主はワカサギ釣りしかしたことがありません。
道楽者の足は広い。街の隅々までを歩くわけではないが、ある程度大まかに歩いては、見て、記録している。
とはいえ道楽者は、常日頃から街を放浪しているわけではない。
そもそも道楽者って名前は歌わない自分への蔑称まじりについたあだ名ではあるが、多分街のモノから見てこれほどピッタリな言葉はないのだろうとも思っている。
酒や博打等の道楽にふけり、本業に実を入れない者の事を指すそうだ。
生憎、僕は酒も煙草もしたことない。いたって健全な青少年なんだけど。
やっぱり駄目だってこのあだ名。
話は変わるが、この街ではそれにあたらないが、音楽は娯楽にあたる。
ただ、人にとっての娯楽は古来より音楽だけには限らない。
古くから遡れば、音楽を嗜みながら酒を飲むという風習は古代エジプトから存在しており、その概念は中世ヨーロッパに引き継がれているが、娯楽の種類は知っての通りそれだけではない。
ランスを用いた馬上一騎打ちからテーブルゲームならば骰子遊びのすごろくやトランプ。今でも馴染み深いボーリングなども中世ヨーロッパから存在している。
そんな中、行っていたものの一つは狩猟だ。石器以前はるか古代の時代から始まり、日本でも戦国大名の行っていた鷹狩りや鵜飼然り、狩りとは娯楽の1つでもあり、人間という生物の遺伝子に深く刻まれた行動の一つとも言える。
そのセンテンスは時の流れと共に形を変え、今なお細々とではあるが、確かに紡がれている。
とはいえ、だ。
この世でそれを娯楽として楽しむという選択を出来るのは、いつだって競争の中での勝者である事は忘れてはいけない。
☆
「や、青ちゃん。」
「驚いた。都楽、本当に前触れ無く突然現れるんだな。」
「そりゃ当然よ。道楽者は何時だって自由気ままに吹かれているからね。」
縛りの多い世界から飛び込んできた青ちゃんからすれば、僕の存在は半分もまだ理解されていないと言っても過言じゃないだろう。
流れるままに放浪し、そこにある熱を耐えず絶やさず、舞台の上からでは無い場所で記録する。
ノメちゃんに手を引かれて辿り着き、ステージに立つ事を生業にする事に決めた彼からしたら僕は異端も異端の存在だろうし。
やっぱり過言かもしれない。
「ねぇ、青ちゃんさ。」
話は少し戻るが、狩りは現代においてもいまだに残っている。
「釣り。行かない?」
釣りだって、狩りの一つに数えられる。
「んで、呼び出しちゃってすまんね。青ちゃん。」
「前々から思うが、都楽の名前の呼び方は独特だな。」
「あ、そう?あんまり意識してなかったけど嫌だった?」
「そういうわけではないが、呼ばれたことがないから、新鮮なものだな、と。」
風の音と少々の水飛沫の音しか聞こえない穏やかな場所。
普段の散歩場所ならどこからでも聞こえるはずの音の無いおおらかで凪のような一時が流れる。
ちゃぽんとウキを沈めてから早10分。
「釣れないな。」
「そんなすぐに釣れちゃ、こっちが困るよ。釣りってのは、ここの何も無い時間をどう過ごすかってのが1つの楽しみらしいからね。」
「そうなのか。」
「ウソ。やっぱりわかんないや。確証無いし。」
自分で振っておいてなんだけど、この子騙され易過ぎない?アタシ心配よ?
僕はぽちゃん、と引き上げた釣り針を再び投げ入れられ、その音を後にまたしばしの静寂が訪れる。
透明度の低い釣り堀の水が波紋を作り、ただ静かに時を待つ。
ここは喧騒から程遠い静かな釣り堀。
周りを見ても自分達以外人っ子一人もいないような言ってしまえば寂れた場所。
「しかし、何故釣り堀に?」
「こういう所じゃないと、見つけ出して石を投げてくるのがいるからね。重宝してるよココは。」
「何をされた?」
「そりゃあ歌う訳でもない一客に過ぎないやつがデカい顔して歩いてたら、恨み辛みの一つや二つ湧く人っているわけでね。」
舞台上の人間の気にすることじゃないよ、と手をひらひらと仰いで僕は話を切りあげた。
「意外と静かな所ってのはいいものなんだ。頭がごちゃついてる時はスッキリするし、何にもない時は、心が安らぐ。」
「アオちゃんはさ、今充実してるって思う?」
嫌な話の後を掃除するように僕は話を切り替えることにした。
「充実?」
「困難にぶつかって、いつか超えるを実現する為に己を磨くそうして気づいた時には、周りに仲間が出来ている。」
そうじゃない?と、僕ははピタリとも動かぬ釣り糸を見ながら青ちゃんにむけて問いかけた。
「あまり考えたことは無かったが、そうだな。俺は仲間に恵まれたとは思う。」
「そう思えているのが、充実ってヤツだよ。」
その返答を聞けた僕は、嬉しそうに釣り糸を揺らして微笑んだ。
「あっ。」
まだかまだかと待ち侘びていた所で、持つ竿に重みが加わったのを感じ取る。食らいついた。その事象を感覚で理解ができた。
「そうやって、充実していれば、凪の風を浴びたい時も出るでしょ。」
手際よく釣り糸を手繰り寄せて行けば、糸の先には、しっかりと獲物が食いついていた。
「釣れたな。」
「まぁ、待ってたらいつかは食いついてくれる。その時を逃したら、何時までも釣れないんだけど。」
「……だが、何もしない時間の比率が少し多いな。」
青ちゃんはほんの少しだけ何も起こることのない凪の時間に不満とも呼べない言葉を漏らした。
「リスクヘッジがいの一番に頭をよぎるのはいい事だけど、それと同時に現代人の悪い癖だよ。」
目的や義務なんかをごちゃ混ぜにして考えて行動しちゃって、余分の入る隙間のない日常を過ごしてちゃ余計なストレスも溜まる。
世の限界OLさんなんてのがいい例なのかもしれない。
唯一の余分は帰宅して開けるストロングゼロ缶を飲む瞬間位だって、死んだ目で僕の知り合いも言っていた。その件のOLさんはその後仕事を辞めて今はのびのび暮らしてる。
「と、言ってもだ。染み付いた慣習ってのは中々取れない。」
「それはどうしてだ?」
「幼稚園児の風邪じゃ無いんだから、ジンジャーティーをコップに入れて飲んだ後、水風呂に浸かるような真似したって治るようなもんじゃない。」
「なら、都楽の行っている記録は、使命でも義務でも無いのなら何になるんだ?」
「欲。」
それ以外にないでしょ。
義務や使命でやってるんならとっくの昔にもっと機械的に効率的にこなし始めるって。
「退屈はしないよ。」
「本当に何も無いのに続けているのならば、退屈を通り越したナニカにでしかない。」
退屈を通り越してしまい、退屈を恋しいと思うような時間はこっちから願い下げだ。
そうして、答えてからまた少しの時間が経ち、互いに竿に動きのない平穏な時間が流れる。
返答が不味かったかな。すっごい気まずい。
「水面か竿だけ見てるのも、飽きたでしょ。はいコレコップ。水入れるから。」
そう言って僕はカバンから水ととあるボトルを取り出してアオちゃんに提供しようとする。
だけど、青ちゃんは取り出されたボトルの中身を見て困惑しているようだ。
「いつも持ち歩いているのか、それを。」
「いや?気分によって変えてる。時は原液と水、時には生クリーム、時にはカスタードクリーム。」
「3分の3凡そ持ち歩くものでは無いのだが。」
「現に今カルピスの原液を持ち歩いているし。」
「3分の2は飲料水ですらないのだが。」
「飲み物と違うの?」
「甘党にしては行き過ぎだな。」
「褒めてる?」
「憂いているだけだ。」
青ちゃんは呆れるように天を仰いだ。いったい何がおかしいのだろうかアタシなんにもわかんない(棒読み)。
甘党なら生クリーム位飲もうと思う事はあるでしょ。実行しないだけで。
ちゃんとホイップクリームにまでしてから飲もうね。僕はダメだったよ。
そうして、青ちゃんに原液を水で割った液体を渡して、再び結構な時間が流れた。
「でもね、コイツは僕の好物なんだ。原液と冷えた水をちょうどいい塩梅で割って飲むって最高なんだ。」
提供した飲み物の話にして気を紛らわせてあげようと、僕は口を開いてみた。
「でも、見ての通り、時間が空くと原液と水は分離しちゃう。」
気付けばアオちゃんに注いだ飲料が原液と水の入った2層の液体へと変わっていた。
それくらい、なんのしがらみの無い時間を悠々自適に過ごせているという表れではあるが。
「よく見てね。人って、このカルピスとよく似てるって思うんだ。」
「下に詰まった原液は、趣味、欲求、義務、人が生きる為の思考。」
「上に澄んだ水は、生物としての純粋な生存本能。」
「上澄みだけだと意味が無いし、下詰みだけだと、飲めたもんじゃない。」
そうして、僕は分離した飲み物を口に入れるが、口の中には薄く甘いだけの水の味が広がる。本当に飲めたものじゃない。
「だけど、こうしたら。」
そう言って、僕はコップを少し傾けながら回し、中を攪拌させていく。出来上がったのは、注がれた時と同様に丁度よく混ざった僕の好物だ。
「これが一番丁度いい。」
「……いきなり、難しい話に飛躍したな。」
例えが悪かった。釣りの合間にするような話にしては黒板もチョークも何もかもが足りなかったわ。反省。
「あー……ごめん。でも、あそこの人達で考えたら、ちょっと納得するかもよ。」
「上が観客。下は演者。」
僕は、さっきよりも身近なものを例に出して、再び時間を紛らわせにかけた。
「下だけだったら意味無いし、上だけだったらただのごく一般的な群衆だ。」
「もっと言い方を変えるのなら、上が今舞台で輝く人達。下が去っていった人達の名残。」
「街も、人も、そうであるものとそうでないもの。その2つが丁度よく混ざったら。」
そう言って、コップに注がれている分離した液体を混ぜて、都楽は飲む。
「うん、凄くおいしい。」
「まさか、飲料水の分離で人の成立ちを聞くことになるとは思わなかったな。」
「ね。自分で話してて何言ってんだとはなってるよ。」
多分、この世で初めてだと思うよ。こんな例えした奴。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「どうぞアオちゃん。」
「さっきの例えに乗っかる形になるが」
「やっぱりやめて自分で言ったけど頭痛くなってくる。」
「都楽は、水と原液、どっちが多いんだ?」
「うーん.」
そんなものは決まっている。
「水だね。8:2位で」
どんなに熱中しようとも、これが変わっては話が違う。
「そうか。」
僕の返答にアオちゃんはそっと目を背けるように下を向く。僕の返答に何処か引っ掛かりでも覚えたのだろうか。
「ステージにも上ってない僕みたいなただの厄介な観客の濃度が原液多めなのは違うでしょ。原液の方が多いんだったらステージで何かしら行動してるでしょ。君らみたいに。」
「少なくとも、僕は君らから注がれる原液で充分満たされるって言うだけの話だよ。」
「……今以上に俺たちが注いだら?」
「すごく喜びながら満足するけど。」
「……それはいつまで待てるんだ?」
「そりゃあ気長に待つよ。君らの歩みって一話完結みたいに簡単に終わるようなものじゃないでしょ。」
「……分かった。俺たちが都楽の比率も変えて見せられるように、歩んでみせる。」
やる気だね。僕そういうの大好きなんだよ。
あぁ。やっぱりこの子も同じだ。
その胸に燃ゆる炎は。今も記録し続けているあの時の熱と同じだ。
「アオちゃん竿引いてる。」
そうやって、青ちゃんの熱が燃えているのを片目に釣り堀に向き直ると、青ちゃんの竿が浮きが下に下にと反応しているのが見えた。
「引き揚げ方を教わってないが.」
「言ってなかった?」
「あぁ。」
ズルズルと竿の糸は引っ張られていき、竿がしなり始めた。話に夢中になりすぎて、やり方を教えるのを忘れていた。やっちゃったね。
「とりあえず上に引っ張りな?」
「こうか?」
「そうじゃなくて……」
なんだか締まらない話の終わり方をしてしまった。
だが、ここは誰も記録することの無い憩いの場だ。彼にだってそんな日があったっていいだろう。
……この後色々あって僕らはびしょ濡れになり、それをノメちゃんが目撃したので結構詰められた。
とりあえず珈琲とパンケーキの両立する店を奢ることになった。
世渡りにおいて犠牲はつきものデス。ダイジョーブ博士も言っていた。
ハッハッハ……。グッバイmy money……
☆
何度も思うが、唐桜 都楽という人間を俺が見て思うのは、ありふれた言葉になるが、不思議だった。
彰人に手を引かれ、この街の熱を知って様々なことを経験したと俺自身は感じるが、都楽との出会いは、その経験のどれとも分別の出来ない奇妙なものだった。
曰く、街の熱を記録し、残し続けているのだと。
必ずステージという舞台を成立させる為、観測者という必要不可欠な視点を残し続けるという行為を、俺は感心する一方で、ひとつ気がかりな事もある。
都楽は、ステージに立つものにとって、そこに立ち続ける為の杭のような役割をしている。
だが、都楽自身がこの場所に残る理由が何なのか。
どれだけの時間を過ごそうと、どれだけの言葉を重ねようと。
全くもって、彼の炎が見えてこない。
それが俺には酷く不気味で、酷く恐ろしく思う。都楽が言うに俺たちは胸に炎を宿している。その炎を燃やし、ステージで歌っているのだと語った。
都楽の胸に宿っているのは、違うように感じた。
確かに、都楽の胸には炎が宿っているのだろう。
だがそれは、俺たちが持っていると言っていた炎とはどこか違う。
夢や情熱を燃やして起こるような炎とは、何かが違う。
存在しているようで存在していない、質量を持った穴のような。
まるで、そうあるだけのシステムのような。
覗いてはいけない、深淵のような。
正しく言語化が出来ないことが悔やまれるが、どうあれ、俺には都楽の行っている真意は分からない。
だが、その行いが間違っているとも思えない。
今日のように話す分には何もその違和感を知覚することはほとんどない。
だから、あまり気にするようなものでもないのかもしれない。
きっとそれは、友として都楽が俺に振舞ってくれるのなら、あまり関係のない部分なのだから。
とはいえ、俺はこの異常を了承して飲み込むことは出来ない。
だが、都楽の胸に宿っているモノを、俺たちの燃やす炎のようなものがあるとして曝け出させる事は、それはきっと、唐桜 都楽という人間の否定になってしまう。
それだけは、ダメだ。
だから、俺は自分の旅路を進んでいく。
その中で、都楽の旅路が交わってくるときがあるのなら、その時でいい。
都楽が胸に宿したものの、ナニカの正体をみてしまうのは。
唐桜 都楽(かざくら とらく)
釣りランクシルバー帯。
青柳 冬弥(あおやぎ とうや)
釣りランクビギナー帯。
コークの松田様 薬袋水瀬様 評価していただきありがとうございます。
次の話を書いたら、メインストでの話を少し書く予定です。
評価お気に入り感想の程よろしくお願いします。
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