あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 私たちの立つ、オレンジ色の沸騰した混沌。

 その体表にぽっかりと開いた大穴。

 それは克己たちが最後に切り開いてくれた活路であり。

 私たちにとっての道しるべだった。

 

 どこかで『グレイスメイデン』か『トラッパーズ』が戦っているのだろう。

 空間を超えて伝わってくる、魔力やサイキックの波動、あるいは震動。

 それらを感じながら、私たちはその大穴へと飛び込んでいく。

 

 ぽっかりと開いた真っ暗い穴。

 そこへと飛び込んだ私たちは異様な感触に体を呑み込まれていった。

 

 

 

 一瞬か、あるいは数秒程度か。

 いずれにせよ、そう長くはない時間を経て、私たちはそこへと降り立った。

 それはひどく無味乾燥な、真っ白いだけの、だだっ広い空間だった。

 

 果てが見えるような、見えないような。不思議な感触だ。

 薄曇りの中で歩いているような、そんな不確かな気持ちにさせられる。

 足元の地面ですらもがいまいち不確かで、ひどく落ち着かない。

 地面があるのは確かでも硬いのか柔らかいのかすらわからない。

 

 そんな異様な空間に私たちは立ち、周囲を見渡す。

 不思議とぼやけて見えるような異様な空間なのに、仲間の姿はたしかだった。

 ぼんやりとした世界の中でハッキリとした像を結ぶ仲間たち。

 その光景はどこか心が勇気づけられるような感覚を覚えさせた。

 

「これは……?」

 

「体内部分の空間を引き延ばして、内部に迎撃ポイントを設けましたか。空間拡張でない、隔離空間の精製。なるほど、『アルメガ』もサイキックのキャパシティに余裕がないようで」

 

 晶がうっそりと笑って、『アルメガ』の行動をそう評した。

 サイキックについては晶こそが専門家だ。彼女がそう言うなら信憑性は高い。

 

「さっき睦美が囚われて動けなくなった空間拡張って言うのは、これよりも難易度が高いの?」

 

「ええ。アレの難易度を100とするなら、こっちの難易度は高く見ても20とかそのくらいでしょうか。効果はあちらの方が遥かに上ですが、こちらの方が形成難易度は低い……」

 

「効果が高いと分かっていても使えない……それほどに追い詰められていると考えていいのかな?」

 

「ええ、ほぼ間違いなく」

 

「なるほど、なら、朗報なわけだ。先に進もう!」

 

 相手に余裕がないということはこっちの攻めが通じていると言うこと。

 数十億の命を犠牲に、惑星までぶつけたんだ。

 それくらいの成果は出てなくちゃ困るとも言える。

 そうでなきゃ報われないどころの話じゃないだろう。

 

 先に進もうとして、私はふと違和感を感じた。

 なにひとつとしてたしかに見えるものがないように見える空間の中。

 そこに、静かに滲み出すようにして何かが浮かび上がった。

 

 それは見る間にたしかな像を結ぶように形を持つ。

 純白の甲殻を持った、凄まじい巨大さのワイバーン。

 それは鮮紅の雷を身に纏い、その力を誇示していた。

 

 いや、それは、特徴として言うのならばボルボレスアスの飛竜なのだろう。

 きわめて頑健で屈強な骨格に、壮絶なまでの筋肉を乗せた体躯。

 ただ圧倒的なフィジカルがあり、そこに魔法を上乗せしたかのような。

 

 別大陸のドラゴンたちとは何かが違うと自然とわかるのだ。

 そしてそれは、その飛竜を主たる敵として見据えて来た狩人にはより顕著に分かる。

 私に同行していた『ハンターズ』の面々が、目を細めてその飛竜を見据える。

 

「ンだよこの飛竜は。まさか、こいつが真龍ル・ロとか言わねぇだろうな」

 

「ル・ロはもっと弱ェよ。これの100分の1くらい」

 

「マジかよ、すべての飛竜の祖の癖に雑魚かよ竹生えるわ」

 

「弱いわけじゃねえけど、あれが飛び切りのバケモンだってだけだろうよ」

 

 モモロウが軽口を叩いて、ハウロが訂正する。

 2人の顔には静かな緊張の色があって、共に落ち着きなく手をさまよわせている。

 『ハンターズ』のメンバーが静かな緊張を宿し。

 その顔に決意の色を宿して、武器を抜く。

 

「これ、もしかしてアレでござる? 定番のアレでござる? アレにござるかー?」

 

「言ってみたい言葉としてはトップクラスのアレが言えるタイミングじゃないか」

 

「でもそれって半分くらい死亡フラグなんじゃあ……」

 

「やかましいわ、もっと緊張感を持て」

 

 そんな軽口を交わし合う『ハンターズ』。

 一党のリーダーたるアトリが決然たる意志を宿した瞳で私を見つめる。

 

 私と彼女の紅い瞳が交錯する。

 思い返してみれば、彼女たちとの付き合いはなかなか長い。

 『ハンターズ』の中でいちばん付き合いが長くて仲がいいのはモモロウだけど。

 いちばん最初に、『そう言う意味』で仲良くなったのはアトリだったな。

 

 『ハンターズ』は冒険者チームとしてはこの上なく不思議な集団だった。

 まぁ、それは当然と言えば当然の話とも言える。

 なんせ、『ハンターズ』は本来は冒険者チームではないのだから。

 

 『ハンターズ』はその名が示す通り、本来は狩人のチーム。

 冒険者とは成り立ちも責務もあり方も異なる人類の守護者。

 対人戦闘を完全に度外視した彼らは大型モンスター専門の戦士たちだ。

 

 そんな彼らが冒険者として身を立て、成長していく姿。

 すでに戦士として完成していた彼らが冒険者としても完成していく。

 その姿を見ているのは楽しかったし、あまりにも才能がゴミな魔法に四苦八苦する姿は面白かった。

 そしていま、この最後の戦いにまで共に参陣している。

 

 私の持つ薬が欲しくて身を売っていた。

 つまりはまぁ、私娼行為をやっていたわけだけど。

 それが巡り巡って、世界の命運を懸けた戦いまで共にするなんて。

 未来ってわからないものだな。

 

 そんな気持ちを抱いた私。

 アトリはどんな気持ちだったのか。

 私の顔を見て、フッと笑う。

 

「こんな足止めを用意するということは、来て欲しくないということだ。なら、すべきことはわかるな?」

 

「全力で突っ込んでいけばいい、だね。敵の嫌がることは全力でやっていかないと」

 

 私とアトリは意見の一致を見て、笑い合う。

 そして、おたがいに頷くと、アトリが顎をしゃくって先を示した。

 

「ここは私たちに任せて、おまえは先にいけ」

 

「アトリ、任せるね」

 

「ああ。私たちは私たちでうまくやるさ。だからおまえは、『アルメガ』とやらをひと狩りいってこい」

 

 アトリの背後で『ハンターズ』とハウロがなぜか爆笑している。

 いや、トモは困惑気味に他の面々を見ている。

 意味が分からないままに、私は『ハンターズ』に後を任せる。

 

 『アルバトロス』チームの先導を受け、私は先へと進む。

 叶うことなら、『ハンターズ』のみんなとはまた再開したい。

 

 モモロウとトモの恋模様がどうなるかも知りたいし。

 エルグランドに来て冒険者を続けたいというメアリのことはちゃんと面倒を見てあげたい。

 そして、ボルボレスアスで狩人に復帰するというキヨたち。

 いまも現在進行形で狩人をやっているハウロ。

 

 彼女たちには未来があって。

 私は共に彼女らと歩んでいきたい。

 願わくば、彼女たちとの再会を。

 

 私はそんな願いを胸に抱いて進む。

 また会える。きっと大丈夫。

 それは祈りにも似たような気持ちだった。

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■――――!」

 

 大地を揺るがす壮絶な咆哮が響き渡る。

 それは生半な人間であれば、咆哮だけでその肉体から魂を引き剥がされるだろう。

 だが、その咆哮を受けた者たちは尋常の人間ではなかった。

 その顔に不敵な笑みを浮かべ、自らの命を預ける武具に手を這わせる。

 ボルボレスアスの超人たる者たち、狩人である。

 

「狩人ってーのは、人間の共同体を守る職業であって、世界の未来を懸けた戦いに挑む職業じゃねーんだけどな」

 

「はぁ~ん? なぁーに言ってござるか~? 地球は人間の共同体でござろうが」

 

「適用範囲が広過ぎて竹生える。その論法無敵じゃないか」

 

「ところでさ、僕たちって狩人なのに、世界の命運を懸けた戦いに参陣し過ぎじゃない……?」

 

「それはほんとにそう」

 

 トモの感想にモモが深く頷く。

 戦う相手がどちらも『アルメガ』だが、なんで世界規模の戦いを2度もやらなくてはいけないのか。

 

「しかも、前の世界の命運を懸けた戦いから10年も経ってないよね」

 

「あん? ああ、まぁ、そうだな?」

 

「じゃあ、3度目がまた10年以内に……」

 

「うあああ! 考えたくねぇ~! でも2度あることって3度あるからなァ~! そして俺の余命は軽く500年はあるんだよな~!」

 

 頭を掻きむしって叫ぶモモ。それに苦笑するトモ。

 彼方で咆哮を上げる飛竜のことは半ば無視してる有様だった。

 

「でも、いま戦わねえ理由にはならねえかんな。やるしかねぇか」

 

「うん、やろう」

 

「生き残って、あの金髪の女たらしとイイコトしようぜぇ!」

 

 モモがそんなことを叫んで、他の面々も叫んで武器を掲げる。

 

「へっへっへっへでござる! 知ってるでござるかみんな!」

 

「なんだよなんだよ! おせーておせーて! もったいぶるなよ! 殺すぞ!」

 

「最後なんでキレたでござる? 主殿は肉体年齢15歳くらいでござろう~?」

 

「らしいな! 待てよ、15歳……? つまり、中学生か高校生の娼婦とイイコトしてたってコト……!?」

 

「メチャクチャ滾る情報でござるなぁ!? でも、もっと滾る情報もあるんでござるよ!」

 

「くわしくくわしく!」

 

「主殿はぁ……肉体年齢20歳になると、バストサイズがメートル超えるらしいでござるよぉ~!!!」

 

「でぇっっっけ!」

 

「メートル超え! いいですね、メートル超え! やっぱ、おっきいことっていいことなので……!」

 

「生き残って、次はメガサイズ主殿とイイコトするでござるよ~!」

 

 みんなが笑い合って、武器を掲げ、それを構えて。

 再度響き渡る咆哮の風圧が、彼らを舐めた。

 

「今までいろいろバカやって来たけどよ! やっぱ死にたくねぇよな!」

 

「まだまだやりてーことがいっぱいあるでござるよ!」

 

「行ってみたいこと、食ってみたいもの、飲んでみたいもの、山ほどあるな!」

 

「お嬢様とも死ぬほどエッチしたい! お嬢様とイチャイチャしたーい!」

 

「なら、勝って、生き残って! そこからさきをやろう!」

 

「まだ、生きるのに疲れるには気が急いてるかもしんねーな!」

 

 『ハンターズ』はそう叫んで、笑い合う。

 さっき、あの女たらしは言っていた。

 

 この世界が好きだ。滅んで欲しくないと。

 

 いまこの時だから、『ハンターズ』のメンバーも同意できる。

 この荒々しく残酷で、救いのないろくでもない世界が大嫌いだ。

 でも、美しくて生命力に満ちた、すばらしき世界だ。

 

 何度も未来に悲嘆し、その生を自ら諦めもした。

 何度も忘れ去られる苦痛に耐えられず、酒に溺れたこともあった。

 すべてから逃避して漁色(ぎょしょく)に耽溺したり、自暴自棄になって犯罪行為に走ったり。

 

 そんなろくでもない、だが、すばらしき人生。

 その軌跡を思えば、この世界には戦う価値があると思えてしまう。

 

 飛竜へと向かって、走り出す。

 今までに見たことのないほどに強大な飛竜だ。

 特級狩人の名に相応しいだけの実力があっても。

 それをも超越する、人類最強の狩人たるハウロでも。

 勝利どころか生還すらおぼつかないだろうほど。

 それでも、戦うのだろう。

 

「さんざっぱら回り道やらされたよな! てめーらの顔見てると思い出してむかつくぜ!」

 

「はーん!? 拙者に言わせりゃ、てめーの顔見るとまだ終わってねーんかよって感じでござるが!?」

 

「まったく意味わからんよな。クソほどにむかつく!」

 

「でも、繰り返したからこそ、世界のために戦えると思うと、ちょっと誇らしいんですよね!」

 

「だったら、やるか!」

 

 繰り返した連環はもうない。

 この戦いを終えれば、繰り返した意味は完全に消える。

 そうしてようやく、『ハンターズ』は人生を歩める。

 そう思えば、それだけで浮足立つような気持ちになる。

 

「トモちんよ! この戦いが終わったら、いろいろと俺らの秘密について話してーことがあるんだよ!」

 

「うん。全部聞くよ。みんなのこと、ちゃんと知りたいから」

 

「この戦いが終わったら、『ハンターズ』は解散ですからね。私はお嬢様とエルグランドで冒険者やります!」

 

「拙者はボルボレスアスに帰って狩人やるでござーる」

 

「俺様は特級狩人として開拓村でちやほやされながら狩人やるぜぇ!」

 

 そんな未来の展望を描きながら、『ハンターズ』は戦いへと挑む。

 鋼の擦れる音、火薬の弾ける香り、呪歌のビート。

 燃え滾るほどの熱情に満ちた生命の鼓動。

 それはいまこの時に現れ、また響き、消えていく。

 

「さぁ、ひと狩りいこうぜ!」

 

 語られない英雄譚があった。

 名もなき英雄、誉れ高き戦士がその命を賭して戦った。

 世界の未来のために、世界のどこか片隅で。

 謳われぬ英雄が、記されぬ物語を紡いだ。

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