あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 当たり前の話であるが。

 サシャは娼婦ではない。

 当たり前の話であるが。

 

 技巧などないし、娼婦の知識もない。

 あなたは客を死ぬほどえり好みこそすれ、超一流の娼婦だ。

 そんなあなたからすれば、噴飯(ふんぱん)ものですらある。

 

 あなたは娼婦として閨の作法はもちろんのこと。

 客に(きょう)する茶の淹れ方。

 マッサージ、ボードゲーム、話術。

 ストリップ、暗殺、ダンスなどなど。

 娼婦の持つべき技術をすべて体得している。

 

 チェスの腕前はグランドマスターをボコボコにするほど強いし。

 話術もベッドに入るのを忘れさせるほどに熟達している。

 ストリップやポールダンスは芸術の域に達し、見た者の性欲を喪わせるほど。

 

 だが、それはそれ、これはこれである。

 

 サシャはなんの技術も知識もない少女だ。

 さほどの経験もなく、豊満でも、妖艶でもない。

 そんな普通の少女が、知恵を振り絞ってあなたを誘惑する。

 これほどまでに胸の滾る情景があるだろうか。

 いや、ない。あるわけがない。

 

 たしかに、1流の技術と、磨き上げた美によるストリップは芸術のごとく美しいだろう。

 だが、他の誰も知ることのない、あなたのためだけに開演されたストリップショーは、あなたの心を限りなく満たした。

 まぁ、楽曲もなく、ただ服を脱ぐだけのそれは正式のストリップではなかったが、そんなことはどうでもいい。

 

 特等席でサシャの持て成しを受けたあなたは満たされる心地のまま椅子に背を預けた。

 満足げに見つめるあなたの姿にサシャは恥ずかしそうにしつつも微笑んだ。

 

「え、えへへ……その……ま、満足していただけましたか……?」

 

 とても。

 あなたは頷き、そこで大事なことを忘れていたことを思い出した。

 懐から取り出したものをサシャへと向かって放り投げる。

 

「わっ、とと……お金?」

 

 ストリップにはおひねりが必要である。

 まぁ、場所によって作法は異なるが。

 少なくとも、エルグランドでは演者におひねりを投げるのが当然である。

 なんでおひねりと言うのかは知らないが。

 まぁ、いろんなものを投げつけるものだ。

 

 本当にいろんなものを投げつけて来るの、割と危ない。

 グランドピアノがカッ飛んで来たり、重厚な兜がカッ飛んで来たり。

 ふつうに命が危ないことすらあるものが飛んでくる。

 まぁ、へたくそな演者には殺意を持って石を投げつけるので。

 それに比べればいくらかはマシだろうか。

 少なくとも、当てようとはしてこないわけで。

 

 今回放ったのは、金貨を数枚ほど放り込んだ袋である。

 金貨もあんまり大量に入れると普通に殺傷力を発揮するので加減した。

 

「え、えっと、もらってもいいんですか?」

 

 おひねりなのだから当然である。

 

「でも、おこづかいも貰ってますし……」

 

 それとこれとは話がべつである。

 まぁ、お金のおひねりが嫌なら、装飾品などのおひねりを投げることになる。

 その場合、そんなちゃちな小遣いとは比較にならないほど高価なおひねりになるが。

 

「え。そんなに?」

 

 あなたの身に着ける品はどれもが強力な武具だ。

 下着やインナーは頑丈でこそあれただの衣服だが。

 指輪や首飾りも全て強力なエンチャントがされている。

 このどれか1つを手に入れるだけで、凄まじい強さを得られるだろう。

 

 あなたは右手の中指に嵌められた指輪を外す。

 それをサシャに試しにつけてみるように言った。

 

「は、はい。わっ!?」

 

 身に着けた瞬間、サシャは自分の感覚が激変したことに気付いたようだ。

 耳をピクピクさせながら周囲を見渡している。

 

「これ、すごい……ええ……?」

 

 サシャにつけさせた指輪は普段使い用。

 時の歯車を加速させる類のエンチャントはついていない。

 戦闘用の本気装備にはもっと多数の、そしてより強力なエンチャントがついている。

 

 それでも生半な装備品とは比較にならないほど強力な逸品だ。

 今のサシャの膂力はざっと普段の5倍くらいだろうか。

 そのほかにも、感覚の鋭さや器用さなども変わっているはずだ。

 それが如実に感覚の違いを生み出しているのだろう。

 

「ご主人様の装備ってこんなに……もしかして、ご主人様が強いのは、こういう装備をたくさん持っているからなのでしょうか?」

 

 たしかにそう言う一面もある。

 だが、普段使い用の指輪の身体能力ブーストは微弱である。

 あなたにしてみればあるかないかも分からない程度の増強効果だ。

 サシャがまだまだ未熟なので劇的な効果に感じているだけである。

 

「なるほど…………いえ、待ってください、ご主人様。あの、獣人は身体能力に優れています」

 

 それは今まで見て来た中でよく知っている。

 俊敏性も優れているし、身のこなしもよい。

 天性の運動神経、センスの持ち主だ。

 

 単純な身体能力もすばらしく高い。

 そこらの成人男性並みのものがある。

 栄養不足の小柄な少女でそれだ。

 屈強な獣人の成人男性はそれはもうすごかろう。

 肢体は柔らかで敏感、指をぎゅうぎゅうと締め付けてくる感触も素晴らしい。

 

「そ、そう言う身体能力はともかくですね……以前の私でも大人の人間くらいの強さはありました。あの美味しくない草のおかげで、今ではもっと強くなりました」

 

 それは認める。以前の倍くらいの身体能力にはなっているだろう。

 

「その私の強さを、軽く3倍くらいは増強してくれている感じなのですが……」

 

 もうちょっと強いだろう。

 おそらく4倍か5倍くらいはある。

 

「やっぱりそうですよね。でも、ご主人様からすると誤差なのですか……?」

 

 逆に聞きたいのだが。

 石ころを相手の頭が爆散するほどの威力で投げられるあなたの身体能力が、常人の10倍やそこらで済むとでも思っているのだろうか。

 

「たしかにそれもそうですね……やっぱり、ご主人様ってすごいです」

 

 サシャがキラキラした眼であなたを見上げて来た

 あなたは思わず胸をそびやかした。

 

 サシャは知的な面の強い少女だが。

 そうした原始的な強さへの羨望を強く持っている。

 いや、羨望と言うか、信仰に近いものだ。

 強いものに対する敬意を自然に持っている。

 獣人の特性なのだろうか?

 考えてみればブレウにもそう言う面があった。

 

「でも、こういう装備もあるんですね……私もいろいろ集めた方がいいのかな……」

 

 装備を集め、自分を強化していくのもまた冒険のだいご味だ。

 迷宮の奥深くから得た強力な装備が、自分の戦法に合致するものだと知った時の歓びは一入である。

 まぁ、何の価値もないゴミみたいな装備が得られることもあるが……。

 

「なるほどー」

 

 はわー……と感心するサシャ。

 ところで、その指輪が気に入ったならそれをおひねりとしてあげるが、とあなたはサシャに問いかけた。

 

「えっ。え、ええ……ど、どうしましょう……」

 

 サシャは食い入るように指輪を見つめている。

 指輪の持つ力に魅入られているのだろう。

 そう言うものだ。人間だれもがそうなる。

 

 こんにちは、君いい装備持ってるね。死ね! とかやらかす冒険者もいる。

 強大な力とは人を魅了するし、また人を悪に落とすものだ。

 いい剣を持ってると言う理由で相手を殺して奪い取ったあなたも同じ穴の(むじな)である。

 

「そ、その……これをもらっても、いいですか?」

 

 もちろん。

 普段使いの指輪なので別段惜しくもないし。

 病気を防ぐと言う珍しい効果があり、デザインが気に入っていたのでつけていたのだ。

 病気はもう(かか)ることは無いので、惜しい理由はデザインくらいにしかない。

 つまり、さほど重要ではない。

 可愛いサシャのためなら惜しくないと言うことだ。

 

「私のためなら……えへへ……その、ご主人様」

 

 サシャがあなたの手を引き、ちらりと視線を向けた先にはベッドがあった。

 そして、サシャがあなたの手を自分の胸元へと誘うと、早く強い鼓動が伝わってくる。

 

「今日は、どれくらい可愛がってもらえるのか、私、ずっと……その、たくさん、可愛がってください……」

 

 あなたの理性は蒸発した。

 

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