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「……これで、アンタの野望もおしまいだよ。ナイアさん。
あとはもう大人しく、エンネアを解放して、この世界から出ていってくれ」
上条を片手で吊り下げながら、寂しそうな声で九郎が言った。
夢の中で聞かされた話が正しければ、邪神ナイアルラトホテップの目論んでいたことは二つだった。
まず、邪神としての力を取り戻すこと。
これは禁書目録を攫っていたことから、魔神になることで達成しようとしていたと思われる。
奪われていたインデックスを助け出したことによって、こっちは食い止められたと言っていいだろう。
そして、エンネアと金色の少年を番わせて、新たな世界の怨敵なるものを生み出すこと。
そちらも片割れである金色の少年が消滅した以上、最早これ以上は続けることはできない筈だ。
……ひょっとしたら上条達がここへ来るまでの間に何かされていた可能性もあるが、知識が深いアル・アジフとインデックスに魔術師である九郎が揃っているならばなんとか出来る筈だろう。幻想殺しもあるし。
野望の殆どを食い止められたナイアは、上条たちを見下ろしながら、
「はは、ははは、はははははははははは! 流石だよ人間たち! 流石だよ君たち!」
嗤っていた。まだ終わりなどではないと言わんばかりに。
怒りと笑いと憎悪と愛情と様々なものを練り混ぜて極彩色と化した混沌。
けれどその中に諦めの感情だけは存在していなかった。
「たまにはシナリオ無しのアドリブ芸もやってみるものだ!
こんなに楽しくも腹立たしいことが山積みの世界に生きているんだなあ人間たちは!」
上層階の残骸からこちらを見下ろす女の放つ圧力の質が変わっていく。
それが神気と呼ばれるものであると、魔術の素養のない上条ですらもなんとなく理解した。
「だが、残念だよ。君たちの奮闘は時間切れ。そろそろ元のシナリオに帰る時間だ」
女の表情が混沌に塗りつぶされていく。
黒く、昏く、宇宙の闇のように見える中に、赫い三眼だけが浮かび上がってくる。
「まさか……インデックスじゃなかったのか……?」
絞り出すように上条は呟く。
ナイアルラトホテップが邪神の力を取り戻す手段は、インデックスの知識を使って魔神となることだと考えていた。
けれどそれ以外にも方法があったとしたら?
「『クルーシュチャ方程式』。そういう
解くのに数十万時間はかかるけれど、その方程式を証明するとナイアルラトホテップが降臨するんだ」
そんな数十万時間もの準備期間を頭上の邪神が用意していた筈は無い。
だから、その絶対数値を短縮する裏技がどこかに存在したはずで、それはすぐに思い至った。
「最近流行っているって言われてた、数学懸賞サイト……!」
「その通り。あそこで出題されていたのはクルーシュチャ方程式の断片さ。
例え魔術そのものでなくとも、邪神に端を発するもの。あれを証明しようとした者は無意識のうちにナイアルラトホテップの降臨を手助けする為に動くようになり、そしてその力は人間規格とはいえ化身である僕に流れ込むというわけさ」
この旧三沢塾を要塞にしていたアウレオルス=イザードという魔術師がいた。
彼は一人では数百年かかる呪文詠唱を、三千人を操って唱えさせることで、わずか半日で完成させる術を見出していた。
ナイアがやったのもそういうことだ。一人で出来ないことは他人を操ってやらせようという魔術のアウトソーシング。
「だから僕は本来ただ待っていればよかったんだけどね。
そんなんじゃ物語にならないから、君たちと遊ぶために色々と手を回してみたんだ。楽しかっただろう?」
邪神の哄笑が加速する。
女の躰から漏れる闇が世界を大きく犯していく。
位相と火花のとある魔術の世界が、
「それではここらでお開きといたしましょう!
紳士淑女の皆々様、本日はお付き合いいただきありがとうございました!!」
どろどろと。ぐじゃぐじゃと。べたべたとぬちゃぬちゃとざわざわと。
闇が全てを包んでいく。三沢塾の残骸も。御坂美琴も。学園都市も。凡ゆるものが混沌の中へ溶けていく。
そして湧き出でる。湧き出でる。闇/泥/黒/澱/淀/悪/沼/闇/毒/ありと凡ゆる/ヒトが恐れる/呪われし/おぞましき/名状しがたき/闇/呪/澱/悪/毒/沼/混沌/混沌/闇/混沌/混沌/混沌/狂気/混沌/混沌/邪悪/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌/混沌。
────そして、世界は終焉した。