何気ない日常とは、日々を生きる中で最も比重を置いて大切にするべきポイントである。
例えば朝に朝食を食べる。とても大切な習慣だ。僕はパンの日ならチーズのっけただけのシンプルな食パン、ご飯の日なら卵かけご飯か納豆ご飯。ネギもご機嫌に入れて食べるタイプの
例えば通学。基本は自転車。だけど雨降りの日は徒歩が大半。しゃらくさくなって雨でも乗っちゃう時はあるけれど。
例えば学生の本文である勉強。
強制とは言わないし、僕の場合は教科書の問題解いて、直前の部分をマラソン感覚で解く。それくらいの学習しかしていない。青チャートなんて解こうものなら多分頭が爆発する。
と、このように日常の積み重ねを一日と呼び、その締めくくりは睡眠となる。
積み重ねる日常はその日によって全て異なる。
寸分狂わず全く同じ日々を積み重ねることはまずもってない。
必ず、何かしらのイレギュラーが生じる。靴に穴が空いたとか、ドブに足突っ込んだとか。
「都楽! 勉強教えて!?」
「おかけになった木偶の坊は現在使われておりません。ピーという発信音の後、お引き取り頂くことをお願い申し上げます」
かつて教わっていた事を全て忘却し、更に教えを乞われるとか。
「都楽壊れちゃった……」
「ふざけているだけだろう」
ふざけなきゃいけない気がする。というより、そうじゃないとやってられない。
コレを日常に換算しようものなら僕は泡吹いてぶっ倒れてやる。
「杏ちゃん? 君僕のところに来るの何回目?」
「うーん五回目!」
「覚えているね偉いねじゃないのよねコレが」
聞いてくる回数をしっかり覚えていて偉いね。それに伴う罪悪感やら罪の意識とか諸々はどこに落とした?
「で?今回は何がわからんくなった?数学?物理?それとも生物?」
「……何故理数系に偏っているんだ?」
「すでに教えたことへの経験則から」
「あぁ…… 」
間髪入れずに質問に答えれば横にいた青ちゃんが悲しい納得の仕方をした。ちょっと哀れむのやめてくれんか?多分その納得は僕だけがダメージを受けるわけじゃないんだよね。
「えーっと……怒らないで聞いてね?」
「怒るかどうかは内容によります」
「……全教科」
「FAXを受信いたします」
そう言って僕は受け身なしでビタンと床に倒れた。
へへへ。しゃーぼんだーまとーんーだー。
やーねーまーでーとーんーだー。
「……来てみたら都楽がシャボン玉吹きながら白目剥いて倒れてんのはどういうふざけ方だ?」
「彰人……都楽壊れちゃった」
「絶対お前が原因だろ……」
神よ。何故僕に苦難を残すのですか。
☆
パチン、と吹いたシャボン玉が鼻先で弾けた音と感覚で呼び戻される。
目を開けば、見知った店舗の天井。しかし、お目覚め一番に見えるはずのない天井。
「……夢か」
「残念だが、現実だぞ都楽」
「そうだよね。流石に前に教えたこと全部忘却して全教科教える事になるなんて夢だよね」
「都楽……」
青ちゃんは何とも言えない表情でこちらを憐れんでいる。
泣けるって流石に。過去の努力がマイナスどころか無かったことにされてるのは聞いてないって。
「……とりあえずこはねちゃんに連絡かなぁ」
「嫌! こはねにだけは!」
「無理だって流石に……流石に庇えんし見捨てる選択肢の割合の方が大きいって……」
流石の惨状にすかさず状況報告のメッセージをこはねちゃんに送ろうとすると、顔を青くして杏ちゃんがこちらに縋り付いてきた。
「……青ちゃん、どうしたらいい? 泣き目の女子高生に跪かせて見下ろしてる絵面最悪のこの状態」
店内で良かったね。外でこの光景見たら真っ先に何かしらの事案を疑われる自信があるよ。
自分の格好もそうだし信頼度の面から見てもね。
街は絶対に僕が弱み握ってこんなことさせてるって方向に誤解する。
最近下落気味の街中での信頼度のグラフがバブル崩壊みたいに急下落しちゃう。
「……小豆沢には俺から連絡する」
「嫌ァァァ!!」
「事件性のある悲鳴やめてね。身から出た錆だよ」
青ちゃんは無慈悲な宣告を杏ちゃんに叩きつけた。
損は隠すと後で大きくなって更にひどく帰ってくるからね。早めに報告するのが大事。会社経営と一緒。自業自得。社会のこと一ミリも知らないけど。
「んで、なーんでいきなり教えて欲しいわけ? 小テストで一桁代でもとった?」
「都楽ってエスパー?」
「自分の察しの良さを今日だけは恨む」
何でこう言う時にするする解答が出るんだよ。実用性が皆無だよ。
「格好から変えて切り替えるかね……」
「何それ、そんな事するの?」
「人がパジャマで登校してたら嫌じゃない?」
「……面白いかなとは思う」
「稀だねその感覚」
僕はとりあえずいつもの花柄着物を肩に羽織った道楽者スタイルから気持ちだけでも切り替えるために、格好を変える事にした。
「と言う事で着替えました。真面目タイプの道楽者でーす」
「1行で矛盾しているが……成程学ランか」
そうして、僕はなるべく真面目そうな服装としてあげられる例の筆頭である真っ黒の学ランに着替え、気持ちを改めて切り替える事にしたのだ。
コレじゃなかったらスーツだったけど、さすがに近くには無かったよ。
「ではコレより独自補修を行います。よござんすね?」
「また京風になってる……」
しゃあないですやん。気に入っちゃったんですもの。
「さーてみっちりやるからついてきてよ。ノメちゃんもやる?」
「誰がやるか。今回は俺はセーフだったんだかな」
「点数言ってみ?」
「35点」
「青ちゃん。判決は」
「彰人、少しいいか?」
……どうやら、あちらはあちらで個別にお話の必要が出たようだ。青ちゃんのナタは無慈悲に再び振り下ろされた。今日の青ちゃんは調子がいいようで。ノメちゃんドンマイ。
「とはいえ、僕が教えるのは理数系だ。文系は後からくるこはねちゃんにどうにかしてもらうからね」
「こはね……私頑張るからね……!」
「そのやる気をテスト前にやってくれればこうはならんかったのに」
「正論ロボットやめてね?」
意外とそういうこと知ってるんだねアナタ。
☆
そこからのお勉強の時間は苦労に満ちていた。
何からつまづいて出来ていないのか。
何をしようとしてコケたのか。
基礎をすっ飛ばして応用を解こうとしていないのか。
そもそも基礎が染み付いているのか。
コレを探すのがヒジョーに骨が折れる。
「……ねぇ杏ちゃんや」
「……はい」
「マジで全部わかんないんだね」
「うぐっ……」
痛いところをつかれたような声で机に突っ伏している杏ちゃん。
確かに、出来ないところは見つける事は早々にできた。
単元内容のカリキュラムの大体3歩目位で全部止まってたからね。それも綺麗に全単元で。そこまで几帳面に鶏みたいなことしなくていいんだからさ……
「いやぁホントに、今回はギリギリ軌道修正が聞いたからお咎めギリ10点位で済ますけど、フツーにドボンですやん」
「都楽から聞いたことない口調出てる……」
「あんさん次は無いですからねん? コレに懲りたら基礎くらいは反復してね……」
「や、やれたらやります……」
「それ将来的にやる気無い時の常套句ですよね?」
流石に次もこんなんされたら泡吹くだけじゃ収まらないって。誰も見たくないって。泡吹きながら陽気にカクカク踊る僕。ただの怪物だろこんなの。
「別にお勉強を好きになれとは言わないさ。やってみる事を習慣づけてみようって提案しているだけでね」
「それこそ、朝起きる、朝食を食べる。それらと同じように机で何かしらの公式や単語を反復するとか、そういう習慣にしてしまえばいいって話なのよ」
「そりゃあ習慣づけるってのは大変だよ?」
1日2日で簡単に出来るんなら苦労しない。長ーい積み重ねの末にいつの間にかに出来ているものが習慣だ。
多分、習慣として定着するか否かの境界線は、自分の中でその行為が明確に必要だと心から思うようになった時に、習慣として成り立つんじゃないかと思う。
「でも、そうやって無意識下でもいいから出来るようになってしまえば、呼吸するように簡単になる」
「まぁ、ちょっとくらいは机に向かって見る事だね。勉強するでも本を読むでもいいからさ」
そこまでを杏ちゃんに説法じみたアドバイスを送った所でカランと扉の開く音がする。
「さて、比較的キツイ部分は僕がやっておいたから、後はそちらにお任せするよ。僕よか聞きやすいだろうし」
そう言って振り返ると、そこにはこはねちゃんがいた。
「ごめんね都楽くん……遅くなっちゃって……」
「そもそも、呼んだのがだいぶ突然だったんだから、しょうがないことだよ。じゃあ、文系の方頼める?」
「うん。出来るだけやってみるね!」
「まぁ、僕も帰るわけじゃないから、そん時また声かけての」
そうして、僕はこの後の教鞭をこはねちゃんに渡し、遠くから勉強会を眺める事にした。
チラリと、青ちゃんノメちゃんコンビを見ると、ノメちゃんはだいぶ絞られてるようだった。
……まぁ、自業自得ですし。青ちゃんに一任してるからええか。
☆
それからしばらく経ち、双方共に補習授業が終わったようだった。
量の少なかったノメちゃん達は先に上がり、何となーく帰るタイミングを失った僕は、結局杏ちゃん達のそれが終わるまで店内に居座ってしまった。
自分の領分を終わらせた後は、メモに記録を残しておいたり着替えてた服からいつもの格好に戻ったりして時間は潰していたので、暇はしていない。
教え終わったのか様子を見に行くと、こはねちゃんは少し休んでいるのか目を瞑って寝息を立てている。
手元のノートを見ると、杏ちゃんの小テスト分の遅れは教え終わっているようだった。ホンマにお疲れ様だね。
「そう言えば、なんだけど……」
「何?追加の補修をご所望でいらっしゃる?」
「そっちは嫌……じゃなくて」
「都楽って、何でも似合うの何なの?」
「そら、どういう意味で?」
「都楽がいっつも羽織ってる着物でもさ、今みたいなスーツでもさ、どれもそんなに変に見えないように着れてるじゃん」
おかしな格好と言われるよりも先に、似合うだなんてほめられるとは今のところ誰にも言われてなかったのでちょぴりうれしくなる。
「あー……それ? 僕の知り合いがね、昔僕のことをマネキンにして来たことがあったんだ」
「なんだ馬子にも衣装だーつって、ちびっこだった時はスモックから七五三の服」
「わりかし大きくなってからは何処のものかもわからんゴツい制服から、昔の遊女みたいな派手な着物や執事みたいなガチガチの服まで」
流石にちびっ子に遊女みたいな着物着せた時は周りのおっちゃん達がそのおねーさんに説教したけど。
何をどう考えたら許されると思ったんだ?とは今でも思うよ。バレなきゃ犯罪じゃないからって言葉で許されると思ったみたいだね。無理だって。許されるわけねぇだろ。
「ついでに知らない事も色々と教えてくれてね」
「それでスーツだろうと、和装だろうと、何ならドレスもかな。全部着れるようになってる」
宝船の人間のなかでも別ベクトルに振り切れてる人ではあったが、大変言いたくないがおかげで着付けに関する知識は一通りつけてくれたのである意味生活の世話にはなった人物だ。
「へぇ……そんな事が」
「その人は今も?」
うっすらと思い浮かぶ姿は、何処までも自分をマネキンにしては恍惚とした顔で服を着させてくる異常者である知り合いの姿。
「どうだか、次にあった時は色っぽい煙管の持ち方でも教わるんじゃないかね」
生憎、肺を真っ黒に汚す趣味はない。汚すくらいなら弱アルカリ性の洗剤で洗っているものでして。
「……当店は全席禁煙でーす」
「今吸うなんて言ってませんがな。口に咥えんのはコッチで充分なのよ、僕は」
僕は薬液をつけたパイプを口に咥えて、今度は綺麗な泡を吹いた。
唐桜 都楽(かさくら とらく)
得意科目は科学と英語
白石 杏(しらいし あん)
補修受講者
プロセカの小説増えて♡
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