ヴィルヘルムの獣   作:赤い靴

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ソーセージ切り、化物退治

 

 とある診察台にて仰向けになる男は、脂汗を流し痛みに耐えていた。

 真っ赤に染まった左脹脛(ふくらはぎ)は2度、馬が引く重い荷車の車輪に引き潰されたのだ。

 骨は砕け筋肉はズタボロで、身体を循環する血管は破裂し絶えず深紅の血液を流していた。

 

「切断しよう」

 

 それを一目見たヴィルヘルムは冷たく即決した。近くにいた外科の男たちは、彼の一言によって瞬時に動いた。診察台の乗る男をベルトで固定し、かつ腕、胴体、脚を押さえつけた。

 痛みと、鎮痛として飲まされたブランデーによって状況が頭に入らない男はただただ「助けてくれ!!」と声を漏らすばかりであった。

 それを見ていたルキアは胸に手を置いた。そんな彼女を宥めるように、白い髭を蓄えた五十代の男。かつて、ヴィルヘルムの外科研修検定の試験官を受け持ったエリックは、彼女の肩に手を置いた。

 

「安心なさいお嬢さん。彼の腕は、私が胸を張れる程に確かなものだ」

 

 聖ジョルジュ病院──

 その切断手術を行う血生臭い小さな講義室には、ヴィルヘルムの技法を一度見ようと、病院に勤める学生たちが噂を聞きつけ集まっていた。

 医学生の中には、ヴィルヘルムに対し野次を飛ばす者もいた。「何故、手術器具をブランデーに漬ける? 患者に飲ませた方が良いでは無いか?」と。

 

 事実、彼の言う通りで、ブランデーなどの高いアルコール度数の酒は『患者を酔わせ、痛みを感じにくくする』事が主な使用方法だった。だが、黒髪の青年は違った。

 亡き父が遺した膨大な診療録(カルテ)。幼少期から続けていた解剖医の一面と、外科としての知識、戦場で培った経験。青年と父が積み重ねた統計は、ヴィルヘルムの背中を常に押していた。

 青年は止血帯を患者の太ももなど、動脈を圧迫するように巻き、切断部位を自身が精製したアルコールで洗い流すと、重厚な鉈の様な物の刃を皮膚に置いた。そして……

 

 断頭台。ルイ十六世の首を落としたギロチンの如く、ヴィルヘルムが振り下げた鉈は容易に男の足を、まるで()()()()()()()()()()切断した。

 人であって人ではない彼の剛腕によって斬られた断面は、筋肉も骨も全てが滑らかで、血管からはトッ……トッ……と血が垂れていた。

 針と糸で血管を塞ぎ、周りの皮膚の伸ばし断面の中心である骨の辺りで縫い合わせた。そして包帯を巻き終わるまでにかかった時間は──

 

「5分……か。相変わらず手先が良いな」

 

 エリックは懐中時計を手に取り呟いた。

 血で濡れた手を水で落とし、アルコールで手を2度洗いするヴィルヘルムを眺めていたルキアは、胸をなでおろした。

 どうやら彼の表情を見る限り、この手術は成功したようだ、と感じ取ったからだ。背もたれまで腰かけ、脱力しきった少女は今日という怒涛の1日を思い出し始めた。

 

 

 ◇◇

 

 

 ヴィルヘルムが教会に戻る、と言った日から数十日が経った。

 とは言えやる事は変わらず、皆が寝静まった夜。化物達が活発になる深夜に装束に身を包み、銀の剣を持って狩りに出ていた。

 しかし毎晩という訳ではない。化物たちは神出鬼没でヴィルヘルムは、要請があり次第応援に行く、というスタンスと取っている。診療所と彼の研究、教会の仕事を並立させようという、アルマン神父からの計らいだ。

 

 フェレール歯科医院の営業日は月・火・木・金。そして今日は休みである土曜日だ。

 しかし事前にヴィルヘルムから「用事で外に出る」ということを聞いており、朝食を済ませたルキアは着替えを済ませ座って待っていた。彼と同行するためだ。

 コンコンと靴音を鳴らし入って来たヴィルヘルムは何時も通りの正装で、しかし特徴的な黒い髪は無く、白色のカール掛かった()()()をしていた。とても居心地悪そうに……

 

「え!? どうしたんですか先生……っぷ、うふふふふ!!」

「僕でも……かつらは壊滅的に似合わないと分かっているんだが……。もういい……コレは辞める」

「取らないで下さいよ! 似合ってます!!」

「嘘を付け……。口は隠せていても目は笑っているぞ」

「……バレましたか」

 

 かつらを取ったヴィルヘルムは机の上にバサリと雑に置き、ルキアの隣の椅子に座った。

 

「前々から言っていたけど、今日は僕が身を置いていた病院に行く。馬車で1時間ほど掛かるから」

「ええっと、確かお勉強会……でしたっけ?」

「そうだよ。それと依頼させていた標本の納品」

「へぇ……納品……。それって私、見せて貰っても良いですか?」

「だーめ。まだ早いよ。だって今回のは動物じゃ無くて『人間』なんだよー? また一人で寝れなくなっちゃうぞ?」

「うわぁ」

 

 ルキアは小さな悲鳴を漏らした。

 それもそのはず。数日前、夜に目が覚めた少女はまたしても一人で、家主を探す旅に出た。

 前回はヴィルヘルムが器用に隠していたので、ショッキングな標本とはエンカウンターしなかったが、今回は違った。

 

 鼻を刺激する悪臭を辿り、ついにルキアはヴィルヘルムが作業する部屋を突き詰めた。そしてドアを開けてしまった。

 少女が最初に目にしたのは、真っ赤に染めた青年の手。次に視界に移ったのは、作業台の上に置かれた頭と腕を切断され、かつ上半身、それも肋骨を取り外し、中身がしっかり見える死体。

 それを見たルキアは腰を抜かしてしまった。それを見たヴィルヘルムは「ちょっ、チョット待っててくれ!!」と慌てた様子で死体から肺を抜き取りアルコール漬けにし、場を洗浄してから少女の方に向かった。勿論、手なども。

 

 血が付いたエプロンを外した青年であったが鉄臭く、ルキアはようやくヴィルヘルムの『解剖医』としての一面を見れたことを嬉しく思う反面、恐ろしくなり涙を零した。

 そんな少女を抱きかかえヴィルヘルムは、腐臭と薬品、アルコールの香りを肩で切りながら東棟の自宅へと向かった。

 その先は口述の通り、グロテスクな場面を目撃してしまったルキアは、その様が脳裏によぎってしまい寝付けなくなった。そこでヴィルヘルムは少女を宥めるように頭を撫でながら添い寝した。

 

 アクシデントさえなければルキアにとってはロマンチックな夜になったのだが、現実はそうそう上手くいかなかった様だ。

 そもそも、そのアクシデントがなければ『添い寝』と云う、まずヴィルヘルムが嫌がる行為に辿り着けなかったので、当の本人であるルキア自身、甘酸っぱい思い出としてしまう事にした。

 将来は『解剖医』の側面でもアシスタントをしたいと少女は強く思っている。そうならば、あれだけの事で弱っていては彼について行く事は出来ないだろう。

 

「よし」と渇を入れたルキアは、ヴィルヘルムに返す様に質問した。それはあの時に取り出した肺の行方についてだ。

 

「あの時の肺は……どうしたんですか? 液浸(えきしん)標本にしたんですか? それとも……乾燥標本?」

「おー。よく名前を覚えているね。凄いね」

「そ、そんなことは……! ただ、先生の教え方が良かっただけです」

 

 少女は嬉しそうにしながらヴィルヘルムとの勉強を思い出した。

 標本やサンプルは大まかに2種類に分けられる。『浸したもの(wet)』『乾かしたもの(dry)』の2種だ。

 

『浸したもの』は主にアルコール漬けにされる。そのアルコールの種類や調合、配合率は解剖医によって変わりトップシークレットとなっている。

 かくいうヴィルヘルムもルキアによる「何が入っているんですか?」と言う質問をはぐらかせた。青年はただただ「秘密♡」と微笑んだ。

 

『乾かしたもの』は簡単に作成する事が出来る。ただただ取り出したものを吊るし、腐敗を防ぐためにニスを塗る。

 だがこの標本は、時間の経過と共に色落ち、収縮した。

 

「まぁ今回はどちらでも無い……無いのか? ……まぁ無いんだけどね」

「へぇ……。それも納品用の標本なんですか?」

「ううん、違うんだ。ただ僕が、お世話になった人に売りつけようとね。それと──病院といえど研修生も沢山いる。彼らの未来のアクセントになれば良いと思ってね。見たい?」

「見たいです!!」

 

 そう言ったルキアを見たヴィルヘルムは、意気揚々に木箱を持って来て封を開けた。

 その中身は枯れ木を逆さにしたような形のものだった。しかも色とりどりで、太い幹の様な部分は黄色。そこから細かく枝分かれした部分は赤、青、白、緑など色鮮やかな標本であった。

 ルキアは思わず「綺麗」と声を漏らした。

 

「先生、これは?」

「人の肺だよ。(ふいご)を使って肺を膨らませる。そうすると小さな血管の中にも色付けした樹脂が入っていくんだ。まぁそれで……なんやかんややって完成するんだ」

「へー!! 凄い!!」

「……」

 

 ヴィルヘルムはルキアの反応を見て安堵した。

 この標本の作り方はヴィルヘルムの前述したように樹脂を流し込む事によってなる。しかし、ただ流し込むだけでは終わらない。どうしてもこの標本を作ると『周りの肉が邪魔になる』。ルキアはその事に気づいていない様だ。

 その後の工程は、樹脂を入れた肺を溶液に浸し()()()()()。そうすると(がわ)は綺麗さっぱり無くなり、中身だけになる。こうしてこの標本はヴィルヘルムの手によって作られた。

 腐食鋳造により露わになった気管支樹。それはもはや芸術品であり、この様なヴィルヘルム作の極彩色の標本は、プロの解剖学者や、その手の収集家たちに名と技量を轟かせた。

 

 ヴィルヘルムは時計を見て

「もう時間だ。迎えの馬車が来る頃だから一緒に荷物は運んでくれないか?」

 と、切り上げた。

 

 それに満面の笑みを浮かべてルキアは応えた。

 10分もしない内に馬車が到着し、業者も含めた4人で病院へと持って行く標本などを詰め込んだ。

 そして1時間ほど揺られ到着したのは、ヴィルヘルムが外科医として下積みをしていた聖ジョルジュ病院であった。

 

 

 ◇◇

 

 

「はははっ、遂に眠ってしまったね」

「仕方ありません……。なんせ彼女にとって『初めて』が多い一日でしたから……。馬車で移動するのも、多くの人がいる空間で過ごすのも……」

「生きている人間への手術を見たのも……か。しかし散々だったなヴィルヘルム。だが、助かったよ……」

「いえいえ……僕こそ。やはり当然ですが、生きている人間に刃を入れるのは……難しい」

「ふふははっ……嘘を付け。何のためらいもなく脚を切り落としたではないか?」

 

 髭に手をやりながらエリックはヴィルヘルムの肩を借りて眠る少女を見た。

 救急搬入された男の手術を終えたヴィルヘルム一行は、当初の予定通り勉強会と題し、恩師との話をしていた。

 話といっても標本の代金と、青年が書き上げた論文という小難しい内容であった。そのためルキアは睡魔に負け、青年へもたれるように眠っている。

 

「しかしまぁ、骨が折れただろう? 私個人的な依頼は」

「そりゃあ勿論。……結合双生児の骨格標本と、各内臓の液浸標本ですから。そもそもの話、よくそんな遺体を見つけられましたね?」

「ここは病院だ。あとは察しろ。かく言うお前も『やんちゃ』しているではないか?」

「墓暴きは外科医の始まりですから」

 

 それを聞いたエリックは青春を思い出し微かに笑った。

 亡きトーマスと共に墓場に向かい、解剖用の遺体を取りに行った事を。そしてある日、同業者と鉢合わせトーマスと共に殴り合いの喧嘩をしたこと──

 今や親友の息子は「ここまで大きくなったのだ」と言わんばかりにエリックは胸を張った。同時にまた、自慢の弟子でもあった。

 

「──で、ヴィルヘルム。教会に戻るんだってな? 化物狩りに本腰を入れる、と」

「はい。ですので標本作りの請負もこれで……。多分きっと、これから忙しくなりますから」

「そうか……いや、本当に惜しいな。教会側、神父アンマンも私と同じように思っていたのだろう。お前が2人居れば万事解決なのだが」

「それはちょっと……」

「冗談だ冗談。そういやヴィルヘルム、持病はどうなった? まだダメか?」

「えっ……ええ。恥ずかしながら」

 

 話を切り替え恩師による問診が始まった。とはいえ簡単に済まし、また話は戻っていった。

 太陽が傾きかけたのを窓越しから見たヴィルヘルムは「帰るよ」と、隣で寝ているルキアを優しく起こした。

 目を擦り我に返った少女は赤面した。それを見た2人の外科医はクスクスと笑った。

 

「ではこれで。あ、言い忘れていたのですが……お願いを一つ」

「ん? 何かねヴィルヘルム。お前の願いならば何でも聞いてやるぞ」

「そんな大層な事じゃないんです」

 

 青年はコートに腕を通し、ルキアが持っていた帽子を受け取った。その後、少女に「ありがとう」と返すとエリックの方に顔を向けた。

 

「僕が手術を施した患者たち。その遺体が運ばれましたら、僕へ一報出来ませんか? ……可能ならば僕自身の手で確認したい」

「いいとも。自身が編み出した技法、その答え合わせ。……うむ、その瞬間こそ外科医として一番楽しい時だからな」

 

 それを聞いたヴィルヘルムはニヤリと口角を上げた。

 いままで眠っていたルキアの脳内には「?」が充満していた。きっと難しい話の延長線だと解釈した少女は、部屋を出る前にエリックに別れの挨拶をした。

 当然、可愛い弟子の従業員であるルキアに対し、優しい笑顔を見せたエリックは言った。

 

「頑張んなさいルキア嬢」

 

 色んな意味を含めた言葉であった。それを理解した少女は「はい」と返した。

 部屋を後にし、病院の敷地を出、馬車を捕まえたヴィルヘルムとルキアは搭乗し、1時間馬車に揺れながら帰宅した。

 案の定、昼間の手術を見たルキアは寝付けなくなり、またしてもヴィルヘルムに添い寝して貰ったのは別のお話……

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 翌日──

 

 否、日付が変わりそうな程の深夜。

 馬車が揺れる度に十字架と“教会の槍”の印である首飾り、『聖ユベールの鍵』を模した釘の様なものが左右に動いた。

 聖ユベールは1世紀に司祭を務めキリスト教を布教し、狩人、数学者、山林官などの守護聖人とされている。かつ、狂犬病患者に対し、その鍵を使った事から化物狩り、その専門部隊の“教会の槍”の証となった。

 誇り高き化物を滅す狩人であり、決して狂わぬ堕ちぬ存在として。

 

 装束に着替え、その証を揺らすヴィルヘルムは馬車内の椅子に深く腰掛け「はぁー」と魂を吐き出していた。その対面に座る相棒のヘンリーは笑っていた。

 その笑いの種は一人の少女。それは、白い革製品の装束姿のルキアであった。

 その白色の装束は、服屋の老婆からの特注品だ。ヴィルヘルムと同じく狩りに特化した素材を使い、動きやすいロングスカートと所々に青色の装飾が見える美しい装束だった。

 

「はー、それでか? ルキアちゃんが意地を通して来たんだな」

「はい。だって先生は前回、ボロボロになって帰ってきましたから……。心配で……」

「プギャー! オイオイ言われてるぞ相棒!?!? 一匹()と言われていたお前が……!! 今はなんてザマなんだ……!!! ぅう……笑い過ぎて息が……」

「そのまま死ね相棒。標本として博物館に展示しておいてやるから、安心して死ね」

「化物に殺されるのは嫌だが……相棒に解剖(バラ)されるのはもっと嫌だ……!! あひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 と、いう感じで爆笑するヘンリーの横に居る──今回の狩りに参加した“教会の槍”のメンバーの一人であるレアと言う名の少女は、ピンク掛かった色の髪を揺らした。

 前髪を揃えヘアピンで片耳をだしている。幼さが残る顔には優越感で歪んだ眉と目、口があった。

 装束はヴィルヘルムよりも軽装で、腰までのマントとスカートの様な腰巻をしていた。

 

「ぷぷぷぷぷ!! ホント、過保護すぎてキモイんですけどぉ!」

「そう思うよなレアちゃん! 今回はッ……ハハハっ……ただの獣……ただ素早いだけの獣人だというのに!!」

「そうそう! ただの雑魚相手に保身すぎ!! ヘンリー()()()()の言う通りなのに!!」

「……。おいガキ、いま俺の事を何て言った?」

「空耳じゃない?」

 

 あはは、うふふと笑うレアは深呼吸を一つした。

 馬車の中はヴィルヘルムとルキア、ヘンリーとレアの4人が乗る。ここ最近化物の発生が少なかった為、専門部隊の教会の槍が3人も出るという、異常火力編成となった。

 だが今回、素人以下の存在であるルキアも参上した。ならばこれで、化物目線ではトントンとでも言うべきなのか……

 

「そう言えば、狩りと言えば『武器』なのですが……皆さんは何を持つんですか? ヴィルヘルムさんは銀の剣と短銃ですよね」

 

 ルキアはワゴン後方に視線を動かして言った。

 対化物の武器は『命の次に重いもの』だ。とはいえ馬車による移動中は携帯する事が出来ない為、応急キットと共に馬車に積んでいる。

 

「俺は斧を使う。一撃突破……!! それが俺の信条さ」

「剣と銃。先生(センセー)と一緒ね。だけどロングソードなんて古臭いヤツじゃ無くてサーベルだけどね」

「へぇ、そうなんですね……!」

「安心しなよルキア! 私が守ってあげるわ!! 男どもはヘタレだからね」

「お願いします。レアさん」

 

 ルキアは嬉々として返した。

 教会内では『煽り屋』と悪名高い二つ名があるレアであるが、ルキアは気さくに接した。というのも彼女は日中、フェレール邸に遊びに来ていた。その際にルキアへ自己紹介などを済ませ、女子トークに至るまでは時間は掛からなかった。

 そのトーク内容は主にヴィルヘルムへの文句であったが……

 

「おいレア……。お前の虫歯……今から抜歯してやろうか? あ?」

「相棒がついにキレたぞ!! 盛り上がって来たな!!」

「むぅ!? ……虫歯は無いって言ってたじゃない!?」

「言っては無かったが初期虫歯があったんだよ。別に日々ケアを行えば問題は無いのだが」

「え? なぁんだ、大丈夫じゃない。焦らせないでよ先生(センセー)。やっぱり先生(センセー)ってヘタレだけじゃ無くて、肝も小さいんじゃないの?」

「おい相棒。コイツを押さえとけ」

「おう相棒!!」

「えっ!? ちょっと……!! ってふわぁぁぁ!!??」

 

 身体をヘンリーによって抑えられ、ヴィルヘルムによって口を開かれられたレアは、ひな鳥の様にピーピー鳴いた。

 

「アレ? どれが虫歯だっけな……暗くてよく見えねぇや」

「ならいっそ、怪しいヤツ全部抜いちゃおうぜ!!」

「いいね、賛成だ」

「ふえぇぇぇん!! ごめんなさい(ほへんなはい)ごめんなさい(ほへんなはい)!! もうしませんから許して(もうひまへんはらひぅるしへ)!!!!」

「ちょっと先生!? レアさんが泣いてます!!」

 

 

 ◇◇

 

 

 案の定、化物狩りは10分も掛からずに幕を閉じた。

 だが死人は居る。そもそもヴィルヘルム等“教会の槍”は通報が入って動く部隊である。その為に出動した時点で、化物の被害は確定している。

 故に今回も犠牲者が出た。若い女性1人と壮年の男性3人。その計4名は酒屋の店員で、店じまいしようとした所へ『獣化し理性を失った一般市民』が襲った。

 

「え!? 獣化って……私たちも『そうなる可能性』が有るって事ですか?」

「そうだよルキアちゃん。って言うか……教えてなかったのかよ相棒ぉ。お前、それでも教会の人間か?」

「……別にいいだろう? 獣化、吸血鬼化、肉塊化……それに変貌する確率は極わずか。人々を猜疑心に陥れる事こそ、理性ある化物(カインスティア)にとって最高の舞台(ショー)だ。現に『魔女狩り』『獣狩り』と称して一時、人間が死に絶えそうになったでは無いか?」

「まぁそうだけどよ……。今やそれを受け入れて人間様は懸命に生きてるっつうのによ」

「えっと……では今回の理性無き化物である獣人は……」

「とんだ雑魚よ? ホント、あくびが出るくらいにね。……でも理性ある化物(カインスティア)は本物の化物。知性が有るから戦略を立てるし、嘘もつく。本当に最低な存在」

 

 ルキアにそう言ったレアは、過去が脳裏に浮かび顔を伏した。

 その時にヴィルヘルムが「出来た」と歓喜の声を上げた。皆、彼の方に視線を移すとテーブルの上で横たわる3体の男の死体があった。

 体のアチコチに糸で繋ぎ合わせた縫合跡が見られた。しかしそれは完璧と言っても過言ではなく、血で汚れているものの生前の姿をしていた。

 

「お疲れ相棒。見つけた時はバラバラだったのに、今やその辺にいるオッサンだ。流石は天才解剖医!! この程度楽勝だな?」

「生きていないから『動く』事は無い。……だからその分、手元が狂う事も無い」

「つまり『楽勝だった』と」

「まぁね。……だけど、次の仕事は難しそうだ」

 

 ヴィルヘルムはもう1体の死体に視線を移した。

 それはもはや「赤色の人形」と言っても良い。内臓は食われ失い、皮膚は爪で引きはがされ、評判のあった美しい顔はもう……

 黒髪の青年は「うーん」と唸った。殺した獣人の胃袋を割き中身を検めたが、肝心の顔の皮膚が無かった。溶けかけた指などは既に縫合しているが、今や『完成』させるまでにパーツが無い状態だ。

 

「と、いうことで諸君」

 

 ヴィルヘルムは3人に麻袋を渡して言った。

 

「捜索の時間だ。蠅が卵を産む前に見つけ出してくれたまえ」

 

 あぁ、この袋の中に入れろって事ですね。そう悟ったルキアはレアの方に視線を移した。

 そんな少女は凛々しく、澄んだ瞳で女性の遺体を見つめていた。十字架を握り、小さな小さな声で、亡くなった女性に祈りの言葉を授けていた。そうあれかし(アーメン)、と──

 

 

 ◇◇

 

 

「どこにあるんだろう……」

 

 ルキアは闇をランプの光で照らしながら、女性の一部の捜索をしていた。

 無理を言ってヴィルヘルムにお願いをしていた為、臆する事は無かった。初めからこうなると知っていたから。

 しゃがみ、ランプを上げ地面を注意深く見る……。これを繰り返し15分は経っただろうか。立ち上がり光がともる酒屋の方に向く。

 数人の教会関係者が棺を運んでおり、その後ろでは懸命にヴィルヘルムが女性の遺体、その修繕を行っていた。

 

「どう? 調子は」

「レアさん……?」

 

 カランと音を立ててランプを置いたレアは、ルキアと同じように屈んだ。

 

「頭部……ヘンリーおじさんが見つけたんだって。それで今、先生(センセー)が縫い付けてる」

「そうなんですか……。見つかって良かったです……」

「そうね。カラスやネズミ、犬どかに持って行かれる事もあるから……。ま、これでようやく私たちの仕事は終わり。少し話しよう?」

「あっ……はい」

 

 ピンク髪の少女から切り出したものの会話は一向に無かった。

 何かを言いたげでは有るが踏み出せない。そんなレアの心境を想い、ルキアは話題を振った。

 

「先生とは……何時からの付き合いなんですか?」

「これで2年目? でも先生(センセー)は要請が有った時しか狩りに出ないから、ヘンリーおじさんの方が長いね。でも」

「でも?」

先生(センセー)と初めて会ったのは私が11歳の時。今から6年前? になるね」

「へぇ、今から6年前だと先生は16歳……! 私と同じ年……!?」

「そうね。まだ獣に憑かれてない……正真正銘の人間だったけど、当時から先生(センセー)は第一線で化物と対峙してたの。その時に私は先生(センセー)に助けて貰ったんだ。だけどママは死んじゃったけどね」

 

 ルキアは息を呑んだ。目の前の少女もまたヴィルヘルムによって救われたのだ。

 その言葉で自身に対するレアの行動に筋が通った気がした。化物狩りの最中、彼女はルキアの前に出て誰よりも守ってくれていた。

 もしかしてレアは、似たような境遇の私に対して……

 

「別にそんなんじゃ無いから、勘違いしないでくれる? 私はただ、話し相手が欲しかっただけ」

「あ……そうですね」

「判ればよろしい。で、私も化物への復讐心から教会に入って、死に物狂いで働いたの。それで遂に化物退治の専門部隊“教会の槍”に選抜されたってワケ!」

 

 自慢気に鼻を鳴らしたレアにルキアは言った。

 

「じゃあそこでようやく、ヴィルヘルムさんと出会えたんですね?」

「う~ん……、ちょっと違くてぇ……。まぁ私が選抜された頃には教会を抜けて『フェレール歯科医院』を立ち上げてたんだけどね」

「そうなんですか……。残念でしたね……」

「何が『残念』よ!? 私の目的は化物を殺す事。教会から外れた先生(センセー)には興味ないんだから」

「でも今は教会に所属を……」

「もう遅いの! 冷めきってるのぉ!!」

 

 頬を膨らませながら言うレアは続けるようにヴィルヘルムへの文句を連ねた。

 

「あの人は病気の人か、死体しか興味ないのよ! ……一度、先生(センセー)の標本を見せて貰ったんだけど……その時に見つけたの。私が化物に襲われた同日の標本をさ」

「同じ日の……」

 

 ルキアは青年の標本室を思い出す。

 棚に並んだ数々の標本。そのどれもに彼はナンバーを振り分けて製造年月日を貼り管理している。

 その膨大な数の中の一つ。奇跡的な出来事がレアを地に叩きつけてしまった。

 

「私は先生(センセー)に言ったよ? 『これを作った時の日は覚えている?』って……。でも彼は遺体の修繕と、標本作りの事以外は覚えていなかった……!! そんな事ある!? 『目を瞑れば昨日の様に思い出せる』って工程を細かく言えるのに、私の事()1ミリも覚えてなかったの!! 何処に脳みそを使ってるんだよって話!! ホント、可笑しいよね!?」

 

 言いたい事を全て吐き出したのかレアは、あはははと乾いた笑いを浮かべた。

 その様をルキアは、ただただ見る事しか出来なかった。

 

 

 ◇◇

 

 

 陽が登り始め、本格的に空が明るくなった時、遂にヴィルヘルムによる修繕が終わった。

 棺に入れられた4体の死体。そのどれもが良い顔で眠っており、しかし腹部の損傷が激しかった女性の遺体には、真っ白の布が被せてあった。

 彼曰く「布が汚れるから、腹部は洗い流した」とのこと。外気にふれた内臓は痛み易いため全摘出し、空いた空間に丸めた布を詰めているらしい。

 だがそう言われても、布一枚隔ててしまえば何の違和感を感じなかった。この()()()()()()()()こそが解剖医ヴィルヘルム、その全容なのだろう。

 

「ルキア、お疲れ様……。お陰で綺麗に出来たよ」

「そんな……私は何も……」

「化粧を手伝ってくれたじゃ無いか? あの女性はナターリアと言ったか……。やはり噂どうり……美人さんだ」

 

 目を擦りながらヴィルヘルムは言った。

 解剖や標本作りは、自然光がよく入る日中に行われる。だが彼は、ランプの貧しい光で4体を縫い上げた。

 その為、今回の縫合は相当堪えたようだった。だから彼は──

 

「少し……馬車で寝る。あとは……相棒、頼んだぞ……」

「おうおう、ゆっくり休んどけ。もう時期、ナターリアの婚約者が来るようだが……。来たら起こすか?」

「……。遺体の感想を聞いて……僕の腕前は上達するかね?」

「キザな野郎だ。あーあ、そうかい。じゃあ寝てろ寝てろ」

「お先、失礼」

 

 ヴィルヘルムは帽子を少し浮かせお辞儀をした後、千鳥足のようにフラフラと馬車の方へ消えて行った。

 それと同時に馬車が止まり、慌ただしくワゴンから出た男は「ナターリア!!」と叫び棺の前まで駆け寄った。

 女性の遺体を一目みた男は崩れ落ち、白色の冷たくなった手を握った。皮膚こそ縫われ繋がっている状態だが、骨まではそうはいかなかった。男が彼女の手を握ると、細い指はあらぬ方向に曲がってしまった。

 その指を見て男はむせび泣いた。跪き、その肩に手を置いたヘンリーはスラスラと、暗記した文章を読むように言った。

 

「彼女の遺体は損壊が激しかった為、完全に治す事は出来ませんでした」

「いいんです……最後に顔が見れただけで……ただそれだけで……!!」

 

 男は涙しながらヘンリーにそう言った後、男は天に向かって慟哭した。

 日曜日の早朝。その声は静まり返った古都カナーゾムに、男の声はよく響いた。

 青色かすむ天井には鳥が飛んでいた。

 

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

「今思い返せば、怒涛の2日間だったね……。本当にお疲れ様、ルキア」

「はい、ヴィルヘルムさん」

 

 夕食が終わり、今回の化物狩りで襲われた酒屋からウィスキーを頂くと(丁度休んでいた店員がお礼と言って渡してくれた)、封を開けヴィルヘルムはグラスに注いだ。

 酒を飲んだことが無いルキアは興味に惹かれ「私も少し頂いても?」と聞くと、青年はリンゴ酒を開けた。

 トクトクトクとグラスに入れられるお酒は薄いオレンジ色で、リンゴの良い香りが一斉に広がった。とはいえ、お酒初心者のルキアなのでヴィルヘルムは、グラスの半分しか注がなかった。

 グラスを持った2人は乾杯の一言でグラスを触れさせた。

 

「……ん? 甘くて美味しいですね。それと……これがアルコールの味……」

「うん、このお酒も美味しい。香りが良い酒は……美味しいな」

 

 ヴィルヘルムはウィスキーをストレートで飲んでいた。味覚の無い彼は口に含んだ後、香りを楽しむように遊ばせ喉に通していく。

 

「そう言えば先生。液浸標本ってお酒を使うんですよね?」

「そう……だね。でもルキアが飲んでいるリンゴ酒は使わないな。アルコールの濃度が低いとダメになっちゃうからね。僕の標本の場合、ウィスキーやブランデーどかアルコール濃度が高いお酒に『ひと工夫』してつかってるんだよ。まぁ、このお酒は死んでも飲み干すがな」

「うふふふ、そうですね。せっかく貰ったんですから吞まなきゃダメですよね。それで……そのひと工夫は秘密なんですよね?」

「うん。沢山失敗して、沢山試して……それで出来た工夫なんだ。誰にも教えたく無い……僕を僕たらしめる物なんだ。5年先、10年先……100年先の人たちへ僕のバトンを繋げられるように、ね」

「バトン……。そう言えば病院でエリックさんから聞きました。『我々の知識は、多くの犠牲を払い、また自己を犠牲にしながら積み上げた歴史だ』って」

「相変わらずカッコいい事言うな……あのオッサンは……」

「あの……ヴィルヘルムさん……」

「なに?」

「この2日間、お医者さんの先生を。化物狩りのヴィルヘルムさんを見てきました。それで……あの……何か夢とかありますか?」

「夢!?」

 

 ヴィルヘルムはルキアの言葉に驚かされた。

「別に無いよ」と逸らかせても良かったが、お酒を飲んで上機嫌だったので正直に話す事にした。

 

「子供たち……だね。赤ちゃんや妊婦さんに子供たち。彼らの死亡率はとても高いんだ。それを少しでも減少できれば……ってのが今の夢かな。それと化物を絶滅させること」

 

 酒に酔い、気分が良くなったヴィルヘルムはそう言った。

 それを聞いてルキアは微笑んだ。前者はフェレール歯科医院として、後者は教会の槍として。彼は夢の為に今もなお、進み続けているのだと──

 少女は残ったお酒を飲み干して口を開いた。

 

「私の夢は……先生のお嫁さんですよ」

「ははっ……よせよ。こんな男、付き合ったところで面白くないだろう」

「そ、そんな事はありませんよ……!」

「そうか? ……酒に酔ってる、として忘れてやるよ。だけどなルキア……僕と将来を共にしても、いつか失望するぞ」

 

 そう言ってヴィルヘルムは金色のウィスキーを飲み干した。

 続けて立ち上がり、ルキアのグラスを取り上げるとシンクに向かいグラスを置き少女に告げた。

 

「もう寝よう。明日は月曜日……予約という予約が溜まっているんだ。……忙しくなるぞ」

 

 ヴィルヘルムはランプに火を灯し、部屋を照らしていた蝋燭の火を消した。

 その暗くなった部屋。ルキアは青年に駆け寄り抱き着いた。そして小さく呟やいた。

 

「今日も……一緒に寝て頂いてもいいですか?」

 

 

 





お疲れさまでした!!
書きたい事を後先考えずに書いた結果、こうなりました!!長いね!!

本当は3部作として投稿したかったのですが、冒頭の手術を書いてる段階で「1万字超える」と察しまして無理やり2部作目に繋げました。
本来は「急死した女性の遺体を、遠くで働く彼氏が到着するまで腐らせない様に処理する」と言う話を書きたかったのですが『化物狩り』の方で断片を書きました。

今回は外科医ヴィルヘルム、解剖医ヴィルヘルムを中心に書き上げました。18、19世紀の医療の雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです!!!

最後に主人公の経歴を書きます。彼の人となりを感じて頂ければ嬉しいです。
ちなみに、レアを救出した時のヴィルヘルムの年齢は16歳です!!覚えていないもの無理ないね!!!


ヴィルヘルム経歴

5歳:父、外科医トーマスから医療を教わる。
7歳:父の誘いで行った『とある博物館』、そこで標本に魅了される。
9歳:手先の器用さを見出され、解剖学の一歩を踏み出す。
10歳:父の同期であり親友のエリックの計らいにより、聖ジョルジュ病院の外科手術や標本作りの見学の許可を出す。当時のあだ名『小さいお医者さん』。
13歳:真夏、腐りかけた人間の右腕を解剖。エリックを唸らせる。論文から動物への人工授精に成功。
14歳:父、母、妹を『深紅の吸血鬼』によって殺される。叔父の裏切りにより教会へ移され、復讐心を下に化物狩りの部隊に所属する。
15歳:培った人体、人外構造の理解が起因し、化物狩りの専門集団『教会の槍』へ異動。運命との邂逅。銀髪の女性とバディを組む。
16歳:化物の再生能力を逆手に取り、外科手術の考案。そのどれもが恩師エリックによって却下される。彼の考え出した臓器移植案は余りにも若すぎた。恩師エリック、神父アンマン。ヴィルヘルムへの将来の方向性の乖離から殴り合いの喧嘩勃発。
17歳:一旦教会から離れ、病院にて長い研修を受ける。その後の試験に合格し修業証書を授与され外科医となる。“教会の槍”メンバーからお祝いパーティーを受ける。
18歳:深紅の吸血鬼によりバディが殉教。その際に獣に憑かれ『黒獣』の名で教会に記録される。同年、教会を離脱。
19歳:軍の外科医に志願。病院での経験を全く活かせない極悪環境。救う者よりも死ぬ者が圧倒的だった。終戦後、恩師エリックの下で勤務。
20歳:研修医への標本、サンプル作りに精を出す。自身の経験を活かし外科手術に従事。その前例の無い術式には、多くの外科医から蔑まれ、同時に尊敬を集めた。冬、病院を去り父の遺産である診療所を継ぐ。『フェレール歯科医院』を開業。
21歳:歯科医院と銘打っているが、外科医として様々な病気を診察した。『整った顔付き』と『手先の器用さ』が相まって一時、彼を苦しめた。思い出したくもない黒歴史の一つ。その時に持病を発症する。
22歳:ルキア救出。フェレール歯科医院の従業員として雇用。教会へ正式に戻る。


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