あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 私は光の矢となって飛ぶ。

 それは相手に反応さえも許さない。

 そして、究極の速さによる無限大の攻撃力。

 

 それは『アルメガ』の肉体を一撃で砕き。

 同時に、私は自分の存在の根源が砕け散るのを感じた。

 私の胸の中で脈打つ鼓動、それよりも深いところ。

 生命の輝きそのものが曇り、消えていく。

 

 ああ、わかってたよ。

 こうなるってことくらい。

 でも、こうしないといけないって。

 そのくらいのこともわかってたよ。

 

 急激に喪われ逝く自分の命を感じる。

 でも、ちゃんとやり切ったよ。

 『アルメガ』を倒した。世界を救った。

 これできっと、ハッピーエンドだ。

 

「……ああ、きれいだね」

 

 もう満足に動かすことすらも叶わない身体。

 それでも最後の力を振り絞って振り向いて。

 せめて最後に、仲間たちの顔を見ようとして。

 

 私は遥か遠くに、蒼く輝く命の星を見た。

 それはいかなる神の意志だろうか。

 砕かれたすべての命の故郷(ふるさと)が回帰する。

 あそこに、みんなで帰れたらよかったんだけどな。

 

「きれい……」

 

 私はその星に手を伸ばして。

 その手を、今にも泣きだしそうなサシャが取った。

 

 

 

「ご主人様! 死んじゃいやです! ご主人様!」

 

 私を抱いて叫ぶサシャ。

 私にはそれにまともに応える力も残されていない。

 か細い命の火を辛うじて繋いでいるだけ。

 でも、それもそう長くは保たないだろう。

 

 私の生命の根源、魂が砕けてしまった。

 元から私の魂は少し欠けているらしいけれど。

 それが千々に砕けてしまえば死は免れない。

 いまはなんとか生にしがみ付いているだけだ。

 

「フィリア! なんとかならないの!?」

 

「ま、魔法が……通じないんです……回復魔法も、蘇生魔法も……!」

 

「そんな……!」

 

 レインが悲痛な声で叫び、フィリアが絶望し切った声で言う。

 魂が砕けてしまった以上、回復魔法も蘇生魔法も通じはしない。

 蘇生魔法は人を甦らせるが、あれは厳密には魂を呼び戻す魔法だ。

 砕けてしまった魂を繋ぎ合わせるような魔法では決してない。

 

「だいじょうぶ……心配いらない……ちゃんと、帰る、から……」

 

 かならず帰ると約束したから。

 帰るよ。みんなのところへ。イミテルのところへ。

 不本意ながらもらってしまった領地、アノール子爵領に。

 だから、なにも心配しなくていいよ。

 

「だから……いらない、からね……」

 

「な、なにが、ですか……?」

 

 サシャの戸惑う声に、私はふっと笑う。

 今の今まで必要だと思ったことのないもの。

 ふつうの人が準備なんてしようとは思わないもの。

 

「私の、お墓と、か……いらない、から、ね……」

 

 そんなものは必要ないから、建てないでほしい。

 私の領地にある立派な墓なんて、シェバオ神の墓だけで十分。

 間違っても救国の英雄たるアノール子爵の墓とか造らないでほしい。

 恥ずかしいから。すごく恥ずかしいから、やめて欲しい。

 

「私は……そこに眠ったりなんか、しないから……お墓は、いらない、から……」

 

 私の言葉にサシャは涙を流して頷く。

 私の手を強く握りしめる感触ですらもおぼろげになって来た。

 いよいよ私の生命は限界だった。もう息ができない。

 

 肉体に残された生命力でギリギリ生き永らえていただけだ。

 割れたバケツに入った水は勢いよく流れ出て行く。そう言うことだ。

 そして、注ぎ足す水はもうない。

 

 ああ、疲れた。

 すこし眠りたい。

 私は目を閉じる。

 そして訪れる眠り。

 

 それは深い闇のように。

 私の意思を連れて行く。

 

「ご主人様……! 目を、目を開けてください!」

 

 サシャの声がする。

 でも、もうそれも無理だ。

 私は苦笑して、答える。

 

「もう……息が、できないよ……」

 

 そして、私の意識は闇に散じ。

 長い眠りが訪れた。

 

 

 

 

 

「あ、あ、そんな……うそでしょ……うそよね……?」

 

「お姉様……やすらかに、おねむり、ください……」

 

「ご主人様……うそですよね……? そんな、うそ……」

 

 だれもそんな結末を考えてはいなかった。

 最強で無敵の女たらしが、この戦いで神に魂を返すなど。

 けれど、命の熱が喪われた彼女の姿は覆しようのない事実で。

 彼女が覚めることのない永遠の眠りに就いたことは明白だった。

 

「うそよ……あなたが死ぬわけないじゃない……だって……あなたは、無敵でしょう……?」

 

「レインさん……お姉様は……もう……」

 

「だって、ご主人様は、帰るって。かならず帰るって、約束したんですよ……?」

 

「サシャちゃん……お姉様を、休ませてあげましょう……?」

 

 現実を受け止められないレインとサシャが嘆き。

 神官として、数多くの生命の終わりを見届けて来たフィリアが、辛うじてその現実を受け止める。

 

 フィリアがその物言わぬ骸を抱き。

 レインが転移魔法を用いて。

 一行はトイネ王国はアノール子爵領へと飛んだ。

 

 

 アノール子爵領は平穏そのものの様子だった。

 だが、町ではそこそこの混乱があり、それは領主の屋敷もそうだった。

 イミテルが女主人として檄を飛ばし、規律は辛うじて保たれていたが。

 

 オレンジ色の巨人の出現と、それから時を置かずに訪れた破滅。

 それはすべての人間の肉体と魂を引き裂くような壮絶なものだったが。

 気付けば、すべての人は元通りになり、オレンジの巨人も消え去っていた。

 人々は神の恩寵を感じ、その信仰をより深くした。

 

 そして、屋敷の主が無言の帰宅をした。

 

 イミテルは嘆き悲しみ、泣き崩れた。

 戦いに参じ、それを見事に成し遂げ。

 その果てに戦傷により永の眠りに就く。

 そんな光景は幾度となく見て来たはずだった。

 

 だが、それが自分の愛する者の下に訪れるなんて。

 

 まるで生きているように美しく整って。

 けれど、生命の火が消え去った体は冷たく。

 いつも優しい声音で応えを返した声はない。

 

 その胸に脈打っていたはずの鼓動は消え失せていた。

 その現実はイミテルの心をひどく痛めつけた。

 足元が崩れ去ってしまったような絶望感に打ちひしがれた。

 

「我が鼓動よ……あなたが消えてしまっては……私の胸に脈打つ鼓動が、偽りのものとなってしまうではないか……なぁ……!」

 

 そう叫んで、イミテルは崩れ落ちた。

 だれも彼女にかける言葉を持たなかった。

 

 

 

 世界を救った最強の英雄。

 蘇生することすらも叶わぬ死を迎えたもの。

 状況が落ち着いてから、再度の蘇生魔法が試みられたが。

 やはり、その魂が現世に立ち返ることはなく。

 覆しようのない厳然たる死がそこにあった。

 

 トイネは混乱の中、ひとりの英雄を喪った。

 そして、オレンジの巨人の出現と、その消失。

 その不可思議な現象にダイア女王は喧伝した。

 

「アノール子爵こそがあの巨人を討ったのだ。古代巨人帝国の王の再来、それを防いでくれたのだ」

 

 それは微妙に当たっているような、まるきり的外れのような。

 そんな打算ありきの喧伝だったが、人々の心を打った。

 

 英雄の死すらも政治に利用するのはひどく醜悪なそれであったが。

 ダイア女王も、その醜悪さを理解しながら断行した。

 そうすれば、あの女たらしが凄く嫌そうな顔をして戻って来てくれる気がして。

 

「帰ってこないのか、アノール子爵……また、面倒な案件をアノール子爵領に投げてしまうぞ……」

 

 アノール子爵領に人々は押し寄せた。

 英雄の死、その終わりを悼むために。

 その嘆き悲しむ声はトイネ全土を駆け巡った。

 

「お嬢様が死ぬなんて……信じられない……」

 

「主殿……拙者ら、これからどうしたらいいでござるか……?」

 

「馬鹿野郎……なんで死んだんだよ……」

 

 気付いたらアノール子爵領に戻されていた『ハンターズ』もまた、彼女の死を悼んだ。

 1人、また1人、また1人と倒れて行き、最後は誰も残らなかったはずが。

 気付けば、この現世に全員が無事に戻っていたのだ。不思議なことに。

 

「私のあなた……死んだなんてうそですよね……? 信じませんよ……私は……」

 

「カイラ……先輩は……」

 

「そう簡単に、死ぬタマじゃなかったはずだろう……」

 

「うへぇ……顔見知りが死ぬなんて、よくあったけど……あったけど、さ……これは、きついよ……」

 

 それは『世界樹の王(エトラガーモ・タルリス・マギ)』もまた同じことであり。

 だれもがあの女たらしの死を信じられずにいた。

 

「……安酒で、すいませんね。でも、あたしがタダ酒を飲ませるなんて、まずありゃしねェんですぜ?」

 

「我が友……私は言ったろう……永遠の別離をよしとせぬと……もう2度と味わいたくないと、言ったろう……」

 

「帰らないなら、私が先だろう……なぜだ……」

 

 リフラとキャロライン、そしてレウナ。

 かつて『アルメガ』との戦いを果たした者たちも。

 2度目の戦いを経て、無事に生き延びていた。

 

 最後の最後に場を受け持ったために。

 女たらしが『アルメガ』を討つまで辛うじて生き延びていたがゆえだ。

 戦いが終わって、リフラの転移魔法で帰還することができたのだった。

 

 『アルバトロス』チームが必死で戦ったからこそ。

 リフラたちの下に押し寄せる敵が少なく、弱かったのだ。

 

「あの子が死んだなんて、信じられないよ……ひょっこりと帰って来やしないかい?」

 

「不思議と帰って来そうな感じがするのう……そうは、ならぬのじゃろうが……」

 

「エルグランドの民は、3日で蘇ってくるはずでしょう。どうして、帰って来ないのですか?」

 

「ジルくん……魂が砕けてしまっては……いくら、エルグランドの民でも……」

 

 ジルたちも辛うじて生き延びて帰還することに成功していた。

 エルグランドの異常な常識を知るジルは現実を信じられずにいたが。

 3日が経っても、あの女たらしが帰って来ないのは確かなことだった。

 

「……貴君の挺身に敬意を表する」

 

「ママ……どうして……」

 

「死んだら、あーしの世界一美しい顔、見れなくなっちゃうんだよ……?」

 

「今日は、さすがにチルいやつは楽しめねぇぜ……」

 

 『トラッパーズ』は彼女の死を受け入れ、それを受け止めていた。

 『アルメガ』との果てのない戦いを続けて来た彼らは慣れていた。

 自分たちが半ば部外者同然の形で終わった希有な戦い。

 そして、その犠牲者はごく少数……だが、あまりにも大きな喪失となった戦い。

 彼らはこの戦いを永遠に忘れることはないだろう。

 

「……イロイ……あなたのお父さん、もう帰って来ないんですって……」

 

「ブレウ……まだ、イロイにはオーナーのことはわからないよ……」

 

「ブレウさん、ギールさん……ミストレスが帰って来ないだなんて、信じられないんです……マーサ、あなたもそう思うでしょう?」

 

「はい……ミセス・ポーリン。ご主人様が、また帰って来てくださるような気がして……」

 

 マフルージャ王国は王都ベランサでは、屋敷の者たちが嘆いていた。

 そして、父無し子となってしまったイロイのことを、みなが憐れんでいた。

 

 

 3日が過ぎ、1週間が経ち。

 人々がようやくその死を受け入れ。

 救世の英雄を人々は讃え、その死を悼んだ。

 

 そして、ごく自然に葬儀の話が持ち上がり。

 身重の身体を押して、イミテルが葬儀を執り行った。

 

 アノール子爵領に無数の人々が集った。

 国中の人間が集まったのではないかと言うほどに。

 アノール子爵が救世を成したと信じている人間はそう多くはないが。

 しかし、救国の英雄であることは動かしようのない真実。

 そしてなにより、その絶大な強さに惹かれた者は少なくなかった。

 

 エルフ戦士団が葬儀に馳せ参じ。

 同様にその強さに脳を焼かれた者が集い。

 ダイア女王までもが参席するとあって、事態は沸騰していく。

 

「イミテル……(わたくし)はお兄様のこともあって表立っては動けませんが、なにか力になれれば……」

 

「ありがとうございます、ダイア様……ですが、叶う限り亡き夫に報いたいのです」

 

「そうですか……」

 

 悲しみを振り払って気丈に振る舞うイミテルの姿はあまりにも切なかった。

 葬儀が終わったら、どこかに消えてしまうのではないだろうか……そう思ってしまうほどに儚くも見えた。

 だが、膨らんだおなかを撫でるイミテルの顔には決然たる意思が宿っていた。

 

「この子のためにも、立派に務めあげなくてはなりませんから……きっと、我が鼓動も、見守っていてくれるでしょう」

 

「そうですね……彼女に恥じぬよう、私たちも精一杯生きてまいりましょう」

 

「はい」

 

 イミテルとダイア、かつての主と従の関係にあった2人。

 その関係は解消されて久しいが、交わした交わりは消えない。

 主従ではなく、友人の形で2人の絆は続いていた。

 

「では、行きましょうか、ダイア様」

 

「ええ、どちらで執り行うのでしたか?」

 

「集った人間を集められる場所などそうはありませんので、何もない平原に特設会場を作る予定となっております。幸い、レインが魔法で会場を用立ててくれるとのことで」

 

「なるほど、では参りましょうか」

 

 

 

 

 

 

「なんだか騒然としてるね……屋敷に誰もいないし、ホントにここがそうなの?」

 

「ハイ……ほんとにそうです……」

 

「あれあれ? どうしたのかな? どうして死にそうな顔をしてるのかな? ん? ん?」

 

「イエ……なんでもないです……」

 

「ん? ん? なにか私に隠してることでもあるのかな? 言ってごらんよ、イスィー。怒るから」

 

「怒るんだ……」

 

「べつに、怒られるようなことしてないんなら、怒らないんだけどね?」

 

「…………」

 

「あれあれ? どうして黙っちゃうのかな? あれあれ? 怒られるようなことしてる自覚があるのかな? ん?」

 

「お父様はあいかわらずいじめっ子ですね。いいぞもっとやれ」

 

「いい合いの手よ、カス。褒めてあげる」

 

「それはどうも」

 

「それでイスィー? 屋敷に住んでる女はどこにいるかわかるの?」

 

「ハイ……魔法で探知すれば……あれ? 向こう……みたいだけど。なにしてるんだろう?」

 

「そうね……町とかがあるようにも見えないけれど……たしかに、なにしてるのかしら?」

 

「まぁ、行ってみればわかりますよ」

 

「そうね。行きましょう、イスィー、カス」

 

「はい、お父様」

 

「ハイ……」

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