今回と次回は渾身のギャグのつもりなんです
────永い永い悪夢のループから抜け出し、薄明かりの中で“彼女”は目覚める。
「────……っ」
目を覚ますと、知らない天井。黒い天井が、“彼女”の視界いっぱいに広がる。随分と長く眠っていたのか、体が異様に重たく感じる。
怠い身体をゆっくりと起こし、自身の手のひらや身体を確認する。
自身が纏うコスチュームはなぜか黒く染まっており、赤いスカートが映えて目を引く。本来金色のハートが輝くべき胸のリボンには、紅いクリスタルが異質な煌めきを宿している。まるで、
「ちょ、ちょっとまって。嘘……!!」
「え、なになになになに、何その反応、怖いんだけど」
聞き覚えがあって、本来なら聞ける“はず”のない友達の声が聞こえ、ゆっくりとその方向に顔を向ける。声を上げた人物の紅い目と自分の目が合った。
「二人とも後ろ見て気づいて!ラブリーが!!!」
「ら、ラブリーがどうしたの────」
彼女たちの仲間らしきもう2人が、目覚めた“彼女”の顔を見て心底驚いたように目を見開く。まるで自分が目覚めるとは到底思っていなかったかのように。
「え、あ、う、嘘!?起きた!!」
「わ、私、ブラック呼び戻してくる!!」
「ああ待ってどこ行くの!?」
「……」
“彼女”の近くにいた2人のうち1人が、誰かを呼びに急いで部屋を後にする。残った1人とドア近くにいた1人が、“彼女”の近くに駆け寄る。“彼女”のことをとても心配していたようだ。
しかし“彼女”はどこか不安そうに不思議そうに、2人のことを交互に見る。知っている人物のはずなのに、コスチュームと目の色が変わるだけで、おかしな違和感を抱いてしまう。
「お、おはよう!ラブリー、自分が誰だかわかる……?」
「……して……」
どうして今自分がこうなっているのか、目覚めたばかりで整理のつかない頭で紡いだ一言目は、随分と衝撃的なものだった。
「どう、して……みんな、
「え……?」
“彼女”の────ダークネスラブリーの紅い瞳が、張り詰めた空気の中で不安げにゆらめいた。
第16話:夏だ!海だ!ゾンビ…ネンドパニックだ!?
<巡の世界 想いヶ浜市・想いヶ浜海水浴場>
「せーのっ」
青い海、白い砂浜、照りつける真夏の太陽光。ビーチボールが砂に向かって弾け飛ぶ音が響く。
心野宮から十数キロ離れた海沿いの街・想いヶ浜市。その街の海水浴場にて集まった友人達の中で、夏の思い出づくりということで即席のビーチバレー大会が行われていた。優勝者は、海の家で買ったラムネ一本をもらえる。
繋巡は先週幼馴染の七星希奈子と買いに行った水着を纏い、偶然海水浴場に居合わせた日南千夏とのビーチバレー決勝戦に励んでいた。勝負はお互いに譲らず、ちょうど巡が同点に追いついたところだったが、巡が放ったアタックが綺麗に千夏の足元に落ち、勝負が決まったようだ。
「やったね。これでラムネがもらえる」
「あああああめぐるん強いって!!」
「いや、千夏ちゃんもすごい強かった!」
夏休みのとある日、巡は希奈子の家族と共に海へ訪れていた。海で遊んでいたところ、同級生の千夏が友人達と共に遊びに来ていたようで、急遽巡達もビーチバレー大会に飛び入り参加したようだ。
「お疲れ様、巡」
「はい。これ優勝商品のラムネ。さっき買ってきたばっかりだからキンキンに冷えてるよ」
「ありがとう!あ、冷たい」
早速巡はラムネの瓶を開けて、ぐいっと一口飲んでみる。ラムネ特有の爽やかな甘さと炭酸の爽快さが、暑さとビーチバレーで乾いた喉を通り抜け潤していく。まさにオアシスのような感覚だ。
「あー、美味しい。運動後の炭酸ほど罪深いものはないよ」
「にしたって悔しいよ私、いいところまで行ったんだけどなあ」
「二人とも大接戦だったもんね」
ビーチバレーの後片付けをしつつ、巡と希奈子と千夏は先ほどの試合を振り返る。ダンス部かつ運動能力も高い千夏と、勉強も運動もそつなくこなせるハイスペックな巡。どちらもリードを許さず手に汗を握る試合展開だった。思わず近くにいた他の人たちからも応援されるところだった。
「めぐるんのお姉さんも観にくればよかったのに」
「幸姉多分出てこれないよ……圧倒的インドア派がこんな猛暑に耐えられるかどうかと言われると……」
「私たちが元気なだけ……?」
今回の海遊びは、巡の姉である幸も一緒に来ている。しかし、普段から外に出て運動していないことが祟ったのか、この真夏の日差しから逃げるために絶賛海の家の休憩所で休んでいるところらしい。今頃この海水浴場の海の家名物・山盛りかき氷を食べて頭を痛めている頃だろうか。
「そういえば、日南さん達はどうしてここへ?」
「あー、夕方からあっちのステージでライブイベントやるっぽくってさ。好きなバンドも出てるから、みんなで観に行こって誘ったんだよね」
「そういえばさっきから向こうで準備してたね」
どうやら今日は、この海水浴場の常設ステージにて音楽イベントが行われる日のようだった。カッコよさそうなペイントが施されたトラックや、高校生から大学生くらいの若者の客も多く見られたのはそれが理由のようだ。
「いやあ、海行くと夏休みだ〜!って感じがするよな」
「後、夏祭りも。今年は花火大会やるといいわね……去年はあいにくの雨だったし」
「それまでには夏休みの宿題終わらせられたらいいよね〜」
「うぐっ」
これからの夏休みの予定を妄想していく中、千夏は巡に痛いところを刺されて図星とも取れるような反応を示し、表情を歪ませる。地雷を踏んだようだ。
「ちょっと今課題の話するのやめてくれない???くっそ苦労してんだけど???」
「この中だと一番やらなそうだったからじゃないかしら……」
「きなっちまで!?というか去年より数学の範囲多くない!?あれ本当に8月で終われなくなーい!?」
「えぇ?あたし後数ページで終わりそうなんだけど……」
「巡は進めすぎだからともかく……確かにページ数は多いけど、一日2〜3ページくらい進めれば15日くらいで終わるような……」
「ダメだめぐるんときなっちと私の住む世界が違いすぎる」
どうやら千夏は、夏休み前に出された学校の課題の中でも、特に苦手教科である数学に絶賛苦戦しているようだった。せっかく海に来て羽を伸ばしに来たというのに余計なことを思い出させてしまったようで、巡と希奈子は顔を見合わせて苦笑し合う。
「今度……うちに遊びに来て一緒に勉強会する?」
「え?!いいのぉ!?」
「みんなで教え合いながらだったら早く終わらせられそうね」
「助かる!!めぐるんときなっちがいたら百人力だよ〜!!」
あからさまに大変な目に遭いそうだった彼女に助け舟的な提案をすると、千夏はわかりやすく喜び、二人の手を掴んでブンブン上下に振り回す。千夏は、1年の時に夏休みの宿題をやらなすぎて、最終日付近になって大急ぎで全てを終わらせるという、夏休みは遊ぶことを優先して後で痛い目を見る典型例のようなことをしていた。
「……幸姉の様子見に行きたいし、これから海の家行く?」
「いいわね」
「あ、待って!友達に言ってこないと」
「方向同じなら一緒に行っていい?パーカー取りに行ってくる」
そうして3人は、巡のパーカーと千夏の友達を呼びに、ブルーシートがある場所へ向かって砂浜を歩いて行った。巡に関してはついでにステフォンの中のプロトキュア達の様子を見いにくつもりでもあった。
<ネオフュージョンの世界 漆黒の城・安置部屋>
巡が呑気に海で遊んでいるほぼ同時刻。闇の使者達の根城になっている漆黒の城のとある室内では、妙に張り詰めた空気で満ちていた。
「……うぅ、ここは……」
「ラブリー!」
「だ、大丈夫!?どこも痛くない!?」
「う……うん……。大丈、夫……」
ずっとこの空間で眠っていた闇の使者・ダークネスラブリーが目覚めたのはいいのだが、何が起きてこうなっているのかが本人は全く理解できていない様子だった。記憶の混濁も見られ、ずっと暗く苦しそうな様子だ。
そんな彼女を、ダークネスドリームとダークネスハートが心配した様子で呼びかける。表情は暗いが、体調面での心配はしなくても良さそうだ。
『ハピネスチャージプリキュア!』の世界にて、ステフォンの中に入っているラブリーを捕まえようとして逃げられたあの紅いクリスタルは、何の問題もなくダークネスラブリーの意識を目覚めさせ、問題なく身体を動かせられている。あの中に残った彼女の残滓は、問題なく彼女の魂の入れ物としての役割を果たしている。
きっと、ステフォンの中にいるラブリーがいるならもっと早くに目覚めていたかもしれないが……これで目を覚ましてくれたのなら、あのラブリーを狙う必要はないだろう。
「ラブリー、今までのこと、どこまで覚えてるかわかる?」
「今までの、こと……?」
ハートにそう問われて、未だ整理のつかない頭の中に残る記憶の断片を手繰り寄せ、思い返す。その中で、彼女の脳裏にとある光景が、モンタージュのように次々に流れ出す。
降り注ぐ破壊光線、壊れた世界、水晶の柱、真っ赤な瞳、誰かの涙、真っ白な光────
それは、ものの数秒の出来事。後味の悪い映画の盛り上がりのような、ノイズのかかった嫌な記憶。
『ラブ、リー……』
『■■■■■■!』
『たの、む……、『私』が、消える前に……────』
そして最後に流れるのは、自分が目を覚ます前まで見ていた、“いつか”の記憶で────
「────っ!?」
「わっ!?」
「きゃあ!?」
ダークネスラブリーが苦しげに頭を押さえた瞬間、真っ黒な闇の力が彼女の身体から大量に溢れ出す。衝撃を伴うそれは、近くにいた二人を吹き飛ばし、壁に叩きつける。
ラブリーを中心として爆発的に溢れ続ける闇の力は、闇の力を扱う彼女達にとっても打ち消されてしまうほど強力で、とても近づけるようなものではない。
側から見れば何がきっかけでこうなってしまったのかがわからない。しかし今のダークネスラブリーは、その体に宿す闇の力を暴発させているようにしか見えなかった。
「今の音は……ふ、二人とも!?」
「ラブリー!?起きれたんだ!!」
「起きたのはいいけど、一体、何が起きて……!?」
今の爆発のような衝撃音と共に揺れを感じ取ったのか、他の闇の使者達も部屋に駆けつける。
「何か……大事なことを知ってるはずなのに……苦しくて、思い出せない……どうして……?」
「ラブリー!返事して!!」
暴発させている張本人は、痛む身体を両手で押さえつけながら、モヤがかかったり穴が空いている記憶を思い出そうとする、思い出そうとすればするほど、それを阻むように闇の力がノイズのように走り、彼女に周囲を破壊させようと力で振り回そうとする。
それでも何か誰かを壊したくないと、ラブリーは気合いで自我を保とうとしている。
「ど、どうしよう……このままじゃ……」
「痛たた……っ」!みんな、なんとしてもラブリーを止めないと……!」
「止めるって、まさか無理やり!?」
「でも本当にこのままだと、もっと苦しめることになっちゃうよ!?」
「みんな、やろう!」
この状態で放置していればいずれ彼女は闇の力に振り回され、望んでもいない破壊行動に出てしまう可能性だってある。ドリーム達に促され、闇の力に振り回されそうになっているラブリーを落ち着かせるために身構える。
しかし、彼女達を振り切って一人、闇の中に入っていった誰かがいた。
「え?!」
「今のって……!」
その人物は、立ちあがろうとしてよろけたラブリーを支え、強く抱きしめる。
「ラブリー。よかった、起きたんだね」
「……!ぶらっ、く……」
「大丈夫。今はまだ、思い出さなくていい。その時が来たら、私が全部話すから」
「う……ん……」
ラブリーにしか聞こえないほどの小さな声で紡がれた言葉がトリガーとなったのか、暴発していた闇の力が嘘のように収まり、何事もなかったかのように室内が静まり返る。被害は、ラブリーが眠っていたベッド近くの壁に小さく抉れたような傷がついた程度だった。
多量の闇の力が溢れた反動か、ラブリーはその意識を手放してしまったようで、抱きしめられている人物にもたれかかっている。
「な……何が起こったのかわからないけど、間に合ったみたいでよかった!」
「ブルームがいるってことは、そこにいるのはブラック!?」
「……連れてきてもらって正解だったかも」
「どうやったのかはともかく流石です!」
暴発していた彼女を止めたのは、ブルームによってネオフュージョンの元から連れてこられたブラックだった。彼女の目覚めをブラックは、他の誰よりも待ち望んでいたのだ。
「……あの人、あんなに表情和らいでる……」
「なんだか、久しぶりに見たかも」
「状況はともかく、なんかよかったね」
「ブラックも帰ってきてラブリーも起きたことだし、ピンクチーム全員揃った記念でお祝いしようよ!」
「ホイップが帰ってきたら早速準備しないと!」
「あ、待ってよ〜!」
ひとまずの平和が訪れ緊張の糸が緩んだのか、闇の使者達はゾロゾロと大広間の方へ戻っていく。ブラックもラブリーを抱えたまま部屋を後にする。
「ブルーム、大丈夫?顔色悪いよ……?」
「あー、うん。大丈夫……ちょっと慣れてないだけだから……」
「無理なら無理でよかったのに……部屋で少し休んでなさい」
「……わかった」
何かを共有している3人も、知っているからこその会話を交わしながら、先に行った仲間達の方へと向かう。
結局最後になってしまったハートも戻ろうとするが、ある言葉が引っかかって立ち止まる。
「“どうしてみんな、
ブラックから教えられていないのは、自分たちがステフォンを狙う理由と、ブラック自身がネオフュージョンにさせられている悪事。そして、自分たちが本来いるべき世界について。
悪事に関しては正直な話、ネオフュージョン側にいる以上、どんなに鈍感でもある程度の察しがついてしまうので隠している意味がない。
しかし、問題は残り二つ。ブラックはきっと、自分たちに傷ついてほしくない・悲しんでほしくないから、世界のこともステフォンを狙う理由を教えていないのだろう。
「アタシ達は、どんな真実でも受け入れるつもりなんだけどなあ……」
きっとこんなことを言っても、あの人は笑ってかわしてしまうだろう。ハートの呟きは、天井に吸い込まれていった。
<巡の世界 想いヶ浜市・想いヶ浜海水浴場>
一方の巡の世界。プロトキュア達はというと……
『お外暑い〜』
『そういえば、今日の最高気温34度とか言ってなかった〜?』
『この世界、温暖化進みすぎてるんじゃ……』
『怖いこと言わないでよブロッサム〜……』
『めぐるん多分あたしたちがいること忘れてる……』
巡たちの荷物が置かれている日陰の下のブルーシート。荷物の中の巡のバッグの中にはステフォンがしっかりと収納されている。一応、ステフォンから飛び出して外の様子を伺うことはできるが、いかんせんかい水浴場へ遊びに来た客が多くて、この姿を見られそうだ。
遠くの方で巡達がビーチバレーを楽しんでる様子を見ることができたので応援していたが、結構盛り上がっている様子だった。
『今巡ちゃん何してるかな?バレー終わったかな?』
『海の家があるって言ってたし、何かしら買ってもらえるように頼んでおけばよかったかも……』
代わりばんこに外の様子を見ていたのだが、太陽がちょうど天辺にまで昇ってきたのを境目に真夏の猛暑に耐えられず、こうしてステフォンの中で長めに涼んでいた。
『フローラが起きてから一発目が海とは……楽しめてる?』
『た、楽しめてますよ!?』
『それならよかったよ〜!』
新たにステフォンの住人となったプロトフローラを迎えたのはいいが、彼女が起きたのは海に行く直前だったため、あまり巡と話せていないのだ。
『でも、巡ちゃんには夏休みいっぱい楽しんでほしいよね!』
『きっとこれから、ネオフュージョンや闇の使者達も本気を出してきそうだし……』
『せめてステフォンが反応していないこの瞬間は、ゆっくりしてもらいたいですね』
「あ?なんだこれ」
『あれ?この声は……』
巡のバッグの中のステフォンに、聞き覚えのある男性の声が聞こえてくる。ラブリーが飛び出してこっそりと様子を覗くと、これまた見覚えのある男の姿が……
『こ、この人って……!』
「これ、繋の髪留めじゃねえか?なんでこんなところに……」
ラブリーが見た声の正体は、巡のクラスメイトである帯刀廻。
彼もまた、夕方から行われる音楽イベントを観るために友人とこの海水浴場へ遊びにきている身だった。彼は海パンとアロハシャツのような半袖の上着を羽織り、ちょうど更衣室から出てきたところらしい。
廻は偶然、巡たちの荷物が置いてあるブルーシート近くを通りがかったところ、巡がよくつけている金色の髪留めを拾ったようだ。いつの間にか外れていたのだろう。
「……いやまさかな。あいつがここにいるわけ────」
「あれ?帯刀君?」
「あら、ほんとだわ」
「帯刀じゃん偶然〜!」
「……マジかよ」
そこへ、友達やら荷物やらで戻ってきた廻・希奈子・千夏の3人が現れ、偶然の合流を果たした。
「帯刀もライブ観に来たタイプ?」
「まあな。……繋、これ落ちてたぞ」
「え?あ、髪留め。あれ?なんかやけに前髪が邪魔くさいなって思ったら外れてたのか」
「だ、誰も気づかなかったわね……」
「ありがとう、帯刀君」
「おう。気をつけろよ」
廻からいつの間にか落としていたらしい金色の髪留めをもらい、元の位置に付け直す。ようやく、見慣れた巡が戻ってくる。さっきからビーチバレーをしている時に、今日は前髪がやたらと激しく動くなと思っていたところ、いつの間にか外れてしまったようだ。
「めぐるん、その髪留めよくつけてるね。お気に入りかなんか?」
「お守りみたいなものって昔言ってなかった?」
「うん。小学生の時にガシャポンで出した幸運UPのやつ」
「めぐるんまじか」
「そこで出してたのは私も初耳だわ」
「後これ、本当は指輪のおもちゃなんだけど……」
『えぇ……!?』
「髪飾りにしては変だなと思ったら、指輪だったかぁ」
巡がいつもつけている金色の髪留めのルーツが突如明らかになり、3人とプロトキュアが呆気にとられたような反応を示す。数年前の玩具とはいえ、まさかのきっかけすぎる。しかも、髪留めではなく指輪の玩具。
「……やっぱ、変えたほうがいいかな。髪留めとはいえ指輪で玩具だし……」
「いや、お前が気に入ってんならいいんじゃねえか……?」
「唯一無二の宝物みたいでいいじゃん」
「そうよ!巡がいいならそれでいいと思うわ!」
「あ、ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えて壊れるまでつけてるわ……」
外そうとする巡をなんとか引き止め、この場はひとまず丸く収まった。ものがどうあれ、巡自身が気に入って使っているなら無理に止めることはない。
彼女のはいい友人達を持ったと、ステフォンの中から彼女達の会話を聞きながら、ラブリー達はうんうんと頷くのだった。
「あ、そうだ!これから友達んとこ行ったら海の家行くんだけど、帯刀もどう?」
「あ?なんで俺も……」
「めぐるんとの夏祭りデートの予行練習にもなるって」
「……!?」
「てことでちょっと友達んとこ行ってきまーす!」
「あ、おい俺は強制かよ……!?」
「きなっち!先に行ってて!パーカー着たらすぐ行くから!」
「わかったわ!」
そして、希奈子と千夏に連れられた廻と一度別れ、巡はパーカーを羽織りつつ、長らくバッグに入れていたステフォンを取り出し中のプリキュア達の様子を確認する。
「いやあごめんね、思った以上にビーチバレーが白熱しちゃって……」
『巡それ指輪だったんだ!?』
「ああ聞いてたのね」
『可愛いけども!』
「あらそう。……ところで海は楽しめてる?あたしはまるで何もしてないけれど」
『時々外に出て様子見たりしてるけど暑いね!』
『遠くの方で巡ちゃん達の様子が見えたけど、ビーチバレー強かったね!』
「そうかな〜……って、あれ?」
巡が会話をとぎらせる。こういう時は大抵、『WorldTrip』が他のプリキュアの世界で異常事態が起きていることを知らせていることが多い。
試しに確認してみると、案の定12時の位置にあるマークが赤く点滅していたようだ。ケーキが全体的なモチーフとなっており、とてもわかりやすい。
「これはわかるよ。キラアラって呼ばれてる子達のシリーズだよね」
『い、いつの間に!?』
『巡ちゃんのほうが反応早くなってる……!』
『というか、大丈夫?せっかく遊びに来てたのに……』
「まあ、時間経過はないし、大丈夫でしょ。それに、この前のブラックの時みたいに、たくさん現れてたらもっと大変でしょ?」
『巡がそれでいいなら止めないけど……無理しないでね!』
「うん」
早速ワープホールを開き、すぐさまその穴へ飛び込む。
星の様な煌めきが、虹の様なゆらめきが、真夏の海と空との距離をどんどん遠ざけていく。出口は、すぐ近くに現れそうだ。この先、どんな世界が広がっているだろうか。
視界が、白い光で塗りつぶされる。
<キラキラ☆プリキュアアラモードの世界>
苺坂町はいちご山。巡が降り立ったのは、この山のとある開けた場所。
「……え?」
『……』
彼女の目の前に現れたのは、シルクハットを被った目のない巨大なぬいぐるみ型の怪物。おそらくこれもネオフュージョンの欠片が変化したものなのだろうが、今まで出会ってきた怪物の中では異質な形だ。
『さ、早速いる!?』
「立ちっぱなしだし動く気配がないんだけど……とにかく今は浄化して……え???」
ステフォンを構えようとした直後、巡の足が突然宙を蹴る。一体何があったのか。どうやら巡は、動かないと思っていたぬいぐるみに摘み上げられてしまったようだ。
『ええええええ!?』
『つ、捕まった!?』
「え、何されるのあたし……」
ぬいぐるみの口が開く。口の中は布ではなく虚無。前回のダークネスフローラの時と同じように、また別の空間に閉じ込められるようだ。
生身の巡でもあのぬいぐるみの握力には敵うことはなく、ひょいとその中へと放り込まれてしまう。
「あれ!?今誰か入った!?」
『……』
「入ったよね!?多分ステフォン持ってる子だよ!?」
ぬいぐるみの口が閉じかけた直後、どこかに行っていた黒い少女が慌てた様子で戻ってきた。
「ま、まあどうせ私も行くからいいんだけどさ!もっと色々喋りたかったよ〜!」
『……』
「向こうでもこの世界の私たちがいるから寂しくはないし、出口を見つけようとしても難しいし……」
『……』
「……そもそも、みんなのスイーツパクトはあっちの世界に隠したから、そう簡単には出られないと思うんだよなあ……」
垂れた黒いウサ耳を揺らしながら、少女はぬいぐるみの中に繋がる世界へ入るために、ぴょんぴょんと飛び上がっていく。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
行ってらっしゃいと返してくれる人はいないが、少女は────ダークネスホイップは、巡を追いかけて奥の世界へと飛び込んでいった。
『うわあああ〜!?』
「スカイダイビングかな?夏のアクティビティ全部体験コースみたいな」
『なんでそんな冷静なの〜!?』
一方の、ぬいぐるみの口の奥に広がる世界に飛んでしまった巡はというと、まさか上空から飛び出すとは思わず、巡は水着の上からパーカーという、まあまあ場違いな絶妙な格好でスカイダイビングする羽目となっている。
「まさか上から落とされるとは……町っぽいけど、ここも欠片の中の世界なんだよね……」
『呑気に言ってる場合じゃないって!!』
「ああそうだった。コンプリート・ステージON!」
『そんなぬるっと!?』
メロディに突っ込まれて、巡は落ちながらも落ち着いてステフォンをパーカーのポケットから取り出し、変身してひとまずキュアコンプリートの姿へと変身する。プリキュアに変身しておけば、大抵の異常事態はなんとかなるとわかってきた余裕の表れだろう。
地上を見渡すと、商店街らしき場所でウロウロしている少女の姿を発見し、その場所に向かって着地しようとする。
「この子もプリキュアかな?」
『いちかちゃんだ!!』
「おーい!」
「……ええ??わっ!?」
いちかと呼ばれた少女の近くに、コンプリートが着地する。あの高さから落とされてここまで綺麗に着地できるとは思わず、コンプリートもびっくりしている。
「だ、誰か落ちてきた!?」
「わあナイス着地……じゃなくて、ねえ、君もプリキュア?」
「え!?そうだけど!な、なになになに何事!?」
突然話しかけられた挙句プリキュアだと看破された少女は────宇佐美いちかは混乱する。彼女自身もコンプリートがこの空間に飛ばされる少し前に辿り着いてしまったため、自分が置かれているこの状況を理解しようと歩き回っている最中だった。
「あたしはキュアコンプリート、繋巡。訳あって人形みたいな大きな怪物に食べられてこの場所に来ちゃったんだけど……」
「あ、あなたもなの!?実は大変なことが起きてて〜!!」
「大変なこと?」
「あ!わ、私、宇佐美いちか!みんなとキラパティの準備してたら、黒い私とビブリーが持ってたような人形が現れて、気を失ったと思ったら苺坂みたいな場所にいたし、みんなもバラバラになっちゃって〜!!」
「あ、ちょ、ちょっと、え、えぇ???黒い君ってことは闇の使者???ビブリーとは???」
『お、落ち着いていちかちゃ〜ん!!』
「どえぇぇぇっ!?!?なんで私の名前をぉぉぉ!?」
いちかもいちかで、何が起きたのかを飲み込もうとして飲み込められていないところがあるのか、それとも仲間と逸れて探していた中で第一発見者が知らない人だったけども久しぶりの人の姿に安堵したのか、コンプリートに涙目で矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
肩を掴まれたコンプリートは、珍しく困惑しつつひとまずプロトキュアたちに宥められ途中の彼女の話を聞いてみる。
「つ、つまり……君と君の友達も、その黒いプリキュアに飛ばされたんだね?」
「そう!」
「ある意味ラッキーかも……あたし、いちかちゃんが言う黒いプリキュアとその怪物を止めるためにやってきて……ん?」
『ど、どうしたの……?』
「耳澄ませて。……誰か、くる……?」
話している途中、明らかに人の足音ではない硬そうな物音が聞こえ、一瞬警戒する。物音は前方から、頭身の低い何かがゾロゾロと、コンプリート達の方へ向かってくる。
やってきたのは、二、三頭身の粘土でできた、着ぐるみマスコットサイズの生命体。それが、確認できる中でざっと十数体。
『ネン〜……!』
「うわわわっ!?」
「嘘でしょ?流石に同じ顔のマスコットがこんなに大量にいると別の恐怖が……」
『気にするところはそこ!?』
「……っ、って、あれ?」
いちかが変身して目の前の粘土人形ことネンドモンスターを相手取るために変身アイテムを取り出そうとするが、ポケットを探っても、それがどこにも見つからない。
「あれ?あれ???す、スイーツパクトがない!?ここにくる前までは変身してたのに!?」
『え、ええええ?!』
『それ多分闇の使者が持っていったとかじゃ……!?』
「な、なんですとぉっ!?」
「マジで……?それならここはあたしが」
『CureWeapon!Lovely!』
『PowerCharge!Scarlet!』
キュアスカーレットの力を纏ったショットガンを大群に向け、銃口から浄化の深紅の炎が発射される。
火炎放射が直撃したネンドモンスターは、一度は足を止めて押し返されるものの、まるで効いていないのか再びゾロゾロとコンプリート達へと足を進める。
「……え?」
『ま、まさかとは思うけど……!』
「クリームエネルギーの力じゃないと、効かなかったりするんじゃ〜……?」
「え???」
『ネン〜ッ!!!』
『に、逃げて二人ともっ!!!』
ゾンビのような得体の知れない恐怖感に駆られ、プロトブロッサムの敬語が思わず外れるほどの絶叫が響き渡った。
「なんなんですかこれは〜!!」
「うお〜っ!?まだまだ湧いてくるって!!」
『ネン〜!!』
コンプリートといちかがいる場所とは別地点。
有栖川ひまりと立神あおいは、迫り来るネンドモンスターの群れから逃れるために、苺坂町らしき空間の道を走り回っていた。その先で、見覚えのある妖精の姿を発見する。妖精もまた、ゾンビの如く追ってくるネンドモンスターに追われているようだ。
「ひまり〜!あおい〜!助けてキラ〜!!」
「キラリン!ってお前も連れてくんな〜!!」
「こ、このままじゃ挟まれちゃう……!何か、何か……!」
キラリンと呼ばれる妖精と合流したのはいいが、このままでは3人とも挟まれてしまう。何かこの状況を打開できないかどうか辺りを見回していると、あのモンスター達が入り込めないような狭い路地をひまりが見つける。
「あおいちゃん!キラリン!ここから抜けましょう!」
「マジかよひまり!でかした!」
「とにかく逃げるキラ〜!」
3人は急いでその路地へと抜け、ひとまずモンスター達を振り切る。
「全員バラバラにされた上に、スイーツパクトまで手元にないなんて……!あの黒いホイップは、いったい何を考えて……?」
『ネン〜!!』
「ゆかり、危ない!」
また別地点では、琴爪ゆかりと剣城あきらがあのネンドモンスターたちに追いかけ回されていた。この空間に来る前に出会った黒いキュアホイップについての思考を巡らせている中で、モンスターの一体が飛びかかってきた。間一髪であきらに腕を引っ張られ、ゆかりは事なきを得る。
「大丈夫?」
「……あら、よそ見していたみたいね……ありがとう、あきら」
「君に怪我がなくてよかったよ。しかし、まいったなあ……」
息を潜めて低木の陰に隠れ、自分たちを探し回るネンドモンスターから気配をなるべく消して気づかれないようにする。今のところは大丈夫そうだが、静かに場所を変えたほうがよさそうだ。
「スイーツパクトや出口を探さなければならないのに、あの子はよほどここにいてほしいみたいね……」
「せめて、他のみんなと合流ができればいいんだけど……」
辿り着いたこの空間特有の、無彩色の空を眺めながら、再び逃走への足を進めるのだった。
「ああああああああああ!?!?」
「うーん、しつこく追いかけてくるね」
コンプリートの放った攻撃がほぼ無効、その上におそらく一番有効な攻撃を放てるいちかは変身アイテムが手元にない。二人は全速力で商店街の方へと入り、ネンドモンスターの群れから逃げることに専念していた。
無機質な恐ろしさにわかりやすく慌てふためくいちかと、恐ろしいほどに
「挟まれた〜!?」
「こうなったら道を作るよ」
『PowerCharge!Mermaid!』
ラブリーショットガンにキュアマーメイドの力を纏わせ、銃口から青い光が強く漏れ出す。どうやら彼女の力もベストマッチの組み合わせのようだ。技は効かずとも、先ほどの炎の時のように押しのけるくらいはできるはずと踏んで技を放つつもりだった。
「
銃口から放たれた渦巻く水流が、前方のネンドモンスターたちを押し流し、二人が突き進む道を開ける。これで道を塞がれることはない。
「す、すごいよコンプリート!」
「技は効いてないけどね!」
『でもこれ、どこを目指して走っているの!?』
「「わかんない!!」」
『えぇぇぇぇ〜!?』
逃げる二人の残念な回答が重なり、ステフォンの中のプリキュア達が困惑の声を上げる。
果たして彼女達はこの海外映画ばりのゾンビパニックならぬネンドモンスターパニックから逃げ切り、仲間達と合流してスイーツパクトとこの空間の出口、そして闇の使者らしき黒いキュアホイップを見つけることはできるのだろうか。
続く…
次回投稿日:5月26日(日)