あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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18-012

 鮮香の家を辞した私は次の目的地を目指して移動していた。

 順序的に行くと、次に行くべきはシャロンとラルカの家なのだが。

 シャロンとラルカの家がある王府なる場所はすごく遠いらしい。

 具体的にどんくらい遠いんだかは不明なんだけども……。

 カル=ロスが遠いというくらいなんだから、遠いんだろう、たぶん。

 

 私はこの次元の地理関係がまったく頭に入っていない。

 地図の類を見ていないし、実際に動いたりしてもいない。

 この次元の進んだ技術を思えば詳細な地図くらいは作られているのだろうが……。

 詳細な地図と言うのは高度な国家機密だ。

 私のような市民の目に映ることはないだろう。

 

 遠いところは移動するだけでも時間がかかる。

 なので最初に行くか、最後に回すかのどちらかだ。

 これでカル=ロスがいてくれれば、魔法で連れて行ってもらうのだけど……。

 

 

 さて、そう言う理由で次に私が訪ねたのは聚楽氏の家だった。

 厳密に言うと、聚楽氏と同居している秋水を訪ねたことになるのか。

 彼女こそが秋雨の義母なのだから。

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 訪ねて行ったところ、家の前に秋水が立っていた。

 家の前の掃除をしていたという様子でもない。

 ただそこに突っ立っているという様子だ。

 

「どうしたの? なにかを待ってたの?」

 

「ええ、あなたをお待ちしていました。こちらに来る予定だったのでしょう?」

 

「その予定だったけど……」

 

 サイキックで私の来訪を察知した……ということだろうか。

 そんなことまで分かるとは、サイキックってすごい。

 

「なにか重大な戦いを控えておいでなのですね」

 

「うん、そんなとこまでわかるんだ……」

 

「ええ、まぁ、あなたの思考を盗聴してますので」

 

「身もふたもないな……」

 

 そりゃ私の思考を盗み見てるならわかるだろうさ。

 それはずるいんじゃないかな?

 

「やろうと思えば時の流れを垣間見ることでその戦いを察知することもできるのですが、疲れますからね」

 

「すごいの見えるんだね」

 

「ええ。ただ、最悪は人間をやめる羽目になるのでオススメできないですね」

 

「そもそも、相手の思考の盗聴すらできないから」

 

 オススメとか言われても、できないから、そんなこと。

 魔法で思考を盗み見る手段はあってもサイキックは無理。

 あれは純然たる才能が物を言う能力なので、努力では覆らない。

 

「その戦いですが、いざとなれば救援に駆け付けることになるのでしょうが……」

 

「うん、『アルバトロス』チームの子たちから聞いてるよ」

 

「そうなったら私たちが死ぬほど苦労する羽目になるので、叶う限りないようにおねがいします。マジでおねがいします」

 

 秋水が懇願するように言う。そんなに嫌なのか。

 こっちの次元にも迷宮ができるようになる可能性があるとか聞いたけど。

 私からすると、探索する迷宮が増えて嬉しいな、という感じなんだけどな。

 

 いや、アノール子爵としての立場を経験してみるとたしかに苦労はするわけだけど。

 べつに私が苦労するわけじゃないから、できれば迷宮できちゃって欲しいなとか……。

 

「よからぬことを考えているのはわかります」

 

「そんなことないよー」

 

「ほんとにぃ?」

 

 疑わしい目で見られた。

 思考を盗み見れるなら、それくらいはお見通しか。

 こんなんでは秋水の前でエロいこと考えられないではないか。

 

「迷宮が出来てしまうと、霞が関の官僚たちが過労死してしまいますよ。ただでさえみんな死ぬほど苦労しながら日々の政務を回してるんですから、慮ってやってください」

 

「またまたそんなこと言って。どうせ汚職とか賄賂とか飛び交ってるんでしょ?」

 

「うちの聚楽様は、しれっと恐怖政治を敷くタイプの人間な上に、異常に清廉潔白なのでその手のことはできないんですよね」

 

「へぇ、しまり屋なんだ」

 

「いえ、殺し屋ですかね。汚職してると暗殺しに行くんで」

 

「解決手段があまりにも短絡的だね」

 

「その短絡さで天下統一した馬鹿ですからね」

 

 統治なのか、政治なのか、ともあれ。

 この国がなんか異様な形式で回ってるのはわかった。

 いや、独裁者が恐怖政治を敷いているのはわかるが。

 

 その独裁者が個人としての圧倒的な武力を有し。

 その上で最良最善の清廉な統治をしているのか。

 

 これはいわゆる、哲人政治ってやつだったかな。

 私信無き超人的な能力の王が統治すれば最良の国家が生まれるって思想。

 実際のところただの理想論だとは思うけど。

 聚楽氏はそれを実現してしまえると……。

 

「実際のところ、ただそれだけで回っているわけではないですし。今となっては形骸化し、表舞台からは退いた御方なのですが……」

 

「うん、なんかそれは前に聞いた覚えがある」

 

「しかし、べつに隠遁してるわけではないので、誰それが汚職したと聞くと、聚楽は激怒した状態になって、のそのそ殺しに行っちゃうんですよね」

 

「へぇ」

 

「そのせいでみんな殺されたくないから一生懸命に清廉潔白な仕事するんですよね……おかげで政治のクリーンさは世界一です」

 

 この国、いろんな意味で聚楽氏がいないと回らないのでは。

 以前に聚楽氏は自分がいないと世界が終わるなら終わってしまえばいいと言っていたが。

 自分で自分がいないと回らない社会作ってしまってる気がする……。

 

「まぁ、私もできる限りのことはするけど……無理な時は無理だから、助けてね?」

 

「ええ、それはもちろんですが……しかし、本当におねがいしますね」

 

「わかったわかった」

 

「頑張ってくれたら夜の高級店にご招待しますから」

 

「なんだってそれは本当かい!?」

 

 まさかの申し出に私は驚く。

 この次元の夜のお店は行ってみたい!

 前回は療養中だったりお金がなかったりで無理だった。

 それを招待してくれるとなったら頑張らない理由がない!

 

「安心してください。私はいざとなれば競馬を全レース的中させられる女。軍資金の調達は朝飯前です。高級店でお泊りコースをご用意しますよ」

 

「わかったよ。全身全霊を賭して戦う。たとえこの身が砕け散ろうと、この次元の未来を全力で守るよ」

 

「すばらしい、その性欲で曇り輝いた眼を信じます。未来を頼みます」

 

「うん、もちろんだよ」

 

 私は秋水と固い握手を交わした。

 夜のお店、それも高級店……!

 この次元の高級娼婦ってどんな感じなのかな!

 楽しみで楽しみでたまらないよ!

 

 私はうっきうきの気分で秋水と別れ、次の目的地へと向かった。

 

 

 

 次の目的地、王府なる場所にあるシャロンとラルカの家。

 あのさわやかな田園地帯を目指して飛ぶ私の眼下には広い海原が広がっていた。

 秋水の家から、東南東(とうなんとう)に一直線に飛び続けているのだが。

 島や大陸の姿はさっぱりなく、ただひたすらに海が広がっている。

 船すらも見えず、ひたすらに孤独な空が私を受け止めている。

 

「うーん、本当に遠いんだな……」

 

 音速を超えないくらいの速さで飛んでいるんだけど。

 それですでに1時間ほど飛び続けている。つまり、1200キロは移動していることになる。

 それなのに辿り着くような気配がまったくないのだ。よっぽど遠いらしい。

 

 うーん。さらにスピードアップするのも考えるか。

 やりたくないけど、高空にまで飛べば問題もないし。

 

 私は渋々ながらさらに上空へと飛ぶ。

 高空を飛べば、超スピードで飛んでも下方への影響は少ない。

 海なら多少荒らしてもそう問題はないんだろうけども。

 それでもやっぱり悪影響が一切ないとは言えないし。

 

 眼下に雲を捉えるほどの高度にまで上がり、私は増速する。

 さきほどまでのおよそ3倍ほどの速度で私は飛翔する。

 これで1時間飛んでもダメなら、カル=ロスを連れて来よう……。

 

 

 

 1時間ほど飛び続けた末に、ようやく私は目的地へと到着した。

 王府とは大海原にぽつんと浮かぶ諸島群のひとつだったのだ。

 なるほど、これは遠いわけだと私は頷く。

 

 さておいて、魔法の反応が示す先へと私は飛ぶ。

 眼下の田園では青々とした稲が健やかに成長している。

 秋が来れば、この田園には黄金の稲穂が実り人々の腹を満たすのだろう。

 カル=ロスたちみんなは、ここの米を食べているらしい。

 この美しい光景を守ることになるのか。それは少しうれしいような気がした。

 

 ラルカの家に到着。

 すでに日暮れが近く、世界は夕焼けに燃えている。

 赤く染まる庭の中でラルカが椅子に逆向きに腰かけてタバコを吸っていた。

 椅子の背もたれに腕を乗せ、そこに自分の顎を置く姿勢。

 

 そして、彼女が見つめているのは石碑。

 私には読めない文字で何かが刻まれている。

 石碑の前には缶が置かれており、そこからも紫煙が立ち上っている。

 ラルカがこの石碑に捧げたのだろう。ラルカの物と同じタバコだった。

 

「お……こんばんわだにゃ。奥さん、久し振りにゃ」

 

「こんばんは、ラルカ。ここは……お墓かな?」

 

 私の眼には、これが墓碑のように思えた。

 私の知るいずれにも合致しない形式のものだけど。

 そこに向けられた想い、そこに佇むありかたが、そう思えた。

 

「そうにゃね。昔の戦友たちを偲んで、にゃーさんが作ったにゃ。にゃーさんお手製の無名戦士の墓にゃね」

 

「そうだったんだね。なら、騒がせちゃまずいかな」

 

「なーに、みんな騒がしいやつだったにゃ。ちょっとくらいうるさい方が喜ぶにゃよ。特に奥さんみたいな美人さんなら大喜びだにゃ」

 

「そうかな?」

 

「そうにゃそうにゃ」

 

 言いながら、ラルカがタバコを吸って、紫煙を吐き出す。

 それはうまそうにもまずそうにもみえない、どこか無味乾燥な仕草だった。

 短くなったタバコをラルカが携帯用の灰皿へと押し付け、火を消す。

 墓碑に備えられたタバコは半分以上残り、いまもゆっくりと燃え続けていた。

 

「それで、今日はなんかあったかにゃ? アスマになにかあったとか……」

 

「ううん。今までの冒険を振り返っての旅行。今日はちょっとあいさつに来ただけ」

 

「にゃるほど?」

 

 ラルカは頷いて、ふと墓碑を一瞥した。

 夕日に燃える墓碑の中に、ラルカは何を見たのか。

 少し目を細め、また新しいタバコを取り出して着火した。

 

「……奥さん。にゃーさん、アスマからちょっと事情は聞いてるにゃ」

 

「うん?」

 

「『アルメガ』とか言う化け物と戦うらしいにゃ」

 

「うん。大丈夫だよ、私がなんとかする」

 

「そうしてくれるとうれしいにゃ」

 

 紫煙をひとつ吐き出し、ラルカが遠い眼をした。

 遠い追憶を思い起こすように、かつての悔恨を悔やむように。

 

「……私たちの祖国は、『アルメガ』に滅ぼされた」

 

「……『アルメガ』に?」

 

「いろいろとあった。私たちも異次元から来た。その異次元にも『アルメガ』がいた……そして、『アルメガ』に私たち人類は食いつくされた」

 

「…………」

 

「私たちは勝てなかった。その果てに、惨めにこの次元に逃げて来た。聚楽さんが助けてくれなかったら、あのまま死んでたのを思えば、少しはマシなのかもしれないが」

 

「聚楽が……」

 

「ほんの数百人の生き残りがこの島に移住し、私たち負け犬は細々と今日まで暮らして来た」

 

 ラルカの眼には、悲しみも怒りもなにもない。

 ただ真っ黒い虚無が濁っているように見えた。

 

「『アルメガ』に負けるとな、私みたいな負け犬が抜け殻になって生きてく羽目になる」

 

「…………」

 

「だから、勝ってくれ」

 

「うん。勝つよ」

 

「そうか」

 

 ラルカは頷いて、またひとつタバコを吸った。

 重たい紫煙が風に吹かれ、ゆるゆるとどこかへと消えて行った。

 

「……さってと。そろそろ晩飯の時間にゃ! 奥さんもよければ食べていくにゃ!」

 

「あれ、さっきの口調はやめちゃったの? かっこよくて惚れそうになったのに」

 

「やんないにゃ。意識してないとこの口調抜けるにゃ。ボロ出ると子供に泣かれるにゃ。嫌にゃ」

 

「へー……」

 

 意識的にやってるんだろうなぁ、とは思ってたけど。理由それなんだ。

 まぁ、たしかにラルカって超イケメン系の女の人だからな……。

 無表情でいると、ただそれだけで威圧感あるレベルのイケメン。

 しかし、だからと言ってこの口調は特殊過ぎるような。

 

「まぁ、あまり遅くなるとみんなに悪いから。私はもう帰るよ。また今度、夕飯に招待してくれるとうれしいな」

 

「そうにゃ?」

 

「その時は、アスマイーフも連れて来るからさ」

 

「おお、そん時ゃよろしくだにゃ」

 

「じゃ、私は行くね」

 

「また遊びに来るにゃよー」

 

「うん、またね」

 

 そのまたねは、もうたぶんないのだろうけれど。

 私はそんな未来の約束をして、ラルカと別れた。

 

 さて、帰ろうか。

 私の故郷に。

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