全てが灰色で構成された、砂と岩石と地層だらけの荒野。空すらも黒く厚い雲に覆われて、その本来の色を見失ってしまっている。
視界の先には、12本の水晶の柱。柱はバラバラに地面から突き出ているが、そのどれもが離れすぎず、まるで凍えないように身を寄せ合っているようにも見える。
水晶の中に、1本につき1人が閉じ込められている。中の人はまるで眠っているかのように動いていないけれど。
その中で1つ。見覚えのある人物が、閉じ込められている。
「……ラブリー?」
声をかけても、彼女は、キュアラブリーは、マゼンダ色を瞼に隠したまま動かない。
がさり。
背後で誰かの物音がした────
「……朝か」
朝特有の掠れた声が小さく溢れる。カーテンの隙間から差し込む朝日に、閉じた瞼の隙間が明るさを感じて僅かに開く。
昨日は疲れていたんだろう。意識がいつ夢の世界に行ったかわからない。ぐっすり眠った分、やけに頭がスッキリしている。
そういえば、さっきの夢は何だったろうか。……悲しいことに、内容は全く思い出せない。しかし、何か不思議な夢だったような気はしている。
「……夢ならまあいいか」
ひとまず繋巡は起き上がり、制服に着替えるためにクローゼットの方に歩みを進めた。
ふと目を向けた学習机の上には、スマホであってスマホではない謎のおもちゃ────ステフォンが置いてある。画面の奥では、二頭身のキュアラブリーことプロトラブリーがぐっすり眠っている。
「うーむ、こっちは夢じゃなかったかあ」
結局あの後、勢いのままに自分がステフォンを持つことになってしまったが、あの一連の状況や自分が見たものは全て、現実の中で起こっていたことらしい。
それにしても、昨日は不思議な1日だったなあと思い返す。
いつもの帰り道にステフォンが落ちていて、声に従って電源を入れたらプリキュアっぽい子が目の前に現れて。
それから、プリキュアが実際に存在する世界に飛び込んで、プリキュアに変身して、邪悪な存在をやっつけて、元の世界に帰ってきて……
周りに話してもお前は一体何を言っているんだ寝ぼけてるのかと言われそうな事象だが、本当にそうとしか言えないのが悲しいところ。無論魔法少女モノのお約束的に、こんなこと流石に自分の中だけの秘密にしかならないが。
『うぅ……、あ、巡ちゃん!おはよう!』
「うん、おはよう」
『朝早いね!』
「普通に学校だからね」
他愛のない会話が繰り広げられる。
いつも通りの朝、いつも通りの目覚め。そんないつも通りの巡の日常に、『ステフォン』と『プロトラブリー』という不思議な非日常が追加されるだけで、ほんの少しだけ面白いと感じていた。
第1話:ワールドトリップ!5つの光が導く未来
巡の姉は夜間制の学校に通っているためか、基本的に昼夜逆転した生活を送っている。巡が学校に行っている時に部屋から降りて、巡が帰ってくる頃には通学している。
なので、平日の朝から夜までは、自身の姉と会話を交わすことはない。今頃自室でぐっすりと眠っている頃だろう。
制服に着替えて、朝ごはんを食べて、顔を洗って、歯磨きをして。そうやって、至って普通のモーニングルーティンをこなして。一人だけど、寂しくはない。姉が高校に上がってからのいつものことなので、今更ではある。
家を出る時間まではまだ早い。それならと、巡はステフォンを手元に持ってくる。
「ねえ、ラブリー。昨日から聞きたいことがあったんだけど」
『聞きたいこと?それってなあに?』
「ラブリーとステフォンって、何か目的があっていろんな世界を彷徨ってたの?」
昨日は結局、あまりにも疲れて抜けていた聞きたいことを聞けずじまいだった。早いうちに聞いておけば、何か力になれるかもしれないという算段らしい。
プロトラブリーは画面の中で少しだけ考え込む素振りを見せる。
『……私、少しだけ思い出せないこともあるんだけど……』
「思い出せないこと?」
『うん。どうして私が、ステフォンの中に宿ったのかが、全く思い出せないの』
「あら…それはまた災難」
どうやらこのプロトラブリー、ステフォンに元から宿っていたという訳ではないようだ。
これが映画や漫画の中の話であればおそらく、彼女が思い出せないという記憶の中にその秘密がありそうな気配がするが……。まあ、今は知る時期ではないのだろう。
『で、でも!私、“ブラック”に逃がされたの!』
「ブラック?もしかして、“キュアブラック”のことを言ってるのかな」
『うん!……って、巡ちゃん知ってるの!?』
「知ってるも何も……数年前にアニメやってたから名前くらいはなんとなく。というか、昨日見た世界ってやっぱり、プリキュアが本当に存在してる世界だったんだ……」
『じゃ、じゃあ巡ちゃんの世界は、プリキュアがアニメキャラクター?として活躍してる世界なんだね!』
そんなこともあるんだ〜勉強になる〜と言いそうな顔だが、巡は巡で色々と突っ込みたいところはある。どうやらこのラブリーは、“キュアブラック”によってステフォンごと飛ばされてしまったようだ。
『それで、“奴”の手から────ネオフュージョンから逃げて欲しいって言われたの』
「ネオフュージョン……あの訳わからん欠片の大元っていう認識でいいのかな?」
『うん。ステフォンには世界を飛び越える力やプリキュアの力があるから、それを狙っているんじゃないかなって。それに、私自身も……』
────『ステフォン』の中に入って、『ここじゃない別の世界』に逃げるのよ
────……多分、『奴』は私たちを簡単に返そうとは思ってないみたい
────だから、せめて無事なあなただけでも、今は『奴』の手から逃げてほしい
プロトラブリーの覚えている記憶の中。“ブラック”と呼ばれる人物が画面の向こうでそう告げている顔がうっすらと思い浮かぶ。
画面の向こうのあの人は、プロトラブリーを心配させまいと、苦しい気持ちを抑えて無理して笑っていた。
────だからお願い。……できれば、あなたの中で全てが落ち着いたら、私たちを助けに来て欲しい
その言葉を最後に、画面が暗転した。
『それで……ブラックたちを助けに行くために、いろんな世界を巡ったんだけど……』
「記憶が抜け落ちてて、手がかりすらもわからなかったんだね」
『うん……もしかしてと思って、プリキュアオールスターズのみんながいる世界に行ったの。でも、途中でネオフュージョンに見つかっちゃって。逃げ惑ってる途中で巡の世界に迷い込んじゃって……でも、一緒に狙われたみんなが心配で……』
記憶も手がかりもないままに探すのだから、相当苦労してきたのだろう。尻尾も耳も垂れ下がり、表情に影を落とすプロトラブリーの頭を、巡は画面に指を置いて撫でてみる。
『……!』
「本当に、大変だったんだね。でも、今度はあたしもいるから大丈夫。一緒に探していこうよ」
『うん……ありがとう……!ちょっとくすぐったいかも……』
「感触分かるんだね……って、もうこんな時間?そろそろ出ないと電車乗り過ごすかも」
『…えぇ!?』
ふと時計を見やれば、午前7時半を過ぎている。
巡の家から中学校まで電車で2駅先にあり、その間の移動を含めると15分程度で到着する。学校の登校時間である8時半に間に合うのは、8時ちょっと前の便。
「あー、ステフォンどうしよう…一緒に持っていっちゃおうっかな……スマホみたいにマナーモードとか音が出ない設定にできたりしない?」
『ちょっと待ってて!……!』
プロトラブリーが画面内で何かをいじると、途端に彼女の声が聞こえなくなる。その代わり、テキストメッセージが画面下に表示されるようになった。
[これで大丈夫?]
「……完璧」
巡は改めて、ステフォンの機能に驚かされる。
「あ、きなっちだ!おはよう!」
「ああ巡。おはよう」
校舎近くの通学路になる並木道。駅前のこの通りをまっすぐいけばすぐに中学校に辿り着く。そこで偶然、通学途中の幼馴染である
彼女とは家が近所で両親同士の仲がいいという繋がりがあるため、小学校以前からの友達である。
「なんだか今日は、一段とスッキリしてるわね」
「えぇ〜?昨日はまあまあぐっすり寝てたからかなあ」
「何よそれ……」
「ちょっと色々あってね」
「えぇ……?色々抱えて無理しやすいのが巡の悪いクセなんだから、もっと周りを頼ってよ?」
「分かってるって」
友人と、何気ない会話をしながら歩く通学路。そんな何気ない毎日が、巡にとっては大切だったりする。
校門をくぐると、登校中の生徒達の姿が多く見えてくる。その中で一人、部活の朝練から戻ってきたであろう一人の男子生徒を目にする。
「あ、帯刀君だ。朝練終わり?」
「……!お、おぅ」
「サッカー部は相変わらず熱心ね」
朝練終わりでユニフォームから制服に着替えたであろう男の名前は、
彼の手には、一枚のおしゃれなチラシがある。
「あれ?何そのチラシ」
「別クラスの奴から貰ったんだ。駅前のスイーツカフェの」
「あー、あそこか。パフェが美味しいところの」
「ああ。そ、それでなんだが……」
「?」
「あら……」
廻は巡にチラシを見せつつ、彼女から少しだけ視線を外す。少しだけ照れくさそうにしているが、当の巡はきょとんとしたまま。彼の意図に全く気づいていない巡に希奈子は苦笑をこぼす。
「その、今度の休み、つ、連れてってやっても────」
照れを隠しながら、言いたいことを告げようとした。
「あ!会長いたよ!」
「会長〜!1年の美化委員なんですけど、今お時間いいですか!?」
「!」
「え、いいけどちょっと待ってね」
「いや、いい……また後で言う」
「あらそう……ごめんね帯刀君!…はーい今会長が行くよー」
しかし、そこ言葉の続きは後輩によって遮られてしまった。まあ、急ぎの用ではないのを言い訳にし、廻はまた後でと告げて引っ込んでしまった。
巡が後輩の方に走って行った後、廻は僅かに肩を落とす。
「……」
「仕方ないわよ。あの子、鈍感なところがあるから……また次があるわ」
「う、うるせえ」
繋巡は、どうやら他人からの好意にとことん疎いらしい。
今は時間的に、5時間目の授業中だろうか。久しぶりに中学2年生の範囲の授業内容を聞いたような気がする。
巡の通学バックの中から声を顰めながらほぼ半日、プロトラブリーは普段の巡がどういう人物なのかをある程度知ることができた。
まず一つ目。彼女は周りから頼られる生徒会長だということ。
時折挟まる会話でなんとなく察しはしていたが、彼女は生徒や教師から頼られやすいらしい。明るく世話焼きである性格によっているのもそうだし、多分だが彼女はなんでもそつなくこなしてしまうところがある。
最高学年ではないけど生徒会長に選ばれる理由がわかる気がする。
二つ目。彼女は分け隔てなく相手と仲良くするタイプだということ。
きなっちや帯刀君の時もそうだったが、相手によって態度を変えることはない。彼女のことを嫉妬で嫌っていそうな雰囲気の生徒に嫌味ったらしく言われても、全く揺らがない。……これに関しては多分巡が鈍感なだけだと思うが。
帯刀君からの好意も嫉妬深い生徒からの悪意も、その真意に全く気づいていない。好意どころか、自分に対する他人から向けられる感情にも疎いらしい。
三つ目。彼女は常に忙しそうだということ。
普段の授業や生徒会の仕事以外にも、周りで困っている友人の助けに入ったり教師からの頼まれごとで動いたりと、基本忙しない。
でも、巡は疲れてそうな顔は一切見せていない。きなっちの言葉通り、色々抱えて無理しやすいという短所からなのか、それとも単純にスタミナが無限なだけなのか。
(巡ちゃんはすごいなあ……まるで“マナちゃん”や“ゆかりさん”みたいな……)
記憶の中にいる、『オールスターズ』のみんなの姿が思い浮かぶ。
今頃みんな、どこにいるんだろう。どこを探せば、みんなを見つけられるのだろう。
焦ってもいいことは何もないのに、言いようのない不安感が心を急かす。
『……あれ?』
ふと、意識をステフォン内部の方に向ける。画面内の部屋の奥で、何かが赤く点滅している。
あれはなんだろう。確か、ステフォンにはなんらかの『世界』で『異常』を見つけると、こちらに知らせてくれる機能があった。
この画面を見るには……。
『これって……』
ひとまず、放課後になったら巡に知らせてみよう。そう考えるのであった。
「……あれ?」
[巡ちゃーん!今話せるー?]
HRが終わり、掃除当番にはあたっていないので真っ直ぐ生徒会室に向かおうとした矢先、巡は、自身のバックの中に入れていたステフォンの画面上で、プロトラブリーがテキスト上と身振り手振りで何かを訴えていることに気づいた。話を聞きたいが、教室では少々人が多すぎる。
人目を気にせず話ができる場所といえば……。そう考えて巡は、すぐに教室を飛び出して階段を駆け上がる。
たどり着いたのは、なんと学校の屋上。昼休みと放課後だけ、屋上は開放されるこの場所は、昼は生徒が昼食を食べに、放課後は吹奏楽部などの諸部活動の練習場所になる。
かなり広い上に、人がどこかの物陰に隠れても、よく探さないと見つからないような場所も多々ある、そのために、特に警戒することなくプロトラブリーと会話できるのだ。
巡は、屋上のちょっと奥にある物置の後ろに身を潜め、ステフォンのミュート機能(?)を解除してもらう。
「……ここなら多分、普通に喋っても問題ないよ」
『本当!?』
「一応声は潜めて欲しいけど」
『おおっと、ごめんごめん……』
「で、何かあったの?」
『そう!巡!“WorldTrip”を開いて!』
「……?これかな?」
言われるがままにステフォンを操作し、画面上のアプリの一つ『World Trip』にタップする。
すると画面は先ほどの育成ゲームのような部屋の中から一変し、星空と太陽系を模したような不思議な画面に移行する。
真ん中にはハートのマーク。まるで時計の文字盤のように、ハートのマークを12個のハートが囲い、真ん中のハートから白いラインが結ばれている。
12個のハートのうち、それぞれ4時・5時・6時・7時のところに位置する4つには、そのハートの中に何かを表すマークが描かれている。そのうち7時の位置にあるマークが、赤く長いストロークで点滅しているが…?
ちなみにマークは、ハートのリングの上にティアラのようなものが乗っているように見える。
「これって……」
『“スマイルプリキュア!”のマーク!ステフォンは何かの世界で異常を見つけるとこっちに教えてくれるの!』
「なるほど。本当に便利だねこのステフォン」
こちらに教えてくれるのは本当に助かる。だがしかし『異常』とは一体なんのことだろうと一瞬考えたが、昨日のことを思い浮かべるとすぐに察しがついた。
「もしかして…昨日のネオフュージョンの欠片みたいなのが、その世界で悪さしようとしているとか?」
『え、えぇぇ!?それなら尚更大変だよ!!』
「ステフォンやラブリーが狙われてるのは何か目的があるはず。それも聞けるかも」
『そんな簡単にボロ出すかな!?』
「それはわからないけど……彼女達も苦戦していた奴も、この前みたいにやっつけることができるなら……あたしは、彼女達の力になりたい」
『巡ちゃん……!』
「それに、ラブリーの忘れた記憶の手掛かりも見つかるかもしれないしね」
巡の目は、決意で満ちている。
それは性格由来の善意と親切心か、それともステフォンを持ってしまったが故の責任感からか。しかし、今の巡にとってはどっちだっていい。彼女にとって、プロトラブリーを付け狙っていると同時に泣かせた本体が分からぬネオフュージョンは、このまま見過ごして放置していい存在ではないのだ。
「この前みたいに、ワープホール?っていうのを出せないかな?」
『そのマークをタップすれば出せるよ!……って、もう行くの!?』
「うん。先延ばしにするより全然いいでしょ?……あ、でも向こうにいた時間とこっちの時間って……」
『そ、それに関しては問題ないよ!というか、昨日もそうだったじゃん』
「そういえばそうだった」
昨日はあの世界から戻ってきた時、こちらの時間が全く進んでいなかったことを思い出す。どうやら、時間はあまり気にしなくてもいいらしい。生徒会の活動が始まるまでなら十分時間がある。
赤く点滅するマークをタップすれば、巡のすぐ近くにこの前と同じような穴────ワープホールがすぐに展開される。相変わらず内部は宇宙空間のような不思議な見た目をしている。
『巡、怖くない?』
「ちょっと怖いけど……ラブリーがいるから昨日ほどじゃない。それじゃあ、行くよ!」
『うん!』
深呼吸をし、巡はワープホールの中に勢いよく飛び込んだ。
星の様な煌めきが、虹の様なゆらめきが、一瞬にして通り過ぎ、屋上から見た空がどんどん遠ざかっていく。足元の出口には、心野宮でもこの前のみなとみらいでもない、別の世界が広がっているのだろう。
全く知らない世界に飛ばされる若干の恐怖と好奇心が、彼女の心を満たす。
視界が、白い光で塗りつぶされる。
「……おお?」
『来た!』
目を開けると、巡の周りの世界は一変していた。学校の屋上ではなく、どこかの町だ。
<スマイルプリキュア!の世界>
巡が降り立ったのは、七色ヶ丘市と呼ばれる場所。かなり大きな町のようで、降り立ったのは近くの河川敷。大きな川が流れている。
「……来たのはいいけど」
『ネオフュージョンの気配は……しないね』
しかし、今のところ嫌な緊張感どころか、わずかな異変すらも起きている雰囲気がない。すでにネオフュージョンの魔の手が忍び込まれている可能性はあるが、かなり平和な空気だけが流れている。
『気のせい、だったのかな』
「それとももう来た後だったとか……それはそれでまずい気がするけど」
『……!そうだ、この世界の“みゆきちゃん”たちに出会えれば…!』
「え?」
『この世界にいるプリキュアのこと!もしかすると、何かに出会ったりしてるかも!』
プロトラブリーが閃いたようだ。
ネオフュージョンがステフォン以外に狙いそうなものといえば、プリキュアの力。奴は力を吸収してどんどん強くなる存在らしい。それなら先にこの世界にいるプリキュアを狙って現れる可能性だってある。それがプロトラブリーの考えらしい。
名案といえば名案なのだが、一つ問題がある。
「でも、この広い町の中で、どうやってプリキュアを探すの?やっぱり学生だし学校かな?」
『それもあり得るけど、時間的にもう放課後だし……あ、ふしぎ図書館!そこにあの子達の秘密基地があるって言ってた!』
「ふしぎ図書館?また聞きなれない言葉が」
『行き方は前に教えてもらったことがあるの!本棚があればどこでも行けるみたいなんだけど……』
「……ふ、普通の図書館でも大丈夫?」
『うん!』
目的地は決まった。まずは七色ヶ丘市にあるであろう図書館に向かい、なんでもいいから本棚のところに向かうしかないようだった。
しかし、初めての町の道は分からずじまいだということに変わりないので、交番かどこかで道を聞いてからの方がいいかもしれない。
七色ヶ丘市の市立図書館の玄関前にて。
5人の少女達が、学校の制服姿で外に出てくる。
「まさか、みゆきちゃんが勉強会を提案するなんて……」
「みゆき、なんか変なもの食ったんとちゃうか?」
「もしくは調子が悪いとか」
「ち、違うよ二人とも〜!」
みゆきと呼ばれたお団子ヘアの少女は、へとへとな笑顔で友人との会話に参加する。
「あたしだって赤点は嫌なんだもん、みんなでやればちゃんとできるかなーって思ったんだよ〜」
「理由がどうあれ、危機感を持ったのは成長だと思いますよ」
「えへへ」
「まあ……いい心がけだとは思うよ」
「他の皆さんも、赤点
『は、は〜い……』
どうやらロングヘアの少女以外の4人は、何らかの教科が極端に苦手なところがあるようだ。そのおかげで4人揃って赤点の補習会が開かれたのは、今となっても
「図書館ってここかな?」
『お巡りさんが言うにはこの建物だよね!』
「ほら、門に図書館って書いてる」
一方の巡も、この町の交番で道を聞いて、迷うことなく真っ直ぐ図書館の方にたどり着いたようだ。こんな真面目な建物から、どうやってメルヘンチックな名前の場所に行くのだろうとそわそわしながら、巡は歩き出す。
巡とみゆきたち5人が、ちょうどエントランスですれ違う。
「……?」
「みゆき?」
「今の子…」
すれ違った巡の背中に何かを感じたのか、みゆきがちらりと振り返る。振り返った彼女に、4人の少女達も立ち止まる。
「この辺りでは見慣れない制服でしたね……市外の学生でしょうか?」
「可愛い制服だったなあ」
「誰だろう……なんだか、不思議な感じがして振り返っちゃった」
なんとなく、またどこかで出会いそうだなと、無意識に感じていた。
さあ、宿題も今日の分のテスト勉強も終わらせた。少しお腹が空いてしまったし、今日はみんなであかねちゃんのところのお店に行こう。そう思い、再び歩みを進めるのだった。
ふと、みゆきは空を見上げる。
『巡ちゃん!巡ちゃーん!待って!いた!!いたよ!!!』
「おっとっとっと、どうしたの急に」
そして巡はというと、特に振り向くことなく普通にすれ違っていった。しかし、プロトラブリーに強く呼び止められてその足を止める。
『さっきの子!!さっきの子達!!』
「さっきの子って、もしかして今すれ違った学生のこと?あたしと同い年くらいの子だったけど……」
『あ、あの子達がプリキュアだよ!』
「……え、嘘。偶然にも程があるエンカウントでしょ。普通にすれ違っちゃったんだけど」
どうやら今図書館で入れ違った5人の少女達は、プロトラブリーが知っているプリキュアだったらしい。世界は案外、人と人が都合よく出会えるようにできているようだ。
しかし、そんなことを悠長に考えている場合ではない。探していたプリキュアの少女達を見つけたのだ。まだあの少女達は近くにいる。呼び止めるなら今しかない気がする。
「今から走れば追いつけるし声をかけられるよね」
『うん!ごめんね!?行ったり来たりさせて!』
「これくらいなんの問題もないよ、行こう!」
巡は、今しがたすれ違った少女達の方に向かうため、踵を返して走り出した。
「……あれ?さっきまで晴れてたのに」
気づけばこの一瞬で、青かった空は黒く厚い雲に覆われている。周囲は暗く、何か嫌な緊張感が張り詰めている。この空気は、すでに経験したばかりではないか。
「こ、これって」
『嫌な闇の気配がする……!』
「やっぱりプリキュアかステフォンを嗅ぎつけて姿を現したとか?」
『巡ちゃん!行こう!』
「そう来ると思った。場所は分かりそう?」
『なんとなく!ついてきて!』
ステフォンは一人でに浮き、嫌な気配がした方向に飛んでいく。巡はそれを追いかけながら一緒に向かっていく。
……あのすれ違った5人の少女も、遠くの方で巡と全く同じ場所を目指していた。
巡がたどり着いたのは、七色ヶ丘中学校と呼ばれる校舎のグラウンド。
その砂地のど真ん中に目立つのは、ピエロの顔をしたいかにもプリキュアに出てきそうな異形の怪物・アカンベェ。
『アカンベェ〜!!!』
「はぁぁぁっ!!」
暴れるアカンベェと対峙するのは、5人の『プリキュア』。自分たちが知っているアカンベェなのだが、その強さは何かがおかしい。
というより、この怪物の出方からして何かがおかしかった。普段なら『バッドエンド王国』の誰かが召喚しているはずなのに、この近くには自分たち以外が誰もいない。なんならこの怪物は、初めは光沢を持った黒い液体のような物体だったのだから。
「気をつけてください!このアカンベェ、何か様子がおかしいです!」
「いつものアカンベェとは全くちゃうんやが…?!」
青いプリキュアがすぐに違和感に気づき、他4人に忠告する。オレンジのプリキュアも先手必勝で攻撃を放つも、全く効いていないどころか、その巨体に全て吸収されているような感覚がある。
「ど、どうすればいいんだろう……!」
「落ち着いて!きっと何か弱点があるはずだよ!」
黄色のプリキュアが涙目で混乱する最中、緑のプリキュアは落ち着かせるように前向きに捉える。
「みんな!あきらめないで頑張ろう!」
『おーっ!』
リーダーらしきピンクのプリキュアが士気を上げるように声をかければ、4人も気合を入れ直し、怪物の方に飛びかかる。
その様子を、巡は木の陰からこっそり見ていた。出るタイミングを逃してしまったらしい。プリキュア側が今のところ善戦しているようだが、怪物の反撃もなかなか重そうだ。
「あれは……プリキュアに出てくる怪物?」
『アカンベェだよ!バッドエンド王国の!でも、感じるのはネオフュージョンのあの嫌な気配だけ……』
「ということは、欠片の一部が怪物の形に化けてるだけの偽物ってこと?いろんな形に化けられるんだ……」
『けれど、昨日ほどの嫌な感じはしないから、もしかして、これでもあまり厄介ではない方なのかも』
「あれで?結構強そうな気がするけど……でも、あまり様子見してる時間はなさそうだね。行こう、ラブリー!」
『うん!こっちも準備オッケーだよ!』
覚悟を決め、ステフォンを構えた巡は物陰から飛び出し、戦闘が行われている最前線へと走り出す。その姿を、5人のプリキュア達は目撃する。
巡の姿に見覚えのあるピンクのプリキュアは驚いて、思わず決め技を放とうとした構えを緩めてしまう。
「え!?さっきすれ違った子だ!なんでここに!?」
「な、何してんねん!はよ逃げんか!」
「大丈夫!あたしも、君たちと同じだから!」
「コンプリート!ステージONッ!」
昨日と同じようにあの言葉を叫べば、ステフォンからたちまち光が溢れ出し、巡の姿を天使のようなプリキュアに変える。力が、溢れ出てくる。
「現となりし、12の魂!キュアコンプリート!」
昨日と同じように名乗りあげれば、アカンベェの姿をした欠片は、標的をコンプリートに変えて襲いかかってくる!
どうやら狙いは相変わらず、ステフォンとプロトラブリーのようだ。
「キュアコンプリート!?あなたもプリキュアなの!?」
「そうだよ!君はなんて言うんだい!?」
「あたしはキュアハッピー!よろしくねコンプリート!」
「うんよろしく〜」
「ハッピー!多分自己紹介してる場合とちゃうて!!」
『コンプリートも前見て前!!』
ピンクのプリキュアこと、キュアハッピーとコンプリートが互いに挨拶し合っているが、オレンジのプリキュアやプロトラブリーの言う通り、コンプリートは絶賛怪物によって集中的に狙われているのである。
しかし、強化された身体能力を駆使して、コンプリートはなんとか全てを避け切っているあたり、彼女は彼女でセンスがある方なのかもしれない。
「もー、君たちみたいなわけ分からん悪い奴(?)には、ステフォンもラブリーも渡せないって!」
『アガッ!?』
怪物の拳をが外れてよろめいた隙をつき、コンプリートの蹴りが腹部に決まる。怪物自体は柔らかいようで、少しめり込みグラウンドの奥の方に吹っ飛んでいく。
「ねえ!今ならあの怪物をやっつけられるんじゃないかな?」
「ハッピー!今ならいけるかも!」
「わかった!」
コンプリートと緑のプリキュアに促され、ハッピーは再びその手でハートを描き、光の力を両手に貯める。
『CureWeapon!Lovely!』
「一緒に決めようか」
「うん!プリキュア・ハッピーシャワーッ!!」
ハッピーの両手からは、ピンク色の光のシャワー。コンプリートが構えるラブリーショットガンからはハート型のエネルギー弾と熱線。二つの光は混ざり合いながら、怪物を浄化せんと突撃していく。
一方の怪物は身の危険を察知したようで、その体を黒い液状にして地面に逃げ帰ってしまった。
標的を失った光はそのまま天へと昇り、空を覆う黒い雲を消しとばしていった。
『嫌な気配がなくなった…!』
「逃げられちゃったねえ……なんかこれ、また狙って現れそう」
『そ、そんなぁ!?』
「こればかりは気長に待とうか……」
ひとまずの安穏を取り戻した巡は変身を解く。逃げられてしまったので、近いうちに再びステフォンを狙って現れそうな気配はあるが、怪物を追っ払うことができたのだ。
「ラブリー、君、結構すごい力を秘めてるね?銃にしてはエネルギー弾以外も飛び出してたし……」
『その気になればビームも出せるよ!』
「あ、あの〜!」
声をかけられて振り向けば、同じく変身を解いた5人のプリキュア────先ほどお互いにすれ違った少女達が、ここで初めて顔を合わせた。
「あの、さっきは助けてくれてありがとうございます!」
「ううん。こっちこそありがとう。聞きたいことがあってプリキュアを探してたんだけど……この様子だと、さっきの怪物には初めて出会ったって感じだよね」
「うん。アタシたちの知ってる怪物にしては何か変だったし」
「いつもなら街の人たちにも被害が出るのに、みんないつも通りで……」
「ウチらの攻撃が全く効かないどころか、それを吸ってる感じやった」
「それに、あなたの姿を見た途端に、あなたのことを付け狙っていたようにも見えました」
「あたしを?やっぱりステフォンを狙ってるのか……」
彼女達にとっても、なんらかの異常事態が起きていることはわかっているようだ。本来ならこの世界には『ネオフュージョン』と呼ばれる存在自体がいないのだろう。
その、『本来ならいないはずの存在』が無理やり介入してきているのだから、あまりよろしくない状況であることは巡もなんとなく理解できた。
「……とりあえず、あたし達も知っていることを話してみてもいい?ここじゃちょっと場所が悪いし、なるべく周りに話が聞かれなさそうなところがいいんだけど……」
「それならあたし、いい場所を知ってるよ!」
「え、ええんか?あの場所教えちゃっても」
「この子もプリキュアなら大丈夫だよ!」
『いい場所』と言うのは、おそらくプロトラブリーが言っていた『ふしぎ図書館』のことだろう。このキュアハッピーという少女、もしかしなくても警戒心がないのか。もう少しくらい疑ってくれてもいいのよと巡はなんとなく突っ込みたくなる。
「あ、そうだ!あたし、星空みゆきっていうの!あなたは?」
「あたしは繋巡。改めてよろしくね、みゆきちゃん」
マゼンダの瞳が、互いの笑顔を映し出している。
そんな微笑ましい光景を、戦闘のあった学校の屋上から見下ろす、一人の黒い少女がいた。
「二人の言う通り、ステフォンを持っている子が本当に世界を超えてきちゃった……!」
胸のリボンには、紅いクリスタルかギラギラと煌めいている。
ここでまだやられる訳にはいかないと、思わず持ってきたネオフュージョンの欠片を引っ込めてしまったが、今はまだその時ではないのだろうということにする。
「待っててね。君の言葉通り、またすぐに現れるからね」
いつの日か、素敵だと言われた笑顔を浮かべながら、真っ赤に染まった瞳でみゆきたちと行動する巡を見据えるのだった。
続く…
次回投稿:4月14日(日)
そのうちキャラ紹介枠を作るかも