そして上条は目を覚ました。
「おい、おい、大丈夫か上条」
銃弾で撃たれたはずの頭には、ちょっとぶつけてたんこぶを作ったかのようなじくじく感しかしてなかった。
背中に感じるデコボコでここがまだ屋外であると理解して、ゆっくりと閉じた両目を開ける。
「うわー! なんかビジュアル系の知らない人に覗き込まれてるー!!
白髪ロン毛にマッチョタイツってまさかこのタイミングで大作RPGに異世界転生でもしちまったのか!!??」
「違う違う、俺俺、俺だって! 大十字九郎! このカッコはちょっとした
慌てる二人を少し離れたところから十五センチのアル・アジフとオティヌスが並んで呆れたような顔で眺めていた。
ともあれ現状確認である。
意識を失っている間に、どこかの公園に運ばれてきていたらしい。
少し離れたところでは御坂美琴が手持ち無沙汰にベンチに座って足を揺らしている。
浜面仕上が見つからないのは宣言通りにバイトの配達に去っていったのだろう。
「そうだ、エンネア! 九郎さん、猫っぽい癖毛の女の子を見てないか!?」
「わかってる」
大十字九郎は首を軽く振った。その反応からするにおそらく御坂美琴から話を聞いていたのだろう。
けれど上条はそれだけではないようなものを九郎の表情から感じた。
自分だったらおそらくは、恋査や鳴護アリサの名前を聞けば浮かべていただろう表情。
いつかどこかでうまくやることが出来なかった、そういう寂しさのこもった顔。
「とりあえず、汝ら一旦情報共有をするべきではないか?」
「そうだ。どうもこの神が言うのもあれではあるが……本物の世界の危機らしいからな」
◇
「邪神ナイアルラトホテップがまた何かしようとしており、その為にあの小娘を狙っておる、と」
上条が出会ったエンネアの話と謎の夢の話をし終わったところで、アル・アジフは腕組みをして話の中身を整理した。
「なんとなく予感はしちゃいたが……すっごくでかい話になっちまうな」
「しかし我らが知れたことは僥倖と言えよう。少年、汝のお陰で対策を考えることが出来る。感謝しよう」
突拍子のない話を聞かされながらも、アーカムから来た二人は真剣な表情で受け止めていた。
「俺が言うのもなんだけど……邪神だとか夢で見たとか、そんな荒唐無稽な話を信じてくれるんだな」
あまりにもすんなりと話が通じたことに不安を抱く上条に対し、大十字九郎はにかりと笑い、
「荒唐無稽な話なんていつものことだよ。それを信じねえで大事なことを見過ごしちまうよりはよっぽどいい」
「そもそも自慢ではないが邪神の話こそ我らが領分と言うもの。信じずして何がマスター・オブ・ネクロノミコンか」
彼らの姿を見て、上条当麻の胸の中に温かいものが込み上げてくる。
この人たちはヒーローだ。雨に濡れた子猫をついつい助けてしまうような、そんな善意を当たり前のように持てる人。
少年自身も、他者にそう思わせるだけの資質の持ち主だという事実に気づかないまま。
「ところでナイアルラトホテップってどんな奴なの? 無い有るってあるのかないのかどっちなんだよ」
ひとまず情報交換が済んだところで、今更の疑問を上条がこぼした。
「人間……流石にそのボケは滑っている気がするぞ」
「否、つまらない駄洒落ではあるが、その言い方はある意味彼奴の本質を突いておる」
「滑っている……つまらない……」
順当な指摘にやたらショックを受けている上条を見下ろしながら、十五センチの最強魔道書の精は講義を始める。
「まず、最も基本的な部分から話そう。
我らの担当する暗黒神話は、宇宙は人間のことなど気にもかけない邪悪な神様が支配している、という世界観だ」
「ああ。他にも人類以前にも文明があったとか、そんなオカルト雑誌に載ってるような話が、真実だとした場合の魔術……なんだっけ?」
「そうだ。では、汝も疑問に思うだろう? 何故そんな邪悪な神様に支配されている宇宙なのに、この惑星は平和……といえるかは少し疑問符がつくが……邪神の脅威に直接晒されずに済んでいるのか」
陰謀論を聞いた者なら、マトモであれば誰だって思うことのはずだ。
そんなに凄い力を持っているのであれば、堂々とアイアム最強でーすと名乗り出て力を見せつけて支配すればいい筈なのに。
無論、上条は既に人前に出てこないで隠れていた神様たちを知っているのだが、彼らは直接的な支配に興味はなかった。むしろ自分たちが世界を支配してしまえることに困っているようにさえ見えた。
けれど、アル・アジフの語る邪神たちはそんな殊勝な心すら持っていないような奴であるらしい。ならば何故。
「答えは簡単だ。妾たちが邪神と呼ぶ存在たちは、とうの昔に封印されてこちらの宇宙に出て来れんのだ。
その封印が続くのが何万年だか何億年だかわからんが、まっとうな人間のスケールでは文明や惑星が終わるところぐらいに無縁の話よ」
「だから、俺たちが戦ってるのは邪神本体ではなく、邪神を信仰する邪教徒だったり、そいつらが使役する神話生物だったりするんだな」
それはつまり昔は恐竜って生き物がこの惑星にはいたんだよ、と、あまり大差のない話。
ジュラシックパークがパニックを起こすのは人類が変なことして管理不備を起こしたからで、何もしていないのに恐竜が蘇って人々を襲うとか、そんな事象はありえない。
「──そして、唯一封印されておらなんだのが、件のナイアルラトホテップだ」
「…………」
「ナイアルラトホテップ。別名、這い寄る混沌。人類も、同類であるはずの邪神たちすらも嘲笑いながら、宇宙を邪神たちの手に還すことを目論んでいる、千の顔を持つ異形」
「千の顔……?」
上条の脳裏に、どっかの漫画で見たような阿修羅像みたいなイメージが浮かぶ。
それについてる三つの顔を一つずつ増やしていって、流石に気持ち悪いなと思ったところで、比喩だと気づいて切り上げる。
「左様。この神格の特徴は、様々な姿の化身を持っておることだ。
邪神の知識を説く宗教の司祭。顔のない黒いスフィンクス。夜に吠えるものと呼ばれるクリーチャー。
核兵器を生み出したグループの一人だとか、汝の国で有名なオダ・ノブナガだとか、そういった歴史上の人物の正体もかの邪神の化身であったと言う説もあるな。こちらは眉唾かもしれんが」
それこそ陰謀論に語られる秘密結社のメンバーのようなものなのだろうか。
どこにでも潜み、どこででも現れ、そして目的の為に活動し続ける恐ろしいスパイのような神。
「変わった化身では、機械仕掛けが化身となったチクタクマンだとか、クルーシュチャ方程式とかいう数式の形をとったものまで、生命非生命、人類が未だ想像しえない概念に至るまで、あらゆるものが彼の神の化身であるかもしれん。そんな悍ましくも厄介な性質を持ち、積極的に人類を滅ぼそうとする、そのような輩が邪神ナイアルラトホテップだ」
「………」
「で、概ねゲーム一本ぶんぐらいの紆余曲折を経て、この宇宙から彼奴を追い出したのが妾とこの大十字九郎と言う訳だ」
むん、と胸をはる十五センチのアル・アジフ。
「そ、そんなの……本物の正義のヒーローじゃないですか! すげー!」
素直に目をキラキラさせる十五歳高校生上条当麻。
こいつもこいつで第三次世界大戦の黒幕をとっちめたり世界を滅ぼした魔神を救ったりと色々してきているのだが。
「それで、考えねばならんのは、彼奴がどう邪神の力を取り戻そうとしているかだな。
邪神とは本来光ある宇宙に存在してはならぬ闇。それが力を捨てて無理やりに侵入してきてから、ちょっとした手順を踏むだけで即復活! ではあまりにも道理が通らぬ」
「かつて俺達が戦ったブラックロッジ……魔術結社は、邪神の力を呼び込む為に数十年の歳月と大掛かりな要塞、そして魔術的に遺伝子操作されたデザイナーズベビーを必要としてた。だからナイアルラトホテップでもそんな数日で同じマネが出来るとは思えないんだが」
巨大な核爆弾を積んだ大きなトラックに乗ったままでは入り口の小さいシェルターに入れないし、シェルターの中に核爆弾を簡単に持ち込めてしまっては意味がない、みたいな話。
その爆弾が都市どころか世界を滅ぼすことが出来るものだというなら、尚更に持ち込めるはずがないものだ。
上条には知らない話であるが、無限の力を持った『魔神』達も、この世界に入ってくるには小細工が必要だったのだから。
「神……」
けれど上条当麻は知っている。
その知識の全てを万全に用いれば神に等しい力を得られる十万三千冊の魔道書を記憶している少女がいる。
実際に神と呼ばれる力を振るって無限の地獄を作り上げた、今は十五センチに縮んでいる少女がいる。
「やはりお前もそう思うか」
オティヌスは上条の表情を見ただけで何に思い至ったか気づいたらしい。
上条の手に緊張の汗が滲み始める。だってそれならば辻褄があう。
けれど、それをここで口にするのに、とても大きな抵抗があった。
「………………………………………………インデックスだ」
たっぷりと時間をかけて、それでも言わないといけないから、上条はその名前を口にした。
「外にある邪神の力を取り戻すのを狙うんじゃない。
この世界の内側で『魔神』に上り詰めることで、神の力を手に入れる気なんだ」
箱の中に閉じ込められた鍵を取り出す為に、箱そのものを壊す力を手にいれるという本末転倒。
ちんたら数十年かけて小さい穴を開けるよりも、一気に世界を歪める力を手に入れて大きな穴を開ける方が早い。
「成程……つまり先ほど汝の部屋を襲ってきたあの怪物どもは、我らではなく禁書目録を狙ってきていたと」
「多分。インデックスが持っている十万三千冊の知識があれば『魔神』にも手が届くと言われているし、今のインデックスはネクロノミコンを読んで邪神の知識も得ている状況だから、尚更に狙ってくる理由がある」
頼むから予想が外れてくれと祈りながら、上条は携帯電話をコールする。
コール音が1回、2回、3回……出てこない。
「九郎、上条当麻、今すぐ汝のアパートまで戻るぞ」
「おう! 飛ぶから乗ってけ!」
「……頼む!」
うっかり右手で触れてマギウススタイルを解除しないように気をつけながら、上条は左腕だけで九郎に抱きつく。
そして九郎は飛び上がり、学園都市の空をコミックヒーローのように翔んでいく。
その背で上条はどこともしれない神様に祈る。
一分でも一秒でも早く、インデックスに何かが起きる前に辿り着けますようにと。
………………。
…………。
……。
「ちょっと待て!! 私を蚊帳の外にしたまま置いていくなーー!!」
そして取り残された御坂美琴の叫びが空に向けて響いた。
◇
上条家はめちゃくちゃな状態になっていた。
窓ガラスは割れコタツはひっくり返り本棚からは漫画がバラバラと床に散らばって部屋の中で台風が暴れたかのような惨状。
普段であればもう不幸慣れを貫通して笑いすら出てきていただろうが、今はとてもそんな気分にはなれない。
破壊された部屋の中で、ある一つのものが見つからなくて、そして代わりにある一つのものが見つかったせいだ。
「……くそっ」
見つからなかったものは当然、この部屋の居候にして10万3000冊を記憶する禁書目録の少女。
そして見つかったものは、
「血の跡、か」
ひっくり返されたコタツの天板の裏側に、奇怪な模様のように血痕が残されていた。
その赤を見て、上条の心が冷えていく。
黒く、黒く、夜空より黒い混沌が胸の中に這い寄ってくる。
「落ち着け人間。鮮血でもなければ飛び散っている訳でもないのだから、これは傷つけられて出たものではない。
我々にメッセージを残すために自分で切ったと考えるべきだろう」
「そうか……悪い」
オティヌスの言葉に冷静さを取り戻す。
そうだ、インデックスはただで攫われるような奴じゃないとわかっていたはずなのだ。
「探査魔術の触媒として体の一部は非常に有用だ。咄嗟の判断でこれが出来るのは勇敢の証といえようぞ」
アル・アジフがそう褒める横で、大十字九郎は上条の方を見つめていた。
「助けに行くぞ」
「ああ」
どちらがどちらを言ったのか、横で見ていたアル・アジフとオティヌスの二人にもすぐにはわからなかった。
それだけ、ヒーロー二人の心は同じだった。
「少女を救って世界を救う、ハッ、シンプルな話にまとまったじゃないか人間」
「全く、九郎はいつもこんな感じだが、どうやらそちらの上条当麻も完全に同類らしいな」
人外少女たちはお互いの理解者について呆れたように喜んで、それぞれに
オティヌスは上条の肩の上から飛び降りて、インデックスが残したメッセージの解読をはじめて。
アル・アジフは自らの記述の中から探索魔術を引き出す準備をして。
「さあ、バッドエンドに叛逆仕るぞ、汝ら!」