「伝説って?」「ああ!」   作:絞りカス

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お久しぶり。
気付いたら前の連載の話数を超えていた。
今回と次話はBout for Beside Youの話です。


イベストって、自由ですか。
そしたら大河の旦那が一人でその勝負に乗ってなァ、マイク一本でその会場を木っ端みじんにぶち上げてもうたんじゃ


 夜の帳が下りた音楽の街は、ネオンもスピーカーの残響も遠ざかり、古びた路地だけが静かに息づいていた。

 音楽の街は常在戦場。

 何処までも止むことなく、日々何処かで誰かが歌い、誰かが鎬を削りあっている。

 

 僕自身その全てを観測出来るとは言えないが、自分の手が届く限りはその戦場を記録し続けている。

 路地裏のスピーカー片手に、僕は足早にライブハウスの脇を通り抜けた。

 誰かが中世よろしく決闘を申し込んだり。

 喧嘩の強さや上位か否かの判断を勝負で決めたり。

 幾らでも、その火種と可燃物は足を投げれば当たる程に転がっている。

 そして、それらの営み全てに中指立てて存在し続けているのが、道楽者だ。

 芽を出してきた新勢力も。

 古くからいるベテランも。

 玉座に居座る勝利者も。

 手からすり抜けた敗者達も。

 全て等しく、記録する。

 それが、僕の存在する理由だ。

 

 アスファルトに滲む灯りの下、僕は暗がりからステージの熱をすくい取るようにメモを走らせた。

 

 その日は、何の気なしにその日行われていた対戦イベントでの勝負を観測しに、ふらりと会場の中に入ったことがきっかけだ。

 バトルロワイアルのように響き渡る歓声が、僕の鼓膜を心地よくくすぐる。

 そのイベント会場内で行われている勝負を入り乱れたバトルロワイアルのように、一人勝者が生まれたかと思えば、また勝負が始まり、先ほどの勝負での勝者が敗者へと変貌したりと、目まぐるしく立場の変わるその戦いをぼんやりとみていると、

 

「……」

 

 飛び込み参加で殴り込んできた、観客の中でも少しだけ老けた男が目の前のステージに立っている。そんな姿を見た。

 マイクを握るその背中にはどこか不思議な説得力が宿っており、その男の顔を見て、その男が発した歌声を聞いて。

 僕は思い出した。

 

 忘れかけていた、“本物”が放つ熱量を。

 この存在が、勝者だ。

 あの瞬間、この瞬間においての、勝者だ。

 

 盤上のもう片方の青年は、かつての勝者に押され、ついぞ鍔迫り合い様な拮抗は起きたが、以降有利な状況は起きずに勝負は決まってしまった。

 無音の瞬間に張り詰めた緊張が、勝負の行方を運命づけたかのようだった。

 

 そうして、会場は歓声に沸き、そのイベントは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 ☆

 人波が引くメインストリートを背に、僕は出口へと足を向けた。空にはまだ熱気を帯びたスモークの名残が漂っている。

 人が捌け始め、僕も帰ろう出口へと向かうと開始前には居なかった最近良く会う四人の姿を見つける。

「あら、いたのねん」

「途中からだったけど、おじさんが帰ってきてたんだ」

「知ってる。というか僕もビビった」

 

 杏ちゃんが半ば興奮気味に僕に状況を伝えてくる。

 ごめんね杏ちゃん。whyベースじゃまだ飲み込めないけど、whatベースなら頭からケツまで見たからわかっちゃうのよ。

 胸ポケットから取り出したスマホには、ステージの熱狂を映した短い動画が再生されている。

 正直、いるはずのない人間が目の前に現れて、好きなだけ暴れまわった姿を見れば、流石に興奮したり、記憶の人物を思い出すまではそう難しくない。

 そう言いながら、僕は薬液に浸したパイプを咥えて先程までステージに立っていた参加者について思い出す。

 口元のパイプが微かに揺れ、暗がりでシャボン玉に反射した光が揺らめいた。

 古瀧大河。

 ステージに上ってきたのは、過去に『RAD WEEKEND』にて伝説となった男の一人。

 伝説をきっかけに異国へと飛び、現在進行形で世界を相手に歩みを続けるアーティストの一人だ。

 その実力は、ステージで披露された通り、恐らく今ここで活動しているアーティストの誰よりも頂点にある事に異論を唱える者はいない。

 

「それで、大河の旦那には挨拶とかも?」

「挨拶も何もここにいるからな」

「ありゃまホントだ」

 

 4人の後ろから、ヌルっと大きな背丈の男が現れ、僕の方をじっと見つめてくる。

 あらわれたのは、進行形で今日の話題を掻っ攫った古瀧大河その人だ。

 

 

「お久しゅうございます、伝説殿」

「その呼び方はやめてくれや。こそばゆくてしょうがねぇ」

「わかってますって。お久しぶりです、大河の旦那」

「こそばゆいのは変わらんが……どうせ変える気ないんだろ?」

「慣れた言い方は中々矯正は出来ないものでしてね」

 

 半ばからかいのようにボールを投げかけてみれば、自分の脳裏にある会話と変わらないやり取りのボールが返って来た。

 

「そうかよ。お前は変なところは変わらねぇな」

「旦那、それ以上はオフレコで頼みますよ」

「おっと、すまねぇな」

「おじさん! 父さんのところに行くよ!」

「あー、呼び止めてしまいましてすいません。僕はこれで……」

「せっかくだからさ! 都楽も来ない?」

 

 僕はどうやら、4人と一人の行き先の邪魔をしていたらしいことに気づいたので、そのまま去ろうとしたが杏ちゃんに呼び止められてしまった。

 なんだろう、このままずるずると着いていくことになりそうだ。

 不味い。こっちは今日の記録分をまとめないといけないのに、そっちに同行してしまうと色々と頓挫してしまう。

 ここはきっぱりと自分の意見を表明しなくては。

 

「あー、ご相伴にあずかります」

 

 言えませんでした。ちゃんちゃん。

 

 ☆

 

 夜風が冷たく店先のネオンを揺らし、雨上がりのアスファルトが淡く光っている中、

 ライブの帰り、誘われて同行したその足で向かったWEEKEND GARAGEにて。

 各所に自分の進捗を報告して店に入れば、オーナーの謙さんと大河の旦那が無言でにらみ合っていた。

 長年の確執を思わせる緊張の一瞬だったが、空気はまだ凍りついたまま動かない。

 風の噂で、この二人が不仲になって渡米したなどの話があったりとしたが、特にそれといった例を僕は聞いたことがない。

 僕はカウンター越しに二人の表情を探りつつ、黙ってその行方を見守る。

 噂の大本はだいぶ前に知っているが、僕の預かり知らぬところでそういうことがあったのだろうか、などと来店のベルの音を鳴らさずにそっと入っては静かに眺めていると、堰を切ったようにその空気は変わった。

 

「「ハッハッハッハッハ!!」」

 

 突如、二人の笑い声が店内を震わせた。

 

「いやーいいな!! こういう映画みたいな再会やりたかったんだよなぁ!!」

「昔っから言ってたからな。つきあってやったぞ」

「さすが相棒、俺のことよくわかってるじゃねえか!」

「……ふふっ。とっても仲良しみたいだね」

「ああ、そのようだな」

 

 ぎこちなさは一瞬で消え、むしろ固く結ばれていた絆が浮かび上がったようだった。

 堰を切ったような二人の笑い共にそれ間髪入れずに二人の気さくなやり取りが続いた。

 どうやら、僕のあずかり知らぬ所でそういうことは起きていなかったようで、やり取りを見ていた四人もどこか一安心したようだった。

 

「それじゃ、みんなも座って! おじさんのことも紹介したいからいいよね? おじさん!」

「おう。杏の頼みなら、謙の頼みよりも聞き甲斐があるってもんだ」

「久々だってのに、とんだ言い草だな」

「よーし! それじゃ、まずはみんなを紹介していこっかな!」

 

 そうして、杏ちゃんが各々を大河の旦那に紹介していく中で、どうして僕のことを知っていたかを疑問に思ったのかそんなことを旦那に問いかけた。

 

「そう言えば、おじさんは都楽の事を知ってたみたいだけど……どうして?」

「そりゃあ、コイツ」

「僕の遊び相手になってくれてた宝船経由。でしょ? 旦那」

 

 僕はぴりりと緊張しながらも、杏ちゃんのフォローにほっと肩を撫で下ろした。

 なにか、とんでもない誤解のある事を言われそうだったので、先に言われる前に自分から説明をすることにした。というか、旦那目線僕のこと喧嘩売ってきた団体の最年少のクソガキ程度の認識でしかなさそうだし。

 

「やっぱりさ、なんか残ってたりしないのかな? 宝船の事」

「無いね」

 

 杏ちゃんの淡々とした返事が、僕の胸に静かな穴を残した。

 杏ちゃんのなんてことのない言葉に対して、僕はNoと答える。

 

「あの人達は、一個イベント立ち上げられそうなくらいに集まった数の面々たちで勝手に暴れて勝手に極まって行っちゃったからね。実力も、喧嘩を打った相手もほぼいないから、言ってしまえば閉じたコンテンツって奴だったし」

「それこそ、俺たちがアイツらを知ったのもその喧嘩を売られた時の事だしな」

 

「懐かしいねぇ。サカさんが突っ走ってケンカ売っちゃったバタさん相手に理詰めでキレてたの覚えてるよ」

「タッパのデカい江端の首根っこ掴んで倍近く小柄な小坂が菓子折り付きで謝罪きた時は、こっちも何やらかしたんだとは思ったな」

「しっかし、あの時江端の肩に乗っかりながら喧嘩売ったちびっ子がこうなってるとはな。時の流れは読めないもんだな」

「ハナたれ小僧が年不相応の変質者に変化しただけでは?」

「自分で卑下するなよ……」

 

 笑い声が交錯し、過去の記憶が一瞬にして現在とつながる。

 恐らく僕と当時の関係者である二人の間でしか話の筋の見えないような会話が思い出話として続いていく。

 

「とまぁ、こんな風にトラブル以外で他と関わったようなことがないもんでね。あんまり誰かの間で僕らの記録みたいなのが厳密に残っているわけじゃないのさ」

 

 思い出の残響が消えゆく頃、僕は軽く肩をすくめた。

 提案をしてくれた杏ちゃんには申し訳ないが、僕は両手を横にお手上げのジェスチャーと共にそう答えた。

 

「僕のことはいいから、次はみんなに旦那の紹介にしといたら?」

「……わかった! それじゃあ次はみんなにおじさんののこと紹介しよっか!」

 

 杏ちゃんの目が再びきらりと輝き、場の空気は次の段へとゆるやかに流れ出した。

 切り替えた杏ちゃんは、そのまま大河の旦那についての紹介に入っていく。

 古瀧大河という人物。

 先述の通りRAD WEEKENDを実行の発起人の一人であり、当時の実力者たちを集めて決行され、伝説となった。

 その後はアメリカへと渡り、活動を続けている。

 WALKERの名前で活動し、世界的なアーティストとして評価を受けており、その曲のMVの再生回数は5億回なっている。

 例として、現在の同等の再生数としてKing G○uの白日が5.1億再生なので大体ここがニアイコールで繋げられる。

 よく考えなくても普通にバケモンだろ実績。

 

「そんな方が、どうしてあそこで歌っていたんですか?」

 

 青ちゃんのそんな問いかけを僕は横でじっと聞きながら注がれた珈琲の水面を眺め続けた。

 

「ライブハウスのオーナーに顔見せに行ってたんだが、そこで新のヤツに見つかってな」

「サングラスもしてたし、昔とは見てくれも変わってるが──それでも気づくなんざ、大したもんだ」

「ま、それで勝負しろって言われたから、歌ったってわけだ」

「そういう時は大抵、凪さんが止めに入ってたけど──」

 

 大河の旦那は穏やかに笑いながらも、その眼差しには昔の緊張がちらりと宿る。

 どうやら、売られた喧嘩は全部買うという点は江端のおじさんと小坂の兄さんの件の時から一切変わっていないようだった。

 進歩がないというのか変わらぬ良さというべきか僕は口には出さずに自分の中でそっと考えた。

 

「そういえば、凪さんはどうしてるの? おじさんと一緒にアメリカに行ったんだよね」

「凪さん?」

「あ、おじさんの妹さんなんだ。古瀧凪さん 昔は、おじさんと父さんと凪さんの3人でチームを組んでたんだよ」

「ああ、RAD WEEKENDにも3人で出てたからな。すげぇ歌声だったから、よく覚えてる」

「そうなんだよね! 凪さんの歌ってすっごく突き刺さるんだ!」

 

 古瀧凪。

 その人物は、僕もよく覚えている。というか、宝船の活動の中でも当時のメンバーの中では、多くの人間が深く関わった人物だ。

 何なら、旦那と懐かしんだ思い出話の中で、小坂の兄さんとバタさんの謝罪をキッチリ真正面から受け取ったのは古瀧凪本人である。

 結局謝罪の落としどころとして、その日から近かったどこかの箱イベントに謙さん大河の旦那、古瀧凪の3人と一緒に参加することで決まった。結果はすごく盛り上がったことを記憶している。

 鮮やかな情景が脳裏に蘇る。暗がりの中、真っ直ぐに放たれた謝罪の言葉と、震えるマイクの先に映った笑顔。

 そんな彼女の名前が口にされたとき、途端に大人組の二人の顔がかすかに固まり、どこかその動向を語るにしては、少し濁った言い方をした。

 

「でさ、凪さんは元気にしてるの?」

「ああ。あいつなら、変わりねえよ。今もどこかのストリートで歌ってるさ」

「……」

「……?」

 

 疑念と安心が入り混じった沈黙が、短い刹那を満たした。

 当然、そんな濁った言い方をされた杏ちゃんは不思議に感じているようだが、そこに話題をそらすように、旦那は一つ杏ちゃんに対して言葉を投げ掛けた。

 

「で? そっちのほうはどうなんだ?」

「え?」

「RAD WEEKENDを超えるって気持ちは、今も持っているのか?」

「……!」

「…………」

 

 場の温度が一気に変化したような感覚と共に、誰もがその問いの重みに息を呑んだ。

 伝説の体現者たる大河の旦那の一言で、店内の空気が一変するのを感じた。

 そのたった一つの確認の言葉にも、先程その伝説たる歌声を僕らは聴かされている。

 その上で、超えると答えられるのは、相当な決意が必要になるだろう。

 

「うん! 当然だよ!」

 

 杏ちゃんの声にはほんの少しの動揺もなく、瞳は揺るがず光っているようにも見える。

 

「私達は──RAD WEEKENDを超えるよ!」

 

 杏ちゃんは、臆することも言い淀むこともなく言い切った。

 その純粋な決意が、店内の灯りを一段と明るくしたように感じられた。

 やっぱり、この子はどこまでもひたむきに足を進める子なのだろう。

 僕はその意志の強さにほんの少しだけ嫉妬をしてしまった。

 

「……ハッハッハ!! 杏も相変わらずだな!!」

「あははっ! そうでしょ?」

「じゃあ──そっちの嬢ちゃんはどうだ?」

「えっ?」

「……!」

「前に行ってただろう。RAD WEEKENDを超えるってな。今はどうなんだ?」

「あ、えっと……!」

 

 旦那は質問の標的を杏ちゃんからこはねちゃんに変え、その意思を確認し始めた。

 

「さっき大河さんの歌を聴いて、こんなすごい人達が集まってたのがRAD WEEKENDだったんだってわかって、正直、圧倒されちゃったんですけど……」

 

「でも──気持ちは変わらないです」

「私達は、RAD WEEKENDを超えようと思います!」

「──そうか」

 

 こはねちゃんは、ほんの少し言いよどんでしまったが、その意志の固さを旦那に見せた。

 その声の揺らぎが、逆にこはねちゃん自身の揺るがぬ覚悟を物語っている。

 僕は、そんな二人の意志表明を提供された珈琲を口にしながら耳にしていた。

 

 ー君は本当に凄まじく強いな。

 

 熱いコーヒーの香りと共に、彼女の決意を心の中で記録し、彼女の進歩を心の中で祝福した。

 

「……そういえばおじさん。前にこはねに会ってたんだよね」

「こはねにアドバイスくれたのがおじさんだったって聞いてびっくりしちゃったよ」

「ああ、ちょっとばかし嬢ちゃんの歌が気になってな」

 

 その言葉に大河の旦那はグラスを指でくるくる回しつつ、遠い目をして笑った。

 

「……そっか! ま、こはねの歌はすごいもんね! おじさんが気になるのも当然かも?」

「あの……あの時はありがとうございました! 大河さんのおかげで、前のイベントでは自分のことをちょっと見れるようになりました」

 

 こはねちゃんは旦那に対して、お礼を言うが旦那はどこか少し考え込んだ後にこはねちゃんに向き直った。

「……」

 沈黙がやけに長く感じられ、僕の珈琲のカップの小さな音すらも大きく聞こえてしまうほどの静寂だった。

「おじさん?」

「嬢ちゃん、もっと力をつけたいと言ってたな。その気持ちも、変わってないか?」

 

「あ……はい! もっと歌えるようになりたいです」

 

「そうか。じゃあ──俺と一緒にやるのはどうだ」

「えっ? 一緒にやるって、何をですか?」

 

 一同の空気が、再び固まるほどピリリと張り詰めるような感覚を覚える。

 旦那からの突然の驚愕の提案にこはねちゃんのみならず、その場で聞いていた人間のほとんどが息を呑んだ。

 

「そ……それってどういうこと? おじさんがこはねと歌うって……」

 

 杏ちゃんが思わず声を震わせる。

 

「落ち着け杏。何も嬢ちゃんを取ろうってわけじゃねぇよ」

 

 大河は腕組みを解き、ゆったりと身を乗り出した。

 

「修行?」

「歌のレベルだけで言えば、嬢ちゃんはようやっと杏達に追いついたってところだろうが──」

「鍛えたら、この嬢ちゃんの歌がどうなるのか、ちょっとばかり興味がわいた」

 

「ま、簡単に言えば修行をつけてやろうって話だ」

「……!」

 

 古瀧大河という人物は、僕の知る限り誰に何を頼まれても誰かに歌を伝授ないし弟子を取るようなことをしていない人物だ。

 それほどまでに、こはねちゃんの歌に惹かれるものを覚えたのだろうか。

 

「え、えっと……その……」

「すみません。ついこのあいだ、ひとりで練習するのはやめて、チームで練習していく時間を増やそうって話をしたばかりで……」

「そうか。ま、その気になったら言いな。俺はしばらくこっちにいる予定だからな」

「なんだ、もう行くのか?」

「言っただろ? 野暮用があるんだよ」

「相変わらずせわしないな」

「そこらじゅうで人気者なもんでな。じゃあな謙、ごちそうさん」

 

 人気者はそりゃそうだろう。

 かつての覇者が帰って来たとあれば、理由はどうあれ皆ひとまずは会いたいだろう。

 そうして、店内から出ていこうとする旦那に何か伝えることがあったような気がして頭を回し、ふと二人の顔が思い浮かんだ。

 

「あ、そうそう旦那。後で東のおっちゃんとかカブのところにも顔出してみたりして見てください。多分、二人とも旦那が来て気が気じゃなさそうな感じがするんで」

「あーわーったよ。そのうちそっちにも顔出しに行くさ」

 

 大河はにやりと笑い、ドアの向こうへと消えた。

 

「ええ。ではまた」

 

 残った僕らは、しばらくドアの開閉音を聞き続けた。

 

 カランと扉が閉まり、僕は話を聞きながら流し込んでいた5杯目の珈琲を飲み干した。

「謙さん。おかわり」

「お前カフェイン中毒になるぞ?」

「既に5杯いってる時点で手遅れでは?」

 

 そんなやり取りに、店内の空気はいつもの温度を取り戻していった。

 

「……行っちゃった」

「……修行、か」

「こはねにだけ持ち掛けたのは、多分、前のイベントを見たからだろうな」

「そうだな。あの時の小豆沢の歌は素晴らしかったからな」

 

 ふたりの声が、店内で交錯する。

 そう二人の語る間、相棒である杏ちゃんの表情はあまり芳しくない、気がする。

 言葉には出さないが、胸の奥で小さな波が立っているのが見えるようだった。

 気がするってのは、僕自身察することは出来ていないからだ。

 今、杏ちゃんの心のうちにあるのは賞賛のための喜びなのか、単独で持ち掛けられたことに対しての暗い嫉妬か、僕には図ることは出来ていない。

 なにせ、僕は隣で並び立って進むような人間の動向について感情を向けたような記憶がない。

 僕はただ、カップの縁を指でなぞりながら、その微妙な空気を見守っていた。

 

「しかし、まさかこはねが大河さんに目をかけられるなんてな……」

「あ……そ、その……」

「ビクビクすんな。お前はあの時の歌で、大河さんに磨くだけの価値があるって思わせたんだ。胸張れ」

 

「……! うん! ありがとう、東雲くん」

「……小豆沢、本当に大河さんの誘いを断るつもりか?」

「え?」

「4人で練習する時間は、もちろん大切だ。だが、あれほどの一流プレイヤーと練習をするような機会はそうそうない」

「──そうだな。大河さんはしばらくいるっつってたけど、いつまでここにいるかもわからねぇ。一度だけでも見てもらった方がいいんじゃねぇか?」

「そ、そっか……。でも、次のイベントも近いし……」

「──ねえ、杏ちゃん」

「え?」

「杏ちゃんはどう思う? 私が、大河さんに歌を見てもらうこと……」

「それは……」

 

 こはねちゃんの次についての相談をするが、杏ちゃんは、どう解答しようか戸惑っているようだ。

 

「謙さん。お代わり」

「残念だが、ドクターストップだ」

 

 僕はねだるふりをしながら謙さんにメールを打ち込む。

 

『これ、多分お宅の娘さん、相当もやっと来てますね』

『如何せん、僕には経験がありませんのでアフターフォローみたいなものを頼みます』

 

「そんなぁ。最近のトレンドは裁判所でコーヒー16杯を嗜むことだって聞いたからチャレンジしたのに……」

「正気を疑うようなトレンドを実行するな……誰から聞いたんだ?」

「携帯電話のメール越しのバタさん」

「……アイツか」

 

 さりげなくそれらしい単語を置いておきながらおどけるように珈琲をねだるふりをしたところ、謙さんも何かに気づきながらも僕の投げかけを受け取りながら軽くあしらった。

 それはそれとしてワード絡めるために話したこれは実話である。あの人基本嘘つかないから信用できるんだよね。スッゴいバカだけど。

 

「あの人又聞きの知識で結構走るタイプのアホだし、まぁそっか。じゃ、珈琲は止めときます」

「そうしときな」

 

 杏ちゃんはどこか芳しくない反応のまま黙っていたが、僕と謙さんのやり取りに気が抜けたのか、こはねちゃんのことについて返答を返した。

 

「──行ってきなよ、こはね!」

「え?」

「おじさんが誰かに歌を教えてくれるなんて、滅多にないんだよ?」

「昔、私が教えてって言った時も、杏にはまだ早い、とか言って教えてくれなかったしね~」

「こんなチャンスまた来るとは限らないんだし、行ってきなよ!」

「で、いいアドバイスもらったら、私達にも教えてほしいな♪」

「杏ちゃん……」

「だな。これでこはねに力がつけば、オレ達全員の底上げにもつながる」

「RAD WEEKENDの中心人物に習うことで、あのイベントに、さらに近づく事が手出来るかもしれないな」

「たしかに、そうだよね……。……うん」

「私、行ってくる!」

「それで大河さんに、一杯新しいこと習ってくるね!」

「……うん! 頑張って、こはね!」

 

 店内の誰もがその決意の背中を見守っていた。

『わかった。気づいてくれてありがとうよ』

 

 話の中で携帯を確認できたようで僕のメッセージに対しての返信が返ってきていた。

 

「ねぇねぇ謙さん、ほんとに珈琲ダメ? やっぱり飲み足りないんだけど」

「その歳でカフェイン中毒は不健康極まりないぞ」

「まだヤニとアルコールに手を出してないだけ健全ですね」

「手を出してないだけで堕ち切ってるだろ……」

 

 そんなおふざけをやり取りしながらも、大河の旦那からの提案以降様子のおかしい杏ちゃんについては、謙さんに任せるようにした。

 

「んじゃ、僕もお暇しますよ」

「うん! 突然誘ってごめんね?」

「イベント自体の要点みたいなのは話聞きながら手帳でまとめられたからね。あとは帰って事務作業みたいなやるだけだからなんもよ」

 

「あ、そうそうこはねのお嬢」

「え?」

「自分の値段、証明できたようで何よりです」

 

「ほいじゃまた~謙さんもまた来ますね~」

「おう、また来いよ」

 

 ドアの向こうで、再び店内の灯りが揺れる音をバックに、僕はそうして一波乱あった店内を後にした。




唐桜 都楽(かざくら とらく)
カフェイン中毒

白石 杏(しらいし あん)
葛藤タイム開始

小豆沢 こはね(あずさわ こはね)
躍進

BAD DOGS
異変を察知

古瀧大河(こたき たいが)
伝説


 就活で執筆が停止したと同時期にVRゴーグルを購入して現実から逃げ始めてみました。
 アホだね。

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よろしくお願いします。
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