転移魔法で私は元の次元に帰って来た。
帰り着いた先は、マフルージャ王国でもトイネでもない。
エルグランド大陸は北部に存在する王国、セリマン国。
あまり帰属意識みたいなものはないのだけど。
このセリマン国こそが私の祖国であり、私の故郷。
そして、私の家はセリマン国王都ナイムカナイの北の平野にある。
私が転移魔法で現れたのはそこだ。
旅を振り返ると言う意味ではエルグランドに帰る理由はないんだけど。
私の冒険のすべてのはじまりたるはここだ。
だから、1度でいいから帰っておきたかった。
「特に変わったことはないかな」
自宅の小城を見て、私はそのようにつぶやく。
いつも通りの私の家、いつも通りのエルグランド。
ふと背後、南側を見れば、セリマン国の王都たるナイムカナイが……なかった。
「あれま。誰か吹き飛ばしたかな……」
そこには灼熱の平原だけが広がっている。
なんかの魔法で吹き飛ばしたか、『ナイン』あたりを起爆した奴がいるか……。
王都が吹き飛ばされる理由はたいしたものがない。
きれいな花火が見たかったとか、むしゃくしゃしたとか、やってみたかったからとか……。
だから、頻繁にあるわけじゃないけど、たびたびある。
大した理由じゃないからこそ、たびたびやる奴が現れるのだ。
「まぁ、いつも通りのエルグランドだね」
私は頷いて、家の中に入った。
「おかえりなさい。美味い酒を用意してありますよ」
「おかえり〜」
「おかえりなさいませ」
使用人たちが口々に私への帰参のあいさつをしてくれる。
私は彼女らにあいさつを返しながら廊下を進む。
やがて私が辿り着いたのは、私の私室でもある場所。
その扉をそっと押し開いて中へと入ると、私を出迎えてくれるのは懐かしい香り。
「ただいま、お姉ちゃん」
「あら、おかえり」
私を出迎えてくれる最愛の人。
金の髪に蒼い瞳のハイランダー。
ハイランダーに共通の年齢不詳の外見。
彼女こそが私のお姉ちゃんだ。
まぁ、実際には血縁は一切ないんだけども。
私はまったく覚えてないのだけども。
私が3歳くらいの誕生日にお姉ちゃんが欲しいと両親にねだったらしい。
そこで両親は、お姉ちゃんとして奴隷商人からハイランダーの奴隷を買ってきた。
……うん、意味わかんないな。
それお姉ちゃんじゃないじゃん。
完全に赤の他人だよ。
義理の姉にはなるかもだけど。
なんて考えてると、お姉ちゃんが座っていた椅子をこちらへと向ける。
回転椅子に背を預けていたお姉ちゃんは、胸元に抱いていたものを私へと見せる。
「うふふ、おまえもお帰りって言ってあげなさい。ねぇ?」
そう言って、お姉ちゃんは胸に抱いている赤子にそう語り掛けた。
黒髪に黒い瞳のふくふくとした赤ちゃん。生後3カ月くらいかな?
私はあまりにも可愛らしい赤ちゃんに思わず頬が緩む。
「カル=ロス。あの人は私の妹よ。うふふ」
「その子、カル=ロスなの?」
「え? ええと、そうだけど……」
「そうなんだ……」
なるほど、こんな時期になるのか。
私が思わずといった調子でカル=ロスの頬を指先で撫でる。
赤ん坊特有のなめらかな肌だった。
「ええと……この子はカル=ロスと言って……」
「うん。可愛いなぁ。私がお母さんだよ、カル=ロス」
「しゃあっ!」
「ぐはぁっ!」
突然、お姉ちゃんのグーが私の腹に炸裂した。
壮絶な威力に私の腹に激痛が走り、私の身体が壁に激突する。
突如として真上で暴力沙汰の起きたカル=ロスが目をしぱしぱさせているのが見えた。
「どうして動揺もなにもしないのよ! ちょっとは「いったい誰の子なんだ」とか「誰が産んだんだ……」とか聞くべきだと思わない!?」
「ぐ、ぐぅぅ……い、いだい……」
「なにをさも当然のように自分がお母さんとか言ってるのよ! なにが分かるって言うのよ!」
「だ、だって、その子、お姉ちゃんが拾った子なんじゃあ……なら、通例通り私が母親じゃ……?」
「そうだけど! たしかにそのとおりだけど! 私が産んだ可能性を1ミリでも考えたりとかしなかった!?」
「考えてなかった……」
「きぃぃぃぃ!」
「痛い! 痛いよお姉ちゃん! なんでアイアンクローするの! 痛いよ!」
腕に抱えているカル=ロスを傷つけないように気遣いつつも、お姉ちゃんのアイアンクローが私に炸裂。
しばらく悲鳴を上げていたが、やがてパッとお姉ちゃんが手を放す。うう、痛かった……。
「はぁ……もういいわ。この子よろしく」
「う、うん……」
カル=ロスがサッと私へと預けられる。
そして、お姉ちゃんはふらりと部屋を出て行った。
たぶんムカついたから酒を飲みに行ったのだろう。
……子供放って酒を飲みに行くのはどうなんだろう。
「ひどいお父様だね、カル=ロス……」
たぶん私への当てつけのために拾ったんだろうな。
さっきお姉ちゃんが言ってた、誰が産んだとか聞かないのと言う言葉。
あの言葉から察するに、浮気したと演出するための小道具扱いだったのでは。
なんとなくそんな気してたけど、拾った理由がしょうもなすぎる。
まぁ、拾った以上はちゃんと育てはするんだろうけども……。
とは言え、さしたる理由もなく子供を捨てる親もいれば、拾う親もいる。
そのあたりを踏まえて考えると、べつにそれほどひどい話でもない……のかな?
「ふう……カル=ロス。実はね、さっきまで私は地球と言うところに行って……おや、元気がいいね。何かご機嫌なのかな?」
私が話し出すと、突然カル=ロスが腕をバタバタとさせ始めた。
赤ちゃんがわちゃわちゃと動いている姿はたまらないほど可愛い。
私はカル=ロスの頭を撫でつつ話を続ける。
「その地球で、将来のママ友たちの話を聞いてきたんだ。これでナンパ成功確実だね。おまえに義理の姉妹をたくさん作ってあげるからね」
まさかもうカル=ロスが拾われているとは思わなかった。
すると、現代の地球でも秋雨やアスマイーフは拾われているのだろう。
拾った初期に手助けしにいけないのは残念だが……。
子育てでいちばんしんどいのは、個人的には2歳から5歳と考える。
まとまった時間眠るようになるし、夜泣きも減るけれど。
その代わりに歩けるようになって行動力が抜群に向上。
あっち行ってこっち行って大暴れのちびっこギャングの誕生だ。
1歳くらいまではロクに動けないし。
ベビーベッドにでも寝かせれば脱走もできない。
そう言う意味では1分やそこら目を離しても大丈夫。
だが2歳を過ぎると10秒目を離した瞬間に惨事を引き起こす。
もっとも目が離せなくて大変な時期なのだ。
その時期に手助けしにいければ好感度はウッハウハだろう。
「ふふ。楽しみだな。おまえには魂の姉妹が11人いるんだよ。ん? ご機嫌だね?」
カル=ロスがまたも腕をバタバタさせている。
よっぽどご機嫌なのかな。あまり嬉しそうに笑ってる感じではないけど。
赤ちゃんにも個人差があるので、早く笑う子、笑わない子もいる。
カル=ロスくらいの月齢ならもう笑い出してもおかしくはないけど……。
3カ月くらいに見えて、実際はもうちょっと月齢が低いのかも。
「よしよし、いい子だね。カル=ロス」
大人しくていい子だなぁ。ほんとに。
そう思いつつ、私はしばらくカル=ロスを抱いていた。
お姉ちゃんとちょっと話したかったんだけど……。
あの調子だと無理そうだ。しょうがないので、少し待とう。
カル=ロスを使用人に預け、私は日の暮れたエルグランドの空を眺めていた。
夏ともなれば、冷涼なエルグランドもそこそこ暑く感じるものだ。
しかし、マフルージャとトイネの熱帯気候に慣れた私には涼しく感じる。
環境に適応するとはそう言うことだ。
家のバルコニーから見える空は高く、澄んだ空気に満ちている。
涼しい風が心地よい。おだやかな夕涼みの時間だ。
「向こうで引っかけた女の事でも思い出しているの?」
「ひどいなぁ。女の事しか考えてないわけじゃないんだよ?」
背に投げかけられた言葉に私は苦笑しながら振り返る。
そこには酒ビンを手にしたお姉ちゃんが立っていた。
投げつけられた酒ビンを受け取り、封を切って口に運ぶ。
辛口の淡麗な飲み味の酒が私の喉を流れていく。
お姉ちゃんも同じ酒をラッパ飲みしている。
「それで、向こうで何かあったの?」
「んー。まぁね」
「ふうん」
お姉ちゃんは私の様子が何か違うのに気付いているのか。
それとも単に話の枕なのか、そんな話を振って来た。
「私も行こうかな。戻る時は私も連れて行ってよ」
「えっ? いや、それはちょっと急すぎるかなって」
「私を連れて行けない理由でもあるの?」
「いやほら、向こうで連れてる仲間とかもいるわけだからさ。チームワークを乱してしまうという意味で、突然のお姉ちゃんの加入は問題があるって言うかぁ……」
「どうせ、向こうで女を引っかけてるからでしょ? 正妻を連れて行ったら、問題になるような間柄の相手が出来てるんでしょう? 現地妻とか」
「じゃ、邪推だ! そんなのはゲスの
「へぇ。事実無根の妄想だって言うんだ」
「コメントは差し控えさせていただきます……!」
私にはなにも言い訳できるものがない。
だが、邪推でゲスの勘繰りだという非難はできる。
現段階では根拠のない疑いなのはたしかなのだから。
たとえそれが事実にドンピシャの憶測であってもだ!
でも違うのかと言われたら嘘は言えない。
言ったところでお姉ちゃんにはお見通しなので意味ないし。
「現地妻の1人や2人は出来ててもおかしくないかな。まぁ、居てもまだ1人か2人ってとこか……」
「…………!」
「子供は……いてもおかしくないけど、なんとも言えないな。なんせ5年だからね……妊娠中の子が1人くらいいてもおかしくはないけど」
さすがは私が物心つくまえから連れ添ったお姉ちゃんだ……!
私の行動なんて、なにもかもお見通しだって言うの……!
「ねぇ、正直に言ってごらん? 現地妻が1人や2人いるんでしょ? 獣人の子をペットにしたって言ってたよね。その子を妻にしたりしてない?」
「してない!」
「ふうん……」
サシャのことはすでに話しているのでお姉ちゃんは知っている。
だが、サシャとはまだそこまで関係を進めていない。
サシャはまだ冒険をしたいお年頃なので、そこまで関係を進めるのは早急過ぎる。
どうしても結婚という関係に間柄を進めると思考に変化が出る。
そう、冒険をやめる人が非常に多いのだ。男も女もそうだが、特に女はそうだ。
やはり、子供を産むことを意識すると危険な冒険は忌避しがちなのだろう。
サシャと結婚したら、冒険をやめることに思考が向くだろう。
そちらに行動を進めるかはわからないが、少なくとも苦悩はしそうだ。
私はまだサシャと冒険がしたいし、サシャもその気持ちはやまやまだろう。
無意味な惑いを与えるくらいだったら、関係を進めない方がいい。
「じゃあ、その姉とか母親とか」
「………………!」
「旦那も女にして寝取ったりした?」
「…………」
「ふうん」
くそっ、お姉ちゃんは私の理解度が高過ぎる……!
やっぱりなにを隠したところでお見通しなのか……!
「とやかくは言わないよ。そう言うものだと思ってるし」
「…………」
「戻る時に連れて行けとは言わない」
「う、うん……」
「でもその次は一緒に行くよ」
「…………」
「丸く収めてごらんよ。ねぇ?」
「はい……」
これはもう必死で奔走しないといけない。
考えるだけで憂鬱だが、やらないとお姉ちゃんはキレる。
お姉ちゃんと言う正妻がいて、ちゃんと正妻を立ててくれるように頼まないといけない。
う、うう……! 考えただけで、胃が……!
「い、今は……いろいろと、重大な戦いが控えてるから……そんな急には……」
「へぇ、重大な戦いって?」
「な、なんかね、『アルメガ』って言う強大な敵がいて……命を賭して戦わないといけないかもしれない。それくらい強大な敵なんだ」
「ふうん。関係ないわね。ちゃんとやりなさい。それが役目でしょう?」
「はい……」
私は項垂れて正論を受け止めるしかなかった。
「最初からちゃんとやっておかないといけないことをやれと言ってるだけでしょう?」
「はい……」
「ちゃんとやりなさい」
「はい……」
「次に戻って来た時、ちゃんと話を聞くから、それまでにちゃんとやっておくのよ」
「はい……」
タイムリミットが設けられてしまった。
しかし、次に戻って来たというのは非常に緩い条件だ。
まだ慈悲を残してくれているということ。
なんとか、なんとかするしかない……!
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