「────それで、言わなきゃならないことって、なんですか……?」
ここはネオフュージョンの世界。闇の使者達が根城とする漆黒の城の大広間。
呑気にお菓子やら飲み物をテーブルに広げつつ、現在他の世界へと飛んでいる一人を除いた全員が、ブラックによって招集されていた。
「ええ。……とても大事なこと、なんだけど……」
「?」
真剣な顔でハートに問われたものだから、ブラックは思わず言葉を詰まらせる。
今から彼女の口から語られようとしていることは、自分たちが今まで隠していた大事な話であり、かつての話である。まだ自分たちが『プリキュア』だった時の話。あの世界が『崩壊』してしまった時の話。自分たちがなぜ『闇の使者』となった理由に大きく関わる話。
いざ話そうとすると、どこから話せばいいのか、そしてこの話をして彼女達は悲しんでしまうという躊躇する心が、喉まで出かかっている言葉を奥に押し込もうとする。
やっぱり言えない。だけど、言わなければ何も始まらない。すでに色々と知っているドリームが、「大丈夫」と安心させるように小さく頷く。
「今まで……今まで、私がステフォンを欲してる理由を言っていなくて……それを、言わなきゃいけなくなったの」
「す、ステフォン……!?」
「やっと……教えてくれるんだね」
闇の使者達は一瞬だけざわついたがすぐに落ち着き、真剣な顔でブラックに続きを促す。自分たちだって、いつか教えると言われてきたのだ。彼女の口からどんなことが話されようとも受け入れる覚悟はできている。
自分が思うよりも彼女達は頼もしいんだなと思いながら、ブラックは震える口から静かに話し始めた。
第23話:衝撃告白!?消えた記憶のヒミツ
「────……!……ぐるってば!巡っ!」
「……ん」
プロトラブリーの声が耳に入ってきていることに気づき、10分程度の気絶から巡の意識がゆっくりと現実へと浮上する。全身への鈍い痛みと共に、彼女の瞼が震えながらゆっくりと開かれていく。
「ラブリー……あれ……何が起きて……」
「欠片の中の世界に放り込まれたんだよ、私たち」
「欠片の中……うぅ、思い出してきたかも」
なんとか完全に覚醒した巡が、ゆっくりと上体を起こす。
確かこうなる前、巡はステフォンの導きにより、『ふたりはプリキュアSplash☆Star』の世界へ訪れていた。大空の樹の近くに降り立った束の間、闇の使者であるダークネスブルームとの戦闘に巻き込まれてしまった。必殺技を気合いで弾かれ、自分は体力を消耗して逃げることができず、欠片の奥に続くおかしな空間にプロトラブリー共々放り込まれてしまい、今に至る。
周囲を見渡すと、全てが灰色で構成された、砂と岩石と地層だらけの荒野のど真ん中にぶっ倒れていたことを知る。空すらも黒く厚い雲に覆われて、その本来の色を見失ってしまっている。
この空間に似た景色を、巡は知っている。それを確信づけるように、目の前には水晶の柱が伸びている。
「ここは……」
「ここって、他のプリキュア達が集まってくる前のあの場所っぽいような……」
「え?」
そこは、かつて何かがあって『崩壊』を迎えたプリキュア達の世界とほぼ同じ場所。まだ誰もここへ辿り着いていない時のかつての姿とどこか似ているような気がする。
違うのは、水晶の柱が一本だけというのと、その中には自分たち以外は誰もいないこと。
「どこかに、出口があるのかな?」
「それに闇の使者の姿も見当たらないし……」
「呼んだ〜?」
そんな会話を交わしながら歩き出そうとすると、巡の視界に突如ダークネスブルームが現れて身構える。しかしステフォンは元の場所に落としてしまったために、今のところ対抗できる手段がない。
「そんな身構えないでよ。ただお話ししたいだけなのに……」
「お話て……あたし今呑気に話してる場合じゃないんだけど……」
「うーん、それ君が言えることなのかな?」
「……???」
「あーだめだ巡がわかってない!」
言葉通りの意味なのだが、巡の呑気っぷりは闇の使者の中でも有名な話のようで、ブルームが若干困惑した様子で首を傾げる。しかし巡には自覚がないので、彼女も一緒に首を若干傾げるだけ。わずかに緩んでしまった空気に、流石のプロトラブリーも突っ込まざるを得ない。
「……一応聞くけど、お話ししたいとは一体どういう風の吹きまわしで……」
「まあまあ、そんなに警戒しないでよ。そっちのラブリーにも関わる話なのに」
「わ、私に……?」
突然名前で呼ばれ、巡の肩に乗っかっていたプロトラブリーが驚いて彼女の方を見る。目の前の闇の使者は笑顔を崩さない。
「二人はさ、私たちがステフォンを狙っている理由を、私が話せるって言ったら、詳しく知りたいって思う?」
「……!」
「それは、一体どういう……」
その言葉に、二人の目が見開かれる。
今まで知らなかったこと。ほとんどの闇の使者達がブラックから教えられていなかったこと。中にいたプロトキュア達でさえも知らなかったこと。……おそらく、彼女達の中では失っている記憶が一番多いラブリーが、一番知りたかったこと。
彼女の表情からして、今の発言に裏の目的はなさそうだ。多分本当にそれを話に来ただけらしい。
罠かもしれないが、実際それを知れば彼女達の行動原理やら何やらがわかるチャンスでもある。巡はごくりと息を呑み、彼女の言葉に応える。
「……具体的にどんな感じなのそれは」
「め、巡!?」
「大丈夫。嘘とか罠かもしれないけど……もしかすると、ラブリーが思い出せないこともちゃんとわかるかも知れない……。それに、ラブリーたちに何があってもあたしが守るよ」
「私の、記憶……」
「も〜、何もしないって言ってるじゃん……でも、これでようやく話せるね」
いや〜向こうで色々あって知ってること全部話さなきゃならなくなっちゃってと笑って茶化すものの、すぐにすんと真面目な顔で深呼吸をする。
「────君が持っているステフォンのせいで、私たちがいたはずの世界もみんなも、”全部”壊されちゃったんだよね」
「……え?」
二人的には『崩壊』って言えばいいのかな?と首を傾げているが、そんな呑気に話している場合ではない。今、とんでもない事実が彼女の口から飛び出した。
凝視しながら続きを促す巡たちを見ながら、どこか懐かしむように、どこか悲しげに、ダークネスブルームは、かつて自分たちがいたはずの世界についてを語り始めた────
────これは、闇の使者達がまだ“プリキュア”だと名乗れた頃のこと。あの世界が『崩壊』する直前の頃。
その時は、唐突に訪れた。
「かは……っ」
「……」
光のリボンで首を窒息しない程度に強く掴まれ脳に酸素が回らず、気を失ったミルキィローズが、ある人物によって上空から落とされる。戦士は抵抗できるほどの体力はなかったようで、重力のままに固く冷たい砂と石の地面に向かって墜落する。
その下では、すでにある人物によって満身創痍の状態までに抵抗し倒れてしまった仲間達が数人いる。その中にはムーンライトやエースにフェリーチェなど、プリキュアの中でも特に強力な仲間達も意識を一時的に手放してしまったのか、動く様子が見られない。
「……」
「……え?」
ラブリーが、この惨状を生み出したある人物の方を凝視する。
淡い桜色がかった白く長い髪を風に揺らし、神々しさと美しさが混在した戦女神のようなコスチューム、いつもは冷静にゆらめいているはずの桃色の瞳は、無慈悲な赤に染まっている。
そして、腰に揺れるステフォンからは、明らかにおかしな量の光の力を放出して彼女へ過剰とも言えるほどの光の力を送っている。
ただならぬ気配を感じて、まだ立ち上がれる仲間達が一斉に構える。
「どう、して……?」
「一体、
明らかに様子のおかしい彼女は一瞬にして困惑するマーチの元に現れ、光を纏った拳をぶち当てようと振りかざす。すかさず気づいたビューティがマーチと共に拳を受け止めようとするが、圧倒的なパワーの差に一瞬にして打ち破られ、遠くの方に吹き飛ばされてしまう。
「マーチ!ビューティ!」
「あれ絶対あかんやつとちゃうんか!?」
「まるで正気じゃないような……!」
「……っ、ごめん、■■■■■■!」
味方同士のぶつかり合いは避けられないとすぐに理解し、苦渋の決断でダイヤモンドがトゥインクル・ダイヤモンドを放ち、彼女の動きを封じようとする。
しかし、彼女の周囲に魔法陣が複数出現し、そこから周辺にいるプリキュア達を薙ぎ払うように、真っ白なレーザー光線が放たれる。
「……!?」
「このままじゃ、みんな■■■■■■にやられてしまうわ!」
「でもどうしてあの子がこんな酷いことを!?」
「そんなのわかるわけないじゃない!」
「本当は嫌だけど……あの子を止めるためにも……!」
吹き飛ばされたプリキュア達が互いに手を取り合い、立ち上がる。目の前のあの子がどうしてしまったのかはともかく、このままでは本当にまずいと命の危機を本能的に察知し、必殺技を放とうと力を溜める。
『はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』
黒白の雷撃が、黄金と白銀の精霊の光が、ピンク色の光の光線が、ハートのエネルギー弾が、こんな異常事態の中でも立ちあがろうとする仲間達の固い意志が光となって、突然攻撃し出したあの子を止めるためにぶつかろうとする。
「……」
あの子は、自身の周りに光のバリアを張り、立ち向かうプリキュア達の光を完全にシャットアウトする。そしてバリアは、彼女達の光を跳ね返すように膨張し、大きな大爆発を引き起こす。
プリキュア達は、悲鳴を上げる間もなく光の爆発に巻き込まれてしまった。
「……え……?」
爆発が収まり、ラブリーがはじめに目を覚ます。
そして彼女はただ、目の前の惨状をただ茫然と見回すことしかできなかった。
視線の先には、神々しい光のオーラを纏ったあの子。
彼女が立つ地面には、先ほどの爆発に飲まれてボロボロになってしまい、立ち上がることも難しいほどにまで追い詰められてしまった仲間達が倒れている。
「なん、で……?」
あの子に対する違和感から、ラブリーは問いかける。
あの子は『こんなこと』をしないはずなのに。仲間だと思っていたのに。一体何が、彼女にこんな酷いことをさせていると言うのか。
「……」
「どうして、こんな……」
「……」
「ね、ねえ!■■■■■■!答えてよ!!」
「……っ」
あの子は何も答えない。何も答えはしないが、先ほどまでの無表情は何処へやら、ほんのわずかに苦しげな様子を顔に浮かべている。
少しして、また表情が消えて、ゆっくりと口を開く。
「……、壊さなきゃいけない……それが、私の
「■■■■■■……!」
「プリキュアも…世界も……私が、壊さないと……」
『そう。それが貴様の役目だ……』
まるで思ってもいないことを言わされているような言葉に驚いていると、あの子の影からぼんやりと黒いものが現れ、まとわりつくように姿を見せる。
「あな、たは……まさか」
『さあ、異世界の戦士よ。我のために、その力でプリキュアを、世界を壊すのだ……』
「……」
「ふざけんじゃ、ないわよ……!」
ブラックが、ゆっくりと立ち上がる。彼女に続いて、ボロボロになりながらも痛みに堪えながら、仲間の手を借りながら、目の前のあの子と、あの子を煽る黒い影に立ち向かおうと再起する。
あの黒い影が原因というより、この仲間割れに近い異常な状況を愉しんでいるようにも見える。
「あんたなんかに……世界を壊されて、たまるもんですか…!!」
「■■■■■■!しっかりして!私たちのことがわからないの!?」
「……っ、プリ、キュア……」
仲間達の呼びかけも応じることはなく、上空に光のエネルギー弾を大量に展開している。
いつの間にか、あの黒い影は消えている。逃げられてしまったらしい。
ふとラブリーは足元で何かを見つける。指輪のようなガラスのリングは、もともとあの子がつけていた大切なもの。それがなければ、ステフォンに宿る強い力を制御できずにあの子自身が壊れてしまう────
自分の中で全てが繋がったのだろう。ラブリーはリングを持って、あの木の下へ走り出す。
「ラブリー!!」
プリンセス達の悲鳴も、あの子から降り注がれる光の弾丸の雨も、全て振り切って、あの子の元へ全力で走り抜ける。
「■■■■■■…■■■!!!!」
「……!!」
ラブリーが叫んだあの子本来の名前に、一瞬だけ目を見開いた。まだ自身の意識はあるようだが、力に振り回されてラブリーを確実に狙っている。
「はな、せ……!」
「いやだ!絶対に離さないよ!」
「……っ」
光で形成された光の拳銃から放たれる光の弾丸が、飛びついて止めようとするラブリーの体を穿つ。完全に体を貫いていないはずなのに、弾丸が一発当たるごとに彼女の体が衝撃と激痛で震えるのが妙に生々しい。
「なぜ、止める……世界のためか……」
「違うよ……■■■に、そんなことさせたくないもん……!」
「違う……私の役目は……」
「あなたの力は……あなたが持ったその力は、そんなことのためのものじゃない……!それは一番、あなたが分かってるはずなのに……っ」
「……ぁ」
「あなただって、本当は、やりたくないんじゃないかな……?私たちと……友達と戦うことも、世界を壊すことも……!」
あの子が展開した大量の光のエネルギー弾から、明らかに飽和量のレーザー光線が降り注ごうとしている。この無慈悲な光の雨が全て当たってしまえば、私たちは今度こそ再起不能になる。
もう、誰にも止められない。
「……っ!」
あの子が誰にも聞き取れない声でラブリーにささやいた。その次の言葉を聞いたであろう次の瞬間、あの子を止めようとしたラブリーの急所に彼女が放った弾丸が何発も被弾した分のダメージが限界を迎え、彼女は糸が切れるように崩れ落ちた。
そして、無慈悲な光が地上を全て焼き尽くすかのように降り注いだ。誰かの悲鳴と、轟音だけが、誰かの耳を劈いている。
『誰も世界を救えなかった』という事実と共に、全てが白い光に飲まれて、世界は、暗転していった。
「……え?」
「……っ!?」
「……私が覚えていることは、それくらいだよ。あの爆発に巻き込まれて、気づいたら私たちは、ネオフュージョンに“闇の使者”の体を与えられた……それで、ネオフュージョンから聞いたっていうブラックに言われたの。『ステフォンがあればあの世界を元に戻せるかも』って」
「待って待って待ってちょっと待って」
ダークネスブルブームが締めようとするが、巡が待ったをかける。
別に巡は、彼女達が話た『真実』にあれこれ言うつもりはない。どこか辛そうに話す様子からして、あの話に嘘はないとはすぐにわかる。まあまあ辻褄も合うし、ダークネスブラックの『世界を元に戻す』という理由にも納得がいく。だがしかし待ってほしい。
「そんな、ことが……」
「ラブリーは、思い出した?」
「……ううん。でも……」
記憶を失っているラブリーはどこか困惑して、どこかそんな感じがしているような雰囲気で、思い詰めたような様子を見せている。
「でも……私、知らない……そんなこと、思い出せない、のに……どうして、こんなに震えちゃうんだろう……」
「これはただの予想だけど、あいつの攻撃を受け続けて事切れたように倒れた時に、あまりのショックで記憶を飛ばしちゃったんじゃないかって」
「え、えぇ……!?」
確かに、彼女の話からするに、あの世界のラブリーことプロトラブリーは、ステフォンの力を制御できずに暴走した元の持ち主によって致命傷を負わされているような感じがした。それに、ショッキングな出来事やストレスによって記憶を失うという話もどこかで聞いたことがある。あり得ない話ではない。
「ステフォンには、世界を変えるほどの力があるって、あの人は言ってた。だから私たちは、元々いた世界を元に戻すために、あなたからステフォンを狙ってるの」
「……そう、か……そうきたかぁ……」
闇の使者側も真っ当な理由で、ステフォンを取り戻そうとしていることがわかった。
それがわかったのはいいが、それとこれで無理やり狙う必要がないと感じてしまう。それに、なぜ彼女達がネオフュージョンと手を組んでいくのかも有耶無耶にされているような気がするのだ。
「あなたの言うとおり……君たちの世界は、随分な悲劇に見舞われたようだけど……それとあたしに、一体何の関係があるの?ただステフォンが欲しいだけなら、ネオフュージョンと一緒にいたり、戦わなくたってもっと良い方法が────」
「違うよ」
きっと彼女は、巡の動揺を狙っているのだろう。真実を話し、同情を誘った上で本題の目的を達成する。心優しい人であれば引っ掛けやすい典型的な説得のテクニックだ。
しかし、巡だってその世界をステフォンの中のプリキュアたちのために救おうとしているのだ。いくら向こうが手のひらを返して下手に出たとしても、この決意と想いだけは譲れない。
絶対に引いてやるもんかという揺るぎない意思を見せる巡に対し、ダークネスブルームは困ったような笑顔を浮かべて、こんな一言を投げかけた。
「私はね、あなたに、大切なものを失ってほしくないなって思うの」
「……え」
思わぬ言葉に、巡は虚を突かれて彼女の顔を見上げる。
「そりゃあ、今まであなたが出会ってきた私の仲間には理由を知らせてないから、あなたにとっての私たちは、ステフォンを狙ってくるただの悪い人たちにしか見えないけどさ……」
「……」
「元の持ち主も、いなくなったみんなも、私たちも、そのステフォンのせいで守りたいものも守れなかったから……、大切なものを無くしてしまったから……。あなたには、そうなって欲しくないなって」
本当に悲しそうな顔で彼女がそう言うのだから、巡もいよいよ困惑してしまう。だってその発言は、
ブラック同様に、ある程度のことを知っているからこそ抱いていたその言葉は、巡の心を確実に動揺させた。
「ラブリーだって、友達が何もかも壊した悪い奴呼ばわりされるのは嫌でしょ?」
「う……でも……そしたら、私が唯一覚えてたことは……」
「それはラブリー次第でしょ。ブラックが知らないなら向こうが記憶失ってることもあり得るし……だからさ、」
「っ」
「め、巡!」
いつの間にか巡はダークネスブルームによって水晶の柱の壁に押し付けられ、両腕を拘束されてしまう。マゼンダの瞳を映す虚ろな紅い瞳には、冷たい敵意よりもこちらへの憐れみの色が強く滲み出している。それがかえって、彼女の中の底知れぬ不気味さと揺るがない絶対的な想いを際立たせ、巡を優位に立たせてくれない。
いや、違う。巡は今の言葉のせいで、柄にもなく心が揺れ動きかけている。これこそ、このままステフォンを持ち続けていいのだろうかという根本的な問題に関わっているのだから。
「あなたのためにも、ステフォンをブラックに渡してくれないかなぁ?」
「……っ、それ、は」
「あなただって、壊したくないものはたくさんあるでしょ?」
「……」
自身に向けられる慈悲ある哀しげな眼差しが異様に恐ろしく見える。このままでは、本当に彼女の言う通りにステフォンを渡してしまうだろう。
その時、ダークネスブルームの背後で異様な物音が聞こえてきた。何かが無理やり破かれて、裂けていくようなおかしな異音。
「な、何?」
「……!」
振り向いて、巡の両腕の拘束がわずかに緩む。
振り向いた先で、空間の裂け目らしき不思議な何かが、この空間に作り出されていた。外部から干渉されたそれは、絹を裂く様な音と共にゆっくりと広がっていく。
「か、硬い……!!」
「でも……後少しで開きそう……!」
「き、気合いだぁ……っ!!!」
少しづつ開かれていく空間の裂け目から、外の光が差し込まれる。その奥から、2人分の影と数人の二頭身の精霊達の姿も見えてくる。
裂け目が大きく開き、向こうの世界が元いた場所の景色があらわになる。
「……!いた!巡ちゃん!」
「……みんな」
裂け目を開いたのは、あの世界にいるプリキュアであるキュアブルームとキュアイーグレット。そして、あちらに落としたままのステフォンから飛び出してきたプロトキュア達だった。
巡とラブリーを閉じ込めた欠片にある裂け目を強引にこじ開け、巡がいる場所を見つけ出した様だった。
外で自分たちを助け出そうとしたプロトキュア達の姿を見て、巡の心の揺らぎは急速に収まる。
────渡しちゃいけない。ラブリーを、彼女達を守るためにも、そう簡単にこの力を渡してはならない。使いようで天使にも悪魔にもなりうる
「……え?」
「ちょっとごめんよ」
まさか開けられたとは思わず、振り向いたままフリーズしたダークネスブルームを振り解き、巡は狼狽えたままのラブリーを抱え、出口の方へと走り出す。
巡の方へと手を伸ばす二人のプリキュアは、その向こうにいた闇の使者の虚ろな紅い瞳と目が合って驚く。
「ぶ、ブルームが、もう一人……?!」
「なんで……!?じゃ、じゃなくて、大丈夫!?」
「そのまま伸ばしてて!」
伸ばされた腕を掴んだ巡はそのまま外側へ引っ張り込まれ、元の世界へと戻ってきた。
巡を逃がされた欠片は、彼女がいなくなるや否やすぐさま裂け目を閉ざし、そのままどこかへといなくなっていった。闇の使者ごとどこかへ逃げられてしまったらしい。
この世界における本来の自分とその相方を目撃して、今の彼女はどんな気持ちだったんだろうと考えるまもなく、巡が四つん這いになって倒れ込む。あの緊張感と妙な優しさから解放され、どっと疲労感が彼女のみに襲いかかってきたのだ。
「た、助かった……」
「大丈夫!?」
「あたしはなんとか……でも……」
巡はブルーム達に話しかけられて自身の無事を告げるものの、その顔はどこか硬い。硬いと言うより、どこか気まずそうにも見えた。また、巡の肩に捕まっていたプロトラブリーも、どこか傷ついたような暗い表情を浮かべ、何も話せずにいる。
「……巡?」
「いやぁ、これは……ちょっと重大すぎるのでは」
「……一体、ブルームに何を話されたの?」
「あー……さては君何かを察してるね……?」
確実に何かを知っているプロトドリームに深刻そうな様子で話しかけられ、巡は珍しく頭を抱え、曖昧に返した。
空は、いつの間にか雨が降り出しそうな灰色の雲に覆われている。
────ステフォンに想いを、壊れた世界に私たちが集まれば、世界を変えることができるかもしれないんだ……!
あいつの声を耳にしたような気がして、意識がゆっくりと水面へと浮かんでくる。今の声は、どこから聞こえてきたのだろう。
『そこにいたか……』
「……っ!!」
考えている最中に別の方から聞こえた声に邪魔をされ、世界の狭間で彷徨っていた魂だけの黒いプリキュアが、地鳴りの様な低い声を耳にしてようやく目を覚ます。目の前にいたのは、かつて敵対していたはずのネオフュージョン。
「あんたは……っ!!」
『どうやらあの壊れた世界のプリキュアの様だな……肉体がないままでは自由に動くこともできんだろう?』
「……っ!!」
ネオフュージョンに挑発され、黒いプリキュアは殴りかからん勢いで睨みつける。しかし奴の言葉通り、肉体と離れてしまった以上、奴に対抗できる手段が何もない。
『ステフォンと言ったか……それは、世界を作り変えるほどの力を持っているようだな……素晴らしい……』
「……!なんであんたが……!あれには……」
『その力があれば、貴様がいたはずの世界を戻せるかもしれんのだろう……?』
「世界を、元に……」
先ほどの声を解釈するならそういうことになる。ネオフュージョンも言葉の意味を理解していたようだ。しかし、自分の体がなければ、一生狭間で彷徨うことになる。奴はそれを嗤いにわざわざここまできたのだろうか。
しかし奴は、彼女の予想とは反する言葉を投げかける。
『我が貴様に“仮の器”を貸し与えてやれば、ステフォン探しも多少は楽になるだろう……』
「……は?」
『無論、タダで貸すわけにはいかん。貴様には我と共に世界を暗闇に染め上げる義務がある……』
「そんな……アンタの言うことなんか誰が……っ!!」
『もし器が欲しいと言うなら、貴様の仲間の分も与えてやることもできるのだぞ……』
「……は?」
ネオフュージョンが掴む大きな紅いクリスタルの中に、10個ほどの光の玉が────仲間達の魂が閉じ込められていた。この中に、■■■や■■■の気配は感じられない。けれど、同じ世界のプリキュアの誰かだと言うことはすぐにわかる。
「……っ!?どうして、アンタが……!!」
『まさかこの狭間の空間に漂っているとは思わなかったが……貴様が承諾しなければ、此奴らがどうなるか……』
「……」
下卑た笑いをこぼしながら、黒いプリキュアを追い詰める。ほぼ脅し・人質宣言に近いそれに、拒否権なんてものはない。そこに■■■がいないのは悲しいけれど、それよりも奴に捕えられてしまった彼女達の魂を見逃すこともできない。
黒いプリキュアは散々迷った挙句、覚悟を決めた。
「……わかったわ。けど、他の子達をアンタの悪事に巻き込んだら、絶対に許さないんだから」
『そうだ、それでいい……』
「……っ!!」
ネオフュージョンの肉体が液状化し、視界は真っ暗に染め上げられる。
次の瞬間、自分はどこかの部屋の中にいた。奴によって転送させられたんだろう。
周囲には、11人の仲間達がベッドやら床やらで眠っている。ネオフュージョンの手の中にはいなかった子もいる。しかし、彼女達の姿は黒いプリキュアが見慣れたものではなく、本来のコスチュームをベースとした黒いものになっている。胸やヘアアクセには、鮮血のような紅いクリスタルが不気味に煌めいている。
「……っ」
鏡に映る自身の姿も変わっていた。久しぶりに見た腹部を見せたのコスチュームに、背中に生える一対の黒い蝙蝠のような翼。不気味に光る虚ろな紅い瞳……。これでは光の使者ならぬ“闇の使者”ではないか。
『他の者はいずれ目を覚ますだろう……魂を入れただけだが無理もない。強い力に揉まれ、目覚められるほどの体力も残っていないのだからな……』
「……趣味悪いわね……」
嫌味で言った言葉に、ネオフュージョンは嫌な笑みをこぼす。
『このまま貴様も、世界を暗闇に染め上げるための一端を担えばさらにいいのだが……』
「言っておくけど、私は別に、あんたに協力するわけじゃない。私は私の目的のために、ステフォンを探すの」
『分かっておる……しかし、手がかりがなければ何も始まらんだろう……』
「……」
黙り込む黒いプリキュアを、ネオフュージョンは煽るように覗き込む。
『後に目覚める奴らには手を出さんし、ステフォンとやらを探し出す手助け
「……!」
『どうした?仲間を助けたいのだろう?仲間には傷ついてほしくないだろう?』
「……っ、わかった。……イマイチあんたを信用できないけど、今は手を組むしかないようね。……あの世界を、元に戻すためにも……」
そうして黒いプリキュアは────ダークネスブラックは、最初の闇の使者は、本来の世界を元に戻すため、仲間達のために、ネオフュージョンの下につくことになったのだ。
「そ、そんなことが……」
「『崩壊』の原因がステフォンとその持ち主で、それを元に戻すことができるかもしれないのがステフォンで……」
「……黙っててごめん」
「い、いやいや!!ブラックが謝ることじゃないじゃん!!」
闇の使者達は、いつになく暗い顔のブラックに対してこれ以上落ち込むなと言いたげに言葉をかける。彼女達は、隠された話を聞いたというのにほぼ冷静にそれを受け入れていた。
「話してくれたおかげで、ステフォンがとっても重要なものだってわかったし、コンプリートにどうして狙うのって言われても答えられるね!」
「次いつ会いに行けるかは分からないけど!」
「それに、いつの間にかあたし達、ネオフュージョンの人質にされてたんだね……それは初耳……」
「ドリームも知らなかったの!?」
「も〜、ブラックをこき使う上に、逃げられないようにするなんて最低!」
「全部終わったら、今度はあいつをどうにかしに行かないと!」
「話してくれてありがとう、ブラック!」
「みん、な……」
当初ブラックは、全てを話したら彼女達に悲しまれるかもと思っていた。しかし、目の前の彼女達はむしろ前向きに捉えている。もしかすると、ただの思い込み過ぎだったのかもしれない。
「ね?なんとかなるって言ったでしょ?」
「ドリーム……」
「……まあ、それはそれとして……」
「……え?」
メロディの音頭と共に、闇の使者数人が立ち上がってブラックとドリームを囲む。笑顔だが、どこか怖い雰囲気を纏わせている。
「とりあえず抱え込み過ぎだよ二人とも〜!!」
「私たちいるんですから休んでくださーい!!」
「うぐっ」
「うわわっ!?あたしも!?」
「当たり前だよ!!!」
「というかブルームいなくない??まだ帰ってきてないんだっけ」
「帰ってきたらやろう!」
と、真実の開示よりも、裏で色々と抱え込みすぎという心配からの怒りにより、全部を知っているブラックと、彼女の話をある程度聞いて黙っていたドリームは後輩達に襲われ、髪の毛が乱れるほどに撫でられたり抱きつかれたりともみくちゃにされる。
ここまでどんちゃん騒ぎみたいなことになるのは久しぶりで、困惑しつつも嫌な気はしていない。
「……あれ?ラブリー?」
「……」
そんな様子を微笑ましいと思いながらフローラが巻き込まれないように見ていたが、ふと考え込んでいる様子のラブリーを見て首を傾げる。
「……あ、ごめん……少しぼーっとしてた」
「だ、大丈夫……?」
「うん……私たちもいこっか」
「は、はい!」
『めぐみ……せめて、君の心だけでも────』
『■■■!待って────』
(なんだろう……この、何かが足りない感じも、今の記憶も……)
ラブリーの脳内で流れたのは、悲しさを隠しきれない笑顔でステフォンの画面を向ける、あの白い少女の姿。
ブラック達が言ったのだから、あの世界や自分たちに起きたことはほぼ間違いない。そのはずなのに、ダークネスラブリーは不思議な欠落感を僅かに抱えながら、みんなが集まっている方へと歩いて行った。
続く…
次回更新日:6月22日(土)
次回、どうするコンプリート