あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 進む。共に走る仲間たちの数は、もはや指折り数えられるほどに減り。

 私は置き去りにして来たものたちのために振り向くこともできない。

 振り向いてしまえば、悲しくて涙が零れてしまいそうになる。

 

 そして、私たちの前に、新たな敵。

 それはいよいよ進退窮まったのか。

 それとも、残った私たちに適切と判断されたのか。

 

 かつて私たちがソーラスの迷宮で戦った悪夢のような敵。

 バラケとそう呼んでいた、人体のパーツが無数に押し寄せて来た。

 

「『魔流星』!」

 

 レインの手から放たれる3つの火球。

 それは炸裂すると、押し寄せるバラケの大群を吹き飛ばした。

 今まで押し寄せて来たとは比べるべくもない弱体。

 『アルメガ』が酷く追い詰められていることは明白だった。

 

「今度はどうやら、私たちの番と言うことらしいわね」

 

「レイン」

 

「なに、この程度の手合いに負けることなどあり得ん。案ずるな、すぐ追いつく」

 

「レウナ……」

 

 レウナの申し出に、私はひどく切ない思いに駆られる。

 レウナが激しく疲弊していることは明白だった。

 神の降臨と言う絶技を、高位の聖職者2人がかりで成したのだ。

 

 ただ1人で成す壮絶な代償……。

 蘇生すらも不可能な絶対の死。

 それに比べれば遥かに軽くはあるが。

 レウナは立って歩くことすらも承服できないほどひどい状態だ。

 

「さぁ、行け。そして、世界を救え」

 

 そう言ってレウナが笑う。

 その姿に胸を締め付けられるようなものを感じて。

 私はとても悲しくなった。

 

 なにか手があれば。

 そう思ったけれど。

 私に選べる選択肢はなにもない。

 もう振れる手段はないのだ。

 

「へっへっへっへ……」

 

 けど、そう思っていたら。

 手段の方から突っ込んで来た。

 

「こいつァ、いわゆるところのアレですぜ。騎兵隊のお出ましってやつですぜ」

 

「うわっ!? おまえどこから出て来た!?」

 

 突然、本当に突然、私たちの前に現れた者。

 それは長い金髪をゆるりと垂らした、赤い瞳の豊満な美女。

 その顔に浮かべる表情は、なんとも言えない不敵なそれで。

 長身の体躯を、ゆるやかに猫背気味に曲げた彼女はへらへらと笑う。

 

「リフラ! なんでおまえがいるんだ!?」

 

 リフラ・ハーベスタル・ルイ。

 マフルージャ王国は王都、ベランサに残して来たハズの彼女。

 そのリフラがなぜか突然私たちの前に現れたのだ。

 

「へぇっへっへっへっへ……あたしは以前の戦いで、最前線に立ってたんですぜ? 『アルメガ』の野郎が再度現れたんなら気付くに決まってまさぁ。月くれぇでかかったワケですし」

 

「それはそうだろうが……」

 

「ですんで、こいつァやべぇぜってことでほとぼりが冷めるまで逃げてましたぜ」

 

「戦えよ」

 

 レウナの鋭いツッコミにリフラはへらへらと笑っていた。

 『アルメガ』と言う強大な敵を前に、逃げ出してもしかたなくはあるが。

 だが、前の戦いで勝利の立ち役者となったんなら勇敢に戦ってほしくはあった。

 

「コリントさんのお宅に一時撤退してましてね。んで、そろそろいいだろうってェことで、レウナさんを目印に転移して来たんですがねぇ……」

 

「残念だったな。ここが最前線だ。死ぬ気で戦え」

 

「へぇっへっへっへ! こいつァとびっきりの貧乏くじだ! でもまァ、最悪ではねェかなってコトで勘弁したりましょう」

 

「ほう? その心は?」

 

「ダチとなら地獄の最前線でも、悪かァねぇや。そう言うことですぜ」

 

「まったく……恥ずかしいやつだな」

 

 そう言ってレウナが苦笑する。

 

「それに、今日は特別にお友達も呼んでますぜ」

 

「なに? 友達?」

 

 リフラが現れた先。そこには空中に空いた黒い穴がある。

 おそらくは最高位の転移魔法、あるいは召喚魔法のひとつ。

 アルトスレアの最高位魔法『次元門/ディメンジョンゲート』。

 異次元に接続できる魔法となると、それ以外には考えられない。

 このサイキックによって歪められた場に繋げられたのもそれゆえだろう。

 

 その『次元門/ディメンジョンゲート』から姿を現すもの。

 それは桃色の髪を肩あたりまで伸ばした少女であり。

 深い藍色の焦点が合わない瞳が蠢いていた。

 

「おお……レウナ・ファンスルシム……刎頸の交わりの友よ……貴公の窮地に助力と参ろう……」

 

「キャロ。おまえも退避していたのか」

 

「へっへっへ、居場所が確実なお人は連れて行ったんでさぁ」

 

 続々と『次元門/ディメンジョンゲート』から姿を現す人影。

 それはつい先日も顔を合わせた私の友人、桜色の髪の美女。

 腰にぶら下げた剣の柄に手を置き、油断なく周囲に視線を這わせている。

 

「懐かしくも再度は見たくないと思った顔ばかりだな。リフラにレウナ、そしてキャロライン」

 

「セリナもいたのか」

 

「リフラが助けてくれたのでな」

 

 セリナ・ベルカッソス。私の気功の師匠でもある人。

 そしてかつて、リフラたち『トンネルワーカーズ』がアルトスレアで仲間にしていた人。

 かつての『アルメガ』との戦いでも前線を張っていたはずだ。

 

(ねえ)さん。見ての通りでさ」

 

「リフラ……」

 

「4人じゃあ、ちっと心もとねぇってのが正直なとこではありやすが……なァに、あたしらはこう見えてベテランですぜ?」

 

「うん……」

 

「だから、ここはあたしらに任せて、さきにいっておくんなせぇ」

 

 そう言って、リフラは太い笑みを浮かべた。

 それは尋常の人間には早々は浮かべられないような笑顔で。

 でも、リフラにはそれが驚くほどに似合っていた。

 

 その笑みに私は何も言えなくなって。

 ただ深く頭を下げて、さきに進んだ。

 彼女に返せる言葉が、なにもなかったから……。

 

 

 

 

 

「えっへっへっへ! へぇっへっへっへ! なンだか懐かしい顔ぶれで楽しくなってきやしたぜ! オラ! 数拡大! 威力拡大! 『死の光線/デス・ビーム』!」

 

「しょっぱなから飛ばし過ぎだろうが! 『復元/レストレーション』!」

 

「我が古き熱血、貴様らに振る舞うには上等に過ぎるが……振るい時は弁えているつもりだ。さぁ、我が熱血の穢れたるを知るがいい!」

 

「ちっ! 私とこの手の群体生物は相性が悪いのだがな!」

 

 リフラが強烈な殺人光線を発射し。

 その代償でごっそり削れた生命力をレウナが回復し。

 キャロラインがその灼熱の血を用いた闘技を振るい。

 セリナは相性が悪いながらも研ぎ澄まされた剣技を振るう。

 

「まったく! もう2度とはないと思っていたのだがな! なんで『アルメガ』が復活しているのだ!」

 

「悪かったな! どうやら私の挺身は無駄だったらしい!」

 

「気に入らん! まったく気に入らん!」

 

 セリナが強く吐き捨てる。

 レウナとセリナの関係性は、そう深いものではない。

 

 リフラとセリナはそこそこ仲が良かった。

 仁義に篤いリフラと、人道を重んずるセリナ。

 その2人の相性がいいのは当然で、おたがいに信頼があった。

 

 レウナはそのリフラとの友人であり、セリナとの関係はそのくらいだ。

 まぁ、言ってみれば職場の同僚くらいの距離感だろうか。

 

 だが、だからこそ。

 そのレウナが命を擲ったことは重くのしかかっていたし。

 その挺身が無意味で、報われなかったことは、ひどく腹立たしかった。

 

「気に入らんことばかりだ! 『アルメガ』なんぞ、あってはならん存在だ!」

 

「その点はまったく同意だな!」

 

「まァ、あたしらの足元にある地面が『アルメガ』だったらしいンで、そこんとこは感謝してやらなくもねェやってとこですがねぇ」

 

「だからと言って許せるか!」

 

「へっへっへ、お熱いですぜぇ~」

 

 リフラがにやりと笑った。

 リフラはこの人情味あふれた剣士をそこそこ好んでいた。

 おたがいの性格はだいぶかけ離れていて、友誼を結ぶほどではなかったが。

 その行いに信頼がおけると確信はしていた。

 

 だからこそ、危急の事態にあって助けに向かったし。

 だからこそ、この場に連れて来ることになったのだ。

 まぁ、ある意味でセリナは貧乏くじを引いたことになるか。

 

「クックック……フフハハハハ……ハッハッハッハッハ! まったく、笑いが止まらぬ! 笑止なりや『アルメガ』よ! この古き熱血、貴様ごときに飲み干せると思うてか!」

 

 一方でキャロラインはいつも通りの絶好調だ。

 自分の手を切り裂いて放血した血の手甲を振るい、その燃え滾る血がバラケを焼き払う。

 おぞましい血臭を纏う血風が奔り、それがバラケをことごとく焼き払う。

 

 バラケは個体ごとに各種様々の属性耐性を持つ。

 そのため、リフラの魔法では打ち漏らしがそこそこ発生する。

 その打ち漏らしをセリナとレウナが捌いているのだが。

 

 キャロラインの放つ熱血の闘技はそのすべてを焼き払う。

 この次元に根差す理とはまた異なる理、血属性と言うべき属性を纏っているがゆえだ。

 パサファロンの地では、それが使えないと話にならない重要属性だった。

 

「ああ、友よ……このような舞踏ではない……! もっと心地よき舞踏を! 血濡れた闘技をご覧に入れよう! 至上の喜びにあふれたる闘技を!」

 

 振るう拳は加速し、迸る熱血の焔は熱く滾り。

 そして精神のボルテージは危険域に到達する。

 元からヤバい領域にいるので今さらと言う説もある。

 

「歓呼せよ! 神々の麗しき寵愛よ! 天上の園に住まう戦乙女よ! われわれは血に酔い痴れ、汝が魔力はわれらを繋ぎ合わせる!」

 

 謳いながら振るわれる闘技、奔る焔。

 その血濡れの退廃芸術はひたすらに無慈悲に敵を屠る。

 美しく俊敏な獣の如き闘技はまさにパサファロンの最高傑作であった。

 

「くふふふははははは! かはははははは! ひぃひひひはははははははぁぁぁぁあ――――!」

 

 けたけたと笑いながらキャロラインはひたすらに闘技を振るう。

 嵐のごとく暴力を振りまき、昂揚のままに振るう戦技は熱い。

 敵が前に在り、友が隣にあり、英雄の後背を守っている。

 その英雄譚そのものの状況にキャロラインも昂っていた。

 

「怖っ……キャロラインさん、あいかわらずキマってンなぁ……」

 

「あまり見るなよ。絡まれるぞ」

 

「戦いに集中しろ。あの頭のおかしいのは無視しろ」

 

 友人たちもキャロラインのことはあんまり視界に入れないようにしていた。

 だって怖いし。友人であっても怖いものは怖いのだ、しょうがない。

 でも、それでも友人なのだ。だから今の今まで共にあったのだ。

 

 キャロラインが怖いのはどうやっても否定はできないが。

 だからと言って仲間に暴力を振るうような見境のなさはないと知っているし。

 その真情を伺うことは難しいが、友愛に満ちた人格であることも知っている。

 

 言動のヤバさを除けば、とても頼れる友人なのだ。

 言動のヤバさがなければ、本当にすばらしい友人なのだが。

 本当に言動のヤバささえなければ……。

 

「バラケの強さは大したことはない。持ち堪え続けるだけだ」

 

「神経は使うがな。持ち堪えることはたやすいが……だが……」

 

「ええ、こいつァ厄いですぜェ……」

 

「血を! 闘争を! さらなる血を! さらなる闘争を! 熱血を飲み干すのだ! 我が血、燃えるなり!」

 

 戦いを続けるうちに。

 レウナたちが通って来た場所から溢れ出す敵。

 それは明白な人型をした敵であり。

 

 かつて、レウナがソーラスの迷宮で対峙した経験のある敵。

 『アルバトロス』チームに後事を託した階層で見た、ナノトルーパーたち。

 

 それがこちらの領域に溢れ出して来て。

 それでいて『アルバトロス』チームの姿もない。

 それが意味するところは、もはや論じるまでもなかった。

 

「カル=ロス……アストゥム……」

 

 状況を察したレウナが静かに哀悼の意を抱く。

 最後の最後まで、その命を賭して道を守り続けたのだ。

 そして武運拙く敗れ去り、今こうして敵が押し寄せている。

 ならば、レウナにできることはひとつ。

 

「守り抜くぞ」

 

「へぇ。合点承知でさァ」

 

「ああ、やれるだけのことはやる」

 

「おお……マーベラス……! じつに、マーベラス……! すばらしい……!」

 

 『アルバトロス』は負けたのかもしれない。

 その不墜の神翼は堕ちたのかもしれない。

 だが、レウナたちがここを守り抜けば『アルバトロス』の勝ちだ。

 

 少なくとも、あの女たらしに『アルバトロス』の敗北は伝わらない。

 ならば、ここを命を賭して守り続けるだけのことだ。

 やることは変わらない。押し寄せる敵がちょっとばっかり増えただけだ。

 

「ここは死んでも通さん……まぁ、私はもう死んでるんだがな」

 

 この戦いが終われば、おそらくレウナは死の領域に帰ることになるだろう。

 結局、アストゥムとの合同祭祀であっても、レウナが死んだことがひっくり返るわけではないのだ。

 ただ、即座に帰らなかっただけに過ぎない。

 

 それでも、そこになにかの意味があったのだろう。

 レウナはそう信じて、ただ戦うだけだった。

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