それは宇宙の彼方で高笑いをしていた。
大気の存在しない宇宙空間において、その笑い声を媒介するものはない。
それゆえに、発されるサイコウェーブに乗せて放たれる思念波だけがそれを示す。
「あははは! やってやった! やってやったわ! 感度10倍で最終決戦よ! 感度10倍で最終決戦ってなによ」
自分で言ってから、それは自分に真顔でツッコんだ。
いや、ほんとに感度10倍の最終決戦ってなんだよ。
しかし、それはすぐに気を取り直したように頭を振った。
「エルグランドの虚空神が用意してくれた、最高のごちそう。ちゃんと美味しく食べてあげないとダメだけど……さすがにね?」
鮮度がいいうちに食べたい気持ちはやまやま。
しかし、鮮度重点で
ちゃんと捌いて、調味料もつけてから美味しくいただきたいではないか。
それに、釣った魚に尾で叩かれても、痛いだけではある。
歯で噛まれたら、種類によってはケガもするかもだが……。
それでも命に関わるようなことはないだろう。
だからと言って、むざむざ反抗されるのはおもしろくない。
「ハチ毒で弱らせて、媚薬を盛ってさらに弱らせる。いやぁ、いい仕事してくれるわ、クロモリちゃん」
けらけらとそいつ……『アルメガ』の端末は笑う。
自分が超絶のサイキックによって10年前に知識を送り込んだ奉仕端末、クロモリの仕事を褒め称えながら。
クロモリ自身に金髪の女たらしへの害意などかけらもない。
どころか、自分を救ってくれた救い主とすら思っている。
10年間必死で自分の命を繋ぎ、心待ちにし続けた救い主……。
それはクロモリにもはや崇拝に近い感情すらも養わせた。
しかも超がつくほどの美少女なのだから元男として胸が高鳴ることこの上ないし。
自分がして欲しいハードなプレイに手抜かりなく応えてくれるし。
金払いも抜群にいいので、無駄な散財に薄々気付きつつも放任してくれるし。
冒険者としては超絶凄腕なので守られていると胸が高鳴るし。
雇い主としても最良の存在で、冒険者としても最高に頼れる。
全幅の信頼を置き、その活躍の一助を担うことに誇りすら抱いている。
でも、クロモリは『アルメガ』の端末だ。
生まれついてクロモリは『アルメガ』に最良の結果を取るように動いてしまう。
どれほど全力を尽くして女たらしに奉仕しても。
それ以上に『アルメガ』に対して奉仕してしまう。
利敵行為を無意識のうちにやってしまう。それが外部端末と言う生き物だ。
「一見すると有能な働き者に見える、でもその実は無能な働き者を抱えて大変ね……同情するわよ、エルグランドの冒険者ちゃん」
『アルメガ』はくすくすと嗤った。
ひとしきり嘲り笑って、満足した『アルメガ』は眼下の惑星を見下ろす。
自身の天体制圧端末が埋め込まれた惑星。
さすがにこれを再起動させてしまうのはいささかもったいない。
陸地面積の小さい惑星だったので、陸地として端末を埋め込んだ。
それら陸地……エルグランドを除いた4大大陸こそが『アルメガ』の端末だ。
その上で人類を繁殖させたので、端末を動かすと地表に大激震が走る。
どうせ人類など捕食して糧にしてしまうのだが。
死なせてしまうと、その分だけ生命力が発散してしまう。
生命力と言うのは生命活動で消費されつつ生産されるものだ。
生命活動が停止すれば、あとは発散するだけ。
なので出来る限りは生きたまま取り込みたいのが本音だ。
『アルメガ』が収奪する本題のエネルギーは魂のエネルギーだ。
それに比べれば生命力由来のエネルギーはオマケなのだが……。
なんせ10億人を超える膨大な人間が『アルメガ』の上に生きている。
これらすべてを余すことなく回収できれば、やはり大きなリソースとなる。
なので、まだ惑星に埋め込んだ端末は再起動しない。
まずはエルグランドの冒険者を捕食し、それからゆっくり再起動して捕食。
そして、総仕上げにエルグランド大陸そのものを捕食しようではないか。
「エルグランドには、あの冒険者ちゃんに匹敵する個体が何体かいる……並みの惑星の何千倍、何万倍の効率よ。7000年のロスタイムも許容範囲ね」
『アルメガ』は笑って、楽団の指揮者であるかのように手を振った。
かのエルグランドの冒険者より掻き集めたあまりにも膨大な生命エネルギー。
それを用いて創り出された、『アルメガ』の打ち上げユニット。
それこそが各地の迷宮から宇宙へと放たれた、制圧端末のパーツだ。
『アルメガ』のサイキックにより、それら制圧端末のパーツが集う。
あのエルグランドの冒険者の生命力はひたすらに膨大だ。
装備品等によって増強された分も踏まえると、常人の1億5000万倍ほどの凄まじい生命力をしている。
これをクロモリは血液の形でもらいうけ、その生命エネルギーを回収した。
彼女の血液1リットルで、並の人間1000万人分のエネルギー。
クロモリはこれを何度となく飲み干し、それ以外の体液もすべて飲み干した。
性行為で発散されるエネルギーもすべて回収した。
その果てに、並の人間にして1000億人相当の生命力を回収。
これによって『アルメガ』は天体制圧端末の複製を構築することに成功したのだ。
「まぁ、さすがにちょっと小さいけどね」
眼下の惑星に埋まる天体制圧端末はおよそ全高1万2000キロメートルほど。
一方で、複製された新しい天体制圧端末は全高にして約4000キロメートルほど。
全力で掻き集めても、3年にも満たない短時間ではこれが精一杯だった。
いや、たったの2年そこらでここまでできた時点ですさまじいのではあるが。
7年ほど前にアルトスレアで起きた星屑戦争。
あれは『アルメガ』が7000年かけてエネルギーを蓄えて成立した出来事だ。
新規の天体制圧端末の複製が最終工程に入ったからこそ、『アルメガ』は端末を再起動しようとした。
端末を再起動したら、各地の迷宮から打ち上げユニットを発射。
宇宙で新規の天体制圧端末を組み立てて起動させ、次なる惑星へと送り込む。
そして、惑星上の再起動した端末はエルグランド大陸を捕食する。
これによって惑星の制圧を終えて、旧来の端末も次の惑星へ……そう言う計画だった。
それを成すまでに7000年かかった。
全高1万キロメートル超の端末を複製するのに7000年だ。
レウナがラズル神を降臨させたせいで全部オジャンになったが。
その7000年の成果の4分の1とは言え。
3年足らずで再構築にまで至らせた。
どれだけ効率がいいか分かろうものだ。
女たらしの戦犯ぶりがヤバい。
「まぁ、ちょっと小さくても能力は十分よ。エルグランド大陸から回収できるエネルギーで規定サイズに拡張できるわ。さて、それじゃあ……いただきます」
『アルメガ』は合掌し、自分の糧となる命に感謝をささげた。
自分はもっと強くなれる。もっと大きくなれる。もっと広がっていける。
果てを知らない欲動。暴走する生命そのもの。それが『アルメガ』。
餓えた幼子のように、『アルメガ』は目の前の糧へと喰らいついた。
――――――――――――――――――
青い空に、オレンジ色の沸騰する混沌が浮いていた。
信じられないほどに巨大な、辛うじて人型をしているナニカ。
それはおぞましく蠢き、ぶくぶくと沸騰し、生命力が暴走している。
あまりにも遠過ぎるが故に、その正確な大きさを推し量ることはできない。
私は絶頂に身悶えしながら最強の敵である『アルメガ』を見据えた……。
「お母様、いけますね?」
「うん、大丈夫だよ、カル=ロス。いけ、い、イクッ!」
「……いけますね!」
「いけるよ!」
地震で発生した被害は気になるけれど。
それよりも私たちは戦わなくてはならない。
生命の尊厳において、私たちの命を好きにされてはたまらない。
私は『アルメガ』に対抗するための、ひとつの勝ち筋の準備をする。
以前、あの悪夢の世界で戦った『インメタル』で確かめた必殺の戦技。
『
「いこう、そして勝とう。それで終わったら、みんなで祝勝会しようね」
私のそんなのんきとも言える提案にみんなが笑う。
祝勝会して、それで、最高にすごくてキモチイイコトしたい。
ここにいるみんなで乱交パーティとか、どうかな!?
……口にしたら殴られそうだから言わないけど!
「カル=ロス。まっすぐ行って、勝つのでいいんだよね?」
「はい」
「大丈夫。『インメタル』と同じなら……真っ向からやって勝てるはず」
少なくとも、あの場合よりも状況はいいはずだ。
だから、いちばんいいのは私が1人で近付いて、至近距離で切り札を切ること。
あの『インメタル』よりもずっと小さいから大丈夫……だと思う。
「一筋縄ではいかない相手です。無理だと思ったら、退いてください。私たちが力になります」
カル=ロスが力強い眼で私を見ていた。
振り返れば、サシャが、レインが、フィリアが、レウナが、クロモリが。
そして、屋敷からはようやくと言った調子で他の面々たちが。
『
『ハンターズ』たちが、コリントが、ジルが。
頼れる友人たちが、駆け付けてくれている。
みんないてくれる。
それだけで私には十分だ。
「ご主人様……」
「大丈夫だよ、サシャ。私は勝つよ」
「……『アルメガ』とやらが女の人でも、ナンパしちゃダメですよ」
サシャはそんなジョークを飛ばした。
「帰ってきたら、私の秘蔵の酒を飲ませてあげるわ」
「ご相伴に与ろうかな」
レインはいつも通りの調子で。
「お姉様……御武運を。私の力が必要であれば、いつでもお呼びください。命を賭して御力になります」
「うん、よろしくね」
フィリアが力強く激励をし。
「怖いだのなんだのは言ってられん……私も力になる。この命を、ふたたび投げ出すことになっても」
「無事に勝ったら、本番させてくれるんでしょ? レウナが死なないように、私がキッチリ勝つよ」
レウナの切ない意志表明にジョークで返し。
「あなた様……申し訳ありません。御武運を」
「いいんだよ」
クロモリのせいでいろいろと不調ではあるけど。
クロモリが私を思ってしてくれたことだ。とやかくは言わない。
クロモリは切なげな顔をして、私に一歩近づいて、ぎゅっと抱き締めて来た。
「あっ、それはっ、あっ、イっ、イッ、ぐぅっ……!」
「あっ、あっ、あなた様!?」
なんかの偶然かなんかなのか。
クロモリのハグはなんか深いところに入った。
ジンジンと体の芯にまで響いて来る絶頂の熱。
くっ、最後の最後でまさかの性技にめざめたね……。
私はうれしいよ、クロモリ。でも決戦の前に目覚めないで欲しかった。
「あ、ああ、あの……」
「い、いいよ、いいよいいよ……大丈夫……」
若干ふらつきながら、私はクロモリから離れる。
そして、私は私の持つ特性を解放する。
私はハイランダーと妖精の混血だ。
妖精は昆虫の翅のような器官を持つが……。
その翅が持つ力は古き時代に喪われて久しい。
現代の妖精は辛うじて飛行能力こそ持つが。
その飛行能力は浮遊するのがせいぜい。
前に進むのですら精一杯、歩くほどの速さでしか飛べない。
古代妖精ならば、そんな無様な飛行能力ではなかったろう。
私はハイランダーと妖精のいいとこどりの混血。
だから妖精の翅すらも受け継いだけれど……。
妖精の何倍もの体躯を持つ私に、その飛行能力はあまりにも不足していた。
空に浮かぶことすらもできない、なんの意味もない翅。
服を着る時に邪魔になるだけの翅が私の背には生えていた。
「お父さん、あなたの翅が、世界を救う時が来たのかもね」
けれど、その無意味な翅に意味を与える方法がある。
エルグランドの大地に蔓延る、奇怪な風土病、覚醒病。
血脈に眠る先祖の肉体的特性が発現する不可思議な病。
私の背に生えた翅は、本当ならもっと小さかった。
指先よりも小さなそれは、空気をかき混ぜるのがせいぜい。
でも、いまは風を捉え、太古の鼓動を宿す魔力が私を軽くする。
2対4枚しかない翅は、覚醒病によって3対6枚となっている。
私の翅は、古代妖精の翅に等しい。
その翅が捉える風の魔力が、私を速くする。
私はすべての枷を引きちぎって、最大の加速をはじめる。
私の肉体が持つ最高速に達して、本気装備で『加速』の魔法をかけて。
そして、私の背の翅が、それをさらに増幅して。
私は壁にぶち当たる。
これ以上はもう飛べない。
そんな限界点に私は達する。
でも、それで十分。
あとは、『アルメガ』の至近距離で切り札を切るだけ。
私は地表を飛び立って、『アルメガ』へと向かって一直線に飛んだ。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後