エルグランドの風土病である覚醒病は、先祖の血脈が覚醒することを言う。
後天的な先祖返りを引き起こし、その身体に重大な負荷をかける。
私みたいに背中に翅が生えるくらいなら、そんなに影響はないんだけど。
私の先祖……おそらく母方の方に、有毒生物がいるらしい。
そのせいか、私は覚醒病が腕に出ると、毒腺が発生する。
そして、毒腺を制御する神経や脳はないので毒が滴り出す。
常に毒まみれの手で食事なんかまともに取ってられない。
それ以外にも、脳に覚醒病が出ると知性すら保てなくなったりするし。
覚醒病の出る内臓次第できわめて重篤な症状が出てしまうのだ。
しかし、この覚醒病、エルグランドの民以外にはそこまで重大な影響はない。
と言うのも、この病は先祖の形質が覚醒するものだからだ。
別大陸の人間はエルグランドと違って無茶な混血ができない。
せいぜいハーフエルフの耳がエルフのように伸びたり。
ハーフオークがオークそのものになったり、ハーフエンジェルがエンジェルになったり。
まぁ、人種問題的にものすごく致命的なアイデンティティ崩壊の危機ではあるんだけど。
その形質によって、直接的に生命を脅かすような重大な影響はなく。
同時に、エルグランドの民よろしく有益な形質覚醒を利用するということもできない。
エルグランドの民であるカル=ロスはともかくとして。
他の『アルバトロス』チームの面々は大半が地球出身。
大した混血ができない次元ではほぼ無意味な病のはずだった。
「ウオオオ! すごい力がみなぎってくる!」
叫ぶカル=ロスそのものに、目立った変化は見受けられない。
だが、カル=ロス自身ではなく……その頭上に変化はあった。
『アルバトロス』チーム全員の頭上に、白く輝く円環が現れたのだ。
「カル=ロスって……先祖がエンジェルだったの? いや、でも全員ある……?」
カル=ロスに現れることに関して疑問はない。
エルグランドの民なら先祖にエンジェルだのデビルだのがいても不思議じゃない。
だが、『アルバトロス』チーム全員に現れるのはいったい……?
「説明しましょう! あちらの世界の特異性について!」
「あちらの世界って、地球のことだよね?」
「そうです。さて、エルグランドの物理法則って安定してないですよね」
「うん」
「あの地球もなんですよ」
「それは聚楽に聞いた」
「はい。だから、進化論なんて真面目に信じるだけ無駄なんです」
「進化論……?」
「そう、われわれ人類はサルやネズミから進化したわけでもなければ、魚から進化したわけでもない! 人類とは、天使が零落したものだったんですよ!」
ズガーン! と効果音が付きそうな勢いで叫ぶカル=ロス。
それを聞いて、力強くリアクションを発する周囲の面々。
「な、なんだってー!」
「知らなかった、そんなの……」
「人類は天使から生まれた……!?」
「翼の折れた天使だというのですか!」
「傷だらけの天使が人間に!?」
……リアクションを発してるのが『アルバトロス』チームなんだけど。
これはどこまで真剣に聞いていいお話なのかな?
「まぁ、厳密に天使と言うべき存在なのかは不明ですが、少なくとも正常な生物として進化してきた生き物ではないのです」
「そのあたりはよくわからないけど……それがなにか関係あるの?」
「これで私たちも生身で飛べます」
言って、カル=ロスの背……と言うよりか、腰に翼が現れる。
普通のエンジェルと違い、翼が黒い。堕落した天使が祖なんだろうか。
と言うかカル=ロスはエルグランドの民なんじゃ……?
それに晶は『グレイスメイデン』なる集団のクローンって話だったはず……?
「詳しい話はまた後ほど。行きましょう」
「うん……そうだね。いろいろと聞きたいこと、後で聞かせてね」
「ええ」
カル=ロスが頷いて、私もまた頷く。
詳しい話はまたあとでいい。
振り返れば、仲間たちは『空白の心』をかけ終えていた。
「以前の『インメタル』よろしく、一気に行きますよ。『グレーター・テレポーテーション/上級転移』」
ジルの転移魔法によって、全員が『アルメガ』の至近まで転送される。
そして、なにかに激突したような衝撃。
弾き飛ばされたように現実世界へと私たちは出現した。
全身に叩きつけられた衝撃の違和感はすさまじいものがある。
べつに痛くはなかったが、得も言われぬ違和感……。
これは『インメタル』との戦いの時にもあったものだ。
「なるほど、本物の『アルメガ』は異空潜航システムが採用されてるのね」
「空間軸に対し、“斜め”に質量を設置するという意味不明な技術ですね。実効質量、体積が消滅するが、重力作用は消滅しないという……」
「どうにせよ、走るしかないわ」
コリントのつぶやきに晶が補足をする。
内容の意味はわからないが、走るしかないことは分かった。
オレンジ色の地平はほどほどの柔らかさがある。
まるでふかふかとした草原のような、よく手入れされた芝生のような。
これが星を喰らう化け物でなければ、ピクニックでもしたくなるような心地よい地面だった。
「あまり時間はありません。行きましょう!」
「惑星上の『アルメガ』が再起動すれば、全人類が捕食されて終わります」
「それまでに『アルメガ』をブチ殺せということです!」
「行くぞ!」
気合十分の『アルバトロス』チーム。
他のメンバーたちも意気軒昂だ。
そして、私たちの眼前の大地が、ぼこぼこと盛り上がり出した。
沸騰する混沌の大地は生命の基礎でもある。
そこから生命が産まれ、死に、また生まれる。
そうして繰り返される生命の輪廻から零れ落ちるもの。
それはひたすらに強靱で、ひたすらに強大な。
ただ生命としてどこまでも頑健で強力な生物。
無尽蔵とすら思える膨大な生命力を発する怪物。
黒く鋭利な鱗に全身が覆われたワイバーン。
ひどく刺々しく、凄まじい力を発散させるそれ。
強大な飛竜の一種、鋭蝕竜アヌエルタ・スヴィエ。
それは、ボルボレスアスの飛竜そのものだった。
「カル=ロス! ドラグーンを!」
「よし来た!」
先行して突出するのは睦美。
それに追随するようにカル=ロスが飛び上がる。
2人ともに走り、飛翔し、速度を乗せて。
カル=ロスが呪文回路を形成、『四次元ポケット』を発動させた。
そして、その内部から飛び出して来たのは、巨躯の人型。
カル=ロスの飛翔速度を上乗せされたそれ。
それは自ら動き出して地面へと着地すると、勢いそのままに走り出す。
そして、道中を走る睦美をその手に掴んだかと思うと、その胴体が展開。
内部へと睦美が放り込まれ、鋼の巨人の動きが変わった。
『ライデン、おまえに
それはひどく滑らかな動きで、その背に負っていた剣を抜き放つ。
アヌエルタ・スヴィエが咆哮。音圧のソニックブレスが放たれる。
それを真っ向から受け止め、鋼の巨人ライデンが走る。
手にした剣が閃く。
一息に6連撃。
アヌエルタの黒い鱗が弾け飛び、赤い血潮が吹き散る。
きわめて強大なはずの飛竜が一瞬にして死に至らしめられていた。
「すっげ……アヌエルタってそんな弱い飛竜じゃねえのに……」
唖然とした声でモモロウが溢す。
私も同感だ。アヌエルタ・スヴィエってかなり強い飛竜なんだけど。
間違っても、ただのアイアンゴーレムなんかでは倒せない。
つまり、睦美の操るライデンはただのアイアンゴーレムを遥かに超越した強さと言うこと。
でも、以前にソーラスで戦った時はそこまでの強さじゃなかったはず。
なまくらも達人が使えば名剣に勝ると、そう言うことだろうか?
「まだ来ます! 油断しないで!」
カル=ロスの警告。
その警告の通り、周辺の大地が次々と粟立つ。
そして、無数の生命が、そこから溢れ出し始めた。
それはまさに生命の楽園のような光景だった。
大地から生命が芽吹き、それは果て無く連鎖していく。
生命が萌え、その命が連鎖するのは、美しいはずのそれで。
けれど、それは言葉に言い表せない醜悪さに満ちていた。
溢れかえる生命に意思と言えるものはなく。
そのすべてが『アルメガ』の
ボルボレスアスの飛竜はひどく美しい生命だ。
どこまでも荒々しい原初の生命の輝きがそこにある。
だが、私たちの前に立ちはだかる飛竜に生命の輝きはなく。
まるで粘土細工で作られたブサイクな複製品のようで。
「しゃあっ! 飛竜撲殺拳!」
「うらあっ! 飛竜惨殺剣!」
「てああっ! 飛竜射殺弓!」
「ネーミングセンスワンパターン砲!」
ボルボレスアスの狩人組が力強く飛竜を惨殺し始めた。
ハウロの拳がスヴィエ種の頭部を爆砕し。
モモロウの剣が四足剛獣種の首を刎ね飛ばし。
キヨの放つ矢が小型飛竜を次々と射貫き。
メアリが雑に銃を乱射して敵をどかす。
「は~い、邪魔ですよ~!」
カイラがその手に繋がれた糸を手繰る。
それによって伝達された動作が、その背に浮かぶ鎧武者を駆動させる。
超巨大サイズの刀剣が力強く振るわれた。
飛竜を真っ向から一刀両断。
それに飽き足らず、まとめて3体の飛竜が薙ぎ倒された。
そのあまりにも豪快な一撃はおぞましい威力に満ちていた。
そして、鎧武者の各所に搭載された砲が火を噴く。
「うふふ、あはは! 私の
ちょっとカイラが怖い。
いや、いつも怖いけど。
「うふふふふ! あはははははは! あっはっはっはっは!」
でも、今日は余計に怖い気がするよぉ……。
私が身震いする中、次々と湧き出す飛竜は止まらない。
いや、それどころか、飛竜以外の生命も現れだしている。
「ぐっ!」
「くっ、そっ……がぁっ!」
搾り出すような雄叫びと同時、ハウロの蹴りが飛ぶ。
それは彼女の前に現れたもの……か弱い女性の頭部を吹き飛ばした。
豊満な肢体、そして幼げな相貌を盛った、全裸の女性だ。
戦闘中でもなければ、喜んで保護していたところだろう。
だが、今ここにいる以上、それは敵であるのは間違いない。
だから、ハウロのその行動には間違いはないのだけれど。
ハウロの内面にある問題が、それによって顕在化していた。
ボルボレスアスの狩人たちに施された催眠暗示。
それによって、狩人は無辜の民に危害を加えることができない。
強靱な精神力でそれを捻じ伏せることも可能ではあるが……。
どうしても、その心理に課せられた枷は外れない。
いま、ハウロの内面では絶望的な記憶が吹き荒れているのだろう。
彼女がかつて喪ってしまった、最愛の人の記憶が……。
「ちきしょうがぁぁああああっ!」
それを振り払うようにハウロは叫び。
その背に負った武器、オーラバッシャーを力強く振るう。
彼女へと群がり出していた人間型の生命が一息に薙ぎ払われる。
ハウロの顔色がさっと蒼褪める。
吐き気を無理やり噛み殺し、さらに武器を振るう。
こちらへの心理攻撃をしてくるとは。
『アルメガ』の悪辣さは想像を絶する。
私は内心で激しく舌打ちをする。これはまずい。
「あっ、おかあさ、あ゛っ゛」
「お、お母様、なんで……」
「サシャ! レイン!」
サシャとレインの前にも、その人型は現れだしていて。
それは彼女たちの母親、ブレウとポーリンに酷似した女性型で。
ひどく脆弱なはずのそれが、いともたやすく2人へと刃を突き込んでいた。
肉親を容赦なく殺せるような人間はそういない。
いるとすれば、その肉親によほどの恨みがあるか。
あるいは、その心にきわめて重大な欠落があるか。
サシャは人格と自我の構造に重大な問題があるが。
それでも、肉親への情があり、思いやりがある。
私に容赦なく鞭打ちをしても、ブレウには平手すらできないだろう。
そしてレインはなおさらにそうだ。
あの屋敷の中で絶対の味方だった母親。
それを傷付けることなど出来ないのだろう。
たとえそれが、偽物だと理性で分かっていても。
「私のあなたはこんなものじゃない! こんなものじゃない! もっと強くて! もっと可愛くて! もっと距離がある! 私のあなたはこんなんじゃない! 偽物! 偽物! 偽物ォォオ!」
カイラが私にそっくりの人型を容赦なく捻り殺している。
怖い。いや、めちゃくちゃに怖い。
私の偽物だから容赦なく殺してるのは分かる。
うん……理屈では、わかるよ?
でもさ、私そっくりのものが殺されてるって……。
見ていて気分いいわけないじゃん……。
鏡に映るものと同じものが容赦なく破壊されてるんだよ……?
まるで、鏡に映る自分に向けて問いを投げるような。
そんな気色の悪い感触が私の中で渦巻く。
『アルメガ』の悪辣さが、私たちの心理に大きなダメージを与えていた……。
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