ここは、魔法界。
そしてここは、魔法界の中心となる巨大な樹『魔法樹』の上に建てられた『魔法学校』の廊下。
「今日から魔法界で遊ぶタイミングで校長先生に呼ばれたけど……?」
「モフ〜?」
「きっと、何か大きな災いのことじゃないかしら……?」
「私たちなら、どんな事件が来てもきっと大丈夫だよ!」
側から見ても仲良しな3人の少女達と1人のぬいぐるみが、三者三様の反応を示しながら校長室への扉を叩く。
「失礼します!」
「おお、来たか」
校長室で待っていたのは、銀色の長髪の男。この美青年のような姿をした男こそ、この魔法学校の校長である。校長は水晶玉とともに3人とぬいぐるみの元へ近寄り、彼女達を歓迎する。
「校長先生、何かあったんですか?」
「実はじゃな……先日、奇妙なお告げがキャシーから告げられたのじゃ」
「奇妙なお告げモフ?」
「ええ。その内容というのも不可解で……あなた方にも気をつけてほしいと思って」
「そのお告げってなんなの?」
水晶に映る女性のシルエットは、神妙な声色でその内容を告げる。
「“異空の闇が現れし時、世界を繋ぎ巡る者が舞い降りる”、と────」
「わぁ〜!やっぱり魔法界ってワクワクもんだよね!」
雲に浮かぶとある島から、黒い少女が中心地点である大きな島を眺めながら嬉しそうに呟いた。
「ここにいればコンプリートもそのうち来るだろうし……リコやはーちゃん、モフルンにも会えるよね」
虚ろな紅い瞳は、ここにはいない友達を思っているようにも見えた。
第18話:レッツ魔法界!ステフォンの秘密探し
8月某日。世間では夏休みも後半戦。お盆も過ぎても夏の暑さは特に和らぐことなく、雲ひとつない青空からは容赦無く日の光が降り注いでいる。
こんな絶好の外出日和だが、気温は午前11時前現在で31度。定期的に水分補給と日陰or涼しい場所での休憩をとっていなければ熱中症になってしまう地獄のような環境である。
こういう日は、涼しくて快適な室内でゆっくり過ごすことに限るが────
「はいもう無理です!!先が見えねえ!!!終わらねえよ!!!!」
「日南さん落ち着いて」
「うわあ地獄」
「巡もまあまあ呑気すぎよ」
ここは、クーラーが効いている繋家の巡の自室。
巡は幼馴染の七星希奈子とクラスメイトの日南千夏と、夏休みの宿題を終わらせるために、巡の家で勉強会を行なっていた。宿題と言っても、巡はあの量を1週間ほどで終わらせ手持ち無沙汰になってしまったために、主に終わっていない千夏のサポートに回っている。
「めぐるんなんでこんな量を爆速で終わらせられたの……???」
「多分初速が強すぎたのよ」
「なんか、ごめん……」
「謝るなら私を助けてぇ」
「はいはい。えっとここは……」
この千夏というギャルみたいなダンス部の少女は、去年の夏に学校から出された課題をやらなすぎて最終日に痛い目を見たという典型的なやらかしをかましている。今年はその反省を生かして進めていたようだが、これまた綺麗な三日坊主が決まり、去年ほどではないがかなりの量を溜め込んでしまったのだ。
ここまでくるといよいよ千夏の自業自得のような気がするが、困っている人は見捨てられない性分の巡は、頭を抱える千夏へ一次関数の求め方をわかりやすく噛み砕いて説明していた。
「でも……めぐるんの教え方のおかげか、学校で習った時よりも解けてる気がする……」
「そ、そう?それならいいいけど……」
「……入っていい?」
ドアをノックする音と別の人物の声が聞こえ、巡が入室を許可すると、アイスキャンディーを持ってきた姉の幸が入ってきた。
「お疲れ。これでも食べて休憩しなよ」
「わ、わあ!?ありがとうございます!?」
「もうこんな時間?少し休憩しましょうか……」
「そうだねー」
途中後悔からの嘆きが聞こえど、課題を終わらせようと一生懸命頑張っている彼女たちに対しての差し入れだろう。相変わらず不器用な笑顔で答え、幸はそそくさと部屋を出ていった。
「……めぐるんのねーちゃんってやっぱいい人だよね。アイスくれるし」
「あの人目つきとかのせいで勘違いされやすいけど、めっちゃ優しいよ。超人見知りだけど」
「それはなんとなくわかる」
アイスを食べながら、休憩のおしゃべりタイムに突入する。
「というかめぐるんってマジで姉と二人暮らしなんだ……」
「巡のご両親は海外で仕事中だもの」
「寂しくない?」
「寂しいけど、幸姉いるしもしもの時はきなっちの家の人が助けてくれるからそこまでじゃないな。あと定期的に親から電話がかかってくる」
「めぐるんつっよ」
巡は基本的に姉と二人暮らしである。両親はいるが、海外の方で仕事をしているために帰ってくるのは年末や長期で休みが取れた時くらいしかない。去年は夏休みに合わせて帰ってきていたが、今年はそれどころではないほどの忙しさを極めているようだ。姉妹間では年末まで帰ってこれない説が濃厚になっている。
寂しいと聞かれると寂しいが、巡周辺には姉がいれば、近所に暮らす希奈子の家族がいるのでそこまで困っているというわけでもない。
ふと、千夏の目にカレンダーが映る。本日は8月16日。その1週間後の23日に、何か予定が書かれている。この日にちにあるイベントは知っている。
「夏祭り……めっちゃ楽しみにしてんじゃん」
「いつもはきなっちと行ってるんだけど、今年はきなっちが旅行でいないっていうからね」
「でも今年は、帯刀さんと行くんでしょ?楽しんできなさいよ」
「うん」
特に顔を赤らめることなく平然と言っているので、多分彼女にはそういう意識はないのがすぐにわかる。多分「今年行かないつもりだったけど行けるなら一緒に行くか〜」くらいの感覚だ。
千夏は希奈子にこっそりと耳打ちする。
「あれマジの反応?めぐるん鈍感すぎない??」
「仕方ないわ。巡は人からの好意に疎いのよ……」
「へぇ〜……てかきなっち、めぐるんの理解度高くない?幼馴染だから?」
「お隣さんだからかしら?」
そんな冗談を言いつつ、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。さてやるぞと千夏が渋々ながらも気合いを入れ直したのを合図に、3人は残りの課題に手をつけていく。
彼女たちの様子を、ステフォンの中から飛び出したプロトラブリーは物陰からこっそりと見守っていた。
(この世界の学生は偉いなあ、みんなしっかり宿題をやってて……)
かつての自分でも、赤点は取ったことはあるが夏休みの宿題をすっぽかすようなことはしていない、はずだ。しかし中には、それをやっていなくて補習……なんていうまさに自業自得な悲劇を起こした知り合いもいる。
自分がこうなっていなければ、ひめやゆうこ、いおなたちとも勉強し合うなんてことがあっただろうか?
(ちょっとだけ、巡のことが羨ましいな……)
少しだけ寂しそうなラブリーの背中を、ステフォンの中から他のプリキュアたちが心配そうに見つめていた。
『ラブリー、大丈夫かな……?なんだか、すっごく寂しそう……』
『もしかすると、元々の世界にいるはずのみんなことが見えなかったから、余計に……』
今までは巡の意識だけが自分たちの本来いた世界に飛んでいたと言っていたが、最近になって自分たちもその世界へ訪れることができるようになった。しかし、あの世界に呼び寄せられたという本来の仲間たちは魂だけの存在になっている上に、プロトキュアである自分たちは目視することができなかったようだ。
『き、きっと見えるようになるには、何かまた別の条件があるのかも……』
『巡がリングを外してでも、ステフォンの中の力を制御できたように……』
少し暗くなりそうな空気を、フローラとドリームが前向きに考えて明るくしようとする。
『……いつか、あの世界のみんなとちゃんとお話しできるかな?』
『できるといいね』
『それもいいけど……あの世界、本当に何があってああなっちゃったんだろう……?』
あの世界は、本来の自分たちが水晶の柱の中で眠っている。果たして、ここにいる自分たちは一体なんなのかも気になる。そして、ダークネスブラックの口振から、ステフォンを狙っている方の闇の使者たちとも関係がありそうな予感もする。
そして、自分たちの記憶の一部がどうして消えているのかも、いずれ知ることにもなるだろう。
『ブラックが教えてくれないほど、よほど酷いことが起きたんだろうけど……』
『たとえそれがどんなことでも、受け入れるつもりですがね……』
『……』
ピーチとブロッサムは少し硬い表情で言うが、それを聞いたドリームはわずかに視線を逸らす。
闇の使者の中でも過去について色々知っていそうなのがブラック以外に二人おり、そのうちの一人がドリームである。彼女達が今までもこれからも何も話してくれないのは、彼女から口止めされているからである。
闇の使者の中から飛び出した今なら、彼女の口止めを律儀に守る必要はない。しかし、『真実を話してみんなが傷つくかもしれない』という無意識の恐れが、彼女の心が許さないでいた。
『もしドリームが言いたくなったら、その時は教えて欲しい』
『……うん、ごめんね、巡……本当は、ちゃんと言わなきゃいけないのに』
過去に巡に「何か知っている」と看破されて、「言いたくなるまで待ってる」と言われてしまい、ドリームはその現状に甘えてしまっている。
『……わかった。みんなには言わない』
『え……』
『これは、なぎささんと咲ちゃんと、あたしだけの秘密ってことにしよう!ね!咲ちゃんもいいでしょ?』
『私はいいけども、なぎささんは……』
『……わかった。正直二人して口が軽いような気がするけど……』
『だーいじょーぶ!────みんなに怒られる時は、3人一緒だよ』
闇の使者だった頃の自分の記憶が、真実を告げようとするドリームの喉をずっと塞いでいる。この調子では、まだ全てを話す気にはなれないようだった。
プロトキュアたちの空気が個々で重々しくなっているのもつゆ知らず、勉強中の巡が腕を伸ばしながら壁掛け時計の方を見上げる。
「あれ?もうお昼過ぎ?よかったらお昼食べてく?」
「え?マジで!?いいの!?」
「コンビニかどこかで買うから、何も気を使わなくてもいいのに……」
「いいよいいよ。多分幸姉がみんなここでお昼食べてくつもりだって思って、お昼ご飯の準備を多めにしてたっぽいし」
「そ、そこまで言うならお言葉に甘えて……」
「二人とも先に下降りてて。ちょっと片付けるから」
「オッケー、先行ってるね〜」
希奈子と千夏を先に一階のダイニングの方に向かわせ、部屋で一人になったところでステフォンとプリキュアたちの様子を確認する。そこで巡はプロトキュアたちの空気が若干重たいものになっていることに気づいて話しかける。
「ら、ラブリー?みんな?おーい」
「……め、巡っ!?終わったの!?」
「終わったっていうか、あとまだ千夏が数学10ページくらい残ってるけど……ど、どうしたの君ら、今日全体的に暗くない?」
『ご、ごめんね!?ちょっと考え事しててつい……』
「ま、まあなんかあったらあたしいつでも相談乗るからね……っと」
ステフォンの画面を確認すると、『WorldTrip』がいつものように他の世界の異常事態を知らせていた。
『って、また反応してる!?気づかなかった!?』
「えぇ……?」
それに気づけないほど、彼女たちはまあまあ重めなことを考え込んでいたらしい。これは早急に話を聞いてあげたほうがいいかもしれない。
『WorldTrip』を開くと、11時の位置にあるマークが赤く点滅していた。絵本でよく見る魔法使いが被っているタイプの三角帽を模したマークだ。そろそろ金枠が埋まってきているところだが、このマークを含めてあと3つある。
「確か、魔法つかいプリキュアだったよね……そういえば……」
『あの!魔法界に行ってみるのはどうでしょうか?!』
『ま、まほーかい?』
『あの世界の大きな図書館には、さまざまな伝説が記されている書物があるって、リコさん達から聞いたことがあるんです!もしかすると!』
『そこにワンチャン、ステフォンについて書かれてるかもしれないんだね!わかった!タイミングがあったら行ってみるよ!』
あの世界から引き戻される直前に、あの世界のカスタードから教えてくれた魔法界について。魔法つかいプリキュアにとってのもう一つの舞台となる異世界、らしい。本当にタイミングがいい。
「降り立った場所によっては、図書館で調べ物ができるかも」
『ステフォンのこととか、本に書いてあるかな?』
「わからないけど、行ってみるしかないよね」
星の様な煌めきが、虹の様なゆらめきが、自分の部屋の天井との距離をどんどん遠ざけていく。出口は、すぐ近くに現れそうだ。この先、どんな世界が広がっているだろうか。
視界が、白い光で塗りつぶされる。
<魔法つかいプリキュア!の世界>
「魔法界……にしては室内では」
『図書館っぽいけど……』
『部屋の中に出ちゃったのかな?』
「そんなことある?」
ワープホールを抜けて巡がたどり着いたのは、『魔法つかいプリキュア!』の世界の中でももう一つの中心となる、“魔法界”と呼ばれる異世界。
その中でも巡はピンポイントで室内に、それも図書館の奥に広がる不思議な書庫“知識の森”のど真ん中に降り立ってしまったようだ。
知識の森は、魔法学校に併設される図書館の奥に続く内層部分の書庫で、魔法界の歴史が大量に所蔵され、無造作に本棚に保管されてまるで迷宮の様になった空間である。管理主ですらも迷ってしまうというので、一般の魔法使い達は立ち入ることはできない。
どうやら巡は、その立入禁止区域に直接乗り込んでしまったようだ。
「なんか……迷路みたいでウケるね」
『ウケるの!?』
『めぐるん、もしかしなくても、詰んで笑うしかなくなってる?』
「……ハハッ」
『笑って誤魔化した!?』
若干引き攣った感じの笑い方のため、ピーチが今の巡が思っているであろう気持ちがなんとなくわかってしまう。
出口を探そうとしても、こんな本の森の中を下手に歩くと余計に迷ってしまう気がして、動き回って出口を探すのも気が引ける。
「こ、これだけ本があるならステフォンについて書かれた歴史書的なものもどこかに……」
『でもここって、魔法界の本ばっかりじゃなかったっけ?!』
「いや、ワンチャン前の持ち主もここに訪れてたりしてたら書かれてたり」
『そ、そうだとしても、この中からどうやって……』
「うーん、変身してキュアウェポンの力を借りるしか……でも、探すためだけに変身するのはいささか勿体無い気が……あれ?」
本棚の奥でとある本が光った気がして、巡の目線がとある本の背表紙に注目する。鈍く落ち着いた色の本が多いのに、目に留まった本だけが鮮やかな桃色で、タイトル文字は特に書かれていない。
「あの本……怪しくない?」
『確かに……!あれだけ最近ここに置かれたって感じがしますね!』
「あー、でもどうやって取ろう」
その本が置かれているのは、巡の頭の上。背伸びをすれば手は届きそうだが、その本を取れる気がしない。とにかく頑張って背伸びし、手を伸ばしてその本を取ろうとしてみるが、ギリギリ届いてない。
『どう?』
「うーん、あと数センチ届かない」
『私たちが出て取ってくれば……!』
「ほれ、探している本はこれか?」
プロトキュア達が飛び出そうとしたところ、別の男性の声が聞こえたと同時に巡が取ろうとした本を下に下ろされる。その本は、巡に手渡される。
「あ、ありがとうございます。……あれ?おじさん誰?」
『ちょ、巡?!』
『おじさんは失礼だって!』
「おじさん?ほう……お主、なかなかの慧眼の持ち主じゃな」
「?」
巡の代わりに本を取ったのは、長い銀髪を持つ長身の男性。随分と若い見た目の男性だが、口調や雰囲気的に巡は相当歳がいっている若造の男性だと見た。近いところを当てられたのか、巡の慧眼という名の呑気っぷりに、男性は思わず感心の声を漏らす。
「魔法界では見ない顔じゃがお主は一体……もしや、ナシマホウ界の者か?」
「ナシマホウかい?あー……名称がまあまあそのまんまな気がするけど多分そうです。気づいたらここに降り立ってて……」
「ふむ……迷い込んでしまったというわけか……」
「あ、少しパラパラってみるだけですからどこにも行かないでくださいね!?一人にされると多分帰れない」
「お、おう……」
念の為銀髪の男性に離れないでと言ってから、手に取った桃色の本の中身を確認してみる。この世界由来の文字を読むことはできないが、挿絵が多くてまるで絵本のような印象を受ける。
ページをパラパラめくっていると、とあるページに目が止まる。
そこに描かれているのは、星空と太陽系を模したような不思議な背景と、時計の文字盤のような絵。中心のハートのマークをたくさんのハートが囲い、真ん中のハートへ繋がるように白いラインが結ばれている。
『ここに描かれてるのって……』
『どこかで見たことあるような……』
『……あぁぁ!?WorldTripの画面に似てる!!』
「……あ、そういえば……」
プロトホイップが声をあげる。試しにいつも他の世界へ移動するときに使うステフォンの『WorldTrip』の画面を開く。画面と本の挿絵、二つを見比べても、ハートの数に変動はあるがほぼ同じ構図だった。
「ほぼ一緒じゃのう」
「こんな偶然あるんだ」
『つ、次のページは?』
ページをひらけばまた別の挿絵と、この世界由来の文字で書かれた文章が添えられている。
真ん中に描かれる、白いワンピースと淡い桃色の髪の少女。天使の輪と翼を持つその少女は光を放ちながら、黒い闇が渦巻く地上に降り立っている様子を描いている。
「“世界を繋ぎ巡る者降り立ち、絆を結び心を通わせた時、世界に光をもたらす”、じゃと……?」
「あ、これそう読むんだ。頑張ればあたしも読み解けるかな?」
『注目すべきところそこ!?』
『意味深な言葉が出てきたけど……』
「“世界を繋ぎ巡る者”だなんて、他人な気がしないね……あたしの名前も
「何……?」
『そういえばそうじゃん!!』
『これも偶然?』
書かれていた文言がほぼ自分の名前のような響きであっけらかんと笑っている巡に対し、男は神妙な面持ちで巡の顔を見る。怪しんでいるというより、何か心当たりがある様な雰囲気だ。
しかし巡は男性の思惑とは裏腹に、解読された文章からあることが思い浮かんでくる。
「そういえばこれで思い出したんだけど……“巡”っていう名前はね、ことわざからも来てるんだって」
『ことわざ?』
「前にお父さんから聞いたことがあるんだ」
少女が描かれているページを眺めながら、巡は懐かしむような目で過去の出来事を思い返す。
小学生の時、学校の授業で自分の名前の由来を調べてこようという課題が出て、ちょうど家に帰ってきていた父親から聞き出したことがある。そのときに理由とともに、とある話を聞いた覚えがあった。
『巡は、“情けは人の為ならず”という言葉を知っているかい?』
『うん』
『その言葉には続きがあってね。“巡り巡って己がため”と続くんだ』
『めぐりめぐって?』
『とてもわかりやすくいうと、他人を思いやることは、自分のためにもなるという意味になる』
『へぇ……』
『巡は昔から、自分のことよりも周りの人に目がいっちゃう優しい子だから、いつか悪い人に騙されちゃうんじゃないかって心配なんだよね……』
『えぇ〜?あたしもそこまでバカじゃないよ?』
『冗談だよ……。でも、きっと、巡みたいな優しい子には、優しくした分がいつか返ってくると思うんだ────』
そう優しく笑いかけて、大きな手で頭を撫でてくれた日を、なぜか鮮明に思い出せる。
「お父さんは、あたしに“たくさんの幸せと出会いが巡ってきますように”っていう願いで“巡”って名前をつけたんだって」
『そうなんだ〜!』
『というか、あのことわざ続きあったんだ』
『情けは人の為ならずって意味を間違えやすいって、前にココも言ってたよ!』
「たまに出てくるココさん何者?」
『ココさんはね〜、ドリームのす────っ!?』
『わー!!!待って待って待って〜!?』
この世界に来る前の重々しい様子は何処へやら、プロトキュアたちはすっかりいつもの調子を取り戻している。一体何がきっかけかはともかく、彼女たちが笑ってくれてよかったと、巡はほっと一息ついた。
しかし、男性は巡たちをよそにずっと考え込んでいるようだった。
(“異空の闇が現れし時、世界を繋ぎ巡る者が舞い降りる”────、水晶玉の予言にも、その言葉が使われていた。この巡という少女が、舞い降りてきた者だというのか……?それならば、異空の闇とは一体……)
この男────魔法学校の校長は、巡がこの場所に来る前に聞いた予言の言葉がずっと気になっていたようだ。
果たして、目の前の巡は魔法界に舞い降りた何者なのか。異空の闇とは一体なんなのか。もう少し、巡から話を聞く必要がありそうだと、校長は考えるのであった。
あの本からの手がかりはあったものの、少々難解だったような気がして一旦写真を撮って元の場所に戻した。
そして巡は、校長のガイド付きでようやく知識の森を抜け出し、本来図書館と呼ばれるべき図書館の方へと戻って来れた。
「ほれ、これで出られたじゃろ」
「あー、助かった……」
その時、外の方から唸るような轟音が響いてきた。
「ん?」
『何今の!?』
「あれは……」
遠くからでもわかる地鳴りのような超低音の轟音に、図書館で読書や勉強をしていた生徒達もなんだなんだと窓の方を見る。窓の奥に広がる世界は、天空に浮かぶたくさんの島があり、そのうちのとある島の方で、なんらかの爆発が起きたような大きめの土煙が舞っていた。
「何事じゃ……!?」
『巡!あのあたりからネオフュージョンの気配が!』
「え?久しぶりに気配感じたパターン?」
そんな悠長なことを言っている場合ではない。遠くから見ても派手に暴れている様な感じだったので、なるべく早く向こうへと行ったほうがいいだろうと言うのは良くわかる。
巡は早速図書館の窓を開け、外から飛び出そうと身を乗り出す。
「巡君!?」
「ちょっと行ってきまーす」
『巡ちゃんそれだけは待って!!』
『先に変身して!!』
「……え?」
この図書館がどこに建っているのか知らない巡は、プロトキュアや校長先生の制止をよそに窓から飛び出した。
ここは、空まで聳える巨大樹の上に建てられた建物。巡は魔法使いでもなんでもないので空を飛ぶ手段なんてあるはずもなく、そのまま彼女は重力と物理法則に沿って真下へと急降下ならぬ急落下していく。
『うわ〜〜〜〜!!!』
「あーなるほど、クソデカツリーの上だったんだねこの建物」
『そんなこと言ってる場合じゃないって変身して!!』
「そうだよ普通に命の危機なんだよね」
巡がステフォンを構えようとしたところ、彼女の真下を通り抜けた台らしき物体に受け止められて、間一髪地面に衝突せずに済んだ。
どうやら巡は、先ほどの下を見ていた校長が乗る魔法のじゅうたんの上に落とされたらしい。
「いててて……あれ?生きてる」
「大丈夫か?ここが樹の上とはいえまさか飛び出して行くとは……」
『た、助かった〜……ありがとう!校長先生!』
まさかの行動に苦笑気味で巡達に応えつつ、彼らが乗る魔法のじゅうたんは、土煙と轟音が起きたとある島の方へと飛んでいく。
その最中、箒に乗った3人の魔法使い達が、巡達の方に向かって飛んでくる。
「こーちょーせんせー!!」
「何かあったんですか!?きゃあ!?」
「おお、君たちは……!」
「あれなんか一人落ちかけてなかった?」
「お、落ちてないし!!」
巡と同い年くらいの少女達だろうか。一人は箒にテディベアの様なぬいぐるみを乗せている。若干一人ブレーキが間に合わずに通り過ぎて箒から落ちかけていたが、本人が落ちてないと言うから落ちてはいないらしい。
「あれ?あなたはだあれ?」
「ナシマホウ界の人、かしら?迷い込んでしまったの?」
「そうなの!?私、朝日奈みらいっていうの!こっちはリコとはーちゃんとモフルン!あなたは?」
「あたしは繋巡。君たちもさっき聞こえてきた音の方に向かってるの?」
「そうモフ!」
「なるほど……」
テディベアが喋ったことに何も驚いていないあたり、ここは魔法界だから喋らないものが喋るのは当たり前と思ってるのか、単にいつもの巡らしいだけなのかはともかく、彼女達も目的地は一緒のようだ。
しばらく飛んでいると、轟音が響いてきた場所が近づいてくる。見たところ被害は少々地面が抉れているだけらしい。その場所に着地しようとしたところ、彼女達の前に黒い影がぬるりと現れる。
『ヨクバールッ!!』
「えっ!?」
「うわ」
「きゃあっ!?」
ヨクバールと咆哮を上げる怪物の羽ばたきによる風圧に煽られ、巡たちは大きく吹き飛ばされてしまう。校長やはーちゃんと呼ばれた桃色の髪の少女ははすぐに体勢を立て直して飛び、みらいとモフルン、リコはすぐに助けられる。
一方、風圧でじゅうたんから落とされた巡ははーちゃんに手を伸ばされるも、怪物のから伸びた蔓の様な器官に捕まり、怪物の胴体部分で開いた扉の奥に続く空間に放り込まれてしまう。
「あ、待って〜!!」
「はーちゃん!!」
「校長先生は隠れてください!」
「君たち、気をつけるんじゃぞ!」
放り込まれた巡を追いかけ、はーちゃんもまたその空間へと飛び込んでいく。二人が入ってしまった後、扉は再び固く閉じられてしまう。
校長を安全な場所に隠れてもらうように言って別れた後、みらいとリコとモフルンは怪物と対峙する。
「リコ!」
「ええ!」
「行くモフ!」
みらいとリコが手を繋ぐと、二人が持つ首に下げていたダイヤのリンクルストーンが光を放つ。
「「キュアップ・ラパパ!ダイヤ!」」
リンクルストーンは一つになり、モフルンの首のリボンにハマり、輝きはさらに強くなる。
「「ミラクル・マジカル・ジュエリーレ!」」
ダイヤモンドの永遠の輝きが、二人の姿をプリキュアの姿へと変えてゆく。
「ふたりの奇跡!キュアミラクル!」
「ふたりの魔法!キュアマジカル!」
「「魔法つかいプリキュア!」」
「はーちゃんと巡ちゃんをどこにやったの!!」
『ヨクッ!?』
ミラクルとマジカルの拳が怪物の胴部分に決まり、怪物は吹き飛ばされる。しかし、扉が開くことはない。怪物も応戦して二人をあの空間に閉じ込めようとするが、華麗に避けられて捕まえられない。
「大丈夫だよ。二人は今、ヨクバールの中に広がる空間にいるの」
「……え?」
怪物の頭上に浮かぶ少女の声に、二人の動きが止まる。その声は、自分たちがよく知っているはずの声だったのだ。見上げるとそこにいたのは、黒いコスチュームと虚ろな紅い瞳のプリキュア────
「え、えぇぇ!?」
「こ、こんなことってあるの……!?」
その姿を見たミラクルとマジカルは、それぞれ驚きの声をあげる。
「別の世界だけど、リコの顔が見れて嬉しいな♪やっぱり来てよかった!」
その黒い少女は、キュアミラクルとほぼ一緒の姿をしていたのだ。
彼女の名前はダークネスミラクル。今までの闇の使者同様、巡が持つステフォンを取り戻すために現れた“闇の使者”である。
続く…
次回更新日:6月2日(日)