「召喚に応じ、ここに参上いたしました。あなたが拙者のマスター殿で、間違いありませんか?」
アサシンのサーヴァントは、和服姿の女性だった。
刀を腰に差し、髪の毛を後頭部でまとめている。凛とした声、そしてたおやかな所作。優しげな微笑をたたえ、己の召喚者を見つめていた。
「…………」
マスターであろう男性は、しばらく言葉を失っていた。引き締まった肉体を覆い隠すかのように軍服を着用しているその男性は、我に帰り、口を開く。
「……ああ、そうだ。俺は、君を召喚した者で間違いない。だが2つほど、尋ねたいことがあるのだが」
「ええ。何なりと」
「君は、徳川公では、ないよな?」
「……なるほど」
アサシンは、足下の召喚陣に置いてある刀のようなものに目をやる。おそらく、それは触媒。目の前にいるこの男は、英霊・徳川家康を召喚しようとしたのであろう。
「残念ながら、拙者は大英雄・東照大権現様には遠く及ばない、ただの女侍にございます。マスター殿の期待に添えず、申し訳ありません」
「いいや、別にいいさ。今回の聖杯戦争では、触媒とやらが力を発揮しない可能性があるとも言われていた。それより、もう一つの質問だ――――」
すっ、と息を吸い、男性は尋ねる。
「君は、聖杯を求めるか?」
「……それは、どういった意図の質問ですか?」
「単刀直入に言おう。俺は、この聖杯戦争を阻止するためにこの島へとやってきた。……この聖杯戦争には、裏がある。黒幕の思い通りに事が進めば、参加者であるサーヴァント・マスターはもちろん、全世界の人々が悪夢を見ることになりかねない。だから――」
「なるほど。聖杯を手にするのではなく、聖杯を壊す。または、黒幕を討つ。そういったことに、協力する気はあるかと。そう尋ねたいのですね?」
男性は頷く。アサシンは、ふふっ、と頬を緩めて答えた。
「幸いにも。拙者というサーヴァントがこの聖杯戦争に挑む理由はただ一つ。己が極め、そして戦場で振るわれることのなかったこの剣を、ただ試してみたいだけなので。拙者はあなたに協力できます。聖杯そのものには、然程の興味はありません」
「……! そうか!」
男は安堵し、胸を撫で下ろした。アサシンは頭を下げ、契約の言葉を交わす。
「拙者、クラスをアサシン。マスター殿の命に尽力し、あなたの刃となりましょう」
「ああ、ありがとうアサシン。ここに契約は交わされた」
アサシンと男の間に、魔力のパスが通る。荒々しく流れてくるその魔力の奔流から、アサシンは疑問を抱く。
「おや。マスター殿。あなた、魔術師ではありませんね?」
「気付いたか。どうやら、この聖杯戦争は魔術師でなくとも参加できるようでな。あ、そうだアサシン。今の日本の状況は知っているか?」
「ええ。世界を巻き込んだ大きな争いに破れ、今は他の国の支配下にあると。聖杯より与えられし知識から、そのことは知っています」
聖杯は、聖杯戦争を戦うにあたって必要な知識をサーヴァントへと与える。アサシンにも、現在の世界情勢の知識は与えられていた。
「そうだ。かつてとはいえ、この地は日本の支配下だった島。日本の新たな領土も決定されていない現在、どの国の干渉も受けなくはない。それは、魔術協会なる魔術師たちの組織からも、だ。ゆえに、日本政府とGHQは、元軍人である俺をこの地へと派遣した」
「……軍人だったのですか、あなたは」
「ああ。俺の名は、舩坂弘。大日本帝国陸軍の軍曹だった男だ」
その男、舩坂弘はアサシンにようやく己の名を告げた。彼は戦争を生き延び、そして再び戦争へと身を投じようとしている。
そんな彼を見て、アサシンは思いを馳せる。どんな心情で、彼はここにいるのか。どんな覚悟を胸に秘めているのか。
だが、そんな考察の時間は終わりを告げる。
「……!」
「? どうした、アサシン」
アサシンは表情を変える。
強力な魔力を秘めた存在の接近を感知したのだ。
「マスター、あなたは魔術師ではないと言いましたね? ということは、ここは工房などではなく――」
「あ、ああ。ここは現地の島民に貸してもらった家だ。だからそのコウボウ?とかいうやつじゃないぞ」
「……失念していました。外へ出ますよ、マスター! ここでは、敵を迎え撃てない!」
「敵だって――!?」
アサシンに手を引かれるまま、外へと出る舩坂。そのまま開けた草原まで走り抜けると、戦闘機の如き高速で動く物体が突然、彼らを強襲した。
「何者か!」
アサシンは刀を構え、突如として襲ってきた物体を凝視する。
高い魔力を誇る、人であって人ならざる存在。目の前に立っているモノは、間違いなくサーヴァントだった。
「何者か、と訊かれたら。答えてやりてぇところだなあ。ま、真名は教えねぇけどよ」
そのサーヴァントは、和服を崩して着ている荒々しい男だった。服と髪は濡れていて、雫が地面に滴り落ちる。
「名乗るなら、そうさなあ。……"逸れのライダー"。マスターを持たず、聖杯を巡る争いには参加できねぇサーヴァントだぜ」
逸れのライダー、と名乗ったそのサーヴァントは、手にした一振りの刀をぶらぶらとさせながらそう言った。アサシンは、当然ながら警戒を緩めない。
「逸れ、ですか。聖杯を巡る争いに参加しないというのなら、何故拙者たちを襲うのです?」
「参加
「……つまりあなたは、どこかの陣営に与したというのですね?」
「ご名答! 聖杯を手に入れられないのなら、聖杯を手にしたヤツから報奨を貰えばいいだろ? だから、俺は
身軽な動きで宙を舞い、逸れのライダーはアサシンに攻撃を仕掛ける。乱暴に振るわれる斬撃を、アサシンはいなすように受け止めていく。
「……強い。このままでは、防戦一方――――!」
「ははっ、そうかそうか。てめぇの剣、そいつぁ
「…………」
逸れのライダーの挑発に、アサシンは答えない。ただ、的確に刀を振るって応戦するのみ。
だが、力量差は明確。アサシンはじりじりと押されていく。そも、
とはいえ、泣き言は言っていられない。このままでは、このアサシンは現界直後にその魂を聖杯へと返すことになってしまう。
そんな窮地に、乱入する男がいる。
「うおおおッ!!!」
「!? ま、マスター!?」
舩坂弘が、逸れのライダーに突撃した。
予想外からの、予測外の攻撃。
逸れのライダーは回避できない。
「すまない、気圧されていた! アサシン、無事か?」
「……いや、それはこちらの台詞ですが――」
舩坂弘の背負っていた小銃による、銃弾の乱射。マスターは魔術師であり、己のサーヴァントのサポートくらいしかできることがないであろうと高をくくっていた逸れのライダーは度肝を抜かれる。
……だが、度肝を抜かれただけだった。
サーヴァント相手に、神秘も宿らぬただの銃撃など大した傷にはならない。
「……っそぉ。驚いたじゃねぇか、よぉっ!」
「マスターッ!! 急いでそこを、離れ――――!」
アサシンの声が届くよりも速く。
立ち上がった逸れのライダーに、舩坂弘は殴り飛ばされる。
「か…………は――――」
胸部への、鋭い一撃。
鈍い感覚と共に、骨を数本へし折られた感覚が、舩坂にはあった。
「そんな、マスター――――」
アサシンは取り乱す。
自身が刃となると約束した相手。そんな彼を今、呆気なく失おうとしている。
「安心しな。他のマスターと再契約なんざされたら面倒だしよ、お前もあの男と同じトコに送ってやらあ。……んあ、英霊だし行く場所は違うか? まあいいや」
逸れのライダーは、アサシンに引導を渡すべく、とどめの一撃を与えようとする。マスターを失ったアサシンは、その一撃で敗退する。
そのはずだった。
「舐めるな、サーヴァント……! この程度で! 俺は! 倒れん……ッ!」
「――――は?」
素っ頓狂な声が、逸れのライダーの口から漏れる。
己の胸に、銃剣が突き立てられていた。
それも、死亡寸前であったはずの、舩坂弘によって。
「……何で動ける。お前、人間だろう? その重傷で、なぜ――」
「このくらいで倒れていたなら、俺は今こうして生き延びてはいない」
舩坂が突き立てた銃剣は、逸れのライダーに浅く刺さったのみで、致命傷は与えられてはいなかった。
しかし、それで充分。
「……色々と言いたいことがありますが、とりあえず、今は。ありがとうございます、マスター」
アサシンが、逸れのライダーの背後に回っていた。逸れのライダーはその気配に反応することもできず、振り下ろされる刃を迎えることしかできない。
「しまっ――――」
鈍い音を立てて、刀が首に食い込む。
けれども、逸れのライダーの首が飛ぶことはなかった。
「……あなたの首、これは――!」
アサシンは、刀が食い込んでいる逸れのライダーの首を見て驚愕する。
その首は、まさしく鱗。魚の鱗だった。
「ちっ!」
舩坂とアサシンを振り払い、逸れのライダーは距離を取る。首に食い込んだ刃は抜けず、アサシンの刀は折られてしまった。
血の滴る後ろ首から刃を抜き取ると、逸れのライダーはアサシンと舩坂の両者を睨んで言った。
「……褒めてやるぜ、アサシンとそのマスター。まさか俺をここまで追い詰め、そして俺の秘密に迫るとはな。その功績を褒め称え、
「なっ――!?」
真名とは、サーヴァントの正体。それを明かすことは、自分の特徴、性質、そして弱点を明かすことを意味する。
だが、二人が困惑する暇もなく、二言目には逸れのライダーはその真名を明かした。
「"藤原純友"。それが俺の真名だ」
「!!」
……藤原純友。
平安時代中期、朝廷に反旗を翻した、瀬戸内海の『海賊』。同時期に関東にて反乱を起こした平将門と共に、京の都を恐怖のどん底に落とし入れた人物である。
「おっと、俺の正体を知って恐怖に震え上がっているところだろうが、それにゃあまだ早ぇ。……実は、俺は『混ぜもの』のサーヴァントでなぁ。ちょいと霊基に改造が加えられてて、
そう言い残すと、逸れのライダー――藤原純友は身を翻してその場を走り去って行った。即死にはならなかったが、アサシンの一撃は充分なダメージを与えられたようだった。
アサシンは藤原純友を追うことはせず、舩坂の元へ歩み寄る。当然ながら無理をしていたようで、藤原純友が去ったとみるやいなや、舩坂はその場に崩れ落ちた。
「マスター!」
「……すまん、アサシン。迷惑をかけた」
「いえ、ありがたい援護でした。でしたが、マスターであるあなたが死んでしまっては、サーヴァントである拙者の存在が元も子もありません。次からは、このような真似はやめていただきたい」
忠告をしつつ、手慣れた様子でアサシンは舩坂の傷を見る。
そこで、彼女は驚くべきものを目にした。
「……!?」
舩坂の肉体は、既に修復が始まっていたのだった。
〜アサシン ステータス〜
【CLASS】アサシン
【マスター】舩坂弘
【真名】■■■■■■
【性別】女
【容姿】日本刀を差した黒髪和服姿の麗人
【属性】秩序・善 人
【ステータス】筋力:D 耐久:E 敏捷:B 魔力:C 幸運:B 宝具:C
【クラス別スキル】
気配遮断(E⁺⁺)︰自身の気配を遮断する。アサシンの気配遮断スキルは他のアサシンとは些か異なり、通常時は気配を遮断することは難しいが、攻撃時にのみランクが上昇する、という特異な性質を持つ。
【保有スキル】
薬学(B)︰薬品・薬物に関する知識を持っていることを表すスキル。
透化(C)︰『明鏡止水』の心得。精神干渉を無効化する精神防御。通常時における『気配遮断』スキルの代用。
人体理解(C)︰精密機械としての人体を正確に把握していることを示す。医術に関する技能に補正がかかり、また急所を狙った攻撃が可能。
様物(A)︰刀剣の利鈍、性能を測る為の技法。手にした刀剣の技能を、最大限まで引き出すことができる。
【宝具】
『■■■■』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
『■■■■・■■■■』
ランク︰ー 種別︰対■魔剣 レンジ︰ー 最大捕捉︰1人
本来は宝具ではない。詳細不明。
※史実において、この名を冠する人物は男性であったと伝えられている。