あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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エピローグ イスパルツ・ハーン・アノール

 レインの魔法により、葬儀の特設会場が建立された。

 演説台が一段高く造られ、人々はそこに葬儀の喪主が登壇するのを待った。

 そんな演説台を見上げながら、レインが笑ってこぼす。

 

「あーあ……まったく、とんだやつに引っかかっちゃったものよね」

 

「レインさん。そうですね……とんでもないのに引っかかっちゃいましたよね……」

 

「サシャもそう思うわよね。とんでもない女たらしで、とんでもない変態で……でも、大好きだった……」

 

「はい……」

 

「人生がもう1度あったら……来世でもう1度会えたら……また、あの女たらしに引っかかるんでしょうね」

 

「ふふ……じゃあ、私はご主人様に買われるために、奴隷商のところに身柄を置いておかないと」

 

 なんてサシャは冗談めかして笑う。

 もう1度、人生の選択をやり直せる機会があったとしたら。

 たとえ、そこに至るまでに苦しいものがたくさんあっても。

 それを帳消しにしてしまえるくらいに、その出会いは幸福なものだった。

 

 だから何度繰り返しても、同じことをするのだろう。

 その幸福な出会いを、また繰り返すために。

 

「私は……もう少し穏当な出会いをしたいですけど。同じ気持ちです」

 

 フィリアは静かに笑って、過去を追想した。

 ちょっと激し過ぎて乱暴すぎて、エッチ過ぎる出会いだった。

 エッチな出会いは、まぁいいとしても。

 乱暴すぎる出会いだったので、少なくとも人死にはないとよかった。

 

「まぁ、そうよね……クロモリはどう?」

 

 レインの問いかけに、暗い顔で沈んでいたクロモリがぎこちなく笑った。

 

「私は……お会いしたく、ありません……お会いすべきでは、なかった……」

 

「そうなの?」

 

「私が、私さえいなければ……あの方は死んでいなかったのかもしれないのですから……」

 

 クロモリはその頬に涙を伝わせながら、悔恨の言葉を漏らした。

 クロモリの生命、その根源にまで根差していた『アルメガ』の因子。

 それは『アルメガ』の死により、完全な解消を見た。

 

 それにより、クロモリは自覚したのだ。

 自らが無意識のうちにしでかし続けていた利敵行為を。

 

 スズメバチの毒のおまじないはたしかに存在する。

 だが、すでに廃れてひさしいおまじないだ。

 そんなものを持ち出したのは、『アルメガ』の影響に他ならなかった。

 

 アナフィラキシーの悪影響は魔法でも解消しづらい。

 そして、エルグランドの媚薬は解毒手段が存在しない。

 そう言った知識を利用され、クロモリは無意識にそれを実行してしまったのだ。

 

「すべて、私が悪かったのですから……」

 

「クロモリ……」

 

 葬儀が終わったあと、クロモリはどうなってしまうのだろう。

 あの戦いが終わった後、遺体と共にクロモリも回収されたのだが。

 クロモリが正気を取り戻すまで、ずいぶんとかかったのだ。

 その生命の根源を好き放題に弄り回されていたのだから、それはやむをえないことでもあったが。

 

「なんて言葉をかけたらいいか、わからないのだけど……でも……」

 

 なんとか慰めようとレインが声をかけようとしたところで。

 演説台の上に誰かが登った。イミテルがようやく登壇したのかとレインが目をやり。

 

「は?」

 

 その演説台に立つ者の姿に、自身の目を疑った。

 艶やかで透き通るように美しい黄金の髪。

 いたずらな光を宿す切れ長の紅い瞳。

 すうっと通った鼻梁、桃色の唇、雪のように白い肌。

 それはどこからどうみても、この葬儀にて葬られる女たらしだった。

 

「えー、ごほんごほん! みなさま、イスパルツ・ハーン・アノールの葬儀に参席くださいまして、まことにありがとうございます! 彼女と生涯を共に生きて来た私が、改めて厚くお礼申し上げます!」

 

 その女たらし――――イスパルツはそんなあいさつをはじめた。

 葬儀の席に相応しくない、赤い冒険衣装を纏った人物のあいさつに、多くの人は訝った。

 救国の英雄アノール子爵は知っていても。

 金髪の女たらしイスパルツは知らない者も多い。

 

 特に、この葬儀には国中から人が押し寄せてきているのだ。

 母数があまりに大き過ぎるがゆえに、イスパルツと面識のある人間の方が少なかった。

 

「彼女はまったく偉大で勤勉(きんべん)な冒険者であり、同時にまったく淫乱(いんらん)で勤勉な放蕩者(ほうとうもの)であり、その言行に苦慮した方も数多いと思いますが……過ぎ去って見れば、それもよい思い出なのかもしれません」

 

 そんな言葉に群衆の中で忍び笑いが漏れた。

 イスパルツは自身の持つ演説の技能で人々を扇動していた。

 この葬儀を笑い溢れるものに変えるために。

 

 なんか自分の葬儀が盛大に開催されちゃってて。

 実は生きてました~、なんてひょっこり登場できる空気じゃなくて。

 笑いでいろいろとなんとか誤魔化そうと必死でがんばっていた。

 

「みなさん、故人が生前において大事にされていた言葉をご存知でしょうか、それは……」

 

「わ、我が鼓動……」

 

「あ」

 

 しかし、そんなもんうまくいくわけがなかった!

 

 本来登壇するはずだったもの。

 イミテル・ハーン・アノールが騒ぎに気付き。

 壇上でなんか演説をぶっている愛しい人に気付いた。

 

 身重だとは信じられないほど身軽な動きで壇上に飛び乗り。

 そして、イミテルとイスパルツは堅く抱擁し合った。

 

「馬鹿者……! 死んだと、思ったのだぞ……!」

 

「心配かけちゃってごめんね。帰るって、ちゃんと約束したから」

 

「我が鼓動……」

 

「イミテル……」

 

 2人の真摯なまなざしが絡み合い。

 自然と2人の顔が近づき、その唇が触れ合おうとし。

 そっと2人の間に手が差し込まれた。

 

「あ」

 

「む?」

 

 それは金髪に蒼い瞳をした、イスパルツより2つか3つほど年上に見える美女で。

 豊満な肢体に、たしかな筋肉の乗った、俊敏なる戦士の姿をしていた。

 

 イスパルツの正妻にしてお姉ちゃん、アイセーラだった。

 

 アイセーラはニッコリと笑って。

 その笑顔にイミテルは訝し気な顔になり。

 イスパルツは顔を青くして黙り込んだ。

 

「イスィー?」

 

「ハイ……」

 

「この子のおなか、どうして大きいのかな?」

 

「私が、やりました……!」

 

「すなおに白状出来てえらい。花丸よ。カス」

 

 アイセーラが背後に声をかけ。

 それに頷いて一歩前に出るのは、黒髪に黒目の少女。

 黒と白を基調としたセーラー服を纏っていた。

 

「こちらをどうぞ」

 

「ありがとう、カス」

 

 その少女……カル=ロスがアイセーラにメイスを渡す。

 金属の球体が取り付けられた、基本形たるメイスだった。

 アイセーラはメイスを手の中で弄びつつ、イスパルツへと向き直る……。

 

「カ、カル=ロス……おまえも無事だったのか?」

 

 イミテルが思わずと言った調子で問いかける。

 いまにも殴られそうなイスパルツのことはいったん放置だ。

 どうせちょっと殴られたところで堪えるほどやわでもなかろうし。

 

「ぜんぜん無事ではなかったのですが。私はエルグランドの民ですからね」

 

「は? なに? どういうことだ?」

 

「エルグランドの民は死んでも3日したら蘇るんですよ。ご存知なかったですか」

 

「は???」

 

「その3日休みのおかげか知りませんが、帰る前にみなさんの顔を見に来れてありがたい限りですよ。この時代の私がすでにいるから、こっちの家に湧いたんでしょうかね?」

 

 その、あまりにも意味不明な話に。

 正気を疑うほど荒唐無稽な事実に。

 イミテルは困惑するしかなかった。

 

「いや、死んでも蘇るって、そんな、バカな」

 

「まぁ、私に限らず『アルバトロス』チーム全員が神使(しんし)なので、元々神の召命あらば蘇るんですけどね。だから輪っかだの羽生えるわけですし」

 

「は?????」

 

「それで、お母様もご覧の通りですし。元気にお父様の折檻を受けてますよ」

 

 言って、カル=ロスが示すのはメイスで殴られているイスパルツ。

 金属メイスでガスガス殴られても、痛がってるだけで済むあたりが超人だった。

 

「だ、だが、我が鼓動は魂が砕けたとか聞いたぞ!?」

 

「はぁ。魂が砕けても、死ねば3日したら蘇りますよ」

 

「は!?」

 

「『根之堅洲國死返法(ねのかたすくにまかるかえしのほう)』を手早く死ぬための自決用魔法として便利に使い倒してる界隈もあるくらいですしね。あれ、無理に耐えると後遺症でかいのでサクッと死んだ方が楽なんですよ」

 

「は!?!?!?」

 

 イミテルの理解を超えた話ばかりだった。

 だが、エルグランドとはそう言う神秘の大陸だ。

 あまりにも常識を外れ、人の理解が及ばぬ領域がある。

 そして何もかもがメチャクチャでイッちゃってる。

 それがエルグランドだ。理解は諦めるべきだった。

 

「痛い! 痛いよお姉ちゃん! 許してください! 痛いよ! 本気でメイスで殴らないで! 常人だったら頭が陥没してるよ!」

 

「現地妻作るにしてもさァ! なにもさァ! 妊娠させる必要ってさァ! ないと思うんだよね! 子供を作るってことの責任がさァ!」

 

「ちゃんと愛情持って育てるし! 養育費も用立てるし! 夫としてちゃんと支えるし!」

 

「それでまた10年も20年も留守にするって!? 正妻の私を置いて!? ねぇ! ねーえ!?」

 

「あうぅぅう……! それはもうほんとうにごめんなさいだけど! ごめんなさいだけど!」

 

 折檻されまくっているイスパルツは元気だ。

 魂が砕けた後遺症なんてものはかけらも伺えない。

 ならば、それでいいと思うしかないのだろうか。

 イミテルの理解力はそろそろ限界だった。

 

 なんだか考えるだけで頭痛がしてくる。

 もともと、ダイアほどではないが考えるのは苦手な方だ。

 考えるのが得意だったら反乱軍征伐に際してイスパルツ雇ってないし。

 

 なんだか頭痛だけではなく、腹痛もして来た気がする。

 夏も真っ盛りになろうとする中、野外で動いていたのが悪かったろうか。

 そんな中、イミテルは下半身に違和感を感じた。

 

「濡れて……?」

 

 見下ろせば、そこには水たまりがあり。

 それはあきらかにイミテルから出ていた。

 同時に、ずきんずきんと響くような痛み……。

 

「う……」

 

「う? ……え? この水って……」

 

「産まれる……!」

 

「め、メ……メディ――ック! カイラさん! カイラさん! イミテルさんが産気づきましたぁぁぁ!」

 

 カル=ロスが慌てて大声でカイラを呼びつける。

 

「これはいけません! 屋敷に搬送しましょう! ちょっとそこの2人! 手伝ってください!」

 

 そしてカイラは、イスパルツとアイセーラにそう命じた。

 1番近くにいたからだ。特に他意はなかった。

 

 急病人や出産となれば、医者としての倫理が何よりも優先される。

 カイラにはそう言った善性……と言うよりも、職業倫理やプライドがあった。

 

「う、産まれるぅ!? お姉ちゃん、悪いけど後で!」

 

「もう! さすがに子供が産まれるってなったら浮気どうこう言ってられないじゃない!」

 

 2人は慌ててイミテルを屋敷に搬送する体勢を取り。

 カイラと共に、イスパルツとアイセーラは走り出す。

 

「ちょちょっ、ちょっと待った! 待ちなさいよ! あ、あなた、あなたねぇ! 私たちがどれだけ心配したか!」

 

「ご主人さまぁぁぁ!? 帰るって言うの、魂だけになってもとかそう言う詩的なアレじゃなくて、本当にそのまんまの意味で帰るって言ってたんですか!?」

 

「し、信じられません! 魂が砕けても蘇れるものなんですか!?」

 

「あなた様! イスパルツ様! 謝罪を、させてください!」

 

 それをEBTGのメンバーたちが追いかけ。

 

「うおおおおおい! 涙返せやコラァァァ!」

 

「うわぁぁぁ! お嬢様の裏切り者ぉぉぉ! そんな爆乳美女の正妻いるなんて聞いてないぃぃぃ!」

 

「こうしちゃいられねぇでござる! 正妻の姉ちゃんとも仲良くするでござる!」

 

「はっ、乳のデカさでは負けんので私には自信があるぞ!」

 

 『ハンターズ』もまた、EBTGに続いて追いかけ。

 

「先輩生きてたぁぁぁ! よかった! よかったよぉぉぉ!」

 

「う、うわっ、抱き着いて来るんじゃないリーゼ! 追いかけるぞ!」

 

「うへ、うへへへ~! 正妻のお姉ちゃんもエロそうでいいね~! 仲良くしたいな~!」

 

「ふふふ、湿っぽいのは似合わないものね。楽しくなりそうじゃない」

 

 『世界樹の王』もそれに続き。

 

「はぁ~、お供えして損しやしたぜ。こいつはあたしがいただくとしやしょう。かぁ~! うんめぇ~!」

 

「フフフ……ハハハ……よい……じつに、よいぞ……友よ……ふふ、悲しき別れではなく、嬉しい再会ならば、何度あってもよいものだ……」

 

「はぁ……まったく! 生きて帰ってくれてうれしいぞ! それだけは本音だ!」

 

 リフラを筆頭にした胡散臭ぇの3人も続く。

 

「あっはっはっは! まさか生きてるたぁねぇ! ほんとにひょっこり帰ってきたよ!」

 

「くはははは! 不思議と帰って来そうな感じがして、ほんとに帰って来るやつがあるか! まぁ、帰って来てくれてうれしいがのう!」

 

「ふふふ! 魂が砕けても帰ってくるなんて、エルグランドはなんでもありね! もう、冒険するのが今から楽しみだわ!」

 

「正妻に折檻されていたとかで帰って来れなかっただけですか。なるほど」

 

 ジルたち超人冒険者組も、笑ってツッコミの列に加わり。

 

「まったく……礼装を着て来たのが無駄になったな。だが、嬉しい無駄だ、まったく」

 

「ママァァァァァ! おぎゃぁああぁぁっ! ばっぶぅぅうううう――――!」

 

「あーしの世界一美しい顔をたっぷり見させてあげるよ!」

 

「は? ぼくの世界一可愛い顔面を堪能させるのが先だけど?」

 

「まさか蘇ってくるとはねぇ。まぁ、みんな落ち着いて、とりあえずしゃがめよ」

 

 『トラッパーズ』はそれぞれエキセントリックな姿を披露しながら走り。

 

「まったく! 心配をかけさせおって! 子爵には埋め合わせをしてもらわねば割に合わんぞ!」

 

「ふふふ! お兄様ったら、そんなこと言いながら嬉しそうな顔をして!」

 

「ククク……! 人間とは思えぬほどに強い我が師なだけはある……! まさか、死すらも覆して見せるとはな……!」

 

「師よ! 帰参を嬉しく思いまする!」

 

「うおおおおおお! 女王陛下万歳! 師匠万歳! トイネ王国に栄光あれ!」

 

義兄(あに)上ー! 姉上を泣かせたら承知しませんよー!」

 

 トイネのエルフたちも、その列に加わって。

 よく分かっていない者たちも、ただ流れに乗って走り。

 

 その葬送の列は、イスパルツへのツッコミ待ちの列になり。

 その頬を伝う涙の意味を変えて、人々は葬儀に集った道を引き返していく。

 

「イスィー! ひと段落したら、きちんと話し合うからね!」

 

「わかってる! それでいろいろ終わったら、また冒険にいこうよ!」

 

「ああもう! たまには付き合ってあげる!」

 

「むぅぅ……我が鼓動よ、私を置いていくつもりじゃなかろうな……」

 

「イミテルもいっしょにね! もしかしたら、この子もいっしょかもしれないけど!」

 

「ふふふ、ずいぶんと先の話だな……」

 

「今から出産だって言うのに、産婦と新生児を冒険に連れてく算段を立てないでくださいな~!」

 

 そんな騒々しいのを先頭にして。

 嘆きに満ちた葬送の列は、笑いに満ちた列へと変わる。

 それはイスパルツらしい歩みと言えるだろう。

 

 

 ひとつの冒険が終わった。

 だけど、また新しい冒険がはじまるだろう。

 

 人は永遠ではないが。

 その胸に燃える冒険心は永遠だ。

 きっと、驚きに満ちた不思議な冒険が待っている。

 また新しい備忘録が必要となる日が来る。

 

 その日が来るのを心待ちにして……。

 

 

 

 【あなたはエルグランドの冒険者だ・完】

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