小悪党、又は異常者の狂逸譚     作:這いずる蛞蝓

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第三話 自己中心的な勘違い

 

 

ごく平凡で、何の代わり映えもしない毎日。それを贅沢に享受出来たのなら、それはどれほど幸せなのだろうか? それを味わう事の出来ない私は、一体どの程度の悲しみを覚えれば良いのだろうか?

 

 

聴覚を持たない世界に恨み言を述べ、自分はいかに不幸なのかを繰り返し鏡に語る。この世に生を受けてからこれまで、延々と繰り返してきた事だ

 

 

答えのない命題に有り合わせの言葉でそれらしい単語を当て嵌め勝手に自己完結をし、蓋をする。身勝手な事だ。故にそれが最も楽な答えになってしまう

 

 

 

あぁ、全く。異世界には夢がない

 

 

 

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 

 

 

 

 

それを知ったのは全くの偶然だった

 

 

下校準備を進めていた私の耳に、となりの班の同級生の会話が聞こえてきたのは。帰りの挨拶の少し前の事である

 

 

 

「でもVR機器って高いらしいじゃん」

 

 

「いやいや安い方だって! それに同時発売される世界初のVRMMORPGが凄いんだよ! 」

 

 

 

大声での会話はさして私の思考を妨害してはいなかった。そのまま教室の扉をくぐり抜けようというまさにその時、決して聞き逃せない一言が耳に入る

 

 

 

ソードアート・オンライン(・・・・・・・・・・・・)! 通称SAO!! グラフィックも凄いけどなにより仮想世界に浮かぶ全百階層からなる浮遊城アインクラッドは……」

 

 

 

VRMMO。ソードアート・オンライン。仮想世界。浮遊城アインクラッド

 

 

これはこれは、いやいや、あり得ないと、三次元から二次元世界への移動はあり得ないと叫びたい衝動に駆られる

 

 

そもそも転生、生まれ変わり自体が本来あり得ない事なのだけど

 

 

しかしアニメの世界に。いや原作は小説か。危険の無い平和な世で生まれた思っていたら大間違い。全く、とんでもない所に飛ばされたものだ

 

 

 

ソードアート・オンライン。前世で彼女が最後に読んでいたライトノベル

 

 

一人の天才が作り上げた世界初のVRMMORPGはHP全損が現実世界での死に繋がる、ログアウト不可のデスゲームだった

 

 

知識の偏りはあるがある程度おおまかなストーリーの進行は覚えているつもりだ。と言っても彼女と一緒にアニメを一度か二度見た程度だが

 

 

しかし彼女が夢に見るくらいに好きだった世界に私の方が来てしまうなんて、こんな采配を下した者には是非とも死んで貰いたいものだ

 

 

「んー……じゃあちょっちパパに相談してみるかなー」

 

 

「絶対楽しいから一緒にやろうぜ! な! な!! 」

 

 

「ちょ、くっつくなし」

 

 

 

 

 

さて、自分から危険なデスゲームに参加する者が居たとしよう

 

 

そいつはきっとそのデスゲームに、そいつなりの、そいつにしかわからない何かを見出だしてデスゲームに参加するらしい

 

 

そいつは、世間一般的に見れば自殺志願者と呼ばれる人種である。自ら死地に飛び込む、愚か者なのだ

 

 

 

 

 

もしデスゲームに参加しなければ、私はこのまま平凡に、平和的に、凡庸な毎日を送り、緩やかに死んで逝けるだろう

 

 

 

 

 

それで、私は、私は。

 

 

 

 

 

言葉が詰まる。命の危険のない安全な暮らし。良いことじゃないか。それ自体に悪いことなんて一つもない。

 

 

 

僅かに過った違和感を意図的に押さえつける

 

 

 

窓から空を見てみると夜空に浮かぶ星々が激しく自己主張を繰り返していた。夕暮れ時はとうに過ぎ去り、世界には夜が満ちている

 

 

しまったな。懐中電灯なんて持ってないのに。これでは真っ暗闇の道を歩かなければならない

 

 

 

 

 

街頭の明かりは今にも消えてしまいそうなくらいに頼りなく、たまに通る車の明かりが唯一の光源だった

 

 

 

それが原因なのだろうか。いや、昔ならばこの程度の暗闇で外敵を察知出来なくなる事なんて無かったし、警戒が足りていなかった。どうやら随分と平和に犯されていたらしい

 

 

 

 

不確かな街頭に照らされ、対象の姿が目にはいる。手に包丁、身長は百六十センチ前半、年齢は三十代後半から四十代前半。上下黒の服装に黒い帽子に、マスクをして顔を隠している

 

 

 

 

対象は金切り声を上げながら私めがけて駆けてきている。あの人間は私の事を刺すつもりだ。ならばこれは正当防衛

 

 

 

 

私は素早く大型のサバイバルナイフを取り出そうとして、視界の端に監視カメラを見つけてしまい、迷いが生まれる

 

 

 

 

その迷いは一瞬で致命的な隙にまで成長した

 

 

 

「や、やった。やってやった。は、あはははは!! やった! やった! 死ね! 死になさいよ! 死ね!! 」

 

 

 

押し倒されて、腹部を三度刺された。不味い。良くない状況だ

 

 

 

もはや監視カメラなど気にせず、考えなしにこの人間を殺すべきであった

 

 

 

死体の収納も携帯食料などを取り出せば一つくらい収納できた。それを怠ったのは他ならぬ私自身である

 

 

 

失敗だ。失態だ。クソが。平和ボケとはこれ程までに恐ろしい物なのか

 

 

 

最悪な気分だ。叶えられる願いの数は二つ。この傷を治癒して、監視カメラに映らないようなステルス性を願えば良い。たったそれだけで私の命は繋がれる

 

 

 

「あはははは!! 当然の報いよ! この人殺し! 死ね死ね死んじゃえ! 」

 

 

 

たったそれだけの事が出来なかった

 

 

 

願い方がわからなかった。彼女が居ないこの世界に、何かを願う気分になれなかった

 

 

このまま無意味に生きて、緩やかに死んでいくくらいなら、いっそのことここで終わりにしてしまった方が楽なのではないかと、そう思ってしまう

 

 

 

生きたくても生きられなかった人間が居るのに健常者であるお前が命を捨てるのかという哲学めいた問い掛けをする幻影の姿が見える。悪霊にでも逢ってしまったのだろうか

 

 

 

私は小悪党である。そのような有象無象の意見などを聴いてやる通りなどない。あったとしても知らない

 

 

自分勝手だと、自己中心的だと責め立てるが良い。その怒号すら心地よく、泣き喚くのなら嘲笑してやろう

 

 

 

だから、だからここで私が死ぬ事もなんら問題はない。死んで、死んで、何者でも無くなっても、また、彼女に会いに行く

 

 

 

 

頭がまともな思考を成立させてくれない。珍しく感情に思考を委ねたまま、彼女の事だけを考える

 

 

 

会いたい。会いたいに決まってる。まだ彼女が歩く姿を見ていない。まだ謝れてもいない

 

 

 

「おーい。こんな道端で何を…」

 

 

 

スピードを落としながら近付いてきた車からメガネをかけた若い男が降りて来た

 

 

私の腹を刺した女は、突如現れた第三者に動揺している。私の死体を運ぶ為の共犯者かと勘繰っていたが、どうやら違うらしい

 

 

女は刃物をあらぬ方向に放り投げ、脱兎の勢いで逃げ去ってゆく

 

 

とりあえずの危機は脱したと見て良いだろう。あとはこの傷の処置だけ。出血量はまだ安全域だ。一度出血多量で死んだ私が言うのだ。間違いない

 

 

手足もまだ私の支配下にある。少しの痛みを感じたが、立ち上がる事は出来た

 

 

 

「君! その傷は…応急処置をします。楽な体制になって」

 

 

「あぁいや、このくらい平気ですよ」

 

 

言った瞬間視界が揺らぎ、視界が低くなる。どうやら転んでしまったらしい

 

 

「大丈夫な訳がないでしょう!? 動かないで、じっとしていてください」

 

 

男の腕を借りて、道端に寝転がる。男は医者の知識があるのかどこからか集めてきた有り合わせの道具で止血をしてくれた

 

 

 

「ありがとう、助かったよ。お礼をしなければないのは重々承知なのだけど、生憎と手持ちが無いもので」

 

 

 

「呑気なことを言ってないで、車に乗りますよ。そのままにしておくと身体に障ります」

 

 

 

 

 

 

「わかったわかった。だから腕を引っ張るのを辞めてくれ。私は怪我人だぞ」

 

 

 

私は素直に男の車に乗り込むと、車は法定速度を明らかに越えた猛スピードで夜の街を爆走する

 

 

見ず知らずの私を助けるために、こんなにも頑張るだなんて。善人という奴だろうか

 

 

他人を救うために危険を犯し、法を破る。聞こえは美しいが、それもまた所詮、いや、よそう。仮にも相手は命の恩人である

 

 

言葉を飲み込み、私は車内で浅い眠りに落ちた

 

 

 

 

▲▽▲▽▲

 

 

 

 

横浜港北総合病院。倉橋はこの病院の第二内科医師という役職に就いているらしい

 

 

 

病院に運び込まれ、精密検査等を一通り受けさせられた私は、中央棟六階、第一特殊計測機器室の隣の控え室で倉橋と共に、軽い食事を取っていた

 

 

控え室は小さなテーブルと椅子が二つ。それにベットが二つに並んでいる。質素な部屋だ。窓を開いて換気でもしようかと思ったが、この時期の夜風は冷たかった

 

 

そっと窓を閉じ、お湯をいれたカップラーメンの蓋を剥ぐ

 

 

 

「だから言ったじゃないか。臓器に傷はついていない筈だって。だいたいあれくらいの出血量で人は死なない」

 

 

 

カップラーメンを啜りながら、私は倉橋に視線を向ける

 

 

 

「まぁまぁ、落ち着いて。無事なら無事でよかったじゃないですか。それに、あんなに血を流していたら普通、出血死してもおかしく無いんですからね」

 

 

 

サンドイッチを頬張りながら倉橋は宥めるようにそう言った

 

 

 

「ねぇねぇ倉橋先生。このおにぎり貰っても良いかな」

 

 

「こら木綿季(・・・)くん。なんでもかんでも口にしてはいけないと言っているでしょう? おにぎりが食べたいなら後で持っていくから、これは駄目だよ」

 

 

「ちぇー倉橋先生のケチ」

 

 

「ケチじゃありません。ほら、いったいった」

 

 

倉橋は手をぱたぱたとさせ少女を追い払う。少女はそれ以上何も言うことはせず、部屋を出ていこうとしていた

 

 

 

「どうかしましたか? 大丈夫ですか!? 精密検査では異常はなかった筈……一体どうして」

 

 

 

身体が動かない。息が続かない。目が離せない。あの輝きは、私の汚れきった身体には眩しすぎた

 

 

 

倉橋に肩をかり、ベットに寝転がる。今も呼吸がままならない。身体も硬直してしまっていて、なにもするにもままならない。それでも聞かなければならない

 

 

 

「あの子は、あの子の名前を教えてくれないか」

 

 

 

気付けば言葉が溢れていた。魂が彼女を渇望していた。

 

 

 

 

「患者の情報は部外者には漏らせません」

 

 

 

「言え。さもなくば殺す」

 

 

 

「…あなたが何をしようと、患者の事は話せません」

 

 

 

 

純度百パーセントの殺意は無意味だった。倉橋は真っ直ぐに私の瞳を見つめていた

 

 

 

拷問は…やるだけ無駄だろう。殺されるかもしれない状況でこんな返答をする奴だ。生半可な覚悟じゃない

 

 

 

それでも諦めきれなくて、物言いたそうな視線を倉橋に向けていると、倉橋は大きなため息を吐いた

 

 

 

 

「紺野木綿季。紺野木綿季(ユウキ)くんですよ。これで満足ですか? 」

 

 

 

 

 

幽祈(ユウキ)。ユウキですか」

 

 

 

 

 

似ていた。何もかもが彼女に似ていた

 

 

 

 

ショートカットの髪も、痩せ細った身体も。その瞳に宿す強い信念も。一目見ただけで魂を燃やされるようだった

 

 

 

あぁ、そうか。彼女は生まれ変わっていたのだ。きっとそうだ。そうに違いない。健康な身体で、何不自由のない、自由な身体で

 

 

 

 

だとしたら彼女は何故病衣で、しかもこんな真夜中にこのような場所(病院)にいたのだろう? 

 

 

 

 

 

あり得ない。あってはならない。そんな事は認められない。否定の言葉ならいくらでも吐き出せる。いくらでも用意できる。だから辞めてくれ

 

 

 

 

 

 

 

「先生……教えてください。彼女は──」

 

 

 

 

 

 

いくら何でも酷すぎるだろう? 救いが無さすぎるだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──エイズ(後天性免疫不全症候群)、なんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いている表情だ。当たる筈のない問いの答えを、言い当てられた出題者の表情をしている。その表情がなによりもの答えだった

 

 

 

 

またか。また彼女は、よりにもよって同じ病に身体を蝕まれているのか。一体どんな偶然だ? 誰がこんな采配を許した

 

 

 

 

 

これだから世界は、どうしようもなく救えない。彼女は救われない

 

 

 

 

 

「倉橋先生。どうしてだ。どうして。なぁ……どうして……」

 

 

 

 

 

どうして世界は彼女に苦難を強要する? どうしてまたあの病が彼女を襲う? どうして彼女だけが、繰り返し苦しめられる?

 

 

 

 

どうしたら、彼女を救える? 

 

 

 

 

 

 

 

 

「持って後、半年といった所でしょうか」

 

 

 

 

 

 

 

倉橋は静かに語りだした。それが騙りであれば良かったのに。それがどうしようもなく覆しようのない事実である事を、倉橋の声音は語っていた

 

 

 

 

 

「辞めろ」

 

 

 

 

 

 

「ターミナルケア。終末期医療という物を知っていますか? 」

 

 

 

 

 

 

「もう、辞めてくれ。少し、口を閉じていてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「現在はあの子の両親と姉がこの病院に入院していますが、ユウキくんのご両親はもう…」

 

 

 

 

 

声を荒らげる事は出来なかった。出会うのが遅すぎた。それは他ならぬ私の責任だ

 

 

 

彼女はここにいた、ここで、こんな世界で生きていた。一人で闘い続けていた

 

 

 

そんな彼女を放っておきながら。やれ平和だ、やれつまらない世界だ。やれ命の危険がないなどの宣った過去の私を殺してやりたい

 

 

 

何もかもが憎い。憎くて憎くてしょうがない

 

 

 

「今日は病院に泊まっていってください。そんな状態の貴方を、外に出す訳にはいかない」

 

 

 

あぁ、お前もか。倉橋先生。お前もそんな目で私を哀れむのか

 

 

 

それが八つ当たりだと、意味のない反抗だとわかっていた。わかっていても辞められない。それが怒りというものの性質である

 

 

 

 

 

「やだなぁ倉橋先生。親が心配しますし、今からでも家に帰らせてもらいますよ」

 

 

 

 

 

声帯を感情から取り返した。言葉は理性が掌握済みだ。しかし口から吐き出された声には、僅かな違和感が残っていたらしい

 

 

 

倉橋はなにか言いたげな視線を向けたまま、私に警戒の意思を示している

 

 

 

 

「わかりました。今夜はお言葉に甘えてここで眠らせてもらいます。あぁ、水を貰えますか? のどが渇いてしまって」

 

 

 

「……すぐに用意します。部屋からは絶対に出ないように? いいですね? 」

 

 

 

念を押すようにして倉橋は部屋を出ていった。私の通学カバン等は倉橋に預けたままだが問題ない。どうせもう二度と使わない物だ

 

 

 

さてどうやってこの部屋から脱出しようか。今しがた倉橋が利用した扉は外から施錠されていて、内側からは開けないようになっていた

 

 

 

椅子で扉を破壊する? 倉橋は仮にも私の命の恩人であり、ユウキの主治医である。迷惑をかけるような事はしたくない

 

 

 

ならば窓からか。地上までは約三十メートル。その高さは一般的なマンション八階分に相当する

 

 

 

 

私は窓から身をのりだし、外壁を伝って地上に降りる。ここから家までは電車でせいぜい二時間程の距離だが、こんな真夜中に電車は通っていない。それにどれだけ冷めきっていたとしても、私にとってあの家は暖かすぎる(猛毒だ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一層フロアボス攻略後の展開について。階層スキップして二十五層のクウォーターポイントの話から赤鼻のトナカイやら圏内事件の流れに入ろうかと思うんですが、二十五層までの主人公の話は冒頭でさらっと開示するだけで良いですか?

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  • 駄目だ。一話分使ってちゃんと書け
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