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月曜日。それは仕事が始まる最初の週。
陽が登る前に起きたルキアは、ベットから降り靴を履き身支度を済ませた。
そしてリビングへと向かう──
「あら、お早いこと……。まだ寝ていても良いよ、と言ってもキミは起きているんだろう?」
「ヴィルヘルム先生……」
ヴィルヘルムは机いっぱいに本を広げ、何かを書き出していた。
一度ルキアを見た青年はその後に窓の外を見、机を照らしていたランプの炎を消した。
「もうこんな時間なのか」と言うばかりに。
「二日酔いは……してないようだね。今、気分悪くないかい?」
「いえ、大丈夫です。……って!?」
「ん? どうした……どこか悪いか?」
ルキアは唐突に思い出した。
昨夜酒を飲み、余りにも気分が良くなったので口走った一言を……
『私の夢は、先生のお嫁さんですよ』
思わず赤面したルキアは、顔面のほとぼりを冷ますために両手を仰いだ。
その様子を見たヴィルヘルムは「あぁ、昨日の事か」と冷静に呟いた。そして続ける。
「まぁ……お酒を飲めば案外、人間なんてそんなもんだ。外科医としての僕は、お酒との付き合いは長いから……別に気にしなくていいよ」
と、黒髪の青年はニッコリと笑みを浮かべてフォローを入れた。
しかしそのフォローはルキアにとっては致命的な一撃となった様で、否定してくれて寂しいような、かと言って、誤魔化しくれて嬉しいような……。そんな名状し難い気分となった。
赤面したまま「ゴホン」と息を立てた少女は、話題を変える為にヴィルヘルムが机上に開く幾つもの本を見た。
「そうですね。それでヴィルヘルム先生は……わあぁぁああ!?!? 赤ちゃん!?」
それは生まれたばかりの新生児、そして乳児から幼児までの文献であった。
泣く赤子のあやし方、お乳の上げ方から始まり、夜泣きの対処法や人工栄養(粉ミルクの様なものや、お粥の様なもの)について事細かくヴィルヘルムは、白紙のノートへ記入してた。
「そうだね、赤ちゃんについての調べものだね……。今日n
「え!? でも……まだ……あっ!! ……先生が望んでいるならば……私は何時でも……」
「まだ酒が抜けていないようだな……。お嬢さん」
万年筆を置いたヴィルヘルムはルキアへ椅子に座る様に促し、その後、ゆっくりと口を開けた。
「今日、出産間近のご夫妻が来るんだよ。……待望の第一子でね。それに一枚、僕も噛ませて貰ったんだ」
「えっ……一枚噛ませてって……。それはぁあぁ……どんな事をですか?」
まさか、その婦人と交わりを? とよぎったルキアは青年に恐る恐る聞いた。
しかし彼は「パン」と掌を合わせ、嬉しそうに笑顔で言った。
「その夫妻。夫の方の生殖器に先天性の疾患があってね。それが起因して妊娠が出来なかったんだ。でね、僕が夫妻にアドバイスしたんだ。……この例はとても稀有でね。僕の人生でも
そして彼は続けて言った。
「人に対して、僕が初めて行った人工授精……。それが成功したんだよ……!」
そう笑み溢れる彼を見てルキアは、以前過去を語ってくれたレアを思い出した。
──私の事は1ミリも覚えてなかった、と……
先生は、薄々感じていたが普通の人には興味が無いのだと痛感した。彼が興味を引くものは、珍しい動物や体の仕組み。それから、病人と死体なのだろうか……
しかし同時にヴィルヘルムは言っていた。『僕の夢は、赤ちゃん・妊婦・子供の死亡率を下げること』と──
ならば今回の夫妻は、新たに生まれる生命を祝福すべく彼は、自身の知識と技術を以て全力で支えた患者なのだろう。
そう心に通したルキアは、薄っすらと伸びたクマを摩る青年に笑顔で言った。
「私も何かお手伝いできますか?」
「……! おぉ、嬉しいね……けど、まだ就業時間じゃないからね。その時が来るまで、ゆっくりとして居てくれ」
「でも先生は、お仕事をしてるじゃないですか?」
「僕は好き好んでやってるんだ」
「じゃあ私も好き好んでやります! お給料は大丈夫です!」
「……分かったよ。ならば軽くお勉強をしようか。書くものを持っておいで」
「……はい!」
◇◇
18世紀、農業生産が改善されこの国では人口が徐々の増えて行った。沢山の子供が生まれ、しかし同時にまた沢山の子供が死ぬという多産多死型の社会であり、19世紀へ足を踏み込んだ古都ですら同様だった。
6人の子を産んだが20歳に成ったのは3人ばかり、など当然の話だった。それほどまでにこの時代の赤子は、生き延びるのが難しかった。
もちろん、病気という線も有る。しかし病気以外にも様々な『試練』が赤子を襲った。
赤子に向けられる数々な医療や民間療法。それらはヴィルヘルムが顔をかしめる程のもので溢れていた。
例えば、夜泣きで悩まされていれば、ブランデーが入った粥を飲ませたり、アヘンを摂取させていた。それで『永眠』したとしても、アヘンの使用は紀元前から行われていた
「──ですので、乳児には僕がまとめた内容を参照してください。それと、そこに書いてある病院や診療所は僕が信頼できる者がいますから、何かあったらそこへ」
「わぁ、こんなにも沢山! ありがとうございます……!!」
分厚い冊子を受け取った20になったばかりの女性。金色の髪が特徴な妊婦は、ヴィルヘルムからそれを受け取った。
その横に座るは首から十字架が下げられた20代後半の男だ。ハンチング帽の下にはブラウン色の短髪。そしてその男は口を開けた。
「そう言えば先生。なんでも夜の狩りへ本格的に従事するどか……。だから新しい診療所を?」
「そうなんだよ……。本当は今まで通り月一の診察をしたい所なんだけれど……身が一つなんでね。大変で……」
「はぁ、そうですね。先生は本当に……色々と有名ですから」
「それはどっちの意味でだい?」
ヴィルヘルムは声を低く返すと男と共に軽く笑った。
解剖学者としてのヴィルヘルムは神を否定し、人の根源は猿にあると説いた。しかしそれは、教会の人間には信じられない程の反感を買った。人間は神が創造した存在だからだ。
しかし同時に彼は、幼少期から化物達を対峙し狩り続けた。そして医者として多くの人間を診て来た。
その業績は天秤にかけてようやくバランスが取れる物であった。だが神を侮蔑した罪は重く“教会の槍”に属する身でありながらも、教会の人間からは後ろ指を差される事は彼にとって日常茶飯事だった。
故に彼にはたくさんの噂が有った。それを分かってヴィルヘルムは、十字架をさげる男に皮肉を言った。
「先生は本当に面白い人だ。1年ほど前に悪い噂を聞きつけて本当に良かったと、今は胸を張って言えます」
「ぐはは……悪い噂ねぇ……」
すこし元気の無くなったヴィルヘルムの後ろで、白衣姿のルキアは微笑んだ。
それを見た金髪の女性は、ルキアに対して質問した。
「そう言えば、前は居なかったよね? ヴィルヘルム先生のお弟子さん?」
「あっ!? いや……弟子だなんてそんな事……」
「ここの従業員さ。新しく雇ったんだよ。ほら」
ヴィルヘルムに促される様に、何十回も行った自己紹介をした。
「ルキアです……! 頑張って……色々と覚え中です!!」
「へぇールキアちゃんね。良い名前だね? ……ねぇ貴方? 女の子の名前、彼女から貰いましょ? ……ん!! 『リュシー』って……!!」
「あー、コッチの地方の呼び方だもんね。お嬢ちゃん……良いかな?」
「え……??? あの……先生、どうすれば?」
「……。別に良いんじゃね? お腹の中に居る赤ちゃんが男の子だったら、僕の名前から取った『ウィリアム』らしいし」
「そうそう」と女性は大きくなったお腹に手を置いた。
夫の先天性疾患により妊娠は絶望的だと思っていたが、一人の外科医の飽くなき探求心により命を授かった。
探求心といえど青年は献身的に夫妻をサポートし、今や出産を控えた。そんな彼の名を子供に継がせようとするのは、無理も無い話である。
「丁度、女の子の名前に困っていたの。……どうかしらルキアちゃん?」
「そう……ですね……。私の名前で良ければ……」
「本当!? ありがとうね、ルキアちゃん!!」
古傷が目立つ小さな手を包むように、妊婦は温かな両手で包み感謝を伝えた。
それを見ていたヴィルヘルムは思い出すかのように「まだ渡したい物があったんだ」と、ルキアに休むように指示を出してから裏手の影に消えて行った。
薬品の匂い香る診察室の中、ルキアは「あははは」と笑いヴィルヘルムの椅子の横に設置された診察台に腰を掛ける。
緊張気味で不安そうな銀髪の少女を宥めるように夫妻は、主治医の事柄を語り始めた。
「最初……ヴィルヘルム先生を知った時は、悪い噂しか無くてね。なんでも夜な夜な、墓地に出向き墓堀りの男共と死体を収集している……って噂がね」
「そうそう、だから最初は怖かったわ。
「えっ? ……ま、まぁ、そうですね……。先生はカッコいいですから」
「おいおい、旦那を目の前に何てことを言うんだよ……。ま、先生はそんな事は
「そうね、
「その噂は医者としてだろう? 女性関係はしっかりしていた、と俺は聞いていたが──
夫妻の会話に割って入ったルキアは一度診察室の裏手のドアを開け、ヴィルヘルムまだ来ない事を確信したうえで再度夫妻に話を聞いた。
「あの……先生の『持病』『出来ない』って……何ですか?」
青年との暮らし。そして膨大な医学にまつわる本によって得た、一方に傾いた知識。それらから何となくヴィルヘルムの事柄については察しが付いていた。
しかしルキアは、それを確証に至らしめる為に夫妻にそう聞いた。
「ルキアちゃんは1ヵ月内に来たから分からないよね。あぁでも、この話は貴方の方が良いかも」
「そうだね……。俺は生まれつきの身体から、色んな人から揶揄われたりしたよ。けれど先生は親身になって俺の話を聞いてくれたんだ。『僕も同じようなもんなんだ』って」
「え……じゃあ先生も、身体に何かしらの病気が?」
「あぁ、先生はな『ストレスが起因して下が駄目になった』と言っていたが……。俺たち夫婦に1年も良くしてくれたんだ。だから何かしら助けてやりたい気持ちはあるけどよ……俺は医者じゃねぇし」
ハンチング帽を取った男は、苦い思い出を噛みしめながらそう言った。
その時、靴音を鳴らしドアを開けたヴィルヘルムは「やぁ、おまたせ」と一度頭を軽く下げてから席に着いた。
そして紙によって包装された箱を夫妻に手渡した。
「丁度良く要らなくなった
ヴィルヘルムの一言に少々顔を赤らめた夫妻は、お礼を言って受け取った。
それからの問診は、何事も無かったかのように進んでいった。しかしただ一人、銀髪の少女だけはもの悲しそうにヴィルヘルムの背中を見つめていた。
◇◇
「ごめんなさいねルキアちゃん」
「いえいえ、良いんです! これも仕事ですから!!」
夫妻の問診が終わり、婦人はルキアと共に待合室にて話をしていた。
「夫がね、何でも頻繁に頭痛がするってね……。そこまで仕事に支障は無いから大丈夫だって言っていたんだけどね」
「頭痛ですか……」
「うん、そうなの。でも本人は大丈夫そうなんだけどね。なんでも職業病って言うのかしら……そんな感じなのよ」
「そんなんですか」
それを聞いたルキアは閉ざされた問診室に目を向けた。
そこからは少しだけ声が漏れていたものの、聞き取れる程では無かった。だが、声のトーンでルキアはヴィルヘルムの言葉を思い出した。
『正直に話してくれよ。でなければ、アスクレピオスですら治せないからな』
アスクレピオス。それはギリシア神話に出て来る医療の神様だとルキアはふと思い出した。その時の題材も、妊娠したい女性によるひと悶着だった、と。
その一言はヴィルヘルムの父から受け継いだ言葉であった。それは、正しく病気を治すには、正しく症状を知らなければならない──といった、医療者と患者の双方に重きを置いたものだった。
で、あるならば今頃問診室の中では、ヴィルヘルムからの事細かい質問攻めに合っているのだろう、とルキアには容易く想像できた。なので少女は婦人に言った。
「このままだと……少し時間が掛かるかもしれませんね」
「そうみたいねー。でも、彼が何時までも元気でいてくれるのであれば、別に苦じゃないわ」
そう言うと視線を落とし、大きくなったお腹に手を置いた。その後、ルキアへと視線を移して「触る?」と聞いた。
すこし躊躇った少女だったが、包みこむような笑顔い誘われ白く細い指を伸ばした。
「うわ……。ここに赤ちゃんが……」
「そうよ。ねぇルキアちゃん? どっちだと思う? ウィリアムかリュシーか……」
「そうですね──」
そう答えた時だった。ボコっと弱い衝撃が掌に加わった。
すこし大きな声を上げ手を引いたルキアへ「ふふふ」と女性は笑みを送った。どうやら初めての胎動に驚いてしまったようだ。
2度ポンポンとお腹を叩き言った。
「最近、よく動いてくれるの。きっと元気いっぱいな子だわ」
そう聞いたルキアは再度手を置き、胎児の力強い躍動を感じた。そして口を開く。
「私は……男の子だと思います!!」
今回は2部構成で投稿したいと思います!!
本文にありますように、当時の新生児の死亡率はかなりのものだと、調べて色々と分かったので個人的には満足しています。
ヴィルヘルムが夫妻に渡した冊子には主に『酒を与えない』『乳児へ売薬を飲ませない』『なにか有れば聖ジョルジュ病院へ』などを徹底して纏め上げた一品となります!!
次話に少しだけ話にでるかもしれませんので、覚えてくれたら嬉しいです!!!
次は教会についてと、ヴィルヘルムの叔父をメインに書いて行きたいと思います!!
では、また~