こはねちゃん誕生日おめでとう。
はらりひらり。ふらふらぷらぷら。
そんな音がつきそうな足取りを地に踏みしめ、僕は肩に乗っている女性用の花柄の着物を揺らし音楽の鳴り止まぬ街を歩く。
長くこの街にいる者からすればもはや見慣れた光景であるが、ちらほらとこちらを横目に見る視線を感じる。
たまにヒソヒソとコチラについての話し声も聞こえるが、おおよそ碌な事は言われてない。
なにを言われようが、今更自分の習性は変わる事はない。
陰口を言って変わる程のモノなら、こんなにも根気強く道楽者なぞやっていない。
しかし、そんな本日の道楽者は特別形態。一点異なる点がある。
肩から下げた二眼レフのカメラ。
しかも、デジカメではないフィルムカメラ。
時代錯誤も甚だしい骨董品を下げて、街にいるわけだからそれはもう視線は集まるだろう。
その肩から下げたカメラを構え、ファインダーを覗き込み、シャッターのボタンを押し込む。
ファインダー越しの光景がカメラに吸い込まれ、フィルムの中に消えていく。
世界の一部分を切り取って自分のものにするような感覚。
なんて事のない行動のはずなのに、シャッターを切る度にその余韻が何度も何度も自分の中に残る。
記録を残すという行動は、なにも音楽に限ったものではない。
街の在り方、街の風景。街の人たちを記録に残す事で、その場所で起こる音楽のディティール部分がより詳しく記すことが出来る、というのは建前。
……正直、僕の気分が乗ったからというものが事の真相。誰のせいだと言われたら、家の箱の中に埃を被って佇んでいたカメラが、自分を使って欲しそうに見つめてきたせいとしか言えない。
何にしろ、建前が100%嘘であるという事は無い。
シャッターを切る毎に、誰に言う訳でもない言い訳が頭に浮かんでは消えていった。
写真というという存在がこれほどまでに普遍的なものになったのはいつからだろうか。
今や誰もがポケットから機械を取り出し、当たり前のようにレンズをこちらに向ける。
それが「記録」という行動であることを疑う者などいない。かつて撮影という行為には「魂を抜かれる」なんて与太話が囁かれた時がある。
昔話や迷信の類だと思われがちだが、僕にはそれががほんの少し本当なのかもしれないと感じる。
実際に僕は幼稚園の全員写真等の場面でシャッター音が響いたその瞬間、自分の中の何かが切り取られて形を持ったままどこかへ連れ去られるような感覚があった。
しかし、それを本当に「魂」と呼ぶのかどうかはわからない。
だが、写真というものには確かに「何か」を奪い去る力がある。
それがその空間であれ、魂であれ、奪い去る。
だからこそ、人はそれをただの記録以上のものとして崇めたり恐れたりするのだろう。
首からかかる前時代的なカメラを構え、シャッターを切るたびに、レンズの奥で世界が小さく震えるのを感じる。
それは対象物を映し取るためのただの物理現象なのか、それとも本当に誰かの魂が引き寄せられたのか。
答えはいつも曖昧で、手元には確かに写真だけが残る。
そうして、一つまた一つと街の風景を写真に切り取っていく中で、ファインダーに見知った顔が映り込んだ。
「……こはねちゃん?」
映り込んだ顔に宿る迷いを映した瞳は、流れる人波に呑まれそうだった。遠くから見守るこちらに気づく様子もなく、彼女はただ立ち尽くしていた。
「何してんの。こはねちゃん」
「あっ……えっとね」
僕が話しかけに行った彼女の顔は、覚悟を決めて踏み出した一歩目のあの日より、すこしだけ暗い顔をしていた。
「何か訳ありなんでしょきっと」
「都楽くんには……お見通しなんだね」
「いつもよりも暗い顔してたからね、そこに気づかないで街の記録者なんてやってないよ」
自らの状態を見抜かれたからか、こはねちゃんは驚きと困ったような笑みを僕に返した。
「都楽君は……カメラ?」
「そ。昔の型のカメラだけど、いかんせん古いせいで工程が多いけど、写真を撮るって行動が分かりやすく実感できるから使ってる」
そうして、首から下げる二眼レフカメラを指し、こはねちゃんに見せると現代においても珍しいものであるためか、控えめではあるが興味があるようで、をまじまじと見つめている。
「都楽くんのカメラ……昔のだって言ってだけど、あんまり見ないカメラだね」
「周りの大人がこぞってデジカメアンチしてて、自分で使えるのがこういう昔のやつばっかりなんだよね」
別に何が好きか嫌いかは人の自由だけど、それで残ったものをおさがりでもらう身としては、年頃の子の持ち物からは遠くかけ離れているとは思う。
「コレ、撮ってみる?」
「えっ……?でも」
「結構頑丈だからね。ちょっとやそっとじゃ壊れたりしないし、悩んでいることに対する一端の息抜きってことでさ」
ノメちゃんの時も言ったが、考えが煮詰まったり、自分なりの回答が出なくて立ち止まったときは休憩を入れることが非常に大切だ。
「じゃあ、使ってみても良いかな?」
「勿論」
こはねちゃんは、少し考えような顔をした後、彼女は僕にお願いをし、快く受け入れることにした。
こはねちゃんの両手に骨董品を預け、彼女の手に重みを与える。
レンズキャップの外れたフィルムカメラ独特の重さとその金属の冷たさに、こはねちゃんは一瞬反応するが、そのカメラを慎重に持つ。
「はじめは、肩幅程度に体を固定する」
「う、うん」
「体がカメラスタンドであることをイメージして、やってみて」
レンズを支えるこはねちゃんの左手は、初めてのことながらもがっちりと固められ、右手はシャッターボタンの位置に添えられる。
「ピントはファインダーを覗きながらレンズのリングを回して調節する」
「ここかな……」
「そこだね」
「やっぱり、デジカメより難しいな……」
こはねちゃんは、ぎこちない手つきでファインダーを覗きこみ、目を少しだけ細めながらリングを回してそう言った。
「今使われてるのよりも幾分も手間がかかっちゃうからしょうがないところはあるよ。僕も慣れるまでは手間過ぎて泣いたからね」
撮り方をレッスンされてもうまくいかず、泣きべそをかいて周りの大人に困った顔をされながら手伝ってもらった記憶は今でも思い出せる。
いや、困っているのはこちらだったんだけども。
「……あっ、見えてきた」
こはねちゃんの覗く世界にピントが合い始め、徐々にクリアになり始めたようで、僕はその様子を見届け、次のステップを教えることにした。
「次は光の加減の調節もしなきゃいけない。カメラの天面側のダイヤルをそのまま弄ってみて?シャッターを切る前に、光の加減を確認しよう。露出計を見て、適正な明るさになるように調整するんだ」
「昔のカメラって、いろんなことをつけてたんだね……」
こはねちゃんはカメラの天面にあるダイヤルに指を添えながら、ゆっくりと回した。
どちらかというと、今のカメラがどこまでもコンパクトになっていっただけではあるのだが。
フィルムカメラでは、ISO、シャッタースピード、絞り値など、文字にするだけでも頭の痛くなるような処理を適切に設定しなければならない。
ハッキリ言ってこんなもん10代後半の初心者にやらせちゃだめだと思う。
プラモデル作るのにいきなり美プラに手を出させるようなものだぞ普通に。
デジカメのようにオートで補正されるわけではなく、一つひとつ自分で決める必要がある。
だが、それがこの骨董品の持つ魅力でもあり難しさでもある。
「準備ができたら、あとはシャッターを押すだけ」
こはねちゃんは右手の人差し指をシャッターボタンに添え、恐る恐る、そして慎重にそのボタンを静かに押し込んだ。
カシャリ──控えめながらもカメラの駆動音が響く。デジタルの無機質な電子音とは違い、機械が各々の仕組みがかっちりと働いたことを感じさせる心地よい響き。
「……撮れた」
「おめでとう。これでこはねちゃんも骨董品での撮影仲間ってことだ」
「ちょっとだけ、楽しいかも……!」
満足げな笑顔を浮かべながら、心から楽しんだ様子を表していた。
物事を終えた彼の顔には、ほころぶような楽しさが浮かんでいた。
こはねちゃんはシャッターを切ったカメラをがっちりと持ちながら、その切り取った風景を今度はレンズ越しではなく、自分の目で眺め始めた。
「だけど、フィルムカメラはここで終わりじゃない。巻き上げないと、次の一枚が撮れないんだ」
僕は彼女の持つカメラの右上にあるレバーに手をかけ、親指でスムーズに巻き上げる。カチリという音とともに、フィルムは次のコマへと送られた。
「フィルムカメラは、こうやって撮影した後にフィルムを巻き上げて、新しいコマでまた撮らないといけない」
「フィルムもあんまりお財布にやさしくなくなってきたし、そうじゃなくても一枚一枚を慎重にとるものだ」
相手は頷き、改めてカメラを両手で構えた。その手つきはまだ少しぎこちないが、少しずつ彼の動きをなぞるようになってきている。
「さあ、次は君が撮ってみて」
彼はそう言って、一歩下がりながら、相手が初めての一枚を撮る瞬間を見届けるのだった。
☆
場所は先ほどまでの人通りの多い街道とは打って変わって、どこか寂れた静けさが漂う外れの通り。
昼間の喧騒がまるで幻だったかのように、ここには車のエンジン音も、雑踏のざわめきもなく、遠くで鳴く鳥のさえずりや時折吹く風が枯れ葉を揺らす音だけが響き、空気はひんやりと澄み渡り、どこか懐かしい感傷を誘う。
僕は時代の忘れ物のような骨董品の箱を大切そうに抱え、その隣ではこはねが静かに歩いていた。
彼女の歩みは、音を立てずに過ぎ去る影のようで、どこか儚げな印象を与え、抱える箱の中には、大量のネガがぎっしりと詰め込まれている。
ネガの中身は二眼レフで切り取った先ほどの風景たち。
その瞬間の記憶のかけらであり、現像されなければ、ただの暗闇を写した細長い帯に過ぎない。
デジカメのようにただボタンを押すだけで終わる工程ではなく、時間と手間を惜しまず、本物の作業であることがこの箱の存在からも感じ取れる。
この作業は、何処までも地味で、気が向く者が稀なほど手間暇かかる。
しかし、僕らはそれを愛でる者同士として、あえてこの場所に足を運んだのだ。
「カブー!!延滞分払いに来たよー!」
寂れた店内に足を踏み入れると、がらんとした空間に僕の声が反響する。古びた木製の床や、壁にかけられた古いポスターが、時間の経過を痛感させる。
そこには、古い紙と薬品が混ざり合った独特の匂いが漂い、どこか懐かしくも切ない印象を与える。
その直後、階段が勢いよく軋み、突如として一人の大人がドタドタと落ちてくる。
「借金返ス?オマエガ?」
着地に失敗しながらも、必死に体勢を立て直すその男の姿は、どこか滑稽さすら感じさせた。彼はすぐに、疑わしげな目で僕を睨む。
「……カブ。僕が払いに来た時だけ目の色変えてくるのは、傷つくよ」
「働ケバカボーズ」
僕は、冗談交じりながらも言葉を返すが。男は遠慮なく、無遠慮な口調で返してくる。
「カブがボッタくるからじゃないか」
「一度恩デ六度滞納スル客ガドコニイル?」
「一度目で客を騙す店主がどこにいる?」
「『ぐぬぬ……』」
僕らのやり取りは、まるで長年の知り合い同士が、形式ばらずに交わす行儀良い言葉遊びのようだった。
互いに一歩も譲らず、固い眼差しを交わす中、僕はやむなくため息をつき、肩をすくめた。
僕は苦笑いを浮かべながらも少しずつ事態が収まっていくのを感じつつ、こはねちゃんはそんな僕らのやり取りを、半信半疑の表情で見つめていた。
僕はため息をついてそっと彼女に向き直り、軽くカブの方を指差す。
「これ、この店の店主のカブレイラ」
その一言に、カブと呼ばれていた男は腕を組み、うむと短く頷いた。
「カブでイイ。ヨロシクジョーちゃん」
「ええと……あ、小豆沢こはねです」
「コンナ所マデゴクローサンダナ。オジョーサン」
彼の一連の返答は、まるで決まり文句のように自然で、誰もが慣れ親しんだ口調のように挨拶をした。
挨拶をされたこはねちゃんは、それに対しぺこりと頭を下げる。
「じゃ、このフィルム頼むよ」
「金払エボーズ」
「それはわかったから……」
僕の渡したフィルムを手に取り、カブはそのまま、手際よく現像液を用意してフィルムを丹念に浸していく。
彼の動作は熟練の技そのもので、店の奥にある暗室へと静かに消えていった。
そうして暗室へとこもったカブの姿を僕は見届けると、ポケットから細長いプラスチックのパイプとシャボン液を取り出し、薬液にパイプを浸しながら呟いた。
「さて、ちょっぴり時間をおけば、これで写真の完成ってわけだが──」
カブの作業が終わるまでの間、暗室の向こうからは微かに機械的な音が漏れ、僕らの周囲にじわじわとした静寂が広がる。
何もしなければ、この沈黙はただ続くだけだろう。
その静けさの中で、僕はふと話題を最初の大前提に戻すことにした。声が暗室の奥へと吸い込まれていくような気がした。
「何をあんなに悩んでたんでして?」
その問いに、こはねちゃんはため息混じりに、しかしどこか遠い目をして答えた。
「……自信って、どうしたらつくのかな、って……」
こはねちゃんの呟きは、薄暗い店内の影のように静かに消えていった。
曰く、あるイベントの際に観客から「自分と向き合うといい」と言われたことがあったらしい。
そして、その言葉の意味を深く考えた結果、自分にはそれができないのではないか──すなわち、「自信がない」という結論に至ったというのだ。
僕は腕を組み、無言のまま少し考え込んだ。
空気が重く、奥の暗室での作業音が響く中、時の流れがゆっくりと進むような感覚に包まれる。
「……自信ねぇ」
僕の言葉に、こはねちゃんは静かに頷いた。その瞳には、不安と期待が入り混じる複雑な色が宿っていた。
「自信って、まずなんだと思う?」
問いかけると、こはねちゃんはしばらくの間、何度も目を閉じては開き、慎重に言葉を選ぶように答えた。
「いろんなことを続けて……大丈夫だって思えるための根拠?」
僕は彼女の言葉に耳を傾けながら、指先で軽く空中に円を描いた。
「うーん……合ってるんだけど、それはあくまで結果的にそうなっているだけだね」
当たらずも遠からず、そんなこはねちゃんの回答に僕は彼女の答えに返答を返した。
「自信ってのは、己の値段を信じることだ」
その言葉を聞いた瞬間、こはねちゃんの瞳がわずかに見開かれたきがする。
彼女にとっては、普段耳にしない、どこか堅い響きを伴う言葉だったのかもしれない。
「……値段?」
「そう。自分がどれくらいの価値を持っているか、それを自分で信じること。それが自信だよ」
まるで深い洞察を得たかのような物言いになってしまったが、構わずに僕は言葉を続ける。
「たとえばさ、僕が自信があるなって思うときって、どんな時だと思う?」
「都楽くんが……自信があると思う時……?」
僕の問いに、こはねちゃんはしばらく考え込み、そのまま次の考えを言葉にせずに黙り込んでしまった。
「そ。わからないが正解だ」
「そんなモノは側から見てもわからない。なんなら、本人にとっても怪しいラインだ」
僕は軽く肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら付け加えた。
こはねちゃんはそんな僕の回答にきょとんとした顔をしながらも、僕の言葉に耳を傾けてくれている。
「でもね、それと真剣に向き合ったり、自覚した人間ってのは、何処までも強い」
僕の言葉を静かに聞いてくれているこはねちゃんに向けて、静かに続けた。
「……宝船の人たちは、みんなそうだったね」
その言葉とともに僕の脳裏には、かつての梁山泊のような、どこか刺々しく殺伐としながらも、確かな信頼関係の下成り立っていた、そんな集いの記憶がよみがえった。
かつての遊び仲間たちは趣味や方向性は異なっていたが、皆が自らの才能に自信を持ち、他を圧倒するほどの誇りを抱いていた。
「趣味趣向も方向性も違っていても、全員が『この中の奴らより自分の方が一番上手い』って自負してた」
その言葉を口にしながら、脳裏に浮かんだ彼らのやり取りを思い出し、口元に笑みを含めた。
「ま、舞台に立たず競争もしてない人間の戯言ですので、当てにせんといてくださいね」
そして、冗談交じりに手をひらひらと振りながら、この話題を締めくくった。
その言葉とともに、こはねちゃんは一瞬顔を曇らせた。
そりゃそうだ。何か明確な答えがもらえるかと若干の期待もあったのだろうが、返って来たのはどちらかと言えば戯言に近い言葉遊びのようなものだったのだ。
「君の中に自信があるかどうかは知らないけど、勇気と度胸があることは、僕は知ってるよ」
「じゃなきゃ君はあの日、イベントの中で一歩を踏み出していないだろう?」
その言葉が薄暗い店内にしっかりと響くと、こはねちゃんの瞳が一瞬揺れ、その奥に確固たる決意が見え隠れした。
そうなのだ。
ステージに立ち、歌う──その行動を決意し、実現した瞬間、彼女の中にはもう、自信の糧となる材料は既に備わっているのだから。
結局のところ、僕の言葉が彼女にとって悩みを解決するような実のある言葉であるかなんて図りようのないことだ。
ただ僕の考え方を話すことで、彼女の悩みに対する考えが良い方向に向かってくれると言うのならば、それはそれでよかったと思う。
店内の時計がゆっくりと時を刻む中、僕らは言葉と沈黙が交錯するこの空間にしばし身を委ねた。
現像液のかすかな匂いと、過ぎ去った会話の余韻が確かに僕らの心に深く刻み込まれていくのを感じながら、ただ静かに時が流れていった。
「カラボーズ。現像終ワッタ」
「はいありがとさん。ツケで」
「ツケンジャネェゾガキンチョ」
「冗談だよ。はい、今まで分のツケ」
そんな風に話を畳み終えたタイミングで、カブは現像を終えて暗室から出てきた。
いつものようにツケにして受け取ろうとしたが、流石に許されなかったので5000円札をカブに渡して写真を受け取った。
「……明日ノ天気ハ槍カ」
「都楽くん……」
「」
こはねちゃんからの引いたような視線が一番心に刺さって痛いんだって。
「そら、今日の付き合ってくれた分のお駄賃だ」
「デジカメより、ちゃんと写ってるかも……!」
こはねちゃんの抱いた印象を払拭するために僕は現像された写真をこはねちゃんに渡すと、彼女はその解像度に驚きながらも喜んでいた。
現像された写真には、僕らの知る街のなんて事のない風景。
しかし、二度と寸分狂わず同じものを見れることのない、街の瞬間が、綺麗に切り取られていた。
☆
本日分の写真をカブから受け取り、日の沈みかけた橙色の空の下、僕らは帰路を歩いている。
路上での撮影に熱中し暗室での印刷も終え、気づけば誰もが自分の家に帰る時間になり、カブには、また来ると言いカブは次はもっと大勢で来てくれと僕らに伝え、また上階へと引きこもった。
預かった写真はキッチリとこはねちゃんに渡し、こはねちゃんの少し横を道を案内するように引っ付いて歩く形になっている。
杏ちゃんに見られたら、タコ殴りにでもされそうだななんて思っていたが、ふと彼女に聞いてみることにした。
「今日はどうだった?」
「とても、新鮮な一日だったよ!」
「そいつはどうもおはようさんです」
「おはようさんです……?」
「こはねちゃんが悩みにうなされたお昼より、ほんのちょっぴりだけ目覚めのいい顔だからさ」
「寝起きは良いか悪いかをとるなら、いいほうが気分もいいでしょ?」
「そう……なのかな?」
こはねちゃんは僕の言葉に首をかしげてしまった。
だけど、多少矛盾があろうとも、前向きな気分でいられるのならば問題はないだろう。
「そっちのほうがいいから、僕はそう考えるようにしているさ」
僕は、薬液を纏ったパイプに二酸化炭素多めの空気を込め、空気のような言葉を吐いた。
こはねちゃんはそのことについて、どこか強引に納得したような顔をしたが、ふと僕の方を向いて僕にまた一つ、疑問を投げかけた。
「都楽くんの、宝船の事だけど……」
「……存外、君らも暇人なの?秘密だよーって言ってる事を聞こうとしてくるんなんて」
「ううん。ちがうよ」
「ずっと楽しそうに話してくれるから、一個だけ聞いてみたいことがあるの」
「宝船で、一番記憶に残ってる事ってなんなのかな?」
確かに、ふわっとしか僕自身彼らのことについて教えていないけど、みんなして宝船のことについての問いかけがなんだか頻度が多い。
そんなに僕の昔の話が気になるのかがどうにもわからない。
だって、たかだかそこらをふらついているような道楽者の昔なんて中身もないのに。
……ノメちゃんには、質問の回答を拒絶し、青ちゃんにはしたものの回答はほぼ保留の状態。
杏ちゃんのは……まぁ提案を拒否か。
でも、今日はこっちの趣味に付き合ってもらったことのお礼もあるから、なるはやで教えてもいいかもしれない。
「二つあるかな」
「一個はもちろん、船の乗組員になった事」
「乗組員……一緒に入れるようになったってこと……?」
「そ」
迷い込んで、戦い合っている大人たちの周りをうろうろしていて、気にかけてもらっていた所をそのまま背中に背負われて輪の中に入ったこと。
「こはねちゃんにとってのはじめの一歩と同じように、僕のあの瞬間はどうやったって忘れられないね」
「……都楽くんにとって、かけがいのないところなんだね」
「うーん……」
改めて言われると、なんだかむずむずする。
他人からの視点からだと、印象的な起源なりえているように感じるのだろう。
だが、やっぱりどうしたって自分の胸を高鳴らせた出来事のことは、一番記憶に残るものだ。
「もう一つは……やっぱりこっちは内緒で」
僕は自分の口元で小さなバツ印を作ってやっぱり質問の回答をやんわりと拒否した。
「……そっか」
「今からぜーんぶ言うのも、時間がかかっちゃうしね」
写真撮影まで意図がなかったとはいえ手伝ってもらっておきながら、これ以上こはねちゃんの時間を取らせるわけにはいかない。
「ううん。いいの。……今日はありがとう」
「なんもなんも」
「君の次の一歩が自信たっぷりの強い足跡になることを僕は応援しているよ」
僕は、こはねちゃんのこれからを応援する言葉を贈り、夕焼けに灼かれ、黒く長く下向きに伸びた高架下のような自分の帰り道に向かった。
その日の夜、こっそり撮ってあったこはねちゃんの写真撮影に熱中している横顔を杏ちゃんにメッセージで飛ばしてみると、明日全部話してもらうからねとある意味の処刑宣告とも取れるメッセージが届いた。
相棒って凄いね。
僕は自室に飾られた宴の会場のようでありながら戦場のようであり、そして遊び場のような風景を切り取ったいつかの写真を見ながらそう改めて思うのだった。
唐桜 都楽(かざくら とらく)
写真はモノクロ派
小豆沢 こはね(あずさわ こはね)
デジカメ派
カブレイラ
写真屋。
ぼちぼちまた投稿出来たらなと思います。
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