリ……と細かな擦過音。

 聞き慣れたその音に、私はそっと声の場所を覗き込む。

 

「我、地下百尺(ちかひゃくしゃく)(てい)の心でもって、報仇雪恨(ほうきゅうせっこん)の刃を振るわん……」

 

 そこには額に布を巻き、血走った眼で剣を砥石にかけるサツキの姿があった……。

 額の布には七生報国と書いてあるけど……どういう意味だろう?

 

「ククク……我が軍刀は『アルメガ』の血に餓えておるわ……!」

 

 怖い。

 私はそっとその場を離脱した。

 

 

 

 とぼとぼと前哨基地の中を歩いて、私は見知った顔を探す。

 カリーナも、サツキも、様子がおかしくて怖い。話しかけるのが憚られる。

 私は以前にも行ったことのある宿舎の方へと向かう。

 

 ずいぶんと親密になった姉妹、カーマイン姉妹の宿舎だ。

 その宿舎へと到着すると、カーマイン姉妹が言葉なく銃を磨いていた。

 黒い油汚れの付着した布で、丁寧に丁寧に銃を磨いている。

 

「……ねぇ、みんな。無事に生き残りましょうね」

 

「うん……」

 

「私たち……姉妹だけど、ほんとうは姉妹でもなんでもないじゃない?」

 

「そうだね。私たちはそもそも同一人物だし。ひとまとめに4人創造されたから4姉妹ってことにしてるだけだし」

 

「なのです」

 

「でも……私はみんなのこと、大切な妹だと思ってるの。タイトに言われて、そうあれと願われたからだけど……それでも……」

 

「もう! 自信ないわねー! そんなんじゃだめよ! 私たちだって、クラリッサのことを大切なお姉ちゃんだと思ってるわよ!」

 

「もちろんだよ。クラリッサは私たちのお姉ちゃんだからね。すなおにお姉ちゃんと認めて親しめるのって素敵なことだよ」

 

「なのです。クラリッサお姉ちゃんのこと、大好きなのです」

 

「みんな……」

 

 あ、これ邪魔しちゃダメなやつ……。

 私は気配を消してその場をそっと離れた……。

 

 

 ふらふらと移動し、私はほかの顔見知りを探す。

 『トラッパーズ』の前哨基地の雰囲気はどこか異常だ……。

 私以外の部外者もひどく落ち着かない様子で周囲を伺っている。

 

 そこで私は見知った顔を見つけた。

 輝くような黄金の髪をした蒼い瞳の少女。

 小柄ながらも出るとこ出た豊満な肢体。

 一目見ただけで目を奪われるとびきりの美少女。

 その少女が壁に立てかけた鏡にうっとりと魅入っている。

 

「私は……美しい……」

 

 以前と変わらぬ平常運転の少女、クリーブランデラ・アークス。

 自分の美しさに絶対の自信がある彼女はいつも通りのようだ。

 私はほっとしてしまう。以前と変わらないのにここまで安心できるとは。

 いや、これに安心するって言うのもどうなんだろうなぁ……。

 

 まぁ、そのあたりはどうでもいい。

 私は彼女に声をかけようと手を挙げる。

 

「ふ、フフ……! フフフフ! あぁぁぁぁああああ――――!」

 

 クリーブが突然その鏡を殴り割った。

 ガラス片が飛び散り、大きな破片をクリーブが掴み取る。

 そして、それをそのままバキリと音を立てて握りつぶした。

 クリーブの細く白い指に伝う紅いしずく。クリーブの生命の証が零れ落ちていく。

 

「私は、美しい……! 美しい! 私は、私は美しい……美しい……! ハハ……美しい……! ハハハハハハハ……!」

 

 怖い。

 私はそっとその場を離れた。

 

 

 

 …………私はしばらく『トラッパーズ』前哨基地を歩き回った。

 そして、ほとんどの人員がなんか異様な状態になっている事を理解した。

 なんなのこの基地……こわいよぉ……いったいどうなってるの……?

 

 なんと言うか理解できない感じなのが怖いよぉ……。

 私は内心でメソメソしながら最後の頼みの綱にタイトを訪ねに行った……。

 

 私が訪ねに行ったところ、異様な様子のメンバーたちに矢継ぎ早に指示を出すタイトの姿。

 以前のラフな服装と違い、今は白い端正な作りの衣服に身を包んでいる。

 

「ん……あんたか」

 

 話が一段落するまで待とうかなと思っていたところ、タイトが私に気付いた。

 

「や。タイトは……だいじょうぶ……?」

 

「どういうことだ。ああ、いや、そう言うことか……」

 

 タイトがむずかしげな顔をするが、どうも様子を見る限り以前と変わらないようだ。

 

「すまないな。俺とほかのみんなでは少し存在の条件が違うのでな」

 

「どういうこと?」

 

「俺たち『トラッパーズ』。その総体はこの俺に由来する。しかるにメンバーの存在はサイキックを媒質としている」

 

「うん。タイトのサイキックで生み出されてるんでしょう?」

 

「そうだ。翻ってこの俺はどうか」

 

「タイトが? って言うと……タイトはサイキックじゃなくて、ふつうに人間なんだよね?」

 

「そうだ」

 

 タイトはクローンなる技術で作られた人間だという。

 かつて存在した人間を再現するという驚異の技術。

 血の一滴から人間を創り出せるというのも凄まじい話だった。

 

「俺は普通の人間だ。だが他のメンバーは少し違う。サイキックによる念造人間と言うべきか」

 

「それだと、なにかが違うの?」

 

「サイキックの大本は『アルメガ』にある。俺よりもうつろいやすい存在なのだ。『アルメガ』という存在に対しナーバスになるのもやむなしか」

 

「ナーバス、ねぇ……」

 

 ナーバスと言えばナーバスだけど……。

 でも、クリーブとかサツキの様子はそう言うのとは別ベクトルのような……。

 精神状態が追い詰められているという意味では納得、なのかなぁ……。

 

「あんたからの情報提供は聞いた。根拠については正直を言えば納得はできない」

 

「まぁ、そうだよね」

 

「だがあんたが無意味な嘘を言わんだろうという点については俺も納得している」

 

「そう言われるとなんか信頼されてて照れるな。なんで?」

 

「あんたは無暗に人を騙すような真似をする人間ではない。そこはわずかな触れ合いであってもわかる」

 

「そうかな? 私、ふつうに人のことを騙して自分に都合のいいように動かしたりするよ?」

 

「女が絡めばな」

 

「……そう言われると、そう? かな?」

 

「あんたは利益誘導のために人を動かすことはあるだろう。だが俺たち『トラッパーズ』を動かして得られる利益にさしたる興味もあるまい」

 

「うーんん……」

 

「女が絡んでいたら信用ならん。そうでなければあんたの言うことは鵜呑みにしてしまっても構わんだろう。あんたにはそう言う正直さがある」

 

「あんまり褒められると背中がかゆいな……」

 

 私はなんとも言えない気持ちになって背中をかく。

 こんなに褒められるとむずがゆくてたまらない。

 

「ふむ。そう褒めたつもりもないのだがな」

 

「そう言われても……」

 

「それよりもだ。何か用があるのだろう。用向きはなんだ」

 

「ああ、そうだった」

 

 あれこれと人を見て回っていたけど、本題はべつにある。

 と言っても、タイトになにか便宜を図ってもらう必要のある話でもないのだけど……。

 

「ただ単に、私の冒険を振り返る旅行をしてるだけなんだ。だからここを見に来ただけ」

 

「そうか。構い立てもできんがゆっくりしていけ」

 

「や、邪魔しちゃ悪いし、私はもう帰るよ……うん、雰囲気もあんまり……だしね……」

 

「それもそうだな」

 

 この異様な空気に包まれた前哨基地でゆっくりしたくないよ。

 いつもなら喜んでゆっくりしていくような環境なんだけどな。

 

「ああ、そうだ。『アルメガ』の復活……近いって話だけど、タイトたちの方では何か掴んでないの?」

 

「なにも。サイコパワーの発露もなにも感じていない」

 

「なのに、私のこと信じてくれたんだ?」

 

「先ほども言ったように信じても良かろうと思った。準備をして何か損が出るわけでもないしな。大山鳴動して鼠が一匹である方がいい」

 

「そーゆーものか」

 

「ああ」

 

「うん。戦う時になったら、私も全力を尽くすよ」

 

「そのようにしてくれ」

 

 タイトはそう簡潔に答え、それきり私から視線を外した。

 あいかわらず微妙に人間味を感じない男だ。

 まぁ、彼に人間らしいところがあるのも私は知っている。

 そんな思いに頷いて、私はその場を後にした。

 

 

 

「さて、次はと言うと……ううん……」

 

 私がこの前哨基地での学びと冒険を終えた後のこと。

 私は領地に帰ってあれやこれやの領主の仕事をした。

 そして、仲間たちを鍛える期間に入ったわけだ。

 

 その際にクロモリを重点的に鍛えようとした。

 そこで私はクロモリの悪夢について知り、それを解決しようとしたわけだけど……。

 

「……パサファロンは、いいかな、うん」

 

 嫌だよ、あそこいくの……。

 行って行けないことはないけどさ。

 行きたくないもん……あんなとこ……。

 

「というわけで、パサファロンはパスで……」

 

 冒険の足跡を辿るという意味ではパスしちゃだめなんだけど。

 パスしたくてたまらないくらい、パサファロンに行きたくない。

 そうまで悪いところではないとは思うんだけども。

 べつにいいところでもなんでもないし、行きたいわけでもない。

 

「というわけで、次」

 

 パサファロンでのまさかの『インメタル』との激闘。

 それを終えた私は瀕死の重傷で家に帰る羽目になった。

 あれはほんとにしんどかった。過去イチキツかったかも。

 

 『根之堅洲國死返法(ねのかたすくにまかるかえしのほう)』のアフターリスク。

 それを療養で乗り越えるというのはあまりやったことがない。

 そもそも、そう滅多に使うことがないから切り札と言うのだ。

 私にとってもあれを攻撃用途に使うことはあんまりない。

 

 さて、その療養を私は別次元で行った。

 確実に安全で、仕事から逃れることもでき、世話をしてくれる人もいる。

 そんな環境に身を置ける、地球は日本に行ったのだ。

 

「よし、次は地球だね。まぁ、あそこは冒険をしたってわけじゃないんだけども……」

 

 でも割とあそこには長く滞在したからね。

 足跡を辿るって意味では、あそこも行っておくべきだろう。

 それに、カル=ロスたちの話が正しければ、もう会えなくなる。

 時間移動ができなくなってしまえば、彼女たちとは長い……あるいは永遠の別れだ。

 最後の最後に交友を温めるくらいのことをしてもいいだろう。

 私は頷いて、転移魔法を起動して地球へと向かった。

 

 

 

 地球で私が移動先としてマーキングしていた場所。

 私の義娘であるカル=ロスが仲間たちと住んでいる家の庭先だ。

 いまは家主のいない家はしんと静まり返っている。

 

「克己は近くに住んでるんだったね。そっちにいこうかな」

 

 場所もそれとなく聞いているのでそちらへと向かう。

 おっと、この国では帯剣はご法度だったね。『ポケット』に入れておかないと……。

 

 

 『ポケット』にしっかりと剣を放り込み、私は克己の家を目指す。

 『生物探知』の魔法で克己の居場所を調べるだけの簡単なお仕事だ。

 後はそちらに向かって飛んでいくだけ。あっと言う間だね。

 

 しばらく飛んでいくと、私は大きな倉庫のようなもののある場所に辿り着く。

 背の高い建物の横に、ごく一般的な家屋のようなものがある。

 ここが克己の家だろうか。地面へと降り立って、人の気配を探る。

 

 すると、背の高い建物の裏手に誰かがいるようだと分かる。

 そちらへと向かってみると、タバコの煙の臭いがした。

 建物の角から裏手をひょいと覗き込む。すると、そこには克己がいた。

 

 簡素な作りの椅子にゆったりと座り、パラソルで出来た日陰に身を置いている。

 傍らには赤い箱がある。上面にいくつも丸い穴が開いており、側面には文字……すいがら入れ……灰皿かぁ。

 

「や、こんにちは」

 

「!」

 

 克己が私の顔を見て驚きの表情を浮かべる。

 そして、慌てて立ち上がると傍らの灰皿にタバコを放り込んだ。

 

「ごほっ、ごほほ……こ、こんにちは。お久しぶりですね。どうされたのですか?」

 

「こんにちは。今までの冒険の足跡を辿る旅の最中なんだ。みんなにあいさつをしておこうと思ってね」

 

「そうでしたか……睦美はいないのですか?」

 

「ごめんね、私だけなんだ」

 

「そうでしたか。おっと、こんなところではおかまいもできませんから、どうぞ中へ」

 

「いやいや、いいよ。みんなにあいさつをしに来ただけだから。無作法だけど、ここであいさつだけね」

 

「そうですか?」

 

 克己が申し訳なさそうな顔をするが、実際そう時間もかけられない。

 この次元ではあちらこちらに移動する必要がある。

 それを思うと、長々と話し込んでいるわけにはいかないのだ。

 

「ねぇ、克己」

 

「はい」

 

「もし、20年前に……睦美を拾った直後に戻れたら、克己はどうしたい?」

 

「と、突然ですね? それはもちろん、あの子を今度こそちゃんと娘として育ててあげたいですが……」

 

「なるほど。そこでたとえば、私が子育てを手伝えるとしたらどうする?」

 

「不思議な仮定ですね? うーん……やはり、睦美の子育てと言うより、家事の方に助力していただければありがたいでしょうか……」

 

「なるほど、ありがと。参考になったよ」

 

「はぁ……? よくわかりませんが、お力になれたのであれば幸いです」

 

 大丈夫、安心してくれていい。

 この時代に来れなくなったとしても。

 私から見た現代にはいける。

 つまり、『アルバトロス』チームを拾う前後あたりにね。

 

 彼女たちの親子の絆を正しく結べる助力をしてあげたい。

 そして、あわよくばそのまま母娘丼として美味しくいただきたい……。

 いまならそれができる。そう、この私ならね……!

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