湯冷めは一番健康に悪い
突然だが、みんなは息抜きってどうやってするのだろうか。
そもそも、人の思考だったり、誇張したかもしれないが未来がドン詰まりに感じるときは、意外と些細なやり取りの蓄積だったりする。
例えばではあるが、自分がモヤっとした時ってのは大体どうしようもないことだったり、何気ないことへの不満だったり、その原因程度は人それぞれだ。
自分の応援している贔屓のチームが負けた。
先の見えない将来に不安を感じた。
自分の失敗が脳裏をよぎった。
だからといって、その晴らし方というものも多岐に渡るかと言われれば、そうではない。
晴らし方の結論は、『スッキリする』この一つに帰結する。
その方法は多岐であれ、これ以外に晴らす方法はあんまりないと僕は思っている。
酒や煙草、嗜向品に大人が走りがちなのはそういう事なんだろう。
悲しいけどその晴らし方、大人限定なのよね。
じゃあ未成年はどうするのさってなるよね。
運動。いいね、僕もバットは振るよ。
ゲーム。それもいいだろう、僕も好きだよ。
読書。漫画じゃないよ?漫画もいいけど活字だっていいものだ。
じゃあお前の晴らし方はなんなんだって?
そりゃあね、勿論これだよ。
「ノメちゃん。風呂行こう」
「頭煮えきったか?」
風呂である。
「そんな……僕とと一夜を共にしたってのに……?」
「一生幻想に溺れているか?」
ちょこっとだけふざけてみたら割と辛辣目な解答をいただいたのでちょけはここまでにしよう。あんまりしつこいとグーが飛んでくる。
「冗談はここまでにして……」
「……今日は随分と前のめりだな……で、何のようだ?」
「いや、おふざけ無しに、風呂行かんか?って話」
「マジなのかよ」
「いやぁ、君何かしらに詰まってそうだからね。そういう人を見て動かないのはね……」
僕は間を空けて重大な事を打ち明ける。
「……なんだよ」
「道楽者のアイデンティティが喪失する」
「よしどうでもいい理由だったなぶん殴らせろ」
「……どうでもいいと思う?」
ノメちゃんの方向をジロリを見つめる。まるで
「な、なんだよ……」
「まぁ正解であるんだよね」
「……」
「……」
まさか初っ端から正解をあてられるとも思わなかったから、ちょっぴり黙ってみると互いの間に微妙な時間が流れていく。
「じゃあこの時間なんなんだよ」
「ん?道楽」
「よし、殴らせろ」
「嫌どす」
道端の勧誘から始まった追いかけっこは街の大半を駆けて行われた。
そうして、始めた鬼ごっこも終点として、追い詰められた場所は近場の銭湯。
「……結局来ちまった……」
「まぁまぁ。経験とリフレッシュってことでね。おっちゃん男二人、割符もってくねー」
そういって脱衣所の割符をもらい、荷物をすべて置いて扉を開ける。
少々の湯気が立ち込め、中に入って扉を閉めると、カポーン……と、他の先客の木桶の置かれるサンプルみたいに綺麗な音が室内に篭って木魂する。
時間はまだ真っ昼間。昔ながらの銭湯に追いかけっこで汗もかいているからね、丁度よかったのかもしれない。
「……お前、案外渋い趣味してんだな」
「そう?いい趣味でしょ」
肩まで湯船に浸かり、風呂のお湯が少し溢れる。
体温より高い湯の中で、湯気と共に余計なものが茹っていく。
「あー……」
湯船の心地よさから体から力が抜けていくと共に、頭に乗せていたタオルが少しだけずり落ちてくる。全身の疲れがこの湯船に浸かるだけで、湯の中に抜け出していく感覚に思わず気の抜けたような自分の声が漏れる。
「……本当にオッサンみたいだな」
「そう?そんなに苦労してそうに見える?」
「いや、言動が」
「ひっで。何度も言うけど同年代だよ??」
なんすか、流浪人みたいにブラブラほっつき歩いて、釣りで時間を潰したり、風呂で気の抜けた声が出るのがオッサンだって言うのかよ。そうだよ!!同い年なのに年上みたいな言葉使いされるようなオッサンだよ!!
「じゃあ、風呂上がりに飲むものは?」
「マゼモン無しの真っ白な牛乳」
「おっさんじゃねぇか」
「じゃあノメちゃんは何さ」
「……いちご牛乳」
「……この話やめない?なんかどっちも負傷するじゃん」
この話をさらに深めていくと果てしなくどっちも傷つく気がした。
そのうちみそ汁の具材とかでバトル開始し始めたって不思議じゃない。
「おっさんみたいでもいいんだよ」
「……僕もさ、色々悩んだりすることはあるよ」
「……意外だな。お前も悩むようなタチだと微塵も思ってなかったんだが」
「まずそもそも僕人間と思われてなかった???」
なんだか、ノメちゃんも僕の扱いが雑になって来たというか、慣れて来たなって。悲しいことに。
「さっきの牛乳論争とかじゃなくてさ、どうすれば、誰もが街を去るような事が無くなるのかとか、自信を無くしている人に自分の声を届けさせるにはどうしたらいいかとか」
「……」
ノメちゃんは、そういうまじめな話が飛んでくると思わなかったのか僕の言葉を聞いて少し驚くような顔をして黙って聞いている。
「泡沫みたいに浮かんでは消えて、また忘れた時に突然浮かんできて。時たま解決した事も浮かんできたり」
他人から見たら、それただの自分のキャパオーバーだとか気負い過ぎだと言われるんだろう。因みに僕だってそう思う。
「オーバーワークじゃないけどさ、そう言うので一杯一杯になった時に、僕はここに来たり、釣りをしたりしにいくのよ」
風呂ってのは存外いいんだよ。
どんなに頭で考えたって、どんなに悩みが浮いてきたって。マイナスなものが自分の中に蓄積されたって。
湯船に浸かってるだけで、余計なものは全部湯気と一緒に消えていく。
「もしかしたら、考える脳みそも茹で上がってるかもね」
「怖いこと言うな!」
「知ってる?実は熱中症って細胞が茹で上がってる現象なんだって」
「風呂のタイミングでそんなこと言うなよ!」
「……でも、ソイツに罹患したって人間として重大なものが切れたりするわけじゃない。それだって治癒する」
人間の自然治癒とは馬鹿にできない。致命的な傷でなく、ある程度の傷ならば日数や適切な処理をしてしまえば治るのだ。
「だから、入りすぎは良くないだろうけど、頭を茹で上がらせるってのは一個、リフレッシュに最適だって言うのさ」
「……お前の話を聞くと、こういうのも良いのかもな」
「今度、青ちゃんでも誘ってみな。多分、あの子こういう気の抜き方知らないでしょ」
「……確かにな」
ノメちゃんはほんの少しだけ、口元を緩めて納得したような声を発した。
「というか、一体何で頭抱えてたのさ」
そういえばと思い、僕はノメちゃんが悩んでいることについてを少し聞いてみることにした。風呂に連行するまでにノメちゃんは頭を抱えていたのを見たの思い出したからね。
「……俺は、アイツらよりも劣っているのか?」
「劣っている?」
話を聞けば、ノメちゃん達が歩み始めて歌っているところ、ガヤの人間が寄ってきてノメちゃんが4人の中で一番実力がないと指摘してきたとの事だった。
その場では色々と反撃の形をとりはしたけれど、どうしてもその言葉が引っかかってノメちゃんの中で思うところがあったようだ。
「なーにバカなこと言ってんだか」
「少なくとも、のめちゃんの成長曲線見てたら劣ってるなんざ口が裂けても言えないね。僕は」
「ノメちゃんが何を望んでいるのか、僕にはさっぱりわからんけど」
「……アイツらに並び立つ為の実力」
「尚更ダメだな」
「……ッ!なんでだ!」
「それは、望んで手に入るものじゃない」
ノメちゃんが浴槽の水面を揺らし、声を荒げる。
「ソイツはな、地に足つけて一歩ずつ、一歩ずつ大地を踏みしめてつかみ取った自分の力のはずだ」
「飛び級して、手に入るような安いものみたいに言うんじゃないよ」
各々が自分の歩んできた実績や軌跡として、実力ないし歌唱力ってのが備わる。
だから、今のノメちゃんの言い方はほんの少しいただけない。
「……そうだな。すまねぇ」
「まぁ、悩むのは仲間に相談でもしてからでいいんじゃないかなとは思うけどね」
幸運なことに、ノメちゃんの周りにはその悩みに、ともに超えていこうと後押ししてくれる相棒がいる。
その悩みに100点の回答を出してくれる仲間がいる。
だから、ノメちゃんは本当によくやっていると思う。
「おい。そういえば、お前冬弥に釣りを仕込んだのか?」
「仕込んだって言うか……釣り堀連れてって気の抜き方の一例として教えたね」
「……冬弥に誘われて、やったらアイツがやけに釣ったからな」
「あ、マジ?僕大したこと教えてないのに?」
それはビックリ。いい筋してたんだね。また連れていってみたくなるじゃん。
「……もしかして、嫉妬しちゃってる?僕に?」
「うっせぇ!」
バシャリ!と僕に湯船の湯をかけて恥ずかしがっているのを見て、ちょっぴり優越感をもってしまったのは謝罪したい。
「……なんだかんだ、忘れるとまでは言わなくてもちょっと気は紛れたんじゃない?」
「……そうだって言いたいが、そのニヤケ面で更に増えてきそうだ」
「そういやなんだけどよ、お前……その、なんだ?」
「お前、こういうのに自分で行き着いたのか?」
ノメちゃんの疑問に言葉が詰まる。
自然に行き着いた、というのは多分これを自分で発見して嗜んでいるのかという意味なのだろう。
「世話してもらった人の、受け売りかな」
僕のこれは、自分で見つけたものの実践じゃない。これは、彼らの行いの残滓が染み付いただけの、真似事なだけだ。
「……そうかよ」
ノメちゃんは、それ以上聞いてこなかった。
「あとよ、その……『宝船』ってヤツらの話だ」
その言葉を聞いた時疲れが落ちる感覚とはまた違うような、体が湯船の下までストンと落ちていく感覚を覚えた。
「お前がずっと追ってたって連中ってのは聞いたからわかるけどよ」
「ソイツらが何やったのかが、何にも聞こえてこねぇんだ」
「ただ一人だけ、それを知っているヤツを俺は知っている」
「だから、聞かせてくれねぇか」
正直、驚いている。
ノメちゃんの口から絶対に出てくる事のない言葉だと、言い聞かせていたのだから。
知りたいと思えるほどに、彼らの歩んだ旅路が良いものだったのか。それを判断するのはきっと記録者である僕ではなく、これからを読み取る方のできる彼等である事は確かではある。
「ねぇ、ノメちゃん」
「まぁ、今はだめだね。当たり前だけど」
「……のぼせちまうからか?」
「まぁ一つ言うんなら、安易な気持ちの奇跡の細分化、分析化なんて、誰のためにもならないってこともあるけれど」
まぁ、それもある。なにせ、一からぜーんぶを言っちゃうとのぼせるし、ありとあらゆるところがふやけ散らかすのが確定する。
そして、何よりもの理由が一つ。
「つまみ感覚で消費されるのは、気に食わん」
僕のほんの少しの不満とボヤキは、白い湯気とカポンと木桶の音と共に、吸い込まれて消えていった。
「因みに、熱中症で細胞茹で上がるのは嘘だよ」
「……」
「イッテェ!ドメスティックバイオレンス!桶で叩くのはアウトだって!」
「お前と恋仲になった覚えはねぇ」
この後、風呂上がりの牛乳で再び問答があったが、互いにもう気にしないでいくことにしたので問答自体は割と丸く収まった。
でも、ちゃんと議論はしたので湯冷めはちゃんとした。
唐桜 都楽(かざくら とらく)
風呂は五右衛門風呂派
東雲 彰人(しののめ あきと)
風呂はバス派
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