ヴィルヘルムの獣   作:赤い靴

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歯科検診

 

 目が覚めたヴィルヘルムは昨夜の事を思い出した。

 今回の被害に遇った民宿、そこに化物が発生し血の海と化した。そこには一人の小さな少女が居り、その時ちょうど留守にしていた店主は泣きつき何度も「娘を救ってほしい」と叫んでいた。

 相棒であるヘンリーと共に化物狩りに向かったが……判断が甘かった。

 

 廊下の先、暗闇の向こう側から少女の声がした。ルキアの前例もありヴィルヘルムは微かな希望を感じた。

 化物。特に知性が高い者共はありとあらゆる残忍な方法を使う。今回はただ単に『それ』に引っかかてしまったのだ。

 もう少女は死んでいる、と直感で分かっていたにも掛からわず……

 

「くそっ……やっちまった……」

 

 ヴィルヘルムは目を開けながらそう呟いた。部屋は既に明るく、窓からはさんさんと温かい日差しが差し込んでくる。

 その風景を見て疑問に思った。通常、大怪我をした際は自宅の1階の診察台の乗せられている。相棒のヘンリーはヴィルヘルムの身体の事を知っているため同時に、放置していれば治る、と言う事も分かっている。

 しかしここは自宅の2階。しかもベットの上だった。

 

 青年は辺りを見渡した。視界には自身を治療したと思われる包帯、赤く染まった消毒用の脱脂綿、桶に浸かったピンク色の手拭い。

 挙句の果てにその治療を施してくれた少女は、項垂れるように椅子に座り寝ていた。リネンの肌着はところどころ赤黒い血で汚れており、散々泣いたのか目元は赤く腫れていた。

 

「ルキア……。キミがやってくれたのか?」

 

 ヴィルヘルムは小さく呟いた後、上裸になっている自身、昨夜の怪我の様子を確認する。

 右腕は完治し、割かれた脇腹にはグルグル巻きになった何処か覚束ない包帯が巻かれていた。少し動いたら解れそうだ。

 そこに──

 

「あれ……ヴィルヘルムさん……起きたんですか……?」

 

 ルキアは目を擦りながら言った。

 それにヴィルヘルムは返した。

 

「あぁ、もう元気いっぱいだよ。ルキアが包帯を巻いてくれたのだろう? ありがとう」

「いえ!! ……巻き方もヴィルヘルムさんのを真似ただけで……ほら、今にも取れてしまいそうで……。それにシーツも血で……」

「そんな事……洗濯屋に出せばいいさ。今回の怪我は酷かったし……」

「怪我……。ヴィルヘルムさん、少しお腹と腕を見せて貰っても良いでしょうか……。ヘンリーさんは大丈夫とは言ってましたけど、心配で」

「いいよ、ほら」

 

 黒髪の青年は、体に巻かれた包帯を解き銀髪の少女へ腹と腕を見せた。

 千切れた右腕は何事も無かったかのように存在し、骨が露出していた脇腹も今や治り、薄い脂肪層によって一層隆起した筋肉が露わとなった。

 そこに切り傷や火傷跡が目立つ少女の手が触れる。

 

「よかった……。もう痛くないんですか……?」

「あぁ、もう大丈夫だ」

「そうですか……本当に良かったです……」

 

 ルキアは涙を流しながらそう行った。

 昨夜、化け物狩りに出る前に彼女は「大丈夫ですよね?」「何時ごろに帰りますか?」とよく聞いていた。そこまでルキアは自身のことを心配をしてくれたのか、と思ったヴィルヘルムは、目の前の彼女を軽く優しく抱擁した。

 

「心配かけたな……ごめんな」

「ぅうっ……ずびませんっ……。涙が……」

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 それからというもの朝食兼昼食を食べ、ルキアの問診と体調チェックへと入った。

 熱を測り、少量血液を抜き、ヴィルヘルムの専門である歯科検診に移行した。

 

「んー、虫歯は無いようだね……。珍しいな……」

 

 十分殺菌した手でルキアの歯を見ていくヴィルヘルムは呟いた。

 人を治療するこの業界。通常は自身の手を強力な消毒液に漬け殺菌している為、手荒れなどの弊害があった。しかしヴィルヘルムの場合は違った。

 彼はその特殊な()()()()もあり、軽度の怪我などは瞬時に回復する。その為ヴィルヘルムにとって人に向けられる医療行為は、正に天職でもあった。

 父が存命していた頃の診療所のナース達は皆、手荒れが酷かった。それを今でもこの青年は覚えている。

 

 検診が終わりヴィルヘルムは、近くに水を溜めていた桶に手を入れ洗った。そしてカルテにルキアについての状態を書き込んでいった。

 その一方、銀髪の少女はというと赤面した顔を隠す様に両手で覆い、診察台の上で横になっていた。少女にとって口内は未知なる領域であったからだ。

 旧主による『奉仕活動』は肉体的……目に見える部位が主だった。しかしヴィルヘルムによるものは、それらの過去とは逸脱したものだった。

 

 未だ舌に施術師の大きな手、それも指紋のザラザラ感が残る少女は、手の隙間から青年を覗いた。

 白衣姿。万年筆を持ちスラスラと作業を進めていた。そんな彼は少女を片目に言った。

 

「今日の午後過ぎに……少しお客さんが来るんだけどね。それがまぁ大変で……。手伝ってくれないかな、ルキア?」

「えっ? お手伝いですか……?」

 

 その一言を聞いたルキアは上体を起こしヴィルヘルムの方に向いた。

 化物から救ってくれた事、此処まで治療して貰った事。その大きな恩と自身に課した『信じぬく』ということ。

 それらもありルキアには断る理由が見当たらなかった。だからこそルキアは二つ返事で承諾した。

 

 

 ◇◇

 

 

「「「ヴィルヘルム先生!! 歯科検診に来たよー!!」」」

 

 午後の日差しが差し込む中、裏路地に面する自宅のドアをノックして5人の少年少女が現れた。

 それに何一つ嫌な顔をせずヴィルヘルムは

「おぉ、待っていたよ。では早速始めようか……。診察台に横になれ」

 と言い、その子等は慣れたように行動し始めた。

 

「あの……この子たちは……?」

 

 ルキアは恐る恐る聞いた。年は自身よりも下の子供。しかも服装は余り良いモノでは無く、何度も直したであろう服を着ていた。

 手伝い、と言う事もあり白衣姿のルキアだったが今や顔は青ざめていた。

 

「あぁ、この子たちはね……」

 丸椅子に座った青年は、消毒を施した手を少年の口の中に入れ、歯を見始めた。

「この街の……何と言うかな……」

 

 少し困ったヴィルヘルムを助けるように、診察されている少年は助言した。

 

孤児なんだぜ(ごじなんだふぇ)!!」

 

 それに続く様に椅子に座る少女が続けた。

 

「私たちは裏路地の……少し訳アリなんです。昔からこの診療所では、お金が無い私たちを対象に、無償で診させて貰っているんです」

「さいごにアメちゃんもらえるんだよねー!」

「こーら! ヴィルヘルム()()の邪魔になるから静かに、だよ?」

「はーい」

 

 5歳ほどの女の子が、またしても自身よりも若い10歳ほどのお姉ちゃんに怒られる様を見てルキアは静かに震えた。

 そこにヴィルヘルムから声が掛かった。

 

「ルキア、机の上に彼らのカルテがあるから……僕が言った項目にチェックを入れてくれ」

「え……はい……!」

 

 ルキアが手に取ったカルテ、そこには英数字が書かれたチェックリストがあった。

 それを見る限り、現在診察を受けている少年は『ドナ』と言う名であることが分かった。前回の診察は1か月前に行っており、上下の歯のイラストに『右上1番』『左下3番』などの名称が書かれてあった。

 ドナ少年の歯の全てのリストには斜線が引いてあったが、今のルキアには分からなかった。

 それを加味してかヴィルヘルムは呟いた。

 

「おー、ドナくん、しっかり歯を磨けているねー。虫歯が何一つ無い健康な歯だよー。ルキア、全部の欄に斜線を引いてくれ」

「は、はい!」

 

 青年が呟いたセリフも相まって『健康な歯は斜線』と理解したルキアはチェックリストを埋めていく。

 その間にドナ少年も検診も終わり、椅子に座って待っていた少女が診察台に寝た。

 前回同様に手の消毒を終えたヴィルヘルムは「じゃあ、口開けて」と検診を始めて言った。

 

 それからは早かった。

 ヴィルヘルムの素早い検診と、ルキアへの適格な指示によって5人の少年少女らへの歯科検診は終わっていった。

 その帰りに青年は「在庫処分」と題して、自作の歯磨剤(しまざい)を沢山渡していった。

 

「これ、ミントの爽やかな香りがするから好きなんだよね」

「でもミーヤ、すこしからくてイヤ……」

「あぁ、前回そう聞いたから改良したんだ。その赤い線が入っている包みのは、すこしだけ甘くしといた。けどあまり飲み込まないようにね?」

「ホントに先生!? やったー!!」

「そういや先生。助手を雇ったんだな? キレーな姉ちゃんだな! 名前は何て言うんだ?」

 

 それを聞いた銀髪の少女は軽く自己紹介をした。

 自身の名とヴィルヘルムが運営する『フェレール診療所』に勤め始めた事を。

 

「へー、じゃあ『ルキア先生』だな! また1か月後、宜しくな!!」

「先生……? 私が?」

「そうだよ! しっかりヴィルヘルムのアシスタントをこなせていたじゃ無いか!!」

「そんな……私はただ」

 

 それに続く言葉を言おうとしたルキアだったが、ヴィルヘルムによって覆い潰された。

 

「そうだろうドナくん。ルキア先生は優秀なんだ」

 

 青年は微笑を浮かびながら、その子らを自宅の玄関。裏路地側から返した。

 室内には静寂が訪れ、2階に上がった2人はお茶を淹れ休憩に入った。

 香り高い紅茶を一口付けたルキアは、はぁと息を吐いた。それにヴィルヘルムは笑い続けた。

 

「疲れただろう? 初めての仕事は」

「そんなことは……ヴィルヘルムさんこそ病み上がりで……」

「僕は大丈夫さ。慣れているからね。……出会ってから5日経ったか。どう? この生活は」

 

 まだまだ始まったばかりだけどね、と付け足した。

 

「美味しいご飯に安眠できるベット……。前とは大違いで……天国にいるようです」

「そうか……。話は変わるが……あれだ。もう教会からはキミは『普通の人間』として監視を解除される事になったらしい。まだ僕による監視の終わりは、少し先だと思うけど」

「そういえば、そんな事がありましたね……」

「いやいや……。それがメインだからね? ……まぁ、それももう時期解かれるわけでね。キミには僕の診療所では無くて、違う職種を斡旋しようかと」

 

 そういうとヴィルヘルムはポケットから1枚の紙を取り出した。

 それはリネン製造会社の募集広告だった。

 

「この会社の親玉と僕は……すこし知り合いでね。リネンの製品は医療用、教会用、下着、ベットのシーツなど多岐に使われる。しかもリネン製造は女性への社会進出、素晴らしい職だ。……どうかな?」

「どうかなって……。それは……私は解雇、って事ですか……?」

 

 ルキアは恐る恐る聞いた。

 それを聞いたヴィルヘルムは言い直した。

 

「ただキミの意志を聞きたかっただけなんだ。僕個人的にはこのまま診療所を手伝ってほしいって……思っているんだけどね。この仕事は手荒れは酷いし、場合によっては重傷者も診るから」

「そんな些細な事で……。私の意志は……変わりません。貴方と一緒に……」

「そうか、分かったよ……。この先もよろしくな」

「……はい」

 

 ルキアはそう返した瞬間だった。ドンドンドンと一階のドアを叩く音が響いた。

「誰だろうか?」とヴィルヘルムはカップを置き下に向かった。それを追うようにルキアもまた部屋を出た。

 ドアを開けた先、薄暗い裏路地には黒装束姿の壮年男性だった。特徴的な白い髭と首からは十字架が下げられている。

 

「……。アルマン神父、何用で?」

「いやなに、ただ単に給与をな。それと軽い雑談を。なーに、すぐ終わるよ」

「分かりました。どうぞ入ってください」

「悪いね」

 

 アルマン神父はヴィルヘルムが開け放ったドアから入り、軽く会釈した。その後、ルキアに視線を合わせて

「あぁキミがあの生き残りだね? ……この世の中、面白いこともあるものだ」

 と言った。

 

 太陽はもう大分傾いている。ドアから入る風は冷たく何処か湿っていた。

 ヴィルヘルムは少し嫌な顔をしてアルマン神父を招いた。2階のリビングにて先程の休憩の延長、とはならず重々しい空気が溢れていた。

 黒髪の青年と教会の神父が対面するテーブル。そこにルキアは紅茶を淹れ2人の元に置いた。

 

「すまないルキア……。こんな雑用を」

「良いんです。こんなことでも役に立てるのならば……」

「謙虚な子だなヴィルヘルム。お前に良く似合ってるじゃないか?」

「そんな話をしに来たのでは無いのだろう? ……さっさと本題に入ってくれよ」

「そうだな。ならそうしようか」

 

 ルキアはヴィルヘルムの隣に座り、その正面の神父は腕を組み険しい顔で言った。

 

「なぁヴィルヘルム……。もうコッチに……教会の槍の戻ってはくれんか?」

 

 

 

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