I am the perfect and ultimate XX 作:生物産業
約2週間ほどの船旅を終え、学生寮に帰って来てからしばらくたったある日。
夜中に鈴音から呼びだされた福助は開いた口がふさがらなかった。
「……笑えば良いじゃない」
「とうとう水筒にまで喧嘩を売ったのか。で、反撃にあったと」
「違うわよっ!」
鈴音の可愛らしいお手ては、水筒様とジョイントすることを望んだらしい。
まあ、実際は水筒を洗っている際に、寮の断水で水が出ず、突っ込んだ手が抜けなくなったというのが真相だ。
「はあ~……ちょっと失礼」
福助がなんの遠慮もなく、鈴音の頬に手を伸ばした。
「な、なに――」
「はい、息を吐いて」
わけの分からなかった鈴音だったが、言われたとおりに息を吐く。
その瞬間、福助が鈴音の腕をつかみながら、すぽっと水筒を抜いた。
「痛かった?」
「だ、大丈夫だけど……急に顔に触れるなんて」
「緊張させて力ませた方が、力をより抜きやすくなるからね。ずっ~とにらめっこしながら、水筒と格闘していたのは想像に難くないし、こうすれば抜けると思ったんだ」
「……あ、ありがとう」
「Don't mention it(気にしないで)」
そう言って帰ろうとする福助。ただ顔を赤くした鈴音が呼び止める。
「ちょうど良いわ。少し英会話の練習を手伝ってくれないかしら?」
「My Pleasure(喜んで)」
鈴音のうっかり事件はこうして幕を閉じたのだった。
◆
一本の電話が、男を鬼軍曹に変えた。嘘だが。
――あの、身体ってどうやって鍛えればいいんでしょうか?
――私に任せなさい
愛里からの電話に即答した。
現在、夏休みの最終盤。高育では生徒にプールを解禁している。
福助のクラスの男たちは女子を誘うために躍起になっており、連日連夜女子と連絡を取れるものにメールを送りまくっている。誘ってくれと。
当然福助にもそのようなメールが――くるはずもなく、そもそも綾小路、平田、外村以外の男の連絡先をしらない。
イケメン二人は男子の野望に参加することなく、むしろ勝手に誘われる側だ。外村は福助がお遊びで作ったゲームのレビュー中。よって、福助にプールの誘いなどくることはなかった。
「空き教室って借りられるんですね」
プールに誘われなかった代わりに、希望者を募ってヨガ兼体幹トレーニングを開講することになった。
体力を付けたい佐倉の願いだったが、いきなりランニングとかさせても、継続できないため、美容という名目で継続しやすい形をとっている。
「チャバティに申請したら借りれた。ただ問題起こしたら、罰則があるとも言われている。気をつけるんだぞ」
「たぶん、茶柱先生が注意したの福田君だけだと思うよ。愛里が問題起こすわけないじゃない」
「長谷部、佐倉以外の女子生徒の参加者も増えたんだ。女子がキャッキャウフフしていて、問題が起こらないわけがない」
「だから、問題を起こしそうなのが貴方だけなの。わかる?」
波瑠加は愛里の護衛としてやってきたようだ。
「何を言う、男女比がおかしくなるから男も呼んでいる。俺はうさぎちゃんなんだ」
「寂しくても死ななそうね。そうなると、綾小路君当たりかしら? それとも平田君?」
「須藤とブラザーさ」
「ぶ、ブラザー?」
愛里はその言葉でわかったようで、苦笑している。
そして3人で会話していると、噂の二人がやって来た。
「福田っ! お前のせいでプールに行けなかっただろうがっ! 綾小路を使って脅迫してくんなっ!」
須藤の連絡先をしらない福助は、綾小路を利用して脅迫メールを送信させている。
「俺に二度も敗れた分際で偉そうに。黙って動け駄犬」
「んだとっ!」
「Master」
須藤と一緒にやって来たガタイの良い大男。山田アルベルト。なぜか福助を師と仰ぐ変わった生徒だ。
そんな彼が、須藤を抑え福助に挨拶をしてくる。福助は「Hey, bruth」と挨拶を返していた。
「I appreciate your participation today(今日は参加してくれて感謝するよ)」
「No, thank you. I'll definitely make the most of it for the rematch with you(いいえ、こちらこそ、よろしくお願いします。師匠との再戦に向けて、必ず活かして見せます)」
「Well, just have fun with it. Core strength is the foundation of everything. It makes you less prone to injuries and enhances the effects of your workouts. It's all good(まあ、楽しくやってくれ。体幹はすべての基礎。怪我もしづらくなるし、筋トレの効果もあがる。良いことずくめだよ)」
「Understood. Thank you(承知しました、ありがとうございます)」
それからぞくぞくとメンバーが集まってくる。
今回の参会者は、帆波のクラスから、一之瀬帆波、神崎隆二、白波千尋、網倉麻子。福助のクラスからは、佐倉愛里、長谷部波瑠加、松下千秋、佐藤麻耶、王美雨。強制招集の須藤健、山田アルベルトの布陣だ。
「体操着じゃない、トレーニングウエア……良き」
「福田、少しは心のうちを隠そうとは思わんのか? 一之瀬から聞いて、心配になって来てみたが」
「神崎、俺はジェントルマン」
「もういい」
言っても通じないだろうと、神崎は説得するのを諦めた。
「それにしても、結構集まったね。うちのクラスは私が声を掛けてみたんだけど」
「佐倉にお願いされて開講してみた。帆波と松下は俺が呼んだけど、ほかは知らん。慌てて、舎弟とブラザーを招集するはめになった」
少し離れたところから、「誰が舎弟だっ!」と声が上がったが、アルベルトに押さえられていて暴れることもできない。完璧なサポートだ。
「ぐだぐだ話しててもしょうがない。まず体幹トレーニングの効果を実践して見せよう。須藤、ここからあの自販機までお前ならどのくらいで帰ってこれる?」
3階の教室の窓の外から見える自販機。直線距離で50メートルほど離れている。
「教室を出て、下まで降りて……3、4分ってとこじゃねぇの?」
階段を全力ダッシュしても、それくらいの時間はかかる。須藤の身体能力を持ってしてもだ。
「俺なら30秒だ」
そう言った福助は、窓を開けてそのまま飛び出した。
さすがの奇行に、帆波以外の思考が一瞬停止する。
そして、すぐに復活し、3階下の地面に激突しているであろう福助を心配し、窓から覗き込むが、当人は地面につく前、壁を蹴って落下の威力を殺し、回転しながら綺麗に着地。
そのままダッシュして、自販機で商品を買い、ダッシュで戻ってくる。
帰りはどうするのかと、疑問に思う面々を無視して、そのまま壁を駆けあがってくる。
少しのとっかかりがあれば、それを利用し、身体を持ち上げ、それを繰り返し、教室に帰還。
「時計タイムで28秒ってところかな」
「よし」
「「よしじゃないっ!」」
帆波と福助以外から、非難の声が飛ぶ。
彼らからすれば自殺したようにしかみえず、危ないよと軽く注意するレベルではなかったのだ。
「パルクールって知らない? もっとファンキーな奴は、もっとアクロバットにやるよ? え、魅せプレイが足りないとか、そういう批判? 俺、専門じゃないんで」
「そうじゃない。根本的に間違っている。ここは3階だぞ!? 普通の人間はそもそも飛び出した時点で死んでいる! パルクールの次元じゃない!」
「超人すぎる俺が素敵ってことですね、わかります」
「As expected of the master. Wonderful(さすがは師匠、素晴らしい)」
アルベルトの賞賛に、福助が気分をよくする。
福助の身体能力の要因を知っている千秋は、「これくらいできないと、スラムで生き残れないんだ」と世界の厳しさに絶望していた。
「俺がおかしいのか?」
「あー神崎君、おかしいのは福助君の方だから。あまり深く考えない方が良いよ」
「一之瀬は慣れているんだな」
「同じ中学だしね」
「同じ中学って言葉はそんな万能じゃないぞ」
神崎の常識が少しずつ崩壊していくのだった。
◆
「ということで、体幹を鍛えると、オレンジジュースが30秒で買えるようになります」
「わ、私、オレンジジュース、買いません」
「佐倉、あくまで最終目標だから。まだその段階じゃない」
「まだ……」
いずれ、死を覚悟しなければならないのかと、愛里は不安になった。
「まずはヨガで身体の柔軟性を高めましょう。代謝もあがって、痩せやすくなるし、美容にもってこいです」
福助の言葉にホッとしたのは、女子だけではない。
「しかし、男子のヨガなど見ててもつまらん。須藤に、ブラザー、神崎、帆波は体幹トレーニングを行ってもらう」
「はい、私は女の子です!」
帆波が元気よく手を上げるが、あきれ顔で福助にみられる。
「ヨガはもうできるだろ? 基本的なプランクだって教えたんだ、もっときついのやろうよ。片手倒立腕立てとか」
「それは体幹って言えるのかな?」
「信じれば、すべては体幹トレーニング。須藤、見本をみせてやれ」
「できねぇよ! 普通の逆立ちで精一杯だっ!」
「ブラザー」
「Sorry」
二人にだらしないと、文句を垂れ、福助は渋々倒立を開始する。その際、服がめくりあがり、バキバキの腹筋があらわになった。
一部の女子が黄色い声を上げる。
「綺麗な倒立だな。バランス感覚のなせる技か」
「体幹です」
それから片手を外し、なんなら親指だけを残し、腕立てを開始する。
「体幹はそんな便利な言葉じゃないと思うが」
神崎の言葉に、他の面々が大きくうなずいた。
「こんな感じ。帆波はとりあえず、倒立できるくらいにはしてくれ。ポロリは大歓迎だから、いつでも頼む」
「私のインナーの防御力は最強だから。そして、そんなことを言っているから、モテないんだよ」
うんうんと女性陣は大きくうなずいた。格好いいという気持ちがないわけではないが、発言が非常に残念なのだ。
「俺の口は脳と繋がってないんだ」
「病院行きな♪」
それから、トレーニングが開始された。
若干名が、セクハラされるのではないかと、恐れていたが、トレーナーとして福助は優秀だった。
基本的なヨガのポーズを教え、柔軟を促していく。
「佐倉、伸ばすときは、ゆっくり息を吐きながらだ。戻すときは逆にゆっくりと吸う。全身に酸素がめぐるイメージをしろ」
「は、はい」
「長谷部、そこからもうちょい伸ばす。もう無理と思ってからが勝負だ」
「もう無理」
そう言った波瑠加の背中をぐいっとおす。蛙のつぶれたような悲鳴が聞こえたが、福助の指摘した場所まで指が伸びていた。
筋を痛めるような無理やりの方法ではない。例え、女子としての品位を失うような声を発しても、一人一人の限界を見抜く目を福助は持っている。
だからこそ、手抜きは許されない。
「松下、王、佐藤、俺はお前たちがやればできる子だって信じている」
「笑顔が怖いよ、福田君」
「わ、私のことは美雨と呼んでください。王はなれなくて」
「あ、それなら私も麻耶で良いよ。福田君には勉強で世話になってるし」
「じゃあ、私も千秋で」
「千秋、美雨、麻耶。俺はお前たちがやればできる子だと信じている」
結局彼女たちの無駄な努力は本当に無駄に終わった。女子としては汚い悲鳴が教室にこだまする。
3人の乙女に恥辱を与えたあと、Bクラスの二人に移動してくる。
「ふ、福田さん」
「白波、実は帆波に俺は苛められたんだ。その仕返しを同じBクラスの君たちにちょっとしても良いかなと思っている」
「ほ、帆波ちゃんにお願いします」
離れていた帆波から「千尋ちゃんっ!」と叫び声が飛んできたが、無視された。
「なるほど、しかしそれだと帆波が学校生活を送ることが困難になるかもしれない。いや、困難になってしまう」
「何する気なの!?」
「黙って倒立しておけ。でだ、白波、それに網倉。君たち二人がここまで身体を伸ばすことで、帆波への罰を一つ減らそう。二人が頑張れば帆波の平穏な生活は守られる」
「「が、がんばります」」
福助が指定した位置まで、二人は一生懸命に身体を伸ばす。その際、年頃の男子にみせるような顔をしていなくても、クラスリーダーのために頑張る二人だった。
「神崎……体幹なさすぎ。お前、運動能力が高いんじゃないのか? 全く。体幹のための体幹トレーニングをしようとするからダメなんだ。ちゃんとやれ」
「……」
指示された基本的なプランクはクリアした神崎だったが、福助からすれば正しいやり方ではなかった。
修正されて、再度やりなおすと、腹筋が攣りかけ、二の腕はぷるぷると震えている。
「少し休憩にしよう」
「すまない」
神崎は少し落ち込みながら、水分補給に向かった。
「須藤とアルベルトは、基本的な体幹は大丈夫そうだな。それの調子はどう?」
福助がわざわざ自作してきた筋肉強制ギブス。体の使い方がなってない二人を強制的に慣れさせる拷問使用である。
「お、お前、俺たちに恨みでもあんのか?」
「……」
「ここには女子生徒がいるからな、気もそぞろになってしまうだろう。これは俺のサービスだ。余計なことを考える暇を与えないようにしただけだ」
「ぶ、ぶっ殺す」
「威勢のいいことで。ちなみにアルベルトはお前の一つ上の負荷がきついやつだ。お前に合わせて、わざわざ縮こまってくれてるぞ。しかし、そろそろ喉が渇いたな。奢ってやるから、自販機で飲み物でも買ってきてくれないか?」
アルベルトが絶望するような目で見るが、サングラスを付けているため福助には通じない。
須藤は須藤で、立ちあがるのもやっとの状態だ。体幹トレーニング後に装着させられたため、無理やり動かすような体力はないらしい。
「正しい力を伝えれば、そのギブスは動く。俺の会社の人体工学マニアが喜々として構造を練った代物だ。俺も実体験済みだし、問題ない」
そう言って、福助は帆波の元に移動する。須藤が何か言いたそうだが、そんな余裕はないようだ。
「帆波、調子はどう?」
「壁ありなら、できるけど。何もないとどうしてもバタバタ動いちゃう」
「手の腹でバランスを取るんじゃなくて、指側で取る意識をしてみて。マットの上だし、倒れても良いから腹と指の適切なパワーバランスを見つけてみて」
体操用のマットはけが防止のために、事前に茶柱に申請して持ち込んでおり、帆波はそこで倒立の練習をしている。
「あ、できた」
「帆波のキュートなおしりを眺めてていい?」
「ダメ」
「ちっ。じゃあ、慣れたら歩くように足を動かしてみて、腹筋を中心に体幹を維持できないとすぐに倒れるぞ」
「ひぃ~!」
泣き言を言いながらも、帆波は昼休憩前には福助の指示をこなせるようになっていた。
◆
トレーニングが終了し、強制ギブスにより疲労困憊の須藤とアルベルトは昼食は個人で取ると言って、足早に帰っていった。
その際、しっかりギブスを持って帰ったところをみると、彼らなりに必要なものだと判断したようだ。
男子2人に、女子8人。汗を流した後のシャンプーの匂いが漂っているということもあって、福助は嬉しそうに昼食を取っている。
「なんか、無人島の時より汗をかいた気がする」
麻耶の言葉に女性陣が大きく頷く。
「代謝を高めるのが目的だからね。それに俺の天才的スキャンで各人にあった筋膜のねじれを解消したから、動きやすくなっていると思うよ」
「筋膜ってなに?」
「ざっくり言うと、筋肉を包むたんぱく質の薄い膜。全身にある。一部がねじれたりしたままだとそのまま全身に波及するから、姿勢が悪くなったり、柔軟性が落ちたり、運動能力の低下なんかになる。ちなみに一番ひどかったのが、神崎」
「確かに、福田に言われたとおりに身体を動かしていたら、軽くなったな。腰の痛みもなくなった」
「デスクワークばかりの社会人は大抵、どこかおかしくなってる。帆波、神崎に過酷な労働させているな? ブラック企業反対」
「そ、そんなことさせてないよっ!? ねぇ!?」
「ああ。別に一之瀬に何かを強制されたことはない。特別試験が終わってからは勉強ばかりだった。おそらくそれが原因だ」
何かをさせられているわけじゃない、神崎はしっかりと否定したが、世の中言葉を正しく受け取らない人間がいる。そう福助だ。
「アットホームで仲が良い会社。ブラック企業の代名詞。まさに帆波のクラスを象徴するみたいだ。3人とも大丈夫か? お布施とかいって、帆波からプライベートポイントを徴収されてないか? 金庫番とか聞こえの良い言葉を言って、金をちょろまかす経理がブラック企業にはいるんだぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
神崎、白波、網倉の3人が図星をつかれたかのように、無言になった。
「帆波っ! 俺はお前をそんな悪い子に育てた覚えはないぞっ!」
「育てられた覚えもないよっ! 待って、皆、私、そんなことしてないよね!?」
半泣きになりながら、帆波がクラスメイトに尋ねる。
「よせよせ、社長の権力が絶対だ。部下は黙って、奴隷。良い言葉ですな、アットホーム」
「待って、本当に待って! 今、私の名誉が著しく傷つけられているから!」
「そ、そうですよ! 帆波ちゃんはそんなことしません」
「白波……くっ!」
「ちょっと!」
「一之瀬さんはちゃんと、私たちのクラスのリーダーだから」
「ああ、別にやましいことはしていない」
「こ、これが洗脳クラス。帆波……やっちまったな」
「何を!?」
福助によってやべぇクラス認定になった帆波クラス。愛里たちは、またなんか変なこと言っていると苦笑いしているが、千秋だけは神妙な顔をしていた。
以前、福助に話されたことを思い出したようだ。
それから帆波をかばう3人が必死に彼女の良さを力説し、福助の疑念を払拭できなかったものの、他の面々は納得したため、帆波の名誉はギリギリ守られた。
「ホント福助君がいると、全部見透かされているみたい」
「ほほーん」
「あ、女の子は気を付けてね。福助君、普通に服の上からでも3サイズ分かるから。体重を当てられたときは、さすがに怖くなった」
女性全員が、自分の身体をかくす。
「1+1が2であるように」
「2進数なら10だから違うね♪」
「黙れ。目に映ったものを自然と計算してしまうのは、人間として当然の行動だ。何も非難されることはない」
間違っていない。間違っているのは、見た目の情報から計算式を編み出して、答えを算出する福助だ。パットをいれても、首周りの筋肉から判断し、異常が検知できる仕様である。
「それにさすがに個人情報を暴露しようとは思わない」
「そこなんだよね。最後の最後で紳士っぽいというか、常識人というか。最初からそうして欲しいって何度も思っている」
女子全員が帆波の意見に賛同した。
「今のは俺は悪くないよね?」
「……一之瀬が言い出したことだからな」
否定しようにも否定できる部分はない。分かってしまうのは福助の優秀な頭脳のせいであり、それは他人がとやかく言えるものではない。
「とりあえず、福田さんの凄さというか異質さは今日ではっきりわかりました」
白波がすっきりとした表情を浮かべる。網倉と神崎は渋い表情だ。対戦相手に回った際の福助の厄介さが悩みなのだろう。
「一之瀬さんが警戒するのも頷ける。二重の意味で」
「ああ、品性はともかく、能力は脅威だ」
「所詮は敗残兵。弱者の戯言よ」
まだ正式に通知は来ていないが、福助のクラスがBとなり、帆波のクラスがCとなるのは決まっている。
負け犬の遠吠えと言えば確かにそうだが、それを面と向かって言うあたりが、福助という人間の本質だ。
「そうやって言っちゃうから、モテないんだよ」
「福田くん……それはあんまりです」
「あはー、かばうところがない」
千秋、美雨、麻耶の3人がうちの福田が申し訳ありませんと、代わりに謝罪する。
「能力は文句なしなのに」
「一言余計かと」
波瑠加も愛里も福助に味方をする気はないらしい。
ただ福助の言っていることも一つの正解。勝負の世界で敗者の泣き言は意味がない。
だからこそだろう、帆波はにっこりと笑って見せた。
「ありがとうね。でも大丈夫。まだ一年生だし、チャンスはこれから何度もあるんだから。福助君はいずれ倒すよ」
自分たちは挑戦者であり続けると、そう宣言する。そこに不安も恐れも感じられない。
「上座に座って待ってるよ」
「うわぁ~、その言い方。本当に変わらないね。まだAクラスになってもいないのに」
「帆波が一度でも俺にタイマンで勝てたら、改めるよ」
不敵な笑みを浮かべる二人。クラスの入れ替わりは起こったが、そこに負の感情はないようだ。
「とりあえず、今日は終わりだけど、佐倉どうする? 元々、佐倉の運動能力向上を目的にして横道にそれたんだけど」
「私、今日教わったヨガのポーズを全部出来る気がしません」
「なるほど了解した。夏休みが終わるまでに、クジャクポーズは出来るようにしてみせる」
「ひぇ~」
クジャクポーズとは脇腹辺りに両手を添えて、逆手にして地面につける。そして両手だけで身体を支えるポーズだ。斜めにまっすぐ伸びる姿がクジャクのように見える。
肘から先を地面につけ、倒立状態をキープするのが、クジャクの羽のポーズ。本日、女性陣で出来たのは、帆波を除けば、千秋だけだった。
「あくまで基礎だから。基礎代謝を高めると、血行がよくなって肌ツヤも良くなる。軽い運動で汗をかけるから、痩せやすくなる。効果がでるから、運動強度も変わってくる。好循環。うん、素晴らしい。成功例は帆波。ただ、元々美人だから、効果はわかりづらい」
帆波が成功例という言葉に、一部の女子の目が光り輝く。
「先に言っておくけど、胸は大きくならない。帆波のそれは、天からの贈り物。皆で保護団体を設立しよう」
「しますっ!」
「千尋ちゃん!?」
帆波のクラスにもやべぇ奴がいる。福助クラスの面々はそう思った。
「しかし、福田は本当にすごい。正直、運動能力でお前に勝てる生徒はうちのクラスにはいない」
神崎が悔しそうに言うが、それでも認めざるを得ない能力。
「というか、この学校にいるのか怪しいレベル」
麻耶が自分の疑問を口にした。
「ちなみに、朝のジョギングで生徒会長と10キロランをして、完勝してやりました。マナブ君、それから生徒会の勧誘がひどい」
「あれ、会長って歴代生徒会長の中で最高って言われるほど、優秀じゃなかった?」
千秋の言葉で、再確認する。あ、やっぱりこいつはやべぇ奴だと。
「福助君、やっぱり生徒会入らないんだ。福助君が会長なら私も入ろうかなって思ったけど……制御のために」
「良いの?」
何をとは言わない。尋ねた帆波も、そして周囲の人間も首を大きく横に振る。
誰も学校が面白おかしくなることを望んではいないようだ。
「この傷ついた気持ちを、佐倉を改造することで晴らそう。ついてきてくれるか、佐倉?」
「む、無理です」
「改造とか言っちゃってるし。愛里を苛めないで」
波瑠加が愛里を守るように抱きしめる。
「どうせ体育祭だか、スポーツ祭だかあるんだ。鍛えておいて損はない。むしろ得しかない」
「言われてみればそうだな。体育祭、文化祭、俺の中学では合唱祭とかあったが、高校ではさすがないか?」
「あ、うちの地区は演劇祭があったよ」
神崎の言葉に、麻耶が反応する。それから自分の中学はという話で場が盛り上がった。
「あ~演劇祭、懐かしいね」
「俺の迫真の演技に、全校生徒がわいた」
懐かしむように、帆波と福助が微笑む。
「え~そう言われると気になる。なんの劇をしたの?」
麻耶が面白そうに尋ねてくる。他の面々も興味があるようで、話の続きを促していた。
「シンデレラ。ちなみに、福助君の役はシンデレラを苛める姉」
「シンデレラ帆波を苛めることが出来ないクラスメイトの代わりに、苛め抜いて喝采を浴びた」
「たぶん、罵倒じゃないか? もしくは一之瀬を心配する同情の声」
神崎の言葉に周囲が、同意するが意外にも帆波から否定の言葉が出てきた。
「喝采を浴びたのはホント。福助君、化粧上手だし、普通に女の子の声を出せるから、最後に男の子が演じてましたってネタ晴らしするまで誰にも気づかれなかった」
「あは♪ わたし~、最高にかわいいもん!」
「福田くんの顔から、櫛田さんの声が聞こえる」
あまりの違和感に、女性陣が口を半開きのまま固まってしまう。
「にゃはは♪ 私に従わない奴は皆殺し♪」
「帆波ちゃんが、こ、壊れた」
「白波落ち着け。福田から出た言葉だ。動揺するのは分かるが、一之瀬がそんなこと言うわけないだろ」
他クラスに不和を平気でまこうとする福助。顔と声のギャップに、周囲の人間は頭が付いてこない。
「我是小美。我非常喜欢平田君。快抱我!(私はミーちゃんです。平田君が大好き。もう抱いて!)」
「あ、普通に中国語も話せるんだ、やっぱりすごいね」
千秋はもう呆れている。
しかし、心中穏やかでない人間がいる。この場で福助以外に唯一言葉の意味を理解した少女。
中国からの留学生、王美雨である。
「ちょっと待ってください!」
美雨が立ち上がり、福助の元に駆け出す。
福助の話した中国語を周囲は理解が出来なかったものの、声は同じだと奇妙な拍手が起こる。
一方、乙女の恋心をバラされた美雨は大変だ。福助に相談もしたこともないのに、自分の心のうちがバレているのだから。
「ふ、福田君」
「美雨、そんなに慌ててどうした?」
「あ、戻った。違和感ありまくりで、かなり笑える」
麻耶の言葉に周囲もどっと沸きあがる。
「あ、あのですね」
「見てれば分かる。以上」
「はぅ~」
顔を真っ赤にする美雨。真っ赤な顔を隠して、しゃがみこんでしまった。
「ち、ちょっと福田君!? みーちゃんに何を言ったの?」
千秋が慌てて駆け寄るが、美雨は顔を隠すばかりだ。
「トレーニング中に下着が見えてしまったことの謝罪を」
「最低」
「女の敵」
「クズの人ですね」
「クズ助くんだ」
「うわぁ~」
「福田くん……」
「でも、王さんの声でそんなこと言う?」
上から、麻耶、千秋、白波、帆波、網倉、愛里、波瑠加の順である。
神崎は紳士なため、ノーコメント。
そして渦中の美雨は。
(福田君、気遣ってくれたのは嬉しいですが、フォローがフォローになってません!)
言葉に出せない叫びを、心の中でつぶやくのだった。