「────っ!」
目を覚ますと最初に視界に飛び込んできたのは、知らない真っ黒な天井。頭と体が岩のように重く、動かすのもやっとなくらいには具合が悪い。
「ここ、は……」
起き上がって、自身が身にまとっている服に違和感を覚える。コスチュームが、黒く染まっている。
隣を見れば、ベッドの上で眠る他の仲間達の姿がいた。相方の姿は、どこにもいない。起こそうとしても、目覚める気配がない。
ガタリ。部屋の奥で物音がした。誰かが乱雑に床に座り込んだような、倒れたような音。
ベッドから降りて、妙に重い体を引き摺りながら、仲間達が眠る部屋から出る。壁に手をつきながら、物音がした方へと歩き出す。
廊下を進んで、階段を上がり、また廊下を進んでいくと、誰かが壁際に座り込んでいる人影を奥の方で発見する。あれは、誰だ。
「……?」
人影はうずくまっており、その背中には黒い翼が生えている。知っている姿のはずなのに、どうしても頭の中で思い浮かんで来る人物と全く結びついてくれない。
自分が静かに近づいていると、その人物は自分の気配に気づいてガバリを顔を上げた。その顔を見て、ようやく自分の中であの人の顔が一致した。
「……っ!?」
「ぶ、ブラック……?」
久しぶりに見た気がするあの人は────
「ブラック、だよね……?ここは、どこなの……?私たち、何でこんな姿に……」
「……ぁ」
「……って、えぇぇ!?」
起きてすぐ自分たちが置かれている状況を理解できずに混乱する自分を差し置いて、ブラックのその目から、雫がボロボロと溢れ出した。
相当精神が磨耗していたのはすぐにわかり、自分は彼女の元に駆け寄り視線を合わせるために屈む。
「ぅ、ぅ゛ぅぅ……」
「ブラック……」
漏れ出しそうな嗚咽を堪えきれずに、彼女はとうとう泣き出してしまう。自分が知っているはずのあの人の姿はどこにもない。あの時の彼女は、精神的な傷を抱えてどうにもできずに放置してしまった孤独なただの少女そのものだった。
この状態では話すこともままならず、抱きしめ、震える背中を優しくさすりながらしばらく彼女を落ち着かせていたことを、今でもよく覚えている。
「……はあ。この世界の私たちと目が合ったせいか、余計なこと思い出しちゃった」
大空の樹の背後で、ダークネスブルームは一旦休憩していた。
巡達には自分たちが知っている『過去』のことを話して、もう少しで彼女を説得できそうなところだったのだが、邪魔が入ったせいで叶わなかった。しかしステフォンのことも諦めきれず、こうして向こうの体力が回復するまでは自分も待機しているところだった。
そんな中で、自分が目覚めた時のことがふと思い浮かんできたようだった。
「大変だったなあ、本当……」
自分が目覚めた時にはすでに、ブラックはかつてのプリキュアとしての彼女から相当変わり果ててしまっていた。
笑ったところはほとんど見せてくれなくなったし、例のネオフュージョンの悪事みたいに、勝手にいろんなものを背負い込んでしまうようになった。今でこそ自分やドリームも知っているし、今頃他の仲間達にも色々話せることは話している。あの人は過去に自分たちまでかつてのことを教えるつもりがなかったらしいのだから。
自分が目覚めるまでに、あの人は一体、どれほどの業を背負い込んでしまったのだろう。
あの時の涙は、きっとようやく一人ではなくなるという安心感と、自分たちにまで業を背負わせてしまうという罪悪感が、向けられた憎悪や敵対心によってすり減ってしまった精神を押し潰してしまったことによる、一種の精神崩壊に近かったのかもしれない。
要はあの時から、あの人の心はもう限界だったのだ。もっと自分が早く目覚めていれば、あの人はまだ壊れずに済んだのかもしれない。
「なるべく戦いたくないのはこっちもだよ……あ、雨だ」
空を見上げると、雨粒が降り出してくる。雨宿り先を探しに行こうと、ダークネスブルームはその場を離れていく。
第24話:星空の下の決意 あたしは負けない!
「う〜〜〜〜ん」
ここは『ふたりはプリキュアSplash☆Star』の世界のとある公園のブランコの上。繋巡はプリキュア達に助け出された後、少しだけ頭の中を整理するためにステフォンとプロトキュア達を連れて腰掛けている。
彼女は、闇の使者やプロトキュア達が見ていたであろう過去の記憶とステフォンを狙う理由を聞いてから、じゃあ自分はどうすればいいかを考えていた。
戦う意味はないけど、戦う以外の方法はない。巡の中では、あの悲惨な過去を聞いてもなお引っ掛かっていることがあった。それをラブリー達プロトキュアに伝えたいのだが、彼女達はどうもそれどころではないらしい。
『────つまりあの世界は、ステフォンの力を制御できずに暴走した元の持ち主が、壊したってこと……?』
『爆発や崩壊の理由にもちゃんとつながりますし、実際に、そうなんでしょうね……』
『……ごめんね。あたしが、もっと早く言っていればよかったのに……』
『ううん、ドリームのせいじゃないよ。ブラックが止める理由もなんとなく分かる』
「まあ、あのブラックにも色々あるんだろうね。あの後ネオフュージョンって奴に体を与えられたって言ってたし……ブラック側に何があったのかますます気になる」
『あえて何も告げなかったのは、あの人は本気で、私たちに心配されたくなかったからなんだろうな』
『私たちが目覚める前に、ブラックはネオフュージョンに何を言われたんだろう……』
プロトキュア達は元々自分たちの世界はなんらかの原因で『崩壊』していることは理解しているし、何が話されようとも全部信じる覚悟を決めていたためか、比較的冷静にその事実があったことを真正面から受け止めている。知ったことも多い分、知りたい謎も増えていた。
「……ちなみにドリーム、もう何も隠してない?」
『うぇぇ!?な、ないよ!?』
『ほ、本当にぃ!?』
『ないよ!あの世界に関してのことは、あたしが知ってる中だったらあれで全部だよ……』
(あの世界以外のことはまだありそうだなこれは)
一旦の茶化しを挟んで、問題のラブリーの方を確認する。
『……』
『ラブリー……』
おそらく一番知りたがっていたラブリーは、俯いたまま動かない。他の子達と比べて消えている記憶が多い分、それを知ったショックは計り知れない。話を聞いた分には、ラブリーは元々の持ち主の攻撃を自身の体で受けすぎて致命傷を負っている可能性が高い。
『ラブリー……大丈夫……?』
『うん、大丈夫。大丈夫、だけど……』
衝撃的だったのか、どうも気まずそうだ。心配させまいと笑顔を取り繕うが、その困惑は悲しいほどに隠しきれていない。
『受け入れなきゃって思ってるのに、やっぱり、どうしても心が追いつかなくって……』
「まあ、ラブリーに関してはそうなっても仕方ないよね……でも、今は無理しなくてもいいんじゃないかな」
『え……?』
「分からなかったら分からんで、いずれ分かる日が来ると思うよ。特に君は、思い出せていなことが多いんだから」
ずっと無理をしていると察した巡は、気が利いてなさそうな気はするが無理はするなと彼女に伝える。こういう、本人もキャパオーバーになりそうなことは時間が経つごとになんとかなるようなものだと思っている。
「……まあ、けど」
『けど……?』
ハートが問いかける中、巡は視線を上げる。その瞳に一切の翳りがない。
「けど……あたしは、ステフォン
『……え?』
巡は特にプロトキュア達と目線を合わせることなく、どこか決意を秘めたまっすぐな視線で話を続ける。
別に、あのダークネスブルームの言葉が嘘だとは全く思っていない。むしろ本当にそんなことが起きたから、彼女達は闇の使者と名乗って自分からステフォンを取り戻そうとしているのだから。
巡が気になっているのはそこではない。
「確かにステフォンには、とんでもない力が宿ってる。あたしがリングを外した時も、一時的にその力に振り回されそうになった時もあった。……けど、力は使いようで何かを守る力にもなると知った」
『……巡ちゃん、それって』
「いや、あのブルームが言ってたことは本当のことだと思うよ。だけど、少し気になることがあって……」
巡の気になることは、ステフォンの方ではなくてそれを使っていた“元々の持ち主”の方。彼女の話から察するに、彼女はステフォンに宿る力によって暴走していたような感じだった。
────どうして持ち主は暴走していたのか、リングを外して秘められた力を解放しなければならないほどの状況に置かれていたのか。
「……お?」
『あ、あれ!?雨!?』
巡の頬に、ピチャリと雫が当たる。空からは雨が降り出していた。なんなら空がいつの間にか暗くなって夜になりかけている。
「ま、まずい雨が降ってきた」
『というか、もうこんな時間なの!?』
『い、一旦どこかで雨宿りしよう!』
本格的に降り出す前にとブランコを降り、公園を出ようと走り出すが、ふと目の前に現れた人物とぶつかりそうになって立ち止まる。
「ぅおっとっとっと」
「わ!?……あー!!もしかしてさっきの!!」
転びそうになってなんとか体勢を整えていると、ぶつかりそうになった少女が持っていた傘の下にいた。その少女の顔に見覚えがある。だってその少女は、先ほど助けてくれた……
「……プリキュア……?変身は解いてるけど……」
「やっぱり!よかった、まだ外にいるのかなって思って探してたの!」
「あたしを……?おっと」
風邪ひいちゃうよと少女に────日向咲に言われて手を引かれ、雨が降る中巡はある場所へと連れ出されていく。
「そんなことがあったのね……」
「それで今色々と取り込んでて……あ、チョココロネ美味しい」
『めぐるん何があっても全然ブレないね!』
「よかった〜!うちのお店のパン、全部美味しいから巡も気にいるかな〜って」
『……あれ?話が逸れてってるような……』
ここは、咲の実家であるパン屋・ベーカリーPANPAKAパン。2階にある彼女の自室にて、巡は一旦の雨宿りをさせてもらっていた。部屋には巡と咲の他に、咲の親友であり先ほどのプリキュアである美翔舞もいる。おそらく帰宅しようとした際に雨が降り出し、雨宿りをしていたところだとう。まあまあ呑気に話を続ける巡と咲に、ステフォンの中のピーチとフローラに突っ込まれている。
時刻はいつの間にか午後6時過ぎ。そもそもこの世界に降り立った時の時間が夕方ごろだった模様。
「二人は、どうしてあの怪物と戦ってたの?」
「本来ならあのウザイナーを使役しているはずの人たちがいなくて、勝手に砂浜で暴れていたところを止めようとしてたの」
「でも、勝手に逃げられちゃうし、変な裂け目もあったし、私とよく似た顔の子と目が合っちゃったり……あの子が闇の使者って奴なの?」
『うん!……話を聞く感じ、壊された世界を元に戻すためにステフォンを探してるみたいなの』
二人は巡を助け出すときにあの闇の使者と目が合っていたようで、顔をあわせる。あの時の彼女の目は、驚きと悲壮感に満ちていて、純粋な悪役だとはとても思えなかったらしい。
『そうだ、巡!さっき言ってた気になることって?』
「ああ……。世界が壊れたのが、ステフォンの力で暴走した元々の持ち主がやったって言うけど……何で暴走してたんだろうって」
『そ、そういえば……』
ドリームに話しかけられて、巡はその気になっていたことを話す。やはり彼女が気になるのは、元々の持ち主がどうして暴走していたのかだ。
『あたし達今まで何も教えられなかったから、勝手にステフォンが何かをやったって思ってた。でも……話を聞いてたら、何か違うなっ感じがして……』
「ハッピー……」
「暴走するほどの力に頼らざるを得なかった状況だった、とか……?」
何らかの違和感は感じているものの、その正体に辿り着けないハッピーに、舞がふとそんなことを思いつく。
「直前にやばそうなものと対峙してたのかな?事が起きる前に
「その人が近くにいたら、聞けそうな気がするけど……」
『あの子は……元の持ち主は、一体どこにいっちゃったんだろう……』
『どこかに消えたと言うのは聞いているんだけど……』
悩み散らす3人とプロトキュア達。しかし、その静寂と重い空気を打ち破るように、ラブリーがばっと顔を上げる。
『……!?』
「……ど、どうしたの?」
『闇の使者の気配が……』
「こ、こんな夜に現れるの?」
プロトキュア達が感じ取ったおかしな気配で、おそらくまだこの世界にとどまっているであろうダークネスブルームのものだとすぐに察する。ステフォンを取り返したい気持ちがかなり強いらしい。話し合いで解決どころか、向こうは強行手段でも取ろうとしているのだろうか。
「……よし、ちょっとあの子にステフォンは渡せないって言いにいこうか」
『……え!?』
「さっき言ったでしょ?何が合ってもあたしが守るって」
「私たちも一緒に行っていい?」
「彼女の話を聞きたいし、この場所を、守らなきゃいけないもの」
「二人とも……!わかった、行こう!」
窓を見れば、いつの間にか雨足が止んでいたことに気づいた。
「来た来た……って、なーんだ。そっちの世界の私たちもいるんだ」
雲に覆われた夜空の下の、雨に濡れて湿った砂浜に集ったのは、3人の少女達。彼女達の視線の先には、闇の使者と彼女が従わせるネオフュージョンの欠片。
「巡から話は聞いたよ!」
「あなたに勝手なことはさせないわ!」
「ふぅん、そんなこと言っちゃうんだ」
咲と舞に啖呵を切られても特に動じることはない。むしろ彼女達よりも興味があるのは巡の方らしい。
きっと向こうは期待しているのだろう。それでも、巡の意思は揺らぐことはない。どんなに彼女達に悲惨な過去があって納得できる理由があってもなお、巡の心はすでに決まっている。
「君から話を聞いて、色々考えたんだけど……君たちにステフォンは渡せないかな」
「それは…どうして?」
「簡単だよ。何があってもラブリー達を守るって、決めたから」
「……」
「あたしには、ステフォンだけが原因で世界が『崩壊』したとは思えないし、分からないこともいくつか増えちゃったしね」
「……そっか。結局こうなるんだね」
すん、と、表情から笑顔が消える。向こうも最初は戦うつもりがなかったらしいが、その線を諦めてこちらをつぶしてから取り戻す路線に変更したようだ。
真剣な眼差しで睨むその姿は、ダークネスブラックと戦った時と似たような威圧感を感じる。しかし、それで後ずさり怖がっているほどの弱い気持ちはあいにく持ち合わせていない。
「……二人はあの怪物をお願い。あの子は、あたしが相手する」
「わかった!」
「巡さんも、無茶しないでね」
「オーケー」
変身アイテムであるクリスタルコミューンと、件のステフォンを構える。もう、迷いはない。
「「デュアル・スピリチュアル・パワー!」」
「コンプリート・ステージON!」
光に包まれた少女達が、プリキュアの姿へと変わっていく。
「輝く金の花!キュアブルーム!」
「煌めく銀の翼!キュアイーグレット!」
「「ふたりはプリキュア!」」
「聖なる泉を汚す者よ!」
「アコギな真似はおやめなさい!」
「現となりし、12の魂!キュアコンプリート!」
「え、待って、何その名乗り文句普通にかっこいい」
「……えぇぇぇ?!」
「……っ」
『だぁぁぁ!?何でこんな時に!!』
一触即発な状況でも能天気なコンプリートにプリキュアは困惑し、闇の使者は気が抜け、プロトキュアは頭を抱える。ここまでだともう彼女のブレなさを褒めるしかなくなってくる。
「呑気すぎでしょ……!」
「!!」
『CureWeapon!Happy!』
先手必勝とでもいいたげに、ダークネスブルームが精霊の力を纏った拳を振り翳しながらコンプリートの方へ飛び上がって喰らわせようとする。
一方のコンプリートも能天気発言から気を取り直し、リングを壊して翼を展開し、超低空飛行で迎え撃とうとする。リングを壊したのは、多分全力で取り掛からないとすぐに倒れてしまいそうだったからだ。
「はぁぁぁっ!」
「……!」
迫り来る拳をコンプリートは頭を下げることで回避し、その腕を掴んで後方に投げ飛ばす。
『CureWeapon!Lovely!』
『PowerCharge!Rhythm!』
追撃で動きを封じようと、コンプリートから黄色い光のリングが放たれる。投げ飛ばされたダークネスブルームはすぐに体勢を立て直し、あの光のバリアで弾き飛ばす。
「やっぱり、あのバリアを回避しないことには攻撃が当てられないか……」
「すごいね。あれだけの話を聞いても、渡してくれないんだ」
『ご、ごめんねブルーム!あれから色々考えたんだけど、やっぱりみんなのところには行けないよ!』
「あたし達はあたし達で知りたいことが増えちゃったし、……みんなのことを、何があっても守るって決めたからね」
「……っ」
『ウザイナー!!』
「!?」
プロトラブリーとコンプリートの宣言に対して諦めの入った様子で答える中、欠片が彼女の望みを代わりに叶えてやろうとでも言いたげな勢いで、コンプリートの方に手を伸ばす。しかしそれは、2人のプリキュアの介入によって妨げられる。
『ウザッ!?』
「二人の邪魔は!」
「させないんだから!!」
イーグレットの放つかかと落としで延ばされた欠片の腕が地面に叩き落とされ、ブルームの光を纏った拳を直に受けて、追い討ちで放たれた二人の攻撃で、欠片は後方に大きく吹き飛ばされる。
「一気に決めるよ!」
「ええ!」
手を繋ぐ二人にいつの間にか装備していたスパイラルリングに、黄金色と白銀色の精霊の光が集まり出す。
「精霊の光よ!命の輝きよ!」
「希望へ導け!二つの心!」
「「プリキュア・スパイラルハート・スプラッシュッ!!」」
精霊の力が集まる二人の手から、黄金色と白銀色の光の奔流が、螺旋を描く一つの流れとなって欠片を包み込む。光の中でその流れに揉まれながら、欠片は消滅していく。
「守る、ねぇ……!」
「……!」
右手に黄金色の精霊の光、左手にネオフュージョン由来の闇の力が収集されていく。昼と同じような技を放ってコンプリートを吹っ飛ばすつもりだろう。あの時はスタミナ切れでしっかりともらってしまったが、体力が続く今でも避けられる自信はほとんどない。
「ど、どうすれば……あれを受け止められる自信がないが」
『私の力でなら受け止められるかも!』
「ミラクルの?わかったやってみる」
『CureWeapon!Miracle!』
コンプリートの右腕にあの金色のリングが揺れる。宝玉にはキラキラした魔法の力が宿り、目の前に溢れ出そうとしている闇の力を封じ込めようとしているのだろう。
「ダークネス・ストリーム・スプラッシュッ!」
『来た!!』
「大丈夫!」
『PowerCharge!Sword!』
「
ミラクルリングによる魔法によって放たれた光の剣の旋風が、黒い闇の奔流を包み込み、海の方に軌道を逸らされる。
「……っ!?って、いない……?」
『CureWeapon!Heart!』
せっかく放ったものを簡単に打ち消されて焦る彼女の視界から、コンプリートが消えた。いや、違う。コンプリートはあの一瞬の上空に飛んだのだ。
ステフォンから飛び出した光がコンプリートの手の中に収まり、一つの武器の形となる。それは、キュアハートの姿を模したような大きな『弓』であり、大きなリボンが揺れている。
「ハートアローってこと?」
『PowerCharge!Eaglet!』
『一緒に決めるよ!』
「うん!」
上空に逃げたことをいいことに、頭上から白銀の精霊の力を纏う光の弓矢を放とうと狙いを定める。強い光を放っているということは、彼女の力とハートアローがベストマッチな組み合わせらしい。
いつの間にか、空にかかる雲が晴れ始め、隙間からは星空がのぞいている。
「いくよ!
放った銀色の光の矢は分裂して鳥の羽のような形になり、地上にいるダークネスブルームの方に降り注ぐ。直撃を防ぐためにバリアを張っているが、精霊の光同士で打ち消しあっているのか、バリアを通り抜けて彼女を体に降り注ぐ。
「うわ……っ!?」
「暗闇に飲まれたその心、撃ち抜くよ!プリキュア・ブレッシングキッスッ!!」
撃たれたハートのエネルギー弾は、一直線にダークネスブルームの胸の紅いクリスタルに向かって飛んでいく。狙われた少女はすぐに気を取り直し、昼と同じように精霊の力のバリアで受け止める。
「おっとぉ……っ!?」
『また受け止められた!?』
「……っ!」
『いやでもこっちが優勢かも……!?』
先ほどの攻撃で若干狼狽えていたのか、昼の時とは違って押し返す余裕がない様にも見える。
「どうして……どうして、そこまでして渡してくれないの……!話、聞いてたでしょ……!?」
「うん、全部わかってるよ……わかってるからこそ……君たちに渡せない……!」
コンプリートの右手に、再び無数のハートが集まり、一つのハート型のエネルギー弾として顕現する。再びブレッシングキッスを放とうとしているのだ。
「きっと、君たちとの戦いは意味ないものなのかもしれないし、もっと別の方法が探せばあるのかもしれない……それでも、あたしにだって、譲れない思いがある……、ラブリー達のことも、あの世界も、……君たちのことも、助けたいっていう、思いがある……っ!!」
「……!!」
「あたしは、ステフォンに宿るこの力が……壊すため傷つけるためだけのものって、思ってない……っ!!」
振り絞りながら放たれた二発目は、一発目のエネルギー弾よりも強い輝きを放ちながら放たれる。その輝きは、ステフォンに宿る力だけではないようだ。
「……そっか」
「!?」
コンプリートのあまりの頑固さに呆れてしまったのか、それともコンプリートの言葉に何か思うことがあったのか。ダークネスブルームはそれだけ諦めたようにつぶやいて、バリアを張っていた両腕を下ろし自ら二発分のエネルギー弾を喰らうことを受け入れた。弾丸はそのままクリスタルを撃ち抜き、その中から光の玉が飛び出す。光の玉は、ステフォンの中に吸い込まれていく。
「……」
「ま、待って。まだ帰らないで」
無力化を喰らってもなお立ち上がったままでいられる気力が残っているのは、ドリームやブラックと戦った時のような雰囲気がある。しかし彼女達とは違い、再び襲い掛かろうとする気配は感じられない。
どこかに消えようとする彼女を、二発目を撃って流石にプリキュアの姿を維持できなったどころか立っているのもやっとな状態で、ブルームとイーグレットに支えられながら立ち上がる巡が呼び止める。
「……何、あなたが勝ったんだから、用はないでしょ」
「ううん、用はあるよ。君に聞きたいことがあるんだ」
「……」
「ステフォンの中のプリキュアって、君たちの中ではどう思ってるの?」
「……分からないよ。みんなの中から何かが抜け落ちても動いてるんだから、私たちの魂ではないんじゃないかな?」
ダークネスブルームの話を聞いても分からなかったプロトキュア達の話を聞いても、向こうもあまりよく分かっていないようだった。しかし本人達も気にしていない様子から、動くために大事な部分という線が消えた。だとしても彼女達の存在が謎めいた存在になってしまったが。
「そ、そっか……じゃあ、君が話した『崩壊』の話って、君が覚えてたことなの?」
「……覚えてたと言うより、前に思い出したことだよ。ブラックは最初、私やドリームにも思い出させないようにしていたみたいだけど」
「ブラックが、ねえ……」
「本当、ひどいよね。ちゃんと言わないから、こんなことになっちゃうのに……」
さらにもうひとつ。彼女達の記憶の大元は、ダークネスブラックが握っているらしい。あの闇の使者は、どうやら彼女は、一人でなんでも抱え込もうとする悪癖があるようだ。
「ダークネスの方のブラック、君たちには随分と優しいんだね」
「あの人は何も優しくないよ。……何も、知らないくせに」
少々悲しそうな声でそれだけ言い残し、ダークネスブルームはどこかへ消えていった。ようやく闇の使者やネオフュージョンの脅威をこの世界から退けることができて、巡は座り込む。
「め、巡!?」
「あー大丈夫。……何も知らないくせに、か……知らないなら、これから知っていけばいい」
『巡……』
吐き捨てるようにつぶやかれた言葉への答えかのように、巡は決意を秘めた目でこぼす。プロトラブリー達が心配する中、ステフォンが光を放ち、巡達のあの世界を誘う。
夕凪の空から雲が晴れ、いつの間にか夜空に星々が煌めいている。
「……あれ!?別の場所!?」
「ここは……」
ステフォンから溢れ出す光が収まると、巡は変身が解けた咲と舞と共にあの『水晶の世界』────かつてのステフォンの持ち主によって『崩壊』させられたというあの世界に飛ばされてしまったようだ。
話を聞いてからこの世界の惨状を見ると、この世界の見え方が違ってくる。
『や、やっぱりここは……』
『私たちが元々いた世界で、ステフォンとその持ち主に壊された場所……』
ステフォンの中のプロトキュア達も、この世界が変化した様子に驚くことなく告げられた事実を飲み込むことしかできない。
「あ、おーい!」
「ああ、この世界のみんなだ。そういえば人の形をずっと維持できるようになってたんだ」
「もしかして、この人たちもプリキュア?」
「半透明だけど……」
「ちょっと色々あってね」
『あたし達は見えてないけど、あっちの世界のみんなは元気そうだね!』
「あれ?なんか元気がない……?」
「あー、こっちもちょっと色々あって」
この世界のプリキュア達と邂逅し興味と困惑で周囲を見渡す咲達と、この世界に来たならばととある水晶の柱の元へ歩く巡。今回巡が立っていた近くの水晶の中で眠っていたのは……。
「……!」
「あそこに眠ってるのは……まさか、咲……?」
「え?」
困惑した様子で舞が見つめる先で眠るのは、この世界のキュアブルームだ。
彼女が眠る水晶の柱からは、淡く優しい桃色の光が溢れ出し、厚い雲が覆う天へと伸びていく。
光が収まった後に周りを見渡すと、綺麗な湖が周辺にいくつか出現していた。湖の水は綺麗で、戦ぐ風に水面と花畑が揺れている。
「久しぶりに景観に関わる変化が……」
「本当だ〜!湖ができてる〜!?」
「え、何?どういうこと!?」
『あのね、この世界のプリキュアが集まるごとに、いろんなものが増えてくるの』
「そうね……見た感じおかしな変化もあるけれど……」
「……え?」
ふと話しかけられて振り向くと、この世界に辿り着いたらしいイーグレットの姿があった。咲にとっては「舞がもう一人?!」と驚いているところだが、この世界の彼女も例に漏れず、魂だけの影響で半透明のままのようだ。
「そっちの世界の咲達は元気そうね」
「元気だけど……あ」
「大丈夫、みんながいるから寂しくないわ。……あなたも、咲の事よろしくね」
「は、はい……自分に言われるのって、不思議な感覚ね……」
別の世界の人物とはいえ、こうして何か言われるのは不思議な感覚のようだ。
そういえばと巡は何かを思い出し、この世界のプリキュア達にとあることを話す。とあることというのは、この世界の『崩壊』についてダークネスブルームから聞いた話全てだ。
「……それで、闇の使者から『崩壊』の理由を聞いたのね」
「そんなことがあったなんて……」
「うん。まだ少し、気になることはあるけど大体こんな感じ。ステフォンを狙うのは、世界を作り替えるほどの力でこの世界を元に戻したいからみたい」
「なるほどね……私たちが聞いた『声』の内容にも通じてるところもあるかも……」
ムーンライト達が頷き渋い顔を浮かべる中、ビートが呟く。『声』というのは、この世界のプリキュア達が世界の狭間に漂っていた時に聞いていたというとある声。『ステフォンに想い、壊れた世界に私たちが集まれば、世界に変化が訪れる』という文言。
声の発し主である人物の言葉にも、世界の変化について言及しているのだから、やはりステフォンがこの世界においてのすべてのネックになっているようだ。
「やっぱり闇の使者って、この世界のホイップたちなんでしょうね……」
「ネオフュージョンも一緒にいるし、一体ドリーム達は何考えて……」
「そこまでは教えてくれなかったし分からなかったけど、十中八九ブラックがもっと詳しく知ってそうなんだよね」
「ブラック……なぎささんが……」
前回この世界に訪れて戻される際に、ムーンライトに言われたのが、『闇の使者の正体』について。巡はすでにある程度分かってはいたが、この世界のプリキュア達にとっては信じたくないことだったようだ。
今回ので闇の使者達は全員、この『崩壊』した世界のプリキュア達で確定だろうし、ステフォンを狙う理由もさらに濃いものになった。
「闇の使者とぶつかることは避けられないにしろ……彼女達もこの世界のプリキュアなら、助けてあげたいって思う」
『巡ちゃん……』
ステフォンの画面を見ながら、巡はそう呟く。
画面の中では、ダークネスブルームから飛び出した光の玉から変化した猫耳で2等身のキュアブルームの姿をした精霊────プロトブルームが膝を抱えて眠っている。
今までのプリキュア達は大の字だったり仰向けだったりどこか安心し切って警戒心がない寝相を晒していたが、丸まって眠っているのは初めてだ。
「確かこんな寝相の人って、ストレス抱えてるかもって感じじゃなかった?」
『ブラックほどじゃないけど、彼女も色々見てると思うから……闇の使者の中で何を見てたんだろう……』
「……やっぱり、ブラックが一番知ってそうだよね!こういう場合って!」
「マリン!あなたブラックを何だと思ってるのですか!?」
「えぇ〜だって〜」
「……マリンの言ってることはまあまあマジっぽいんだよなあ」
この世界のマリンがエースに突っ込まれているが、巡も実際そうだろうとは感じている。また彼女と遭遇する機会があれば教えてくれないだろうか。
「……まあ、あたしがブラックに啖呵切っちゃったせいなんだけどさあ。もうちょっと事情を話してくれたら、もしかすると、ね?」
「あなたもあなたで一体何をしたの」
「あの時はネオフュージョンとただ手を組んでるってだけに見えたけど……無理やりネオフュージョンに付き合わされてる感じがして」
あの時、初めてブラックと出会った時に言い放ったことが今になって言いすぎたかもと後悔する。もしも分かり合えるチャンスがあるなら、今度出会ったときは教えてもらうついでに話し合おうと決意する。……果たしてそれが上手くいくかはまた別の問題になるが。
そうこうしているうちに時間が来たのか、巡の体が光を放つ。一時的な別れはいつも突然やってくるもののようだ。
『お話はまた今度みたい……今回も姿が見れなかったなあ……』
「急に違う場所に来たと思ったらまた戻されるとか、一体何なの……?」
「巡さん、だったわよね?あの、ブルームのこと……」
「大丈夫だよ。あたしに任せて!」
この世界のイーグレットに相方を託され、巡達は元の世界に戻されていった。
「……ちゃんと、守らないとね」
『?』
ふと溢れた巡の決意は、何とか不安を振り切ったラブリーの耳に届いたような気がした。
<ネオフュージョンの世界 漆黒の城・闇の使者の大広間>
「あ!帰ってきたよ!」
「おかえりブルーム!……って」
「あ、うん……ただいま……」
ようやく根城の方に帰ってきたブルームの様子に、ピーチとメロディが少しだけ驚く。珍しく落ち込んでいるのを隠さずに帰ってきたがために、コンプリートとの間に一悶着あったのだろうとすぐに察せられたのだから。これではちょっともみくちゃに労わることができそうにない。
「だ、大丈夫……?コンプリートに何かされたの?」
「大丈夫……ちょっと上手くいかなかっただけだから……気にしないで……」
「いやいやいやいや!!」
どう見てもガッツリ落ち込んでいると言うのに一人でどこかに行こうとするのだから、流石に二人も見逃せられない。そんな問答をしていると、部屋から出てきたであろうブラックが現れる。
「どうしたの?」
「あ、ブラックだ!」
「ブルームが帰ってきたんだけど様子がおかしくて……」
後輩達に言われてブラックは彼女の様子を伺うが、目の前の彼女は珍しくバツが悪い様子で顔を逸らしている。
「……」
「……」
「……ちゃんと全部言ったよ。あの世界で何が起きたかも、全員闇の使者になった理由も」
「そ、そうなんだ……」
「みんな、覚悟してたのね……あんな反応されるなら、もっと早く言っておけばよかったかも。ちょっともみくちゃにはされたけど」
「……だから、大丈夫だって言ったのに……」
何か気まずい無言の間が続く。前にハッピーに言われたように、この二人は喧嘩をしているわけではないのに、壁を一枚挟んでいるような時が多々あるので、不仲なのではないかという噂が出ている。
「……よく頑張ったわね、ブルーム」
「……!」
「コンプリートの相手、大変だったでしょ」
「……ぁ」
『ダークネスの方のブラック、君たちには随分と優しいんだね』
『あの人は何も優しくないよ。……何も、知らないくせに』
掛けられるとは思わなかった言葉に、ブルームが顔を上げる。相変わらず笑顔ではないけれど、虚ろな紅い目には本気の心配と慰労の色が滲み出ている。
まさかの言葉に思考停止した上に、コンプリートに言われたあのやりとりが頭を過り、何をどうすれば分からずパニックになり、その目から涙が溢れ出してしまう。泣かれてしまうとは思わず、ブラックがギョッと驚く。
「……っ!?」
「ぅ、ご、ごめん、なさい……っ、ステフォン、取り戻せなかった……っ、余計なことしちゃった、かも……っ」
「ちょ、ちょっと……!?別に何も気にしてないのに」
「あー!!ブラックが泣かせたー!!」
「……ピーチ?ピーチ???」
「ちょっと〜責任取ってくださいよ〜?」
「メロディまで……だ、大丈夫……?」
ピーチとメロディに茶化されつつも、泣き止もうとして逆に溢れ出す涙を止められなくなっているブルームを慰めつつ、ブラックは長考する。
これで、自分以外の闇の使者達が全員コンプリートに一敗してしまったことになる。自分の場合は乱入があって引き分けみたいな感じではあるが。
一応最初の方に行ったハッピー達の体力も回復しいつでも出られる状態ではあるのだが、ブルームによってあのコンプリート達にも真実をもたらされた以上、次に彼女達を出すのは得策ではない。
「……」
「……ブラック?」
「次であいつを……あいつから、ステフォンを取り戻す」
「……!?」
「ま、まさかもう一度行くの!?」
紅い瞳に、揺るがない意志の光が宿っていた。
漆黒の城の最深部。真っ暗な空間の玉座部分に、大きな人型の異形の黒い何かが蠢いている。
「かの“光の使者”はそろそろ頃合いか……“輝く金の花”や“大いなる希望”もいいが、あ奴らは他のものと同じ、落ちる気配が見えない……」
自身の欠片を通して、闇の使者や他の世界のプリキュア達の様子を傍観していたが、あのキュアコンプリートと呼ばれる存在に全員手こずっているようだった。ステフォンが力の源のようだが、あの少女の場合はそれだけではないようだ。
「……そろそろ他の世界へと手を伸ばす頃か……本来なら他の者がいればいいのだが、あの“光の使者”の願いも聞き入れなければならない。全く、面倒な
ふと、周囲に浮かぶ欠片に映る少女とのその世界の映像が流れる。ちょうど元の世界から帰ってきて、自身の家に帰宅する途中だろう。欠伸を噛み締めながら電車に揺られている。
「……ああ、そうか。最初からそうすればいいではないか……」
地鳴りのような嗤い声と共に、異形の何かがさらに蠢く。
少女────繋巡が映る欠片を飲み込みながら、黒い異形は、ネオフュージョンは暗闇の中に消えていった。
続く…
次回更新日:6月23日(日)