とある魔術の機神咆吼(デモンベイン)   作:貴金属

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【第四章 我ら、魔を断つ剣たち -Demonbane-】②

 

                    ◇

 

 デモンベインとクルーシュチャ・マテマティクスが向かい合う。

 上条当麻が、エンネアの佇む方向に向けて顔を上げる。

 

 魔を断つ剣と神浄の討魔が、それぞれの役目を果たす為に動き出す。

 

                    ◇

 

『そうだよ、それだよ、人=本=機の三位一体! それでこそ真なる魔を断つ剣!

 この状態の君と睦み合うのがやっぱり一番胸が躍る! このまま永劫に溶け合おうじゃないか!』

「随分と熱の入ったラブコールだけどよ、生憎フった相手にアピールされても俺は嬉しくないんでね!」

「そうだ! 此奴の伴侶はとっくの昔に妾のポジション! 負けヒロインには速攻舞台裏へと帰ってもらおう!」

 

 嗚呼、それはどこまでもひたむきで、そしてだからこそ悍ましい。

 それは、一途に過ぎるが故に、愛に似ている邪神の憎悪。

 

 クルーシュチャ・マテマティクスが両手を広げる。

 その周囲に凝縮していく闇、闇、闇!

 無尽蔵の闇が高重力の塊となって、デモンベインへと放たれる!

 

「ン・カイの闇よ!」

 

 それに対して、デモンベインは怯まない!

 両足のシールドに備え付けられた、時空間歪曲装備を解放し、

 

「断鎖術式壱号『ティマイオス』! 弐号『クリティアス』!」

「いくぞ九郎!」

 

「「アトランティス・ストライク!!」

 

 真正面から、闇の塊を蹴り飛ばす!

 

 歪んだ時空と高重力の衝突が、人智を超えた爆発を起こす。

 エーテルの爆音が響き渡る中、空間歪曲の反動を使い、邪神の鬼械神(デウス・マキナ)までの距離を一気に詰める!

 

                    ◇

 

「あの拘束着を幻想殺しで破壊すれば、エンネアを解放できるんだよな!?」

「うん。身を守るための術衣装甲(マギウス・スタイル)の術式を内側に向けることで、魔術師が魔道書を使うんじゃなく、魔道書が魔術師を使うように組み替えられてる! 原典が直に使う自己防衛機能を突破するには、とうまの右手でないと無理かも!」

 

 わかった、と、頷いた瞬間に上条は駆け出した。

 たったの百メートルもないような距離。

 それを走破して、あの少女に触れるだけで、全てを終わらせることが出来る!

 

「──『無銘祭祀書(ネームレス・ワン)』、最上位ユーザー:ナイアからの命令途絶。自己判断モードに切り替え。

 現状における最大の脅威を推定。──個体名、上条当麻の排除を自己保存の為の最優先事項とします」

 

 エンネアの口を借りて、邪悪な魔道書が言葉を紡ぐ。

 知識に善悪はないなどとは常識的な人間の戯言。ここにあるのは自己保存の本能だけで世界を犯す邪悪本書。

 無限螺旋世界最強の魔術師の体を得たそれが、上条当麻に襲いかかる。

 

「術種選択────魔術弾(ブリット・スペル)

 対象の動体視力を越える速度にて、銃撃開始。連射する」

 

 エンネアが両手に握った二丁拳銃から、宣言通りに魔弾が群れなして少年の躰に襲いかかる。

 

 上条当麻に、銃弾を躱すだけの身体能力はない。

 触れれば消せる魔弾であると言ったって、それに右手を合わせられるほどの反射神経を持つわけでもない。

 魔術によって上条当麻を殺すなら、銃を模すのが他の何より正しくて、

 

銃弾の軌道は右へと逸れる(BDTR)!!」

 

 ────そして、それが人間の魔術である限り、魔道書図書館の手の上だ。

 

 世界の方式が変わったところで、言葉で術式を誤動作させる強制詠唱(スペルインターセプト)は有効だ。

 上条を襲うはずだった銃弾は悉く、彼の右側を通り過ぎて後ろへ消えていく。

 

「魔術弾は私が逸らすから! とうまは一直線にあの子のところまで走っていって!」

 

                    ◇

 

 鬼械神(デウス・マキナ)クルーシュチャ・マテマティクスに肉薄しようとするデモンベイン。

 その眼前に、突如異形のオベリスクが出現する!

 

『ルルイエからの直送品だ! 受け取りたまえよ九郎くん!』

 

 オベリスクに直撃して動きを止めたデモンベインの上から下から右から左から、続け様に突き出してくる2本目3本目4本目5本6本無数の石槍柱、建造物!

 ユークリッド幾何学を無視してグサグサグサグサと突き刺さるそれに埋め尽くされて、55メートルの巨体が地に伏せる。

 これで果たして終わってしまうと言うのだろうか。それはもちろん否、否、否!

 

「バルザイの偃月刀!」

 

 デモンベインのサイズにまで巨大化した魔術杖が、異形神殿の瓦礫たちを木っ端微塵に切り刻む!

 そして人間のための鬼械神(デウス・マキナ)は立ち上がり、再びナイアルラトホテップの機体へ向けて突き進む。

 最強でもなく、不死身でもなく、しかし不屈のその意気こそが、魔を断つ剣を最弱無敵たらしめるその本質!

 

『ああ、いいよ、いいよ、いい、いい、その姿こそとてもとてもとても大好きで憎らしい!

 もっと、もっとだ、もっともっと楽しもう! 君が主役で僕が悪役、そうして紡がれる物語こそが宇宙だ!』

 

 その言葉に、操縦席の大十字九郎は首を振る。

 

「いいや。この話においては俺もあんたも端役だよ、ナイアさん。

 主役ってのはいつだって、その時一番魂を燃やしているやつで────」

 

                    ◇

 

「今、助けに行ってやる……!」

 

 上条当麻が、こちらに向かって走ってくる。

 放たれる銃弾の雨霰の中を突っ切って、幾つかは直撃を避けても衝撃波に頬や太腿を切り刻まれながら、真っ直ぐに。

 

 術衣形態(マギウス・スタイル)を纏っているわけでもなければ、成人すらしていない小さな少年。

 武術の心得があるわけでもなさそうで、運動系機能だってちょっとタフな年齢相応でしかなさそうで。

 肉体の強度も当然人間並でしかない、一発魔弾が直撃すれば死んでしまうような存在だ。

 

 それでも、上条当麻は征く。

 お前を殺すと無銘祭祀書(ネームレス・ワン)が唸りを上げる中、禁書目録の少女とエンネアを信じて一直線に!

 

 よく見れば、足が震えてもつれそうになっている。

 いつ転んで終わってしまってもおかしくないような、弱々しい少年。

 それが諦めるなんてあり得ないとばかりに、只管に闇一面の地を駆けている。

 

(──ああ)

 

 力の差は圧倒的──なんて言葉は生ぬるい。

 無限螺旋世界最強の魔術師と、別に戦闘者でもないただの普通の高校生。

 しかも世界は邪神の手によって終わってしまっている訳で、エンネアを助けたところで元の世界が帰ってくるとも限らない。

 希望なんてものは極小だ。未来なんてものはあるかどうか最早わからない。

 絶望こそが、最早宇宙の真実だと言うのに。

 

 しかし。

 それでも、なお。

 

(──本当に、当麻も九郎みたいに戦えるんだ)

 

 上条当麻は止まることはない。

 一瞬たりとも止まらない。一歩たりとも下がらない。

 ただ、ただ、少女を助ける為に、真っ直ぐに、前へと!

 

 だからそう、今こそ再びの勇気の出しどころだ。

 こっちへ向かってくる彼を、来てもいいんだと受け入れる為に!

 

 口枷はいつの間にか消えていた。

 だからエンネアは、思った言葉を口にする。

 

「お願い、来て当麻! エンネアのことを──助けて!」

 

                    ◇

 

『幻想殺し──この世界の基準点たる上条くんが今のこの場の主役だと、君はそう言いたいのかい? 大十字九郎!』

 

 ン・カイの闇、ルルイエのオベリスク、ハイパーボリアの巨大岩塊、その他最早人間の言葉が追いつかないようなものまでも虚空から編み出して、ナイア操るクルーシュチャ・マテマティクスは殺意を山と投げつけ続ける。

 それらを全て捌き、弾き、切り払い、たまには直撃するものの致命傷だけは避けながら、デモンベインは前へ進む。

 

「んにゃ、あってるけれど正しくねえなあ邪神サマ」

 

 確かにこの場の主人公は上条当麻だ。

 けれどもそれは、彼の右手に世界の基準点が宿っているからなんて理由ではない。

 この物語の原作がとある魔術の禁書目録だからだ、なんて理由でも正しくない。

 

「誰だって、魂を燃やせるんだったら、その瞬間は主人公なのさ。

 バッドエンドを御免被るって意思があるなら、その時点でヒーローなのさ」

 

 そう、上条当麻は普通の高校生だ。

 大十字九郎だって、人より少しだけお人好しなだけの万年赤貧探偵だ。

 そんな奴がこうやってヒーローになってしまえるのであれば、主役の条件なんてものは実は大したことではない。

 

「この物語は、少年が泣いてる女の子を助ける、そんなシンプルな話でいいのさ。

 邪魔する端役はさっさと退場して、ハッピーエンド祝賀会の準備に行こうぜナイアルラトホテップ!」

 

 求めるものはただそれだけ。後味スッキリ大団円。

 その結末に至る為。

 無限の闇を打ち破って。

 無尽の障害を叩き伏せて。

 

 そして、デモンベインは、ナイアルラトホテップの眼前に辿り着く。

 

                    ◇

 

「──『無銘祭祀書(ネームレス・ワン)』、現状況を再演算。

 排除対象:上条当麻への魔弾攻撃は有効ではないと判断」

 

 上条とエンネアまでの距離はあと僅かに五歩。

 そのタイミングで、『無銘祭祀書(ネームレス・ワン)』は銃撃をやめた。

 無論、抵抗を諦めた訳ではない。魔道書にあるのは意思ではなく単なる自己保存本能だ。

 それは何よりも純粋に、敵対者を排除する方法を演算する。

 

「対象の動作より肉体性能に魔術的な補佐はないものと判断。

 至近距離での戦術的近接戦闘(CQC)による対応へ切り替えを準備する」

 

 後四歩。

 エンネアの体が強制的に動かされ、半身の格闘の構えを取る。

 上条当麻と戦うための選択肢としては、それは紛れも無い正解だろう。

 彼が持つのは魔術を打ち消す右手だけで、その肉体は普通の少年に過ぎないのだ。

 単純な肉体勝負で押さえ込んでしまえば、それは順当な勝利に繋がる。

 

 後三歩。

 致死の右手を避けて直撃攻撃を狙うため、エンネアの体が無理やりにハイキックの準備をしようとする。

 未熟な少女の足であっても、少年の腕よりもリーチは長い。

 このまま上条が突っ込んでいけば、強化された脚力で脳天を吹き飛ばされて昇天する。

 少女を助けようとして少年が死ぬ、そんなバッドエンドが確定する。

 

 後二歩。

 ここで足を振り抜けば、ちょうど上条の頭蓋を吹き飛ばせる。

 魔術で強化された足に力が籠る。

 たった一発のキックで全てが終わる。

 たった一撃がこの物語の結末を決める。

 だから。

 

「異常発、生。『無銘祭祀書(ネームレス・ワン)』の身体制御術式構成、に、予期せぬノイ、ズ──?」

 

 その足は上がらない。

 エンネアの術式ハッキングによって、彼女の体を動かしていた強制魔術が、ほんの一瞬停止する。

 邪神の力と魔道書の呪縛によって心身の自由の効かない中で少しずつやっていたそれが、この最終盤で意味をなす。

 

 それはほんの一瞬、わずか三歩を踏み抜くだけの時間しか与えられない猶予。

 しかしそれはとても十分、わずか一歩を踏み抜けばいいだけの時間さえあれば永遠にも等しい最適解。

 

 ただのお人好しや、ただの高校生がここまで勇気を出してくれたのだ。

 そうであるなら、ただの人間ではない、無限螺旋最強の魔術師が、勇気以上のものを出せなくてどうしよう!

 

「警──、告。排除対象:上条当麻に到達されれば、本書に致命的な損ガいの、予想──」

 

 後一歩。

 踏み込むものを邪魔するものはもはやどこにもいなかった。

 

 そして、上条当麻は、エンネアの眼前に辿り着く。

 

                    ◇

 

「光射す世界に、汝ら闇黒棲まう場所無し!」

 

                    ◇

 

「ナイアルラトホテップ、テメエがこの物語(おはなし)を、」

 

                    ◇

 

「乾かず、飢えず、無に帰れぇぇぇ!」

 

                    ◇

 

邪神(テメエ)が作った悪意(シナリオ)の通りに動かせると思ってるなら────」

 

                    ◇

 

「────まずは、その幻想をぶち殺す!」

「レムリア・インパクト!」

 

                    ◇

 

 二つの必殺の右手が、全くの同時に、エンネアの拘束具と鬼械神(デウス・マキナ)クルーシュチャ・マテマティクスに突き刺さった。

 

                    ◇

 

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