あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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羽鳥もえぎの帰宅

 すべてが終わって、私たちは地球に帰って来た。

 『アルメガ』との戦い、そして私たちの生まれた意味。

 なんかカル=ロスだけ帰ってくるの遅かったけど。

 そのカル=ロスさえ帰ってくれば、私たちの役目は終わり。

 

 私たちの前には、もう何の目的もない。

 ただ自由なだけの日々と平和が広がっていた。

 それを前に、私たちは一時帰宅の選択を取った。

 

 長きに渡って地球を留守にしていたし。

 実家を留守にした期間はそれ以上に長いわけで……。

 

「では、いろいろと終わったら、呼んでください。迎えに来ますから」

 

「ええ、ありがとうございます」

 

 私とカル=ロスはそんな当たり障りのない会話をする。

 そして、カル=ロスは『引き上げ』の魔法を発動して姿を消す。

 

 私たちも『引き上げ』の魔法はもちろん使えるけど。

 魔力容量がカル=ロスにくらべてあまりにも少ない。

 そのため、里帰りにあたっては送迎が必須だった。

 

「さて……」

 

 私は回れ右をし、懐かしき我が家を見上げる。

 特にこれと言って特徴のない古風な形式の家だ。

 たしか築40年くらいだったかな……中古で買った家のはず。

 私の育った、だが、いろいろと重苦しい思い入れのある家だ。

 いや、家族みんないい人なんだけど……なんだけどね……。

 

 とりあえずは……実家よ! 私は帰って来た!

 よし、ノルマ達成。遠くから帰ってきたらこれくらい言っておかないとね。

 私は玄関の戸を開けながら、脳内掲示板に目をやる。

 

 

2339:チーム・アルバトロス

 

 『ナイン』が必要ならさきに言っておいてクレメンス

 

 

2340:チーム・アルバトロス

 

 やめやめやめろ

 

 

2341:チーム・アルバトロス

 

 山のもえぎストン

 迫真の『ナイン』18発乱れ打ち

 

 

2342:チーム・アルバトロス

 

 なんだろう

 核兵器を豆まきみたいにばら撒くのやめてもらっていいですか?

 

 

2343:チーム・アルバトロス

 

 バーミンガムとワイアットも18隻と18人用意せんと

 

 

2344:チーム・アルバトロス

 

 3×18で54年待っとけや!

 

 

 脳内で繰り広げられる仲間たちの軽妙な会話。

 私はそれを内心で堪能しつつ、家の戸をくぐって帰宅のあいさつをした。

 

「もえぎです。ただいま帰りました」

 

 そのように声を発した後、私は靴を脱いで家に上がる。

 靴はその場で靴底の汚れをぬぐい、靴箱に仕舞い込む。

 そして、そのまま私はしずしずと足音を立てずに家の奥へと進む。

 

 家の中には気配が3つ。

 どれもそこそこ離れた箇所にいる。

 どれがだれで、なにをしているかよくわかる。

 気配が2つ同じ場所にいたら注意が必要だ。

 これのせいで私の気配察知は非常に磨かれた。

 

 さて、私は家の奥まった場所。

 日本家屋の定番たる床の間へと向かう。

 その床の間のふすまの前で、私は正座をする。

 

「もえぎです、ただいま戻りました奥様」

 

 そのように言うと、すぐさま開かれるふすま。

 そして、私の呼びかけた人、奥様が私の肩に手を置く。

 

「おかえりなさい、もえぎ。奥様じゃなくて、お母様とお呼びなさいな」

 

 そう言って私に微笑みかけるのは、この家の主たる人。

 うっすらと紫がかった白髪にヘーゼルの瞳を持った愛らしい少女。

 が、その実年齢は130歳超の妖怪ババア、ステラ・ベッセルだ。

 

 見た目15歳くらいなんだけど、ガチで130超のババア。

 髪もこれ地毛じゃない。ふつうに加齢で白髪になったのに紫入れてるだけ。

 でも肉体年齢は15そこそこくらいらしいというアレなお人だ。

 

「ですが……」

 

「まったく、真面目ね。おまえはほんとに真面目なのだから。いったいだれに似たのかしら」

 

 ふぅ、とため息をつく奥様ことお母様。

 いったいだれに似たかって言うと、まぁ、お母様かなって……。

 この人、ぜんぜん自覚ないけどクッッッソ真面目なんだよね……。

 

「でも、連絡が遅いのはちょっと困りものだわ。まったく、おまえが帰ってくるならケーキでも買って来たのに……次からはもっと早く連絡をよこしなさいな」

 

「はぁ、もうしわけありません」

 

「まぁ、次からは気を付けなさい。心配していたのよ。ちゃんと食べれていたの? 具合は悪くしていない?」

 

「はい、元気にやっております」

 

 お母様は心配そうに私の顔を覗き込んで来る。

 愛情深くて優しい人なんだよね、この人。

 私はそんなお母様の仕草に思わず心が温まる。

 

「元気そうね……よかった。さ、それじゃもえぎ。次はお父様のところにごあいさつに行きなさい。それが終わったら、また戻ってらっしゃい。留守にしていた間のことを聞かせてちょうだいな」

 

「はい、お母様」

 

「ん、よろしい。それじゃ、いってらっしゃい」

 

「はい、失礼します」

 

 私は床の間のふすまを閉め、立ち上がる。

 さて、じゃあ次はお父様のところ行って来るか……。

 

 

 家の中を足音無く静かに歩き、私は居間へ。

 その居間に私のお父様、羽鳥あさぎはいた。

 

 黒髪に黒目をした長身の男性であり、見た目はあからさまに日本人。

 ただ、筋骨引き締まった太い腕などは、ちょっと外人っぽさある。

 でも純日本人……だとは聞いている。嘘臭いけど。

 

 そんなお父様は机に向かってなにかをしている。

 左腕の時計に目をやれば、時刻は午後3時。おやつの時間だ。なるほど。

 

 覗き込んでみれば、お父様の手元にはおやつの準備……。

 抹茶碗を手にし、机の上にはスコーンとクロテッドクリーム。

 いまは空の抹茶碗に注がれる中身は抹茶……ではない。

 

「お~い、お茶」

 

 変な掛け声を発し、抹茶碗にティーポットからミルクティーを注ぐ。

 そうしてからスコーンにクロテッドクリームを塗りつけ、もすりと食べる。

 そしたらいかにも抹茶飲んでそうな作法でミルクティーを呑む。

 

「十分に後ろなのだ」

 

 意味不明なことを言ってから、お父様は深く礼をする。

 それによってお父様の全身から静かに溢れ出す魔力。

 その洗練された魔力の流れは私を遥かに上回る技量を物語る。

 そして、その魔力量はあからさまに平常のそれを超える……。

 

 おまえなんなんだよ!

 なんでミルクティー飲んで魔力増えるんだよ!

 くっだらねえ! なんだよそれ! バカバカしい!

 

「…………」

 

 久し振りに見たせいで、いろいろと、こう……。

 うまく表現しきれないというか、理解できないというか……。

 存在そのものが理不尽なまであるなコレェ……。

 

「もえぎか。おかえり。元気だったのか」

 

 考え込んでいたら、お父様が振り返って私に声をかけて来た。

 

「はい、ごあいさつが遅れ申し訳ありません、旦那様。もえぎ、ただいま帰参いたしました」

 

 その場に正座をし、私は深々と頭を下げる。

 手のひらをべったりと床につけての最敬礼だ。

 その手にお父様の少し悲し気な視線が注がれるのが分かる。

 わかってるけどさぁ……そこらへんの線引き必要じゃんか……。

 

「頭をあげなさい、もえぎ。そんなにしっかりとした礼は要らない」

 

「ですが」

 

「血縁はないというのに、もえぎは本当にステラに似たな。血よりも育ちと言うのは本当なのだな」

 

 なんて言いながらため息を吐くお父様。

 うん、その言葉には本当に同意する。

 こう、お父様のトンチキ過ぎる習慣とか見てると、特に……。

 

「まぁ、いい……俺などよりも。かなたに顔を見せてあげなさい。君の帰りを心待ちにしていたぞ」

 

「はい、では、失礼いたします」

 

 私は再度頭を下げ、部屋を辞する。

 そして、いちばん気が重い相手のところを訪ねる。

 私の使っている6畳間の部屋の倍、12畳間の部屋。

 そこのふすまの前に立ち、いざ正座しようと膝を曲げ。

 

「お姉ちゃん! おかえりなさい!」

 

「ぐふっ」

 

 私のみぞおちに、両親の実の子、羽鳥かなたの頭が突き刺さった。

 とてもつらい。耐えられない。私は長女だから我慢できたけど、次女だったら吐いてた。

 

「お姉ちゃん、元気にしてたの? 体に悪いところとかってない? 出先で何か悪いこととかなかった?」

 

「私などに気配りをいただきありがとうございます、お嬢様。もえぎ、まったくの無事でございます」

 

「かなたって呼んでくれなきゃだめだよお姉ちゃん!」

 

 羽鳥かなた。私の3歳年下、今年で19歳の少女だ。

 彼女は正真正銘ステラ・ベッセルと羽鳥あさぎの血を受け継いだ実子なのだが……。

 

「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから。お姉ちゃんが使用人なら、私だって使用人になるから……」

 

 なんて、泣きそうな顔で私の胸に顔を埋めるかなた。

 私はそんなかなたを抱き締め、その背中をそっと撫でる。

 

「しょうがない子だね、かなた。本当はダメなんだからね。奥様に見つかったら、かなたが怒られてしまうんだよ」

 

「いいよ、あんな女に怒られてもべつに」

 

 拗ねたような顔で私の胸により強く顔を押し付けるかなた。

 それはまるで幼子のような甘え方で、彼女が私に全幅の信頼を置いていることを示していた。

 うん、まぁ、なんと言うか、そう。認めたくない事実だけど。

 

 この家の実の親子関係はメッチャ拗れていた。

 

 

 

 かなたをしばらく慰めた後、私は再度お母様の部屋へ。

 

「お入りなさい。なにもノックやらはいらないのよ」

 

 ふすまの前に立った時点でそう呼びかけられ、私はふすまを開ける。

 そこではお母様がうきうきとした調子でお茶の支度をしている。

 まぁ、例によって例のごとく、準備してるの紅茶なんだけども。

 

「ところで、もえぎ」

 

「はい」

 

「調子はどうなの?」

 

「良好です」

 

 言いつつ、私は眼に向かって飛んで来た針を摘み止める。

 その針の陰に隠れていた針も摘み止める。

 そして、その2つの針を組み合わせ、お母様が繰り出して来た手刀を受け止める。

 

 ぎゃりっ、と金属同士のぶつかり合う音。

 お母様が手の中に隠していた暗器と針がこすれ合った音だった。

 

「ふふ……ますます研ぎ澄まされているわね、もえぎ。まったく、かなたにも見習ってほしいものね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 この人、定期的に不意打ちしてくるんだよね。

 まぁ、ふつうに察知して迎撃できるからいいんだけど。

 

「ですが、お母様。かなたお嬢様は私よりも年下です。やはり私と同じだけを期待されてはかなたお嬢様がお可哀想です」

 

「世辞はよしなさい。あの子は凡才よ。おまえは天才なのよ」

 

「しかし」

 

「私の子に凡才は許されない。だから、おまえは私の子なのよ」

 

 そう言って微笑むお母様。

 き、きちぃ~……! これが選民思想とかじゃないのが余計にキチぃ~!

 私はなんも言えなくなってしまい、それから当たり障りのない話に終始する。

 

 なにしてたのかとか、元気だったのかとか。

 それらひとつひとつに丁寧に答えて近況報告をし。

 それが済んだら、私は部屋に引っ込む。

 

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

 6畳間の家の端っこの自室で、私はごろりと寝転がる。

 トイレの前に設置されたこの部屋は、想定としては物置なのだろう。

 窓も上の方に嵌め殺しのやつが1個あるきりだし。

 部屋の中に収納はないしで、いろいろと使いにくい。

 

 留守にしていた間、部屋の空気は入れ替えてくれていたのだろう。

 空気が淀んだ感じも、埃っぽい感じもしない。

 ただ、いつも使っていた布団がないので少し部屋が広く感じる。

 帰るって連絡したから、お父様が外に干してくれているらしい。

 

「はぁ……ちょっと留守にしたくらいで関係が改善されるとは思ってなかったけどさぁ……」

 

 この家の拗れた親子関係。

 それらのだれが悪いかと言うと。

 だれも悪くないし、全員が悪い。

 そんな救いようのない結論が出て来る。

 

 

 

 私の両親は裏渡世で名の売れた凄腕だ。

 別次元からやって来た人たちではあるらしいが。

 この次元の裏渡世でも相当名を売っている。

 

 それは逆を言うと、恨まれていると言うこと。

 そして恨まれている夫婦の間に産まれるのはそれだけ危険と言うことでもある……。

 力がなければ、2人の子であると名乗るのは危険なのだ。

 だからこそ、私は2人に拾われ、羽鳥の名を与えられた。

 

 私はいずれ産まれる実子の影武者と期待されて拾われた。

 そして、生まれたかなたが思ったよりお母様似だったので影武者役は解任。

 私は使用人として育てられることになったのだが……。

 

 お母様は元の世界ではかなりいいところの出だったらしく。

 赤ん坊を育てるなんて一切やったことがなかったらしい。

 そんなお母様でもメチャクチャ育てやすい転生者の赤子。

 それで自信をつけたお母様に訪れる真の子育て。

 

 お母様は育児ノイローゼに陥った。

 

 私の責任がたぶん7割くらいあるんすよね……。

 私は申し訳なさでいっぱいになって、代打私のターンを発動。

 3歳差なので体格差も小さいので無理はいろいろとあったが。

 それでも育児の大部分に助力はでき、お母様はだいぶ持ち直した。

 かなたが小学校に入った頃には昔の通りに戻ったと思う。

 

 そして、その辺りからお母様は私に全幅の信頼を置くようになった。

 さらに私のことをやたらと可愛がるようになった……実の娘であるかなたよりも優先して、だ。

 

 なんでか、理屈はわかるよ。

 お母様はとても真面目で、責任感もそれ相応に強い人だ。

 だから、愛情を抱くほどにその人のことを考えてしまうというか。

 責任が強くなればなるほどに、その重さに潰れるって言うか……。

 無責任な立場でいるほど強いタイプなんだよね、この人……。

 

 つまり、なんと言うか、うん。

 あの人、結婚とか子育て向いてないんだよね……。

 

 危険な境遇に置かれた我が子。

 戦闘の才能は低く、自衛も難しい強さ。

 かつてと違って使用人を雇えるような環境ではなく。

 そして、見た目は若くとも実年齢は100歳を超えた我が身。

 異種族の血ゆえの長寿と言えど、永遠ではない。

 いつ老いて死ぬか、自分自身でもわからないのだ。

 

 そんな状況にお母様はどれほど苦悩したことか。

 

 かなたを厳しく育て、身を守れるように育てなくてはいけない。

 自分の命が尽きる前に、そして、かなたが殺される前に。

 だが、凡才ゆえにどれだけ厳しく育てても満足ゆく成長のできないかなた。

 かなたの才の乏しさ、同時に自分の指導者としての至らなさ。

 苦悩は一層降り積もる中、目につくのは養子にした私。

 

 武術の才能はけた外れに高く。

 魔力感知、魔力運用の技術もきわめて高く。

 若干8歳にして自身の秘儀『雷音の術』を会得。

 頭もやたらとよく、3歳にして子育てに助力できる。

 

 そして、なによりもだ。

 

 私の扱いは使用人なのだ。そんなものをわざわざ誘拐したり殺すやつはいない。

 まして、同年代の中で圧倒的な強さを持つゆえにまず殺されもせず。

 仮に不良になったところで、家の跡継ぎになれるわけでもなし。

 

 つまり、お母様は私に対して責任を抱かなくていい。

 責任感がないゆえに無責任に愛せる、可愛がれる。

 息子は厳しく育てるけど、孫は溺愛する祖母みたいだな……。

 

「はぁ……マジで誰も悪くないんだけど、みんな悪いんだよな……」

 

 お母様もべつにかなたが憎くて厳しいわけじゃない。

 大切で愛しているからこそ厳しく育てている。

 しかし、どんだけ厳しく育てても、どれだけ心を鬼にしても。

 お母様は指導者としては並くらいの能力しかないし。

 むごいことだが、かなたの才能も並くらいのものしかない。

 

 お母様にもっと指導者の才能があればよかったのだし。

 かなたにもっと武術の才能があればよかったのだが。

 才能の有無を当人に責任として問うのは無理筋だろう。

 才能がないのが悪いが、そこに責任を問うのは無理筋。

 そう言う意味で、誰も悪くないけどみんな悪いのだ。

 

 そして、かなたはお母様のことが嫌いだ。

 嫌いって言うか……もはやあれは憎んでるまであるような……。

 お母様はかなたのことを愛してるとは思うんだけど。

 かなたがそのことに気付いているようには思えない……。

 

 しかし、それもやはり無理はないというか。

 かなたは私から見て、かなり難しい子だったと思う。

 夜泣き激しいし、離乳食も全然食べなかったし、幼稚園児の頃は癇癪激しかったし。

 それを前に、育児経験値の低いお母様ではノイローゼ発症もやむなし。

 

 そこを私がフォローしてかなたを育てたわけだが。

 自分にロクに干渉してこない母親と、愛情込めて育ててくれる姉。

 その2人を比較して、どっちに懐くかっていうとね……。

 

 自分に懐かない我が子と、無責任に愛していい養子。

 それを前にお母様はますます私を溺愛したし。

 かなたはますますお母様を憎んで私に傾倒した。

 

「私にどうしろと言うんだよ……!」

 

 マジで私はどうすりゃよかったんだよ。

 頭を抱え、呻きながら転げまわる。

 

 私がかなたを育てるべきじゃなかったのか?

 しかし、そうしていなかったらかなたが可哀想だろう。

 

 それとも私がもっと愛されないように育つべきだったのか?

 だが、人としてまともに責任を果たしてたらこうなったんだぞ。

 

 それとも、もっと強力に助力すべきだったのか?

 だが、あれ以上にどうやって最善を尽くせばいいのか分からない。

 

 2人の間を取り持とうと頑張っても上手くいかなかった。

 お母様側に歩み寄る意志はあったと思うのだが。

 かなた側に歩み寄る意志がまったくなかったのだ。

 

「うおおおおお……!」

 

 苦悩は尽きなかった……。

 

 

 

 

 夕食の時間。

 我が家における料理当番は、私かお母様だ。

 お父様は料理は一切しない、と言うより、させない。

 料理しようとするとお母様が怒るからだ。

 料理自体はそこそこできるみたいなんだけどね。

 かなたは料理を覚える気が一切ないのでやらない。

 

 我が家の食卓は静かだ。

 だいたい、誰も喋らず静かに食べる。

 今夜のメニューは赤身肉のステーキにフライドポテト。

 そして、マッシュポテトと温野菜のサラダだ。

 私はなんで純和風の家でブリテンみたいな夕食を摂ってるんだろうな……。

 

「かなた」

 

「…………」

 

 ふと、お母様がかなたに声をかける。

 かなたは不機嫌そうにお母様を睨む。

 そして、その額に飛んで来た箸をギリギリのところで受け止める。

 いや、ちょっと額が赤くなってる。少し当たったか。

 

「ッ……!」

 

「……もう少し精進なさい」

 

「うるさい! 死ねクソババア!」

 

 癇癪を起こして手にしていたテーブルナイフを投げつけるかなた。

 それはそこそこの速度でお母様に迫るが、お母様はあっさりとナイフを掴み取る。

 そして、そのナイフの陰に隠す軌道で投げた箸もひょいと掴み取る。

 

「ッ~~~~……! もういい!」

 

 皿をひっくり返し、足音も荒く居間を出て行くかなた。

 それを見送り、私はひっくり返した皿を拾って散らばった料理を片付ける。

 

「はぁ……」

 

「ステラ……」

 

「わかってる……わかってるのよ、あさぎ。でも……このままじゃ……」

 

「それもわかってはいる……だが、あれではかなたが可哀想だ……だが……」

 

 お父様がかなたを庇うが、お母様だってアレではダメと分かっている。

 しかし、お父様自身もアレではダメだと分かっているのだ。

 そして、その上で私の目から見ても……アレではダメだと思う。

 

「……もえぎ。おまえの目から見て、かなたはどうだ?」

 

「……以前と比較して、と言うことでしょうか」

 

「ああ」

 

「…………衰えた、のではないでしょうか」

 

「そうか……そうだな……はぁ……」

 

 重苦しい溜息を吐くお父様。

 同時にお母様も溜息を吐いて、こらえるように額を顰める。

 

 かなたの実力は上がるどころか、衰えていた。

 以前のかなただったら、あの箸はちゃんと受け止めていただろう。

 少なくとも額に当てるような無様はしなかった。

 投げ返した時のキレも悪かった。腕の振りがもたついているというか。

 あれはたぶん、反復練習をしていないんだと思う。

 

「どうしたらいいのだろうな……」

 

「わからない……わからないわ……どうしたらいいの? 今まで、こんなことには……こんなんじゃ……」

 

「すまない……俺のデキが悪いせいだろう……」

 

「違う。違うわ。あなたは悪くない……私が、こんな年であなたの子を欲しがったから……」

 

 お父様とお母様が沈鬱な空気で自分を責め合う。

 どうするんだよ、空気が通夜よりも重くなったぞ。

 そこで、私とお母様の視線がかち合う。あ、やっべ。

 

「……もえぎが、本当に私の子だったらよかったのに……あさぎと同じ、黒髪に黒目で……私に似たかなたよりも、ずっと……」

 

「ステラ……それは……」

 

「でも、だけど……!」

 

 やめてもらえるか?

 私とかなたが逆だったらよかったとか。

 なんかそう言うこと言うの、やめてもらえるか?

 それ、誰もが不幸にしかならない発言だから。

 本当にやめてもらえるか?

 

「……皿を片付けてまいりますね」

 

 しかし、そんなこと言えないので私はそれだけ言って台所に引っ込む。

 かなたのひっくり返した皿を流し台に置き、床を拭くのに使った布巾を洗う。

 

 マジで私はどうすればいいんだよ……!

 

 

 

 夕食の後始末をした後のこと。

 私はかなたの部屋を訪ねていた。

 

「かなた、私です。入りますよ」

 

 言って部屋の戸を開けると、真っ暗な部屋。

 部屋の中央で、ふとんがこんもりしている。

 私はそのふとんの傍に座り、手にしていたおぼんを床に置く。

 

「かなた、起きているのでしょう。あれでは夕飯は足りなかったでしょう。サンドイッチを作ってきましたから、いっしょに食べませんか?」

 

「…………具は、なに?」

 

「ハムとキュウリです。卵もありますよ」

 

「たべる…………」

 

 のそのそと顔を出すかなた。

 私はそんなかなたにポットに入れて来た紅茶を注いで渡す。

 

「ありがと……」

 

「熱いから気を付けるんですよ」

 

「うん……」

 

 おそるおそると紅茶を飲むかなた。

 それを見て、私はクロッシュを外してサンドイッチを渡す。

 かなたは勢いよくサンドイッチを齧った。

 

「ん……おいしーね、お姉ちゃん」

 

「それはよかった」

 

「ん……」

 

 私もサンドイッチを1枚手に取り、それを食べる。

 1枚も食べないでいるとかなたが遠慮するからだ。

 

「…………お姉ちゃん」

 

「はい、なんですか」

 

「お母さんは……あの女は、私のことが嫌いなんだよね……?」

 

「そんなことはありませんよ。奥様はかなたのことを愛しています」

 

「信じられないよ……」

 

 暗い声でつぶやくかなた。

 お母様の愛情が信じられない。

 信じたくないというのもあるだろうが。

 

「仮に、あの女が私のことを愛していたとしても……」

 

「はい」

 

「……お姉ちゃんのほうが、お母さんにとっては可愛いんだろうね」

 

「…………」

 

 私はそれについて何も言えずに押し黙った。

 それはおそらく事実だが、それを肯定するのはあまりに惨い。

 

 お母様はかなたを愛している、それは間違いない。

 それだけ心を砕いているし、それだけ必死で、それだけ愛している。

 保障したっていいくらいだ。したところで意味もないが。

 

 だが、その上でだ。

 かなたの言うように、お母様は私の方が可愛い。

 強く、賢く、素直で、その上で責任を持たなくていい。

 そして、お母様は単純な人情以外で人を見ているところがある。

 

 お母様はいいところの出だ。

 そして、たぶん当主筋とか、そう言う……。

 他人に対する責任がある立場にいたらしいのだ。

 だからか、部下を評価する目線で人を見ているところがある。

 

 その視点から見て、かなたはまったく可愛くないのだ。

 そして、その逆に、私は有能な部下で非常に可愛いのだろう。

 

 それらが相まって。

 かなたを我が子として愛しては居ても。

 多面的な視点で見て、養子の私の方が可愛いのだ。

 

「どうして、私はこんなに才能がないのかな……必死でがんばっても、ぜんぜん強くなれない……」

 

「かなた……」

 

「インターハイだって、結局予選敗退だった。部活でしかやってない子が、私より強いんだよ……?」

 

「…………」

 

「努力しても報われない……もう嫌だ……」

 

「かなた……」

 

 努力の報われなさ。

 それはどんな場面でも直面する現実だが。

 かなたはその壁にぶち当たっていた。

 

 なにもかもが嫌になって、日々の修練すらやめた。

 その結果、かなたの伸びは止まるどころか退化を始めた。

 それはしかたのないことではあるのだが……しかし……。

 かなたはそれが許されるような生まれではないのだ。

 それが余計に私たちをやきもきさせてしまう。

 

 この子は自分の才能のなさに絶望しているが。

 それ以上に、自分が危険な立場にいる自覚がほとんどないのだ。

 実際、そう襲われるようなことはなかったし。

 襲われたとしても、私やお父様が秘密裏にサクッと片付けてたので……。

 かなたを襲わせて自覚を持たせるべきだったのだろうか。

 だが、そんなことしてかなたを傷付けてしまっては本末転倒だし……。

 

「かなた……あなたの心労、苦労は、私では計り知れませんが……ですが、日々の修練をやめてしまっては……」

 

「わかってる……明日からやるよ……お姉ちゃんも、いっしょにやろうよ……ね?」

 

「ええ、もちろんです」

 

「へへ……やった」

 

 嬉しそうに笑ってサンドイッチを頬張るかなた。

 そんなかなたの頭を優しく撫で、私は微笑んだ。

 

 

 かなたを慰め、それからかなたが眠るまで傍にいてやり。

 それから私は庭に出て、明日の訓練の下準備を始めた。

 と言っても庭が整備されているか確認し、道具類が揃っているか確かめるだけだが。

 

「問題なし。朝練に不足はなしですね」

 

 確認完了。私は深く頷く。よし、風呂入って寝るか。

 家の中に戻ろうとしたところで、闇に同化するようにお父様が立っているのに気付いた。

 ……夜とは言え、物陰に隠れもせずに突っ立てるだけで私が気付けないレベルの隠形するのやめてもらえるか?

 

「……お父様、なにをなさっているのですか?」

 

「ああ……もえぎか。いや、なに……些事だ。気にするな」

 

「はぁ」

 

 その些事とやらがなんなのか気になるのだが。

 まぁ、こんな風に言うのは詮索するなということだろう。

 

「…………君には本当にすまないと思っている」

 

「なにがですか」

 

「……元を辿れば、なにもかも俺が悪いのだ」

 

「お父様に責任はないと思いますが……」

 

 お母様とかなたの関係は負の方向に拗れているし。

 私とお母様の関係は正の方向に拗れているが。

 お父様の関係は全員に対し正常に真っ直ぐだ。

 

 育児もお父様は頑張ってた。

 私を育てている段階から育児参加率高ぇ〜って思ってたし。

 かなたの時も十分にがんばっていたと思う。

 

「いや……そも、俺がステラに惚れられたことが間違いだったのだ……」

 

「さすがにそれは根源的すぎると思いますが」

 

 そこまで遡ったら生まれたことが消せない罪になるぞ。

 

「……ステラが高齢出産に踏み切った理由は、3つある」

 

「はぁ」

 

「ひとつ、俺との愛の結晶が欲しかったこと」

 

「結婚と出産は間違いなく幸せのかたちの1つですからね」

 

「ふたつ、俺を縛りつけるための道具が欲しかったこと」

 

「……不穏な話ですね?」

 

「みっつ、俺をベッセルの家系に縛りつけること」

 

「……詳しくお聞きしても?」

 

 不穏な話が多すぎるだろ。

 私はげんなりした気持ちになりつつも、お父様にそう求めた。

 お父様は私の問いに頷くと、静かに語り出した。

 

「ステラは高齢だ。俺とステラが出会った時点で、ステラは100を超えていた」

 

「ずいぶんと血は薄いらしいですが、ハーフエルフなのでしたね」

 

「そして俺は21歳だった」

 

「はい」

 

「やがて俺とステラは愛し合って恋に落ちたが、ステラは年齢や身体状況も相まって負い目を感じていたらしい」

 

「はぁ」

 

「俺は未婚だったし、若かった。きっと子供が欲しいだろうとずっと気に病んでいたらしい」

 

「まぁ、自然な考えだとは思いますが……」

 

「俺はステラがいればよかったし、子供が産めるからという理由で愛する人を選り好みしたくはなかった。俺はステラが欲しかったのだ」

 

「情熱的ですね」

 

 娘に対して何言ってんだか。

 いや、それだけ愛し合ってると思うと、娘としてはお熱いねと思うが。

 

「だが、ステラは子供が産めない体を気に病んで、ずっと悩んでいた」

 

「……お母様にそんな事情が?」

 

「先ほども言ったが、ステラは当時すでに100歳だった。一般的に、その年齢では子供を産むのは不可能だ」

 

「ごく自然な話でしたか」

 

 エルフとか生粋の半血、つまり人間とエルフの間に生まれたハーフエルフ。

 そう言うのだと、生殖能力はかなりの長期間は維持できるのが大半だ。

 だが、8分の1エルフとか16分の1エルフとかとなると、また違うのだ。

 

 お母様は外見こそ若いが、肉体的な衰えはそこそこあるらしい。

 ただ、純粋な身体能力は全盛期と比較してもそう見劣りしない。

 実際、魔力や魔法を使わない類の組手なら私よりも格上の超級戦士だ。

 

 だが、魔力量は全盛期の2割程度にまで衰えたらしい。

 私が魔力探知能力を会得した時から比較してみても、半分以下に減少した感がある。

 だいたいだが15年くらい前か。その頃はまだ全盛期の5割くらいはあったんだろう。

 

「そもそもステラはすでに当時5人子供がいたのだ。病とか体質の問題ではない」

 

「は? ちょっと待ってください。初耳なのですが。お母様は再婚なのですか?」

 

「俺と出会う以前に伴侶には先立たれたそうだがな。その時、既にベッセル家の家督はステラの孫のライディゴが継いでいたし……」

 

「は、はぁ……」

 

 つまりなんだ。お母様はあれか。

 隠居してる婆さんが、20代の若い男を捕まえたのか。

 それはもう犯罪だろ。こう、いろいろと。

 いや、見た目若いからまだしも許されるかもだが。

 

「……どうしてもステラは俺の子供が産みたかったらしい。子供を産めさえすれば、俺が離れていくこともないだろうと」

 

「その程度のことで、お父様がお母様を見限るとは思いませんが……」

 

「どれほど愛しても、伝わらなかったのだろうな。俺は本気でステラを愛していたつもりだが、それではステラの不安を拭い去れなかったのだ」

 

 消沈した様子で吐露するお父様の様子はほんとうにお労しかった。

 お母様とお父様は、おたがいそこそこ物静かなタイプだから分かりにくいのだが。

 相思相愛だし、おたがいのことを本当に強く思い合っている。

 そんなお父様の想いが届かなかったのは悔恨の極みだろう。

 

「社会通念と言うものもあろうな。ステラの出身次元は、この世界よりもいくらか遅れていたし……ステラは当時すでに100歳を超えていたのでな……」

 

「なるほど……」

 

 お母様はいま130歳なわけで。

 それはこの世界で換算してみても1890年頃の生まれとなる。

 言ってみれば、明治時代の人間に近い感性の持ち主なのだ。

 この世界よりも遅れているというなら、もっとなのだろう。

 

 リリコーシャも19世紀くらいの時代区分なので、その辺りの空気感は分かる。

 王都とかの都会はまだ近世の風を感じたが、クライアントの領地の村とかさ……。

 子供を産めない女性への風当たりの強さとかヤバかったもんな……。

 

「そのためにステラは里の禁を破り、禁書庫の書物を渉猟した。ついには子を宿す禁術を編み出すに至ったのだが……そこで行いがバレ、ステラは里を追放。千人殺(せんにんさつ)の刑を受けることとなった」

 

「また不穏な単語出てきましたね……」

 

「ステラのいた世界は、伝記小説みたいな世界観でな……人を貪る魔族と言うものがいたのだ。ステラはそれを狩る、魔族狩りの一族だった。名のある魔族1000人を殺すことで、その罪が贖われるというのが千人殺の刑だ」

 

「なるほど……?」

 

 お母様そんな世界観の出身だったのか。ふつうに知らなかった。

 

「俺はステラと共に旅立ち、魔族千人殺を成し遂げ、里に帰った。そして、俺はステラと共に、この次元に帰って来た。子を育てるならこちらの方がやりやすいからな」

 

「まぁ、そうでしょうね」

 

 お母様の次元がどれくらい前の時代かは知らないけども。

 やっぱり近現代の方が子供は育てやすいわけで。ビタミンKシロップとかさ。

 

「そこで、ステラはベッセルの家系をこの地でも興すことを目論んだ」

 

「は?」

 

「ステラには魔族狩りの誇りがある。それを子に継いでほしいと思うのは自然な話だろうさ……そのために、俺が必要だったのだ」

 

「お父様が?」

 

「俺は若かったし、実力もあった。知っての通り、俺はバリツ・ナイトなのでベッセルの家系のそれではないが、ベッセル再興に強力な助力ができるだろう」

 

「ははぁ」

 

 バリツ・ナイト。

 ブリテンにて広く知られ、会得者も1億人を超えるという武術、バリツ。

 そのバリツの一流の使い手をバリツ・ナイトと呼び、日本で言う免許皆伝くらいのポジションだ。

 

 バリツはどういう経緯で創立された武術か割と謎の多い武術なのだが。

 バリツ・フォースとか、バリツ・パーティクルと言われるパワーを扱う技術があり。

 日本ではバリツ粒子と言われる、このトンチキな代物……いわゆる魔力のことなのだ。

 魔力や気功を扱う技術を内包する武術の大半はきわめて強力なものだ。

 

 他の武術は超絶に極めない限り、魔力や気功武術に劣る。

 逆に超絶に窮めると、魔力や気功武術の使い手を瞬殺しまくると変なパワーバランスしてるのだが。

 

「そのために、ステラは俺を夫とし、末永く家に縛り付けたかったのだ。だから子が必要だった……性急にな」

 

「……私が拾われた理由は、それもあったのでしょうか?」

 

「ステラを問い詰めなければ分からないが、ないとは言えまい。君を拾おうとしたのは俺が先だったからな」

 

 ものすんげぇ重たくて、ものすげぇ複雑な話が入り混じって頭がおかしくなりそうよ。

 脳内掲示板の仲間たちも阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 御いたわしい家庭事情を脳に流し込んで来るなとか文句が来てる。

 うるさい黙れ、みんなで分かち合うぞ。分かち合えば苦労は12分の1だな?

 

「そして……産まれたかなたは、あまり戦技の才がなかった」

 

「はい……」

 

「……ただの子として慈しむなら、それでもよかったのだ。だが、ベッセルの血を、魔族狩りの誇りを継承するには、かなたは強くあらねばならなかった」

 

「ですが、それは……」

 

「そうだ。ステラのエゴだ。だが、それを助長してしまったのは俺なのだ」

 

 沈痛そうな表情のお父様。

 なんて言ったらいいんだよ……。

 

「結局のところ、ステラに変な気を起こさせてしまった俺が悪いのだ」

 

「ですが、愛し合っていたのでしょう……? その想いが間違いだったと言っては……」

 

「……………………」

 

 お父様が物凄くむずかしそうな顔をする。

 そして、言葉を探すように目線をさまよわせる。

 

「…………女の子に、こんなことを言うのも、よくないと分かっているのだが……」

 

「はい?」

 

「…………ステラは出会った時点で子供が産めない身体だったと言ったな」

 

「はい」

 

「…………ステラが好色なのも、知っているな」

 

「……はい」

 

 こう、お父様とお母様が同じ部屋にいると。

 十中八九くらいの確率で、イタしてるんだよね。

 頻度もすげぇ高い。少なくとも週3くらいでやってる。

 そして夜に2人でこっそり出て行くこともある。

 たぶんアレはラブホとかに遊びに行ってる。

 

「俺は使用人としてステラの家に雇われ、ステラの傍付きにされたのだが……」

 

「なんだか展開が読めて来ましたね」

 

「若い男が付けられたら、そりゃ好色なのは襲うだろうさ」

 

「知ってた」

 

「そして、ナマでイイコトさせてくれる美少女を童貞が好きになっても……しょうがないだろうが……!」

 

「おお、もう……」

 

 私は顔を覆って嘆く。

 なにチン負けしてんだよ。

 

「若かったんだ……! 喜んでエッチさせてくれるどころか、向こうから嬉しそうに迫ってくるステラが可愛くてしょうがないのは当然だろうが……!」

 

「お父様……」

 

 トンチキ行為除けば、物静かでダンディな人で、近所の評判もいいんだが。

 なんだかんだ男の子だったんだな……。

 

「……そのように俺が欲望に負けて、散々に愛し合った。それでステラに変な気を起こさせた……俺が悪いのだ……」

 

「し、しかしですね、お父様がすべて悪いわけではないでしょう」

 

「そうだとしても……事の発端は俺なのだ。俺に最も責任があるだろう」

 

「お父様……」

 

 責任感があって男らしい態度だが。

 さきほどの情けなさ過ぎる告白を聞くと……な……。

 

「それで君に負担を強いている……本当にすまないと思っている……」

 

「好きでやってることですから」

 

「……その態度に甘えて、諸々の負担を押し付けてしまった俺は父親失格だ……」

 

「そんなことは……」

 

 ふつうにお父様はできる限りのことをしていただろう。

 お母様を取りなしつつ、かなたには稽古をつけ、なおかつ心理的ケアもして。

 そして、裏渡世で実力相応の困難な仕事を果たして一家の大黒柱の役目を果たしてるわけで。

 これ以上になにかしろと言っても、なにかできるか?

 

 って言うか、お母様とかなたの関係は、どっちが悪いってわけでもないのだ……。

 かなたに高望みし過ぎなお母様が悪くはあるにはある。

 ベッセル家の再興とか、お母様の業を継承して欲しいとかの。

 だが、それらの要素の一切を排除していったとしても。

 

 羽鳥あさぎと、ステラ・ベッセルの一人娘である事実は変えられない。

 

 結局、かなたに実力は必須を超えた必要不可欠の事項であり。

 それを与えるために厳しい修行を課さなくてはならず。

 しかし、かなたにそれに応えるだけの才能は備わっておらず。

 

 どうすりゃいいのさ?

 

「……む」

 

 おたがいに頭を悩ませていたら、お父様がなにかに気付いた。

 そして、私は家の玄関から誰かが出てきたことに気付いた。

 そちらへと目をやってみれば、そこには輝くような美少女。

 

 バッチリと薄化粧をキメ、アクセサリーで身を飾り。

 少し露出多目の、年頃の娘が着るような服装をして。

 しかし、それを纏っているのはその年ごろの少女ではなく。

 御年130歳超の超後期高齢者、ステラ・ベッセルその人だった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 私とお父様の間に、無言の時間。

 

「あ、あら……? も、もえぎ、おまえこんな時間に、外でなにをしているの?」

 

「あ、ああ、明日の鍛錬に使う道具に、ふ、不備がないかの確認をば……」

 

「そ、そう。ふ、不備はなかったわね? じゃあ、その、ほら、早く部屋に戻って寝なさい……」

 

「……はい」

 

 よくよく見れば。

 お父様も外行きの恰好をしているし。

 普段は付けないオーデコロンの香りがした。

 

 つまり、なんと言うか、まぁ。

 たぶん、これから町に繰り出して、しっぽりお愉しみタイムなんだろう……。

 かなたとのことで拗れて、おたがいのメンタルケアのためにとか。

 私とかなたを家に2人きりにしてやった方がいいだろうとか。

 まぁ、そう言うような意図もあるのだろう……たぶん。

 

 ……夫婦仲が良好なようでなによりだよ!

 

 

 

 

 風呂に入ってゆったりとし。

 それから寝支度をし、自室で布団に入る。

 

「はぁ……どうしたもんかな……」

 

 ため息をひとつ。

 脳内掲示板の仲間たちに相談もしてみるが。

 やはり、このどうしようもない家庭環境に悩みは尽きず。

 

 

4223:チーム・アルバトロス

 

 お母様を放てッ!

 

 

4224:チーム・アルバトロス

 

 チィッ

 なんだって女たらしなんか飼ってるんだよ(キンッ キンッ

 

 

4225:チーム・アルバトロス

 

 投げナイフを弾く女、イスパルツ・ハーン・アノール

 見ての通りエロい女だ

 

 

4226:チーム・アルバトロス

 

 いや、実際のとこ金属音立てて弾きはしないけどね

 ぷにっ、ぷるっ、って感じで弾くよ

 

 

4227:チーム・アルバトロス

 

 いずれにせよ弾きはするのか(困惑)

 

 

4228:チーム・アルバトロス

 

 そりゃそうだろ

 あの人剣刺さんねーんだもんよ

 

 

4229:チーム・アルバトロス

 

 1ミクロンくらいは刺さるだろ! いい加減にしろ!

 

 

4230:チーム・アルバトロス

 

 それは刺さってるとは言わねーんだよ!

 

 

4231:チーム・アルバトロス

 

 うっせー!!!!

 クライアントの話はいいんだよ!

 クライアントのこと思い出すとエロい気分になるからやめろ!

 

 

4232:チーム・アルバトロス

 

 そりゃスマン

 

 

4233:チーム・アルバトロス

 

 んでさぁ、実際どうしたらいいのこれ

 クライアントをもえぎの家に放ったら解決する?

 

 

4234:チーム・アルバトロス

 

 どうだろうな……

 結局、話を聞くにかなたちゃんの実力不足がすべての原因だろ

 でも、実力不足が一朝一夕で解消するわけでもなし……

 クライアントなら、実力不足を解消する手段とかあるのか?

 

 

4235:チーム・アルバトロス

 

 うちのお母様はね

 無尽蔵に努力できるし

 それが苦痛でも必要とあらば歯を食いしばってやり続けるし

 才能がなくても努力で無理やり壁をブチ破る人だから……

 

 かなたちゃんに「もっと努力すればいい。死ぬ気でやるといいよ。死んだら蘇生してあげるから」って鬼畜訓練提案するだけだと思う

 

 

4236:チーム・アルバトロス

 

 死ぬ気でやれよ、死なねぇから

 を超えた

 死ぬ気でやれよ、蘇らせるから

 

 怖い

 

 

4237:チーム・アルバトロス

 

 でも、かなたちゃんだって一生懸命訓練はしてるんでしょ?

 

 

4238:チーム・アルバトロス

 

 そりゃね

 家出た後は知らないけども

 ちゃんと毎朝6時に起きて学校行くまで訓練はしてたし

 帰ってきたら夕飯食べた後、2時間は訓練してたし

 長期休暇には山籠もりしたりもしてたし

 

 

4239:チーム・アルバトロス

 

 結局、何が足らないのん?

 

 

4240:チーム・アルバトロス

 

 才能

 

 

4241:チーム・アルバトロス

 

 どうしようもなさすぎて泣く

 

 

4242:チーム・アルバトロス

 

 誰かなんとかできないのか!?

 

 

4243:チーム・アルバトロス

 

 うちにつれて来いよ

 お母さんに頼んで強化しよう

 才能が足りないなら天才にすればいい

 

 

4244:チーム・アルバトロス

 

 すげーパワーワード出て来たな

 「才能が足りないなら天才にすればいい」

 

 なるほど完璧な作戦っスねーっ

 不可能だという点に目をつぶればよぉ~~~

 

 

4245:チーム・アルバトロス

 

 かつては不可能とされていた……

 だが、今は違う!(ギュッ)

 

 

4246:チーム・アルバトロス

 

 なんやかんやアレソレすることにより

 凡才を天才にすることが可能なのだ!

 

 

4247:チーム・アルバトロス

 

 手段が驚くほどにフワッとしている

 

 

4248:チーム・アルバトロス

 

 でもよぉ、強化し過ぎて

 着てた服が光って「なんの光ィ!?」ってなったりしない?

 

 

4249:チーム・アルバトロス

 

 そこんとこ分かんないんだよね……

 お母さんの料理で才能を補強することはできるんだけど

 どういう原理で強化してるんだかわからないし

 私に成功したにしても、常人にできるかわかんないし……

 

 

4250:チーム・アルバトロス

 

 真の天才に頼るのは最後の手段にしよう……

 やっぱりここは、訓練のプロを招待するとか……

 

 

4251:チーム・アルバトロス

 

 せやな

 やはり訓練のプロと言えば

 征夷大将軍たる家波戸部聚楽公!

 かのお方に御足労願えば、かなたちゃんもあっと言う間に最強に!

 拳を打てば山が砕け、走れば海は割れ、肩幅は50メートルだ!

 

 ちょっと、手足が大根みてぇに切り落とされたり

 頭をおもむろに胴体から切り離されたりするけど

 死なないからセーフだ!

 

4252:チーム・アルバトロス

 

 アウトなんだよなぁ

 

 

4253:チーム・アルバトロス

 

 むしろなぜセーフだと思ったのか

 コレガワカラナイ

 

 

4254:チーム・アルバトロス

 

 セーフだろ、どう考えても

 死なないのになにがダメなんだ

 

 

4255:チーム・アルバトロス

 

 じゃあおめぇは首切り離されても死ななかったらセーフで訓練されても平気なのかよぉ!

 

 

4256:チーム・アルバトロス

 

 頭木っ端微塵にされて、死んじゃったけど3日後に蘇るからセーフで訓練されてたんだが

 

 

4257:チーム・アルバトロス

 

 アッ、ウーン……

 

 

4258:チーム・アルバトロス

 

 エルグランドの民はねぇ……

 うん……ねぇ……

 

 

4259:チーム・アルバトロス

 

 なんか他に手はないんでヤンスか!

 

 

4260:チーム・アルバトロス

 

 やっぱよぉ! クライアント呼ぶしかねぇと思うんだよな!

 あの人鬼畜だけど、なんだかんだ言っても訓練の手腕はすごいし!

 実際、5年足らずでEBTGメンバーを超英雄級冒険者にしたのやばいと思うんだけど!

 

 

4261:チーム・アルバトロス

 

 それな

 地味にクライアントのやばいとこなんだよな

 

 

4262:チーム・アルバトロス

 

 まぁ、全員素質があったのは間違いないんだけども

 それでも5年ちょいであのレベルに育てたのはヤバい

 

 

4263:チーム・アルバトロス

 

 しかしねぇ、君……

 私たちはもうクライアントのいる時代には飛べないのだから……

 

 

4264:チーム・アルバトロス

 

 よく喋る!(射殺)

 

 

4265:チーム・アルバトロス

 

 理不尽過ぎて草

 

 

4266:チーム・アルバトロス

 

 手段なんかどうにでもなるだろ

 ちょっと待ってな

 明日そっちいくわ

 

 

4267:チーム・アルバトロス

 

 ? ウッス、おねがいしまーす

 

 

 

 しばらく話し込んで、私は静かに眠りに就いた……

 

 

 

 ぐっすりと眠って、翌朝に夜明けと共に目を覚ます。

 家の中に気配は3つ。お父様とお母様は夜半に帰ってきたようだ。

 

 私は布団を畳んで部屋を出ると、まず朝の身支度を。

 それから台所に向かい、朝食の支度をする。

 と言っても、焼くための具材を準備しておくとか、そのくらいだが。

 うちは朝に訓練する家庭なので、朝食もガッツリ目だ。準備は必須だった。

 

 そうしていると、脳内掲示板にて呼びかけられる。

 家の外に来ているので、出迎えて欲しいという要望だった。

 本当に来たのかと驚きつつ、私は家の外に向かい、来客を出迎える。

 

 家の外にいたのは、見慣れた黒のセーラー服姿のチーム・アルバトロスのひとり、カル=ロス。

 そしてもうひとりは、金色に輝く髪に紅い瞳の美女。それは私のよく知るクライアント、イスパルツさんだった。

 

「クライアント!? クライアントがなぜここに……自力で転移を? クライアント!」

 

 驚いて思わずイスパルツさんに歩み寄る。

 そんな私の腹に捩じ込まれるカル=ロスの手刀。

 激痛が脳天に走り、私は思わずうめく。

 

「彼女はクライアントではない」

 

 なんで殴った?

 痛みで言葉が出なかったので、私は脳内掲示板でカル=ロスをなじった……。

 

 

 

 

 私が落ち着いてから、事情を聞くことが叶った。

 

「私からするとほとんど初対面なんだけど、君からすると昔の私と面識があるんだったね」

 

「はい、お母様。われわれは数日前まで、『アルメガ』との戦いを繰り広げてきたのです」

 

 そう、つまり、この人は私たちのクライアントではない。

 いや、厳密に言えばこの人こそが真のクライアントなんだけども。

 

 この人は現代のイスパルツさんなのだ。

 私たちからすれば、先日まで対面していた20数年前のイスパルツさんの方が馴染み深いのだが。

 あちらの時代の自分を手助けして欲しいと依頼をしたのは彼女だ。

 まぁ、実態としてそれはただの方便なのだが。

 

 しかし、なんだか不思議な話だ。

 私たちは現代のイスパルツさんとは面識がほぼないが。

 過去のイスパルツさんとはもちろん面識があり。

 

 現代のイスパルツさんは私たちに面識がないが。

 逆にかつての時代に未来から来た私たちとは面識がある。

 

 おたがいに面識がないのに。

 おたがいのことをよく知っている。

 とても奇妙な関係だった。

 

「『アルメガ』との戦いか……今思い返せば、後悔することも多い戦いだったな」

 

「ほう、具体的には」

 

「やっぱこう……『アルメガ』とイイコトしてる余裕なんかなかったけど……おっぱいをひと揉み……いや、ひと舐めするくらいなら……なんとかならなかったかなぁ……」

 

「お母様は全世界の人間に謝った方がいいと思いますね」

 

「そうかなぁ」

 

 あいかわらずキマってんなこの人……。

 そう思いつつも、私はカル=ロスに問いを投げる。

 

「それでカル=ロス。なぜイスパルツさんを?」

 

「単純に、お母様にお伝えしてあげなくてはと思っているところでしたので」

 

「?」

 

「お母様はかつての戦いから、地球に来ることを諦めて待ち続けたのです」

 

「はぁ……?」

 

「待ち続ければ、かつて知己を得た人々が連続した世界線に来れますからね」

 

「ああ、なるほど」

 

 『アルメガ』との戦いを終えた後。

 イスパルツさんから見て20数年後の地球に訪れることは不可能になった。

 だが、同じ時代の地球……イスパルツさんから見て20数年前の地球になら来れる。

 イスパルツさんなら、20数年前の親組食べ放題だぜイェーイ! とでも思いそうなものだが……。

 

「お母様が20数年前の親組をいただくために来ていたら面識があるはずじゃないですか。それがないと言うことは、この世界線のお母様はかつての人と再会するために待つ選択肢をとったと言うことですよ」

 

「ああ、そう言う世界運航の話ですか……」

 

 たしかに言われてみればそうなるのか。

 イスパルツさんなら絶対に子育て手伝ってママ友になりつつセックスフレンドにもなる欲張りフレンド申請してるところだ。

 だが、そうなっていない以上は、我々の世界線のイスパルツさんは待つ選択肢を取ったのだ。

 でないとイスパルツさんが世界線移動できちゃうことになる。

 

「私は22年待ったんだ。これから楽しむことにするよ」

 

「……カル=ロス?」

 

「はい」

 

「私のお母様とかなたを売りましたね?」

 

「いやもう、お母様ぶち込めばなんだかんだ拗れた親子関係も全部解きほぐしてくれるかなって」

 

「荒療治が過ぎる!!!!!」

 

 実際、イスパルツさんのたらし技術、ケア能力を思うと。

 マジで万事上手く纏めてくれるのではって期待も持てるのだが。

 だが、そうなったら私はこの家の敷居をどう言う顔して跨げばいいんだよ。

 私個人がイスパルツさんと激しい夜の運動しても個人の遊びだが……。

 

「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。同意ある子としかしないから。無理強いなんてしないよ。安心して」

 

「巧みな落としテクニックで、向こうから懇願するように仕向けたりしませんね?」

 

「私を信じて」

 

 イスパルツさんの真剣なまなざし。

 その瞳に宿る真摯な光に私は思わずドキッとさせられる。

 なんて純粋な……そして力強い瞳をする人なんだ……。

 

 そうか。この人は女に対しては真摯な人だ。

 それを疑うのは愚かなことだったか。

 

「そ、そう、ですね。失礼しました……」

 

「もえぎ」

 

「はい? なんですか、カル=ロス」

 

「お母様、具体的にどうこうするとは一切言ってませんよ」

 

「…………」

 

 イスパルツさんの発言を思い返し。

 たしかにその通りだなと理解する。

 

「イスパルツさん?」

 

「天気がいいね。この国は天候も季節も豊かで美しい国だ」

 

「私の顔を見て喋ってください」

 

「もちろん。可愛いね、もえぎ……」

 

「あっ、そ、そんな、べつに、その、起きたばかりで化粧もしてないのに……」

 

 イスパルツさんが甘い声で囁き、私は頬が赤くなる。

 そんな、可愛いとか、寝間着に1枚羽織っただけで、化粧もしてないのに……。

 でも、この人が言うからには本気で私のことを可愛いと思ってるんだろうな。

 

 ドキドキと胸が高鳴って、私は頬が赤くなる。

 何度見ても見慣れることのない、美しい紅い瞳。

 その瞳に真摯な好意の色を乗せて、イスパルツさんが私に顔を寄せて来る。

 

「とってもかわいい……ねぇ、もえぎ」

 

「は、はい……」

 

「キス、しようか?」

 

「え、そんな……い、家の前ですよ……」

 

「誰も見てないよ……」

 

「…………」

 

 イスパルツさんの甘い声。背筋がぞくぞくと痺れる。

 私は眼だけで周囲を伺って、誰もいないことを確認して、目を伏せた。

 

「嫌だったら、抵抗して……」

 

「…………」

 

「ん……」

 

 イスパルツさんが甘い口づけをして来て。

 やわらかで潤いに満ちた唇が触れる。

 

「ふふ……もえぎの可愛い唇にキスしちゃった。可愛いね、もえぎ」

 

「あ、あんまり、褒めないでください……」

 

「ね、もえぎ。私のこと、信じてくれる?」

 

「は、はい……信じます……」

 

「よかった、嬉しい」

 

 イスパルツさんはほんとうに嬉しそうに、可憐な微笑みを浮かべる。

 とても強い人なのに、その微笑みは可憐で儚げですらあり。

 その姿に思わず胸が高鳴る。この人のことを信じてあげたい……そう思わされる。

 

「ああ……もう……初手から絶好調だなお母様……ハハ……まぁ、しょうがないか……20年我慢するとか常人でもキツいんだから……」

 

 カル=ロスがそんなことをぼやいていたが。

 イスパルツさんとのふれあいに胸の高鳴る私の耳には届いていなかった……。

 

 

 

 

「イスパルツ・ハーン・アノールです」

 

「カル=ロス・気比(けひ)です」

 

 エルグランドの親子組が訪れ、私はその2人を家に上げた。

 早朝から訪ねて来るのはなんとも非常識な話ではあるのだが。

 この2人の肩書と言うか、実力と、今の状況を踏まえると、そうまでおかしくはない。

 

「ご存知でしょうが、カル=ロスは私と共に裏渡世で活動をしている、『アルバトロス』チームの一員です」

 

「ああ、知っている」

 

 お父様が頷く。

 お父様は裏渡世でバリバリ現役の戦士だ。

 私のみならず、気鋭の若手の名は大体把握している。

 

「そして、こちらイスパルツさんですが、カル=ロスのお母様でいらっしゃいます。カル=ロスはわれわれ『アルバトロス』チームでも一二(いちに)を争う腕利きです。それを育てられた方なだけあり、大変な腕利きでいらっしゃいます」

 

「へぇ……」

 

 お母様が興味深そうにイスパルツさんを見ている。

 

「お嬢様の訓練をするにあたって、腕利きのお二方の助力を願えればと思いましたところ、こうして駆けつけてくださいました」

 

 実際のところ向こうから押しかけて来たのだが。

 まぁ、そんなことをわざわざ言う必要もないだろう。

 

「そうだったの……娘のためにわざわざ御足労いただいて申し訳ありません」

 

 なんてお母様が深く頭を下げる。

 

「いえいえ、頼っていただけて嬉しい限りです。この遠い異国の地で暮らす娘を気にかけてくださる恩返しとお思いください」

 

 なんて言いながらイスパルツさんがぺこぺこと頭を下げる。

 ……この人、ほんとにエルグランド大陸生まれの異世界人なんだよな?

 なんでここまで日本人っぽい仕草ができるんだ?

 20数年前に1か月そこら暮らしたっきりだよな……?

 

「さぁ、それでは善は急げと言いますし、さっそく訓練にしませんか?」

 

 イスパルツさんは手を打ってそんな提案をする。

 しれっとなじみ深い言い回しを使って促して来るとか。

 マジのマジでこの人20数年ぶりの日本なんだよね……?

 

「そうね……もう日も高くなってしまうし、そのようにしましょう」

 

 お母様はイスパルツさんの提案に頷き、朝の鍛錬のために動き出す。

 それに追随するように、私もお父様もかなたも動き出す。

 かなたはちょっと不安そうな顔をしていた。

 

「お、お姉ちゃん、大丈夫なの?」

 

「大丈夫。カル=ロスも、イスパルツさんも、すごい人だから。かなたをバッチリ鍛えてくれるよ」

 

「そうかな……でも……私、才能ないから……がっかりさせちゃう……お姉ちゃんみたいに、才能ないし……」

 

「大丈夫、心配要らないよ。イスパルツさんは優しい人だから」

 

「でも……」

 

 不安そうにするかなただが、何も心配はいらない。

 イスパルツさんは人を育成することにかけてはマジですごいから。

 

 

 

 まずはみんなの戦闘能力を見たいとのことで、カル=ロスたちは見に回る。

 そして、私たち羽鳥家組が各々で訓練をし、その最中でかなたに稽古をつける。

 

 基本的には、お父様とお母様の訓練はそんなに激しくはない。

 2人とも肉体的全盛期は過ぎているので、厳しい鍛錬を積んでも成長は見込めないからだ。

 現在の肉体の状態を把握し、それに適した動作の再確認をするのが主体の修行。

 その上で鍛え込んだ身体能力を損失しないように適度に体に負荷をかける程度だ。

 

 一方で肉体的全盛期真っただ中の私たちは体に強い負荷をかける。

 その上で、教え込まれた戦技をひとつひとつ再確認し、反復練習。

 身体に技を覚え込ませ、咄嗟に繰り出せるように研ぎ澄ませる。

 

「わかってきたぞ」

 

「いけそうですか、お母様」

 

「うん、だいたいわかった」

 

 しばらく訓練を眺めたところで、イスパルツさんがそう言い出した。

 

「かなたちゃん、私の動きを見て、それを真似して見てもらえるかな?」

 

「……はい?」

 

「とりあえず、やるだけやってみて欲しいんだ」

 

「はい……」

 

 イスパルツさんが深呼吸をし、規則的に呼吸を繰り返す。

 それから、ゆっくりとした動きで準備運動のような動きを始めた。

 かなたはそれを見よう見まねで真似して、イスパルツさんにワンテンポ遅れて動く。

 3分ほどそんな運動をして、かなたは額にじんわりと汗を浮かべていた。

 

「えっと、これって何の意味が?」

 

「ただの準備運動みたいなものだよ。これだけじゃそんなに大きな意味はないよ」

 

「はぁ」

 

「かなたちゃん、今日は訓練ってどれくらいみっちりできるのかな?」

 

「あんまり激しい訓練をするとケガをするので……今日は日曜日だから、時間は夜まで取れますけど……」

 

「なるほど。よし、じゃあ、もうしばらく私に付き合ってもらおうかな。いいかな?」

 

「えっと……」

 

 かなたが視線をさまよわせ、お父様とお母様へと目をやる。

 

「そうね、まぁ、朝食までは……」

 

「いや……イスパルツさん、あなたの思うようにすべてしてくれていい」

 

「あさぎ?」

 

「すまない、信じて欲しい。今日1日だけ、イスパルツさんに任せたい」

 

「でも……」

 

「決して悪いようにはならないはずだ。頼む、信じてくれ」

 

「ちょっと……わかった、わかったわ。そんなことしないでちょうだい」

 

 その場に跪いて土下座までしようとするお父様。

 その動きにお母様が驚いてお父様を止める。

 お父様にそうさせるほどのなにかが今の動きにあったらしい。

 しかし、どうもお父様以外には分かっていない様子なのだ。

 もちろん、私にもなにがなんだかさっぱりだ。

 

「イスパルツさん。不甲斐ない師としてお願い申し上げる、かなたをどうか導いてやってほしい」

 

「任されました」

 

 お父様の願いに胸を張って応えるイスパルツさん。

 そして、かなたへと向き直る。

 

「よし。じゃあ、ロードワークいこう。軽くぐるっと走って、それから次は軽い組手をしようかな」

 

「はぁ、わかりました」

 

「カル=ロス、付き合ってね」

 

「はい、お母様」

 

 どうやら2人がかりでみっちりかなたを見てくれるらしい。

 できることなら私もついて行きたいが……どうしたものかな。

 いや、ここはイスパルツさんを信じよう。

 きっと、この2人ならいいようにしてくれるはずだ。

 

 私たちはイスパルツさんを信じ、かなたを出稽古(でげいこ)に送り出した。

 

 

 

 そして、イスパルツさんたちは夕方になって帰って来た。

 連れて行ったかなたは自信に満ちた表情を浮かべている。

 朝と比較して、なにが劇的に変わったということはないのだが。

 かなたの立ち居振る舞い、そこに滲む自信に大きな差があることがわかる。

 

 いったいイスパルツさんはかなたになにを……?

 

「見違えるほどよくなったよ」

 

 自信に満ちた表情で太鼓判を押すイスパルツさん。

 そんなイスパルツさんの態度に訝し気な顔をするお母様。

 

「それほど変わったようには見えないけれど……」

 

「イヤ……たしかに、見違えるほどよくなった。実際すごい」

 

 お父様には違いがわかるらしい。

 私にはもちろんわからない。なにが違うんだろう。

 

「お姉ちゃん……」

 

「はい、お嬢様」

 

「組み手をしてもらってもいいかな」

 

「はい、もちろんです」

 

 かなたの求めに応じ、私は構えを取る。

 お父様より習い覚えたバリツと、お母様から習い覚えた対魔戦術。

 対峙するかなたもまた、バリツと対魔戦術を交えた構えを取る。

 夕暮れの庭にジリと燃えるような戦意が満ちた。

 

「すぅー……ふぅー……」

 

 私たちの戦技の基本は呼吸にある。

 大気に満ちるバリツ粒子……魔力を取り込む呼吸法。

 それを自身の内在魔力と共に運用するのがバリツの真髄。

 

 極限まで練り上げた戦技は山をも穿つ……。

 キロメートル単位の『アルメガ』の腕を切り飛ばせるので冗談でもなんでもない真実だ。

 

「いくぞ!」

 

「はい」

 

 かなたが気合の声と共に踏み込む。

 その踏み込みの鋭さに、思わず私は戸惑う。

 繰り出されて来た手刀の鋭さに私は咄嗟に後ろに跳んで回避。

 

 うっそだろ、マジで半日で桁外れに腕を上げて来た。

 

 私が戸惑うのにも気づかず、かなたが呼吸と共に激しく魔力を練り上げる。

 その魔力の流動速度、運用技術、そして増幅能力。

 それらすべてが今朝とは段違いに上昇している。

 

 私並み……いや、これは……私を超えている!

 

 魔力運用技術を鍛え上げるのは一朝一夕では済まない。

 それをほんの半日でここまで桁外れに練度を上げる?

 イスパルツさんはいったい何をやったんだ!?

 

「スゥーッ! ハァーッ! 参る! 『鋼拳无二打(フェイルノート)』!」

 

「『鋼拳无二打(フェイルノート)』!」

 

 同時に魔力を練り上げ、外部より取り込んだ魔力を混ぜ合わせる。

 それによって発生する反発エネルギーを卓越した魔力制御によって捻じ伏せる。

 その反発の作用をも含めて打ち出される、必殺の拳。

 

 私とかなたの拳が激突し、鈍く激しい打撃音が響く。

 

 恐るべき魔力の錬磨、その冴えは私を上回り。

 膂力で打ち負け、私の腕が押し出される。

 これは……!

 

「くっ……!」

 

 だが、押し切る前にかなたが拳を振って下がる。

 なんだ? 苦痛に耐えるような変な顔をしている。

 そう思ったのも束の間、かなたがさらに魔力を練り上げる。

 

 お母様に似た髪質の、そしてグレーの髪色。

 きっと、お母様が白髪になる前はあんな髪色だったのだろう。

 お母様と同じヘーゼルの瞳が私を射抜いている。

 

 迫る灰色の影、私とかなたの拳足(けんそく)が交差する。

 激しい打撃音と共に響いて来る打撃の威力はほれぼれするほどだ。

 疑いようもなく、いまのかなたは一流の戦士に相応しい力量があった。

 マジのマジでなにをどうやったら1日でこんなにできるんだよ。

 

「スゥゥーッ! ハァァーッ! 『雷の投擲(ゲイ・ボルグ)』!」

 

「『懲愚剣(シャスティーフォル)』!」

 

 かなたの放つ蹴りと共に放たれる魔力の矢。

 30発の散弾を蹴撃と共に放つ『雷の投擲(ゲイ・ボルグ)』。

 それを私は誘導迎撃作用のある魔力の剣『懲愚剣(シャスティーフォル)』で薙ぎ払う。

 

「おおっ!」

 

「はああっ!」

 

 魔力砲撃の雨を抜け、手刀で私へと切りかかるかなた。

 私も同様に手刀で受け止め、その場で激しく手刀が交錯する。

 そして、その最中に私はかなたの手を掴み取った。

 

「『天盾(エヴァラック)』!」

 

「うあっ!?」

 

 きわめて堅固な守りを作る『天盾(エヴァラック)』。

 それによってかなたの手を抑え込み、私はそのままかなたを抑え込みにかかる。

 

「あっ、そんなっ」

 

「だいたいわかった! 魔力運用技術は上がったようですが、身体が強くなったわけではないのですね!」

 

「くっ、あっ……!」

 

 さっきの激突で下がった理由もわかった。

 あれはたぶん、かなたの骨が耐え切れずに軋んだのだ。

 折れたり、ヒビが入ったりするようなことにはならなかったが。

 

 筋力、骨を強化しても、やはり基礎値が高いほどに効果は高い。

 かなたは私を超える魔力運用技術があっても、基礎身体能力に差がある。

 ならば、それを前提に肉体強化に魔力を全開で回し、後は身体能力で抑え込む!

 

 そうして、私はかなたを地面へと押し倒した。

 基本的に、私たちのルールでは地面に倒されたら負けだ。

 

「ああ……負けちゃった……お姉ちゃんに勝てると思ったのにな……」

 

「それは申し訳ありません」

 

 言いつつ、私はかなたから離れて下がる。

 ふぅ、めっちゃ強敵だった……。

 

 

 

「よかったよ。すごくがんばったね、かなたちゃん。本当によくなったね。私もうれしいよ」

 

「はい! ありがとうございます、イスパルツさん! あなたのおかげです!」

 

 組み手を終えて、おたがいに息を整えて。

 かなたはイスパルツさんに勢いよく感謝の念を伝えていた。

 やっぱり、かなたの秘められた才能が開花してとかではなく。

 イスパルツさんがインチキめいた修行を施したらしい。

 

「……もえぎ、かなたは本物なの?」

 

「はい、奥様。体格差もあり、身体能力で勝っていたおかげでなんとか勝ちを拾えましたが。お嬢様の魔力運用技術はすさまじいものでした」

 

「そう……」

 

「もえぎ。バリツ粒子は本気で吸収し、本気で練ったのだな?」

 

「はい、旦那様。私は本気でした」

 

「そうか……かなたのセイシントーイツは本物だった。そして、バリツの鍛錬は欠かしてはいなかった……ノー・バリツ、ノー・ナイト……かなたもまた、バリツ・ナイトであった」

 

「……はい」

 

 なんのなにのなんだって?

 ツッコミたくてしょうがなかったが、私は何も言わずにいた。

 

「イスパルツさん。あなたはバリツ・ナイトをも超える達人、マスター・オブ・バリツ……いや、それをも超える、グランド・マスターだったのだな……」

 

「ええっと……バリツと言うものの役職はよく知らないのだけど、気功と魔力の扱いにかけてはちょっと自信があるからね」

 

「実際すごい。かなたのセイシントーイツ、そしてバリツ・ブレスをあれほどの領域に導くことができるとは……」

 

 バリツ・ブレス。まぁ、魔力を吸収する呼吸法のことなのだが。

 たしかにかなたの呼吸法の練度は低いと思っていたが……。

 それを改善するだけで、あそこまで劇的によくなるか……?

 

「私がやったことは単純だよ。かなたちゃんの魔力制御の滞りを指摘して、それを改善しただけ。言ってみれば、これこそがかなたちゃんの本当の実力なんだよ」

 

「なるほど……かなたの努力は決して無駄ではなかったのだな……」

 

「うまく表現ができなかっただけで、かなたちゃんの中に実力は育っていた。それは間違いないよ」

 

 イスパルツさんはそう保障した。

 正直、なぜこんなによくなったのかはわからないが。

 かなたの努力が正しく実ったのならば、それはいいことだ。

 

「……かなた」

 

「……なに?」

 

「こんなことを言っても、おためごかしのように聞こえるでしょうけれど……あなたの努力が実って……本当によかった。うれしいわ……」

 

「……っ! なにがッ! そんなのっ! そんなッ、そんなの……う、う、うるさい! なにが! なにがよかったって……知らない!」

 

 かなたはお母様の言葉にそう叫んで、私に抱き着いてきた。

 お母様がかなたの成長を認めて、それを喜んでくれたのが嬉しかったのだろうけど。

 それを素直に受け止められるほど2人の関係はまともじゃない。

 

 これから、拗れたのを改善していければいいけど。

 でも、かなたのコンプレックスだった実力が改善されたのなら。

 そして、お母様の心労の根源だったかなたの実力が改善されたのなら。

 あとはもうよくなるだけじゃないかなと思えて来る。

 

「なにが、よかっただよ……そんなの…………お姉ちゃん、私、強くなった……?」

 

「はい、お嬢様。負けるかと思いました。お嬢様の日々の努力が実ったのですね」

 

「ん……頭、撫でて……」

 

「はい」

 

 言われるがままに私はかなたの頭を撫でる。

 本当に、本当によかった……。

 

 

 

 

 それから、ちょっと夕食を豪華にしたりして。

 イスパルツさんとカル=ロスにお礼の言葉を述べて夕飯を食べて。

 湯上りの後に、私とイスパルツさんは縁側で語らっていた。

 

「そうですか。今日1日、かなたを遊びに連れ歩いて心を解きほぐしてくれたんですね」

 

「うん。あの子にのびのびと実力を発揮させるにはそれがいちばん近道だったからね」

 

「そうでしたか……ありがとうございます。姉として、お礼を言わせていただきます」

 

「いいよいいよ。大したことはしてないからね。かなたちゃんの気を感じて、それを整えて、正しい気と魔力の練り方を教えただけだから」

 

「それをできる人間が世にどれだけいることか……」

 

 しれっと言ってるけど、それ達人芸なのでは……?

 いや、私自身その難易度はよく知らないんだけども。

 そんなのできるって言うやつを聞いた覚えがない……。

 

「聚楽ならできるんじゃないかな」

 

「気功関係であの人にできないことはまずないですよ……」

 

「そっか。セリナなら……いや、どうだろ。セリナには無理かな。セリナの師匠ならできるのかもだけど……」

 

 なんてぼやくイスパルツさん。

 この人、金髪紅眼の美少女なのに気功の達人なんだよな……。

 

「まあ、私の場合はふつうの手段じゃなくて、こう、房中術(ぼうちゅうじゅつ)を使ったからね。普通にやるよりずっと楽だったよ。楽しかったし」

 

「はぁ、ボウチュウジュツ……?」

 

「ちなみにだけど」

 

「はい?」

 

「もえぎちゃんにもできるよ。実力が1ランクアップすると思うけど……どう? 興味ある?」

 

「ありますあります。ぜひともやってみたいです」

 

 たったの1日で劇的なパワーアップが期待できるならやりたいに決まってるだろ!

 さすがにかなたほどの劇的な伸びは期待できないかもだが……。

 それでも、1ランクアップと言うなら眼に見えて分かるほどの差が出るのだろう。

 そんなのやってみたくないわけがないだろう!

 

「うんうん、そっか。でも、なんて言うのかな……もえぎちゃん」

 

「はい」

 

「まず、かなたちゃんに指導したのって、もえぎちゃんが頼んだからだよね」

 

「ええ、はい」

 

「それで、続いてもえぎちゃんにも指導って言うのはさ……うん、ちょっと筋が通らないかなって思うんだよね。なんていうか……誠意が必要だよね?」

 

「あ……失礼しました。あの、謝礼はいったいどのようなものが……」

 

 考えてみれば、無報酬で指導なんてあってはならないことだ。

 イスパルツさんは冒険者なのだから、タダ働きはまずい。

 技能を安売りさせてはいけないし、不当に搾取したら報復されるからな……。

 

「そんな、お金とか、物とか、そんなものは求めてないよ」

 

「んっ……」

 

 イスパルツさんが私のふとももにそっと手を這わせて来る。

 その優しく、やらしい手付きに私の背筋がぞくぞくとした。

 

「ただ、もえぎちゃんの誠意が見たいんだ。気持ちを知りたい……私のわがままかな?」

 

「いえ、そんなこと、ないと思います……ぁっ」

 

 服の裾から手を潜り込ませ、下着の上から私の胸を撫でるイスパルツさんの手。

 そのほっそりとした滑らかで美しい指が、私の胸にやわやわと触れる。

 そこから伝わる熱が、私の心臓の鼓動を速く、高くした。

 

「もえぎ。ホテルにいこう」

 

「……はい」

 

 強い自信に満ちた、半ば命令に近い要求。

 それを発するイスパルツさんの目には力が満ちていて。

 私はその眼光に腰砕けになるような思いを味わった。

 

「今日使ったホテルが結構よかったんだ。そこにいこう。朝まで楽しもうね?」

 

「優しくしてくださいね……? イスパルツさんが本気だったら、私壊れちゃいますよ……」

 

「ふふ、大丈夫。ちゃんとするから。ああ、楽しみ過ぎて今夜は眠れないよ」

 

「はい……」

 

 私はイスパルツさんに肩を抱かれ、そのまま夜の町へと繰り出した。

 ああ、この人ってほんとにすごい女たらしなんだな……。

 そんな実感と共に、私の熱い夜は始まりを告げた。

 

 ああ、今夜は寝かせてもらえないな……。

 

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