上位者 in オラリオ 作:吾輩は猫である
太陽の光など全く届くことのない大穴『ダンジョン』の下層、『深層』と呼ばれる想像を絶する過酷な場所では、激しい剣戟と己を鼓舞する咆哮が大気を轟かしていた。
武器を振るい魔法を駆使して戦うのは人型の種族。ヒューマンと亜人で構成されたその集団は戦気を体躯から漲らせて戦闘を繰り広げる。
対峙するのは、正しく異形と呼ぶに相応しい怪物達。山羊のような角を持つその顔は馬そのもので朱い眼を蠢かせながら巨躯に相応しい巨大な鈍器を振るう。
人型が受けようものならば一撃で体躯を粉砕されるだろうその一撃を、前衛である筋骨隆々な体格の戦士達が歯を食い縛り何十もの盾で受け止め前衛を維持する。
しかしいくら味方が敵を蹴散らしているとはいえ、時間が過ぎるほどに前衛は崩壊し後衛陣まで怪物達が押し寄せてくるだろう。
そう考え、自分たちの頭脳へ指示を仰ごうと判断しかけたその時。
「【――間もなく、焔は放たれる】」
聞こえてくるのは凛とした美声。戦場で有りながらその声音は場にいた全員の耳に入っていた。紡ぐのは絶世の美貌を持つエルフ。足元に展開された魔法陣は彼女の詠唱に反応し眩い翡翠の輝きを放ち流明する。
「【忍び寄る戦火、免れぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」
そしてその詠唱が聞こえていたのは冒険者だけではない。
魂に刻まれた過去の記憶か、本能がそれを悟ったのか。怪物達は眼の色を変えて前衛を粉砕し後衛に流れ込もうと猛攻する。
「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火】」
『――オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウッッ!』
怪物――『フォモール』は一際大きく咆哮を轟かせ前衛に下段振りの鈍器を振り回す。
その膂力から放たれた一撃は盾越しに衝撃を伝え前衛を維持していた戦士を周囲ごと巻き込みながら吹き飛ばした。
「――ベート!」
「解ってるっての!」
前衛が崩れればモンスター等は後衛に流れ込み戦線は一気に崩壊する。
それを食い止めんと団長である小人族のフィンが最前線で戦闘を行いながらという離れ業を持って指揮し、フォローに回らんと狼人のベートが防衛戦に急行するが距離が在り過ぎた為、数匹に侵入を許してしまう。
後衛の冒険者は魔法を駆使して援護するのが基本だ。ゆえに接近戦には長けておらず、尚且つそこに居たのはまだこの階層では一人では戦えない未熟な魔法使いだった。
怪物の咆哮と共に鈍器が上段から振るわれ、しかし僅かに狙いがそれたのかそこにいたエルフの少女ではなく地面を粉砕するに留まる。だが、それに伴い発生した風圧は目前にいた小柄な少女の身体を吹き飛ばしてしまうには十分なもので――瞬間、全身を殴りつけるような衝撃が彼女を襲い、呼吸という行為を奪われる。
地面に叩きつけられ喉に固まっていた酸素を吐き出すが、急な衝撃のためまともに受け身が取れず現時点自分がどこにいるのか把握できていない為、白に点滅する視界を頭を抑えながら観察する。
「――レフィーヤ!?」
「えっ?」
自分の名前を慌ただしく呼ぶ声に顔を上げ、同時に視界を遮るように影が差した。そして戦慄する。先ほど前衛を突破して後衛に流れ込んできたモンスターの一体がレフィーヤの目前で鈍器を振りかぶっていたからだ。
もう間に合わない。それが本能的に理解できてしまい、どこか遠い出来事のように振り下ろされる鈍器を眺め――直後、モンスターの首が宙を舞った。
「――――」
現れたのは黄金の剣姫。金色の髪を靡かせて、白銀の剣に付いた血を振るい削ぎ落とす。その幻想的な光景にレフィーヤは戦場にも関わらずその光景に見惚れていた。
そして金色の少女が背後のレフィーヤの安全を確認するため一瞬だけ意識を向けた瞬間。まるでそのタイミングを見計らったかのように、モンスターが投げた鈍器が少女の顔面目掛けて発射されていた。
「アイズ!?」
「――ッ!」
モンスターの渾身の膂力が込められたその投擲に僅かに反応が遅れた為、アイズと呼ばれた少女は咄嗟に剣を構え盾となるしかなかった。もう少し時間が在れば魔法を発動させるか、あるいは背後に誰も居なければ躱す事も出来たが、現状レフィーヤがいるため己の身で防ぐ以外方法が無かったのだ。
幾らアイズが第一級冒険者とはいえ彼女の戦い方は速度重視のアタッカーだ。だからこそ盾には不向きである。衝撃に耐えようとアイズは歯を食いしばり、
「――フッ」
背後から微かに聴こえてきた声と共に、飛来する鈍器を弾き、投擲したモンスターの眼球、喉を深々と貫き見覚えのある槍が地面に突き刺さる。
誰が放ったかなど、この団体の中で疑問に思う者は誰もいない。それを証明するかのように、戦線の後方から安堵の声が上がる。そしていつの間にかモンスターの前には、一見幼い子供の様にも見える体躯の人間が槍を構えていた。
「戦線を維持しなきゃいけないからね」
振り抜かれるは神速の突き。予備動作を可能な限り削った刺突は第一級冒険者であろうと驚きを隠せないであろう速度で放たれる。まさしく神槍と呼ぶに相応しい絶技。
その勇ましさを目撃した一人のアマゾネスの少女が胸を抑えしゃがみ込む。最前線だというのに何をしているのだろうか彼女は。そんな考えもすぐに頭の隅に追いやられ、2匹、3匹と倒しつつ、指示を出すために言葉を紡ぐ。
「前衛に通達。後方でリヴェリアの詠唱が始まる、後退のタイミングは詠唱の最終節とする。魔法による攻撃後、撃ち漏らしに対する掃討戦を行う。それまで各々回復に努めて待機、以上だ。」
死角など存在しないかのようにあらゆる方向からの攻撃を完全に捌きつつ指示を出す姿にベートは眩しいものを見たかの様に目を細めると戦闘の速度を上げ、負けられないとばかりにアイズも敵陣へと深く潜っていく。
「【汝は業火の化身なり】」
「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」
前線の懸命な戦闘が続く中、後衛より膨大な魔力が膨れ上がる。それ即ち詠唱の完成に他らない。
「アイズ、ベート戻りなさい!」
己の名を呼ぶ声にアイズが後退し、ベートもファモールを蹴り飛ばし跳躍する。
「【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!」
決して大きな声ではないが空間に響き渡る詠唱と同時に前衛が魔法の範囲から後退を完了させる。瞬間魔法陣は輝きを強め、全てのフォモール達を包み込む。その魔法は範囲殲滅魔法。白銀の杖を翳し、エルフの魔道士であるリヴェリアは高らかに魔法の名を口にした。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
それは正しく天へと昇る業火だった。阿鼻叫喚するモンスター達の悲鳴すらも飲み込んで炎の蛇は螺旋を描きながら魔法陣の内側に存在する全てを燃やし尽くす。五十ものモンスターの大軍は即座に塵も残さず灰と化した。
◇◇◇
戦闘が終わり、他の皆が休憩に向けて武器の整備や拠点の整地など、各々の作業をこなしているなか、ファミリアの最高幹部たる、3人は旗頭のテントで話していた。
「フィン、今回はやけに多く前線に立っているな。何かあるのか?」
「そうじゃのう、普段なら後方で指揮に専念しているお前さんらしくもない。」
もう随分と長い付き合いの二人には当然バレるか、そんなことをつぶやきながらフィンは苦笑まじりに答える。
「そうだね、別にこれと言った理由があるわけじゃないんだ。本来なら指揮に専念して遠征組に経験値を稼がせた方がいいことも理解している。ただ…なんだか懐かしい感覚があってね。」
「まあ、それはそれとしてアイズにちゃんと話をしないと…」
ティオナ・ヒリュテは野営地の外、人気のない見晴らしの良い丘の上に居た。普段から笑顔を絶やさず、ファミリアの中でも屈指のムードメーカーとも名高い彼女らしからぬ哀愁を漂わせ、ダンジョンの天井を眺めている。
彼女の手に握られているのは、小さな鐘。どんなに振っても音が鳴ることはない、そんな鐘。
音色を聴いたのはただ一度のみ。ロキファミリアに加入するよりもずっと昔、テルスキュラの儀式で初めて同胞を殺めた頃だ。
「……またいつかって言ってたのに」
いつの間にか近くに居て、夢の様に消えていった人を思い出す。
会いたくて儀式を頑張った時もあった。姉を守るために、産みの親を、数多の同胞を屠った。それでもただの一度もなることの無かった鐘。
「もう一回、会いたいなあ」
少し離れた森を抜けてくる微かな足音が聞こえてくる。第一級冒険者であるLv5のティオナにしてみればさして難しいことでもないのだが。鍛え上げたステイタスを遺憾なく発揮して起き上がり、音の原因に視線をやる。
しばらくして自分によく似た顔立ちでありながら、ある一点だけは何故か似なかった姉ティオネが草をかき分けやってきた。思わず、顔を顰めてしまうがいつもの事なので彼女も全く気にしていない。
「…ああ、居たいた。何してんのよティオナ、団長が幹部に召集かけてるわよ。クエストについての作戦会議だって」
「ん〜〜そっか!行こいこ!アミッドのとこのクエストだっけ?」
先程までの哀愁を微塵も感じされることのない、普段通りの笑顔を纏いティオナは立ち上がり天幕へ向けて歩き出す。
その横に並んでティオネはふと気になった。ティオナの目がほんの少しだけ赤いことに。
「…………」
しばらく顔を眺めた上で下した判断は、まあいいか。双子の妹であるティオネにとってそれが悪いことなのか良いことなのかは言われずとも多少はわかってしまう物なのだ。
それよりも先の戦闘で珍しく最前線で戦っていた団長(フィン)のことで頭が一杯な彼女は天幕にたどり着くまでティオナに惚気を語り聞かせたのだった。
◇◇◇
――気が付いたら俺は転生していた。
残業をたっぷりとこなした後にフラフラになりながら、栄養剤だけ水で流し込んでベッドに潜り込んだところまでは覚えている。
次に目を覚ましてみれば、そこは見慣れた内装の診療所。横になっているのは硬い診察台。近くの椅子には自筆の走り書き。
なんということでしょう、寝て起きたらそこは血の医療蔓延る古都ヤーナムでした。
…ガッデム!!よりによって最悪の場所に来てしまいました。めでたしめでたし。
とはなるはずもなく、まさかのヤーナムである。帰るには悪夢を終わらせるしかない。逃げれば1つ(永遠のヤーナム紀行)、進めば2つ(血の意思、啓蒙)とはよく言ったものである。
Q.現代人がヤーナムに行くとどうなるの?
A.知識はあっても、ヤーナムステップはおろか武器の扱いもままならない。
至極当然としか言いようがない、常識だよね〜の一言を呟いている間に綺麗に美味しくいただかれて辿り着いたのは、もちろん狩人の夢。ゲールマン?クッッソイケメンでした。
そこからはトライ&エラーの繰り返し。夢に目覚めた回数なんざ1000を超えたあたりで数えるのを辞めた。しかも何が悪いってこの悪夢、DLC完備だけでなく3エンド制だったのだ。
必死こいて辿り着いた介錯エンドでは覚めたら診察台、夢を継げば診察台。2回目の時なんてもう先が読めている分、目も死んでいた。エブたそだけが心の癒しさ!
そうして辿り着いた上位者への座。やっと帰れるなんて思っていたら。知らない土地にドナドナされて狩人の夢を構えて住み着いてました。
な〜んか見たことあるなあ。へぇ…あれバベルっていうんだ、そうなんだ…。
え?ダンまち?
まあそれからフラフラと下界を暇つぶしに探索したのさ!ショタやらロリやら女やら色々と出会って楽しんで、今の俺は幼年期を迎えた上位者なので勿論、夢で微睡んで。
人形ちゃんから献身的にお世話されながらね。素晴らしい体験だったとだけ言わせておくれ。
そんな事を繰り返して三十年くらい過ごしたんだけど本格的に眠くなってね。
ここ数年はほぼ寝てたってワケ。
「狩人様、起きられましたか」
「ん…人形ちゃんか、どうしたの?」
「…お忘れですか?」
「……嗚呼そうか起こしてくれって頼んでたね。前回目覚めたのは…確か我が弟子がLv3になった時だったかな?いや、その後に何か遊んだ気がする。懐かしいね、今の彼はLv幾つになってるんだろう」