「ですので、近日中の戦いの勃発を見越して、皆さん抜かりなく戦闘準備をお願いいたします」
「はい、もちろんです!」
「では、お母様……お母様?」
「ん……?」
考え事をしていたところ、カル=ロスに呼びかけられた。
そして、カル=ロスが私の顔を見るなりあっけに取られた顔をした。
「どうしたんですかお母様!? 顔パンパンですよ!?」
「へぇっ!?」
カル=ロスに言われ、慌てて私は自分の顔に手をやる。
そして、私は自分の唇どころかまぶたも眼もパンパンに腫れていることに気付いた。
これはいったいなんだ!?
「これはいけません! あなた様! すぐ処置をぐえぇぇぇ――――!」
「ああっ! 薬師様が腰をいわした!」
クロモリが慌てて駆け寄り、私を抱きかかえようとする。
が、私の『ポケット』の中身の重量はいつもパンパン。
椅子から押し倒せても、持ち上げられなかったクロモリ。
私はクロモリと共に床へと勢いよく転がった。
その際、クロモリの腕と腰から大変な音が鳴ったのも聞こえた。
「はひーっ……! こ、腰、腰がぁ……! 腕、腕もぉ……!」
「ちょっと待ってろ!」
レウナがクロモリを横に転がす。
そして、次に私の様子を確認するように体のあちこちへと指先を這わす。
「これは……おい、自覚症状はなにかあるか?」
「い、言われてみると、喉が苦しい……体がかゆくて、あちこち腫れて……くるしい……」
「
「ううん……」
「アナフィラキシーだな……くそっ、どうしたものか……アナフィラキシーに魔法は効かんのだよな」
レウナが力強く舌打ちをする中、カル=ロスがどこからともなく奇妙なものを取り出す。
奇妙なスティック状の道具で、それを少し操作したかと思うと、私の傍へと駆け寄る。
「お母様、いま薬を注射しますので大人しく受け入れてください」
「ん……」
「エピペン0.3mg、行きます」
カル=ロスが私のふとももに何かを突き刺した。やや痛い。
そして、私の中へと流し込まれるなにか……それはまたたく間に私の身体を賦活しだした。
心臓が強く鼓動し、私の血流が強くなる。強心剤か何かだったのだろうか?
「よし。本来なら医療機関を受診するのですが……生憎、この次元の医療機関にかかってもアナフィラキシーの対処なんかしてくれないんですよね……」
カル=ロスが困ったような顔をする。
「カル=ロス、アナフィラキシーって?」
「アレルギー反応の強烈なやつですよ。喉が腫れあがって呼吸が止まるやつです」
「ああ、あれかぁ……」
ハチに何度も刺されたりとか、特別に強く反応の出る薬物とか。
そう言うのを摂取してしまった際に現れる強烈なアレルギー。
なるほど、言われてみるとたしかにそれに近しいものだった気がする。
幸い、それほど症状が重いものではないようだが。
アレルギーは肉体の頑健さを無視して起きるものだ。
いくら強くなっても人は飢え死にするし、窒息死もする。
アレルギーも同じように、いくら強くなっても起きる。
そして、ひどくなれば死に至ることすらもある。
「しかし、いったいなぜ?」
「さっき、クロモリさんがおまじないと言ってお姉様の手になにかしましたよね。それでは?」
「それよ! クロモリ! さっきそこの女たらしの手になにを刺したのか見せなさい!」
「ぽ、ポーチの中に……」
腰を痛めたクロモリがポーチを示す。
レインがそれを開き、その中身を検める。
そして、出て来たのは黒い針のようなものだった。
「これで刺したのね。これは何?」
「す、スズメバチの針です……」
「なんでこんなの刺したのよ!?」
「スズメバチの毒に当たると矢に当たらなくなるのですよ」
「もうちょっと安全なおまじない使いなさいよ!」
レインが癇癪を起こしてクロモリを責め立てる。
「ま、まぁまぁ。毒を使ったおまじないってそこそこあるし……悪い症状が出るのも体質の問題だから、ならない人はならないものなんだよ」
「だからってねぇ……」
私がクロモリを擁護すると、レインが困ったような顔をしてクロモリを睨む。
危険なおまじないをしたことに対して怒りがあるのだろうけど。
私が擁護してるし、当人が腰と腕を同時にやってて哀れなので本気で怒れないのだろう。
「でも、クロモリ。このおまじないはもうやめてね……」
「はい……」
冒険用装備ならともかく、平服に毒耐性はない。
と言うか、普通の毒なら肉体の頑健さで抵抗できる。
町中で喰らう可能性のある毒ならそれで十分だ。
ヒ素とか、モンクスフードとか、イチイとか、そう言うやつ。
しかし、肉体の頑健さで抵抗できない毒もある。
それこそがハチの毒だ。そしてハチは普通、町中にはいない。
まさか毒針だけ町中に持ち込んで来るアホいると思わないじゃん?
毒を喰らった後に毒耐性装備をしても意味はないし。
ここは普通に回復するまで大人しくしているしかないかな。
とりあえず毒物は魔法で除去してもらって、かな。
除去してもアレルギー反応はすぐには消えないんだけどね……。
その後、私とクロモリは魔法で諸々の治療をしてもらった。
クロモリは単なる外傷だったのでさっさと治ったのだが。
私の方はアレルギーなので、毒を除去してもすぐには本調子に戻らない。
そのため、部屋でゆっくりと静養をする羽目になった。
いまは主犯たるクロモリが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。
「申し訳ありません、あなた様……」
「いいんだよ。サシャなんか直球で毒飲ませてくることあるしね」
「ええ……」
「まぁ、調子悪くなったところで虐められるのもそれはそれでね。ほら、首絞めされた後にガシガシされるのとかたまには悪くないしね」
「なるほど」
ハイレベルなマゾヒストであるクロモリは理解を示した。
うん、自分で言っておいてなんだけど、理解されるのか……。
「では、あなた様。失礼します」
「うん? クロモリ? それはなにかな?」
「お薬の時間ですよ」
「なんの薬それ……?」
クロモリがどこからか取り出した注射器。
中身をピュッと少し出して、中の空気を押し出す。
注射に手慣れた、医者特有の手付きだった。
「これはですね、あなた様が私に注射し切らなかったお薬ですよ」
「つまり、それって……えっちなお薬、ってコト!?」
クロモリは激しいプレイこそがお好みのタイプだ。
なので私もエルグランドのエッチなお薬を割と気軽に使う。
エルグランドの媚薬は効果が即座に出るし、凄まじく激しい効能の出る薬……いわゆる劇薬なんだけど。
副作用もないし、後遺症もないし、後を引くことがない。
もうほんとにエッチなことをするためだけにあるお薬なのだ。
「はい。これを打ってから、ご奉仕させていただければ……」
「よし、打ってちょうだい」
「はい」
本番まで行かなければセーフだ。セーフだろう。
いやもう『アルメガ』との戦いはもう近いわけで。
それはつまり『アルメガ』はもはや完全体なのだろう。
いまさらちょっとくらい生命力を収奪されても構うまい。
そう言うわけで、私は唯々諾々とクロモリにえっちなお薬を打たれた。
瞬間、私の全身が鋭敏化し、私の身体の神経がすべて剥き出しになる。
呼吸をするだけで、心臓が鼓動を打つだけで、甘い快感が体に走る。
んん……この感触からすると、10倍濃縮媚薬って感じかな。
「あなた様……」
「クロモリ……」
クロモリがそっと私の胸に手を伸ばし。
私がすなおにそれを受け入れようとした時のこと。
私たちの足元が、ズッ……と音を立てて揺れ動いた。
「わっ! わっ!? じ、地震!?」
「うわぁぁああああ――――! 地震だぁぁああァァァァアア――――!」
「うわクロモリ大丈夫?」
タイミング悪いなもう! 私は思わず内心で叫ぶ。
せめてあと5分後に起きてよ! なんだってもう!
ん? そう言えば地震って早々あることじゃないんだっけ……?
エルグランドでは頻繁に起こることでも、この大陸では違う。
以前はクロモリが失禁してしまったくらいに滅多にないことだった。
ならば、この地震はいったい……? いや、それよりも……。
「こ、鉱山……鉱山は!?」
このアノール子爵領の主たる収入源、岩塩鉱山。
地震などが起きれば、そこに被害が出ることは想像に難くない。
場合によっては熟練鉱夫が死んでいる可能性すらも……。
「クロモリ! 私は鉱山の様子を見て来る! あ、ちょっとイクッ!」
ベッドから飛び出し、地面に着地、同時に私は絶頂した。
くぉぉお! タイミングが悪すぎる! なんで媚薬打った直後に!
私は歯を食い縛って気合で絶頂に耐える。
絶頂を我慢はできないので耐えるしかない。
気持ちよくなってしまっても気合で動けばいいのだ。
通常の媚薬の効果時間がおよそ2時間ほど。
そして10倍濃縮媚薬なので20時間ほど効果が続く。
この状態で20時間仕事しろと? メチャメチャキツい。
「あ、あなた様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫! クロモリもついて来て! 回復魔法と医術の心得がある人はいくらいてもいい!」
「はい! お任せくださいあなた様!」
決意を宿した眼でクロモリが私の手を握る。
瞬間、私の全身を貫く強烈な快感。
「らめぇぇぇ! イッちゃう――――!」
「あなた様ー!?」
ガクガクと震えて叫ぶ私。
クロモリが動揺する。
「あ、あの、この媚薬の解毒薬とか、おありでないのですか!?」
「な、ない! 解毒薬はないんだよ……!」
エルグランドの媚薬は解除方法がきわめて限られる。
エルグランドでならば自殺するとかでもなんとかなるんだけど。
いまこの状況で自殺したら、復活は3日後。つまり、この領地の対処が3日後になってしまう。
それ以外の手段としては、神の慈悲を賜るとかしかない。
それもウカノ様の慈悲を乞うのではなく、『ミラクルウィッシュ』でないといけない。
「し、しかたない、ここはひとつ『ミラクルウィッシュ』で……」
私はしょうがなしに『ミラクルウィッシュ』のワンドを取り出す。
ワンドを振って、願いの神の力を乞うとしよう。
私はクリスタル製のワンドを振った…………あれ?
「……おやぁ? えい、えい、あイグッ……」
「どうされたのですか?」
「願いの女神からのレスポンスがない……おかしいな」
これは原理的には神との交信なので阻害する手立てなどもないではない。
しかし、一般的にはそんなことは不可能だ。
だとすると……考えられる要素としては、アレか。
「願いの女神、ストライキ中かな……」
「ストライキ!? 神様ってストライキとかするんですか!?」
「そりゃ神様だってストライキくらいしたくなるよ。サボタージュかもだけど」
そもそも願いの神は、普段から録音で対応をしている。
その時点でそこそこ仕事をサボる意図が伺える。
「くっ、こうなったらもうそのまま仕事するしかない……! がんばって我慢すればいい!」
「我慢できるものなんですか……?」
「なんとかなるよ」
でも、今の状態で走ったら大変なことになってしまう。
なので、少しでも衝撃の少ない移動方法として空を飛ぶことにする。
私はクロモリと共に家の外に飛び出すと、家の外では既にEBTGメンバーが待機していた。
「来たわね。鉱山の方の様子を見に……体調が凄く悪そうだけど、大丈夫? あなたは休んでいた方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、レイン。それより鉱山の様子を……」
「そうはいっても顔が赤いし、熱もあるんじゃ?」
「ほあああああ――――! 馬鹿になるぅぅう――――!」
「うわっ」
レインが私の額に手をやり、私はそこから流し込まれる快感に痙攣する。
脳を直接貫く強烈な快感の波に私は成す術もなく打ちのめされる。
私は立っていられなくなってしまい、その場にへなへなと崩れ落ちた。
そして、私に駆け寄って来たカル=ロスが訝しげにし。
それから私の様子を見て、もしやと言った調子で言う。
「……あの、お母様。媚薬とか使いました?」
「使いましたぁ……」
「馬鹿なんですか……?」
「ふしだらな母と笑いなさい……」
「それは今さらではあるんですけど、タイミング悪いですね……」
などとカル=ロスが呆れた声を溢し。
突然、勢いよく振り返って空を眺めた。
「……え?」
「あ、ま、まずい……クローズドに切り替えます!」
「くっ、なんと言うサイコパワー……!」
「そんな、もう、ですか……?」
『アルバトロス』チームの動揺の声。
そんな彼女たちに、私は恐る恐る問いかける。
「あの、カル=ロス……も、もしかして……」
「……大陸各地の迷宮から何かが出現、大気圏を離脱して宇宙へと向かっています」
「迷宮は……『アルメガ』に由来する……」
「はい……『アルメガ』が復活しようとしています」
「戦いの時が来た、ってことなんだね?」
「そう、なんですけど。そうなんですけども……」
カル=ロスが物凄く残念なものを見るような眼で私を見ている。
やめて……やめてちょうだい……そんな目で私を見ないで……。
「……媚薬使った状態で世界の命運を懸けた戦いに挑むのなんて、後にも先にもお母様くらいなものでしょうね」
「い、言わないでぇ……!」
私は一時の欲望に負けた愚かさに打ちのめされていた……。
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