「伝説って?」「ああ!」   作:絞りカス

6 / 17
新しく出来たアルバイトの後輩が労働一日目で飛びました。
何してんだお前。


はじめの一歩は大きく足を上げるのが鉄則

 

 新人であるこはねちゃんがイベントに出ると決めてから、もうすぐ早ひと月が経つ。

 その間に起こったことと言えば、注目されているイベントが近いことからか、街でふらついていても音楽に目に見えて没頭する人間が若干名多くなり始めたことくらい。

 

 かくいう僕といえば、特に何の変化はない。

 いつものようにシャボン玉を作り、街をふらついては若干の不敬が混じったつるみをされたり、やっかみがられながらも挨拶をされたり、そんな日常が変わらずに続いただけだった。

 ……なんか、目に見えて腫物みたいに扱われ始めてない?

 え?気のせい? 

 ……いやいいんだよこっちの話は。何もよくはないけれど。

 

 とにかく、街のあれこれを聞いている限り、やっぱり杏ちゃんの出るイベントは注目されているようだった。ノメちゃん達のコンビことBAD DOGS。

そして、伝説を打ち立てた者の娘の杏ちゃんとそんな彼女とコンビを組んだこはねちゃん。片方は実力として。片方は不本意な肩書ではあろうけど、どうしたって注目を集めるのだろう。

 とはいえ、裏を返してしまえばこの状況は彼女たちの一歩目としてこれ以上ないほどのお膳立てが済んでいるとも見れる。

 結局、重圧だろうと期待だろうと本人たちがどう感じているかで、足枷にもバネつき台にだってなるんだから外様がとやかく言うもんじゃないって話ではあるけれど。

 イベント当日、その時のそのステージの上で一歩を踏み出すこはねちゃん達を記録するのが楽しみではある。

 

 一方、ノメちゃん達だ。

 ノメちゃん達のBAD DOGSは毎週のように大きなイベントに出演してはイベント内容の大体を搔っ攫っていける実力を持ったコンビだ。勿論最初からそうだったわけじゃないことはよく見ているからわかっているからこそ、彼らのハングリー精神の申し子ともいえるその実力のつけ方には拍手を送りたくなるほどのものだ。

 観客のお前がそれを言うのかと言われれば言い返す背もないけれども。

 当然観客は今の彼らにだって注目する。次の彼らは何を喰らって成り上がりを見せてくれるのか。そんな期待をされている。

 

 そして、彼らも、彼女も。双方ともに同じ目標をもっている。

 だけど、それを観客に当たる僕がひけらかすように言うのも違うでしょ。

 

 まぁ、つまるところ。

 僕はめっちゃこのイベントを楽しみにしているってことが伝われば、それで十分だ。

 

 

 

 

 

 イベント当日。

 ライブハウス「RED」の前に出来上がった観客側の列の中で僕は、これから観客としてともに同じ時間を過ごす彼らの言葉に耳を傾ける。

 

 

『やっぱり今日は人が多いな……』

『当たり前だろ!? この箱にBAD DOGSがいるのもそうだが、謙さんの娘さんが相棒連れて歌うんだぜ!?』

『見に来ないわけがないでしょう』

『ミソスープ』

 

 なんか変なの混じってたけど、大方ハコの目玉になっている二組を目当てに来ているようだった。

 みそ汁はなめこ汁かわかめと豆腐の味噌汁が好みではあるよ。白みそだとあんまり飲んでないから答えられないけれど。

 

 そうしていると入場が始まり、後はイベント開始までの待ち時間を待つことになる。

 携帯の電源も切ろうとしたときにメッセージが来ていることに気づいた。

 何事かと目を通せば、スタッフが裏側の話をほんの少しだけ送ってくれたようだった。

 ありとあらゆるところに顔を出している分、自分で言うのもどうかと思うけれど、信頼されてこういう話を聞いたりできる。世渡りって大事だね。

 

 話の内容としては、バックヤード側としてもノメちゃん達と杏ちゃん達の歌に注目しているようで、入場前にはノメちゃん達に熱心なファンがいたくらいには、今回のハコは注目がされているってハナシらしい。

 正直、杏ちゃん達の方は実績白紙で経歴だけ見られて注目されているのは、ほんの少しだけ色眼鏡が過ぎないかとも思うが、それを発言していいのは僕ではないことは自覚しているので、メッセージには情報提供に関する感謝の言葉と、建前程度の付き合いの言葉を織り交ぜて返信したところで、丁度よく始まろうとしていた。

 

 

 ☆

 

 

 

 

 内容はトントンと進んでゆき、出演者の歌唱聞きながら、自分のメモ帳にペンを走らせる。

 当然ながら、僕はスマホでの撮影録音禁止のところでは、メモ帳に概要尾を必死にメモをするようにしている。

 ものを記録する際に撮影録音が一番手っ取り早いのは知っているが、ルールを破ってまでするほど、僕の倫理観は欠落しているつもりはない。

 だからと言って、何もせずに肉体の記憶媒体のみを頼って口伝していくのでは、具体性に欠けてしまう。

 

 だから、ある程度は筆跡で残していくことが大事て思うのが僕の持論だ。

 すっごいわかりやすく言うなら、イナ〇レで祖父のノートの残っていたことで伝説の技が使えるようになったみたいな。それってその祖父が文字として残しておいたことで、歴史とか時間とかが紡がれたって話でしょ。自分の記録が伝説の残すものだ―とは言わないけど、歌ったアーティストたちの活動の記録がある事で、どこかで何かの役に立てるというのならば、やらない手もない。

 

 そんな風に聞きながら、その光景を余すことなく書き残していると、イベント司会者のMCが入った。

 

 

『お次は……“Vivids”(ビビッズ)! 結成したばかりのふたりだが、なんとひとりは……あの謙さんの娘だぞ! 聴き逃すなよ!』

 MCが興奮の熱に水差さないように、一段と声を上げれば、会場はその言葉にさらなる盛り上がりを見せる。

『おい! 来たぞ、謙さんの娘!!』

『ついに相棒が見つかったんだな! こりゃ楽しみだ!』

『私聴くの初めてなんだよね!』

 

 観客たちが思い思いに彼女たちへの期待を口にする。

 名前も僕は初めて聞いたよ。その名前が彼女たちにとって良いものであり続ける名前であることを願うね。

 

 

「♪ —————————!」

 

 杏ちゃんの方は臆することなく歌い始めた。

 その上でアレンジを聞かせ自分のものとして、毅然とした歌い方。

 それに続くようにこはねちゃんも口を開いて歌いだそうとする。そうして発せられた声は初めてにしては芯のある安定した声。きっとこの調子で初めての一歩を踏み出せると思っていた時だ。

 

 それまで観客の耳を殴るかのように聞こえていた音が、突然すべて消えた。

 先ほどまで機能していたスピーカーはこの場所に熱だけを置いて、仕事を放棄して口を閉ざしてしまっている。

 突然起こってしまったトラブルにステージの二人は歌唱を中断してしまう。

 

『これは……!?』

『おい、どうなってんだ! 機材トラブルか!?』

『おいおい、盛り上がってきたところだってのに……』

『音響がミスったのか?」

 

 こちらで盛り上がってた観客たちは自分たちの熱狂に水を差すようなトラブルに、徐々に熱が冷めていってしまっていく。

 ステージの二人を見れば、こはねちゃんの方は立ち尽くし、軽く呆然としている。

 対して杏ちゃんの方はそんなこはねちゃんの姿を見て一瞬だけ顔を暗くするが、それと同時に何か覚悟の決まった表情に変わる。

 そうして、トラブルに周りの興味が変わっていくよりも先に、ステージのミュージシャンは行動を起こした。

 

「♪ —————————!!」

 

 杏ちゃんは、音なしの肉声の歌を自分の覚悟と一緒に今の会場にぶつけた。

 

『音ナシでそのまま歌うのか!? さすが謙さんの娘! 肝が据わってるな!』

『いい根性してるぜ! そのままぶっちぎれ!!』

 

 マイクの拡声も楽曲のメロディラインすらも関係ないと言わんばかりに、杏ちゃんはアカペラで歌い始めた。観客たちはその光景を目にすると、散りかけていた熱気をかき集めるように再び盛り上がる。

 そんな姿の横にいるこはねちゃんも、声を出して歌おうとしているが、その声はどうしたって聞こえることがなかった。僕が少しだけ手を止めて彼女の声を聴こうとして耳を必死に傾けても、聞こえてくるのは、掠れたような彼女の声だった。そんな彼女の悲痛な叫びも、彼女の相棒である杏ちゃんの声と会場の熱気に塗りつぶされていく。

 感想を語ることは出来ない。

 ただ、熱気をよそに僕の目に入ったのは、そんなこはねちゃんの泣きそうな表情だけが、その時の脳にこびりついたのだった。

 

 彼女たちのはじめの一歩は、思い通りのものとはいかなかったようなのは僕が見ていたとしてもわかる事だった。

 

 

 

 

 時間も場面もそんな彼女たちを待たずに進んでいき、そうして、今日のトリとして紹介されたノメちゃん達、いや、『BAD DOGS』がステージに上がってきた。

 

 彼らの姿は、当たり前ではあるがいつも僕と顔を突き合わせているときのような顔ではなく、アスリートのような顔をしていた。戦場に出て武士のような、銃を前にしたガンマンのような。

 そんなある種覚悟の決まっているような真剣な顔。

 

「♪ ——————————!!」

 

 そんな彼らの歌声は荒々しいながらも、どこか繊細に聞こえる。

 そのうえ、熱もしっかりと籠っている。

 己の魂を削っているかと見間違うほどの熱を彼らの歌から感じ取る。

 ほんの少し周りを見渡せば、周りの観客は彼らの暴風のような歌唱に息をすることすら忘れたように圧倒されている。

 

 無論、僕まで圧倒されるわけにはいかない。

 

 自らの手を、思考を、脳を働かせ、彼らの活動を一秒どころか、一挙手とも取りこぼすことがないように。彼らの歌唱と比例するように会場のボルテージは毎秒ごとに加速度的に上がっていく。

 そうして引きあがった会場の熱を冷ますことのなく、彼らの歌唱は続いていく。

 どのような形であれ、会場全てがBAD DOGSの歌声に夢中になっている。ミュージシャンとしてこれほどの大好物はないだろう。

 そうして、興奮冷めやらぬままに、彼らの歌唱は終わっていったのだった。

 

 一瞬、静寂が包み、そのあと彼らに割れんばかりの歓声が与えられる。

 その反応はすべて、彼らをたたえるものばかりのだった。

 

 自分も何か言葉を紡ごうとしたけれど、そんな時間もなくその会場でのイベントは終幕を迎えたのだった。

 片や、音楽が止まるトラブルに巻き込まれ苦いステージに。片や感性をもらうほどの大盛り上がりのステージに。

 その対比は、残酷なほどに明暗分かれていた。




唐桜 都楽
記録者。
Vivids
初めの一歩。
BAD DOGS
現行天上天下。

評価お気に入り感想の程よろしくお願いします。
感想用フォーム https://syosetu.org/?mode=review&nid=341288

評価用フォーム https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=341288&volume=4
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。