水晶に覆われた時計塔の広場の真ん中、不穏な空気と緊張が張り詰める。
不穏な影が、ゆらゆらと揺れる。それはどこか楽しそうで、それはどこか苦しそうで。矛盾する二つの感情が混ざりきらずに混乱するように、首の黒いリングから溢れ出た闇の力に飲まれた闇の使者は、向かい合う6人のプリキュア達と対峙する。
「あれ、は……!」
「……っ、これが……あはは……」
少し苦しげに揺れる紅い瞳が、困惑するコンプリート達を映す。闇の力に飲まれかけている影響か、力を得たダークネスドリームが、にっこりと笑う。
周囲では、水晶から変化した蝶の姿をした欠片達が次々に生み出されていく。
「まずい……!何が起きたのかさっぱりだけどこれは普通にまずいのでは」
「みんな!!」
『yes!』
「早く……早くステフォンを取り戻さないと……」
「ドリーム!!ああもうぶつかり合いは避けられないってこと?」
明らかネオフュージョンの強い気配を感じた外部の干渉のせいで闇の力が強まったダークネスドリームを止めるため、コンプリートは覚悟を決めて襲いかかってくる欠片の蝶たちを交わしながら彼女の元へと走り出すのだった。
第31話:絶望にご注意 夢見る乙女の底力!
『コワイナー!』
「はぁぁぁっ!!」
「やぁぁぁっ!!」
水晶でできた不気味な羽ばたきを響かせながら、蝶の姿をした欠片達がプリキュア達の方に飛んでくる。欠片の一体に向かってルージュの蹴りがヒットする。その彼女の後ろに迫っていた欠片には、アクアの手刀が飛んでくる。
「やっぱりキリがないって!」
「ルージュ!攻撃を集中させるわよ!」
「わかった!」
先ほどの欠片の襲撃と同様、倒しても倒しても次々にどこかから欠片が湧いて出てくるようだ。こうなったら一体ずつ相手にするのではなく、まとめて一気に倒していく方が早いとすぐに転換して技を構える。
「純情乙女の炎の力、受けてみなさい!プリキュア・ルージュ・ファイヤーッ!!」
「岩をも砕く乙女の激流、受けてみなさい!プリキュア・アクア・ストリームッ!!」
放たれた真っ赤な炎と勢いある水流が重なり合い、周囲を飛び交う欠片達数十体を巻き込んで撃破していく。まだまだ湧いてくるものの、一気に巻き込まれていった数が多かったのか、ようやく上空の様子がはっきりとわかるようになった。むしろ空を覆い隠してしまうほどに欠片が出現していたのかと思うとゾッとしてしまう。下手なホラーよりも恐ろしい状況だ。
「ちょっと前に進めなさすぎでは」
「ど、どんどん押し返されてしまいます……!」
一方、強い闇の力を纏ったダークネスドリームの方に向かっていきたいコンプリートはというと、レモネードと一緒に押し寄せる欠片の波のせいで前に進めなくなっていた。
そんな彼女達に向かって上空から欠片が何体も飛んでくるが、二人の前にミントが立ちはだかる。
「大地を揺るがす乙女の怒り、受けてみなさい!プリキュア・ミント・プロテクションッ!!」
ミントの両手から放たれた緑の光がドーム状のバリアとなって、襲い掛かろうとする欠片達の進行を阻み撃破していく。欠片自体の耐久性能は低いようで、光の力を受けることで簡単に消滅してしまうらしい。
「二人とも、大丈夫?」
「な、なんとか……」
「ミント!ありがとうございます!それなら私も……!」
そう言ってレモネードは光のドームの中から飛び出し、押し寄せる欠片の波に向かって両手を構える。
「輝く乙女のはじける力、受けてみなさい!プリキュア・レモネード・フラッシュッ!!」
弾けるように放たれた黄色の光の蝶の群れが、押し寄せる欠片達に被弾して一気に浄化させる。目の前の道が切り開かれ、ようやくダークネスドリームの方へまっすぐに行けるようになる。コンプリートはリングを壊し、秘める光の力を最大限発揮できるように準備をする。
「コンプリート!一緒に行こう!」
「オッケー!」
『CureWeapon!Lovely!』
「「はぁぁぁぁっ!!」」
「……!!」
ラブリーショットガンを構えながら、ドリームと一緒に闇を纏った少女の方へと駆け抜ける。ダークネスドリームは二人の接近に気付き、右手に真っ黒な光と水晶でできた、いわゆる『キュアフルーレ』のような形をした細剣を構えて立ち向かう。
「うわっ!?」
「ぐ、ちょ!?」
「はぁ!!」
闇の力に飲まれているとはいえ、放たれる華麗な剣戟によって攻撃を与えることすら許してくれない。試しにコンプリートはうまくかわして光の弾丸を放つが、全てそのフルーレで弾き飛ばされる。そのままうっすらと笑みを浮かべて、コンプリートの方へと素早く飛び掛かる。
『CureWeapon!Bloom!』
「まずい近接武器じゃないと流石に分が悪い」
「……っ!!」
「っうぐ……っ」
自身を切り裂こうと振り下ろされた黒い光の刃を、間一髪でブルームソードで受け止める。振り下ろすパワーは明らかにこの前戦った時以上の負荷で、ギリギリで弾き飛ばす。弾き飛ばされたダークネスドリームはすぐに体勢を立て直して再び飛び掛かろうとする。コンプリートも反動で大きく吹き飛ばされてしまうが、なんとか体勢を整える。
「……明らかに変じゃない???さっきの影といい、無理やり強化されてるような……」
『さっきからずっと喋らないで笑ってるだけなのも怖いんだけど……!!』
『どうしてあのドリームがあんなに荒ぶってるの〜!?』
『ネオフュージョン……アイツ、あのリングにどれだけの闇の力を詰めたってのよ……!』
『コンプリート!あのドリームから闇の力を引き剥がさないと、あの子も危ないかも!』
「マジで?うわっ」
「コンプリート!」
プロトキュア達の焦りようと怯えようといい、ネオフュージョンの介入の影響が思っている数倍大きなものなのは明白だ。しかしそんなことは気にしていないのか、ダークネスドリームは間髪入れずに刃先を向けてコンプリートの方に突撃してくる。
なんとかコンプリートも剣を構え直して向こうの剣捌きをいなしていくが、ここまで反撃を許してくれないと、彼女に自身の想いの力をぶつけることができない。
「……っ!!」
「……!!」
迫る彼女の額には、痛みや苦しみに耐えている時に流していそうな嫌な汗が流れている。顔は笑っているのにそれ以外の心や体は全く笑えない状況なのがよくわかる。彼女自身も闇の力に飲まれてもなお、心のどこかでは完全に染まり切りたくないのだろう。
「そんなに苦しいなら、暴れないで大人しくしてて……!」
『PowerCharge!Twinkle!』
キラキラ煌めく星の光を纏った剣をコンプリートが振り下ろし、鍔迫り合いを無理やり押し切ってダークネスドリームを後退させる。そのおかげか、技を放ちやすい隙を作ることができたようだ。
それをよしとし、コンプリートは『ブレッシングキッス』の構えで標準を彼女の胸へと向ける。
「プリキュア・ブレッシングキッスッ!」
「……!」
放たれたハートの弾丸は、ダークネスドリームの胸を打ち抜こうと真っ直ぐに突き進む。しかし、彼女を守るようにして地面からは水晶の壁が伸び、弾丸の直撃を免れてしまう。
「は?効かないとかあるの?」
『コンプリートッ!!』
「!?」
『CureWeapon!Peach!』
『PowerCharge!Rosetta!』
攻撃を防いだダークネスドリームがフルーレを掲げると、彼女の周囲には真っ黒な水晶の塊が無数に展開され、コンプリートの方へと容赦なく降り注がれてゆく。
プロトキュアの呼びかけですぐに気づいたコンプリートは、召喚した盾にキュアロゼッタの力を纏わせ、クローバーの形をした光の壁を展開して防ごうとするのだが、壁に被弾した威力が強く、思い切り吹き飛ばされてしまう。
「うわっ」
「コンプリート!きゃあ!?」
吹き飛ばされた彼女の方へ向かおうとしたドリームだったが、ダークネスドリームは標的を彼女に変えて襲いかかってくる。狙いはコンプリートだけでなく、容赦なくこの世界のプリキュア達も襲ってしまうようだ。
「……っ、ちが、ぅ……」
「え……?」
「ドリーム!!」
「動きが止まった……?」
フルーレの先を突き刺されそうだったドリームだったが、それだけ呟いて闇の使者の猛攻が彼女の手前で止まる。攻撃の手が止まり、一体何があったんだろうと困惑してしまうが、彼女の何かを堪えているかのような苦しげな顔を見て、駆け寄ったアクアが何かを察する。
「あ、あたし、なん、で……?」
「……彼女もしかして、自分の意思で戦っていない……?」
「ど、どういうことミル……!?」
「まさか、あのヤバそうな闇の力に振り増されてるだけだったりして……?」
ダークネスドリームが自身の体を抑えるように自身を抱きしめている。ドリーム達にとっては、まるで何か恐ろしいものに覚えているかのようにも見えた。
ルージュにとっては、同じ幼馴染の顔をしているというのに、その性質が自分が知っている『夢原のぞみ』とはかけ離れていて余計に心配になってしまう。あの闇の使者のドリームの中で何があったというのか。
「あ、たしは、ただ……みんなの力になりたい、だけなのに……、あの人を守りたい、だけなのに……っ!!なんで、こんなに……」
精神が呑まれゆく中で口から漏れた言葉は、おそらく彼女が抱いていた本音の部分だろう。泣きたいくらいの気持ちなのに、真っ赤に光る瞳からは涙一粒もこぼれ落ちない。
一方、吹き飛ばされたコンプリートは、もう一度立ちあがろうと腕に力をいれる。動きが止まってくれている今なら、話が通じるかもしれないと思ったのだろう。
『……巡、大丈夫?』
「なんとか……あたしは、何度も立ち上がるよ。苦しんでるあの子を、助けるんだ……」
『ははっ……巡なら、そういうと思った……!』
「コンプリート……」
強い力で吹き飛ばされて、硬い水晶の大地に叩きつけられようとも、コンプリートは挫けることなくダークネスドリームと向き合うために立ち上がり、もう一度構える。そんな彼女の姿にドリームは安心したように笑いかけ、ステフォンの中のプロトドリームも待ってましたと言わんばかりにステフォンの中から飛び出す。彼女の胸の緑色の宝石が、暖かな桃色の光を放っている。
「大丈夫、巡ならあのあたしを救える。闇の力に飲まれて制御できなくなっちゃっただけだと思うの」
「なるほど……初めてリング壊した時のあたしみたいってことかな?……ドリーム」
「うん!一緒にあの子を止めよう!」
『Cureweapon!Dream!』
飛び出しやプロトドリームの姿が、コンプリートもしっかりと見覚えのある腹出しではない、彼女のイメージカラーベースである本来のコスチュームに変化する。それと同時に光に包まれ、コンプリートの手の中でレイピアとは違う別の形状のキュアウェポンとして姿を表す。
それは細剣というよりも『槍』に近い形状で、レイピアの時は蕾だったものが赤いバラを咲かせている。あの硬い水晶の壁を穿つのには最適な武器だ。
『あれ!?あたしの姿が元に戻ってる!?』
「武器も進化したってこと?これからは『ドリームランス』として生きていくのか……」
『べ、別に元に戻れるからね!?』
「わかってるって」
コンプリートはドリームランスと名付けた槍を構えると、そのままダークネスドリームの方へ駆け出す。周囲の欠片達が彼女に襲い掛かろうとするが、放った光を纏う突きによってすぐに消滅させられる。
このままでは接近を許してしまうと察したのか、ダークネスドリームを守るかのように水晶の壁が地面から再び出現する。それでもコンプリートは歩みを止めず、ランスを構えたまま速度を上げる。
『PowerCharge!Parfait!』
ランスの先が、虹色のキラキラルの輝きを纏う。
「届け!
「……ッ!!」
突き出した槍は虹色の光を纏いながら伸び、あの硬い水晶の壁を破壊しながら彼女の方へと突き進んでいく。攻撃が当たると思われてすぐに避けるのだが、壁を破壊する勢いによって生まれた衝撃波に黒い翼が煽られる。
「ぐぅ……っ!?」
それでも何度も立ち上がる姿は本来の彼女の姿のよう。しかし、その地肌にはところどころヒビのような傷らしきものが浮き出、激しく動くたびに現在進行形で広がっているので、本当に痛そうだった。早くあの闇の力から解放させてあげないと、取り返しがつかなくなってしまう気がしていた。
「……ブレッシングキッスが効かないなら、直接想いの力をぶつけるしかないよね……!」
「……っ、来ないで……ッ!!!」
『コワイナーァァァ!!!』
周辺の欠片達が集まり、一つの巨大な蛾のような不気味な怪物の姿となって、コンプリート達の方へと向かって飛んでくる。巨大な欠片の周辺には、先ほどの小さな欠片の大群が隙を見せずに飛来する。
「プリキュア・アクア・トルネードッ!!」
アクアが構えるアクアリボンから放たれた青き激流が、飛び交う欠片の群れを穿ちながら突き進む。
「プリキュア・ミント・シールドッ!!」
激流から逃れて近づいてくる欠片の襲撃に、ミントが構えるミントリーフから放たれる緑色の光のドームが行手を阻んで安全地帯を広げてゆく。
「4人とも!ここは私たちに任せて!」
「あの黒いドリームのところへ行ってあげて!」
「ミント!アクア!お願い!」
周辺の欠片達の処理を年長2人に任せ、4人はダークネスドリームの方へと駆けつける。しかし彼女は誰の接近も望んでいないようで、巨大な欠片を使役してコンプリートを襲わせる。
「いいから大人しく近づけさせなさいよ!レモネード!」
「はい!ドリームとコンプリートは先に行ってください!」
「わかった!」
ルージュとレモネードに背中を押されて、コンプリート達はどんどん先へと進んでいく。
『コワイナーァァァ!!』
「邪魔しないでください!プリキュア・レモネード・シャイニングッ!!」
「プリキュア・ルージュ・バーニングッ!!」
そんな彼女達を巨大な欠片が追いかけようとするが、レモネードが放つ光の蝶の大群に撹乱され、その最中に放たれたルージュの赤い炎の蝶が仮面らしき欠片の核に被弾し大ダメージを与え、その動きを封じる。
「ダークネスドリーム!ちょっとこっちの話を聞いて!」
「っぅあ゛あ゛ぁぁッッ!!」
コンプリート達の攻撃に反応し、明らかにまとわりつく闇の力に振り回されているダークネスドリームは、聞いたこともないような苦しげな咆哮を上げながらフルーレで立ち向かう。ランスとフルーレ、大きさ的にはコンプリートが勝っているが、その使い方はダークネスドリームの方が一枚上手のようでまたしてもコンプリートが防戦を強いられてしまう。
「ぐ、このっ、しっかりして!君はそんなこと望んでるんじゃなかったの?」
「……ッ!!」
ピキリ。顔にあった黒いヒビがわずかに広がる。どう見てもネオフュージョン由来の闇の力によって引き起こされている事象だ。このまま戦い続ければ、彼女の体に悪影響が残りかねない。
そんなことは知らないのか、ダークネスドリームは再び水晶の礫による嵐を引き起こしてコンプリートを一網打尽にしようとする。しかし今度は、ドリームトーチを構えたドリームが前に立った。
「夢見る乙女の底力、受けてみなさい!プリキュア・クリスタル・シュートッ!!」
放たれた煌めく光の水晶の礫が、反対に真っ黒な水晶の嵐を弾き飛ばし、ダークネスドリームの動きを封じた。
「────ッ!!」
「今だよ!」
「ありがとう助かる……!さあて、世界を巡る乙女の想い、受けてみなさい!……って感じかな?」
『CureWeapon!Complete!』
ステフォンから光が飛び出し、ピンク色のスタンドマイクの形をしたスタンドロッドを召喚する。前に自分の世界にあ出現した欠片を浄化した時のように、この力を使って彼女を浄化するつもりだ。
「
スタンドロッドに向かって、綺麗な歌声が響く。コンプリートの声に呼応し、彼女の背後に12個のハートが出現し、神々しい光が放たれる。全ては、凶悪な力に飲まれて苦しんでいるあの闇の使者を正気に戻すため。
「プリキュア・セーブ・ユア・ハートッ!!」
声と共に放たれた12個のハートは重なり合い、一つの桃色の光線となってダークネスドリームへと向かって伸びていく。光り輝く水晶で動きを封じられている彼女に抵抗する手段もなく、光は紅く輝く胸のクリスタルを穿つ。
「あ……っ」
「大丈夫、あたしを信じて」
光線はクリスタルに当たると、その光で彼女の体を包み込んでしまう。すぐに飛んできたコンプリートは、傷だらけの彼女の体を抱きしめ、余分に纏わりついていた闇の力を一気に浄化していく。同時に、彼女の力が途切れたのか、水晶に覆われた広場が元の姿を取り戻していく。
「こんぷりー、と……」
「君はただ……あっちのブラックやみんなを、これ以上苦しませたくなかっただけなんだよね……その思いを、あいつに利用されちゃったんだろうね……」
「……っ、あた、しは……」
「……っ」
「あ、ちょ」
ようやく元の姿に戻ったダークネスドリームは、コンプリートの元を離れて一人フラフラと歩き出そうとするが、力が抜け落ちたかのように地面に倒れ込んでしまう。
「ドリーム……!?」
「倒れちゃった!?」
『ちょ、ちょっとドリーム!大丈夫なの!?』
あのリングによる強化時についていた黒いヒビのような傷が残ったままで、呼吸もどこか弱々しい。大丈夫なのかと駆け寄ろうとしたが、コンプリート達以外にもこの様子を見ていた人物がいたようで、その人物が倒れたダークネスドリームの方に飛んできた。
「ど、ドリーム……っ、のぞみちゃん!しっかりして!!ねえ!!」
「!?」
「……っ、ぅ……」
いつの間にか、ダークネスブルームがこちらの世界に訪れていたようだった。目的はおそらく前と同じ、彼女のお迎えだったんだろう。
ブルームの呼びかけには弱々しく反応はしているので致命傷ほどではないようだが、動けるほどの体力がほとんど残っていないのは見るからにわかってしまう。
彼女の首元にあった黒いリングは、何事もなかったかのように元の状態に戻っている。しかし、さっきまで使っていたことを示すように淡い光を放っていた。
「コンプリート!あなた一体ドリームに何を……っ」
「違う違う違う!彼女止めたのはあたしだけど、その前にその首輪みたいなのからとんでもない闇の力が溢れ出して……」
「リングから……?ま、まさかこの子、アイツの力を使ったの!?なんで……?!」
「……っ」
「さ、さっきの黒い影に何か言われたみたいで……あたしたちは何を言ってるかわからなかったけど」
本来の名前で呼びかけているほど、珍しくブルームが狼狽えている。多分向こうで、このリングをつけられた原因か何かがあったんだろう。話しかけるなら今しかないと、コンプリートが意を決して一歩踏み出す。
「……き、君ら、何かあったの……?」
「……ネオフュージョンから、ブラックとドリームと私に勝手に変な力を与えてきたの」
「え、えぇ……?あ、ちょっと待って」
「……!」
それだけ簡潔に伝え、ぐったりしたまま動かないドリームを抱えて帰ろうとするブルームをコンプリートが引き留める。聞きたいことはまだある。
「さっきのドリームを見て思ったけど、今の君ら、あんまり戦いたくない感じ、だよね……?」
「……好きで戦ってたら、それはもうネオフュージョンとやってることが同じになっちゃうでしょ」
「そ、それなら逃げるとか、そう言うことはしないの?あのわけ分からんのと一緒にいたって、さっきのみたいに君たち的には不利になっちゃうんじゃ────」
「それなら、私たちの世界のみんなはどうなるの?諦めろっていうの?」
『そ、れは……』
「……ブラックほどじゃないけど、私たちは逃げられなくなっちゃったから」
「……うーん」
先ほどの狼狽えようから努めて冷静な声で問いかけるブルームに、ステフォンの中から聞いていたラブリーはあの世界にはちゃんとみんなが集っているんだと伝えたかった。しかし、彼女達にとってそれだけでは足りないようだ。それに、抱えられているダークネスドリームの方も少し辛そうな様子で、長く話している場合でもなさそうだ。
「ちょっと今は長話出来なさそうな状況だし……ねえ、戦わない条件で、今度あたしの世界に来ない?」
「……え?」
『コンプリート!?』
『アンタ何考えてんのよ!!』
「いやあちゃんと理由はあるから安心して」
その中で出したコンプリートのとんでもない提案に、プロトキュア達どころかブルームも驚く。
自分から闇の使者を誘うという提案に、お前は何を考えているんだと突っ込みたくなるが、何もコンプリートが何も考えずに発したわけではない。
「来週、うちの学校の学校祭が始まるんだよね。店番とかしてない時は話は聞けると思うし、敵情視察ってことで遊びにきなよ。ついでにあたしも、君たちについていろいろ知りたいからさ」
「……考えとく」
それだけ告げて、少女はドリームを抱えて元の世界へと帰っていった。広場に静寂が訪れ、ようやく平和な時を取り戻す。
「こ、これで一件落着、なのかな?」
「多分……後味が若干悪いけど……」
「め、巡あんた……本当に大丈夫なの?よくわからないけどそんな簡単に呼んじゃっても……」
「大丈夫。……と思いたい」
『後先考えてなかったわねこの子……』
ルージュから先ほどの発言を突っ込まれるが、コンプリートはコンプリートで「落ち着いて話し合う機会があればワンチャン協力できるやろ」くらいの感覚で話していたため、ステフォンのブラックの言葉を借りるなら『後先考えていない』にほとんど近い。
それでも、このまま闇の使者との間で戦い続けても、お互いに目的が同じならどこかで通じ合うこともできるはずだとも考えていた。
最初の頃はネオフュージョンとかいうわけわからんやつと手を組んでる時点で怪しいとか、強引な手でステフォンを狙ってくる彼女達から守るとか、どちらかといえば闇の使者に対してあまり良い感情は抱いていなかった。
しかしどこかでは仲間と戦うことに躊躇していたり。さらに、初めて狙う理由を教えてくれた時や、どこか傷ついたような表情を晒した時。そして、今の溢れた本音を受ければ尚更、彼女達も世界崩壊のせいで悪の道に進むしかなくなってしまった被害者としての側面もあると確信できた。
────少しずつ歩み寄っていけば、何かできるかもしれない。
だからコンプリートは、この言葉を使うことができたのだ。
「まあ……その時はその時だよ。なんとかなるなる。ってね」
<ネオフュージョンの世界 漆黒の城・闇の使者達の大広間>
「いだだだだだだっっ!?!?痛い痛い痛い痛い!!」
「動くと余計痛いよ〜」
運び込まれてすかさず行われたミラクルの魔法
「な、なんでこんなに傷だらけになっちゃったの……?」
「分かんない……」
「分かんないって、だって、他の世界のところで倒れてたってブルームが言ってるから、てっきりコンプリートがやったんじゃ……」
「でも、ブルームの言い方的にはコンプリートのせいじゃないみたいだよね!」
「うーん……実は……他の世界に行ってた時からの記憶が曖昧なんだよね〜」
「えぇぇ……?」
ドリーム曰く、気づいた時には他の世界に訪れていて、ボロボロの状態でブルームに運ばれていたらしい。さらに悲しいことに、その間に起きた記憶がほとんどないというのだ。
「なんというか、ずっとくらい部屋の中に閉じ込められていたような気がして……自分が自分じゃなくなっちゃうみたいな感じで……とても、息苦しくて……」
「と、とてもふわっとしてますけど……やっぱりこのリングが悪さしているんですかね……?」
「うん……多分そうだと思う……」
相変わらず異様さを放つ首のリングに触れる。このリングをつけられてから、どうも何かがのしかかっているような気分であったが、反対に今はとても元気である。
「そういえば、ブルームはどうやってあたしを見つけたの?」
「ドリームが他の世界に行くところを見て、何か様子がおかしかったからついてきてたの。でも、ドリームがあのリングを壊した瞬間に周りが水晶のドームに覆われて、中に入ることができなかった。……で、ドームがなくなったと思ったらドリームが倒れていて……」
「助けに来てくれてたんだね!ありがと〜」
「ありがと〜じゃないよぉ……起きなかったらどうしようとか思っちゃったのに……」
「あ、あはは〜」
ブラックの様子を見に行っていたブルームが話しかけられ、ドリームを見つけた詳細を話す。そして、さっきまで全く目覚めることがなかったのに今ではすっかり元気を取り戻してけろっとしているドリームに対して、心配の声をかける。こっちはいまだにブラックが目を覚ましていないというのに、彼女まで起きなかったらと思うとゾッとしてしまう。
様子のおかしい彼女を追いかけたはずが、誰も寄せ付けないというように生成された水晶のドームのせいで、侵入することを許されなかったという。
まるで死んでしまったかのような彼女の弱々しい姿を思い出すだけで、ブラックのあれを知った時に見てしまった他の世界のプリキュアの顔が想起されてしまって、本気で怖いと思ってしまった。
「……そうだ、ブラックは?まだ起きてないの?」
「ううん、さっき見に行ったけど全然……」
「二人がいない時も全く起きてないよ!」
「そ、そっかぁ……」
相変わらず、あのブラックは全く目覚める気配がない。奴は力を与えた以外に何かしていなければ良いのだが……。
「……」
「……?」
僅かに不安げに、ブルームはローブで隠れた右腕をそっと撫でる。その腕には、ドリーム同様にネオフュージョンから与えられたという黒いリングが巻き付いていた。
続く…
次回投稿日:7月15日(月)
次回はおやすみ回です