テーブルの上に次々と並べられていく料理たち。
それはじつに
新鮮な魚の数々をふんだんに用い、さりげなく高級な食材が用いられている。
まったく、なんと豪華な食卓だろうか。
そんな感嘆の溜息を吐かされるほどだった。
「この店は生の魚を食わせる店でな。うまいぞ」
「生の魚を? 大丈夫なの?」
「ああ。カイルとカイラが生の魚を食べるための技法を開発したからな」
「へぇ……そんな技法があるんだ……その2人のお陰でこの店があるわけね」
「いや、その2人が技術提供する以前からこの店はあった」
「……生の魚は出してなかったのよね?」
「出してたぞ」
「大丈夫だったの……?」
「最強の海の男の店だからな。最強の海の男は寄生虫ごときに屈しはしないらしい」
「ただの根性論……」
割とふざけた店だったらしい。
その最強の海の男とやらの発言だろうか。
エルグランドでも楽しくやっていけそうな逸材だ。
「今は大丈夫なのよね……?」
「大丈夫だ。まぁ、無理なら生じゃない魚もある。そっちを食うといい。特に、そのフライは絶品だぞ」
セリナの指差す先にはたしかにフライ料理がある。
種々の魚のフライの盛り合わせのようだ。
そのほかにはエルグランドでは高級料理と知られる活け造り。
まだパクパクと口の動く魚は新鮮な証だ。ややグロい。
他にも魚介類がふんだんに使われたさまざまな料理が並んでいる。
生魚が食べられなくとも問題はなさそうだ。
「さて、食うか」
言って、チョップスティックを手に取るセリナ。
これで食事をするのがこの店の習わしのようだ。
あなたも同様に2本の細い棒きれを手に取る。
普段使いする食器ではないが、使い方はわかる。
高山地帯の宿泊施設ではよく使われていたので慣れてはいるし。
「刺身はな、この香味野菜を少しだけつけて、このソースにつけて食べると……うん、うまい!」
セリナが実に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
魚が好物なのだろうか? 眩しいほどの笑顔だ。
あなたもセリナの真似をしてみる。
ねっとりとした緑色の謎のペーストをひとすくい。
それを魚の切り身につけ、小皿の黒いソースにつけ、口へと運ぶ。
あなたは驚愕した。
活け造りにこんなうまい食べ方があったなんて……。
エルグランドの活け造りの食べ方は決まり切っている。
ビネガーか、岩塩を少々振りかけて食べる。お好みでレモンを絞る。
魚本来の味わいを楽しめるとか、新鮮さを楽しむとか。
かかった金にニヤつくとか、そう言う料理でだ。
活け造りとは、味を楽しむための料理ではないのだ。
だがこれは違う。
たしかな塩気の中に豊かな旨味を含んだソース。
魚の淡白な味わいを引き立て、臭みをごまかす。
そして、少しばかりつけた香味野菜のペースト。
ツンとくる辛味と爽快感が突き抜けて、じつによいアクセント。
魚特有の臭気も消し去って、味を引き締める。
魚自体もうまい。鮮度が抜群なのは分かっていたが。
どうもなにかしらの野菜類か何かで味付けがしてある
これが魚の味を引き立てていて、じつにうまい。
「ほう。刺身の美味さが分かるとは、やるじゃないか」
にやりとセリナがあなたを褒めた。
シンプルに美味いのだから、やるもなにもない。
しかし、この香味野菜は一体なんなのだろう?
ホースラディッシュのような辛味だが、より強烈だ。色も独特。
「ね、ねぇ、大丈夫なの?」
「ご主人様、お腹痛くなってないですか?」
なにやら心配されてしまった。
あなたは自分はとても強いので問題ないと答えた。
最強の海の男が平気なのに、最強の陸の女がダメだとでも?
あなたの強靭過ぎる肉体は内面にも及んでいる。
寄生虫なんぞでは内臓に歯を食い込ませることもできない。
「そう言う問題じゃないような……」
「美味しいんですか……?」
実にうまい。最高である。たまらんおいしさ。
3人が食べないなら自分とセリナで食べる。
無理はしなくていいとあなたは答えた。
それがちょっと意地悪く聞こえたのだろうか。
美味いものを独占しようとしているように感じたのかも。
3人が意を決したようにチョップスティックを手に取る。
そして、活け造りに果敢に挑戦しだした。
全員がおぼつかない手つきで活け造りを口に運ぶ姿はなにやら面白い。
セリナも同じ気持ちのようで、にやにやとした顔でレインら3人の様子を見守っている。
「ん……んん……? うん……? 美味しい、のかしら?」
「う……私、これ無理です……」
「あっ、美味しい! これ美味しいです!」
レインはよく分からないような感じ。
フィリアはギブアップ。サシャには好感触のようだ。
そう言えば、サシャは前に釣った魚も喜んで食べていた。
もしや、魚が好きだったのだろうか?
「じ、実は、はい。その、生で食べたことも、あります。生でもイケるって薬師様が……」
薬師様と言うのがだれかは知らないが。
親しい間柄の人物だったのだろう。
少なくとも、サシャに食事を供するようなことをしていたらしい。
「酒がいけるならな、これもいいぞ。ほら、試してみろ」
そう言ってセリナがソースの小皿を向けて来る。
何かが混ぜられているようで、どろっとした質感だ。
それと同時に非常に薄く切られた刺身を示して来る。
「肝醤油だ。酒に合う」
なるほど?
あなたは促されるまま試してみることにした。
刺身をチョップスティックで1枚取り上げる。
そしてキモジョウユなるソースにつけて、食べてみる。
途端に広がるのは濃厚な味わい。なるほど、レバーだ。
どうやら何かの魚のレバーを濾したものを混ぜ込んでいるらしい。
魚はコリコリとした独特の食感で、これがまた美味である。
後味に血生臭さが来たところで、セリナがあなたへと酒杯を渡した。
あなたは素直に受け取り、それをぐいっとやる。
うまい。あなたはしみじみと呟いた。
辛口の酒だ。
それが血生臭さをきれいに洗い流すと、旨味が余韻に残る。
これは実に美味い食べ方で、なおかつ美味い飲み方だった。
「美味かろ? カイラの提供したレシピで初めて食べられる逸品だ。この店でしか食えん」
ほほうとあなたは感心した。
この店でしか食べられない。
そう聞くと通いたくなってくる。
「それと、この刺身はこう、4~5枚くらい一気に食うのが……うまい」
言葉通り、セリナが刺身を5枚一気に口に運び、酒をぐいっとやる。
実に満足げな仕草でほうっと溜息を吐く姿はなにやら妙に扇情的だった。
「私も食べていいですか?」
「ああ、どんどん食え。足りなければ追加で頼むさ」
「わぁい!」
サシャも刺身をキモジョウユにつけて口へと運ぶ。
レバーの濃厚な味わいに、サシャの耳がぴこぴこと揺れた。
「これもおいしいですね!」
「酒は?」
「えーと……じゃあ、ちょっとだけ」
サシャが酒杯を受け取り、くぴりとちょっとだけ口に運ぶ。
「あれ、飲みやすい……これ、お水みたいに飲みやすいですよ」
「いい酒と言うのはな、水のように飲めるという。それがいい酒の証だ」
では、水を飲んだ方がいいのでは……?
あなたは内心で訝った。
「そうそう、この店以外でこの肝醤油の刺身は食うなよ」
酒が入って上機嫌になって来たセリナがそんなことを忠告してきた。
「この店以外で食ったやつがバタバタ死んでるからな」
この料理そんなヤバい料理だったのか。
あなたは思わずキモジョウユをまじまじと見つめる。
特段、なにもおかしいところなどなかった。
どこにそんな危険性が潜んでいるのだろう。
「この刺身と、この肝はな、同じ魚から取ってるんだが。毒魚でな。カイラが提供したレシピ以外じゃ毒抜きができんらしい」
「このお店でしか食べられない、サシミ……じゃあ、たくさん食べておかないとですね!」
「おっ、いいぞ、サシャ、だったか? 怖気づかないで、食える時に食っておこうって言うのは嫌いじゃない。冒険者の考え方だ、それは。さぁ、どんどん食って飲め」
「いただきます!」
しかし、この酒は実にうまい。
辛口だが、フルーティーな香り。
それでいて舌ざわりもよく、喉越しもよい。
もう、どんどん飲めてしまう。
特に魚料理に合う。
刺身もそうだが、フライにも合う。
というより、料理の主軸と言えるソースに合うのだ。
この黒い旨味のあるソースは一体何なのか。
なかなか面白い味なのでいろいろ試してみたい。
「うん? これがなんのソースかだと? これは醤油と言って、カイルとカイラしか作れんソースだぞ」
と言うことは製法は秘伝と言うことだろうか。
悔しいが素材も何も分からないので再現は不可能だろう。
素材さえ分かれば試行錯誤でなんとかして見せる自信はあるのだが……。
「製法は知らんが素材なら知ってるぞ。塩と、大豆と、小麦だ。あと、なんかいい水が必要らしい」
万金にも値する情報だ。しっかり覚えておこう。
素材からだけでも、このソースの秘密が分かってくる。
この色合いは、黒ビールの醸造過程などで得られるものに近いと考えられる。
おそらく小麦を醸造することで得られる糖分から起こる反応によるものだ。
とすると、大豆と小麦を特別な醸造方法で醸造するのだ。
酒と同じく時間が必要な類のものだろう。
錬金術でなんとか短縮できないだろうか?
いい水に関しては、おそらく醸造を妨げない水と言うことだ。
酒と同じような水でいいのだろうか。そこも試してみよう。
「作れそうなのか?」
分からないが……。
まぁ、やるだけやってみる。
あなたはそう答えた。
「ま、作れたらこの店に卸してやってくれ。樽1つも卸してやったら、このくらいの料理はいくらでも馳走してくれるだろうさ」
べつにそれは金を払って食べればいいだけだが。
ショウユなるものがなければこの料理はありえない。
そして、料理のレシピに関してはさすがに教えてくれないだろう。
どうやって解毒するかはさすがに分からない。
そう考えてみれば、卸すのもひとつの手か。
この店が円滑に運営されるように手助けした方が効率がいい。
そのように考え、無理な再現は諦めた。
ところで、この酒に関しても教えて欲しい。
じつにうまいので、自分用に買いたい。
あなたはセリナにさらなる情報を求めた。
「ああ、この酒か。これは米の醸造酒だ」
コメ。つまりライス。
穀物の一種だから酒は造れて当然だが。
なるほど、こういう酒になるらしい。
エルグランドで一般的な仕込み方ではこうはならない。
どうやってこんなふうになるのだろうか?
製法はともかくとして、原料についてセリナに尋ねた。
「詳しく知らんが……麹と水と、蒸した米で作るというのはなんかで見たな……」
コウジとは?
「なんか、米にカビを生えさせたものらしい」
発酵食品の類だろうか?
カビを使った食品と言えばハムが真っ先に思い至る。
いったいどうやるのだろうか?
まったくもって製法が思いつかない。
麦とライスの違いを検証するところから始めるべきかもしれない。
「ま、がんばってくれ」
あなたは頷いた。この酒は好みだ。
自分で作れれば最高である。
作れなければ、その時はその時だ。
当地でしか味わえない美味と美酒を訪ねて再訪と言うのも悪くない。
和やかに美味と美酒を味わい、新鮮な魚介に舌鼓を打つ。
実にいい店だ。また来よう。あなたはこの店が気に入っていた。
「ふぁー、おいしいですねぇ、このお魚」
サシャがパクパクとキモジョウユの刺身を食べている。
このままだと全部食い尽くされそうだった。
あなたは慌てて酒杯を置いて刺身に向かった。
「慌てんでも足りなんだらまた頼めばいい」
しかし、何度も頼めば在庫の魚が無くなる可能性もある。
この美味な魚を食べ損ねるのはなんとも惜しいのである。
「ま、気持ちは分からんでもない。こっちのフライも食ってみろ。アジフライは最高だぞ。ホタテのかき揚げも美味い……よく考えたら天ぷらとフライが混ざってるな、この盛り合わせ」
あなたはフライを食べてみることにした。
小型の魚を開きにして揚げた、飛び出した尻尾が特徴のフライ。
ざくりと音を立てて
なるほど、これはショウユをかけるべき料理だ。
あなたは理解すると、ショウユをかけて齧った。
「どうだ」
美味い。最高。あなたは笑って答えた。
あなたはフライを1種類ずつ味わって食べた。
フライには2種類あるようだった。
こんがりきつね色に揚げられたものと。
白っぽくサクリと揚げられたもの。
見慣れたものがフライ。
もう一方がテンプラとやらだろうか。
フリッターと何が違うのかよく分からない。
テンプラの方は種々様々なものがある。
ハーブだけを揚げたと思わしきものまである。
エルグランドのハーブのようなとんでもないものじゃあるまいな……。
不安に思いつつも、あなたは試しに食べてみる。
幸い、とんでもない味わいと言うことはなく。
爽やかな香りとパリパリした歯応えが楽しい一品だった。
これは塩であっさりと食べる方が美味いように思えた。
衣が淡白だからか、素材の味わいを楽しむ料理だろう。
味の強いショウユは避けるべきに思えた。
「ほう、塩か。しかし天ぷらにはやはり清酒だな……」
エビのテンプラが特に美味であるように思えた。
しかし、野菜を寄せ集めたようなテンプラも美味だ。
特にタマネギが甘くて美味い。これはたまらない。
「昼の飯時はな、丼メニューを出してる。そのかき揚げをおかずに米を食べると美味いんだな。かき揚げ茶漬けにするのも悪くない」
茶漬け。お茶をかけるということだろうか。正気なのだろうか?
いくらなんでもそれは食べ物を粗末にしているようにしか思えない。
「茶漬けと言っても出汁茶漬けだ。騙されたと思って今度食ってみろ。美味いぞ」
あなたはいぶかしみつつも、機会があったらと頷いた。
今は目の前の料理を味わいたい。
煮込まれた魚は、ショウユ、香味野菜、香辛料を用いているようだ。
ジンジャーの香り豊かな煮込み魚は、しみじみうまい。
十分にメインディッシュを張れる味わいとも思える。
見た目が少々悪いので、そこは改善点か。
テンプラともフライとも異なる揚げ物料理も美味だ。
ショウユを下味に使っているようで、豊かな味わいだ。
硬めに揚げられているのもいい。
オニオンも使っているようで、魚の生臭さを微塵も感じない。
エビ、甘く味付けされたキノコ、細切りされた薄焼きの卵、鞘ごとぶち込まれた豆。
そんな取り留めのない具が散りばめられたライスも美味だった。
色味が豊かで目にも楽しい逸品だ。女の子が好きそう。
酢で味付けされたと思わしきライスは仄かに甘い。
茶色っぽくライスが着色されている点もあなたにとっては好印象。
白いライスはなんか虫の卵っぽくて嫌なのだ。
魚の各部位を乱雑に放り込んだようなスープは風味豊かな味わいだった。
意外なことに雑味や臭みなどはほとんど感じられない。
いったいどんな下処理をしているのだろう?
料理をする人間として興味深いし、純粋に食べる側としても楽しい。
この店は疑いようもなく大当たりだ。
実にいい店を知ることができた。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後