とある魔術の機神咆吼(デモンベイン)   作:貴金属

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【第三章 古き神を叩け -Evil Shine-】②

 

 学園都市の一角に、そのビルはまだ残っていた。

 窓がない訳でもなければ、全てが特殊な素材で出来ている訳でもない、ただの十二階建ての四棟セットのビルディング。

 数ヶ月前まで『三沢塾』と呼ばれていた、今は誰も使っていない綺麗な廃ビル。

 

 その北棟最上階。この場所がまだ『三沢塾』と呼ばれていた頃には校長室と呼ばれていた部屋に、それらはいた。

 

 邪神ナイアルラトホテップの現在の写し身。

 その計画の要たる金色の少年。

 そして、拘束されているインデックス。

 

「さてさて、準備はだいたい整ってきた。あとはお客様が来る前に終わらせられればいいんだけどね」

 

 かつての科学カルトの長が拠点としていた頃の豪奢さは残っていない部屋だった。

 華美な絨毯もソファーも権力をひけらかす為に用意された机も、家具類は何一つ残っていない。

 よって攫われてきたインデックスは、ちゃちな縄で縛られたまま、床に転がされていた。

 

(縄の縛り方は普通の人間がやるのと変わらない。隙さえあればすぐにでも外せる程度かも)

 

 伊達にこういうことに慣れているインデックスではない。

 以前に闇咲逢魔に攫われたときは結界術・拷問術としての緊縛を容易に解くどころかそのダメ出しまで行えるぐらいに、この程度のものは当然の如くに対処できる。

 金色の少年の第六感が、こちらをずっと監視しているのでないならば。

 

(さっきの怪物たちと同じように、クロウリー系の魔術の匂いがする。けれど練度があまりにも別物。

 異様な執念でクロウリーをトレースしている……にしては生気がなさすぎる。

 じゃあ本人の墓を暴いて死体から作った使い魔? うん、ネクロノミコンの邪神の仕業ならその方がらしいかも)

 

 流石の禁書目録でも、アレイスター=クロウリー当人が生きていて、その十億幾つに分化させてしまった可能性の一つを邪神がもぎ取って改造した、という正解にまでは辿り着けはしなかった。

 ただ、魔術の歴史を塗り替えるほどの(良くも悪くも)偉人と同等の力を持った存在を邪神が手駒にしている点においては、彼女は完全に理解をしていた。

 

(黙示録の獣と自身を同一視することによる存在重量の絶対的増加。反・神の子の性質を帯びた概念防御。正攻法でこれを殺そうとするならば天使の群れでも呼んでこないといけないし、ローマ正教あたりが知ったらハルマゲドンのフライングかも)

 

 この旧・三沢塾ビルを破壊した『グレゴリオの聖歌隊』のような戦術級大儀式(タクティカルアジェンダム)を直撃させでもしない限り、この獣は真っ当な魔術や物理攻撃では傷もつかないに違いない。

 

「禁書目録……うん。目が死んでいない。精神攻撃によるSAN値直葬は僕たちの側の十八番だけど、ネクロノミコンを読んでも全く動じている様子のない悪書毒書のるつぼを壊すには、相当な手間暇かけないとダメみたいだねえ……」

「そう。無駄なんだよ。たとえどれだけの邪神の知識や手練手管を用いたって、私の宗教防壁はそれを『現実ではないそういう話』として処理出来るように設定されてる。10万3000冊が目当てだっていうのならおあいにく様だけど諦めるべきなんだよ」

 

 勿論、ハッタリだ。実際にネクロノミコンの原典を読み込んで尚微動だにしないだけの強度は持ち合わせていたが、本物の邪神が直接拷問を始めたら耐えられる自信なんてものはない。

 

 それを見抜いているのかいないのか、ナイアルラトホテップの化身は全てを嘲笑う笑みを浮かべ、

 

「うん。随分と可愛い。可愛いなぁ人間は。そうやって見せた勇気が打ち砕かれていく様を、僕は何度も見てきたよ。

 出来れば早く屈服してくれると、手間が省けて助かるんだけどねえ」

 

 どこから取り出したのか、ナイアの手には無骨なボールギャグが握られていた。

 何の変哲も魔術的加工もされていない、ただインデックスの口を塞ぐためだけの猿轡。

 

「今更舌を噛むこともないだろうけれど、正気度を失った人間は脆いからね。自害の可能性は出来る限り減らしておきたいのさ。ねえ知ってるかい禁書目録。有名な『ああ、窓に! 窓に!』というダゴンの引きには、窓に怪物がいる、ではなくて、怪物がドアからやってくるから捕まる前に窓から身を投げて死なないとって解釈もあるんだ。そもそも話自体が今から死に臨もうとする男の述懐から始まっているのだから、そっちの方が自然とも思うよねえ?」

「ム、ムグー! ムグムグー!」

「随分と回りくどい言い方になっちゃったけれど、つまり、君が死にたくなったとしても、それは自然な生理反応だから、自分が弱いと思ったりしなくていいんだからね──」

 

 口枷で言葉を封じられたインデックスの頭に、邪神の腕が伸ばされる。

 邪悪な指先が少女の頭に届こうとしたその瞬間、ドゴン! と乱暴な音が響いた。

 邪神の目が音の方向へと向けられる。部屋の入り口、開け放たれた扉の方に誰かがいる。

 

「……来てしまったか。随分と間一髪だね、ヒーローたち!」

「久しぶりだな、ナイアさん! 突然の訪問失礼するぜ!」

「用事はシンプルに一つだけだ。インデックスを返してもらう!」

 

                    ◇

 

 部屋のドアを開け放った瞬間、拘束されているインデックスの姿を見て、上条の心臓の鼓動は早まった。

 邪神ナイアルラトホテップ。この世界を侵略し、邪神の世界に変えてしまおうと目論む邪悪。

 その野望は本当に果たさないといけないものなのか。

 学園都市を荒らし、エンネアを怯えさせ、インデックスを傷つけて、そこまでするだけの理由や信念を、あれも持っているのだろうか。

 

「殴り合ったならみんなお友達だと思えるのはお前の美点の一つだが、あれに関してそれを期待するのはやめておけ」

 

 上条の思考を読んだかの様に、胸ポケットのオティヌスが釘を指す。

 

「邪神の中には人間に感化される者もおらん訳ではないが、少なくともあの女はそういうものではない。人間を玩弄し邪神の世を作るための化身。そういうのはまた別の機会だと割り切っておけ」

「……わかった」

 

 アル・アジフにも追加で諭されて、上条は一瞬だけ奥歯を噛む。

 邪神と解り合える可能性があろうとなかろうと、ここで拳を握らなければ大事なものがめちゃくちゃにされる。

 それだけは、最早絶対の阻止せねばならない未来だから。

 

「……、」

 

 金色の少年がこちらを向いた。

 魂を感じられないその瞳に籠る圧力が、ヒーロー達へ押し寄せる。

 

「クトゥグア! イタクァ! 神獣弾!」

 

 最初に動いたのは大十字九郎だった。

 両手に持った赤の自動拳銃(オートマチック)と銀の回転式拳銃(リボルバー)、双方から放たれた弾丸が神威を帯びて、神話の猛獣のオーラを纏って金色の少年に襲いかかる。

 

「────、」

 

 金色の少年の反応は単純だ。

 神獣の名を冠した攻撃の連打すら、防禦障壁を張って受け止める。

 九郎が撃てる最大火力をも微風の様に防ぐそれを砕く手段は、この場にないと言ってもいい。

 

 上条当麻の幻想殺しを除いては。

 

「!」

 

 体勢を低くして駆け抜ける上条の到着地点に合わせる様に、金色の少年の蹴りが放たれる。

 常人のそれとは訳が違う膂力で放たれるヤクザキックが上条の顔面に突き刺さり、そのまま脳髄をぶちまけ、

 

「ニトクリスの鏡!」

 

 る代わりに、ガラスの破片のようになって砕け散った。

 九郎が持つ霊装の一つ、幻影を見せる鏡の魔力だった。

 本物の上条当麻はまだ足のリーチの外側にいて、攻撃後の隙を作った金色の少年に向けて疾駆する。

 

「上条! 右だ!」

 

 九郎の言葉に瞬間的に足を止める。

 その方向から巨大な槍の形をした炎が、上条に向けて飛んできていた。

 

「ずぁっ………!」

 

 慌てて右手の幻想殺しで迎撃する。

 炎の槍がバスン! と音を立てて消滅する。

 しかし、その間に金色の少年は体勢を立て直しており、

 

「バルザイの偃月刀!」

 

 そこへ距離を詰めていた大十字九郎が、手にした魔術剣で切り掛かる。

 大上段から振り下ろされたそれに対して金色の少年が取った防禦は、

 

「シラハドリ!?」

 

 アル・アジフが感嘆の声をあげる。

 両手を使った挟み込み。万力の様に強力な力でもってして、九郎の武器を制圧する。

 

 このまま押し切るべきか、それとも一旦武器を手放して建て直すべきか。

 九郎に二択の難問が突きつけられる。

 

「九郎さん、上!」

 

 そこに割りいるように入ってきた上条の声に九郎は応じた。

 武器を手放し、言われた通りの方向に防禦陣を展開する。

 

 バララララララッ! と、雨が傘を叩くような音がした。

 魔術銃弾が連続で防禦陣に突き刺さり弾かれていく。

 

 金色の少年は魔術を発動するような動きを見せていない。

 詠唱をしようにもそもそも言葉を発しないし、運指で陣を描こうにも両手は白羽取りで塞がれていた。

 

 ならば銃弾は一体どこから飛んできたのか。

 答えは即座にヒーロー達の目の前に現れた。

 

「新手……!」

「他にも仲間が残っていたのか!?」

 

 そいつを最初に目にした時、上条が抱いた印象はミイラだった。

 四肢と全身をベルトでぐるぐる巻きに固定され、頭の上半分は仮面で覆い隠されていて人相もわからない。

 口元は露出している代わりに、猿轡によって開くことが出来ないように拘束されている。

 身長はインデックスやアル・アジフより少し高いぐらいか。

 体格の華奢さから、おそらく中身は少女だろう。

 

 そして彼女の両手には、それぞれ拳銃が握られていた。

 重厚なる黒と苛烈なる赤。凶暴性を象徴する色で塗られた自動拳銃(オートマチック)

 精錬された銀色。冷酷性を表すかのように輝く回転式拳銃(リボルバー)

 

 無骨な殺人用の武器に、上条当麻は見覚えがあった。

 ほんの一瞬だけではあるが、衝撃と共に目にしたものであったから。

 

「エンネア……」

 

 それを先に口にしたのは大十字九郎だった。

 ナイアルラトホテップが狙うもう一人の少女(ヒロイン)

 助けるべき相手が、邪神の操る手駒として、彼らの前に立ちはだかる。

 

「この子はね。健気にも君たちが戦う前に僕と決着をつけようと挑んできてね。

 この通り勝ったのは僕の方だったんだけど、その際に手駒を大きく削り取られてしまってね?

 だからこうして働いてもらうことにしたわけさ」

 

「ナイアさん、テメエ……」

 

 九郎の声に怒りが滲む。

 それを嘲笑うようにナイアは続けて、

 

「ああ、体の制御は自動化されてるけど、意識は残ってるから安心していいよ。

 彼女は大事な母体なんだ。子供を産み落とすまでは生きててもらわなきゃ困るからね」

 

 本来なら必要のないどころか、目的の為にはむしろ逆効果であるようなことだった。

 エンネアが母体として必要だと言うのなら、縛って閉じ込めておいた方がよっぽど安全であるはずなのに。

 全てはお遊び。全ては玩具。それでいて救いに来たヒーローたちには効果的。

 邪神の悪意が迸る中、戦いは次のステップへ向かおうとしていた。

 

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