店内の中での煮詰まった意見を振り返りながら、彼らの現状を考えてみよう。
あの二人はおそらく十中八九absolutely 互いの心中は晒し合ってない。
それでもって、本日の学校でのやり取りで青ちゃんは何かしらの決断を心に決めてしまっている。
それはおそらく、この街から去ること。
青ちゃんが世話になった人間に挨拶回りする几帳面な性格なことは何となく感じるので、多分だけど謙さんにも挨拶に来るんじゃないかな。
来た時はその時きっと謙さんが何かしら動くのだろう。
今から僕がすることは、きっと後から見たら何をしているのかもわからない行動だ。
それでも、そうなった時になす術がなくて、最悪の結末を迎える位なら、保険は作っておいた方がいいだろう。
そうして、僕は一つの番号に電話をかける事にしたのだ。
「はぁい、ノメちゃん。元気してる?」
僕は件の人物の暫定相棒である東雲彰人に電話をかけた。
お節介で結構。はた迷惑だろうと、僕は自分の見ている中で離散する人間はあまり見たくないのだ。
『……イタズラ電話なら切るぞ』
「道楽者としてはそっちに振り切れるのが正解なんだろうけど、今回はそうはいかない事案でね、真面目なお電話だよ」
ちょっとしたお惚けをしてみてこれを続けてみようと一瞬頭によぎるけど、さっさと頭を切り替える。
「お前、青柳冬弥を手放すのか?」
聞く内容は単刀直入に。こちらも時間はあまり残されていない。
『……言い方がキメェ寄りだな』
「いいや残念ながら、全くもってチョけてない」
少なくとも、今の僕に茶目っ気を挟む余裕はない。
「お前は青柳冬弥という人間をそのまま自分の近くから突き放すのか?」
『……先に言い出したのは、アイツだ。アイツが勝手に俺とはもう歌わないって』
「お前はバカ正直にそれを聞いたわけか」
頭に血が上って、そのまま感情のまま袂を分かったってことね。
『……』
電話の先の人物は僕のほんの少しの煽りに、黙って聞いている。
「……今日、青ちゃんに話を聞いた」
『……!お前何勝手に』
「得られた返答はお前の言った言葉とあんまり変わってなかったさ。ただ、何かを我慢していたようなツラだったよ」
僕の独断にノメちゃんは当然怒るが、そんなことに構ってられない。
「さて、ノメちゃん。ここまでの言葉を聞いて何かあるか?」
『……アイツから、俺たちのやってきた音楽を馬鹿にしてきて、それで解散にした……』
ノメちゃんは、苦いものを口にしたような苦しそうな声で言葉を続けてきた。
「お前、やってきたことと真逆の言葉を言った相棒と、自分の隣に立ってきた、お前の頭に焼き付いている相棒の姿、どちらが真実だと思っている?」
『……どっちも冬弥じゃねぇのか?』
「どうかな。どちらかは間違った存在かもね」
これ以上のヒントを上げると、本格的にどちらの役割からも外れてしまうのでほんの少しだけ言葉を濁す。
「……なぁ都楽。冬弥は、アイツは、本当に俺と歌うのが嫌になったのか……?」
「……そうだなぁ。ソイツだけは答えるわけにはいかねぇんだわな」
その言葉への回答は勝手な推測にはなるけれど、凡その推測が建てられる。
だけど、それは僕がこの場で言うわけには行けない。
「良いか東雲彰人。一度しか言わないから雁首揃えて聞きやがれ」
携帯越しに再びほんの少し声の圧を上げる。
「お前らの関係はよく分からん人間に聞いて赤ペン引かれた解答用紙が出るような簡単な関係だったか?」
「そうだよなぁ、そんなわけがないよな?」
「自分の相棒だったんだろうが。テメェの口でテメェの言葉で吐き出させて見せろよ」
「そうしてでも納得いかねぇんなら互いにノーガードで殴り合うだのしてみろや」
「テメェの手にしたものにもっと執着してみせろよ」
突きつけられた納得のいかない現実に歯向かう姿勢位は見せてくれよ。
「……はい、柄にもない事いうのはこれでおしまい」
「後はどうするかなんて、君の勝手だ。お好きにどうぞ」
「なにか言いたいことがあるんなら、『RAD WEEKEND』にでも来たらいいんじゃない?もしかしたらだけど、青ちゃんも来るかもね」
「おい!どういう」
ノメちゃんの返答を聞かずに、僕は携帯の通話を切った。
これで、僕の保険加入はおしまい。
後は、謙さんの方にこうなるかもしれないってことを伝え、事が良い方向に転がっていくのを見守っていくしかない。
「わかった。そうなったときは俺も少しだけ動いてみるが……お前がここまで動くなんて珍しいこともあるもんだな」
ノメちゃんとのお電話を終えて何事もないように店内へと戻り、謙さんにも根回しをしているとそんなことを言ってきた。
「そうですかね?そうだとしたら、僕も道楽人生が板についてきたってことですよ」
「僕は気分で動くんですよ。記録者としては黙ってみているべきなんでしょうが、僕は定点カメラではなく今回は手助けしようってそういう気分だった」
「……そういうことにしといてやるさ」
なんだか大人の対応をさせてしまったが、今はそれよりも目の前の事象だ。
ひそひそ話でことを進めていたところでカラカラと扉のベルが鳴り、誰かが来店してきたことをベルが僕たちに伝えてきた。
扉の先には、話題の人物である青ちゃんが、立っていた。
謙さんと小さく交わした会話を切って、僕はとりあえず黙って青ちゃんの話を見守ることにした。
そうしていると、謙さんは手に持ったコーヒーを青ちゃんの前に置いた。
「さて、待たせて悪かったな。冬弥、いつものブレンドだ」
「あ、謙さん。今日は……」
断ろうとするしようとする青ちゃんに、謙さんは言葉を重ねた
「最後の挨拶なんだろ?奢りだ。今まで何百回も通ってくれたことへの礼としてな」
「……ありがとうございます」
そう言われてしまうと、どうしてもその厚意を押しのける事は出来ない。青ちゃんが黙ってコーヒーに口をつける姿を見て、杏ちゃんは少しだけ声を潜め、こはねちゃんに向けて声をかける。
「……やっぱり、外行こうかこはね。大事な話みたいだし」
「で、でも最後の挨拶ってことは、青柳くん本当に……」
そうして離れようとする二人に対して、青ちゃんが声を掛けた
「……いてもらっていい」
「え?」
「俺が決断できたのは、小豆沢と白石のおかげでもある」
「それに、小豆沢……お前に心配をかけたままだというのも、悪いしな」
「青柳くん……」
「……だが、彰人にだけは言わないでくれ。俺は、彰人にだけは失望されたくない」
「……うん」
頷くこはねちゃんと杏ちゃんを青ちゃんがゆっくりと見る。
「……都楽にも、しっかりと言わないといけないからな」
「それ、僕に君の最期を記録しろって言ってる?」
「……」
青ちゃんは、黙って真っすぐ僕の方を無言で見つめてくる。口に出さずとも、そういうことだ、と訴えかけてきているのは僕でも分かった。
「……はいよ。黙って記録をつける機械に徹しとくよ」
そうして、僕が彼らのいる場所から少し離れたカウンター席に再び座るのを青ちゃんが見届けると、そのまま青ちゃんは口を開いた。
「謙さん。もう彰人から聞いたかもしれませんが、俺は“BAD DOGS”として歌うのを、やめることにしました」
「いや……俺の音楽は、“BAD DOGS”が全てだった……だから……ここに来るのも今日で最後になります」
青ちゃんの決意は変わっていることは無かった。
何かしらのきっかけになるかなと思ってけしかけてはみたけれど、徒労に終わってしまったらしい。
「寂しくなるな。それに、彰人の愚痴を聞く仕事が増える」
「……すみません」
「冗談だ、冗談」
謙さんの茶目っ気のある返しをして青ちゃんは口元を緩くする。
そんな謙さんに、真剣な表情で青ちゃんは言葉を自分がそう踏み切った
「……謙さん、彰人のことを……よろしくお願いします」
「彰人は、本気で謙さんを……
『RAD WEEKEND』を超えようと思っています。ですが、あまりにも敵は多く、茨の道になります。だから……」
その言葉の後は、口を閉ざしたことで聞こえることは無かった。
「俺が言うことじゃないっていうのは、わかっているんですが……」
「……わかった、任せてくれ」
「……ありがとうございます」
青ちゃんの暫定最後の頼みを謙さんは頷きながら受け入れている。
「彰人は……ああ見えて頑固だからな。何があっても折れないヤツだ。ああいうヤツは、面白い」
「ま、俺は、お前もそういうヤツだと思っているんだがな」
「………………。…………違います」
青ちゃんは、そんな謙さんの言葉を下を向きながら否定する。
「俺は、彰人とは違う……。俺はただ……逃げてきただけです」
青ちゃんはそうして、自分の根幹にあるものについて。青ちゃんの幼少期の事を話し始めた。
そうして聞いたものは中々に凄絶なものだった。
クラシック音楽の中での偉大な父親。
その父による厳しいレッスンによる日々。
それらによって奪われてしまった普通の子供としての営み。
……主観は混ざるが、辛いものだ。
幼少期、当然のようにあるはずの遊ぶこと。その余裕を切り詰められて、技術を詰め込まれる。
やりたかった事が、どうしようもない理不尽で出来ない、又はその機会を与えられない。
……どうしたって、恨みでなくともマイナスの感情は溜まってしまうだろうに。
「……俺は……いつの間にか音楽そのものが、嫌いになっていました」
そんな青ちゃんの心からの吐露に皆、口を閉ざして黙っている。
「父に反発するように、ピアノもバイオリンもやめて……」
「本当に、反発できればなんでもよかったんです」
「この場所でクラシックではない音楽をやり始めたのも、父が最も嫌がりそうだったから、なんていう幼稚な理由でした」
……大方の事情を知ることは出来た。初めてここで歌い始めた時はクラシックのすげぇ奴が歌ってるなんて騒がれたりしたけど、その裏側には意外と重たいものを抱えてたというのが騒ぎの結論でもあったわけね。
そんな中で、ノメちゃんが目の前に現れた。ってことか。
「……こんな俺に……この場所と、音楽を楽しむこと、そして……大事な夢を……教えてくれた」
「彰人は、俺の初めての仲間です」
ノメちゃんが青ちゃんに音楽の楽しさ、街の輝きのような凄さを、自身の夢と共に伝え、青ちゃん自身その熱に動かされたってタチだった。
「……だけど彰人の夢は……本当に真っ直ぐで……」
青ちゃんはコーヒ―の入ったカップの黒を見つめながら、本当の理由を吐き出していく。
「俺と一緒だと、彰人は彰人の夢を叶えられない。俺は彰人の隣にいるのに、彰人と同じものを見れていない」
「なのにずっと一緒にいたのは、……ただ俺が、甘えていただけです」
「本当は誰よりも、俺が中途半端だったのに」
中途半端。ほんの少し前にノメちゃんがこはねちゃんや僕に対しても語っていたそんな言葉が、青ちゃんの胸の中にも深々と刺さっていた。
「……ずっと考えていました。俺のような中途半端な人間が傍にいたら、あいつの足を引っ張ってしまう。今までもそうでした」
「だから本当は俺よりも……白石や、小豆沢のような、本気で『RAD WEEKEND』を超える夢を追いかけられるような仲間が彰人には必要だ」
「え……?私達?」
今の今まで青ちゃんの話を黙って聞くことに専念していた二人とも、自分の名前を突然挙げられて若干びっくりしており、青ちゃんはそれを強く肯定した。
「……お前達は、彰人達と同じだ。自分の決めた道を……心から信じて進める」
「イベントで歌っている姿を見てそれがわかった。……そして俺には、そんな覚悟がないことも」
「だから……俺は、彰人に甘えるのはもうやめます。ようやく決心がつきました」
自分がまるで彼女たちに比べて不純だと言わんばかりに、青ちゃんは自らを責める。
「…………」
そんな姿を謙さんは黙って聞き続けている。
そうして、自分の胸の中にあった理由を青ちゃんは語り切った。
その場の誰もが、彼の言葉の次を続ける気にはなれていない。
黙ったままの謙さんに向かい、青ちゃんはここでの日常の終わりの為に最後の言葉を続けた。
「……お世話になりました」
そうやって去ろうとした青ちゃんに謙さんは声をかける。
「冬弥、最後にひとつ、いいか」
「……はい」
青ちゃんの独白をちゃんと受け止めて、謙さんもまた最後の言葉を青ちゃんに与えたのだった。
多分、謙さんも青ちゃんの言葉を最後にするつもりはないと心に浮かべながら。
僕だって同じだ。これでサヨナラなんて結末を防ぐために、
「……そこに納得できないヤツが来ているみたいだ。話してやってくれないか?」
「え……?」
僕はこの保険を掛けたのだから。
バタン!と勢いよく扉が開かれる。そうしてその扉の先には、
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「彰人…………!?」
青ちゃんが決して自分の思いを知られたくないと願っていた相棒のノメちゃんがいた。
唐桜 都楽
根回し上等。
青柳 冬弥
決断した者。
東雲 彰人
やはり切り札。
Vivids
本件の聴衆。
ほんまごめん。もう一話だけ続くんじゃ。
コース様評価していただきありがとうございます。
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