あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 その黒い風は静かに大地を舐め、それは瞬く間に死の灰へと変じた。

 燃え尽き去った果ての果て、変化を拒絶する終わりの灰。

 それは静かで美しい。だがそれゆえにおぞましい。

 声なき死の風は、眼前のことごとくを凪いだ灰へと終わらせてゆく。

 

「うおおおおお! アストゥムママ鬼つええ! でも見たら死ぬ系の怪異なんですよねこの人ぉ!」

 

「見たら死ぬ系の怪異でありつつ、見られたら死ぬ系の怪異でもありますよ!」

 

「ヤバ過ぎて草も生えない!」

 

「あひー! あひー! 肝が冷えるー! あひー!」

 

 『アルバトロス』チームが叫ぶ通り、その死の旋風はすさまじい。

 ただそこにあるだけですべてを滅ぼし、死へと誘っていく。

 道理も理屈もすべて無視した、死と言う結果の強制適用。

 

 まさに上位神格ならではの理不尽と言うほかない。

 そして、無力な私たち人間は、その暴虐が通り過ぎるのを待つしかない。

 ラズル神が巨人だとすれば、私は蟻のフン以下だろう。

 人間と神格の差とはそう言うものなのだ。

 

「うっ、わっ、わわわぁっ!」

 

「地震だぁぁぁぁぁ!」

 

「これ、この状況で地震って言うの!?」

 

 後ろから聞こえるEBTGメンバーたちの叫び声。

 『アルメガ』が体表でもたらされる破壊に身悶えしているのだ。

 壮絶な激震の奔る中、私たちは地面にしがみ付いてその動きに耐える。

 

 だが、その程度で耐えられれば苦労はなく。

 私たちの身体は、宇宙空間へと放り出された。

 

 

「…………ぅぅわぁぁあああああああ…………」

 

 遠ざかっていく声。

 私たちが恐るべき速さで吹き飛んで行く。

 私は翅を広げ、飛翔能力で体をなんとか制御する。

 だが、減速し切れない。飛翔能力目いっぱいで減速してるんだけど、そもそもの速度が高過ぎるのだ。

 

 明らかに普通ではない速度で私たちは吹き飛んでいる。

 『アルバトロス』チームが機敏に展開。

 その腰に生えた翼を用いた飛翔能力で、周囲の仲間たちを抱きとめる。

 

 『アルメガ』を見やれば、その体表にいまだラズル神が留まっているのが見えた。

 超遠距離から見てるのに生命力がガリガリ削れてるのが分かる。

 ラズル神の振るう力で、『アルメガ』が削れていく。

 

 人間で言えば、心臓がある部位に当たる部分が砂へと変じていく。

 だが、この調子で倒せるのならば、以前の星屑戦争の段階で倒せているだろう。

 

「カル=ロス、ここまでなの?」

 

「いいえ、ここからです」

 

 私の疑問に、カル=ロスは力強く頷き返す。

 この展開までカル=ロスたちは想定済みだったらしい。

 ならば、次の一手とはいったい?

 

「サシャさん! ブチ()めてください!」

 

 カル=ロスの促しに、サシャが明らかに怯む。

 その手に装着された指輪……シェバオ神より授かったというイモータルレリック。

 その名を『天球の指輪』と言う。

 

「本当に、本当にやってしまうんですか? こんなの使ったら、人類が滅んでしまいますよ!」

 

「使わなかったら確定で滅びます」

 

「私に全人類を殺せって言うんですか!?」

 

 サシャの悲痛な叫び。

 それに対し、カル=ロスは首を振った。

 

「はい。そうです。全人類殺してください。早く」

 

「もうちょっとこう、促し方がありませんか!?」

 

 サシャの思わずと言った調子のツッコミ。

 私も思った。もうちょっと諭すとか、促すとかさ……。

 

「ですが、私に言えることはそれしかありません。サシャさん、その指輪を託されたのはあなたなのです」

 

「けど、だけど!」

 

「神に選ばれたというのはそう言うことなのです。英雄になるとはそう言うことです」

 

「英雄になる……?」

 

「英雄とは、救えない者なのです。多大な犠牲をもたらした者を打ち倒すのが英雄。英雄には犠牲者が必要なのです」

 

「私はシェバオ様に、英雄になるように選ばれたと?」

 

「そうです。そして、お母様は神々に選ばれました。世界を救う英雄たれと」

 

 そう言われてみると、そうなのだろうなと私は思う。

 私は英雄になるべく神々に選ばれ、あの大陸へと運ばれた。

 この一連の冒険のはじまりはとても奇妙なもので。

 それはあきらかな神格の介入を感じさせるものだった。

 

 私はこの世界を救うための英雄に選ばれ。

 それはとりもなおさず、この世界を滅ぼす巨悪の撃滅を意味する。

 その世界を滅ぼす巨悪が、世界を滅ぼさないわけもない。

 いまこの瞬間にも、『アルメガ』は世界を滅ぼさんと蠢動している。

 

 いや……滅ぼそうなどと思ってもいはしないのだろう。

 『アルメガ』はただ、純粋な生存への欲動で動いているだけだ。

 より強く、より広く、より大きく。生命の基本原則のままに動いている。

 そのために他者を喰らい、自分の糧にしようと動いているだけだ。

 

 私たち人間となんら変わりない。

 そう言う意味では、『アルメガ』の行いを批難する権利など誰にもないのだろう。

 でも、人間も普通にブタとかウシとか屠畜しようとして逆襲されてるわけで。

 逆襲してケガするだけならまだしも、そのまま死んでるやつもそこそこいる。

 ならば、私たちが『アルメガ』をブチ殺し返してもおかしくないってことだ。

 私はそう言う理屈で、『アルメガ』が気に入らなくて戦おうとしている。

 

 なんせ『アルメガ』のカスが生きてるとナンパも自由にできない。

 私は全世界の女の子を自分のものにしたい。

 ただ、全世界の女の子とセックスしたいだけなのだ。

 そんなささやかな願いを阻むようなやつは殺されても文句は言えないだろう。

 

「サシャさん。世界を救ってください。そのために、世界を滅ぼすことになってもです」

 

「なぜこんなむごい選択を私は迫られているんですか……なぜ……」

 

「出来ないというならば、私がやります。私にだってレリックの起動くらいはできるでしょう」

 

 カル=ロスが決意を宿した眼で言う。

 その瞳に怯むサシャ。

 

「いえ、カル=ロスだけにいいカッコはさせませんよ。私がやります」

 

「世界がダメになるかならないかなんだ。やってみる価値ありますよ」

 

「私こそが世界を救う英雄に相応しいと思いませんか!」

 

「それさえありゃあ、『アルメガ』なんて火に焼いて食べちゃいますよ!」

 

 そして、続々と挙げられる手。

 『アルバトロス』チームが世界を救わんと自らの未来を省みずに戦おうとしている。

 神より授けられたイモータル・レリックを勝手に使ったらどうなることか。

 

 結果的に『アルメガ』を撃滅することに使えば文句はないのかもしれない。

 だが、そう言う根本の理由を無視して、サシャが使わなかったというだけで神罰を下す可能性もある。

 下級神格くらいなら普通に倒せるし、神罰も跳ね返せるけども。

 多くの神々の合同でもたらされたイモータル・レリックだというし……。

 

「おいおい、おまえらばっかり目立とうとしても、そうはいかねぇぜ。俺がやる」

 

「モモ、カッコつけすぎです。私がやりますよ、お嬢様との未来のために」

 

「いや、拙者に任せておけでござる! 見事にぶっ殺してやるでござるよ!」

 

「ううん、僕だってやるよ! 世界を救う戦いなんだ! 四の五の言ってられないよ!」

 

 そして、『ハンターズ』もまたそのような宣言をする。

 

「わ、私だって! 状況はハッキリ言って、よくわかんないけど! なにと戦ってるのかもぜんぜんわかんないけど! でも、世界を救うためなんでしょ!?」

 

「ああ、そのためにちょっとばっかり汚名を負う程度……怖いなどとは思わないさ」

 

「うへ~……みんなカッコつけすぎ~。私みたいにへらへらしたやつがやるくらいがちょうどいいよ~」

 

「あら~。みんなハリキリガールですね~。私がやりましょうか~?」

 

 『世界樹の王(エトラガーモ・タルリス・マギ)』の面々たちもそのように立候補する。

 さらに続くのは、コリントを筆頭とした超級冒険者たち。

 

「そうね……私も十分長く生きたわ。ここで人生を幕引きすることになっても、諦めはつく……私がやりましょう」

 

「イモータル・レリック興味あります。使ってみたいです。自分まだ英雄やれます。やらせてください」

 

「おうおう、みんな意気軒高でええのう。なに、こういうのは年寄りに任せておけ。儂のような年寄りが先に逝くのが道理じゃろて」

 

「なーに言ってんだい姉者! こーゆーときは、妹が露払いすんのが姉妹ってもんだろ!」

 

 コリントが、ジルが、エルマが、セリアンが。

 みんなが自らの未来を省みずに、そう叫ぶ。

 だれもがみな、世界の未来を願っていた。

 

「サシャ、あなたができないなら私がやるわ。まぁ、イモータル・レリックに興味があるのは本音だし、ね」

 

「神よりの召命に応えるのは信仰の戦士として当然ですが……サシャちゃんはそうじゃありませんもんね。私に任せてくれてもいいですよ」

 

「しょうのないやつだ。どうせ私は既に死んだ身のようなもの。私がやってもいいぞ」

 

 そして、EBTGのメンバーたちがそのように申し出。

 自分以外のすべての人間の決意を見て、サシャは一度目を閉じた。

 

「みなさん……いえ……」

 

 そんな人々の意志の力を受けて。

 サシャはその眼に決然たる意志を宿す。

 

「私が、私がやります。世界を救うために……!」

 

 強い意志を宿した瞳でサシャは宣言し。

 カル=ロスがその言葉に頷く。

 

「いい覚悟です。サシャさん、お願いします」

 

「ええ。見ていてください、ご主人様! 全世界の人間を殺してでも! 私は全世界の人間の敵を殺します!」

 

「私も同罪だよ。いっしょに背負おうね」

 

 私の言葉にサシャは淡く微笑んで。

 指輪を手に取って、それを用いた。

 

「『天球の指輪』よ。天球の運行を砕き、いまその蒼く輝ける星を走らせなさい!」

 

 サシャが叫び、それに呼応するように『天球の指輪』は震え。

 その一瞬後に、『天球の指輪』は粉々に砕け散った。

 それがいったいどんな効果をもたらすのか私にはわからない。

 これが正しい結果なのか、それすらもわからない。

 サシャが動揺していない以上、それは正しいのだろうが。

 

「ご主人様、後ろ。見てみるといいですよ」

 

「え? 後ろ?」

 

 サシャに促されて、私は後ろを見やる。

 そこには蒼く輝く星、私たち命の故郷があった。

 この名もなき私たち人間の故郷(ふるさと)

 それを守るために私たちはいま戦っていて。

 

「ん……? なんか、大きくなって……る?」

 

「まさか! 星が大きくなったり小さくなったりしませんよ!」

 

「あ、じゃあ、近付いてる……わけでもない?」

 

 後ろを振り返れば、『アルメガ』の姿があって。

 いまだ体表で猛威を振るうラズル神に悪戦苦闘していて。

 

 そしてもう1度振り返ってみると。

 そこにはまた大きくなったように見える星がある。

 

「え? え?」

 

「いやぁ、すごいですよね、神様って」

 

「ど、どういうこと?」

 

「まさか、私たち人類の故郷である星を動かして」

 

「まさか」

 

「そのまま『アルメガ』にぶつけようなんて考えるなんて」

 

 そんなサシャの呆れかえったような言葉。

 それを聞く最中にも惑星はどんどん大きくなって。

 『アルメガ』へと猛烈な速度で迫っていく。

 

 私たちの横を抜けて、星が飛んでいく。

 月が吸い寄せられて、その地表に激突するのが見えた。

 そして、月の真横にて暴れていた『アルメガ』が星に気付き。

 

 その沸騰する混沌が手を伸ばそうとして。

 さきほど、もえぎと切華に切り飛ばされた腕はまだ生えていなくて。

 『アルメガ』に私たちすべての命の故郷(ふるさと)が激突した。

 

 

 

 

 『天球の指輪』の効能はごくシンプルなものだ。

 全世界の神々がその力を一時(いちどき)に集結させ、シンプルに行使させる。

 厳密に言えば、それは力の集結点である焦点具に過ぎないものであり。

 効果らしい効果と言えるようなものは存在していなかった。

 

 『アルメガ』によって皆殺しにできる人類に由来しない存在で。

 それでいて惑星サイズの存在である『アルメガ』に痛打を与えられ。

 なおかつ神々によって動かすことの叶うような存在であること。

 

 そんな都合のいいものがどこにあるだろうか。

 神々は空を眺めて考え、月をぶつけてはどうかと思った。

 だが、月では小さすぎるし。月を操れる神はそう多くはない。

 

 そして、気付いたのだ。

 

 自分たちの足元にある、このあまりにも巨大な大地。

 神々の多くは、その大地を大なり小なり操ることができる。

 

 エルグランドの神々など、より顕著に操ることができる。

 超人級冒険者どもが年1くらいで大陸を消し飛ばすレベルの惨事を起こすので、その再生のために必死こくことが多いからだ。

 

 だから、神々は決めた。

 最後の乾坤一擲の策を。

 母なる星を、そのまま攻撃に用いることを。

 この1番近くて、1番重くて、1番強いやつを使う。

 

 この人類の故郷を最強の弾丸としてぶつける。

 

 『アルメガ』が気付いて地球上の全人類を皆殺しにしても関係ない。

 その時にはもう、神々が星を動かしている。

 1度動かした星を止めるには、逆方向に力を加えるしかない。

 

 そして、いかに『アルメガ』が強大であろうと。

 自分と同じ大きさで、自分よりも重い星をはねのけることはできない。

 

 『アルメガ』の生命の根幹を揺るがすほどの痛打。

 この星の神々の捨て身の一撃は成就した。

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